クロヴニュミスト 第二
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/20 18:40



■オープニング本文

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 久方ぶりの太陽の日差しは体全部に染み渡るような気がした。生きてます。
 瘴気感染の治療のために開拓者ギルドに担ぎ込まれてどれくらい経っていただろう。時間感覚が曖昧になる程度の状態ではあったというわけだ。どれくらい寝ていたのかギルドの人にでも聞いてみてもよかったが、そんなことよりも今の私は大きな問題を抱えている。お腹が減った。
 治療中はまともな物を食べていない。一刻も早くどこへなりとも繰り出してお腹を満たしたい。味のしない食事は、もう嫌だ。開拓者ギルドに料理の良し悪しを問うても詮無いことではあるけれど。ギルドとはあくまでお仕事の間柄と再確認。ごめんなさい、でも私たちこれからもいいお友達でいましょう?
「・・・・・・」
 足元を子供達が駆けていく。街のざわめき。
 彼等が居なければ私は間違いなく死んでいただろう。命を救われた、という事実は如何ともし難い。死。死に掛けたことは今まで何度もあった。しかし、自分の手から取りこぼした命を、底に落ちて砕ける寸前に拾われるような、そうした分かり易い形で他人に救われたことは無い。血の気の失せた手足に覚える鈍い痺れのような、居心地の悪さ。どう対処したものか分からない。街の喧騒。
 それはまあ、いい。目下の私の主題は別にある。仕損じた依頼。
 おそらく私はいいかげん区切りをつけたがっている。
 父と母を殺されたあの日以来、私の生の途上に唯一の命題として据え置かれているもの。それは例えば、復讐という有体な単語に表される事柄。しかし当時の私を駆り立てていた、あの火のような激情はもはや失われている。情念の熱を失ったこの復讐と呼んでいるものが、赤白い溶融が冷めて鉄になるように、単なる機械的な作業にまで私のなかで冷却が進行してきているのを感じる。時間の経過というものが一切の特例を許してはくれない絶対だとするなら、これはもはや構わない。しかしその鉄さえも、赤い錆に侵されて凝固し尽くしたとき、私は私という主体を失うことになるだろう。それもきっと、私という存在の敗北を意味している。何度負けても構わない。しかし最後の最後に立っているのは私でなくてはならない。
 今回の戦いがどういう結果になるかは分からない。しかし、私という個人にとっては肉体的以上に、もっと体の内側の方の戦いになるかもしれない。それは例えば……こ、心とか。
「えーそれ恥ずかしなー」
 笑いを堪える姿に道行く人々の白い視線が突き刺さる。世知辛い。
 ともあれ、一つの区切りをつける為の条件はそろっている。命を助けられた相手、復讐の対象、そして私の生れた土地。
 結末は自分自身の手で下すかもしれず、彼等が下すのを私は見ることになるかもしれない。案外、私はそろそろ他者を必要としているのかもしれない。
 ギルドに戻ったら依頼の手続きをするとしよう。しかしその前に。
「ごはんごはん」


■参加者一覧
汐見橋千里(ia9650
26歳・男・陰
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
カメリア(ib5405
31歳・女・砲
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
丈 平次郎(ib5866
48歳・男・サ
巳(ib6432
18歳・男・シ
祖父江 葛籠(ib9769
16歳・女・武
工藤 緑太郎(ib9852
22歳・男・泰


