猿の棲む山
マスター名:緑茶
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/31 08:55



■オープニング本文

 石鏡北東部の山中に、付近のいくつかの村の住人だけが知る温泉がある。
 温泉と言っても足を伸ばせば大の大人が何とか三人ほど入れるかといったくらいの大きさで、知る者が少なく、人里から離れている事もあって人が利用する事はまず無い。
 山に足を運ぶ者達がたまに鹿がお湯を飲んでいるのを見たとか、年老いた猿が冬の寒さを凌ぐように肩まで浸かってじっとしているのを見たといった話をしているような…。山のケモノ達以外には利用者などいない秘湯があるだけで、他には大した特徴もない普通の山だった筈なのだが。

「最近、その山でアヤカシの存在が確認されました」
 開拓者ギルドで、受付の職員がこう切り出した。
「確認されたのは猿鬼と呼ばれる小鬼の一種で、単体で言えば山岳戦が得意な小鬼程度でしかないアヤカシなのですが…、数がかなり多いらしいのです」
 職員は確認するように一度だけ手元の書類に目を落としてから続ける。
「今までに確認されている猿鬼の数は十六匹で、恐らくですが最終的な数はこれ以上だと思われます。また、この集団を率いる指揮官がいると推測されます」
 通常の小鬼であれば、これだけの数がいれば赤小鬼と呼ばれる指揮官に率いられている可能性が高い。猿鬼の場合でも同種の指揮官がいると考えるのが妥当だろう。
「猿鬼達が拠点にしているのは山の中腹にあるブナ林で、今は山の頂上近くこそ積雪が確認されていますが、例年通りだとブナ林の辺りまで雪が積もるのはもう少し先の事になるそうです」
 山地で雪が積もれば非常に戦いにくくなるだけでなく、山の動物も数を減らし、猿鬼達が獲物を求めて山から下りてくる可能性も高まる。付近の村で暮らす者達には命に関わる話である。
「この依頼は付近の村から共同で出された物で、依頼目標は猿鬼達の一掃。逃走を許すとやはり山を下りて人里を襲う可能性も出てきますので、確実に撃破して下さい」
 ここまで告げると、それではよろしくお願いしますと職員が頭を下げた。


■参加者一覧
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
熾弦(ib7860
17歳・女・巫


■リプレイ本文


 山の向こうから顔を出し始めた朝日に照らされ、山頂付近の雪化粧がはっきり見える。
 冬場とはいえ、薪や炭を得ようとする者、獲物を求める猟師など、生活に欠かせない物資を得る為に付近の村の住人達が頻繁に訪れる場所らしいのだが、猿鬼の群れが陣取っていると知れ渡っている今では誰も近付いていない。
 その山に今、六人の冒険者が踏み入ろうとしていた。

「大きな戦に目を奪われがちにはなるけれど、こういう戦いもまた大事…」
「そうですよねー、何としても全滅させませんと」
 山を見上げた熾弦(ib7860)の呟きに此花 咲(ia9853)が頷いた。確かに、アヤカシがもたらす被害に規模の大小の差はあれど、そこに生まれる悲しみに差はない。
 そんな真面目な視線が山に向けられている一方で、
「うぅぅ、温泉があるって聞いてきたのに、猿鬼め…。このイライラを全部ぶつけてやる!」
「まーまー、急げば足湯くらい出来るかもしれねーじゃん。頑張ろーぜー」
 よっぽど温泉に入りたかったのだろう。猿鬼への怒りを燃やしている滝月 玲(ia1409)を羽喰 琥珀(ib3263)が宥めている。
「確かに、急いだ方が良いでしょう。たかが猿鬼とはいえ、一匹も逃がさないとなると中々骨が折れますからね」
 急げば、の部分に長谷部 円秀 (ib4529)が同調した。
 今は冬至を過ぎたばかりの、一年で最も日が短い時期である。地形を確認し、罠を仕掛けて陣地を造り、猿鬼の群れを誘き出して殲滅する…。早ければ昼過ぎにも片が付く作戦なのだが、取りこぼしたり、逃げ出したりした猿鬼が出た場合は追い掛けて倒さなければならない。
 取りこぼしの確認と撃破に時間が掛かりすぎると、温泉に足を伸ばす時間的な余裕は無くなるかもしれなかった。
「それで、罠は何処に仕掛けるの?」
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が確認するように口を開く。
 殲滅の要となる彼女のスキルは、周囲に与える被害も大きい。猿鬼達を誘き出す場所は慎重に選ぶ必要があった。
「あ、ああ。それはばっちり。ブナ林の側に良い場所があるって聞いてきた」
 昨夜に泊まった村で確認してきたのだろう、滝月が自信ありげに答えて見せた。


