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■オープニング本文 その日は朝からはっきりしない天気が続いており、犬を連れて雑木林に狩りにやって来ていたその猟師は、曇天を見上げてため息をついた。 「こりゃ一雨来るかもしれんな‥‥、早めに戻るべきか」 しかしこんな日に限って獲物を捕らえられていない。このまま帰ればもちろん稼ぎはゼロだ。 だが、雨が降って来て雫を被れば、もしかしたら風邪を引いてしまうかもしれない。そして風邪を引けば数日は猟に出られず、もちろんその間の稼ぎもゼロだ。 男はため息をつき、帰還する旨を決意する。そして手を口元にかざすとバリトンの利いた声を張り上げた。 「おぉい、ガロウ! 帰るぞ、戻って来い!」 ガロウというのは彼の連れてきた猟犬の名前だ。非常に優秀で狩りの手伝いをしてくれて、男の声一つで足元に走り寄って来る。 ――が、彼がそう声を張り上げても、いつもであればすぐに姿を見せるはずのガロウは現れなかった。しばらく待ってみてもガロウの吼える鳴き声一つすら聞こえてこない。 男はもう一度声を張り上げてガロウを呼ぶが、やはり自身の声が木霊するばかりだ。 「おかしいな」 眉をひそめて一人ごち、彼はガロウを探そうと歩き始めた――と、その時犬の鳴き声らしきものが耳に届き、男はほっと胸を撫で下ろした。 「ガロウ」 だが、よく耳を澄ませばその鳴き声は、まるで助けを求めているかのように切なげだ。男はやや焦燥を覚えてガロウの鳴き声のする方向に駆け出す。 雑草を掻き分け土を蹴り上げ、犬の鳴き声が良く聞こえる方向を探り走る。 そして向かった先にいたのは、沼から這い出てきたらしき二メートル程の――全身緑色の人型の生物。 それが三体ほど、非常に優秀であった猟犬ガロウを取り囲んでむしゃぶりついている光景を目にし、男は悲鳴を上げた。 と同時にそれらの存在が自分にぎらついた瞳を向けられた事に気付き、男は死に物狂いでそこから離れた。 ● 「河童を退治して欲しいとの依頼が来た」 開拓者ギルドの係員は、たまたまそこにいた開拓者たちに声をかける。やや急ぎの依頼らしく、係員の声はやや張り詰めていた。 「三体いるらしい。今のところ猟犬一頭が犠牲になっているだけだが、このアヤカシの性質は沼に潜んで近付いて来た獲物を沼の中に引き込み、そして食うという性質を持っている。このまま放置しておけば、人間の犠牲者も出ることだろう」 それだけ言うと、係員は周囲にたむろする開拓者たちを順繰りに見据え、そして口にした。 「そうなる前に――誰か、この依頼を受けてはくれないか?」 |
■参加者一覧
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
夏葵(ia5394)
13歳・女・弓
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
クラウス・サヴィオラ(ib0261)
21歳・男・騎
ディスコ(ib6977)
26歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●沼の前。 河童が出る――そんな問題の沼に到着した八人の開拓者たち。 依頼人の話から敵はどうやら水中での活動を主とするアヤカシらしいことが判明している。 何も相手の土俵で勝負をする必要はない、ということで一行は罠を張り、誘き寄せることで問題のアヤカシを退治する作戦にでた。 罠の種類は落とし穴。 「上手くかかってくれると良いのだけれど」 ざっくざっくと地面を掘り返しながら夏葵(ia5394)は言う。 アヤカシにも色々な種類がいる。知能が高い相手であれば、最悪見破られる可能性もあるのだ。 「‥‥手伝うよ」 「あ、私もーっ!」 同じく地面を掘り始めたのは瀬崎 静乃(ia4468)と鳳・陽媛(ia0920)の二人。 何と言ってもこの三人、普段から仲が良い。その分作業をするにせよ息はぴったりである。 「なっちゃん、ここはこれぐらいでいいかな?」 