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■オープニング本文 みゃぁやはとある小さなお茶屋に住んでいる、今年で7歳になるぶち猫です。お茶屋のお嬢さんが生まれた時に、お茶屋の店先に捨てられていた生まれたばかりのみゃぁやをお手伝いの亜季(あき)が拾って、それ以来ずぅっと一緒に暮らしているのです。 みゃぁやは気性は荒いけれども、たいそう面倒見の良いぶち猫でしたので、お嬢さんの事は妹猫のようにいつも面倒を見ておりました。2年ほど前でしょうか、新しくお茶屋に男の子が生まれてからは、そちらも弟猫として一緒に遊んでやるのが、みゃぁやの新しい仕事になりました。 けれどもこの頃、新入りの弟猫はしょっちゅう熱を出しては寝込んでばかりです。亜季の言うのには、人間の小さな子供というのはそういうものらしいのですが、お嬢さんはとってもとっても心配しているようです。 『ねぇ、みゃぁや。どうしたら、とうやは元気になるのかしら』 ほぅ、と小さなお手てをほっぺたに当てて、おしゃまにみゃぁやを見下ろすお嬢さんのお膝に、こつん、と頭をすり付けてみゃぁやは「解らないよ」と鳴きました。実際には人間の耳には、んなぁ、と鳴いただけに聞こえたでしょうけれどね。 けれどもお嬢さんは、みゃぁやの言葉が解っているように、そうよね、と小さな小さなため息を吐きました。そうしてみゃぁやのぶちの毛皮をなでながら、どうしたらげんきになるのかしら、ともう一度呟きました。 人間の子供がどうすれば元気になるのかなんて、みゃぁやにもちっとも見当がつきません。けれどもお嬢さんがたいそう落ち込んでおりましたので、ここは何とかしてあげなければ、とみゃぁやはお髭をぶるぶる震わせました。 けれども本当に、どうすれば良いのでしょう? 猫の子供ならぺろぺろと毛皮を舐めて励ましてやるのですが、人間の弟猫はきっと、舌のざらざらが痛いに違いありません。 うーん、と考えたみゃぁやは不意に、その昔、お嬢さんと一緒に遊びに行った神社のことを思い出しました。それはお茶屋の旦那さんの生まれ故郷にある神社で、夏頃にお嬢さんと一緒に、茅くぐりをしに行ったのです。 人間は何かあれば神社で精霊にお願い事をするのですから、人間の弟猫の事も、神社でお願いしてくれば良いのに違いありません。これは素晴らしいことを思いついたと、みゃぁやは頭のてっぺんから尻尾の先までぶるると毛を震わせました。 「お嬢さん、お嬢さん。ちょっと、神社までお願いに行ってくるよ」 『みゃぁや? どこかにおさんぽしにいくの?』 みゃぁやがお膝をカリカリ引っかいてそう鳴きますと、お嬢さんはパチパチ目をしばたたかせて、縁側の戸を開けてくれました。するりとその隙間から抜け出して、みゃぁやはてこてことお茶屋の前の道まで出ます。 そうして、夏頃にどちらに向かったかをふんふん空気を嗅いで確かめますと、うん、と小さく頷いて歩き始めたのでした。 |
■参加者一覧
ラヴィ・ダリエ(ia9738)
15歳・女・巫
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
明王院 千覚(ib0351)
17歳・女・巫
ユリゼ(ib1147)
22歳・女・魔
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志 |
