緑眩しき茶の季節。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/20 03:47



■オープニング本文

 その村は、今の季節になれば新緑も眩しい茶畑が近隣の斜面に広がる、小高い山の上にあった。本来ならば辺りのお茶畑には、あちらこちらで籐の籠を背負った村人がせわしなく動き回り、新茶の芽を摘んでいる頃合いである。
 だが、村をぐるりと取り囲むかのような茶畑のどこを見回してみても、そんな姿は見つけられない。何となれば、この村は春先から茶畑に毛虫の姿をして潜んでいたアヤカシのせいで、ろくに茶畑に近付くことが出来なかったからだ。
 それ自体はそれほど強いものではなかったが、何しろ茶畑は広く、そうして茶畑に潜むアヤカシはそれに反して小さかった。となれば退治や、本当にもうアヤカシが潜んでいないかという確認に時間が取られるのは必定で。
 今日、ようやくその確信が持てたと木原高晃(きはら・たかあきら)と柚木遠村(ゆずき・とおむら)は、揃って村を立ち去ろうとした所であった。何しろここ半月ばかり毎日、茶の木の間を駆け回ったり、覗き込んだりしながら対処に追われていたので、帰ったなら是否とも伸び伸び体を伸ばして、しばらくごろごろして過ごしたいものだとどちらも考えながらの事である。
 それでは、と村人達に挨拶をして、ありがとうございました、と深々と頭を下げた村人達に見送られ、2人は揃って彼らにくるりと背を向ける。そうして1歩、足を踏み出そうとした彼らの背中に、もし、とかけられた声があった。
 ん? と振り返った高晃を見つめていたのは、見送りに集まっていた村人の1人である。あの、と彼らに声をかけた村人は大変申し訳なさそうに、だがキラキラと期待を瞳に込めてこう言った。

「もし。あの、ちょっともう1つだけ、お頼みしたい事が」

 その言葉を聞いた瞬間、高晃と遠村の胸に去来した気持ちは、言い表す言葉こそ差異はあれどもたった一つだった――すなわち『またか』。ちら、と無意識のうちに互いの間に交わした視線の中に、その言葉を読みとった2人はため息を吐いて視線を逸らし、再び村の者へと視線を戻す。
 高晃がギルドの依頼を受けてどこかに赴いた場合、こうして呼び止められることは実に、数え切れないほどよくある事だった。見るからにお人好しそうな顔をしているのだろうか、それとも何か、こいつは頼めばたいていのことは聞いてくれるぞ、という空気でも発しているのだろうか。
 とまれ、高晃当人はもちろんの事、友人であり、同じ依頼を請け負う事もしばしばある遠村にとっても、だからそれは全く意外であるどころか、日常茶飯事、まではいかないものの、ある意味では依頼を終えるための通過儀礼にも等しい出来事だった。
 なので、ぎょっと目を見開いて何を言い出すのかと息を飲んで見守っていた村人達に肩をすくめ、高晃はその村人へと問いかける。

「どんな事ですか?」

 その言葉を聞いた瞬間、隣の遠村が大きなため息をついたのは解ったが、ここで話も聞かずに断ったりしたらなんか気まずいじゃないか、と思うのが高晃である。その『お人好し』な思考回路が、友人の愛すべき美点であり、時にやっかいな欠点でもあると、遠村は思っていたりするのだが。
 とまれ、高晃の言葉に勇気づけられたように、村人はほっと安堵の息を吐いた。息を吐いて、あの、と期待に顔を輝かせて言葉を繋いだ。

「あの。もし差し支えなければ、これから収穫に間に合う分だけでも、新茶の芽を摘んでしまいたいのですが――その、開拓者さん達にも、お手伝い頂くわけには‥‥?」

 その瞬間、間違いなく自分の顔がひきつったであろう事は、青ざめた村人の顔を見るまでもなく解った。隣にいる遠村だってきっと、苦虫を百匹も噛み潰した顔になっているはずだ。
 何しろ彼らはこの半月ばかり、茶畑でしゃがんだり立ち上がったり、足場の悪い中でアヤカシと向き合ったり、たまに足を滑らせて転げ落ちたりしたのである。もちろん困っている人を見捨てるのは開拓者としても、人としても寝覚めの悪いことには間違いないが、ものには限度というものがある。
 ある、のだがしかし、やっぱりここで断っては寝覚めの悪いことも事実、で。

