氷雪丘陵の戦い
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/28 02:29



■オープニング本文

 このグルボイ地方においても当然アヤカシは脅威であり、特に地方の末端から近い距離に鎮座する魔の森から、人々の生活域へと流入してくる強力なアヤカシへの対処が直近の課題となっている。主としてこの脅威に対抗し得るのは、この地方の中央に位置する城塞都市ゼムクリンの抱える騎士たちであるが、広範に渡る地を守護するのは限界があり、魔の森に近く、直接脅威にさらされる地方周縁部は、ゼムクリンにとって魔の森との緩衝地となっているのが実状である。
 よって、中央の庇護の薄いそれら村落は自然、中央から派遣された騎士の滞在を受けられる例外を除いて自衛の手段を講じなければならず、これまた自然に、その役どころは開拓者へと回ってくることが多くなっているのだった。


 冬の峠を越したとはいえ、ジルベリアの内陸に位置するグルボイ地方には未だ春の気配は遠く見当たらない。降雪こそ少なくなったが、長く積もった雪は隅々まで踏み固めたような氷雪となり、初冬の新しく降り積もった雪が見せた柔らかさよりも、その姿は冬の厳しさを吸った分だけ険しさを強めたようでもある。
 小麦とジャガイモの播種にも間があるこの時期には、村は専ら家畜に手をかけながら春の到来を待って過ごしている。その夜長に手元にヴォトカを寄せる者も多い。
 しかし、沈静の時を過ごす人間の都合がアヤカシに通じるはずもなく、その遍在する悪意は常に周囲を取り巻いている。
 今回目撃されたのも地方周縁部の村に程近い、見はらしの良いなだらかな丘陵をうろつくアヤカシの群であり、放置すれば村に被害が及ぶのはあきらかである。
 中級アヤカシと目される個体も複数混じるこの群の討伐が、開拓者である貴方の前に提示された今回の依頼の目的である。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
ルーンワース(ib0092
20歳・男・魔
朱華(ib1944
19歳・男・志
匂坂 尚哉(ib5766
18歳・男・サ
炎海(ib8284
45歳・男・陰
エリアス・スヴァルド(ib9891
48歳・男・騎
ジェラルド・李(ic0119
20歳・男・サ
紅 竜姫(ic0261
27歳・女・泰
ヴィオレット・ハーネス(ic0349
17歳・女・砲


■リプレイ本文

 刺すような冷気、身を切るような風。
 その中で呼吸する者すべてに肉体との限りない接触を強いるようでありながら、空は常のごとく封をするような厚みのある灰の色を示すジルベリアの大気は、どこか瓶に詰められたような感覚を想起させる。延々と吹き荒ぶ密閉された外気。
(全て変わらない、あの頃のまま…)
 変わらないものは変わったものを浮き彫りにする。エリアス・スヴァルド(ib9891)は物憂げに雪を踏みしめた。
「あれか。接近すればもう気づかれるな」
 羅喉丸(ia0347)は厚手の外套を風に靡かせながら目を凝らす。風の向こうの、稜線のはっきりとしない白い起伏には黒いものが多数に群れ動いている。見晴らしのいいあの位置からであれば、アヤカシ達はすぐにこちらの存在に気づくだろう。
「多少なり、魔将とやらの情報でも得られればよかったんだが」
 最近になってこのグルボイで目撃されるようになっているというアヤカシ。戦闘において最もリスクを伴うのは、手の内の分からない相手とやり合う事だと羅喉丸は知っている。
「同感。時間があれば、やりあったっていう騎士達に話を聞きたかった」
 村の安全もあり、この場には急行してきたためそれは叶わなかった。万全で臨むに越したことはないが、そうもいかないのが常でもある。朱華(ib1944)は襟巻をぐっと押し上げた。寒いのは苦手だ。それはヴィオレット・ハーネス(ic0349)も同じらしい。
「こんなくそ寒っみいところに出やがって。かなわねぇな」
 言いながら、ヴィオレットは自分の魔槍砲に耐水防御を施している。悪態をつきながらも備えは怠っていない。
「っはー! 寒い! ほんとね! いいからさっさと行って、ばすばす倒しちゃいましょ。こんな中で突立ってたら凍えちゃうわ!」
「だな」
 寒いと言いながらも、紅 竜姫(ic0261)の様は寒さに耐えるというよりは正面から迎えうつような、有無を言わせぬ快活なところがある。竜姫の張りのある声に牽かれるまま、一行は再びの歩みに雪を盛んに踏み鳴らしていた。

