少年、二人
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/20 18:02



■オープニング本文

 惨めであった。
 彼が自分よりも優れているからではない。少年にとって彼はすでに驢馬が駿馬を見るが如くの存在であり、いまさら自分と比するような精神的作業はとうの昔に打ち捨てていた。
 彼は村を出るという。その意味する所が、自分と彼とがもう会わぬ生活となるということだと理解するまで時間を要した。少年の周囲には常に彼が居たのである。常に距離を置いて。なぜ彼が村を出るのか、少年は母親にたずねた。
「あの子は騎士様になるのよ。ほんとうに、お前も志体でも持って生まれれば」
 それきり彼について母親に聞くことはやめた。彼のことを話しながら自分を見る母の細い目が嫌いであった。
 惨めであった。
 彼と何か言葉を交わすべきであることは、なんとなく想像がついた。かけるべき言葉を、自分の内をどれだけ探してみても見当たらないのである。少年と彼が言葉を交わすとき、まず言葉を発するのは必ず彼であった。少年は彼の第一声に苦薬を飲み下すように時間を掛けてうつむき、ようようぽつりぽつりと短い言葉を吐き出した。莫迦のようだ、と少年はそのたび思った。
 とうとう彼の方から少年に切り出した。長い時間をかけ、彼は少年に事情と、己の将来についてを語った。それはやはり少年にとっては想像もつかない世界の話であり、その飲み切れぬ言葉の数々にますます重く頭を垂れるばかりであった。少年にとっての不思議は、彼が少年に対し厚い友情と呼ぶべきものを抱いているらしいことであった。
 莫迦にしている、と少年は思う。そんなものは同情に過ぎないと少年は信じた。
「君は死にに行くのか」
 そうだ、と彼は言う。やはり分かるべくもない。分からない少年に、彼は毎日のように根気強く言葉を費やした。
 やがてアヤカシが出た。森の中であり、村までは逃げ切れない。逃げたところで村の誰も相手になるまい、と考えたとき少年の足が出ていた。視界のなかに居るアヤカシや振り下ろされる凶器よりも、むしろ背にいるであろう彼の様子が気にかかった。
「莫迦野郎!」
 彼のその言葉は至極妥当のものとして、倒れる少年の耳によく響いた。


■参加者一覧
そよぎ(ia9210
15歳・女・吟
リリアーナ(ib7643
18歳・女・魔
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎
氷雨月 五月(ib9844
42歳・男・弓
ラサース(ic0406
24歳・男・砂
リシル・サラーブ(ic0543
24歳・女・巫
火麗(ic0614
24歳・女・サ
レナート・ロセフ(ic0821
15歳・男・騎


