盗賊騎士と魔術師
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/01 22:53



■オープニング本文

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 城へ続く街の大通りを歩いた。
 白く厚い雲を抜けて差し込む光を返し、通りの石や連なる壁はやはり無責任に白かった。
 己を汚し、焦がす火を遠く忘れたように。
 人の声はにぎやかであり、和やかであった。
 己が苦悶の色や、血と断末魔の呻きとは無縁であるとでも言うかのように。
 人間が最も残虐になるのは、こんな通りを歩いたふとした時に違いない。
 それはそれは、うららかな午後だった。
                                        盗賊騎士ベルトラン


 振るった槍を後方へ跳んで躱したガルヴィスを追うことなく、ユリア・ヴァル(ia9996)は倒れた騎士ケイの傍らに跪いた。無残に割られた鎧の下で、貫かれた胸から鮮血が溢れていた。
 ユリアの閃癒の光は表層の傷を塞ぎ、溢れる血を押し留めた。それ以上の変化は無い。首元に触れた手は変わらぬ温もりを伝えていたが、それは源を絶たれた残滓に過ぎず、生の鼓動というものの失われた、拠り所の無い空虚な温もりだった。
「死んだか。その男は苦しみと共に殺したかった」
 打ち掛かるモルドゥムにガルヴィスは剣を持たぬ腕を向け、何かを短く呟いた。
 迸った火炎はモルドゥムを包み周囲を赤く染め、その色はヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)の瞳にはアル=カマルの砂漠に沈む夕陽の、あの烈しく焼ける紅蓮の色のごとく映った。
「魔術師か、貴様」
 魔術師、と。剣を向けたアストルの口にした低い言葉が、初めて聞くものであるかのようにブリジット・オーティス(ib9549)の耳に響いた。多くのものが、そこに込められているように思われた。
 ガルヴィスは無造作にディアヴォルを切って捨てた。傍らに、グリフォンとそれに乗った五人の男たちが降り立っていた。そのうちの一人が、こちらを見まわしてガルヴィスに口を開いた。
「志体(テュール)らしいのが、随分いるなガルヴィス。騎士だけではない」
「開拓者の連中だ」
「間の悪いことだ。どうする」
「彼等次第だ。ケイは殺した。ひとまず引くのもいい」
「行かせると思うのか」
 剣を向けたまま、少しずつアストルが詰め寄っている。レオニス・アーウィン(ic0362)はその様子を注意深く見守っていた。いつでも割って入れる位置にいる。
「ケイは俺の幼少より知っていた男だ。ゼムクリンにも欠かせぬ騎士を切った男を、みすみす行かせるはずがない」
「メイエルゴリト、嫡子アストル。察しの通り、私は魔術師一族の生き残りだ。一族の怨恨を晴らすつもりだが、貴様の代には直接関わりの無いのも事実。強いて命を捨てる必要があるか」
「笑わせる。関わりが無いだと。生き残りがいるとは思っていた。父もケイも手を抜いたのだ。一人残らず、幼子に至るまで断じて根絶やしにせしめるという徹底が無かった。一度始まってしまった戦いの火は、他方を燃やし尽くすまで止まない。一人見逃せば、必ず新たな喪失を生む。この場で、今度こそ断ち切ってやろう」
「……それは私にも言えるようだ。アストル、貴様を生かせば必ず禍根となるだろう」
 面倒だ、とエドガー・バーリルンド(ic0471)は双方をうかがいながら素知らぬ顔でいる。戦いの中に暮らすとはいえ、自分のような傭兵などはあくまで戦いの表面に生きている。いま目の前で広げられている、その最も奥の部分に据えられた因縁やら感情やらは、本来こちらで直接扱う領分ではない。その時、ガルヴィス達の向こうに駆ける二つの影が見えた。
 八十神 蔵人(ia1422)とウルシュテッド(ib5445)は現れた手勢の背から仲間たちの元へと向かっていた。
「ガルヴィスはクロってことでええんやなっ。グリフォンのあいつ等もその仲間かっ。ならこのまま背からどついてええんか、奴らまだわしらに気付いてない。どないするウルシュテッド」
「向こうから何か合図でもあればいいところだが」
 対峙するガルヴィスとアストルの周囲の空気は張りつめていくばかりだった。
「この場で全て決するのもいい」
「無論だ」
「だがその前にひとつ教えよう。そこに居る男。モルドゥムも私と同じ、一族の生き残りだ」
 向けられた視線のなか、モルドゥムの顔は悲痛の色に濡れていた。

