ある雪の、小さな戦い。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/28 21:20



■オープニング本文

 さてその日、五行のとある町で暮らす少年、英 和章(はなぶさ・かずあき)は不機嫌だった。理由は幾つでもあるが、まず何より、数日前から降り続いた雪がすっかり庭に降り積もり、とにかく寒いのが上げられる。
 こんな日は部屋の中にこもって火鉢にあたって、綿入れをしっかりかき合わせて過ごしたいと言うのに、日が昇る頃になると子供なんだからと外に追い出されるのも腹が立つ。そうして腹いせに庭に降り積もった雪を蹴散らしたり、雪の積もった庭木を木刀で打って撒き散らせば、そんなイタズラをするんじゃありません、と怒られるのがまた腹立たしい。
 せっかくだから誰か友達を誘って遊び回ろうと思っても、年始は誰も彼もが忙しくて、暇なのは和章くらい。それにしたって結局、和章の家がこの町でも一、二の金持ちだから取り巻きで引っ付いてくるだけで、そういうのもこの頃は何だか面白くない。
 つまり、和章はその日、たいそうに不機嫌で、おまけにものすごく退屈していた。乳兄妹の小雪(こゆき)がそんな主のピリピリした空気を感じ取って、顔色を伺ってはおろおろ意味もなくお茶を淹れたり、パタパタと動き回ったりするのも気に触るくらいに、とにかく何もかもが面白くなくて、腹立たしい。
 しまいに昼食も気に入らないとへそを曲げたら、ついに父親に「いい加減にしろ!」と怒られた。そうして罰として与えられたのが、下男に代わって屋敷の周りの雪かきをしろ、というものだからもう、和章の不機嫌は最高潮だ。
 それでも、日頃はあまり声を荒げる事もない父が怒ったからには、しっかりやらねば確実に夕飯は抜きになる。そう考えるとまた腹立たしく、いやいや雪かきをしていたら、おず、と声をかけてくる者が居た。

「‥‥あの、和章様?」
「‥‥‥」

 無言で振り返ったら、どこか気弱そうで年よりも幼く見える兄が、ちょこん、と小首を傾げて和章を見ていた。兄、と言っても母は違う、いわゆる異母兄だ。それまでは兄の存在自体を知らなかった和章だけれども、この春頃に母親を亡くしたとかで、色々あった末に父が引き取る事になった。
 とまれ、異母兄はおずおずと和章に声をかけた後、こちらの反応を待っているように目をパチクリと瞬かせた。異母兄、浦西夏維(うらにし・なつい)に和章はそれほど含む所はないが――母が当然ながらあまり好意的ではないので距離は置いているけれど、ただそれだけだ――ご機嫌を伺うような態度が苛立たしく、「何ですか」とつっけんどんに返事する。
 えぇと、と夏維はしばし、考え込むように書籍を抱く手にぎゅっと力を込めた。夏維はよく学問が出来るらしく、和章には読めないような書籍も持っている事がある。今持っているのもそんな書籍の1つだろう。
 和章の顔を見て、小雪の顔を見て、少し離れた場所で困った顔をしている門番を見て。
 あの、と夏維はもう一度、その言葉を繰り返した。

「えぇと――雪合戦、しませんか?」
「ゆきがっせん?」
「はい。あの、ご存じないですか、雪合戦。こう、雪玉を丸めて、敵味方に別れたりとか、関係なしとかでとにかくぶつけ合って」
「それは知ってます。夏維殿、雪合戦なんかがお好きなんですか」

 暗に『子供染みている』と馬鹿にする気持ちを込めて言い返したら、はい、とにっこり頷かれたので、なんだか逆に惨めになった。なぜだか良く解らないけれども、とても惨めだった。
 だから和章は乱暴に、知ってます、ともう一度繰り返す。それを聞いて、良かったです、と夏維はほんわり微笑む。

