飛べない鳥は旅をする
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/03 02:11



■オープニング本文

 鳥にはよい季節だった。
 ジルベリアの短い夏は凍結する河川を溶かし、解放された流れは旅をしやすくした。鳥は泳ぐことにかけては一流であったし、なにより氷の上をよちよち歩いたりお腹で滑ったりすることは、気位の高い性質の鳥にとってあまり格好のよいものではないのだった。
 鳥は泳ぎ、水の中を飛ぶように旅をした。ただ鳥は人間の商人ではないから、旅の速度があがることは必ずしも良いことではなかった。
 旅の目的の一つは知り合いのケモノ達を訪ねることだった。訪ねる度、彼等のうちの幾らかは必ず居なくなっている。ケモノの縄張り争いに負けたり、近隣の人間と折り合いがつかず討たれたり、そしてアヤカシに喰われたり。
 だから旅が早くなると、そうした悲しみも多く経なければならないのだった。せめてそれ以上の出会いがあればいいと鳥は思っている。

 夏も終わりだった。また氷の上をよちよち歩いて旅のしにくい季節がやってくる。
 河の凍る前によい再会がしたいと思ったが、生憎それは叶わなかった。たずねたのは旧知の熊のケモノだった。
『飛べない鳥よ。一足遅かった。彼はアヤカシに喰われました。強く、恐ろしいアヤカシです』
 その地の若いケモノが言った。以前訪れた時にはほんの赤子であった。ケモノの成長は早い。あと数年もすればヌシと呼ばれるだけの力を持つだろう。しかし、それも数年後の話。
 そのアヤカシは森の中に居座っている。ただ数刻前に開拓者と呼ばれる人間たちが森に入り、そのアヤカシを討つつもりであるらしい。
 鳥は河からあがり、森の中へと進んでいった。
『どうされる』
『死ねば喰われるのはケモノの掟。しかし、アヤカシは喰うばかりで死ねば霧のように立ち消える。そんな輩にお前の父が喰われたのは無念だった。俺はアヤカシが気に喰わない。どうしようもなく』
『或いは人間たちが討ってくれましょう』
『坊や、覚えておけ。己の仕事を任せていいのは友だけだ。それを人間の言葉で信頼と呼ぶ。悪くない言葉だ。そうでもない相手に己の一部を負わせる者に、ケモノの矜持は宿らない。ヌシとなる者であればなおさらに』
『或いはその人間たちは貴方にも刃を向けましょう』
『人間が敵か味方かは重要ではない。それよりも大切なものが目の前に転がっている』
『貴方は森での戦いは不得手のはず』
『俺が氷の上をよちよち歩くのは用心深い性格だからだ。氷の上だとすっころぶからな』
 鳥は短い足で土を踏みしめ、森へと消えた。



■参加者一覧
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
アルフレート(ib4138
18歳・男・吟
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
ジェーン・ドゥ(ib7955
25歳・女・砂
マストゥーレフ(ib9746
14歳・男・吟
祖父江 葛籠(ib9769
16歳・女・武
久郎丸(ic0368
23歳・男・武
リズレット(ic0804
16歳・女・砲