■リプレイ本文 お茶屋さんの前の道は、たくさんの人が行ったり来たりしています。その中をたたたっと走り抜ける、1匹のわんこが居ました。 立ち止まり、こくり、と首を傾ける柴わんこは、いかにも考え深そうでした。尻尾を振ったり、お耳をピクピクさせるそのわんこは、桃といいました。 桃の主、御陰 桜(ib0271)は今日は居ません。動物は入れない温泉に行ってしまったのです。 けれども、桃は真面目な忍犬でしたから、主が居ないからって遊んだりしません。これは良い機会だと、主を待っている間、たくさんの人の中を素早く走り抜ける修行をしていたのでした。 けれどもふと、桃の足がぴたり、と止まりました。お茶屋の方を振り返ります。 (あの猫、どこかへ行こうとしている様ですが‥‥?) それは1匹のぶち猫でした。お茶屋から出てきたその猫は、危なっかしい雰囲気です。それが何だか気になりまして、気配を消してそっと後を付け始めた桃の後ろを、さらにてしてしついていくわんこが居ました。 (あのねこさん、どこに遊びに行くのかなぁ?) そう考えながらついていくぽちの尻尾は、ご機嫌にぴんと立っています。 今日は明王院 千覚(ib0351)と一緒に、お店で使うお茶の仕入れの相談に問屋さんとやって来たのです。お外はとっても良いお天気だな、と千覚達の声を聞きながら尻尾をパタパタしていましたら、まだ時間が掛かりそうだから遊んできて良いよ、と言われたのでした。 でも、初めての町ですからどこで遊べば良いのか判りません。そんな時、お茶屋さんから出てきたぶち猫を見つけたものですから、ついていけば遊び場所が判るかな、と後を追いかけてきたのでした。 それにしても一体、あのぶち猫はどこへ行こうというのでしょう? フロージュはそっとぶち猫の行方と、お店の中にいるユリゼ(ib1147)を見比べました。 旅の休憩にとユリゼが立ち寄ったそのお店から出てきたぶち猫を、フロージュが見かけたのは偶然です。駿龍のフロージュは体が大きいですから、邪魔にならないようにお店の裏で待っていましたら、ちょうど、ぶち猫に手を振って見送る小さな女の子が居たのです。 そこを離れるのは少し心配でしたが、何だか気になりました。少しだけ、と小さく頭を振ってフロージュは淡い金銀の翼を広げると空を飛び、ぶち猫の少し先に降り立ちました。 「‥‥何か、お困りですか? 外の世界は飛び回ってきた身です、多少のお役に立てるのでしたら」 そうしてすっと通った鼻を近づけるようにぶち猫に尋ねますと、きゃんッ、と別の場所から声が上がりました。おや? と振り返りますと、黒と白と茶色のぶちをした子犬がぺたんと尻餅をつき、目をまぁるくしています。 まぁ、とフロージュも目をまぁるくしました。どうやら驚かせてしまったみたいだと、お詫びを込めて鼻先をちょっと擦り付けますと、子犬は目をぱちくりと瞬かせた後、ぷるぷるお首を振って、もぞもぞ座りなおしました。 そんな子犬のシリウスをぶち猫は見て、それから集まってきた他の朋友達を不思議そうに眺めました。それからひとまず、フロージュの方へとせい伸びをしました。種族は違えど、何となく言いたい事は伝わるのです。 「お茶屋の弟猫が、この頃具合が良くなくてね」 そうしてそのぶち猫、みゃぁやがすっかり事情を話して聞かせますと、なんていいひと、いえ、いいねこなんだろう、とシリウスは目をキラキラさせてぶち猫のぴくぴく動くお耳を見上げました。そうして、ぼくも一緒に行こう、と心に決めました。 「こまっているひとをたすけるのが、かいたくしゃさんなのです。らびーちゃんにできて、ぼくにできないハズがないのですっ」 「らびーちゃん?」 聞いていたフロージュとぽちが、きょとんと顔を見合わせますと、こくこく頷いたシリウスはえっへんと胸を張り、自分の大切で大好きなご主人様のラヴィ(ia9738)の事を皆に教えました。そうしてもう一度、らびーちゃんにできてぼくにできないハズがないのです、と尻尾を大きく振りました。 みゃぁやの手伝いをするためには、まず、その神社がどこにあるのか確かめなければなりません。