 エリアス・スヴァルド(ib9891)が城門を抜け、大広間まで一気に駆け抜けたとき、そこには伯や鬼島貫徹(ia0694)と騎士たちの前に、明らかに城の者ではない手勢が対峙していた。
 一人の男が進み出る。ぞんざいに伸ばしたクセの強い赤髪が額に垂れ、その下の双眸は鋭く、そして暗かった。口元には作為的な笑みが張り付いている。エリアスには思いがけず、男は跪いた。
「伯、ご無沙汰しております。これまで伯の直轄の地には手を出さずにおりましたが此のたび、仕事の都合によりこれを曲げる運びとなりました事をお詫び致します。すでに、幾人かの騎士の邸に手を回してあります」
「何者です」
 貫徹の問いに、伯は苦しい横顔のままでいる。
「……元、ゼムクリンの騎士だった男、ベルトラン。留まっていれば、最良の騎士となっていただろう。今では盗賊に身をやつし、方々で悪行を重ねている。我々も行く手を追ってはいたが」
「慈善事業もやらないでもありません」
「白々しい。アヤカシの為に孤児となったテュールを拾い、己の私兵としているだけのこと」
「ばかりでもありませんが。まあ、いい。用は別にある。そろそろのはずだが……ああ、来たな」
 エリアスの入ってきたのとは反対の出入り口から、男がエレナを連れてやってきた。エレナは大人しく連れられており、その眼は意思の色というものを欠いていた。
「エレナ! 貴様!」
「動かれませんよう、伯。私も娘さんを傷つけたくはない。ただ少しばかりお借りしたいだけのこと。用さえ済めば、五体満足で返してあげられる。ん?」
 刃と呼ぶには荒々しい、黒く波打つ鎌が、エレナを連れた男を袈裟に切り裂いた。長大な鎌はヴァルトルーデ・レント(ib9488)の手に、おとなしく収まった。
「困ることだ。余計な手がかかる。そのひとだけは連れていかなきゃならない。鎌のお嬢さん、お願いだからそのひとを渡してくれないか」
 ベルトランは気軽な足取りでヴァルトルーデに歩み寄った。


■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎
ブリジット・オーティス(ib9549
20歳・女・騎
エリアス・スヴァルド(ib9891
48歳・男・騎
レオニス・アーウィン(ic0362
25歳・男・騎
エドガー・バーリルンド(ic0471
43歳・男・砲