■リプレイ本文

 足を踏み入れる度に想起される朧な記憶。森は細かくまばらに差し射る光を寛容にはらみ、柔らかく満ちた光を肌で、或いは匂いとして幼い私は感じていた。いま私の眼前にある森との間に横たわる明らかな断絶は、私とあの頃の私とをも隔てているに違いない。
 しかし表面において異なるそれらは、たとえどれほど隔てられていようと、根において連続しているのだと不意に、断続的な意識となって私の前に表象し、微妙に、不協和にずれた複数のモノを突き付けられる気がして、そのたび短い陶酔のごとき眩暈を私は覚えた。
「やあ、カッシング。元気になったようで良かったよ」
 先日の森から最寄の開拓者ギルドの門前にて、ウルシュテッド(ib5445)の声に、塀に寄りかかり突っ立っていた彼女は控えめに手を挙げて微笑してみせた。多少ばつが悪そうなのは照れもあるのかも分からない。ともあれ、再会と共に彼女はウルシュテッド達に先日の件と、今回の依頼参加への礼を口にした。
「まぁ、気にしなさんな。こちとらなにも慈善や世直しじゃ無し、貰うもん貰って動いてるわけだしな」
「あれ、みぃちゃん」
「…おいおい、センスのねぇあだ名はやめてくれねぇか?」
 猫じゃねぇんだ、と巳(ib6432)は詰まらなげに煙管をふかしている。
「えー、かわいいよねー?」
「ねー」
 即座にカッシング側についた祖父江 葛籠(ib9769)の屈託の無い笑顔を尻目に、巳はやはり黙って煙管をくわえている。こういう時の女達の結託を相手にしても詮無いことを知っている。吐き出した白煙は澄んだ空気に染みるように即座に散った。
「挨拶も済んだことだし、早速依頼の打ち合わせといこう。今回は大きな怪我人を出したくないしな。お互いに」
 汐見橋千里(ia9650)とカッシングの視線は一瞬の交錯をみせた。そこには見るという冷静を帯びた行為と、その対象との触覚的な接触に似たものがあった。それは千里が彼女の人となりをまだ掴みかねていることと、彼自身の生来の資質に拠って起こる自然な現象だった。
 そして彼女はやはり微笑した。それは多くを包容し事物を曖昧に保つ力を持った、柔らかく、極めて女性的な微笑であったが、同時に硬質に冷えた一部に触れたような感覚をも千里はおぼえた。

