ジュデッカ 屍王
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/28 23:17



■オープニング本文

 屍王(リッチ)。己の周囲の死者や亡骸を支配下に置く力を持つ、強力なアヤカシ。
 先日、壊滅し不死者の群れと化した村の調査からその存在が推測され、城はすぐさま近隣の村に兵を遣わして警戒にあたらせていた。屍王発見の報せは時を経ずして城に届けられ、すぐさま騎士と開拓者の派遣が決定された。

 城。騎士グウァルとタムタリサ。
「ただ、気になることがある」
「どうぞ、もったいつけずお話になって」
「兵達が屍王を発見した場所は、近隣の村の面した森から、奥へかなり入った場所になる。予想通り、そこには屍王とその眷属達がかなりの数蠢いていた。兵達は遭遇と共になんとか逃げ出したが、逃げる兵達に、不死者の一部が魔術による攻撃を放ったという」
「……魔術」
「そう。我々にとって忌まわしいもの。不死者、特に生前志体を持った個体は、基本的に生前の力を引き継ぐ。おそらくこの地の魔術師一族の者が、不死者となったモノと考えていい」
「そうなると少し話が変わってきますわ。屍王はその者達の亡骸をその場所でアヤカシとして蘇らせたのか、または別の地で眷属とし、引き連れてきたのか」
「なんとも言えないところですな」
「……偶然であると?」
「それも微妙な線だ。おそらく、魔術師一族の墓といったものは森の各地にあるでしょう」
「或いは、我々との戦いによって死した者たちの亡骸も」
「そう。よって、屍王が土地を渡り歩くに連れそういったものを眷属とした可能性はあるが。考えたくないのは、魔術師一族の生き残りが、アヤカシと手を組んだという線」
「アヤカシが人間と組むなど滅多にない筈ですが。頭の片隅に留めてはおきましょう。ともあれ、すぐに現地に向かいます。不死者に時間を与えては、増えるばかり」
「戦いは厳しいものになるでしょう。退くという選択肢を、貴方が忘れないか心配だが」
「グウァル、貴方は彼と親友でしたね。いいのよ、彼の為に私に気を遣わなくても」
「……話は以上です。武運を」



■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎
イデア・シュウ(ib9551
20歳・女・騎
エリアス・スヴァルド(ib9891
48歳・男・騎
カルマ=A=ノア(ib9961
46歳・男・シ
レオニス・アーウィン(ic0362
25歳・男・騎
エドガー・バーリルンド(ic0471
43歳・男・砲