 彼が新しい獲物に気付いたのは、丁度狩りと食事を終えた直後の事だった。
『ギィ! ギィ!』
 群れの外縁部にいた見張り―外敵を警戒するのではなく、付近に新たな獲物を見付けた時にすぐに知らせる為の見張りである―の猿鬼の一匹が指を差しながら声を上げ、彼を含めた群れの全員が一斉に目を向ける。
 見えたのは一人の人間の男の姿。向こうもこちらに気付いたのだろう、強張った表情をしたかと思うと、くるりと背を向けて一目散に逃げ始めた。
 彼と、彼が率いる群れの全員が歯を見せる。弱者に振るわれる、一方的な暴力への期待に満ちた醜悪な笑みだ。
 森に棲む動物が減ってきているのか、最近の彼等の獲物は小型のケモノばかりとなっていた。人間は数日振りの大物と言って良い大きさである。逃がすつもりはなかった。
『ギィ! ギャギャギャ!』
『『『『ギギィ!』』』』
 彼の号令に、猿鬼の群れが一斉に走り出した。


(ふむ、ちゃんと付いてきてくれているようですね)
 振り返る暇こそなかったが、後方から聞こえてくる複数の足音と叫び声に意識を向けて、長谷部は誘き出しの成功を確信していた。
 その猿鬼達の更に後ろには距離を取り、慎重に身を隠しながらも羽喰が追随している筈だ。
 風上から近付いた長谷部が猿鬼達の注目を一身に引き受け、その間に風下に回り込んでいた羽喰が心眼「集」で取りこぼしがいないかチェックしつつ、猿鬼達の指揮官を特定する段取りである。
 もっとも、猿鬼達の指揮官は一目見た時点で長谷部にも見当が付いていた。
 体毛も体色も他の猿鬼よりやや赤い…、小鬼と赤小鬼の関係に当てはめるなら赤猿鬼とでも呼べばいいだろうか。分かりやすいアヤカシが身を隠す事もなく、周囲の猿鬼達を従えている。
 今の所、猿鬼達が積極的に距離を詰めたり攻撃しようとしてくる気配はない。走るだけ走らせ、疲労で足を止めるのを待っているのだろうか。
(この調子なら、群れの大半は彼女の攻撃に直撃してくれそうですが…)
 ブナの間隔が段々と広がってきている。そろそろ目的地が見えてくる頃だった。


 男は当初の予想よりも遙かに優れた持久力を持っているようだった。ブナ林を抜け、手頃な石から自分達の身の丈を超える巨岩までごろごろしている沢に出る。
 水に濡れるのを嫌がったのか。男は迷う素振りも見せず、水面の所々に顔を出している岩を足場に対岸を目指し始めていた。
『ギィ!』
 彼の指示に従って数匹が投石の構えを見せ、残りは岩を無視して真っ直ぐ沢を突っ切り始める。
『ギャギャ!』
 その沢に飛び込んだ側の先頭の一匹が突然、悲鳴を上げて転倒した。水飛沫を上げてのたうち回る手足には鉄のトゲが刺さっている。
『ギィ! ギィ!』
 何故。と考える時間はなかった。彼は素早く変更を指示し、仲間達も素早く反応した。沢に飛び込んでいた仲間の一部が男の後を追うように岩に飛び乗り、残りの仲間はトゲが巻かれていると思われる場所を避け、左右に分かれて対岸を目指す。
『ギャ! ゴボ!』
 だが、左右に分かれた仲間達も沢の中程で何かに足を取られたように転倒した。足に絡みついているように見えるのは漁網だろうか。
 そうこうする内に、追い掛けていた男は最後の岩から向こう岸へ飛び、対岸に辿り着いた。
『『『ギ! ギィ!』』』
 丁度そのタイミングで、ようやく狙いを定めた仲間達の投石が始まる。大人の拳よりまだ大きな石が大きく飛んで着地した姿勢の男に浴びせられ…、その内のいくつかが背中と腕、そして脚に命中した。男はバランスを崩して転倒したが、そのまま転がってすぐ側にあった大岩の陰に隠れていく。
 岩陰に隠れて投石をやり過ごすつもりなのだろうが、すぐに先ほどまでと同じペースで走り出すのは不可能だろうと彼は判断した。
 男の後を追って岩に飛び乗っていた仲間達が対岸に辿り着こうとしている。沢に仕掛けられていた何かに引っ掛かっている仲間達も、追々復帰するだろう。
 後は時間の問題だった。取り囲んで嬲るのは彼等の最も好む狩り方である。もしも手強い相手であれば投石でじっくり弱らせれば良い。
 そこまで考え、投石を行っていた仲間達を引き連れ沢を渡り始めようとしたその時。
 下流側から強い光を感じ、彼はそちらに目を向けた。
 その視界には太陽と見紛うばかりに巨大な火の玉が一杯に広がり…、それが自分達に向けられた攻撃であると悟る間もなく、彼と仲間達は纏めて吹き飛ばされていた。