■リプレイ本文

 ジルベリアの乾いた森の、粉をまぶしたような青臭さ。
 天儀とはまた異なる、そんな森の薫を認める暇も無く、ラグナ・グラウシード(ib8459)は立ち並ぶ背の高い針葉樹を急ぎ抜けてゆく。息は乱れず、しかし覚える胸騒ぎ。
 依頼を出した村を訪れれば、子供が二人居ないという。うろつくアヤカシのため、討伐のすむまで森には入るなと周知していたはず。思えば、少年たちはここのところ他の者たちの言葉に常に上の空だったと、取り乱した親たち。
「ふん、常に面倒の種はアヤカシか。やつら狩っても狩っても現れる。いつになったら平穏な世は訪れるのかな…なあ、うさみたん?」
 駆けるままに背に尋ねるも、その答え難き問にうさみたんは深き沈黙を以って応えるばかり。
 森の土のうえに石鏡の赤い巫女袴を弾ませながら、そよぎ(ia9210)は耳を研ぎ澄ます。超越した聴覚は森の静寂を抜けて、そのなかに点在する音を蒐集する。風のうねり、草木の摩擦、鳥や小動物の気配。やがてそれらに混ざる異質。森という自然と調和せぬ暗い集団のざわめき。莫迦野郎、と甲高い切迫した少年の叫び。
 それらが暗示する状況に短く息を呑んで、そよぎは傍らのリシル・サラーブ(ic0543)を振り返る。瘴索結界のほのかな光に包まれて、リシルはその鳶色の瞳で頷いた。
「反応がありました。左前方、集団で固まっています」
 やがて、木々の繁りのやや疎となった空間に行き当たる。
 少年が二人。アヤカシの群れ。ゴブリン達が少年を取り囲み、横から、背から、こん棒で時間をかけて嬲るように殴打を加えてゆく。背骨を打たれた少年が、呻きをあげながら踏みとどまってゴブリンを殴り飛ばした。異なるゴブリンが、その背を再び打つ。それらの様を、やや間を置いてサバーガカラヴァが裂けたような犬の口に下卑た笑みを浮かべ眺めている。
 膝をついた少年の傍らにもう一人、地に倒れ伏した、少年の姿。
 守る者、守れなかったモノ。右目と、胸に、疼くような痛み。覚えているだろう、と。
 混濁する記憶が視界を赤く侵し、ラサース(ic0406)の体が跳ね上がる。
 瞬時に地を蹴り宙をゆくラサースの体を、カウンター気味に迎え撃った氷雨月 五月(ib9844)の光速の拳が叩き落とした。
「なっ!?」
「いちいち取り乱してんじゃねえバカ野郎! てめぇの横に誰がいるかも忘れてろくな事になるか! 分かったらすぐ行け無駄口叩く時間もねえぞ!」
 素早く矢を番える五月の横顔を一目見るや、ラサースは今度こそ疾走した。後で謝ろう。
「連携を頼む」
「分かった。俺は倒れた彼を運ぶ」
 冷静を取り戻したラサースはレナート・ロセフ(ic0821)達と言葉少なに瞬時に戦陣「砂狼」の展開でアヤカシの群れへと飛び掛かる。
 防御姿勢で突っ込み駆けるレナートの、事前に深く整えた呼吸が瞬時にあがってゆく。空気が重い。初めての依頼に感じる、戦いの空気。己に向けられる、アヤカシ達の明確な敵意。この空気の中で、しかし俺はこれから呼吸していかなくてはならない。
 突如として現れた人数に、アヤカシ達は奇声をあげて動じながらも武器を咄嗟に身構える。その隙を、火麗(ic0614)がさらに揺さぶりにかかる。
「その子達から離れなアヤカシどもおっ!!」
 火麗の裂帛の咆哮がアヤカシ達の注意をくぎづけにしたその隙に、レナートが倒れた少年の元に駆けつける。割れた額からの出血が酷い。しかしまだ息はある。担ぎ上げるレナートに、もう一人の少年は胡乱な視線を向けている。
「……あんたらは」
「アヤカシ退治の開拓者だ。使え」
 ラサースの放った妖刀「カラヴァーラ」を受け取り、少年は眉をひそめた。妖刀の持つ雰囲気や力を敏感に感じたのかもしれない。少年が志体であることはラサースには先ほどの立ち振る舞いで分かっている。
「守ってやれ」
 ラサースの短い言葉に、少年は体を持ち上げ黙ってレナートの後ろについてゆく。
 後方へと下がるレナートと少年達にゴブリン達が追いすがる。弱った者や背を向けた者を付け狙う、その狡賢さに辟易しながらレナートは空いた手の剣を身構える。
 しかし、群れるゴブリン達をリリアーナ(ib7643)の放ったブリザーストームの白い奔流が呑み込んだ。
「はやく、今のうちです」
「ありがとう」
 水晶の杖を凍えるような藍色に輝かせるリリアーナの横を感謝の念と共に通り過ぎ、レナートは少年をリシルの元へと担ぎ込んだ。
 リシルは少年の傷口を見やった。少年の白い額から、鮮紅色の血が滾々と流れ落ちていて、血に触れた手には焼けるような熱を錯覚した。伝わる熱が、リシルの意志を明瞭にする。開かれた傷を塞ぎ、そこから零れ落ちる生命を繋ぎ止める癒しの力というものが、自分の惹かれた初源であるはずだった。もう一人の少年が、横でじっとこちらをうかがっている。
「……治せる、のか」
「治します」
 ジプシークロースから扇「皆紅」に持ち替える。赤漆の骨に、蒔絵をあしらった天儀風の扇。二つともが己の在り方を示している。リシルが祈念と共に扇を緩やかに煽ぐと、呼ばれるように吹いた神風恩寵の柔らかな風が、少年の傷を塞いでいった。
「ほら、君も怪我してる! 治してあげるから」
「いや、俺は」
「いいから、じっとしてて!」
 そよぎの閃癒の光が周囲に満ち渡り、もう一人の少年の傷をも癒していく。少年はばつが悪そうに、しかしその淡い光を珍しそうに長いあいだ見つめていた。