■リプレイ本文

 モルドゥムは魔術師一族の生き残りであると。言葉は滞り、場の空気は重く停滞した。
 されど八十神 蔵人(ia1422)はその停滞をよしとしなかった。駆け抜けて一気に跳躍。長く地から離れる間に得物を抜く。敵方がそこで振り返る。宙に放たれた蔵人には何もかもが遅かった。
 着地と共にグリフォンに自重を乗せた突きを放つ。猛禽の甲高い叫びが響き、蔵人は刃を捻りながら上方へ振り上げた。粉のように舞った紅椿の赤い血を浴び、魔刃「エア」の刀身の紋様が赤く明滅する様は、血管が鼓動と共に血を貪欲に飲み下しているようだった。
「アストル! モルドゥムにはわしらが伏せている事を伝えてあった! だけどこいつらはわしらの奇襲に気付かんかった、意味はわかるな!? 判れ! 明らかに時間稼ぎやろうが城で何か起きとるぞ!」
 咄嗟の事態に僅かな逡巡を見せるも、アストルはガルヴィスに向けた剣を緩めない。
「城にも騎士は居る。お前たちの仲間も。それより、これが千載一遇の好機でないとどうして言える。この男さえ殺せば、長きに渡る因縁を断ち切れるかもしれん。何より…」
 続く言葉がなにか、ブリジット・オーティス(ib9549)には知る由がなかった。それよりもアストルの眼前に割って入った。剣が鼻先をかすめそうである。
「アストル殿、どうか冷静に」
「どけ」
「どきません。我々はヴァイツァウ伯の乱も経験しました。こんなことはもうたくさんです。ここは剣を収めてください。これがこの国を蝕む病であっても……いえ、断ち切るのであればその病巣をこそ、断たねばならないのではないですか」
 それはおそらくは双方に向けられた言葉に違いなかった。或いは、さらにその奥に鎮座する根本に。
「指揮官なら感情に呑まれず全体を見なさい。何よりケイならそうするでしょう」
 言うとユリア・ヴァル(ia9996)は敵騎士たち目がけて駆けていた。すでに蔵人達と打ち合いが始まっている。悠長にしている時間は無い。
「アストル、今見せるべきは将器じゃ! 皆を生かす選択をせよ! これはぬしでなくばできん!」
 ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)の大きな瞳には、このとき極めて烈しい感情が渦巻きアストルに訴えていた。或いはその意外な烈しさが、かえってアストルを冷静にさせた。
「……それがお前たちの意志か。いいだろう、この場は退く。どのみちお前たちの力を借りねば奴等は打てまい。モルドゥム!」
 レオニス・アーウィン(ic0362)はモルドゥムの傍に歩み寄った。
「聞いた通りだ、モルドゥム殿。退く」
「はい」
 その表情は相変わらずつきつめたものではあったが、もはや沈痛ではなかった。
「レオニス殿、ケイ殿の亡骸を、運びたいのです。手伝っていただけますか」
「……分かった」
 どういった気持でいるのか、レオニスには分からない。簡単な問題ではないことは知れている。それでもこの少年が何かしら答えを見つけることが出来ればいいと、そう思う。
「やはりその者たちと行くのか。モルドゥム」
「……ガルヴィス。やはり君は」
「呼ぶな。その名を。俺は名を変え、力を身に着た。昔の面影さえあるまい。しかしモルドゥム。貴様は一族の名で、あの時の顔のまま、なぜ騎士などとして生きることが出来る。親を、仲間を殺した騎士を」
「僕を生かしたのも騎士だった。そう生きると、すでに決めた」
「……ならば騎士として死ぬがいい。かつての親友よ」
 モルドゥムは背を向け、レオニスと連れ立って歩き去った。ガルヴィスはそれを追う素振りを見せた。
 踵を返した彼等をそのままに、ヘルゥは手にした宝珠銃の銃口をガルヴィスに向け、そこに割って入った。
「ガルヴィス、アル=マリキのヘルゥを覚えておれ。仲間のツラを下げたまま肩を並べた者を殺したお前には、必ず落とし前をつけさせるぞ! 今度会うたら素っ首飛ばしてくれる!」
「この場で試すがいい」
「戦いは私一人ではない。……兄ぃ姉ぇの皆、無事で戻れよ!」
 ガルヴィスの頭上へ放たれたヘルゥの閃光練弾は周囲一帯を白く染めた。
 目の眩む閃光のなか、ウルシュテッド(ib5445)は一人その影を光のなかに奔らせた。暗がりに潜むよりも光に乗じた暗器、鑽針釘はガルヴィスの腕を裂き、囚痺枷香の毒が傷口より流し込まれた。視界を奪われながらも跳ね上がったガルヴィスの剣を、ウルシュテッドはさらに須臾の一撃で切り返す技巧をその一瞬に見せた。
 不利と見たガルヴィスは後方へ跳び、己の感覚を侵されたことを知り顔を歪めた。しかし、懐から取り出した小瓶を素早く飲み干すと平静を取り戻して再び剣を構えている。
(解毒したのか)
 何の毒であるか定かならぬまま解毒したとすればよほど薬、毒物に通じていなければならない。おそらくは、魔術師として身につけたものか。
 両の手の長大な獲物を二天の構えで振るい、グリフォンを狙う蔵人に敵の騎士たちが打ち掛かっている。己のためにヘルゥ達を追う余裕が無いのは蔵人には幸いだった。その騎士たちの背後で、軽装の男が肩に血をにじませながら呪文を詠唱し始めた。先の閃光の瞬間、ユリアの投擲した神槍「グングニル」によって貫かれ、先手を逸していたのだった。
「熱っ、焦げる!」
 紡いだ呪文は渦巻く炎の魔術となって蔵人の体を焼いた。
 しかし続けて呪文が紡がれることはなかった。手元へ戻った槍を手に、今度は直接ユリアに一撃を叩き込まれ魔術師は倒れたのだった。ユリアは周囲を素早く見回した。この場で長く戦う必要はない。敵のグリフォンを負傷させれば撤退する心算である。騎士たちに加えグリフォンの反撃にも合っている蔵人の消耗が心配だが、彼の力量なら捌けるだろう。
 問題は、ガルヴィスがどう出るか。少なくともこの騎士たちより、格段の上手であるのは確か。
 ガルヴィスの剣が跳ね上がり、甲高い金属音が連続した。見据えた先にはマスケットを構えたエドガー・バーリルンド(ic0471)が居た。単動作による連射を造作なく止めてみせたその手際に、エドガーはひゅうと笛を鳴らした。
「あの騎士たちはあんたのお仲間かい? それにしちゃあんたとは毛色が違うな」
「……」
「むしろ奴らはご同業と見たね。傭兵だか盗賊だか。金で動いてる連中だな」
「察しのいいことだ」
「とくれば、あんたと俺も会話は出来るわけだ。主義や思想に興味は無ぇが金の話は分け隔てが無ぇ」
「どこかあの男に似た事を言う」
「あん?」
「ベルトラン。奴らはその手勢の者たちだ。今頃、城を襲っているころだろう」
「おやおやそいつは大変。こちとら雇い主の安全は確保したいんでね。ここはお互いに引くとしないかい」
「それもいい。いずれ最低限の目的は果たした。……しかし、噛み付かれるままで居るのも詰まらない」
 言うと緩慢な動作で、激しく立ち回る蔵人を見据えて剣を構えた。紡ぐ言葉はどこか遠い地のもののようでもあり、その厳かな言葉と共に剣に乗せられた力は火でも無く、風でも無い。それでも一帯の空気の変わったような不可思議な質量を、エドガーは確かにそこに感じていた。

