洞窟の奥に潜むモノ
マスター名:緑茶
シナリオ形態: ショート
EX :危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/26 22:04



■オープニング本文

 山の天気は変わりやすい。
 石鏡北部の山道をもふらさまを連れて歩いていた旅商人の男は、にわかに曇り始めた空を気にしていた所で都合良く雨宿りが出来そうな洞窟を見つけ、今日はここで雨宿りをしながら夜を明かそうと考えていた。
 いつもよりだらだら出来ると喜ぶもふらさまから荷を下ろし、降り込んだ雨に濡れたりしないよう少し奥の方に‥‥と目を向けた所で、その奥の方から音が聞こえる事に気付いた。
 鞠が弾む音を少し重くした感じだろうか。真っ暗な闇の中からぼむ、ぼむ、と音が近付いてくる。
 やがて、男の目に映ったのは音から連想したような鞠‥‥を更に大きくしたような何かだった。大きさは四尺ほどもあり、色は赤。その奥から、更に同じ音が聞こえてくる。
 男はそれが何かを知らなかった。ただ、どうすればいいかだけは分かっていた。
「に、逃げろーっ」
 手にした荷物を放り出し、いつの間にか変事を察して入り口まで後退っていたもふらさまを連れて外に転がり出る。
 そこからは振り返りもしなかった。降り始めた雨も気にせず山道を駆けて駆けて‥‥。助かったと実感したのと、荷物の大半を置き去りにしてきたと気付いたのは日没間際、麓の村に辿り着いた後だった。

 数日後、開拓者ギルドの出向所の一つ。
「お話を聞いた限りでは、その洞窟にいたのは赤粘水だと思われます」
「赤粘水、ですか」
 依頼に訪れた男の話から、受付の職員はアヤカシの種類をそう判断していた。
「粘泥、所謂スライムの変異種ですが、粘泥と違って丸っこくて跳ね回るような動きをするそうです。粘泥よりも強い抵抗力を持ち、体内に蓄えられた粘水は皮膚や肉を溶かす力を持つなど、様々な点で粘泥と異なるアヤカシですね。‥‥依頼内容はこのアヤカシの退治でよろしいでしょうか」
「退治もですが、荷物の回収もお願いします」
 職員の説明は半分も理解できなかったが、依頼内容を確認されて男は内容の追加を願い出ていた。
「命には替えられないので放り出してきたが、荷物の中には仕入れたばかりの商品などがあります。アヤカシに壊されたり、雨で駄目になっているかもしれないが、無事な物があれば持ち帰って下さい」
 赤粘水の退治と荷物の回収と言う依頼がギルドに張り出されるのは、この翌日の事となる。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
五十君 晴臣(ib1730
21歳・男・陰
マーリカ・メリ(ib3099
23歳・女・魔
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
赤丹 久文(ib8148
15歳・男・サ