 魔術の詠唱。言葉を紡ぐたび、掲げた聖杖の上に収束されるものが形をなしてゆく。冷え切った外気のただなかに、理に抗して現れる火炎の熱が周囲の冷気を押し開いて風を鳴らした。
「…ちょっと、派手にいきます」
 炎の術は好きではない。火はあらゆるものに平等でありすぎる。しかし、この場であれば人も何も巻き込むことなく存分にその力を行使できる。召喚された火球はルーンワース(ib0092)の杖と共に振り下ろされ、白い一帯を一瞬にしてアヤカシもろとも赤い炸裂に包み込んだ。
「おー、暖けぇな」
 術を追うようにすぐさま飛び入った匂坂 尚哉(ib5766)はすぐさまアヤカシ達を見回した。過大な熱量のために瞬間に雪から蒸発した蒸気が立ち上り、足元からも氷から水の抜ける音がひゅうひゅう鳴っている。ゴブリンスノウはほぼ全滅、素早さに長けたホルワウは回避したものと、射程を外れていたものが十五は残っている。一体のアイスゴーレムも直撃食らって大ダメージ。
「そんなとこか」
 尚哉は不敵な笑みでその金の瞳を見開くと、裂帛の咆哮を大地に響かせた。
 ルーンの火球と尚哉の咆哮によって生じたアヤカシの動揺を、ジェラルド・李(ic0119)が捉える。
「その一瞬が、命取りだ」
 雪上で跳ねるような素早さを見せるホルワウの機先を制し、一足で間合いを消し太刀を振り下ろす。長巻直しと呼ばれる四尺にも及ぶ大太刀は、しかしその長大さにそぐわぬ速度で太刀筋を閃かせ、氷狼の体を切って落としてみせた。視界の端に奔った新たな影に再び柄を握る手が反応しかけたとき、竜姫の赤い拳が果敢の踏み込みと共にホルワウを吹き飛ばしていた。
「もらっちゃった」
「別に断らんでいい」
「もー、相変わらず連れないわね、ジェリー」
「だから、ジェリーと呼ぶなっ!」
 下級アヤカシへの対処はこの面子であればそも造作ないと見ていい。とすれば、問題はやはり中級以上のアヤカシ。
「目障りだ…群れるな!」
 後方より矢継早に放つ斬撃符によって、下級アヤカシたちを蹴散らしながら状況をうかがう炎海(ib8284)の視界に、咆哮につられ尚哉へ迫る二体のアイスゴーレムの姿が映る。自身獣人である炎海は何故か人間という種族を愛する。故に炎海にとって人間を脅かすアヤカシはむろん唾棄すべき存在であり、そして人間率の高い依頼になると若干テンション上がりもするのだった。
「人間がいかに尊き存在なのか理解もできん畜生にも劣る化け物どもが…お前達に同情や慈悲は要らん。この凍てつく大地に消えろ!! ……気をつけてくれ、尚哉!」
「おう!」
 手にした呪殺符のよく似合う気迫と博愛精神溢れる台詞を使い分ける炎海の放った火輪が、アイスゴーレムの巨体を硬直させる。そこへ、懐へもぐりこんだ朱華の下段に構えた虎徹が、炎魂縛武を纏い刀身に無数に立ち上る紅の火片を反射した。ゴーレムの体の中央に位置する核には届かずも、斬撃は氷塊の体に確かな亀裂をはしらせた。
 二体のアイスゴーレムによる連撃を、尚哉はかわし、時に野太刀で受け捌いてゆく。しかしそのうちの一手、繰り出されたゴーレムの巨大な掌が尚哉を太刀ごと包み込み、締め上げた。
「あぐっ」
 凄まじい握力によって締め上げられ、己の体の中から起こる嫌な音を聞きながら、冷たくてかなわねぇ、と尚哉は埒もなく思った。
「くらえデカブツ!!」
 尚哉を掴むゴーレムの体躯めがけ、距離を取った位置からヴィオレットは手にした魔槍砲を全力で振るう。引鉄を廃し、槍撃によって稼働する「瞬輝」の点火機構はその名の通り瞬間に轟音と共に砲撃した。不意の距離から横合いに直撃を受けたゴーレムは、体から無数に砕けた氷を散らして尚哉を放す。
 地に降りて膝をつく尚哉と、なお迫るもう一体のゴーレムとの間にエリアスが割って入る。真上から振り下ろされるゴーレムの剛腕、巨大な氷塊の質量が十分の速度によって振り下ろされる力は計り知れない。オーラを纏い構えたエリアスの盾に、その力が有無を言わさぬ衝撃となって集約する。杭を打つが如く、エリアスは氷雪に膝まで沈み込んだ己の下肢を軋ませながら耐え、全力で上半身を捩じりゴーレムの腕を盾ですべらせてみせた。