「わ、かりました‥‥その、他にも手伝いを呼んでも、かまわないですよ、ね‥‥?」
「‥‥! ええ、ええ、もちろん! ありがとうございます!」

 高晃の、どもりながらの精一杯の言葉に、村人は再び顔を輝かせて何度も何度も頷き、頭を下げた。周りで見ていた村人達の顔にも、喜びの色がいくつも宿る。
 それを見ながら、けれども遠村の胸に去来したのは、全く別の心配だった。だから遠村はこっそりと、村人達には気付かれないように友人の脇腹を肘でつつき、おい、と声をひそめて問いかける。

「‥‥高晃? 一応、念のために確認するが、依頼料は‥‥」
「‥‥‥遠村。友達って良いよな」
「‥‥‥‥‥俺はたまに、友達って言葉の定義に疑問を感じるがな‥‥‥」

 そうして友人達はひきつった笑顔で頷き合い。高晃と遠村の連名で、茶畑の手伝い募集の依頼はギルドに並ぶことに、なる。
 ちなみに、こういうやりとりがしばしばあるために、この2人の懐がいっこうに暖かくならないのだが、それはまた別のお話だった。


■参加者一覧
/ 佐上 久野都(ia0826) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 鳳・月夜(ia0919) / 鳳・陽媛(ia0920) / 氷(ia1083) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 倉城 紬(ia5229) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 玄間 北斗(ib0342) / ワイズ・ナルター(ib0991) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 志宝(ib1898) / 吾妻 荘助(ib2729) / 宮鷺 カヅキ(ib4230) / シータル・ラートリー(ib4533) / 山奈 康平(ib6047) / アムルタート(ib6632) / クアバム・シハン(ib6824) / x鳳凰x(ib6828


■リプレイ本文

 茶畑を吹き渡る風を全身に受けて、シータル・ラートリー(ib4533)はぱっと顔を輝かせた。

「まあ! 茶摘みは初めてですの‥‥あッ、ごめんなさいですわ、宜しくお願いしますわね」
「こんにちは。宜しくお願いしますね〜」

 満面の笑みを湛えて興味津々そうに茶畑を見回した後、はっと気付いて慌てて村人や仲間に頭を下げて挨拶するシータルである。そんなシータルににこにこ微笑み、ワイズ・ナルター(ib0991)はふわりと優雅に挨拶を返した。
 それから、ワイズは良く晴れた空を見上げる。茶摘には最適の晴天で、たっぷりのお日様を浴びて茶摘に勤しめば、体力も存分につきそうな。
 よし、と頷くワイズを見るともなく見ていた高晃の肩を、ユリア・ヴァル(ia9996)がぽん、と叩いた。ん? と振り返ったら、「はぁい、遊びに来たわよー」と笑顔が返ってくる。

「お人よしの開拓者のお陰で楽しい依頼が出たのを感謝しなくちゃね♪ ‥‥ぎっくり腰は無事?」
「いや、ぎっくり腰まではいってないぞ!?」

 そうしてくすり、と笑って付け加えられた言葉に、高晃は全力で否定した。が、横の遠村が遠い眼差しになったところを見ると、似たような事態はあったらしい。
 簡単に摘み方や、どんな茶葉を摘めば良いのかを教えてくれていた村人が微笑ましい眼差しになったのを見て、倉城 紬(ia5229)はそう考えた。一見しただけでも茶畑は広く、樹高は低く、そうして見事に斜面ばかりなのだから、腰に限らずあちこち傷めそうだ。
 そんな紬やシータルと一緒に村人の話を聞いていた泉宮 紫乃(ia9951)が、あの、と控えめに手を上げた。

「後で、新茶を少し分けて頂けませんか? 友人達へのお土産にしたくて」

 本当はわずかばかりの報酬も要らないと申し出たのだけれど、今回はギルドが受け付けた時点で依頼料を払ったからと、困った顔で言われてしまい。だが、ならばその報酬で、と申し出ると村人は嬉しそうに、すでに彼らが来るまでに僅かながら摘み取れた茶葉を加工したものがあると頷いた。
 ならばと吾妻 荘助(ib2729)も「出来れば僕も少し、いただけたりしないでしょうか」と申し出ると、同じく快諾が返る。ほっ、と頬に笑みを上らせた荘助とは正反対に、やって来た氷(ia1083)はと言えば高晃にひらりと手を振って、ふわぁ、と大あくびをした。