「上手く行ったようなのです。指揮官とその周囲の猿鬼は大体吹き飛んでいますね」
 手を翳して強い光から目を守っていた此花の言葉に、リーゼロッテは大きく息を吐いた。
 彼女が放った全力のメテオストライクは赤猿鬼と沢を渡り終えていなかった猿鬼、合わせて十匹ほどを纏めて撃破していた。
 勘良く水中に潜って難を逃れようとした猿鬼も数匹いたようだが、瞬間的に沢の水底が露出するほどの威力の前には文字通り焼け石に水であった。
「団体さんは吹き飛ばしたから、後は個別撃破だけね…。円秀が被弾してたみたいだけど、大丈夫かしら」
「熾弦さんが待機していますから、きっと大丈夫なのですよ」
 派手な攻撃を決めた後となれば少しは浮かれた気分になりそうなものだが、状況の把握に抜かりはないリーゼロっての言葉に答えながら歩き出す此花。その両手は、既にそれぞれの愛刀の柄に添えられている。
「それでは、この好機を逃さず迅速に…討たせて貰うのです!」
 突然の大爆発から立ち直れず未だ呆然としている猿鬼達に向けて、此花は一気に駆けだした。

 残った猿鬼の集団に最初に突っ込んだのは滝月だった。
 上流側に潜んでいた彼は瞬脚で飛び込みながら手近な猿鬼の一匹を殴り飛ばし、喉が張り裂けんばかりの大音量で雄叫びを上げる。
「うぅぅぉぉぉおお!!」
 オマエラゼンイン、ブンナグル!
 何だか物騒な副音声が付いている気がする咆哮に、反射的に滝月を取り囲もうとしていた猿鬼達が一瞬、その動きを止める。
 いつの間に沢を渡っていたのだろうか。猿鬼の群れを後方から追っていた筈の羽喰が、その一瞬の隙に猿鬼の達の側面から攻撃を仕掛けていた。
 背負った鞘から銀の光が迸り…、斬られた猿鬼がそちらを向いた時にはもう鞘に刀が収まっている。
「さって、お前ら一匹も逃がさねーからなー」
 もう一度、背中の鞘から銀の光が迸り…、
「私も負けていられないのです!」
 羽喰が居合いの連続で猿鬼を斬り倒すのとほぼ同時に、此花が背後側から襲い掛かる。
 低い軌道で放たれた銀の光は猿鬼の膝を薙ぎ…、彼女は刀を鞘に収めず、そのまま次の猿鬼を攻撃していた。やはり膝を薙がれ二匹の猿鬼が倒れ伏す。
 そして、岩陰に飛び込んだきり動きの無かった長谷部と、他の岩陰伝いに彼と合流して彼の傷を癒していた熾弦が姿を現す。
「さて…ずいぶん好き勝手してくれたので、お礼をしないとね?」
 穏やかな口調の割りには怖い笑顔で、しかし長谷部はその場でどっしりと構えた。この場で猿鬼達の逃げ道を潰す事を優先したようだ。
 その長谷部の後ろから熾弦が力の歪みを放つ。
「最後の一押しくらいしか出来ないけれど…」
 彼女の言葉通り、連続して身体を捻られて息絶えたのは倒されてはいるものの、まだ息があった猿鬼の中の一匹だった。

 猿鬼達に逃げ道は残されていなかった。
 次々と殴り飛ばされ、斬り倒されていく中で何とか咆哮の影響から抜け出した数匹の猿鬼が逃走を試みたが、上流側、下流側、沢から離れる道は全て開拓者によって塞がれ、ならば元の岸へ引き返そうと岩に飛び乗ればいつの間にか設置されていたトリモチに動きを封じられ、直接沢に飛び込んだ猿鬼にはウィンドカッターと力の歪みが立て続けに放たれる。
 戦闘が終了したのは、囮の接触から半刻も経たない内の事だった。


「こっちには何もいなかったぜー」
「こちらも取りこぼしはいなかったのですよー」
 心眼「集」を持つ羽喰と心眼を持つ此花を中心に二手に分かれた開拓者達は、ブナ林を中心に取りこぼした猿鬼がいないか、最後の確認を終えていた。
「よっしゃ、今からならまだ間に合いそうだ!温泉だ!」
「足湯だ足湯だー!」
 子供のような勢いで…、実際に片方は子供だが、滝月と羽喰が駆けだして行く。
「はあ、今からじゃ温泉に行けてもゆっくりする時間はないでしょうにねぇ…。あら?」
 溜息を吐いて二人を見送ったリーゼロッテが空に目をやると、いつの間にか薄い雲から雪が舞い降りてきていた。
「もうすぐ、この辺りも真っ白な雪に覆われるのでしょうね」
 熾弦が呟く。
 この雪が溶ける頃には、猿鬼達に荒らされた山も元の姿を取り戻すだろう。