「そうですね‥‥えぇ、大丈夫です」 「夏葵‥‥こちらはこんな感じでいいかな?」 「あ、はい。有り難う御座います」 的確に指示を飛ばしていく夏葵とそれに応える静乃と陽媛。 周りから見ていても感心する程の息が合っている。 「罠の方は任せていても大丈夫のようですね」 「そうだな。後は私らの仕事というわけだ」 浅井 灰音(ia7439)の言葉に瀧鷲 漸(ia8176)が鷹揚に頷く。 仲が良い、というのとは異なるが、この二人も共に幾多の死線を潜り抜けてきた、謂わば相棒のような関係にある。 「こんな所にわざわざ出現しなくてもいいだろうにな。もっと動きやすい所にきてほしいものだ」 足元のぬかるんだ地面を踏みながら漸はふん、と息を吐く。 「河童らしいからね。沼はともかく、水中が得意なのだろう」 「んじゃ引き摺り出すしかないな」 にやりと不敵に笑う漸は、自慢の愛槍斧槍「ヴィルヘルム」をぶんと振り回した。 「やれやれ‥‥ま、私も難しく考えるよりは、単純な方が好みだが」 苦笑を浮かべつつも、漸の意見には賛成の灰音。やはり似たもの同士なのかもしれない。 そんな二人を横目に、琥龍 蒼羅(ib0214)は手持ちの手裏剣の手入れをしながら静かに思いに耽っていた。 (敵は三体。人魂の囮はあるが‥‥囮は多いほうがいいだろう) 今回の自身の役目はいかに周りの仲間の手助けができるか。そんな風に思っていたのかもしれない。 そんな蒼羅の視界にクラウス・サヴィオラ(ib0261)とディスコ(ib6977)の二人の姿が映る。 「なぁなぁ、あんた河童見たことあんの?」 「いや、デカイらしいけどな」 ディスコの問い掛けにクラウスは首を振った。 「そっかぁ。俺ねーんだよな、頭が剥げてて亀っぽいつー噂だが、亀って最初っから頭剥げてるよなぁ?」 「多分思い浮かべてる姿とはちっと違うよーにも思うけどな」 自身の思い浮かべる河童像に疑問を抱くディスコに、苦笑しながらクラウスは応える。 「落とし穴、作り終わりました」 夏葵の声が他の開拓者たちの手を止める。 いよいよ作戦開始の時――― ●誘き出そう。 全ての準備を終えて沼の前に立ったのは――夏葵。 「ねぇなっちゃん、本当にやるんですか?」 「勿論です」 不安そうな声でいう陽媛に対し、自信満々の夏葵。 「静乃、何か言ってあげた方が良くないかしら‥‥」 「‥‥ふぁいと」 「そうじゃなくてっ」 そうこうしてる間に、夏葵は持参した大量の胡瓜を両手一杯に構える。 「河童といえば胡瓜なのです」 そう言ってどぼどぼと胡瓜を沼の中へ。 他の開拓者たちは勿論それが有効だとは思ってはいなかったが、夏葵が余りに真剣なので少し呆れ気味にそれを見守っていた。 しばらくして。 当然の如く何も起きなかった沼の辺で蹲る夏葵の肩をぽむぽむと叩く静乃と陽媛の姿があった。 「あー、まぁ一応外に何かいるってことは伝わったんじゃないか? 結果おーらいだって」 「まぁそれもそうですね」 にかりと笑うディスコに灰音もこくりと首を振る。 「んじゃ、気を取り直していくかね」 コキリと首を鳴らした漸。続けて静乃が懐から符を取り出し念じ始め、陽媛が舞を始める。 符は淡い光を放つと、瞬時に小鳥へと姿を変えた。 また、灰音と漸と蒼羅の肉体に陽媛の舞の効果が現れ始める。 「‥‥いきます」 声と同時に小鳥はぱたぱたと飛び立ち、水面スレスレのところをゆっくりと舞う。 走る緊張。 何度目かの旋回――水面が急激にざわめき、水中から緑の手が宙を舞う小鳥を捉える。 筋骨粒々な体躯を惜しげもなく晒し出した三体の緑の生物。 かかった――皆の心の声が同調し、一斉に動き出す。 「おおぉぉぉぉっ!!」 地を震わせるような声――漸の咆哮だ。 一番河童に肉薄していたのは灰音。既に囮として水辺に立っていた彼女は、すぐ近くにいた河童に、左手に構えた短銃を放つ。 それ自体の威力は低いが、河童の気が灰音に向く。灰音はすぐさま後方へと地を蹴る。同時に後方で待機していた仲間が、灰音に巻きつけてあった荒縄を思いっきり引っ張った。河童は灰音を追いかけ陸に。