■リプレイ本文

●踏み込む前に
 とある洞窟の入り口に、尾の長い白い小鳥が舞い降りる。
 隼を小さくしたようなその鳥は少しの間、周囲を見回したり洞窟の中を覗き込むような素振りを見せていたが、突然動きを止めたかと思うと、風に溶けるように姿を消した。
 ほぼ同じタイミングで。
「泥だらけだけど、商人の物らしき荷物を確認したよ。アヤカシは‥‥見える範囲にはいなかったし、それらしい音も聞こえなかった」
 少し離れた場所にいた五十君 晴臣(ib1730)が、式を飛ばして得た情報を仲間に伝えていた。
「結界の方はどうだい」
 羅喉丸(ia0347)の問いに、瘴索結界「念」で周囲の瘴気を探っていた水月(ia2566)は無言のまま首を振る。感知出来る範囲内にアヤカシはいないらしい。
「じゃあ、今の内に荷物を脇の方に纏めておいた方が良いかしらね」
「そうですね。戦闘に巻き込んだり踏ん付けちゃう心配も減らせますし」
 すぐには戦闘にならないだろうと判断した葛切 カズラ(ia0725)にマーリカ・メリ(ib3099)が同意する。もし付近で戦闘になったとしても、一箇所に纏めてあれば巻き込む可能性は低くなる筈だ。
 その声を潮に、全員で歩き出す。
「そう言えば‥‥商人の荷物の中身って‥‥?」
「行李が5つ。1つは商人の野営道具や私物入れで、残りの4つに反物や紙を入れていたそうだ」
 珍しいお宝や武器防具なんてないかしらと呟いたエルレーン(ib7455)に、事前にギルドで確認していた羅喉丸が答えた。なんでも理穴で仕入れ、この近辺の村を回りながら商っている途中の事件だったらしい。
「その行李ってのが‥‥これか。結構壊されてるなぁ」
 洞窟を覗き込んだ滝月 玲(ia1409)が溜息を吐いた。
 ぱっと見ただけで3つの行李が壊され、中身が泥だらけになっているのが見て取れる。残った2つも泥だらけで、中身が無事かは分からない状況だ。
「取りあえず、確認は後回しにして荷物を纏めてしまおう」
 五十君が持ってきていた天幕の毛皮を広げ、皆でその上に荷物を集める。
 壊されていた行李もあるとは言え、あまり散らばっていなかった商人の荷物を脇に纏める作業はあっさり終わり‥‥、そのタイミングで水月がすっと手を挙げた。親指だけを曲げて4本の指を示し、少し考えてから両手でピースサインのように指を2本ずつに分けてみせる。
「4匹のアヤカシが‥‥2匹ずつ2箇所にいるのか。動いている様子は?」
 羅喉丸の問いに首を振る。どうやらこちらにはまだ気付いていないらしい。
「それなら、合流される前に踏み込んで各個撃破を狙うのが良いかな」
 スライムって集まると合体とかしそうなイメージがあるしね、と滝月。
 誰にも異論はないようだった。手早く明かりを持つ役と隊列の確認を行うと、慎重に踏み込んでいく。
「ぬるぬる‥‥合体‥‥。ああ、素敵かも〜」
 葛切の呟きに突っ込める猛者はいなかった。

●闇の中へ
「地面がかなり濡れているな‥‥。滑らないよう気を付けてくれ」
 いくつかの松明と魔法の明かりを頼りに、やや緩やかに曲がりつつも、高さにも横幅にもあまり変化の無い一本道を歩く事しばし。
「‥‥来たぞ」 
 最初にぼむ、ぼむ、と言う音に気付いて身構えたのは先頭を歩く羅喉丸だった。後ろに続いていた仲間達もすぐに反応する。
 やがて、明かりの中に1匹目の赤粘水が‥‥浮かび上がるのとほぼ同時に羅喉丸が気功波を直撃させた。
 真後ろにいた2匹目の赤粘水に弾き返されたのだろう。後ろに吹き飛びかけた所を押し返されるようにして戻ってきた所に葛切の何とも名状しがたい形状の式による呪縛符が絡みついて動きを止め、滝月とエルレーンの銃撃が連続して命中した。
 絵に描いたように見事な先制攻撃を叩き込まれた1匹目の赤粘水は開拓者達に近寄る事すらなく粘水を撒き散らして動かなくなり‥‥その屍を飛び越えるように2匹目の赤粘水が飛び出してくる。
 大きく跳ねた弾みに天井に跳ね、地面に跳ねと不規則なバウンドで前衛の防御方向を揺さぶりながら距離を詰めてきたが、
「その跳ね方は止めてもらおうかな」
「固まっちゃえ、です」
「ここは通さない!」
 五十君の氷龍とマーリカのフローズが立て続けに命中し、動きが鈍った所を前に出た羅喉丸が跳ねる赤粘水を押さえ込むように受け止め、そのまま押し返しながら気功波を放つ。
 押し返された状態から気功波を受けた赤粘水は大きく吹き飛び‥‥、1匹目の時と同じように滝月とエルレーンの銃撃を受け、粘水を撒き散らして動かなくなった。
「うん。たまには銃も‥‥悪くない、ね!」
 もしも粘水で刀がダメになったら困ると言う理由で銃を手にしているエルレーンだったが、使い勝手には満足しているようだ。
 一方で葛切はやや浮かぬ顔をしている。
「本当はもうちょっと遊びたいんだけど、結構面倒臭い相手よね〜」
「氷系の攻撃なら赤粘水の内部まで凍らせられると思っていたけど、どうも被膜に阻まれているような感じだね」
「そうですね。粘水まで凍ってくれれば、もうちょっと気楽に戦えると思ったんですけど」
 五十君とマーリカも難しい顔だ。
 今の戦闘は上手い具合に動きを鈍らせ、距離を取って仕留める事に成功していたが、次も上手く行くかは分からない。
 粘水の威力は未知数だが、被らないで済ませられるなら済ませておきたい所だった。
 その時、アヤカシの警戒を黙々とこなしていた水月がまたすっと手を挙げた。明かり持ちも兼ねているので松明の光が揺れ、影が大きく動く。
「残りの2匹がこちらに来ているのか‥‥。まだ先の赤粘水の死体が残っているし、撒かれた粘水が水溜まりみたいになっている。少し下がって迎え撃った方が良いかな」
 避けられるリスクは出来るだけ避けておきたい。羅喉丸の提案に全員が頷き、隊列を維持したまま少しずつ後退していく。
 その途中で、何故か滝月だけがすっと前に出て、持っていた小壷の中身を取り出して地面に置いていく。
「上手い具合に投げてる暇が無さそうだったからな。引っ掛かってくれると良いんだが」
 そのまま隊列に戻った所で、再びあのぼむ、ぼむ、と言う音が聞こえてきた。
 やがて、先ほどと同じように赤粘水が明かりの中に浮かび上がった‥‥ところで、突然地面に張り付いてその動きを止める。
「手持ちのトリモチを全部あの辺に置いてみたんだ。ネズミ取りみたいな感じだな」
 滝月が仲間にさらっと説明しながら銃を構える。効果は精々数秒と言った所だったが、十分すぎる足止めであった。
 全員の攻撃が集中し、残りの赤粘水が動かなくなったのはその少し後の事である。