■リプレイ本文

 雲と木々に遮られた曖昧な日の光と、暗がりとが混濁した森の奥のその場所は、頬を撫でる風さえも、淀んだもののように感ぜられるのだった。
 そしてそれは錯覚ではないと、柊沢 霞澄(ia0067)は銀色の目を細めた。この場に漂っているのは腐臭を含んだ穢れの風であり、その穢れの大元となっている存在が、いま自分たちの視線の先で存在している。
 薄暗がりの中を無数の動く死体達が徘徊し、さらにその奥深くで、死体達が彷徨うのを楽しながら眺めるかのように、影が一つ、地に根を生やしたように動くことなく佇んでいる。
 影は杖を手に、襤褸のローブで頭まですっかり覆っていて、その顔は距離のあるここからではエドガー・バーリルンド(ic0471)のアメトリンの望遠鏡でもうかがえない。
 カタカタカタ。
 肩を震わせるように、影の纏ったローブが無機質な揺れ方をした。奴はとうにこちらに気づいている。来れるものなら来てみろとでも言ってんのかねと、エドガーは口端をつり上げた。
 あの影が、先日の村をも含めた不死者たちの大元なのだと、モユラ(ib1999)は視線を厳しくする。
「あれが屍王か……しかし大層な名前だなぁ、おい」
 カルマ=A=ノア(ib9961)は紫煙を燻らせ、左目でその道筋を眺めた。目当ての屍王までの、不死者たちに満ちた道筋。辿り着いたところでどうということはあるまいが、己のような者には多少は興の乗る趣向かと、カルマは軽く自嘲した。
「屍王をやらなきゃ話にならねぇんだろう」
「然り。跡形も残さず天に還してやらねばな。初撃はわらわが魔術で道を開こうて」
 椿鬼 蜜鈴(ib6311)はくつりと笑い、短剣アゾットの冷え冷えとした刃に白い指をそわせた。
「周りの雑魚たちを抑える盾になる者も必要だが……」
「その役は私も担いましょう」
 レオニス・アーウィン(ic0362)の申し出にエリアス・スヴァルド(ib9891)は短く頷いた。互いにジルベリアの騎士。多くを語る必要はなくとも、エリアスの目にはレオニスの若くも実直な、己の過去に忘れたいくつかの性質が透けて見えるような気がした。
「……タムタリサ、貴方にもお願いしたいが」
「構いませんわ。私に出来る限りを」
 傍らのイデア・シュウ(ib9551)はタムタリサをかえりみた。彼女は気づいているのだろうか。死と腐臭の漂うこの風に、彼女の姿は不思議と調和する。特に彼女の眼、黒味の強いその緑色は、常にそうした存在を見つめているような気配がある。おそらく、それが自身と彼女を明確に分かつ性質だった。それでもその暗緑の瞳が自分を映してくれることがあればいいと、イデアは言葉ならず思う。
「それじゃ、そろそろ仕事といくかね。たく、こんなとこでよくもまあ死体ばっかりかき集めたもんだぜ。後で腰に来そうだ」
「……代々処刑人を請負う私の眼前で屍者が歩く等と、全く以てつまらぬ喜劇だ」
「ならせいぜい早い幕引きを頼むぜ、そのおっかねえ鎌でよ」
 長身のヴァルトルーデ・レント(ib9488)の身の丈も超す黒い大鎌、サイズ「モウイング」を見てかく言うアルバルク(ib6635)も、大型の魔槍砲「ペネトレイター」を物々しい様子で持ち上げた。今回の相手には火力が物を言うことを知っている。
「……死者の魂と魄とを穢しておいて、なお弄ぶなんて…久々にさ、本気でアタマに来たよ」
 不死者達の道筋へと踏み出したモユラの静かな言葉は、吹く風に溶けるように開拓者達の耳に響いた。
 風に、ひと際強く森がざわめいた。