「じゃあ、昔はこの森でよく遊んでたんだね」
「もう記憶もだいぶ怪しいんだけどね。この森自体が変わってるのもあるし。人の手が入らなくなったからだろうね」
 葛籠とカッシングの会話を聞きながら、シャンテ・ラインハルト(ib0069)は超越聴覚によって周囲をうかがっている。人の住む場所かどうかはすぐに分かる。アヤカシの住む場所も。吟遊詩人であるシャンテは己が接したものを旋律に、或いは言葉にかえる。しかしアヤカシというものは詩になりえない。詩に変換しようとしたところで体内のどこかですぐさま梗塞を起こす。人であるシャンテにとってアヤカシはアヤカシでしか在り得ず、それ以上変換の仕様が無い。そういった意味では、この森もまた詩にし難いが、そこには同時に侵食と衰退の気配が香っていた。人の在った場所がアヤカシによって取って代わってゆく、腐敗。それは得てして甘い芳醇のように人を誘うが、その危うさをシャンテはよく知っていた。
 カッシングの話から書き付けた地図と照らし合わせながら、徘徊する不死者たちの少ない方向を聴覚で探り進んでゆく。
 単発的に現れるグールに対処すべく、工藤 緑太郎(ib9852)が拳をふるう。無痛覚のグールはボディを叩いても構わず襲ってくることは前回体験している。左で距離をはかるや、顎めがけて右を肩ごと一気に振りぬく。頭蓋を丸ごと弾かれれば無痛覚であろうがさすがに動きを止めざるを得まい。
 倒れ伏したグールを一瞥し、ウルシュテッドは短い思案の様子を見せた。
「……この森には不死者がずいぶんうろついているが、これは瘴気が亡骸に憑いたものだ。このグールなどはどうやら村人風の服装だが、これだけの数となるとどうにも、な」
 それだけ人間の亡骸が出来上がっているという事態は、どうあってもきな臭い。さて、そのあたり率直に問いただしてみるかどうか。カッシング自身の私的な部分とも関わりがあるように思われるが。
 緑太郎は腕を組んだまま黙っている。事情があっても敢えて聞かないつもりでいる。何故か。そう、ハードボイルドだからである。
「女は秘密が多いほうが魅力的だ。ならば俺は不言実行を旨に、クールに行動するまでだ…」
「緑太郎がそう言うと、何故だか敢えて話したくなってくるなぁ」
「天邪鬼かあんた。それと俺はロックだ、ロック」
「…アーマーのチャック?」
「どんなだ。あまのじゃくな」
「お察しの通り、これだけ不死者ばっかり湧いてるっていうのはそれなりに理由がある気はするよね。別に隠してたわけじゃないけど、私にとってもまだ推測にすぎないから話さなかっただけ。それでも、おそらく当たってると思うけど」
「勿体ぶるなって」
「みんなも薄々感づいているんじゃないかな。吸血鬼がいるね」
 吸血鬼。主にジルベリアに生息するこのアヤカシは、鬼と呼ばれながらも他の鬼系アヤカシとは明らかに一線を画している。
 丈 平次郎(ib5866)は今一度、傍のグールの亡骸を見やる。平次郎もジルベリアのギルドには出入りしている。自然、吸血鬼と呼ばれるものの性質にも聞き及んでいる。このグールだった者も生前、吸血鬼に血を吸われアヤカシと化したのだろう。すでに亡骸から瘴気は抜けている。死ぬことでグールとなり、再び死を迎えることで今はアヤカシではない、ただの死体へ立ち戻ったのだろう。…こうまでも、生と死というものが一つの体を易々と出入りするものだろうか。いや、アヤカシが我々にとり死に類するものだとすれば、それは死の形の徒な変容でしかない。ならばこの者はやはり、吸血鬼に殺されたその時にただ一度、死んでいたのだろう。一つの生につき一つの死という不可塑性。その事実に安堵したとき、では俺の記憶と忘却は、という己の主題への安易な連想が浮かび、平次郎は被りの中で誰知らず、わずかに自嘲した。
「私、開拓者になってからはほとんど吸血鬼ばっかり追ってるんだよね。親を殺したのも吸血鬼だったもんで」
「……じゃあ、森の中心にいるのがその吸血鬼、とか?」
 そっと触れるように尋ねるカメリア(ib5405)に、カッシングは笑って首を横に振った。肩口で切りそろえられたクセのある髪が揺れる。その髪はカメリアの茶色の髪よりも赤みが強く、艶の失われた様子で宙を舞った。
「無いだろうね。何年も前の話だから。私の直接の仇はすでに他の開拓者に討たれているか、下手してまだ生きてたら相当強力な個体になっちゃってるかもね。けど、今回のはそれとはまったく別の個体が発生したと考えたほうがずいぶん現実的だと思う」
「……なら、今回の依頼は私怨と故郷に対する責任感か?」
「そんなところかな」
 軽く頷くカッシングに千里は、或いは彼女自身、己の動機については一語に言い表すことの出来ない、複雑なものを抱いているのかもしれないという疑念を、その断定を欠いた素振りに抱いた。
 なるほどねぇ、と巳は空を仰いだ。暗緑が視界をさえぎり、遠く臨む青はあまりに心許ない。ここからじゃ空もろくに眺めらんねえか。難儀だねぇ。難儀な生き方してるのはお互い様か。ひとさまの人生、口出しする義理も無し。
「吸血鬼といってもぴんきりでね。推測通り吸血鬼が居るとすれば、その個体によっては厳しめの戦闘になる可能性もある。その辺りは覚悟しておいて欲しい」
 葛籠がカッシングの袂を握っている。森の暗がりのなか、銀色の髪がカッシングの外套にもたれ、差し込む光に静かに映えた。
「話してくれてありがとう。うん、大丈夫だよ。あたしはカッシングさんの力になれればいいな、って思うんだ」
 葛籠の笑顔には一種、底の抜けた真摯さがある。
 その笑顔を前にカッシングは微笑することもできず、息を詰めるようにしばし押し黙っていた。