■リプレイ本文

 森に踏み入ると深い呼吸をした。
 胸に下ろした空気は、染みる感触が残るくらいにひやりとしている。天儀とはまた、違った森であった。冬を迎えようとしている、乾いた風だと、久郎丸(ic0368)は鴉の仮面の下で息をつく。
「あたし、この木のあおい匂いが大好き」
 そう行って森をゆく祖父江 葛籠(ib9769)の足取りは軽い。きっといつも明るい子なのだろう、と思う。自分には無い、葛籠のような明るさを目にすると久郎丸はなんとなく、己の身がいたたまれない気がした。
「ローザ様! また、一緒のお仕事ですね…っ!」
「リズも来ていたのですわね。ヘスお姉さまもご一緒ですし心強いですの」
 親しい間柄であるらしいリズレット(ic0804)とローゼリア(ib5674)は嬉しそうに言葉を交わしている。音が聞こえそうに揺れている二人の猫族の耳を、マストゥーレフ(ib9746)は何やら満足げに眺めていた。
「うん、可愛いっていいよねぇ」
 アルフレート(ib4138)は振り返った。すっぽり収まりそうな小柄な体格、流れるような艶のある黒い髪、柔らかそうな頬の輪郭。童女にしか見えないマストゥーレフの台詞は色々とちぐはぐな気がした。
「私、砲術師のローゼリア・ヴァイスと申しますの。みなさまもよしなに」
 改めて頭を下げるローゼリアに、アルフレートは緩慢に頷いた。鴉に猫にと、幾らかこの場には動物の要素が集まっている。しかし、とアルフレートは耳を澄ませる。肝心のこの森には動物の気配が少ない。だがその気配も、静謐と呼ぶのとはまた異なる肌触りであった。
「ふむ、ざわついておるのう」
 椿鬼 蜜鈴(ib6311)は煙管を弄りながらくるりと辺りを見回した。その動作や歩く姿は緩やかで、更紗の風に漂うようなしなの含みを感じさせた。それは特に、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)やジェーン・ドゥ(ib7955)といった傭兵騎士らしい実直な動作と並び立つとさらに際立った。
「主が喰われればざわつくのも道理か。アヤカシは厄災しか呼ばぬのう……逆に愛らしいものは幾らあっても困らぬ」
 視線を受けてローゼリアとリズレットは耳をぴくりとふるわせた。
「ローザ達が可愛いのは結構、というか激しく同意だが……そろそろ村で聞いたアヤカシ達の活動圏内だ。気ぃ抜かないでくれよ」
 ヘスティアの横でジェーンは己の装備に手を駆けた。無銘の刀は冷え冷えとした重みを返し、ピストル「アクラブ」はかちりと機動の確かさを訴えていた。いつも通りの装備。いつも通りの働きをすればいい。こうした鉄の無機質さの後にこそ、精神や矜持といったものも付随すると思うことがある。
 ぶーーん。ぶーん。
 有機とも無機ともつかぬ違和の音。
 距離を縮めるたびに頭の内まで響く耳障りな羽音には、不吉の気配しか宿らなかった。