「雷撃は、少々痛いですよ?」
 ブリザーストームによって広く手傷を負ったゴブリンたちに、リリアーナは後方からさらにサンダーを落として一体ずつとどめを刺してゆく。
 リリアーナの後ろには少年たち。この子達は確実に守らなければならない。未だ意識を失ったままの少年の息づかい。どうか生きていて欲しいと、リリアーナは前方から回り込んで迫るゴブリンたちを寄せ付けず雷撃を落としてゆく。
 リリアーナの雷撃、それを抜けたゴブリン達も五月の矢継ぎ早に放った幾本の鋭い軌跡が、足を射抜いて動きを止め、或いはその小さな目を射抜いて瘴気の塵へと返してゆく。それは平素、五月の纏った緩慢な雰囲気とは裏腹な早業であったが、しかし当の五月は面白くも無さそうな顔でいる。
 ラサースが気がかりであった。ここのところ仕事に打ち込みすぎているきらいを感じ、様子見がてら同行してみればあの取り乱し様。没頭しすぎるのは忘れたい何かを抱えている傾向である。それも心配だが、その何かを自分に相談して打ち明けない事が、どうにも面白くない。機嫌麗しいとは言えぬ五月の胸中ではあったが、それで一々弓を引く手の乱れることもなく、ラサースの側面のゴブリンをやはり精緻に描かれた軌跡で撃ち落とした。
 ゴブリンの数はおよそ削られている。集団で群れて連携をとればこそ面倒ではあるが、つまるところ数に物を言わすことが出来なくなれば開拓者の脅威とはなりえない。残る実質の敵戦力はサバーガカラヴァが二体。
「はっ! どうした、如何にも頭の悪そうな鬼風情よ? それとも犬っころと呼んだ方がお気に召すのか。私の大剣がそんなに恐ろしいか?!」
 カモーン、と手先で遊ぶラグナの挑発に、二体のサバーガカラヴァは犬の鼻に皺を寄せて唸りをあげる。怒りによる忘我は戦いにおける冷静をたやすく手放し、とりわけ防御の念を喪失させる。
 火麗の外套を纏った体がサバーガカラヴァの間合いに飛び込んでいる。迎え撃つサバーガカラヴァの体には怒りによる力みというものが透けて見え、十分に見切った大刀の一撃を紙一重に掠めさせた。大刀を空に振り切った体は隙だらけである。火麗は天儀刀「叢雲」の切っ先を己の白い指先に沿わせている。その銘を表す美しい刀紋を浮かべる刀身の、凍えるような肌理を火麗の白い指は確かに感じていた。放胆な踏込と共に放たれた全力の突きは、サバーガカラヴァの胸から背までを一息に貫き通す。
 刀を引き抜いて瘴気をしぶかせながら、火麗は視線をなお絶命に至らないサバーガカラヴァの死角に向けている。サバーガカラヴァの腰よりも低いその死角で、ラサースの瞳が応えるように赤く瞬いた。直後、地から飛翔するように放たれた一撃、アルデバランと呼ばれる砂迅騎の追撃術によって無防の喉笛を掻き切られ、今度こそサバーガカラヴァはその輪郭を脆く崩して瘴気へと還った。
 残る一体にラグナが魔剣「ラ・フレーメ」を向けている。開放されたオーラが可視の奔流となってラグナの肉体から立ちのぼる。
「我が大剣よ、うなれ! 邪悪を根こそぎ消し飛ばしてしまえッ!」
 威勢よく口上を述べる間にも、雨のごとく放たれた五月の即射やリリアーナのホーリーアローが次々と突き刺さる。そよぎの竪琴によって奏でられる「剣の舞」の後押しも受けた攻撃は烈しさを増すばかりで、先を越される勢いである。仲間達の攻撃のために一生懸命サバーガカラヴァ達の挑発をしていたとはいえ、一撃は加えたい。
「私の分も取っておいてくれよっ!」
 全身から立ち上るすべてのオーラを大剣に集中させた渾身の一振りは、敵の巨大な棍棒を弾いてその肉体に肩から深々と突き刺さる。次の瞬間に引き金を落とす如く炸裂したオーラによって、肉体の内部から爆ぜたサバーガカラヴァは原形もとどめずに塵と消えていた。