 エレナを庇って立つヴァルトルーデ・レント(ib9488)に、ベルトランが歩み寄る。
「エレナ様」
 ヴァルトルーデの呼びかけにエレナは応えない。おそらく正常な状態ではない。術にでも掛けられたか。どのような動きをされるか分からない。当身で気絶させ担いで逃げるか―。
 一歩、二歩。緩やかに歩み寄って来る男の瞳が、それだけの隙を与えはしないと物語っている。だとすれば。
「まぁ、ちょっと待った」
 エリアス・スヴァルド(ib9891)のかけた声音には努めて気楽な響きがあった。
「動物みたいに女性を貸し借りとは、どういうことだい? 彼女の様子がおかしいが、何をしたのかな」
「なに、俺の雇い主が一服盛ったのさ。魔術師の秘薬というやつだ。まあ待ってな。仕事を終えたら話してやってもいい」
 誘いには乗らないと言わんばかりだ。それだけ、エレナが優先される目的だということか。
「伯の身を頼むぞ」
 騎士達に言葉少なにそういうと、鬼島貫徹(ia0694)は飛び出した。
 一足、二足。それだけで全身の血液は戦闘に適応し、瞬間的に沸騰したが如く貫徹の内部を駆け巡った。後手に回るのは不利と見た。だとすれば機は一点にしか無い。ベルトランがエレナに注意を向けている今。すなわち初撃。それのみに全てを投げ打ってくれる。
「野郎ども動け!!」
 気配で察知したか、ベルトランは叫ぶと共にエレナ目がけて一気に間合いを詰める。
 手勢の者たちは素早く一斉に取り出した銃を、兵と伯たちに向けた。
(銃か!)
 エリアスは逆五角形の盾を掲げて伯の前に飛び出し、貫徹は銃音の響くのを背で聞きながら止まらず駆け抜けた。
 エレナがベルトランを迎え撃つ。その横合いから貫徹が迫る。振るうは巨大な宣花大斧。あらゆるものを粉砕せしめんとするその一撃に、ベルトランは腕に嵌めた小型の盾を差し出した。
 圧倒的な質量の差になすすべなく砕かれるはずのその接触は、盾が展開したオーラの障壁によって不自然な拮抗を生み出し斧の速度を止めた。斧の大質量と速度を止められた衝撃が手に伝わり、その意外が貫徹の表情に獰猛な笑みを刻んだ。
 されど、防いだ者も安堵の吐息をもらさない。もらすようであれば魂まで吐き出していたに違いない。戦いという不条理の中では一瞬にして全てを奪う死神さえ潜む。ヴァルトルーデの大鎌は差し入れられた剣を押し切り、ベルトランの右肩から二の腕にかけてを深々と貫いていた。
「……この城の者じゃないな。筋が違いすぎる。結果のみを求めた剣。もう少し、過程も楽しんだらどうかな」
「我が騎士道は殺すこと。それ以外に無い」
「そうか」
 己の腕を貫いた鎌を抱きかかえるように、ベルトランが至近で呟いた。先までのおどけた調子はなかった。
「これは、俺の未熟だったな。だが、目的は果たす。……エレナ、走れ」
「なに」
 ヴァルトルーデの後ろから、エレナは言われるままに駈け出した。ベルトランを振り払おうとするが、離れない。
「かあっ!!」
 貫徹が再び大斧を振るう。ベルトランもやはりオーラで防ごうとするが、傷のためか先ほどまでの技の冴えが無い。一撃に体勢を崩しながら、後方に下がった。傍らには手下と、エレナ。
「娘をどうするつもりだ」
「なに、用が済んだらちゃんと返してさしあげる。傷ひとつ付けやしません。誓ってね。ただし、この場を見逃して頂けるのであれば。伯。よろしいですね。その開拓者たちにも追わせないように。ああ、それと、俺の雇い主はご存じのガルヴィス。魔術師の生き残りです。私は楽しめそうなので破格で仕事を受けた。まあ、慈善事業のうちですな」
 合図をすると手下の一人が閃光練弾を放ち、眩む光のなか、大勢がばたばたと駆ける音をヴァルトルーデは聞いた。追うべきと考えたが、伯に止められた。
「……よほど、周到に練った計画だったに違いない。いま追っても、あの男は隙を見せまい。しかし、ガルヴィスが」
 立ち尽くす伯の顔色をエリアスは眺めていた。さすがに青ざめている。
「あのベルトランという男は、魔術師ではないのですか」
「違う。それは確かだ。いまは絶えたが元々たしかな騎士の家系の男だった。しかし、そうか、生き残りが。居たとしても、数えるほどのはずだが」
 大広間には銃で射抜かれた兵の死傷者たちが多く横たわっていた。襲撃を受けたという騎士の邸の報告も外から入り、その様子は混沌としていた。やがて、パルシヴがやってきた。己の邸で襲撃を受けたらしい。
「返り討ちにしました。ただ、狙いは私ではなく叔父のようでだった」
 パルシヴの叔父も騎士らしい。すでに一線を退いているという。報告が入った、襲撃を受け犠牲になった他の騎士たちも、いずれも引退した年配の騎士達だった。エリアスは腑に落ちない。
「こちらの戦力を削るつもりにしては不合理だ」
「……十年前、魔術師の闘争があった当時、中心となっていた騎士達だ。ガルヴィスの、報復のつもりなのだろう」
 疲れ果てた様子の伯に、それ以上を問うのは憚られた。
 因縁が血を流している。ガルヴィスと共に遠征へ出た者たちのことが気がかりだった。