 その間にルーンの回復魔法レ・リカルの白い輝きが尚哉を癒すのを認めながら、羅喉丸は二体のアイスゴーレムの後方に立つ黒い影を注視する。体長は七尺から八尺、体躯のほぼすべてを黒い重鎧で覆い、手には大剣を携え直立不動のままに佇むその姿は、いかにも人間に対する脅威然とした分かり易い禍々しさがある。鎧の中身は分からないが、姿からして鬼型か。とすれば、人並の知能を持ち合わせている可能性も十分にある。
 やがてホルワウ達を掃討し終えた人数もゴーレムの対処に加わり、加勢を強めてゆく。朱華は先に己が一太刀を加えたゴーレムの亀裂を再び見据えた。構えた虎徹が纏うのは、先の炎から此度は雷。大気をつんざいて放たれた雷鳴の刃は違うことなく亀裂に突き刺さり、亀裂をさらに砕いてゴーレムの核を露出させた。
「そこっ!」
 間髪無く踏み込んだ竜姫の拳が、ゴーレムの振るう腕をかいくぐって核に到達する。骨法起承拳、浸透する打撃は核を中心にゴーレムの全身に隈なく伝達し、核は瘴気の塵となって氷躯はくずおれた。
 残るはゴーレムが一体、そして魔将と呼ばれるあのアヤカシ。黒い鎧姿がはじめて動く。手の内が分からない相手を自由に動かせるつもりは無い。八極による気の操作によって、羅喉丸の体から気の流れが湯気のごとく立ち上って見える。全身を巡る気は下肢へと周り、地を踏む力を再び体へ返す。細緻な歩法を軸とする八極にとって、氷雪のこの地は十分の条件とは言い難い。しかし武の本質は守にあると信ずる羅喉丸は、これが最善として敵へ向かった。
 急速に間合いを詰める羅喉丸に、魔将は大剣を脇差を扱うごとく片手で振るって見せた。飛来する瘴気の斬撃を羅喉丸は盾で受け、その巨大な衝撃に押されながらなお進む。今回自分は守に徹すればいい。それによってこのアヤカシの手の内も引き出せる。
(ディアヴォル…悪魔か。お前はどれだけの騎士をその手に掛けて、どんな地獄を見せてきたんだ?)
 羅喉丸への攻撃の間に、エリアスは死角へまわっている。魔将の頭部を覆う兜の型からして、視界は狭いことは根からの騎士であるエリアスには容易に察せられる。全身を覆う重鎧の造りも。
「とんだ不良騎士だが…なっ!」
 狙いは鎧の可動部、脇下の空間。狙い澄ました一撃は手にした剣の名に違わず、そのわずかな隙に滑り込むように黒い軌跡を曳いた。肉に沈む確かな手応え。鎧の中身が空というわけでもなし、通常の人型と見ていいか。
 氷の豪快に砕ける音が鳴る。ジェラルドの大上段から振り下ろされた示現の一太刀が、ゴーレムを核ごとに両断していた。ジェラルドは白い息を吐き、それきりいま葬った敵から視線を魔将へと移した。全員が魔将を取り囲んでゆく。
(…いけるか?)
 炎海は後方から牽制に火輪を飛ばし、それを魔将が無造作に弾いてみせるのを見据えながら自然と思考を巡らせている。優勢は明らかであるが、気に食わないのも確か。あれには知能がある。尚哉の咆哮によって乱されはしたが、ルーンワースの使ったような、範囲魔法を可能性に入れその被害を抑えるような布陣の散らし方。何より、戦いの最中ずっと感じていた、後方からこちらを伺っていたであろう立ち振る舞いと、兜の中から感じた視線。人間染みている。炎海には、それが酷く臭うのだった。
 収斂する、瘴気。
 炎海が察知し再び呪縛符を飛ばすのとおよそ同時、魔将は大剣に渦巻く如くほとばしる瘴気を纏わせ、それを地に突き立てた。地の氷雪は薄氷のごとく砕け、そのひびは魔将を中心として蜘蛛の網のごとく開拓者たちを巻き込みながら奔った。
「ちっ」
 警戒していた者たちはすぐさま防御態勢をとる。直後、足元から間欠泉のように噴出した瘴気が体を襲った。射程は魔将を中心におよそ一間。後衛には届かなかったが、ちょうどその境界線上に居たヴィオレットが倒れた。守りを固めていた前衛達への被害は小さい。
 どうするか、とジェラルドがわずかに逡巡した時、魔将は片腕を掲げた。攻撃の為でもないその動作は、ジェラルド達の後方、ちょうどルーンワースの立つ傍らの氷雪の下から新たなアイスゴーレムを出現させた。
「伏兵か」
 端的に言って見せたジェラルドは竜姫たちと視線を交わす。合意はそれで済んだ。
「…無理は禁物、か」
 ゴーレムとルーン達の元へと皆が駆けるなか、朱華は最後にもう一度振り返った。魔将は動く様子もなく立ち尽くしている。視線を交わしているかどうか、その兜の中を窺い知る由もなく、黒い鎧は重そうな音を立てて背を向け、歩き出した。
 朱華もそれきり駆け出した。