「じゃあ、しませんか、雪合戦。きっと、楽しいですよ?」
「――別に、夏維殿がそんなにやりたいなら、付き合ってあげても良いです」

 どうせむしゃくしゃしてた所だし、思い切り身体を動かしてすっきりしたかった所だし。だから別に、夏維がどうしても雪合戦をしたいと言うなら、夏維に付き合ってやっても良い。
 そう、そっぽを向いて言い捨てた和章の横顔を見て、良かったです、ともう一度夏維は微笑んだ。そうして、一緒に雪合戦してくれる人を探しましょうか、とぱたぱたどこかに走っていった。


■参加者一覧
/ 玖堂 柚李葉(ia0859) / 秋霜夜(ia0979) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 平野 譲治(ia5226) / 黎阿(ia5303) / 氷那(ia5383) / からす(ia6525) / 村雨 紫狼(ia9073) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / アーシャ・エルダー(ib0054) / アグネス・ユーリ(ib0058) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 未楡(ib0349) / 不破 颯(ib0495) / グリムバルド(ib0608) / 燕 一華(ib0718) / 白仙(ib5691) / 春吹 桜花(ib5775) / 鳳櫻(ib5873) / 高城 亮仁(ib5903


■リプレイ本文

 まっさらな雪は何だか心が浮き立つもので。ぼふっ、とアグネス・ユーリ(ib0058)は勢い良く新雪に仰向けに倒れ込んだ。
 くすくす笑いながらバタバタ手足を動かして、雪の上にくっきり浮かび上がった跡にまた笑う。それを黎阿(ia5303)は微笑ましく見つめた。両手にはしっかり手をつないだ和章と夏維が居る。
 それを見て、良かった、と佐伯 柚李葉(ia0859)は微笑んだ。そうして夏維と和章にそっと視線を合わせる。

「さ、遊ぼう?」
「一緒にやるわよね?」
「‥‥ええ」
「はい」

 不貞腐れたように頷いた和章と、にっこり頷いた夏維。小雪にも視線を向けると、答える前に和章が「やるに決まってるだろ」と言い捨てた。
 しょうのない子ねぇ、と苦笑する黎阿である。傍で見ていたユリア・ヴァル(ia9996)にも、和章の態度はむしろ可愛らしくすら映った。
 くす♪ とユリアは笑う。

「はぁい、よろしく♪ 思いっきり楽しみましょうね♪」
「あたしも雪合戦なんて久し振りで楽しみ♪」

 フラウ・ノート(ib0009)も子供達に、にこっ、と明るく笑いかけた。「一緒に遊ばない?」と誘ってみたけれど、すでに黎阿が一緒に遊ぶ約束をしているらしい。
 そっか、と頷いて、フラウは軽く準備運動をする。実際、開拓者同士の雪合戦なんて体力勝負だ。
 だが、疲れた頃に休憩は必要だし、みんなの笑顔が見れるだけでも幸せだからと、明王院 未楡(ib0349)はせっせと休憩所の準備をする。毛布や着替え、汗拭き布を用意して、着替え場所は風除けのためにかまくらを作って。

「小母様、氷はこれくらいで良いですの?」
「そうねぇ」

 氷霊結でかまくら作りを手伝っていた礼野 真夢紀(ia1144)が、氷を積み上げながら未楡を振り返った。雪でかまくらを作るのは大変だけれど、氷にしてしまえば容易い。
 雪合戦には参加しない予定だけれど、その方が性に合っている。来るまでにもどっさり食糧を買い込んできたし、みんなが遊んでいる様子を見ているだけでも十分楽しい筈だ。
 そのすぐ傍に分厚い敷物を敷き、からす(ia6525)も茶席の用意を忘れない。ほぼ白一色の衣装を身に着けた彼女は、雪合戦もやる気満々で。
 だが雪合戦初体験の琥龍 蒼羅(ib0214)には、何がそう仲間達を情熱に駆り立てるのかが不明だった。ようは雪玉を避けつつ投げる、という繰り返しではないのか。