桃も立派な忍犬として、影ながらみゃぁやに力を貸し、何としても弟の健康祈願を果たさせてやりたい、と思いました。 「その神社は、町から近いのですか?」 だから桃が尋ねてみますと、みゃぁやはお耳をピクピクさせて、よくわからないと首を振りました。 「でも夏に行った時の匂いは、こっちの方角だったの」 「あれ? 何だかたくさん集まってるでふね。ねーねー、そこの猫さん、神社はどっちへ行けばいいでふ?」 その時です。通りすがりのもふらさまが、話しているみんなの間に入ってきたではありませんか。 そのもふらさま、パウロはちょうど、この辺りに神社がないか、探していたのでした。なかなか良いご縁に恵まれない教会の神父エルディン・バウアー(ib0066)のために、ステキなお嫁さんが来てくれますように、とお祈りをするためです。 パウロは教会で暮らすもふらさまでしたから、もちろん、教会でだって毎日お祈りをしています。けれども、どうせならたくさんの神様にお祈りすれば、どこかの神様くらいは面倒を見てくれるのに違いない、と考えたのでした。 そんなパウロに、集まったみんなは顔を見合わせて、実はこれから探しに行く所なのだと教えてあげました。だったらパウロだって、一緒に神社を探さない理由はありません。 もふもふの毛をさらにもふもふさせながら、ああでもない、こうでもない、とみんなと一緒に話し合っておりますと、1人の人妖が目を輝かせて尋ねました。 「ねぇ、何してるの?」 こんなにひとところに相棒達が集まっているなんて、なんとも珍しい事です。そう思ったらすっかり気になってしまった芙雪は、一緒に買い物をしていたベルナデット東條(ib5223)に「ベル、ちょっとお出かけしてくるね!」と断って、彼らを追いかけてきたのでした。 でも、あまりに種族が違いすぎる動物とは、言葉が通じないものです。だから、みゃぁやが何をしようとしているのか解らないのではないか、解っても芙雪の言葉が解らないのではないか、とちょっと心配をしていたのですが、どうやら大丈夫のようでした。 「神社? 探すの? あたしも手伝うわ!」 みゃぁやと直接は話せませんでしたが、他の仲間たちから事情を聞いた芙雪は、小さな手を上げました。こんな出来事に行き合って、放って置く手はありませんものね。 そんな風に朋友達が意気投合をしていた頃、町では、3人の開拓者達が偶然出会っていました。 『あら‥‥? シリウスがいませんわ‥‥?』 『おや、シリウス殿が? うちのパウロもですが‥‥出掛けに危うく駿龍を連れて来る所でしたから、拗ねたのでしょうか』 『私も間違えかけたわね‥‥芙雪は遊びに行ったわ』 そうして3人は、どこかで一緒に遊んでるかもね、と手を振って、それぞれの用事に戻っていったのでした。 ◆ さて、とぽちはみゃぁやを見つめました。前に行った神社の匂いを覚えているというのは、素晴らしい、有力な手がかりです。けれども、少し不安が残りました。 「もしかしたら夏と冬の今じゃ臭いもちょっと違うかもしれないよ?」 「うん‥‥」 だからぽちがそう言うと、みゃぁやは少し自信がなさそうに耳をしょんぼりさせました。夏の濃い草の匂いと、冬の乾いた枯葉の匂いは、どうしたって違うものです。 シリウスがぴんとお耳と尻尾を立てて、みゃぁやさん、と声をかけました。 「みゃぁやさんが、おぼえているニオイ、ぼくにもおしえてほしいです。これでもにんけん! おはなはビンカンなのですよっ」 ぐっ、と太い前足に力を入れて言いますと、みゃぁやは頷いて、その匂いを教えてくれました。シリウスはすっかり張り切って、さっそくその辺りをくんくんと探し回り始めました。 芙雪がパウロを振り返って言いました。 「あたしとパウロで、町の人間にも聞いてきましょうか」 「良いでふね。人間語、頑張るでふ」 もっふり芙雪に頷いて、パウロはてこてこ歩き始めました。