「ふふん、『かっこいーおにーさんに助けられて運がよかったね』と、うさみたんは言ってるぞ」
「大丈夫か? いつでも代わるぞ」
「いい」
 レナートの言葉に、少年は素っ気なく応える。うさみたんを見せるラグナはスルー。そういうモードじゃないっぽい。背には額に傷を負った少年。リシルの治癒によって傷はふさがったが、意識はまだ戻っていない。呼吸も脈も確かで、いずれ気が付くとは思われるのだが。
 村に戻る道すがら、そよぎは少年たちの事情を少しずつ聞いている。少年は騎士の家に養子にとられ、明日にも村を出ること、背負った少年と仲たがいをしていたこと。
「それはちゃんと仲直りした方がいいよ! このままお別れなんて寂しいよ」
「……こいつが、一種の劣等感というものを抱いていたことも俺は知ってる。ただ、問題はテュールであるかどうかとか、そんな事じゃないことを、分かってもらいたかった」
「複雑なものだねぇ。少年の心ってやつは。ただ、お互いに二人の関係が大切なものだってのは同じなんでしょう。それは、伝えておくべきことね」
 やがて、背負われた少年が気が付いた。脳が揺れたせいかどこか判然としない風でいる。
「貴方は、彼を守ったのですよ。騎士でなくとも、貴方は守ったのです。彼も……貴方のおかげでこうして無事にいます」
 慈しむリリアーナの言葉を、少年は夢見心地でいるような視線で聞いていた。
「なくしかけて分かったんなら、僥倖じゃねぇか。唐突に失って、一生戻ってこねぇモノなんざ、世の中にゃ転がる程溢れてんだ。気付いたんなら、ソレは言葉にしとくコトだな」
「五月、ごめん」
「……なんでこのタイミングでお前があやまる」
 こちらはこちらで別の問題を抱えているらしい五月とラサースであったが、背負われた少年も胡乱げな意識のまま少しずつ言葉を発した。
「村を、出るのだったか」
「ああ」
「そうかぁ。騎士というのは分からないけど、死ぬなよ」
「お前も、村でちゃんと生きることだ。それとも、詩人にでもなって旅をしてもいいさ」
 背負った少年は、なんとなくそんな自分の言葉を白々しく思ったようで、少し空を仰いだ。
「……分からないさ。生きるか死ぬかなんて。俺たちには、まだ。元気でな」
「悪かったよ。元気で」
 背負われた少年は肩の上でうつむいて、ゆっくり息を吐いた。
「でもなぁ、一緒に行ってやれないのは、やっぱりさびしいなぁ」
 レナートは折り重なった二人の少年の背を見つめた。体格は近くても、髪の色はまったく違っていて、それが森の緑のなかに揺れるのがやけに目についた。この二人はこれからまったく異なる生き方をするのだろう。
 不意に母と妹のことが思い出され、レナートは手首のお守りにそっと触れていた。