「普段の戦闘と同じようにやれば良さそうだが‥‥」
「かな〜。いや、あんましやったことないから一度やってみたかったんだよねぇ。楽しみだ」

 蒼羅の独り言を耳にして、不破 颯(ib0495)がこちらは楽しそうにへらッと笑った。たまたま通りがかってみたら、賑やかに雪合戦の準備中。ならば参加しない理由はない。
 そんなものなのかしら、と颯の言葉に呟くアルーシュ・リトナ(ib0119)である。持参したよく炒めた玉ねぎのスープを預け、恋人に視線を向ければ、雪原に仁王立ちする男が2人。

「返り討ちにしてくれるわー!」
「俺はいつになくガチで行きますよ!」
(童心に帰って楽しまれるのを傍で見たくてお誘いしたのに‥‥)

 ふぅ、とため息を吐くアルーシュにも気付かず、さらに雄々しく鬨を上げるグリムバルド(ib0608)と、ノリで意気投合した鳳櫻(ib5873)。グリムの暴走は私が止めます、とアルーシュは静かな決意で頷く。
 だが止めてくれる相手の居ない鳳櫻は、せっせと雪玉量産に精を出し始めていた。

「あとは壁も作っときたいし‥‥」
「ああ。自信がないものも安心だろう」

 頷いて、一緒に壁や塹壕を作りに雪原に向かう鳳櫻とからすを見て、たまには童心にかえって真剣に遊ぶのも楽しいのかも、と御陰 桜(ib0271)は笑った。高城 亮仁(ib5903)が2人の後を追って、一緒に壁を作りに行く。
 やるからには遊びと言えど――否、遊びだからこそ和章達が呆れるくらいに楽しみたいと、秋霜夜(ia0979)は手折ってきた寒椿を見る。そうしておもむろに雪をすくって口に放り込み。

「うん。雪玉作りには絶好のコンディションですね〜」
「解るなりかッ!? 凄いぜよッ!」

 こく、と頷いた霜夜の言葉に、雪原に向かって「全身全霊、遊ぶぜよッ!」気合を入れていた平野 譲治(ia5226)が目を丸くした。真似をしてシャクシャク雪を食べてみる。
 さすが隊長、とアーシャ・エルダー(ib0054)は渾身の力を込めて雪玉を作り始めた。そうして出来上がったのは、雪玉というには固そうな。
 物言いたげな譲治に、アーシャは当たり前に言い切った。

「お子さん達へは普通の雪玉です、ご安心を」
「おいら達には氷玉なりか‥‥」
「帝国騎士として全力を尽くします」

 そう、取り出したヴォトカを一気飲みして気合を入れるアーシャが怖い。
 だがその危険には気付かず、天河 ふしぎ(ia1037)は子供2人ににこっと元気に笑いかけた。

「ワクワクするよね‥‥黎阿、和章、夏維、どうせやるなら勝ちに行こうね!」
「当然よ」
「私も頑張るわよ。楽しみね、よろしくお願いします」

 強気に笑う黎阿とふしぎを見比べる子供2人の頭を撫でて、氷那(ia5383)が笑いかける。「あら大胆ね」「絶対に負けないんだぞ!」と双方から上がった声には、ふふ、と小さく笑うに留めた。
 そんな様子を、巴 渓(ia1334)と村雨 紫狼(ia9073)は遠くから見る。あくまで今日は雪合戦。殊更に口出しするでもなく視線を巡らせていた所に、ふらりと春吹 桜花(ib5775)が通りがかった。
 雪に誘われて来てみたら何の集まりだ、と三度笠を軽く上げた桜花に気付き、燕 一華(ib0718)が「雪合戦をするんですッ」と声をかけた。

