大切な貴方のために。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/15 02:01



■オープニング本文

 広い神楽の片隅に、その子犬達は住んでいました。名前はタロとジロといいまして、ちょっと見ただけではどちらがどちらか判らないくらいにそっくりの、白い体に大きな茶色の斑を持つ兄弟犬でした。
 タロとジロはたった2匹で暮らしておりました。お母さん犬はタロとジロを生んで間もなく、どこかに行ってしまったのです。
 まだ半年にもならない子犬には、ご飯を見つけるのはそれは大変なことでしたけれども、飯屋の残飯を漁ったり、鳥やネズミを捕ったりして、どうにかこうにか暮らしておりました。時折、心根の優しい人間が2匹の姿を見て、餌をくれたりはするのですけれどね。

『‥‥ほら、食べるか』

 今日もそう言った人間の1人がやってきて、タロとジロの前に煮込み料理をそっと差し出しました。その仕草にはとても似つかわしくない、無愛想な顔をした人間です。
 ジロはその人間の顔を見てぱっと立ち上がり、短い尻尾をぶんぶん振りました。けれどもタロは少しちぎれた両の耳をぴんと立て、低いうなり声をあげて、その人間を睨みつけました。
 くぅ、とジロはそんなタロを見て寂しそうに鳴きましたが、そのまま人間のところまで走っていくようなことはしませんでした。タロがどんなに人間を嫌いか、よぅく解っていましたからね。
 というのも昔、タロとジロがもう少しだけ小さかった頃、幼い2匹を餌でおびき寄せて、乱暴を働いた心ない人間がいたのです。ジロの尻尾が短いのも、タロの両の耳が少しちぎれているのも、そのせいなのです。
 だからタロは人間が嫌いでしたし、そんなことがあってもまだ人間になつくジロをしっかり守ってやらねば、と思っていたのでした。
 無愛想な人間は、しばらく煮込みの皿の前で伺うようにジッ、と2匹を見つめていました。けれどもそばに居たもう1人の、にこにこと笑った、よく解らない人間が『静瑠、そろそろ行きましょうか。お前がそこにそうしていては、子犬達も恐ろしいでしょう』と声をかけますと、とても名残惜しそうにこちらを見ながら、どこかに行ってしまいました。
 それでもしばらくタロは、じっと煮込みの皿を見つめていました。そうしてようやく、あの人間が戻ってくる様子もなく、他の人間が待ちかまえている様子もないことを確信しますと、ジロと一緒に恐る恐る、煮込みの皿に近づいていったのでした。





 そんなある日のことです。タロが空腹を抱えながら目を覚ましましても、隣で寝ているジロがちっとも起きてこないことに、タロはびっくりして声をかけました。

「ジロ、ジロ、どうしたの?」
「‥‥おなか‥‥いたいの‥‥」

 ジロはタロの言葉にうっすら瞼をあけ、浅く早い息の下からようやくそう言いますと、またぐったりと目を閉じてしまいました。その様子はいかにも苦しそうで、お鼻はすっかり乾いています。
 タロはびっくりしてしまいまして、ジロのお顔を一生懸命、ペロペロと舐めました。ああ、けれども一体、どうすれば良いのでしょうか。ジロはますます苦しそうに、ぐったり目をつぶるばかりです。
 泣きそうになってしまったタロの頭に、ふと、例の無愛想な人間が頭をよぎりました。以前、あの人間がまた別の場所で、怪我した子猫の手当をしてやっているのを、タロは見たことがあったのです。
 人間は恐ろしいものでしたが、苦しがるジロを放ってはおけません。タロはすごくすごく悩みましたけれども、ついにあの人間を探そう、と決めました。
 ああ、けれども神楽は広いのです。あの人間は一体今、どこに居るのでしょうか?
 走りだそうとした瞬間、そのことに気づいてタロは泣きたくなりました。けれども早く浅い息をしているジロのお顔を励ますようにぺろりと舐めて、「兄ちゃんが何とかしてやるからな」と鳴きますと、あの人間の姿を探して走り始めたのでした。





 同じ頃、無愛想サムライこと神立静瑠(かみたち・しずる)は、長屋を出ていくところだった。気づいた同居人の清月架一(きよつき・かいち)が、常と変わらぬ穏やかな笑みを向ける。