「茶摘みかー。ま、頑張って。終わったら起こしてくれい、森原君」
「いや、あんたも手伝えよ!?」

 やって来たくせに全力でやる気皆無の知り合いを、ゲシッ、と高晃は蹴り飛ばす。とても、いつも通りの光景だった――多分。





 広大な茶畑を見回して、琥龍 蒼羅(ib0214)は軽く息を吐いた。茶好きの彼としては、こういった手伝いも興味はあるし、良い経験になるだろうとも思う。それにしてもこの広さは、なかなか圧巻だ。
 とはいえこれだけ人数がいれば何とかなりそうか、と辺りを見回すと、すでにちらほらと籠を背負って茶摘に精を出している仲間が見える。琉宇(ib1119)もまた小さめの籠を背負って、あはは、と笑った。

「お茶の畑かぁ、本当はこういうところでのんびりしたいよねー」

 見渡す景色は実にのどかで、心が晴れやかに伸びて行きそうで。けれども、ちゃぁんと茶摘の手伝いに来たって事はわかっているよ、と頷きながら琉宇は茶畑に踏み入っていく。
 そんなのどかな光景で、しかもお茶摘み初体験ともなれば、すっかり楽しくなってしまったアムルタート(ib6632)が「いえ〜い♪」と嬉しそうにくるくる回っていたとしても、誰が責めたりするだろう? 楽しそうに踊るアムルタートを見やってから、よし、とx鳳凰x(ib6828)は眼前の茶の葉に視線を戻した。
 何と言ってもこれが開拓者としては初めての仕事。ぐっ、と気合いが入るのも無理からぬ事である。

(とにかく一生懸命頑張る!!)

 背負った籠に少しでもたくさん集めよう、と気合いを胸にぷつ、ぷつと柔らかな茶葉を摘み、ひょいと放り込むx鳳凰xを見て、佐上 久野都(ia0826)も自分の手元を確認した。
 摘み集めるのは針の様に細く巻いた若芽の先端とそのすぐ下の双葉と聞いている。義妹2人も大丈夫だろうかと、鳳・月夜(ia0919)と鳳・陽媛(ia0920)を振り返れば、張り切った風情であちら、こちらと動き回る陽媛を、少し呆れた風情で見つめる月夜が居て。
 兄の眼差しに気づいて、陽媛は嬉しそうに手を振った。

「月夜、兄さん! こっちにもたくさんあるよ!」
「‥‥姉さん、無理しない‥‥」
「張り切るのは良いけれど、斜面になっているから足元には気をつけるんだよ」

 細いため息とともに吐き出した月夜の言葉に、ほんの少し苦笑しながら久野都も軽く注意を促す。それがまた嬉しかったらしく、陽媛は「はい!」と元気の良い返事をした。
 兄も含めて3人一緒にいるのは久しぶりだから、姉がどんなに喜んでいるのかは月夜だってよく解る。それにしてもちょっと張り切りすぎて、本当に斜面を転げ落ちて行きやしないだろうか。
 そんな事をつらつら考えていた月夜は、ふと思い立ち、元々草いじりが好きなせいもあるのだろう、張り切って一生懸命手を動かしている陽媛に声をかけた。

「あ、姉さん、毛虫‥‥」
「‥‥ッ!?」
「っていうのは、嘘‥‥」

 ぼそ、と付け加えると陽媛は目を白黒させた後、もぉ! と怒って月夜を睨みつける。けれども、双子が目を合わせた一瞬後には、楽しそうな笑い声が弾けた。
 その声に嬉しそうに目を細めながら、久野都は手元の茶の芽をじっと見つめる。そうして新緑の鮮やかでいて柔らかな色彩の美しさを、いったい何の式に写し取ろうかと思い巡らせる。
 そんな久野都とは対照的に、ひたすら無言で手を動かす高晃に、モハメド・アルハムディ(ib1210)は微笑んで声をかけた。