 アルフレートは琵琶の弦を激しく掻き鳴らした。指の挙動のみによって生み出された鋭い音が、群れる似餓蜂の発する羽音という騒音を貫き、その背後に坐した巨大な蜂まで到達する。周囲には聞こえない、指向性をもったその音のために巨大蜂はたしかに脳を揺さぶられて混乱に陥り、顎を激しく打ち鳴らしたりと意味をなさぬ行動をとりだした。
 攻撃を受けた似餓蜂達は一斉に開拓者達めがけて飛行する。蜂といってもその大きさは人間の子供ほどはある。それが一斉に飛び立つ様はすさまじいものがあった。
「ブンブンとやかましいばかりじゃのう」
 ゆらりと向けた蜜鈴の短剣アゾットの先端から、ブリザーストームの激しい奔流が起こり森の中を一瞬にして皓白に染めた。直撃を受けたものは無事では済むまい。しかしこの場は木々のために射線がかなり遮られている。およそ半数は免れたかと蜜鈴はみた。事実、白い吹雪を突き抜けた個体がすぐ眼前にまで迫っていた。
「近づくとまた一段と気色悪いな」
 立ちはだかったヘスティアはベイル「ホーリーガード」を掲げる。純白の盾に黒黄の縞模様が激突して強い衝撃がヘスティアの腕を襲った。瞬間、ジェーンの腕が跳ね上がり、ピストル「アクラブ」から放たれた弾丸が似餓蜂の外殻を割って肉に突き刺さる。
 最前に立つ二人は激しい攻撃にさらされながら、少しずつ後退してゆく。単に押されているだけではなく、より遮蔽物の少ない場まで誘引する算段だった。
 そも蜂の数は多い。二人を迂回した個体が、後方に立つ者達に鋭い毒針を向けて襲い掛かる。
「色、即、是、空…」
 久郎丸は結んだ印を解き閉じた瞼を開いた。眼前にはひたすら荒ぶる敵、敵の群れ。戒己説破によって心身の澄み渡った己はその情景をただ受け入れていた。
「我が身は、僧なれど…これを、討つ。討たねば、ならん」
 己が外部に言葉を発するとき、その一部は取りこぼされてしまう。内と外との間で生じるその微妙な齟齬が、久郎丸の抱える憂鬱であったが、その意志だけは、確かなものでなくてはならない。
 内に律した意志は淀みない肉体の動作となって外にあらわれた。振るわれた雷槍は後方へ向かおうとする蜂の側面を捉え、巻き起こった烈風の衝撃はその体を鞠のごとく弾き飛ばしていた。
 蜂の進撃はやまず、一体が蜜鈴に襲い掛かる。接触の瞬間、マストゥーレフの声が響き渡った。ほとんど女性の高音域に迫るその声は共鳴によって蜜鈴の前に空気の層を作り出し、その体を守っていた。
「うむ、感謝する」
「あいあい」
 マストゥーレフは聖鈴の首飾りを揺らして応えた。隣ではアルフレートが黒猫白猫の旋律を奏でだしている。音楽は楽しいものであるべきだと思う。
「どうにも、このブンブンは好きになれないねぇ」
 それは明確な敵意の音なうえに、また蜂たちの軍隊じみた性質というのもあるいはマストゥーレフの性分に合わないのかもしれなかった。万事なにかともう少し肩の力を抜いて頂きたいものである。
 やがて、混乱から立ち直った巨大蜂が開拓者めがけて毒針を激しい連射で撃ち出した。
「……くっ」
 アルフレートの口から短く息が漏れた。受けた針は一発でありながら弾丸のような衝撃を伴って体に突き刺さった。さらに衝撃とは異なる熱が傷口に宿る。己の体が毒に侵されるその感覚をアルフレートは嫌悪したが、あらかじめ葛籠が宿してくれた雨絲煙柳の精霊の力が、その毒による侵食を打ち払ってくれた。
「これ、重い……」
 襲い掛かる蜂を葛籠は大薙刀でなんとか押し返す。これほど攻撃的なアヤカシが居ては、人間だけでなく動物やケモノも周囲には住めなくなる。アヤカシとはそういうモノだ。葛籠は再び雨絲煙柳の印を結ぶ。森から集まる精霊力は穏やかでありながらも力強く、森そのものが意思を以って葛籠に力を与えているようだった。アヤカシの瘴気とは対極にある精霊の力を、葛籠はローゼリア、リズレットに宿していった。
 後方で銃を手にした二人に、前線を抜けた似餓蜂の一体が迫った。
「ローザ達にちょっかい出すなってっ」
 前線でヘスティアの声が響いた。直後、似餓蜂の背に巨大な雷槌「ミョルニル」が叩き込まれ、似餓蜂の体を瘴気の塵へと粉砕した。宙に静止した雷槌は、宿した古い雷精の魔力によってヘスティアの手元へと戻ってゆく。
「助かりましたわヘスお姉さま。……リズ、針に気を付けて」
「無駄撃ちは厳禁ですね」
 ローゼリアとリズレットは共にマスケットを手に巨大蜂を狙う。しかし巨大蜂もそれを察知してか二人目がけて毒針を激しく射出した。下手にマスケットの狙いを定めて足を止めれば蜂の巣になるだろう。ローゼリアは瞬脚で掛けた。己のすぐ後ろで、針が木々を砕く音がひたすら連続する。
 そのとき巨大蜂の体が跳ね上がった。敵の居ない、予期せぬ角度からの攻撃。その銃撃を辿れば、クイックカーブによって弾丸の軌道を大きく曲げたリズレットのマスケットが白煙をあげていた。その銘は「魔弾」であった。
 生じた隙に、巨大蜂への射線の通った位置で停止したローゼリアは同じくマスケット「魔弾」を構えた。即座に、似餓蜂達はその射線を塞ぐべく動き出している。この統率された動きが、この敵の厄介な特性に違いないとローゼリアが引き金に指を掛けたとき、予期せぬ角度に、鋭く動く影があった。