「おっ、いいね、あっしもいっちょ参戦するでやんす!」
「ホントですかッ。よろしくお願いしますねッ」

 桜花の言葉に一華はにぱっと明るく笑う。そうしてちらりと自分の三度笠と、桜花の三度笠を見比べてみる。
 そんな一華に、無性に雪合戦がしたくなるんだから不思議でやんすな〜、と呟く桜花を見て、白仙(ib5691)はきゅっと一華の横で両手を握った。雪合戦は昔、師匠と良くやったなぁ、という思い出で一杯だ。
 だから、白仙はやる気に満ちたイイ笑顔を浮かべた。

「ふふ‥‥本気でやろう‥‥♪」
「目指せ勝利! ‥‥でも、必勝祈願も兼ねて、先に皆で団子を食べない?」
「あらまぁ」

 元気に提案する鳳櫻に、未楡はにっこり微笑んだ。始まる前から楽しそうな笑顔が見られるのも、雪合戦の魅力の1つだろうか。





 実は蒼羅は、この手の遊びを楽しむ事自体が苦手だ。だが興味だけはあるし、避けているだけでも見切りの鍛錬にはなるか――などと考えていた彼の視界を、一目散に走り抜けたのは柚李葉だった。
 雪合戦チーム【春香】の中に飛び込んだ彼女は、あっけにとられた残る3人を置き去りに、迷わず和章の手を取って今度はあらぬ方向に走り出す。

「な‥‥ッ」
「私がリタイアしたら帰してあげる! だからそれまでは私を手伝って?」

 この機会に協力させてしまえという黎阿に反対するわけではない。けれども敵対するのもきっと、この2人には重要な事だと思うのだ。だから。そんな想いを感じ取ったのか、和章はあっさり頷いた。
 残された黎阿とふしぎと夏維は顔を見合わせる。だがひとまず、と取り出したのは全身を覆うほど大きな白い布。

「こうやって白い布で姿を隠して、近づいてきた所に一斉攻撃なんだぞッ」
「――ふしぎに作戦は任せたけど、ね」

 本当にこれで隠れた事になるのか、さすがに首を捻る黎阿の横で、夏維は「そうなんですね」と真剣に頷いている。うん、とふしぎは大きく頷いた。

「後は近づいてきた相手を狙って、正々堂々不意打ちだッ!」
「はいッ」

 あくまで素直に頷く夏維。そんな【春香】を狙うと公言した【寒椿】は、霜夜が作った3個の雪の大玉を前に円陣を組み、「えいえいおー!」と寒空に気勢を上げる。
 中でもアーシャは、雪原にも関わらず重装備を固め、ふん、と荒い息を吐いた。

「これしきの雪なんてまだまだ可愛いものです」
「頼もしい‥‥ッ! 絶対に勝ちましょう!」

 聞いた亮仁も雪玉を握り、赤く揺れる寒椿の花を見る。なんだか、この寒椿が散らされたら負け、と言った気分。
 ざくざくざく、と雪を踏みしめ【春香】襲撃に向かった2人を見やった鳳櫻が、一華さん、と【照々】のチームリーダーを振り返った。

「今のうちに奇襲とかありですかね!?」
「【寒椿】をですか?」
「それも‥‥面白いかも‥‥」

 ふふ、と白仙が微笑んだ。鳳櫻も白仙も、ひたすら雪玉をかわして投げ続ける覚悟は出来ている。
 不穏な気配を察した霜夜が、作り置いた雪玉を握りしめた。一華が2人の隊員をサポートすべく、せっせと雪玉の量産体勢に入る。

「どんどん作っちゃいますよッ!」
「本陣は守ります!」
「雪合戦の鬼と呼ばれた俺の雪玉を食らえ!」
「2対1、ね」

 睨み合い、激突した3つのチームのどこを狙うかと、雪だるまの影から譲治はきょろきょろ視線を配った。大きな雪だるまの陰からきょろきょろ視線を動かして、せっせと雪玉を丸め続けて。