「おや、静瑠。今日もあの子犬達のところに行くのですか」
「‥‥いえ。今日はギルドに依頼を見に‥‥」
「そう、それが良いでしょう。あの子犬達は、すっかりお前に怯えてしまってるようだから――お前は本当に、小さき生き物が好きですね」

 故郷の村の、静瑠がとにかく片端から犬やら猫やらイタチやら小鳥やらを拾ってくるがために、かなり動物天国になっていた光景を思い出しながら、架一はそんな同居人を「面白い依頼があれば良いですね」と見送ったのだった。


■参加者一覧
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
喪越(ia1670
33歳・男・陰
朱麓(ia8390
23歳・女・泰
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
アルベール(ib2061
18歳・男・魔


■リプレイ本文

 賑やかな神楽の片隅で、高らかな笑い声が「オーッホホホホホホ!」と響き渡りました。

「今日もカグラは良い天気ですわねぇ。白馬の王子様探しに絶好の日和ですわ♪」

 そう、空を見上げたのは、土偶のジュリエットです。今日は下僕の喪越(ia1670)がどこかへ出かけてしまいましたので、彼女は1人でした。
 けれども、ジュリエットはそんな事、ちっとも気にしていません。ギラン! と両の瞳を輝かせ、行き交う人々をチェックします。

(ワタクシのこの瞳はグッドルッキングガイを決して見逃しませんことよ!)

 白馬の王子様と結ばれる事を夢見る、優雅で可憐な乙女土偶のジュリエットは、日々、王子様を捜し求めていました。そうしてついに見つけたその日には、この瞳でがっちりロックオンして、そのままラブビームを‥‥!
 その計画のあまりの完璧さに、ジュリエットはうっとりしました。きっとまだ見ぬ白馬の王子様とて、ジュリエットの愛の怪光線を受ければ、身も心もすっかり焼かれてしまう事でしょう。

「こうしてはいられませんわ! 早く、王子様を見つけなければ‥‥散歩に参りましょう!」

 居ても立ってもいられず、颯爽と歩き出したジュリエットのちょうど頭上を、エイレーネーはあてどもなく飛んでいました。そうして時折「はぁぁ‥‥」と深い、深いため息を吐いています。
 この頃、相棒のアルベール(ib2061)ときたら、彼の姉の事に気が向いてしまっていて、エイレーネーはちょっぴり後回しになりがちなのです。姉弟仲が良いのはもちろん素晴らしい事ですけれども、何だか面白くありません。
 だから、せいぜい心配すれば良いんだわと思いながら、こっそり抜け出して来たのです。そうして面白くない気持ちのまま、朝から飛んでいたのでした。
 けれどもさすがに疲れたエイレーネーは、ちょうど降りられそうな場所を見つけましたので、少し休憩する事にしました。そうして地上に降り立った、その時です。

「キャンッ!」
「あら?」

 突然の鳴き声に、エイレーネーは目を丸くして足下を見下ろしました。すると子犬が1匹、ぺたんと尻餅をついて彼女を見上げています。

「あら、ごめんなさい。そんなに急いでどうしたの?」

 エイレーネーはびっくりして、子犬に声をかけますと、子犬は目をパチパチさせて、キャンキャン鳴きました。興奮しているのか、何を言っているのか解りません。
 困ったわね、とエイレーネーが首を傾げていましたら、もう1匹、同じ年頃の子犬がやって来ました。

「やっと追いついた。ねえねえ、そんなに慌ててどうしたんだい?」

 そう鳴いた豆柴は、緋焔という忍犬でした。今日はご主人様の朱麓(ia8390)のお使いをしていたのですが、その途中、必死に走っていく子犬を見かけまして、気になって追いかけてきたのです。
 緋焔の言葉に、子犬はキャンキャン鳴きました。

「僕の弟が、お腹が痛いって言ってるんだ」

 タロと言うその子犬は、腹痛に苦しむ弟のジロのために、助けてくれるかもしれない人間を捜しているというのです。タロのちょっとちぎれたお耳は、しょんぼり萎れていました。
 そう、と緋焔とタロの鳴き声を聞いていたエイレーネーはタロの萎れたお耳を見つめました。そうしてゆっくり、タロに鳴きました。