 襲撃地点からしばらく離れた山道で、遠征組はふたたび合流していた。ヘルゥはさらなる伏兵の可能性も考え用心深く周囲をうかがっていたが、どうやらその心配もないらしい。
「皆、無事でなによりじゃ。蔵人兄ぃ、傷を負ったか?」
「ガルヴィスの奴に一撃、重いの入れられたわ。ユリアに回復してもらってまあ、動ける。グリフォンは潰したから、追ってはこれんやろうが」
 魔術を乗せた剣の一撃。堅牢を誇る蔵人を負傷させる程の威力が、ユリアには不審だった。消耗が激しく、連発は不可能とユリアは見たが、それにしても。
「……私の一族は、土地の精霊と深く結びついていました。この土地であれば、その加護を一時的に強く受けることも、ガルヴィスならば出来るのでしょう」
「彼のことは、どれほど知っていたの?」
 ユリアの問いに、モルドゥムは首を横に振った。
「昔の、友達でした。ただ風貌があまりに変わっていて。まさか、と思いましたが、問い詰めることは出来ませんでした。下手に自分が魔術師の一族であることをにおわせて、それが周囲に知られればと思うと」
「それで私たちに。他に、関わりは?」
「ありません。十年前、義父に拾われてから、一族のものと接触したことはありませんでした。生き残りがいることも、知りませんでした。いてくれればいいと、思ってはいましたが」
 嘘を言ってないとすれば、彼が知ることは多くないだろう。あとは他の騎士が彼をどう扱うか―。
「モルドゥム。城に帰投後、貴様を拘束する」
 振り返りもせずに言ったアストルの言葉に、ブリジットは声をあげた。
「何故です、アストル殿。そのようなことをしても何も解決しないではありませんか」
「魔術師との繋がりが疑われる以上、やむを得ない」
「聞いた通り、彼はもはや関係を持っていない。出自だけで」
「保証はない。いずれにせよ、事が落ち着くまでは。……異存はあるか、モルドゥム」
「ありません」
 二人はようやく視線を交わした。モルドゥムよりもアストルの方が、その眼差しに力を欠いているようにさえ、ブリジットには思われた。
 ブリジットは空を仰いだ。湧き上がる何かが、虚空を求めていた。