「良かったね」とぽちがみゃぁやに尻尾をぱたぱたさせますと、みゃぁやもお髭をぴくぴくさせて頷きました。 町にはたくさんの人間が居ました。パウロと芙雪は、ちょうどお客様が切れて手が空いたお店を見つけますと、そちらへ向かっていきました。 そうして、珍しいお客様に目を丸くしたお店のお姉さんに、人間語でこう尋ねました。 『ねぇ? ここから一番近い神社ってどこにあるのぉ?』 『ぜひ教えて欲しいでふ』 『一番近い神社、ですか?』 お姉さんは芙雪とパウロの言葉に、ほんの少し首を傾げました。もふらさまと人妖さんに道を尋ねられるなんて珍しいこと、と思ったに違いありません。 けれどもお姉さんはにっこり笑って、地面に線を引きながら、一番近い神社の場所を教えてくれました。その地図をすっかり覚えてしまいますと、パウロと芙雪は愛想良くお姉さんにお礼を言って、仲間達の所へ戻っていきました。 だいたいの場所が解りましたら、今度はフロージュの出番です。空の上から神社の場所を確かめるのです。 芙雪とパウロから教えてもらったフロージュは、綺麗な淡い金の翼を大きく羽ばたかせ、空に舞い上がりました。途中、お茶屋さんの屋根が目に入りました。 先ほどフロージュは皆が戻ってくるまでに、少し離れるけれども心配をしないで、と合図に桜の枝を置いてきたのです。それからお茶屋のお店の人にも、尻尾を振っておきましたから、朋は桜の枝を見ながらフロージュがどこへ遊びに行ったのか、想像を巡らせているでしょうか。 そう思いながらフロージュは町の上まで舞い上がりますと、ぐるりと首を巡らせて、芙雪とパウロから聞いた神社を探しました。そうして、神社らしい建物を見つけますと、どうやらそれほど遠くなさそうですね、と頷きました。 あんまり遠ければ背中にみんなを乗せて、飛んでいこうかと思っていたのです。でも、歩いて行ってお参りする、というのも神様にお願いをするのには大事なのでしょうと思い直し、地上の仲間達の元へと戻って、みんなに知らせました。 さあ、いよいよ神社に向かって出発です! 桃はみんなの一番前を歩いて、何か危険なものがないか、きょろきょろ辺りを見回してしっかり警戒しました。みゃぁやに何かあっては大変ですもの。 その後ろを歩きながら、シリウスは一生懸命周りの匂いをかいで、みゃぁやに教えてもらった匂いを探しました。けれども、町の外は枯れ草の匂いや、冬の草の匂い、他のたくさんの匂いで一杯です。その中を、あっちをよろよろ、こっちをよたよた、シリウスは一生懸命匂いを捜し歩きました。 けれどもどうにも、これだ! という匂いがわかりません。ついにシリウスはしょんぼり尻尾とお耳を萎れさせました。 「うぅ‥‥ぼくは、しゅぎょーちゅーのみなのです‥‥」 「これも良い修行です。頑張りましょう、シリウスさん」 気弱げなシリウスの顔をぺろぺろ舐めて、桃は一生懸命励ましました。なにしろ桃だって、立派な忍犬になるべく修行中の身ですからね。ぺろぺろ舐めながら励ましますと、とシリウスは片方の耳を持ち上げ、こくりと頷きました。 みゃぁやもふんふんと匂いを嗅ぎながら、一生懸命ついて歩きます。幸い、凶暴な野犬や、乱暴な人間は見当たりませんでした。代わりに時折、美味しそうな匂いを漂わせるだんご屋さんがありまして、パウロの鼻をくすぐります。 (お腹すいたでふ‥‥おやつ欲しいでふ‥‥) きゅぅ、と切なく鳴るお腹を抱えながらじぃっと見つめるパウロに、くすっと笑っただんご屋さんは、ほかほかのお団子をみんなに1つずつ分けてくれました。パウロがぱっと顔を輝かせ、全身の毛をとびっきりもふもふさせて、神父様がいつもやっているように「あなたに神のご加護がありまふように」と胸の前で前足を動かしてお礼を言いますと、どういたしまして、とだんご屋さんはお店に戻っていきました。 