「何でも依頼料でイゾタラブトゥマー、悶着されたとか。タマーム、タマーム。大丈夫です、私にとってこれはサダカなのですから」
「‥‥? サダカ?」
「喜捨、と天儀では言いますが」

 つまりモハメドもまた、依頼料は要らない、と言うことらしい。とはいえすでに依頼料はギルドに払ってしまっているし、それよりはここの茶を買っていった方が村の人も助かるだろう、と告げると、「シャーイ・アハザルを‥‥ナアム、ええ、そうしましょう」と満面の笑みで頷いた。
 その少し離れた所で、山奈 康平(ib6047)は茶畑の様子をぐるりと見回し、嘆息とも深呼吸ともつかない息を吐く。この広さはなかなか骨が折れそうだが、彼自身も野良作業には慣れているし、だから茶にしろ、畑や田にしろ、季節季節でやらなければいけない事を先送りに出来ない事も承知していて。
 逆にきちんとやっておけば、わずかでも後々が楽になるものだし、きちんと手入れをすることが次の収穫にも繋がっていく。それはどんな仕事でも変わらない。

「とはいえ、こういうのはがつがつやると疲れるんだ。のんびりやってるといつの間にか結構摘めるものだよ」
「そうなんですか‥‥新しい芽を摘めば良いのですよね?」
「やはり、徐々に慣れていくのが良いのだろうな」

 こく、と頷きながら康平の話を聞いていた和奏(ia8807)が最後にそう確かめると、一緒に聞いていた蒼羅も呟いた。2人にそれぞれ頷いて、ふ、と思い出したように「茶はやさしく、愛おしい気持ちで摘んでやると、美味くなるらしい」と付け加える。
 そうしてひらりと手を振って、どこかへ行ってしまった康平を見送って、和奏はぐっと拳を握った。抹茶も煎茶も日頃からよく飲んでいるけれども、作り方は全く知らない。その材料となる茶摘みには、だから興味があったのだ。
 聞いた手順を頭の中で繰り返す。

(これ位なら出来ると思います)

 胸の中で頷いた後、和奏はちょっと自信なさげに「‥‥多分」と呟きを漏らした。だが蒼羅も、知識があるだけで実際にやるのが初めてなのは和奏と変わらない。やるからには出来るだけ多く終わらせたいものだけれども、康平も言っていた通り、慣れない内は無理に急いでも疲れるだけで逆効果だろう。
 ということは高晃は無理をしたんだろうなぁ、と佐伯 柚李葉(ia0859)は先ほどお握りを差し入れた知己の様子を思い返した。そうして茶の芽に手を伸ばし、不意に吹きぬけた風にふと顔を上げて目を細める。
 ね、と傍らの玖堂 羽郁(ia0862)を振り返った。

「風がとっても気持ち良い‥‥」
「だな♪ 柚李葉、疲れてないか?」

 そんな恋人に笑顔で頷きを返した羽郁は、その笑顔のままで少し、気遣わしげに顔をのぞき込んだ。けれども柚李葉は、ふる、と笑顔で首を振る。ちょっと日焼けは気になるけれど、疲労はまだそれほどではない。
 日差しに当たるだけでも案外体力は使うものですしね、と宮鷺 カヅキ(ib4230)は帽子を被り直した。用意しておいた水も、喉の渇きに任せて飲み過ぎれば逆に調子を崩してしまうし、なかなか難しいのだ。
 ふぅ、と軽く息を吐き出し、親指と人差し指でぷちりと新芽を摘む。そうして背負った籠に放り込み、また次の芽に手をかける――あまりあちこち摘み散らすのでなく、1本1本確実に終わらせていきたいのだ。
 そう考え、実は5年ぶりの茶摘みにワクワクしながら手元の木に集中して摘んでいくカヅキを見ながら、ああいう感じですの、と礼野 真夢紀(ia1144)は一緒に摘んでいた玄間 北斗(ib0342)を振り返った。