「兄弟が苦しんでる、ね‥‥仕方ないわね。一緒に探してあげる」
「ホント!?」
「ぼくはジロ君の様子を診に行くよ」

 言いたい事は伝わったらしく、エイレーネーの言葉にタロはお耳をぴんと立てて、喜びました。そうして緋焔に、ジロの場所を一生懸命教えました。
 そうして緋焔がたたっと駆け出して、エイレーネーがタロを自分の背中に乗せてやろうか考えていた、その時です。おや? と緋焔よりも一回り大きな柴わんこが、2匹に声をかけました。
 その、首筋に桃の花の模様を持つ、たいそう真面目な顔つきをしたわんこは、桃と呼ばれていました。桃の主の御陰 桜(ib0271)は、今日のように何も用事がない日には昼過ぎまでぐっすり眠って過ごすのが常でしたから、桃は主が目覚めるまでの時間を無駄にしないよう、修行の為にたったか街を走っていたのです。
 その途中で、深刻そうに走っていった緋焔と、それを見送るエイレーネー達に気付いたのでした。

「こんにちは、何かお探しですか?」

 桃はエイレーネーとタロを見比べた後、そう尋ねました。というのも、タロがきょろきょろと辺りをせわしなく見回していたからです。
 そんな桃に、タロが弟の事や緋焔の事、自分は以前に煮込みをくれた人間を探しに行く事などを話しますと、桃はぶるると全身を震わせました。そうして、真剣な眼差しでタロにこう言いました。

「それは大変ですね、よろしければ私もお手伝いしましょうか?」
「‥‥どうした、出入りか?」

 そんな彼らに、駿龍のJ・グリフィス3世号が興味深そうに声をかけました。彼が面倒を見ている坊主ことロック・J・グリフィス(ib0293)からは流離と呼ばれています。
 流離は、いつの間にか姿の見えなくなった坊主が一体、どこで油を売っているのかと探していたのです。けれども、町中だというのに龍と犬達が一所に集まって居るではありませんか。
 珍しい事だと近づいてみましたら、みんな深刻な顔つきをしています。これはますます何かあったに違いないと、声をかけたのでした。
 エイレーネーは流離にもタロの事情を、すっかり話して聞かせました。すると、ふん、と流離は両の翼をそびやかせました。

「そういう事情なら、俺も人探しを手伝うぜ」

 何しろ流離は先代の頭に空賊として鍛えられた、立派な空賊でしたから、こんな事情を聞いて立ち去れるはずもありません。困っている者を放っておいては空賊の名折れです。
 だったら分担して空から探した方が早く見つかるんじゃないかしら、とエイレーネーは流離に提案しました。きょとんとした子犬の横で、こちらはお任せ下さい、と桃が力強く頷きます。
 そうして、煮込みの人を捜して皆、動き始めたのでした。





 ぐったりと苦しそうに息をしているその子犬に、藍玉はびっくりしてしまいました。

「どうしたの? お腹いたいの?」

 ピィピィとそう鳴きましたが、子犬から返る声はありません。辺りを見回して乃木亜(ia1245)の姿を探しましたけれども、今日はお出かけで一緒ではないのです。
 藍玉はしょんぼり首をうなだれさせました。一体、どうすれば良いのでしょう? とっても苦しそうですから、癒しの水をあげようと思ったのですけれど、びっくりしてしまったせいでしょうか、上手く出来ません。
 藍玉がもう一度、辺りを見回しますと、こちらに走ってくる子犬に気づきました。あれ? と首を傾げているうちに、子犬は藍玉と、ぐったりした子犬の前までやってきました。
 そうして、ぐったりしている子犬へと鳴きました。

「こんにちは! きみがジロだね? ぼくは緋焔、きみの様子を診に来たんだ」
「ねぇねぇ。この子、苦しそうだけど、病気なの?」
「お腹が痛いんだって――調子はどう?」

 緋焔は、横から尋ねた藍玉の言葉を察して答えながら、ジロを覗き込みました。お鼻はすっかり乾いていました。
 そうなんだ、と緋焔の言葉を察した藍玉も一緒に、ジロの顔を覗き込みました。癒しの水ではやっぱり、お腹が痛いのは治らないかもしれません。
 では一体、どうすれば良いのでしょう?