「逆に目立ってるわよ♪」
「はぅ!? いつのまにッ!」

 ぱさ、と軽い雪の音と頬に触れた冷たい物に、はっと振り返ると楽しげに笑ったユリアと目があった。慌てて雪玉を投げつけると、パシッ、と快い音がする。ユリアが持つ扇に当たったのだ。
 にっこり、ユリアが扇を閃かせた。

「そうこなくっちゃ♪」
「行くなりよッ!」

 目の前のユリアに照準を変えて、譲治はバシバシ雪玉を投げ始める。もちろん今度はきっちり雪玉で反撃するユリアも、実は非常に目立っていた。わざわざ、雪の白の中に一滴朱を垂らしたような真っ赤な衣装を着ているからだ。
 幼馴染の心底楽しそうな顔に、さすがユリアん、とフラウは呟いた。そうしてごろごろと、狙う相手を捜して雪の玉と共に移動する。
 和章がそんなフラウに狙いをつけた。よし、と思い切り投げた雪玉は、だがフラウには当たらない。おや? と首をひねった和章が見たものは、女の子は体を張って庇う! と飛び出した紫狼。
 一般人の子供が投げた雪玉など冷たいだけでダメージにはならない。よっしゃ、とガッツポーズをした紫狼は、次の瞬間背中にどごッ、と衝撃を受けて崩れ落ちた。

「ぐは‥‥ッ」
「あ‥‥ごめん、つい‥‥」

 とっさに人影が目の前に現れたので、反射的に全力で雪玉を投げつけてしまったフラウである。油断していた分ダメージは大きかったのか、ズシャッ、と雪に大きく倒れ込んだ紫狼。だが顔はとても満足そうだ。
 さてどうしよう、と立ち尽くしたフラウに今度は、和章に味方する溪の雪玉が迫る。ひぃッ、と倒れ込むように避けたものの、その脇に回り込んでいたのは、こっそり動いていた颯。
 目と目が合って、へら、と颯は確かに笑った。

「ほいっと」
「ちょっとぉぉぉぉッ!?」

 バランスを崩した所に投げられた一撃が回避出来るはずはない。顔面に直撃し、フラウもまた雪原に倒れ込んだ。うぐぐ、と悔しそうな歯軋りは、逃げた颯には届かない。
 改めて和章の元へ向かった溪の足が止まる。開始前からじっと待ち伏せていたからすが現れたのだ。溪がニヤリと笑い、雪玉を構えようとした。だが虎視眈々と狙っていたこのタイミングを逃すまいと、素早く雪玉を投げて別の塹壕へと走り込む。
 それからそっと穴の外を覗いてみると、雪原に沈んだ3人目が見えた。よし、と静かに頷き次の標的を探す。熱血的に盛り上がってるのは、と見やった先には仁王立ちした桜花と、雪壁を挟んで相対する鳳櫻が居た。

「いっけーッ!」
「受けて立つーッ!」

 文字通りの全身全霊、力を込めて大きく振りかぶった桜花の雪玉を、叫び返して素早く雪壁に隠れて避けた鳳櫻。だが、素早く攻撃に転じようと鳳櫻が顔を出した瞬間、バシッ! とめり込む勢いで投げられた桜花の雪玉が顔面に当たる。
 だが、ただでは倒れない。遠のく意識の中、霞む視界の向こうに居る桜花目掛け、持っていた雪玉をとにかく投げる。そのうちの1つが三度笠を跳ね飛ばしたのを見て、心の中でガッツポーズをして力尽きた。「良い戦いぶりでやんした」と拾った三度笠を被りながら頷く桜花。
 そんな良い話の一方で、雪原の片隅では大人気ない大人対決が始まっていた。