「遠くを見ちゃ駄目ですの。『まだ終わらない』って思えますから。気持ちはゆっくり、手元は素早く」
「了解なのだ〜」

 頷いて北斗がひょいと身軽に動きながら、それでも確実に茶の芽を摘んでいく。この村の茶畑は結構な斜面になっているのだが、北斗にはまったく問題がないようだ。
 微笑んで、真夢紀もぷちりと芽を摘んだ。実家では垣根代わりの茶の木の芽を摘んではいたけれど、それはあくまで家で飲む用の簡素なお茶だったから、商品として問屋に卸すそれと摘み方が違っては、と実は心配していたのだ。
 けれども摘み方はどうやら問題はないらしく。だから北斗と2人、頭に手拭いを被って動きやすいもんぺを着て、時折凍らせてきた石清水を飲みながら、のんびり、素早く摘んでいく。
 久しぶりのこういう作業も案外良いものだなぁ、と志宝(ib1898)は鼻歌を歌いながら手を動かした。田舎でやっていた時は疲れるから嫌だと思っていたけれど、時が経てば感じ方も変わるのか。

「最近はアヤカシ退治ばかりだったから、こういう風景には癒されるな〜」
「あぁ、まったくだ」

 ぐっ、と背伸びして呟いた志宝の言葉に、からす(ia6525)は上機嫌な様子で頷いた。村の者に教わった茶摘み歌を小さな声で歌いつつ、丁寧な手つきで新芽をぷちぷち摘んでいく。
 折に触れて茶席を設けたりもする、お茶好きのからすである。幾人かと同じく、問屋に卸す前の新茶を譲って貰う約束を取り付けたものだから、殊更いつもより機嫌が良いようだ。
 それもあっての茶摘み歌を、静かに、だが途切れなく歌い続けるからすから少し離れた山道では、アムルタートが休憩している村の子供達と一緒に踊っている。歌っているのは、からすと同じ茶摘み歌。
 妙に響き合って聞こえるその音律で、踊るアムルタートの背中には、半分ほどまで新芽の入った籠がある。途中まではうきうき茶摘みに勤しんでいたのだけれど、あちこちから聞こえてくる茶摘み歌にそのうち我慢が出来なくなったのだ。
 そうして満面の笑顔で「ねえねえ今歌ってたの何?」「へ〜、天儀の労働歌初めて聞いた! ねね、私にも教えてよ♪」と頼み込み、以来、歌いながら楽しそうに踊り、みんな頑張れ、と応援しているのだ。
 そんな光景を、シータルはにこにこ見守りながらのんびり、ゆっくり、指先の新芽や茶葉の感触に微笑みながら、摘んでいく。そうして時折何かを思い出したように、密やかに微かな笑い声をこぼす。

(緑が殆ど無い場所で生まれたボクが、お茶摘みをするのは不思議な感覚ですわ♪)

 両親が聞いたらどんな表情をするだろうと、故郷の面影に両親の顔を重ねると、更に笑いがこみ上げてきて。くすくす、くすくすと小さく肩を揺らすシータルにも、気付かない様子でせっせと紫乃は、教えられた通りに茶を摘んでいく。
 茶摘み自体は初めてだけれど、陰陽寮では保健委員をしてる彼女は、普段から薬草を摘む機会も多く。最初は戸惑い気味だったものの、次第に要領が掴めてくると無心になって、ぷちぷちぷちと手をひたすら動かし続け。

「あらあら、ほんと紫ちゃんって真面目さんよね♪」
「きゃッ、ユ、ユリアさん‥‥ッ!? び、びっくりしました‥‥」

 そんな紫乃に悪戯を仕掛ける心地で、そっと後ろから近付いたかと思うといきなりぎゅぅっ!と抱きついたユリアに、腕の中の小さな体がビクリと跳ねた。それからほぅッと息を吐き、胸を手で押さえながら力を抜く幼馴染に、ユリアはクスクス笑みをこぼす。
 そうして紫乃を解放すると、日避けのヴェールをはらりと落とし、ユリアはにっこり、「紫ちゃん、一緒にまったりお茶摘みしましょ♪」と微笑みかけた。そんなユリアに紫乃もふと頬を綻ばせ、こっくり頷きを返す。
 そんな女性達とは裏腹に、荘助はほんの少し心配顔だ。

「アヤカシが残ってたりは‥‥しないですよね。でも万が一ということも‥‥?」
「あはは。大丈夫じゃないかな?」

 そんな荘助の呟きを聞いて、琉宇がのんびり笑い声をあげる。そうですよね、と頷く荘助は、それでもまだ心配そうで。そうだよ、と頷きながら琉宇は、心が和むよう小さく口笛を吹いた。