「‥‥そうだ! 乃木亜なら解毒で治せるかも!?」

 藍玉は不意に思いつき、ぱっと顔を明るくしました。そうして藍玉は慌てた様子で「僕、呼んでくるよ!」と、家に戻っていきました。だって、乃木亜が帰っているかもしれませんからね。
 そんな藍玉を見送って、緋焔はジロに向き直りました。そうして、他に何かやって欲しいことはある? と聞いてもぐったりしたままです。
 とにかく側についていようと緋焔がちんまり座った頃、空では2匹の龍が目的の人間を見つけようと目を凝らしていました。けれども、屋根より高い場所から会った事もないたった1人の人間を見つけだすのは、ちょっぴり大変です。

「犬の坊ちゃん達の所に来る時は、ギルドの方からが多い、んだよな」
「ええ。もしかして、ギルドの行き帰りに寄ってるのかしら」
「かもな――どんな些細な事からも勝機を見いだすのが、空賊って奴だ」

 首をきょろきょろさせたエイレーネーに、流離はそう嘯きました。ひょい、とエイレーネーは首をすくめました。
 そんな空からの捜索に加えて、桃やタロには嗅覚という立派な、犬としての優れた武器を持っているのですから、地上からその人間の臭いを辿るつもりでした。

「タロさん、その方を最後にお見掛けた場所はどちらでしょう?」

 だからそう尋ねた桃を、タロは人混みを避けるように最後に見かけた、タロとジロがいつも残飯を漁りに来る料理屋さんの裏路地裏へと案内しましたが、そこで自信なさそうにちぎれたお耳をぺしょんと伏せました。何しろ、いつもその人間を嫌って近付きませんでしたから、匂いを良く覚えていなかったのです。
 けれども、一生懸命に思い出そうとするタロに、桃は臭いの嗅ぎ方のコツや、色んな臭いが入り交じっていたらどうやって区別するのか、丁寧に教えました。そうしてタロの様子をじっと見守りながら、時折「タロさん、どうですか?」と声をかけました。
 そんな2匹のわんこの姿に、ジュリエットが気付きました。

「――あら、可愛いわんこですわね。ワタクシ的には優雅な猫の方が好みなのですが‥‥」

 ジュリエットはそう呟いて、再び白馬の王子様を探すべく、歩きだそうとしました。けれどもなんだか少し気になりまして踏み出しかけた足を止め、もう1度わんこ達を振り返りました。
 すると、可愛いわんこが歩き回っている、と言うより何か困っているようにも見えます。少し考えて、ジュリエットは声をかける事にしました。

「あなた達。何かありましたの? ワタクシに言ってご覧なさい」

 ジュリエットの言葉に2匹はぴたりと動きを止めて、伺うように顔を見合わせました。そうしてこっくり頷き合いましてから、桃が口を開きました。

「このタロさんの弟さんが、腹痛で苦しんでおられるので、助けて下さりそうな人を捜しているんです」

 桃の鳴き声から何となく事情を察して、ジュリエットは「そう」と鷹揚に頷きました。そうしてちょっとだけ空を見上げてから、そうですわね、と大きく頷いて、桃とタロを見下ろしました。

「御安心なさい。このジュリエットが、あなた達に付き合ってあげますわ」

 何しろ白馬の王子様を探して神楽の町を闊歩――否、散歩中だったのですから、そのついでにこのわんこ達と人探しをして、一体どんな不都合があるでしょう。もしかしたら何か、面白くて刺激的な出来事だってあるかもしれません。
 それに何より、人を探すなら誰かに聞いてみるのが一番に決まっているのです。

「そこらの庶民に聞くにしても、ワタクシが通訳して差し上げるのが一番ですわ。お任せなさい。これも上に立つ者の責務ですわ」

 もちろんジュリエットとてはっきりと桃達の言葉が解るわけではありませんでしたが、上流階級の嗜み(?)として犬語の一つや二つ、そんじょそこらの人間よりずっと解っているはずだと自負していましたからね。
 桃もまた、ジュリエットに同行してもらうのはありがたい事だと考えました。何しろ桃達が探している人間を見つけられたとしても、人語が話せないのですからね。一体どうやって用件を伝えれば良いのか、考えあぐねていたのです。
 だから桃はタロにそう頷いて、返事を待たずにさっさと歩き出したジュリエットの後を、追いかけようとしました。けれども、ぴたりと足を止めたタロが、おずおずとジュリエットの背中に鳴きました。