「例え負け戦であったとしても雪国の生まれとして手は抜かん!」
「足元を掬われない様になさってくださいね」

 鬼腕まで使って大量に雪玉を抱えたグリムに、籠から雪玉を取り出しながらアルーシュが微笑んだ。だが愛しい恋人が相手でも、今日のグリムに容赦という文字はない。
 絶対に引かぬ、と闇雲に投げ出したグリムの雪玉を、ストールを閃かせつつアルーシュは逃げる。逃げては立ち止まり、雪玉を投げてまた逃げる。
 それを追って走りながら手当たり次第に雪玉を投げていたグリムが、何かがおかしいと気付いた時には、不自然に固く凍った雪を踏んで居た。恋人の忠告が脳裏を過ぎったのと、つるりと足が滑ったのは同時。
 にこっ、と笑ったアルーシュが容赦なく、そんなグリムの上に正座する。

「さぁ、容赦はしませんよ?」
「ル、ルゥ‥‥?」

 引きつり笑いを浮かべてみたものの、恋人の表情は変わらない。かと思いきや、首筋や口腔、その他あらゆる隙間へと籠の中の雪玉を詰め込み始めた。
 その光景にぎょっと目を剥いた和章に気付き、アルーシュははた、と視線を上げた。

「‥‥あ。喧嘩する程仲良く‥‥なって下さいね?」

 その言葉にこくこく頷いて、ちらりと夏維を見る和章だ。あの線の細そうな異母兄相手に、やっちゃって良いのだろうか。
 そんな少年の葛藤には気付かぬまま、アルーシュはがしがしがしと雪玉を恋人に詰め込んでいく。あそこはほっとこうと、亮仁はチーム合戦に集中した。

「どりゃぁぁ〜〜ッ! 帝国騎士がそれしきのことで倒せると思うのですか〜〜ッ!」

 アーシャが鎧姿で雄叫びを上げながら雪玉を投げまくっている。周りからの集中砲火も物ともせず、あくまで威風堂々した立ち姿のおかげで周りの注意もそちらに向いていた。
 この隙にと亮仁は手薄な所に回り込んで攻撃していたのだが、その動きに白仙が気付く。ぐっ、と両手に構えた雪玉に力を込めた白仙に、亮仁は雪玉を投げた。だがそれは防がれる――しかも両手キャッチで。

「それ反則‥‥ッ!?」
「ちゃんと間に雪玉があるからセーフ」

 愕然とした亮仁にしれっと言い切った辺り、確信犯と思われる。ちなみに繰り返すが、この雪合戦にルールはない。
 故に誰に咎められることなく、白仙は雪玉で殴りかかった。当たる前に雪玉を放せば投げた事になるし。
 そうして始まった雪上の格闘技を、はらはら見守る霜夜は、背後に気配を感じてはっと振り返った。

「油断大敵、ってね♪」
「あ‥‥ッ!?」
「隊長!?」

 振り返ったアーシャは、容赦なくどでかい雪玉を霜夜の上に落とすアグネスの良い笑顔を見た。たいちょおぉぉぉぉぉッ! と雪原に響いた悲痛な叫びに送られつつ、霜夜はぎりり、と唇を噛み締め、本陣を後にする。
 うぅぅ、と休憩所に向かうとアグネスが「甘酒いいよね甘酒‥‥♪」とうきうき温かい飲み物を啜っていて、霜夜はがっくりと雪の上に膝をついた。あらあら、と未楡が微笑んで、霜夜の雪でびしょびしょになった髪を優しく拭いてくれる。

「冷たかったでしょう‥‥風邪をひかない内に着替えて下さいね」
「ありがとうございます〜」
「すいとん食べます? ちょうど出来た所ですの」

 着替えはそっちで、と指さす真夢紀が持つお椀からは、いかにも温かそうな湯気が立っていた。ぱっと顔を輝かせて「食べますー!」と返事をし、霜夜はかまくらに飛び込む。
 甘酒を飲みほしたアグネスが、ありがとう♪ と器を返しながら笑った。

「こういう準備、してくれる人がいるのって、ホント有難いわぁ。後でもらって良い?」
「もちろんですの」

 頷いた真夢紀に、雑炊もありますからね、と未楡が付け加える。ありがと、と生姜の良い香りを楽しみながら、アグネスは再び雪原に飛びだした。さて、次は誰を狙おうか。





 一華は雪原を見回した。そろそろ動く者も少なくなってきた。ザクザクと雪玉を作っては桶に詰め、白仙目掛けて板切れに乗せて滑らせていたのだけれども、ちょっと厳しくなってきたようだ。