「せっかくだから、景色や空気も楽しみながらしたいよね」
「そう、ですね‥‥新緑の眩しい季節ですしね。この新茶の色も鮮やかです」
「のんびりしつつ、頑張りつつ、ですね!」

 ほんの少し頬を緩ませ、手元の茶葉に目を落として頷いた荘助と、近くで聞いていたx鳳凰xがそれぞれ呟くのに、うんうん、と頷く琉宇である。よし、と気合いを入れてせっせと手を動かすx鳳凰xは、すでに籠は2つ目だ。
 この調子なら昼までにはもう1つ籠をいっぱいに出来そうかな、と背中の重みを感じながら考えるx鳳凰xは、けれども紬が気持ち良さそうに目を細めて身体を伸ばしているのを見て、ふと立ち止まって自分のもぐっと伸びをした。そういえば頑張ってばかりで、少し身体が固まっている。
 そんな事とはつゆ知らず、紬はふぅ、と息を吐いて身体から力を抜くと、また丁寧に、ゆっくりと新芽を摘み始めた。そうして時折手を止めて、顔を上げて目を細める。

(山を渡る風が、とても心地良いです♪)

 いつも感じる風よりも、山の風は殊更爽やかに感じられる。紬はしばし風を楽しんで、またぷちぷちと手を動かした。
 ちょっとずつ、慣れるにつれて早く手を動かしてはいるのだけれど、それでも茶葉を痛めないように、と気遣えば自然、速度は限られる。それでも焦らないように、人の邪魔にはならないようにと気をつけながら、紬は聞こえてくる茶摘み歌に合わせて手を動かして。
 単調で妙に調子の良い拍子がわかりやすいせいか、ワイズも気付けば聞こえてくる歌に合わせてリズムを取り、小さく歌を紡いでいた。けれども少し顔色が悪いようだと、からすは荷物の中からキャンディボックスを探り出す。

「飴は如何かな?」
「ありがとうございます〜。結構キツイですね〜茶葉摘みも」

 ありがたく受け取った飴を口に放り込みながら、話には聞いていたけれど想像以上だ、と吐息を漏らすワイズである。おまけに慣れない体勢での作業なのだから、どうしたって無理は出るわけで。
 無理はしないように、と余分に飴を渡しておいて、からすは自分の作業に戻っていく。あちら、こちらから聞こえてくる茶摘み歌は、いつしか茶畑中に響き渡っていた。





 太陽が半ばを少し過ぎた辺りで、そろそろ休んで昼にしようか、と村人から声がかかった。摘んだ茶葉を蒸し場まで運び、紬が戻ってくるとそれぞれ持ち寄ったお弁当を広げている所だ。
 紬に気付いた真夢紀が「多めに作ってきましたの」と手招きしたのに、ありがたく近寄っていく。ぺこん、と頭を下げて座った紬にお握りやおかずを取り分けて、真夢紀は北斗を振り返った。

「狸さん、お代わりします?」
「もらうのだ〜」

 のほん、と北斗は頷きを返す。何しろ真夢紀のお弁当は美味しくて。今日も梅干し入りお握りに空豆を湯掻いたの、さらに焼き鳥に卵焼きと、美味しそうなおかずばかりで。
 羽郁のお弁当は、今日はどんなのだろうと思い巡らせながら、柚李葉は作った茶葉のお吸い物を運ぶ。摘んだ新茶を味わってみたかったのだ――お吸い物にするのに分けて欲しいと頼むと、村人はちょっと困ったみたいだったが。
 戻ると羽郁が、いつもながらに気合の入ったお弁当を広げていた。ほうじ茶で炊いた茶飯結びに、鱈の西京焼き。蕪の酢漬けと筍と蒟蒻の煮物に、厚焼き卵が彩りを添えている。
 おやつに桜花入味噌餡と粒餡の柏餅も持ってきていたけれども、それは後で友人達や、お疲れ気味の高晃と一緒にわいわい楽しむ為で。けれどもお弁当は柚李葉とゆっくり楽しみたいと、戻ってきた柚李葉に笑顔を向ける。
 そんなこんなでお昼ご飯をお腹一杯、よりほんの少し軽く済ませて、午後からも茶摘み歌に合わせて茶葉を摘み。日が西の空半ばほどまで傾いた頃、今度は休憩しようと声がかかる。
 うーん、とx鳳凰xが木陰に座って、のんびり呟いた。