「たく、ざまぁ無ぇな。打たれ弱いことは分かったことだが」
「そういうこともあるわよ。手の分からない相手ならなおさらね。」
 戦いを終え、傷を多く受けた者たちは簡単な手当てを施していた。道具は尚哉とルーンとの持参したものを使わせてもらっている。ヴィオレットの手当ては、竜姫が手伝っている。
「俺もどうもすっきりしねぇや。もう少し上手く立ち回りたかったけどな。あやうくゴーレムの手で氷漬けになるとこだ」
「咆哮を使えばな。役回りに感謝するよ」
 炎海の言葉に尚哉は笑って焚火に体を寄せていた。
「あの魔将とやらだが、どう見る?」
「…中の上、というところじゃないか。話から上級の可能性もあると思ってたが、そこまでの脅威は感じなかった。今回も、撃破だけなら出来たろうと思う。被害ももっと出ただろうが。ただそれより」
「それより?」
 淡々と語って見せるエリアスに、羅喉丸は先をうながす。
「あのアヤカシがあの一体だけの固有種じゃなく、そこらで複数体以上出現する場合の方が問題だ。指揮能力を持っているうえに、騎士の攻撃に耐える頑強さと、逆に騎士の固い守りも通す知覚攻撃も持っている。この地方は、騎士の色がずいぶん強い土地柄だと聞いてる。騎士たちにとっては、嫌な相手だな」
「今回掴めた情報、騎士団に届けましょう」
 ルーンの言葉に、羅喉丸は頷く。いずれにしろ、今回の依頼で自分たちが出来るのはそこまでだ。あとはこの地方と、その騎士団とやらの問題だ。しかし、それに手が余るような事があれば―。
「開拓者(俺たち)の仕事が出てくる、か」
 放った焚き木は乾いた音で赤い火のなかに弾けた。