「‥‥臭い、反対側みたい‥‥」
「あら」

 ジュリエットは目を丸くして振り返りましたが、もちろん、怒ったりはしませんよ。いずれ白馬の王子様の伴侶として数多の民を従える(つもりの)お嬢様には、その程度の過ちは、ひどく些細なことですもの。





 それにしても、一体どこに居るのでしょう。流離は幾度も見下ろした神楽の町並に、眉をしかめました。

「坊主と先代と頭見習いの嬢ちゃんの顔以外は、いまいち区別が付かんな」

 種族の違う人間の顔はみんな、同じに見えるものなのです。心の近い、親しい人間はもちろん解りますけれどもね。
 まして、今は神楽の空から地上を見下ろしているのです。たくさんの人間達が、流離の目には同じ様な顔に見えてしまうのは、仕方のない事でした。
 だから何となくそれっぽい服を着た人間を捜し求めて、流離は地上を見下ろします。その地上のとある場所にある家で、藍玉はしょんぼりと首をうなだれさせました。乃木亜はまだ帰っていなかったのです。
 藍玉は少し困ってしまいましたが、緋焔が、以前ジロたちに煮込みをくれた人を探している仲間も居る、と言っていた事を思い出しました。だから一緒に探しに行こう、と思いましたが、藍玉が知っている所はあまり、多くありません。
 うーん、と藍玉は考え込みました。乃木亜が一番よく出かけていくのは、お仕事を探しに行く開拓者ギルドです。

(じゃあ‥‥もしかしたら乃木亜も居るかもしれないから、行ってみようか?)

 そう考えて、藍玉はうん、と1つ大きく頷きました。そうして急いでギルドに向かった藍玉が居る辺りとは、反対側の空を飛んでいたエイレーネーは、地上を走るタロと桃、そうしてジュリエットに気付き、やっぱりタロを背中に乗せようかしら? と思いました。普段は犬を背中に乗せたりはしませんけれども、こんな事情の時は特別です。
 どこか、降りられそうなところがあるかしら、と首をめぐらせますと、ちょうど少し先に、開けた路地がありました。
 そうして、何とか見つけた匂いを見失わないよう、慎重に辿る2匹のわんこと、ジュリエットがその路地に差し掛かるという時です。不意にタロが足を止めて、グルル、と唸りだしたではありませんか。
 タロさん? と桃が尋ねましたが、タロはお鼻に皺を寄せて唸るばかりです。そこにやってきた藍玉がきょとん、と首を傾げて、桃達とタロを見比べました。
 この犬達が、緋焔の言っていたジロの兄達なのでしょう。けれどもタロと呼ばれた子犬の背中の毛はすっかり逆立ってしまっています。

「タロくん。もしかして怖いの?」

 藍玉がそう尋ねても、タロは唸り声を上げています。その眼差しの先の、とても無愛想な顔の人間に気付きまして、大丈夫だよ、と藍玉は頷きました。

「あの人が、探してた人? 猫を助けてたなら、きっと怖くない人だよ。それに、早くジロくんを診てもらわなきゃ!」
「そうですよ、タロさん」

 そう、桃もタロを励ましました。ジュリエットが無愛想な人間に声をかけました。

『このわんこ達が、あなたを探してましたのよ』
『‥‥? ‥‥ッ、お前は‥‥!』

 突然話しかけられて、その人間・静瑠は少し首をかしげた後、タロに気付いて顔色を変えて走ってきました。そんな静瑠にジュリエットは、ジロの病気を教えました。
 藍玉もピィピィと、一生懸命に静瑠の袖をくわえて、引っ張りました。何としてもこの人間に、ジロを助けて欲しかったのです。桃もジロさんのために力を貸して下さい、と鳴きました。
 静瑠はそれに、解った、と小さく頷き、走り出そうとしました。そんな静瑠の前に、路地に降りた2匹の龍が現れました。

「乗りな。あんた達は先導を頼んだぜ」
「解ったわ」

 ひょい、と首根っこをくわえて自分の背中に乗せた流離に、エイレーネーは力強く頷きました。
 そうして、地上と空からジロの元へと走る仲間達がやってくるのをじっと待っていた緋焔は、流離の背から滑り降り、走ってくる静瑠の姿を見て、ほっと息を吐きました。病気にはちょっと詳しいと自負している緋焔ですけれども、ちょっぴり不安だったのでした。
 静瑠はぐったりしたジロに、これ以上なく真っ青になりました。そうしてジロの様子を診始めたのを、大丈夫かしら、とそわそわエイレーネーは見守ります。