 そのずんぐりとした影は飛翔し、宙の似餓蜂に短い足をいっぱいに伸ばして跳び蹴りを見舞った。
 似餓蜂を吹き飛ばして着地した影に、ジェーンは即座に銃口を向けた。寸胴なずんぐりとした緩やかな流線型。黒と白の滑らかな毛並み。鮮やかな橙に色づいた嘴。黒いつぶらな瞳。
「……」
 黒いつぶらな瞳と、ジェーンの視線が交差する。ケモノは背を向け、蜂達を見据えた。ジェーンは、銃をおろした。
「あれは…鳥、か?」
 久郎丸の見たことのないケモノであった。その腕は翼ともヒレともつかぬような形で、どう見ても飛べなさそうであったが、しかし久郎丸の感覚に存在する呼称で分類するのであれば、それはやはり、鳥のようだった。ケモノは蜂達相手に短い手足で懸命な格闘戦を仕掛けていた。縄張りを荒らされたケモノがアヤカシと敵対することはままある。ならば、今は味方だ、と、久郎丸は思うことにした。
(何か変…?)
 葛籠には不審だった。どうにも不器用に見えるケモノの動きは明らかに森に棲むものとは思われなかった。だとすればあのケモノは縄張りを荒らされたために戦っているのではない。なら、何のために戦うのか。
「はて、何ぞ愛らしい生物が居るのう」
「んぅ。可愛い物は好きだよ、私は」
「異存ないのう。あの蜂たちと比すれば尚更に」
 乱入してきたケモノをそのままに、開拓者は少しずつアヤカシを引き付けながら後退していく。やがて、木々の疎らとなった河岸までたどりつく。
 射撃戦に業を煮やしたのか、巨大蜂は飛び立って開拓者達めがけて突進した。ヘスティアは迫るその巨体を前に己の身をさらしていた。それは自身よりも二回りは大きい、岩のような巨大さだった。それを前にしては手にした聖十字の盾さえも心もとない。退けば、この巨体は格闘に向かぬ後衛の仲間をなすすべなく組み伏せるだろう。巨大で鋭い毒針が、ヘスティアに迫った。
「これでも、俺は騎士なんだ。捻くれようと。どこまで行こうと」
 掲げた盾に、膨大なオーラが注ぎ込まれる。展開したオーラの障壁は蜂の巨体を、針の衝撃を、逸らすでもなくいなすでもなく、正面から受け切った。
「――戦陣、砂狼」
 機を見て取ったジェーンの言葉少ない合図に、開拓者達が乗じる。
 アルフレートのスプラッタノイズが巨大蜂を再び混乱に陥れ、呪歌と共に放たれた蜜鈴のブリザーストームが遮蔽されぬ開かれた空間に放射して周囲の似餓蜂たちを一掃する。
「私はこの国の、綺麗な自然も嫌いじゃないんだ」
 たとえ、己の生き方が現行の体制から外れていようと。祖国を蝕むものを、放っておく謂れはない。吹雪に飲み込まれた蜂たちに、マストゥーレフの歌が重力の爆音となって追い打ちをかける。白い雪のなか、黒い瘴気があちこちで弾けるように散ってゆく。
 ローゼリアとリズレットの銃撃が、巨大蜂の頭部を割った。そこに、鳥のような身軽さで跳躍した久郎丸が雷槍「ケラノウス」を突き立てる。その穂先の透き通るような黄緑色と、蜂の頭部の毒々しい程の輝きが不可思議な対比を生んだ。久郎丸は槍を引き抜き、崩れる巨体を葛籠の護法鬼童の幻炎が包んだ。
 木々を焼かぬ偽りの炎のなか、蜂の体ばかりが、塵になるまでひたすら焼かれていく。
 最後の一片まで消え去るのを見届けて葛籠が振り返ると、残された似餓蜂の一体に、あのケモノがすぱーんと羽を叩き込んでいた。

 アヤカシは消え、開拓者は残ったケモノと向き合った。
「んー」
「……もふもふしたいですね」
 ヘスティアやリズレットがささやかな葛藤をみせるなか、アルフレートは進み出て手を差し出した。
「助力のお礼と、握手くらいは許してもらえるかい?」
 ケモノはその手をじっと見つめていたが、手を取ることは無かった。そうか、とアルフレートは頷いた。
 ジェーンはその姿にある種の意思を感じた。このケモノにも、何か内に抱えたものがあるのかもしれない。信念か、矜持か。いずれにせよ、それが共有できるものとは限らない。ともに戦った。ただそれでよしとするべきだろう。
 ケモノは踵を返し、河へと歩き出した。久郎丸はその背を見つめていた。
「……鴉。孤独と、気高さの鳥か」
「む?」
 なにか聞いた気がしたが、次の瞬間には鳥は河に飛び込んでいた。再び水面から飛び上がった時には、すでにかなりの距離を行っていた。
「すごい、泳げるんだね!」
 葛籠は感嘆した。背後で何か動いたようだった。動物の影のようだった。アヤカシが消えた以上、森も元の姿に戻るだろう。あとは、この森を住処とする彼らに任せる方がいい。
「もう、長居は、するべきではあるまい」
 久郎丸は思いのほか、滑らかな口調でそう言った。