「遂に死ぬるもの迷いて彷徨えば、寄り集うものの灰を贈りて塵と返さむ……」
 蜜鈴の呪歌に誘われるように集った幾多の精霊たちが混ざり合い、灰色の光球となって蜜鈴の手元に現れた。放たれた「ララド=メ・デリタ」の灰色は森の奥に佇む屍王目がけて一直線に飛んだ。屍王のさし伸ばした腕に呼応するように、グールの一体がその射線を塞ぐ。光球の直撃を受けたグールの肉体は一瞬にして灰塵と化し、その場に崩れ落ちるよりも早く風に浚われた。
「灰塵と成せば如何な屍王と云えども蘇らせることは出来まい?」
 妖艶な笑みを浮かべた蜜鈴は続けざまに魔術の詠唱に入る。雷を直線状に放つサンダーヘヴンレイによって屍王までの道筋を仲間たちに示す算段だった。
 屍王を目指し駆けるアルバルク達を遮るように、左右から不死者たちが群がってくる。
「これだけ護衛を侍らせ、ガードの固い御嬢さんのようだな」
 一足を踏み出したエリアスの振るった神槍「隼風」は、鋭い風切り音を立てて半月の軌道を曳いて不死者達をなぎ倒した。足止めを狙ったその一振りのために、下半身を破壊されたグール達がよろけるのを押し退けて開拓者達は突き進む。
 だが強烈な一撃の振り終わりを狙うように、エリアスの体に火炎の魔術が叩き込まれた。やや距離を置いた場所に立った不死者に視線を向ける。
(魔術師の屍鬼……)
 この地の魔術師の一族もまた、ジルベリアの他の例に洩れず不遇に見舞われた事をエリアスは知っている。
「それが死んだ後も扱き使われるたあ、さすがに同情だな」
 エドガーのマスケット「シルバーバレット」がフリントを打ち鳴らして火花を散らし、放たれた弾丸が魔術師の屍鬼を射抜く。屍鬼はその場に物も言わず倒れたが、屍王が杖を振るうとそれだけで宙から吊られたように再び立ち上がった。
(はっ、面倒な)
 エドガーは舌を打つ。気づけば周囲に霧がたっている。屍王の、眷属を強化するという不死の霧。敵は消耗戦の専門家らしい。愚図ついてちゃ勝算の減る一方だと、単動作で即座に弾丸を装填する。
 一閃、二閃。レオニスが剣を振るうたび、透明度の高い水晶剣は断続的な輝きを発した。時に完全な不可視にさえなったその太刀筋は、短い輝きのたびに群がるグールを切り伏せる。背にはエドガーに蜜鈴の後衛陣がいる。突如、視界の端に起こった挙動に盾を掲げた。騎士型の屍鬼の振り下ろした剣の衝撃が盾を伝い腕が痺れる。横合いから打ち掛かったタムタリサの作った隙に乗じ、彼女の体を死角として見舞った渾身の一振りが、屍鬼の肉を深々と断ち切った。
「ったく、ちまちまやってても埒があかねぇかあっ!?」
 屍王目がけて雷火手裏剣を飛ばしていたカルマは業を煮やした。距離をあけて攻撃を放っても不死者達が射線を塞ぎ、それを倒しても倒したそばから屍王の術によって復活される。不死者の肉体を灰とする蜜鈴の「ララド=メ・デリタ」は別だが、それも連射のきく技ではない。
「気の長いタチじゃないんでなあ!」
 カルマは風神によって周囲の不死者達を退けると、早駆によって一気に疾走した。
 霞澄の体が淡く輝き、解放された閃癒の光が周囲の仲間たちの傷を癒した。霞澄の高い癒しの力は突き進む仲間たちの確かな助けとなったが、それでもその許容を超えて傷を負っていく前に立つ者たちのいるのが気がかりだった。
 特にイデアの戦う姿は霞澄の目を引いた。盾を掲げオーラを纏って敵を切り開き、時に味方を庇い己の身体を盾とするような戦いぶりは勇ましいというより何か抜き差しならぬ苛烈さを思わせた。
(何かを背負って、おられるのでしょうが……)
 己の与り知るところではなく、せめてもと霞澄は一際強く癒しの力を行使した。
(もう一押しというところだが)
 ヴァルトルーデは鎌を振るいながら周囲を見渡した。屍王の前には騎士型の屍鬼たちが立ち塞がっている。これらを退けて屍王に肉薄しなければ決定打を与えることは難しい。すでに屍鬼たちも撃破後に屍王による復活を経て幾らか弱体化しているが、消耗し始めているのはこちらも同じ。屍王が道筋に仕掛けた罠をまともに踏んだのも痛かった。踏むと同時に瘴気の噴出を受けるあの罠は、薄暗く霧もたったこの視界では探知系のスキルでも駆使しなければ発見は困難…。
(ここに至ってはやむなし。決死を以って切り開く)
「多少の怪我は承知だろうが!」
 ヴァルトルーデが踏み出すよりも速く、後方からカルマが屍鬼達に飛び掛かった。弱体化しているとはいえ屍鬼達の剣を正面から受けながら一歩も引かないカルマの意を受け、イデアも己の体をさらすようにして突進した。剣に加え、魔術師型の屍鬼達の攻撃も、突出した二人に注意が向く。
「とっとと温存したぶん野郎にぶち込みなぁ!」
「無茶しやがって死なれでもしたら寝覚めが悪ぃぞ」
 苦い顔で二人の拓いた道に飛び込んだアルバルクは、眼前まで迫った屍王を不機嫌極まりない顔で睨み付けた。頭まで覆ったローブから、白い骨がわずかにのぞいている。アルバルクは魔槍砲を振りかぶりながら背を低くかがめた。背後から、エドガーの声が響く。
「無茶な怪我人も二人出てるんでな。この機を逃したら撤退だぜ。てめえがこれ喰らって立ってられたらな!」
 激しい銃声の直後、アルバルクの背を超えて着弾した弐式強弾撃が屍王の体を激しく砕いだ。地に寄せたアルバルクの瞳が、薄暗がりの中で赤く輝いている。エドガーの銃撃に乗じたアルバルクが轟音と共に放った魔槍砲の強烈な砲撃は、防御態勢をとった屍王の構えた杖を砕いてなお凄まじい衝撃でその体に突き刺さった。
 屍王は回復の素振りを見せるが、明らかに受けたダメージが許容を超えている。不死。不死者の体に生じた綻び。否。
 死は全てに平等である。常なる騎士から外れた己にはそれが信ずる摂理。ゆえに、我が騎士道はただ一つ。
「―我が騎士道は殺すこと」
 紛うことなき、騎士の誓約に乗せて振るわれたヴァルトルーデの黒い大鎌は屍王の上半身と下半身を真っ二つに両断した。この相手にはまだ足りぬ。不死と謀るこれを殺すには。
「とっておきさ…さぁ、好きなだけ暴れてきなっ!」
 己の血液そのものを術の触媒とする血の契約。生命力を捧げて瀕死まで陥りながらモユラが召喚した九尾の白狐の式は、暗い森を白く照らすほどの神々しい輝きに満ち溢れていた。
「……美しいのう」
 それは魔術師型の屍鬼に雷を落として屠っていた蜜鈴が振り仰いで思わず漏らしたほどだった。
 白狐は屍王の断たれた体に貪るように喰らいつき、神々しくも、しかし屍王と同じモノによって練られたその体は、最後には激しい瘴気の奔流と化して屍王の体を飲み込んだ。それは瘴気によって象られた神性がその虚構に耐え切れず弾けるような、そんな不可思議を見る者に覚えさせる情景だった。