離れ際に再び短銃を放つ灰音。怒り心頭の河童は更に追いかける。 一方他の河童二匹は雄叫びを上げた漸の下へと向かう。 「さぁこっちだ、来な!」 不敵な笑みを貼り付けたまま挑発する漸。河童二匹は不気味な鳴き声を上げて漸を追う。 そのうちの一匹の顔面に手裏剣が一つ刺さる。悲鳴を上げた河童の視線には蒼羅の姿。これで一匹が蒼羅へと向かう。 灰音、漸、蒼羅の三人がそれぞれに囮となって仕掛けた罠の方へと導いていく。 後一歩で罠へ――というところで、河童たちは自分たちが陸に上がったことに気付いてしまう。 慌てて引き返そうとする河童たち。 しかしそこは開拓者たちの方が役者が上である。 「おっと、水場に戻させはしないぜ?」 にやりと笑ってその進路を阻んだのはクラウス。 「さーって、お仕事お仕事♪」 口笛でも吹き出しそうな程気楽なディスコ。 「襲ってきた以上しかたありませんね。大人しく闇にお帰りなさい」 先程とは一転、狐の面を被った夏葵が弓を番えて立ち塞がる。 そこで再び漸の声が地を震わせる。 否応なしに意識を漸に向けさせられた河童たちは、再び水辺から遠ざかるように動き出す。 事前から行っていた準備、囮役の充実、そして退路の封鎖。 全てが整った開拓者たちの罠にアヤカシがかからないはずがなかった。 ●戦闘開始。 開拓者たちによってまんまと沼から誘き出された河童たちは、囮となった灰音・漸・蒼羅を攻撃しようとそれぞれが牙を剥いて襲い掛かろうと踏み込む。 が、踏み込んだ先の地面がいきなり陥没。河童たちはバランスを崩しその場で転倒。 「今です皆さん!」 叫んだ陽媛は同時に神楽舞を舞い始める。 最初に攻撃を開始したのは後方で退路を塞いでいた夏葵。河童たちの動きが止まったと見るやいなや番えていた矢を一気に放つ。 一本、二本と番えては放たれる矢は河童の体の各所に突き刺さる。不快な悲鳴を上げる河童。 続けてディスコの短筒が河童たちの足元目掛けて放たれる。再び悲鳴。 たまらずその場から離れる河童たち。だが、当然の如くそれを開拓者たちが見逃すはずもなく。 「ほらほら、余所見してる場合じゃないぞ?」 身の丈以上の巨大な槍を、まるで棒の如く振り回す漸。その一撃は当たればアヤカシといえどただでは済まない。思い思いに避ける河童たち。三匹の居場所が離れる。 だが離れた先には―― 「‥‥この距離は俺の間合いだ」 納刀状態で構える蒼羅。その腰にある刀が淡い紅の光を帯びる。 「斬竜刀‥‥抜刀両断」 静かに告げた言葉。同時に鞘から滑り出された刀はそのまま河童の胴体へと吸い込まれていく。 キィン、という澄んだ音と共に刀は再び鞘の中へ。 一寸遅れて河童の胴に一筋の傷跡が出来る。 悲鳴と共に瘴気を噴き出す河童。 更に腰をぐんと落とし、しっかりと地面に体重を乗せたまま大きく最上段に構えた漸。胸から瘴気を撒き散らす河童目掛けて、一気に槍を振り下ろす。 轟と呻りを上げた槍はそのまま河童の身体を強引に両断。瘴気の塊へと昇華させた。 もう二匹の方は、灰音とクラウスがそれぞれ受け持っていた。 「身体は大きいようだが、地上での動きはどうかな?」 迫り来る河童の爪撃を、手にした盾で見事に捌いていくクラウス。 防ぎながらも愛剣リベイターソードで隙を見て斬撃を加えていく。 また、合間合間でディスコが短筒を放ち、河童の動きを封じていく。 盾で防いでは斬り、短筒で動きを止めてまた斬り。だが相手もなかなかにしぶとい。倒れる気配をなかなか見せない河童に、少しずつ焦りを見せるクラウスとディスコ。 と、そこに。 「‥‥後ろ、一歩下がってください」 不意に聞こえた声に、クラウスは瞬時に反応。地を蹴ってその身を後方へと滑らせる。 同時にクラウスがいた場所を雷撃が駆け抜ける。 雷撃は河童のまだ水に濡れた体を蹂躙し、その身を震えさせる。 「‥‥後は任せました」 「おう!!」 「はいよ〜♪」 構えた符を指に挟んだままひらりと手を振る静乃に、にやりと応えたクラウスとディスコ。 手に持つソードに全力の力を込めて振りかぶるクラウスに、短筒を構えたままその身を河童の懐へと滑らせるディスコ。 