「案外、お休みが多いのですね」
「そう‥‥ですね‥‥」

 その言葉に、ぐったり相づちを打ったワイズはすでに青息吐息だ。同じ木陰にぱたりと倒れている彼女が、ここまで何とか保ったのは村人がちょくちょく声をかけてくれたのと、疲れた風情の彼女に冷たい水やらなにやら、差し入れてくれた仲間のおかげだろう。
 今もまた康平が、砕いた氷を茶碗に入れて、ほら、と差し入れてくれた。

「あ、ありがとうございます‥‥」
「いや。そっちは疲れてないか?」
「大丈夫です」

 よろよろと起きあがって受け取ったワイズに軽く首を振り、ちら、と視線を投げた康平に、x鳳凰xも首を振る。そうして手扇でパタパタと、氷の冷たさに目を細めているワイズを仰いでやる。
 その少し離れた場所ではからすが、購入した新茶を早速みんなに振る舞っている所だ。持参した手作りクッキーも添え、茶碗を渡す姿はいつもよりやはり、ほんの少しだけ嬉しそう。

「うん、良い香りだ」
「あはは。やっぱりお茶の産地にきたらお茶会だよね」

 目を細めて呟いたからすから、淹れたての新茶を受け取りながら琉宇が嬉しそうに頷いた。そうですよね、と志宝もほっこり頬を緩ませる。
 彼自身も購入した新茶が、こんな味になるのか、としみじみ味わった。志宝はお茶屋を営んでいるので、せっかくだから美味しいお茶の淹れ方も学んでいきたい所だと、手の中の茶碗をじっと見つめる。何しろ志宝がお茶を入れると、時間がかかりすぎるのか、どんな茶葉を使ってもたいていが渋くなってしまうのだ。
 ゆえにちょっと真剣に考える志宝の傍らで、あとで自分も教わろうと荘助も考える。帰ったら、購入したお茶を携えて想い人の庵に持っていって、出来れば自分の手で彼女にお茶を淹れてあげたい、と思っていたので。
 難しいのだろうか、と想い人が喜んでくれる姿を思い浮かべつつ、一口お茶を含んだ荘助は、ほぅ、と息を吐いた。

「たまにはこういうのもいいですね‥‥初夏、という感じがします」
「新茶って、仄かに甘くやわらかい味ですのね♪」

 にこにことシータルも嬉しそうに頷き、頂いたお茶を味わった。皆で頑張って摘んだ茶葉が、こうして美味しいお茶になって、誰かの心を潤すのだろうか。
 その香りは、少し離れた木陰で寝ている氷の元にも届いていて。くん、と鼻をうごめかせた氷は、ごろりと一つ、寝返りを打った。

「やっぱり新茶の香りはいいよなぁ」
「あはは。じゃあ、あと少しだけでも頑張ってみる?」

 応援するよ、と琉宇がバイオリンで奏で出したのは「武勇の曲」。聞いた志体持ちを奮い立たせる効果があるというから、疲れた仲間を応援するのにも役に立つだろう。
 そんな琉宇の心が伝わったのか、聞いていた仲間の中にもそこはかとなく、あと少し頑張ろう、という気持ちが沸いてきたようだ。もう少ししたら始めるか、と誰からともなく口にし始めた中、そうだ、と陽媛が村人を振り返った。
 彼女は今日、豊穣祈願の舞を舞いたいと思っていたのだ。そう、告げた彼女に久野都も脇から、やらせてやってくれないだろうか、と願い出る。
 そうして、ありがたいと快諾が返ると、陽媛と月夜は、作業の邪魔にならないように被っていた手拭いを取って、長い髪を紐で結わえた。そうして向かい立つ2人はまさに一対で、それぞれに持つ扇と神楽鈴が妙に目を引く。
 戻ってきた兄に「見てて下さいね」と声をかけ、向かい合った双子は頷き合った。
 