「無理しないでくださいねッ」
「はいー‥‥」

 頷きつつも雪玉を構える白仙に、迫ってきたのは桜花。バチッ、と目があった瞬間桜花がニッと笑う。

「さぁ、どこからでもかかって来なせぇ!」
「い、言われなくても」

 きゅっ、と唇を噛んで白仙は雪の上を左右に動く。だが、乱戦に乱戦を重ねて乱れた雪の上では、ふと気を抜くとつるりと滑るのだ。
 わわッ、と時折ふらつきながら投げた雪玉を、桜花は首をひねって避けた。パシッ、と三度笠に当たって弾ける雪玉に、これは後方支援だけでは厳しそうだ、と一華も雪玉を詰めた桶を掴んで走り出す。
 だがその行く手に氷那が立ちはだかった。冷静に、確実に。それをモットーに動いてきた氷那だけれども、ここまでくればさすがに、あちこち雪まみれだ。

「ごめんなさい。行くわね」
「受けて立ちますよッ」

 それでもあくまで静かな氷那の言葉に、一華も桶を足元に置いて、雪玉を掴み睨みあった。いつでも雪玉を回避できるよう、スキルも駆使して心を静める。
 緊迫した2人の均衡を、崩したのは少女の声だった。

「あ、もふらさま」
「もふらさまッ!?」

 聞き間違いかと思わず振り返った2人に、塹壕からからすが雪玉を投げる。そうして奇襲に成功したからすは、満足げにどこかを振り返った。
 そこにはからすが置いておいた丸ごともふらさまがあって、目を輝かせた小雪が不思議そうに身体に当てている。よし、と何となく満足感で頷き、再び別の場所へ移動しようとするからすの頭に、雪玉がべしっと当たった。

「やった♪」

 遠距離砲が見事に当たり、手を叩いて喜ぶ桜である。余り勝ち負けにこだわる気はない彼女は、先ほどから雪うさぎを作ってあちらこちらに並べたり、放置された雪玉の上にもう一つ雪の玉を乗せて雪だるまにしたり。で、たまに投げてみたら大当たり、と言う訳だ。
 自分で作った雪うさぎも、柚李葉は一緒にそっと並べて置いた。開拓者の賑やかな歓声に、時折町の子供達が覗きに来る。そんな子供達を柚李葉は手招いて『一緒に遊ぼう?』と誘うのだけれど、柚李葉が雪うさぎ作りを始めてから約束通り【春香】に帰した和章と、その和章を伺う夏維が揃っているのを見た子供達は、あっちで遊んでる、と首を振った。
 2人に友達が出来れば良いのに、と柚李葉は小さく白い息を吐く。そうしてまた雪うさぎを1つ作る柚李葉の後ろを、にわかに増えた雪だるまの影を伝って譲治がざくざく走り抜けた。淡々と『鍛錬』を繰り返していた蒼羅の腕をぐっと掴む。

「何‥‥?」
「さッ! 一緒に攻めに行くなりよッ!」
「いや、俺は‥‥」
「これ雪玉なりッ! 標的はあそこに残ってるチームの連中ぜよッ!」
「あ、ああ‥‥」

 勢いに圧されて雪玉を受け取り、一緒に走り出す蒼羅。走り出してから『あれ?』と首を傾げたのだが、その頃にはすでに仁王立ちするアーシャが目の前だ。
 ふっ、と彼女は微笑んだ、気がした。