●大空の下へ
 残ったアヤカシがいないかと、念の為に洞窟の奥まで進んでみたが特に何もなく行き止まりまで辿り着き、開拓者達は無事に洞窟の外へと帰還していた。
 腰を屈める必要や頭をぶつけるような事こそ無かったが、頭の真上に天井があると言うのはやはり窮屈だったのだろう。何人かの背の高い冒険者は外に出るなり大きく伸びをしていたりする。
 そんな中、松明の始末を済ませていた水月が、ふと気付いて羅喉丸、次いでエルレーンの袖を引っ張った。何事かと思い水月の指差す所を見ると、2人の膝の辺りに服に穴が開き、その下の皮膚に軽い火傷のような傷が出来ているのが見て取れた。どうやら粘水が思ったより広範囲に飛び散り、それが最前列にいた2人にかかっていたらしい。
「ああ、少量だから小さな傷で済んで、戦闘中で興奮していたから気付かなかったんですね。洞窟内では光源も限られていましたし」
 水月達の様子に気付いたマーリカが、そんなコメントをしながら回復の手伝いをすると申し出てくれた。
 一応、羅喉丸が用意していた岩清水で傷口を軽く洗ってから少彦名命とプリスターでそれぞれの傷口を癒す。

 その一方で、残った3人は商人の荷物の回収を進めていた。
「この反物も‥‥商品としては無理だな。反物と紙を入れていた4つの行李の内、壊されていた2つは全滅かなぁ」
 放置して帰るのも勿体ないし、出来るだけ回収して持ち帰ってあげたい所だが、と滝月がぼやく。
「商人の私物入れの方は‥‥、意外と生き残っている物が多いね。帳簿とか喜ぶかも知れない」
 それにしても、よくあんなアヤカシから無事逃げおおせたものだね、と五十月が受けた。天幕の毛皮を風呂敷代わりにすれば壊れた行李の中身も大体持ち替える事が可能だろう。
「はあ‥‥。それにしても、勿体ない話ね〜」
 壊れていないだけでなく、中身も無事だった行李の泥を落としながら葛切が溜息を吐いていた。
 確かに、今回の事件のお陰で商人は商品のおよそ半分と私物のいくらかを失っている。その上、アヤカシ退治と荷物の回収を開拓者ギルドに頼む費用は‥‥と、滝月と五十君がぼんやりと計算をしていると。
「もうちょっとネタ系かエロ系なら‥‥ぬるぬる‥‥触手‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
 何だかよく分からない上に、突っ込んではいけない気がした。
 何はともあれ、アヤカシ退治と荷物の回収は滞りなく終わり、商人に無事だった荷物が届けられるのは数日後の事となる。