「‥‥じゃなくてッ! まぁ、必要なものがあればとってきてあげるわ、うん」

 ぱたぱたと落ち着きなく翼を動かしながらそう鳴いたエイレーネーの足元で、タロはじっと蹲ったままでした。ジロの事は心配で仕方がないのですが、やっぱり、人間の傍に近寄るのは怖いのです。
 そんなタロの毛繕いをしてやりながら、桃は「タロさん頑張りましたね」と労いました。そうして自分自身を振り返り、桜様のために自分もより一層の努力をしよう、と思いました。
 けれども緋焔はタロの元にやってくると、嗜めるように言いました。

「『元を辿れば皆善人』。ぼくの父さんが人間に対していつもそう言ってたんだ。きみ達だって今まで一度も悪い事をしてこなかったわけじゃないだろ?」
「まぁ、人間て奴も千差万別さ。俺達みたいにな」

 流離も、鼻の先でちょん、とタロを突付きました。
 どうやら静瑠はジロをどこかに連れて行って、本格的に手当てをするようです。そんな静瑠を見て、ジュリエットはうっとりと考えました。野良犬に施したり、怪我した動物を手当てするなんて、静瑠はジュリエットのような『持てる者』の義務をよく理解した、心優しい人間のようです。

『シズルってとても素晴らし――いえ。ス・テ・キ☆ な方ですのね♪』
『‥‥は?』
『きっとシズルこそ白馬の王子様! ワタクシの愛を受け取って! ラブビィィィ―――ム!!』

 感極まったジュリエットが完璧なタイミングで怪光線を発射したのに、気付かずエイレーネーは足元のタロを見下ろしました。そうして、タロと一緒に静瑠を探した今日を想いました。

(‥‥‥うん、やっぱり、帰りましょ。アルベールも寂しがってるわね、きっと。ええ、そうよ!)

 あまり相手をしてくれないのは寂しいですけれども、相棒なのです。きっと、エイレーネーはどこに行ってしまったんだろうと思って居るに違いありません。
 だからやっぱり帰ろうと、エイレーネーは思いました。途中でなにか、アルベールのために果物でも見繕ってあげれば、きっと喜ぶに違いありません。
 流離もまた、路地奥にそっと背を向けて、空へと飛び立ちました。彼の探す迷子の坊主は、まだ見つかっていませんからね。





 神楽が夕暮に染まる頃、乃木亜は犬達と一緒にいる藍玉を見つけました。ちょうど、龍達が飛び立っていく所です。

「あら、藍玉。お友だちと一緒? 今日は遊んであげれなかったけど、皆と遊べて楽しかった?」

 そう尋ねますと、藍玉は一生懸命、ピィピィと鳴きました。きっと、今日の出来事を話してくれているのでしょう。
 乃木亜はにっこり目を細め、藍玉の身体についた埃や汗を拭ってやりました。そうして「もう遅くなるし帰ろっか?」と顔を覗き込みました。
 同じ頃、神楽の町の外れでは、流離を見つけたロックがひょい、と手を上げました。

「こんな所にいたのか流離」
『クエックエッ』
「ん? 怒るな、ちょいと人助けをな‥‥そうか、お前も何か嬉しいのか」
『クエェッ!』

 力強く鳴き声を上げ、鼻の先でロックの頭をべしべし叩いてくる流離の様子に、これはよっぽど良い事があったらしいな、とロックは肩をすくめました。
 さらに同じ頃、神楽から遠く離れた五行のとある村に、喪越がふらりと姿を見せていました。

「ほほぉ〜。ここが噂の‥‥ほんとに動物天国だな! よ〜しよしよしよし‥‥いてぇッ!?」
「母ちゃん、あれ‥‥」
「指さすんじゃありません!」

 たくさんの動物達を撫で回そうとして、思い切りいたちに噛まれて居る喪越を、子供がひょいと指差したのを、母親が大慌てで止めました。そうして不審者が現れたと、村のリーダーでもある女陰陽師を呼びに走ったのでした。