 いつまでも続く暗緑に、目を瞑ろうとその闇が色付くまでになった頃、ようやく視界が開けた。森を抜けたのではなく、森を両断する川に突き当たったのだった。森の緑を中心に分かたれた空と川の向かい合った二種が、各々の青を示している。川の上流には遠目に切り立った峠の影が現れ、それが遍く広げられた緑に耐えかねて突き出したように見える。
 その景色のなかにシャンテのフルートの音は響き渡り、軽快でありながら荘厳さをたたえた旋律は仲間たちを鼓舞し力を与えた。この場は未だあくまで往路に過ぎない。手早く終わらせる算段だった。
 敵は死した志体が不死者となった、屍鬼。それが二体。やはり騎士風の姿である。本来はその精神性を象徴する剣と鎧の輝きも、腐敗の進んだ肉体にはいびつでしかない。
 その二体へ向かいシノビの二人が疾駆する。石橋の上を音も小さく駆け抜けるや、巳はすでに結び終えていた印から雷火手裏剣を放つ。その一撃を、腐敗した肉体に似つかわしくない速度で剣を一閃し対応する敵の姿に巳ははっ、と不敵に笑い捨てる。今のは挨拶代りに過ぎない。懐には暗殺武器である毒手が疼くような暗いかがやきを宿している。
 巳の初撃に潜むように背後に回り込んだウルシュテッドが忍刀を奔らせる。狙いは首。頸椎の隙間を一気に貫き通さんと迫った刃に、しかし死角のはずの屍鬼は敏速な反応で己の騎士剣を振り切った。相打ちの直感に打たれたウルシュテッドの刃は一瞬の翻りを見せ、二刃は交錯した。
「……生前の技量がうかがわれるな」
 すでに跳び退いたウルシュテッドが肉を浅く裂かれた己の腕を見やる。屍鬼の肩口からは黒い瘴気と赤黒い血の入り混じったものが噴き出ていた。
 視界は開け、足元から掛かる橋は目標まで射線を導いてくれる。長射程、長銃身の朱藩銃「天衝」には障害物の多すぎる森の中よりもはるかに扱い易い条件だった。入り乱れる味方前衛の隙間を縫って目標に到達する一線をモノクルの下の鳶色の瞳がとらえた時、静止の中にいたカメリアは指先だけをそっと下ろした。
 千里の召喚した白い大蛇の式の前に、睨まれた蛙のごとく動きを鈍らせた屍鬼に、フットワークを刻み距離をはかっていた緑太郎が一足に詰める。体を大きく沈めて傾け、その態勢から一気に屍鬼の装甲の薄い脇に渾身の拳を叩き込んだ。
「もう一つ!」
 体をくの字に曲げ体を崩したところ、身の丈を大きく超す八尺棍を赫烈の気合で振り下ろした葛籠の一撃は、打撃に加え烈風の衝撃を纏って屍鬼を襲った。
「固いよ、この人!」
「やり様はあるさな」
 もう一体の屍鬼の鎧の隙間を黒紫の毒手で貫きながら、巳は冷えた言葉を落とす。暗殺武器のせいもあってか、戦いが高まるに連れ体の奥がしんと冷える。表情も消えてゆく心地がする。いやいや、今は夜じゃねぇよと笑い、巳は手早く腐肉から毒手を引き抜いた。
「丈さん、やっちゃって!」
「……うむ」
 持前の大剣を刀の速度と体捌きですれ違い様に振りぬいて見せたとき、平次郎の背で重い鎧が石に打ち倒れる音が鳴った。

 屍鬼を倒すと、戦闘の音に他の不死者が寄ってくることも考えられたので、一向は足早に橋を越えていった。再び森に入る。
 戦いのせいもあるだろうか、鋭敏になった感覚がカメリアの表情に憂いを宿した。それも遠い記憶。いや、遠いのではなくそれが己の離れられぬ源になっている。その森とこの森が重なってくる。静かすぎるのだ、この森は。耳もとを、空虚なものだけがひたすら通り過ぎてゆく。それは寂しく、懐かしい感覚。誤魔化すために、カッシングの先日の時の話を共有した。
 再び森の中を十分に歩いたとき、新たな変化として一向の眼前にあったのものは異質だった。あの橋を除いて人工の気配をほとんど感じさせない森のなか、当然のようにぽつんと単体で鎮座している小さな城。
 橋からも見えたあの険しい峠に連なるだろう山の稜線を背に、高見から見下ろすように丘陵の上に建てられた山城。その大きさからして、せいぜい一つの騎士家族の居城といったところだろう。壁は崩れ、緑が繁茂し森に侵されている。人の生活を感じさせぬ、廃れた城。
「……ここか?」
「うん、いると思うよ吸血鬼。奴ら、いつも人の居る場所、居た場所に住み着くから。人の真似でもするみたいに」
 乾いた笑いを浮かべ足を進めるカッシングの背を、ウルシュテッドは黙って見つめている。この先にいる敵。それは少なくとも、あの屍鬼の元になった志体を葬るだけの力を持った存在ということになるのだろうか。あの屍鬼たちはこの城の主か、或いは他所から訪れた開拓者か。思考を巡らすウルシュテッドの眼前で、カッシングはああそうそう、といかにもたった今思い出しましたという様子で横顔だけ振り返った。
「ここ、元あたしん家だけど、気兼ねしなくていいからね」
「なんでなんだよ」
 緑太郎は呆れた顔で息をついた。