ほかほかのお団子はとても美味しくて、みんな、はふはふしながら食べました。目的の神社まではあと少しです。時折フロージュが空から道を間違えて居ないか教えてくれましたので、シリウスは張り切ってそれをみゃぁやに伝えました。 どんどん、どんどん、道を歩いていきました。時折みゃぁやはするりと、猫さんしか通れないような場所に行ってしまうのですけれども、みんながついて来れない事に気付くとすぐに戻ってきてくれました。 そうしながらみんなで、色んなお話をしました。桃は誇らしげに主が「首筋の桃の花の形の模様がきゅ〜と♪」と言って名前をつけてくれた事を、フロージュは朋が自分の淡い金のうろこをどんなに愛してくれているか話しました。シリウスは大好きならびーちゃんとぱぱさんの事を話しましたし、ぽちはお世話になって居る縁生樹というお店の人たちの事を、そうそう、芙雪だっていつも一緒のベルの事を話したんですよ。 「何だか、ちょっとした冒険気分で楽しいわね♪」 くすぐったそうに笑って芙雪がそう言うと、こくこくとみんな頷きました。相棒だけでお喋りしながら何かするなんて、滅多にない事ですもの。 そろそろ、神社が近くなってきました。フロージュが優しく目を細めて、小さな仲間達を見下ろしました。 「お祈り、通じると良いですね。そうそう、何かお供えは用意しました?」 「お嬢さんがくれた煮干があるよ」 フロージュの言葉に、みゃぁやは胸を張って首にまいた布を前足でちょいちょいしました。それに頷き、体が大きいから私は外で待っていますね、と言ったフロージュに手や尻尾を振って、神社の中へと入って行ったのでした。 ◆ そこは小さな神社でした。古びた、綺麗にお手入れされたお社がありまして、小さな社務所があり、のんびりお茶を飲んでいた巫女さんが、みんなを見て目をまぁるくしていました。 みんなは揃ってお社の前に行きました。お賽銭箱の前に、境内で見つけた綺麗な落ち葉を丁寧に並べ、みゃぁやのおやつの煮干をちょこんと置きました。 「あたしが鈴を鳴らすわね」 そう言って、ぷらん、と天井から下がった紐に芙雪が両手でしがみつき、がらん、がらん、と鳴らしました。それに合わせてみんな、お行儀よくちょこんとお座りをして、頭を垂れて神社の精霊様に、お祈りをしました。 まずはみゃぁやのお願いが、どうか叶いますように。みんなで一緒にお祈りをしたら、その分だけ精霊様の耳に届きやすくなって、叶うかもしれません。 芙雪も鈴の紐から飛び降りて小さな両手をぺちんとあわせ、どうかお茶屋の弟猫が良くなりますように、とお祈りをしました。それからふと思いついて、もう1つお願いを付け加えました。 (あ、それと! ベルの記憶が戻りますように‥‥) (はやく、りっぱなにんけんになって、ぱぱさん、おるすのときも、らびーちゃんをまもれますよーに) その隣でシリウスも、むにゃむにゃと口の中でお願い事を唱えました。いずれ、らびーちゃんを守れるくらいに大きくて立派で強い忍犬さんになれますように。 そうして頭を上げますと、ゆら、と鈴の紐が大きく揺れました。まるで、解りましたよ、と精霊様がお返事をくれたみたいでしたので、桃はほっと頬をゆるませてみゃぁやを振り返り、良かったですね、と言いました。 桃もちゃぁんと、桜様がもう少し真面目に修行に打ち込んでくださいます様に、ってお願いをしましたよ。だから余計に、今のが精霊様のお返事だったら良いなぁ、と思ったのです。 桃の話を聞きますと、本当だね、とぽちは頷きました。それからふと、首をこっくり傾げました。 「精霊さん‥‥精霊さん‥‥あれ? もふらさまも精霊さまだっけ?」 「もふ?」 パウロがぱちくり目を瞬かせました。