「‥‥始めていいよ‥‥陽媛」
「それじゃ‥‥行くよ。月夜」

 互いに声を掛け合って、最初に動いたのは月夜。不意に鋭く振り下ろし、しゃらんと鳴った神楽鈴に、呼ばれた陽媛が扇を閃かせる。
 月夜のそれは災いを切り払う剣舞であって、陽媛のそれは豊穣を祈る清めの扇舞。全く異なる動きでありながら、しっくり対となる2つの舞に、ほぅ、と居合わせた者が息を漏らす。
 可愛い妹達の舞い舞う姿に、久野都は静かに目を細めた。どうか2人がこのまま健やかに育ち、良き縁を得る事が出来ますようにと、等しい願いを胸に抱く。
 そんな兄の願いを感じたかのように、陽媛の動きに溶け込もうとするかのように、この世界に幸ある様にと舞う月夜を、そんな妹の願いまでも叶います様にと受け止める陽媛の舞い。無心に舞う一対を、見ながら紫乃はなんとなく、傍らに座るユリアの袖をそっと握った。
 紫乃の持参した和菓子を口に運んでいたユリアが「紫ちゃん?」と首を傾げる。それに「なんでもないです」と首を振って、紫乃はぽす、とそんなユリアの肩にもたれかかった――まるでそこに彼女が居るのを確認しているかのように。

(大丈夫、ユリアさんはここにいてくれる‥‥今はまだ、大丈夫‥‥)

 胸の内で呟く紫乃の心を、感じたようにユリアはふと微笑み、そんな紫乃を優しく見つめた。紫乃を始め、彼女の大切な幼馴染みたち――その幸せを、いつでもユリアは願っている。
 大好きよ、と唇だけで呟いて、ユリアは眼差しを茶畑の向こうの空へと向けた。はるか遠くまで見晴るかせる空は美しく、眼下に広がる景色は壮観だ。

「ね、紫ちゃん。茜色に染まる夕日はもっと綺麗だと思わない? こんな景色の中で、新茶の味や香りを楽しみながら、美味しいお茶菓子を頂くなんて最高ね♪」
「はい、本当に‥‥」

 そんなユリアに頷いた紫乃は、けれどもふと心配そうな眼差しを高晃達へと巡らせた。ここしばらく、ずっと茶畑を走り通しだった彼らは見るからにぐったりしていて、幾人かから貰った差し入れもその気力を回復するのは難しそうだ。
 紫乃としては、どうせなら報酬代わりに新茶をお裾分けとかすれば良いのに、と思うのだけれど、売り物だから難しかったのだろう。けれども、せめて後で売り物にならない茶葉を譲ってもらう位は交渉出来ないだろうかと、カヅキはちょっと考えていたりする。
 もし持って帰れたら、石臼で引いて抹茶にして、楽しもうと思っていて。カヅキとしては、お茶は食べるものであって、茶殻を残すなんてもったいないにも程があり。
 それでもお茶を楽しめるだけは良いよなぁ、と思う氷などは高晃と同じく、お茶には滅多に手が出せないほどの貧乏暮らしだ。出涸らしを通り越してお湯になってもまだ頑張る高晃と、果たしてどちらがマシなのか。

「でも、どちらも美味しいですよ、ね?」
「どうだろうな」

 のほん、とお茶をすすりながら頷いた和奏に、蒼羅は曖昧な笑みを返した。そんな蒼羅にきょとん、と目を瞬かせた和奏は、こう見えて案外、お茶の味にもアバウトだ。玉露も出涸らしも、もちろん違う味だとは思っているけれど、それぞれに美味しく頂けるらしい。
 それはすごい事ですね、と紬は思いながら、手の中の湯呑みの縁を指先でそっとなぞった。立ち上る香りをまずはゆっくり楽しんでいるようで、時折目を細めている。
 向こうの方ではすっかり回復したアムルタートがまた、村の子供達と一緒に踊っていた。帰ったら先ほどからすや村の人に確認した、天儀の美味しいお茶の淹れ方を実践してみよう♪ と思うアムルタートである。

「これで美味しい天儀チャイタイムが出来る! 楽しみだな〜♪」

 茶摘歌のリズムに合わせて踊りながら歌う茶摘歌は、本当に楽しそうで。それは夕暮になるまで茶畑に響き渡り、茶摘に勤しむ人々を励ましていたのだった。