 エリアスは地に落ちた屍王の頭部を覆ったローブを、槍の穂先でめくった。
 カタカタカタ。
 痩せ細った、みすぼらしい髑髏(されこうべ)が、笑うように顎を打ち鳴らしている。
「……お前は魔術師の一族と組んでいたのか。あの魔術師達の亡骸はどこで手に入れた」
「ヒ、ヒ、……あるじ、あ、るじ、ヒヒヒヒ」
 それきり意味を成さず笑うばかりの髑髏を、エリアスは槍を振り下ろして砕いた。
「主、か。気になる言葉だが。どう思われます」
「さて、な。勘繰ればきりはないが」
 レオニスの言葉に応えながら、エリアスは亡骸を焼く火の前にたつタムタリサの背を眺めた。魔術師の屍鬼。彼女には敵であった者にも、彼女は死という慈悲を与えようと願うのだろうか。死。己の周囲には、これほどまでにそれが満ちている。しかし。
 レオニスはエリアスの横顔に浮かんだ、ある種の空虚とも呼べる褪せた色に気づき、黙って場を辞した。カルマが、傷ついた体を休めながらのんびりと煙草を燻らせている。
 霞澄は燃え盛る火を長く見つめていた。色の薄い肌と髪、そして瞳に炎の色が移るのではないかと思われるほどに。
「……天儀では、火は宗教的な力を持っているのですか」
 背からかけられたタムタリサの言葉に、霞澄は横顔で振り向いた。
「確かに、そう言うことも出来ますが…むしろ、火が穢れを清めるという事は、生活に根差し広く信じられている事かと…」
「そうですか」
 タムタリサは大切な事のようにゆっくり頷いた。
「よろしければ私の分まで、彼等のために祈って頂けますか」
 霞澄はタムタリサの瞳を見た。天儀と、ジルベリアの半血である自分には、その意味がおよそ分かるように思われた。
「…はい」
 タムタリサは踵を返し、傷を負ったイデアの方へと歩いて行った。
 燃える火を見つめながら、これで最後になればいいとモユラは心から願った。
「天へ還る、か」
 傍らで呟いた蜜鈴に誘われて、火の運ぶ煙を、空に紛れて消える先まで視線で辿っていった。
 視線を下ろせば、蜜鈴の煙管から立ち上がる細い煙が曖昧に揺れていた。