けれども、そう、もふらさまだって精霊様で、神様なのですよ。 ぽちは嬉しくなって、尻尾を千切れんばかりにぶんぶん振りました。 「じゃあ、パウロさんにお願いしても、元気になるのかな? ねこさんねこさん、一緒にパウロさんの毛繕いして、神社の精霊さまに、弟ねこさんを元気にしてねって伝えて貰おうよ」 「ぼ、僕でふか?」 「ね、パウロさん。大丈夫だよね」 「笑顔が眩しいでふ‥‥ッ!?」 しっぽぱたぱた、おめめきらきらで見上げてくるぽちの眼差しに、パウロはおろおろしました。そんなパウロの背中に飛び乗って、みゃぁやはぺろぺろと毛繕いを始めます。 賑やかなお社から、シリウスは一足早く飛び降りて、境内をうろうろしていました。昔、らびーちゃんがパパさんの無事をお祈りに神社に行った時、お守りを買って帰ってきたのを、ちゃぁんと覚えていたのです。でも、シリウスがお守りを買うことなんて出来ませんから、せめてお守りの代わりになるものがあれば良いな、と思ったのでした。 まんまるで綺麗な石を探すシリウスを見て、ぽちもみゃぁやに、木の実を探さないか誘いました。 「木の実ってね、おっきなおっきな樹が元気に育つ前の姿なんだよ。きっと、神社の精霊さんが見守ってくれてる木の実を弟ねこさんに届けたら、弟ねこさんも元気に大きく育つよ」 「そうよね。神社と言えばお守り。人間にお願いして、小さいのでも譲ってもらえないかな」 「僕も一緒に行くでふ。おみくじしたいでふ〜」 ぽむ、と芙雪が小さな手を叩いて巫女さんの方へ向かいますと、もふもふとパウロも社務所へ向かいました。そうして巫女さんと芙雪の間に立って、自分のもふ毛と交換でお守りと、それからおみくじを引かせてくれないかとお願いをしました。 『良いふんどしが出来るでふ。それに、ここは精霊力が多くてすぐに生えるから大丈夫でふ』 『はぁ‥‥』 『駄目かしら? あの猫の家の子供が病気なの』 巫女さんはたいそう戸惑った様子でしたが、悲しそうな顔になった芙雪と、きらきら目を輝かせているパウロと、それから境内を歩き回っているたくさんの猫や忍犬達を見て、よろしいですよ、とにっこり頷きました。頷いて、はいどうぞ、と小さな赤いお守りを芙雪にくれまして、それからパウロの前におみくじの箱をそっと置いてくれました。 「みゃぁや。これ、貰ったわよ!」 「みゃぁやさん。コレ、おまもりのかわりです」 「ねこさん、こっちに綺麗な木の実が一杯あったよ」 芙雪がお守り袋を見せますと、綺麗な石を見つけたシリウスも「どぞっ」と走ってきてまぁるい石をみゃぁやの前に置きました。ぽちが吼えて木の実の場所を知らせる中で、パウロは一生懸命、自分の分と神父様の分のおみくじを選んでいます。 そんな神社の賑やかな様子を、外からそっと伺いながらフロージュも、木の向こうに見えるお社の屋根に向かって、あの小さな女の子と、その弟が健やかに育ちますように、とお祈りをしていました。もう少し境内が広ければ、一緒に中まで入れたのですけれど。 フロージュの大きな体を見上げ、一足先に出てきた桃は、ちょこんと座ってみんなが出てくるのを待ちました。これから、今度はみゃぁやをお茶屋まで送り届けて、それから主との待ち合わせの場所に向かわなければなりません。 それを聞くと、そうですね、とフロージュも頷きました。彼女も、彼女の旅の朋をお茶屋に残してきたままです。 「こんな素敵なお手伝いを、お話し出来ないのは少し、もどかしいですね」 「人間の言葉が喋れれば良いのですけれどね」 フロージュの細いため息に、桃もこっくり頷きました。桃の主はこの事を知ったら、さすが桃、と首筋をわしゃわしゃしてくれるでしょうか。 それが何だか待ち遠しく感じながら、皆が出てくるのを待ちました。日が暮れるまでには、まだまだ時間はたっぷりあるようです。 |