一気に河童の足元まで接近したディスコは、そのまま相手の心臓部目掛けて短筒を構える。 「こんだけ近けりゃ、俺くらいのポンコツでも当たるってこった」 発砲。 仰け反る河童。そして間髪いれずにクラウスが接近。 「遊びは‥‥終わりだっ!!」 斬撃一閃。雷撃でその身を封じられた河童に避ける術はなく、その身を瘴気の塊へと変える。 一方対称的に河童の動きを見ながら、最小限の力で避けていく灰音。河童自慢の齧り付きも、当たらなければどうということはない。 「悪いけど、アヤカシに食べられる趣味は無いんでね!」 避けながらも左手の短銃で所々攻撃を入れていく灰音。 と、そこで灰音の視界にちらりと狐面が映る。咄嗟に身を屈める灰音。同時に風斬り音と共に一筋の矢が飛来し、河童の肩に突き刺さる。 「申し訳ないけれど、外しません」 静かに告げる夏葵の声は、胡瓜を沼に落としていたときとは別人のように鋭い。 夏葵の矢が飛んできては刺さり、終われば灰音の剣が襲い来る。 河童の身体が大きい分、夏葵にとっては狙いやすいことこの上ない。更に矢が刺されば灰音の攻撃は着実に河童を捉える。 「防御を構える隙なんて与えはしない」 連続して斬撃を放つ灰音に、河童はついに致命的とも言えるバランスの崩し方をする。 気付いたときには既に遅い。 「捉えた‥‥この一撃で、斬り捨てる!」 ざん、と踏み込んだ灰音の手から視認できるかどうかの高速な斬撃が放たれる。 一瞬の沈黙。 灰音が剣を振ると同時に河童の身体の中心に一筋の線が入り、やがてそこから瘴気を噴き出す。 こうして、巨漢の河童は沼から姿を消した。 ●戦い終えて。 河童の退治を終えた開拓者たちは、沼の中の探索を始めた。 誰に頼まれたわけでもない。ただ、話に聞いていた犬のガロンを、せめて主人の下へ帰してあげたいという思いだけだった。 「あ、ありましたっ!」 嬉しそうに声を上げたのは既に泥だらけになっていた夏葵。その手には小さな骨が握られていた。 「ん。まだまだあるかな?」 「そうですね‥‥探しましょう。見つけれるだけ見つけてあげたいですから‥‥そしてちゃんとご主人のところへ帰してあげましょう」 寂しげに言う陽媛の言葉に、静乃はただこくりと頷き再び沼へと視線を戻す。 「やれやれ、派手に食い散らかしたもんだねぇ」 「まぁまぁ。これも人助けですよ!」 なかなか揃わないことに嘆息するディスコに、クラウスが笑いながら言う。 「見つけ―――あ、これは胡瓜か‥‥」 それらしき感触に喜んだ灰音は、取り出したのが胡瓜だったことに少し落胆する。恐らく夏葵が投げ入れたものだろうが。 灰音は手にした胡瓜をじっと見詰めた後、隣にいた漸の方に視線を向けてポツリ。 「よく河童は胡瓜を好むというけど、実際の所どうなんだろうね?」 「さぁな。少なくとも今回はお気に召さなかったんだろうよ」 そう言って肩を竦める漸は、胡瓜で釣れりゃ楽だったのになぁ、などと思いながら再び沼の捜索を始める。 捜索が終わり、一通りの骨が集まった頃には、既に日が傾いていた。 「ふぅ、さて。それじゃこれをちゃんと供養してあげましょうか」 夏葵の言葉に一同は静かに頷く。 沼の辺に穴を掘り、見つけたガロンの骨を埋めていく。 埋め終わったところで、静乃が線香を取り出すと、半分に折って土の上にそっと置いた。 (お経でもあげられるといいんだけど、ね) 揺れる線香の煙を見詰めながら静乃は一人、胸の中で呟いてそっと手を合わせた。 「沼はもう大丈夫。お前は立派に主人の命を護ったんだ。安らかに眠ってくれ」 寂しげな笑みを浮かべたクラウスもまた、一人呟きそっと目を閉じた。 「もう大丈夫だよ。ゆっくりおやすみなさい」 こちらは柔らかな笑みを浮かべる夏葵。 それぞれ思う気持ちはあれど、今はただ静かにガロンの冥福を祈るばかりだった。 リン、シャン。 陽媛の神楽舞が響く。 それは迷わずに天国に行って欲しいと言う開拓者たちの、そして主人の望み。 夕闇が辺りを黒く染め始めても、舞い踊る鈴の音はしばらく止むことはなかった――― 〜了〜 (代筆:夢鳴 密) |