「隊長の仇ぃぃぃぃッ! 正義の雪玉を受けてみなさぁぁぁいッ!」
「さあッ、氷玉には負けてられないなりよッ!」
「ちょっと待て」

 氷玉とか隊長とかってなんだ、と蒼羅が呟いた時には『雪玉』が風を切って飛んできている。はッ、と身を交わし、続いて飛んできた玉を受け止めた蒼羅は、ゴスッ、と雪玉にあるまじき鈍い衝撃に愕然とした。
 手の中のものを見て、なるほど氷玉だと納得する。だがこれしきと反対の手で雪玉を投げ、ごろりと転がって逃げた。アーシャは追いかけて来ない。
 が、転がった先にはアグネスが居た。

「ふふり♪」
「く‥‥ッ」

 しゃらり、とかすかな鈴の音がした気がして、ユリアが振り返ったのだが、まき上がる雪が邪魔で良く見えない。楽しそうで何よりね♪ と次の一歩を踏み出しかけて、あらら、とユリアは呟いた。

「だいぶ厳しくなってきたわね♪」

 言葉とは裏腹に、歌うような口調で辺りを見回しては、新たな雪の上に足跡を付ける。まだ誰も踏んでいない雪の上しか歩かない、と勝手に決めていた。その方がスリルがあって、ますます楽しめそうだし。
 さく、さく、さく、と踊るように跳ねて歩くユリアの、顔面を狙うのは難しそうだ、と颯は考える。だが何がなんでも全部顔面に当ててやる、と意気込む彼は、手近な雪だるまの影から狙いをつけて投擲した。
 あら♪ と気付いたユリアが扇をぱっとかざす。パシッ、と当たって落ちた玉を、そのまま扇でひょいと掬って飛んできた方向へ投げ返した。

「おっと〜」

 難なく避けて雪だるまの陰に身を隠したものの、そろそろすっかり冷えてきた。潮時かなぁ、なんて休憩所の方を振り返ったら、離脱した人々が美味しそうに椀をすすっているのが見える。
 よし、と休憩所に向かった颯にひらりと扇を振って見送り、さく、さく、とユリアは踊るように進む。その先いた、微妙な距離を保って雪玉を作る和章と夏維の小さな背中を、ぎゅうッ、とユリアは抱きしめた。

「わ‥‥ッ?」
「ふふ♪ ほーら、暖かいでしょ?」

 びっくりして固まった異母兄弟を、さらにぎゅぅぅッ、と抱きしめる。黎阿が「あらびしょびしょじゃない」と2人の顔を拭って帽子をぎゅっと被せ直した。
 それから休憩所の方を見る。ふしぎはすでに離脱して、あちらでほこほこ暖かいものを食べている最中だし、小雪もまるごともふらと一緒に行ってしまった様だ。

「そろそろ休憩しましょうか?」
「はい」
「続きはこの後で。で良いわよね?」
「もちろんよ♪」

 頷きあった女性2人もまた、雪の戦場を離れて暖かな場所へと向かう。そうして誰も動く者のなくなったその場所で、あれ、と桜と柚李葉は顔を見合わせた。

「いつの間に‥‥?」
「さぁ‥‥気付きませんでした」
「ね」

 こくこくと頷きあう彼女達の周りには、ただたくさんの雪だるまと、雪うさぎが残されていたのだった。





 さて、休憩所では鳳櫻や氷那が、用意された暖かなすいとんや雑炊に舌鼓を打っていた。たっぷり動いた後はお腹が空く。そんな所に熱々の差し入れは、本当にありがたい。
 未楡も真夢紀も大忙しで、楽しそうにくるくる動き回り、七輪の火の具合を見たり、味付けを確かめたり。颯はそれらを物色しながら、手伝って希望の人間に配って回った。

「蕪と蓮根と里芋と豚細切れが入ってますの」
「温かな善哉や甘酒もありますよ」
「こちらでお茶もいかがかな。お菓子もあるよ」

 真夢紀や未楡の言葉に重ねて、からすも準備しておいた茶席でお茶を啜りながら、仲間達に声をかけた。何人かは、食後のお茶に流れていく。
 その1人である譲治もまた、ずずっ、とお茶を啜って満足そうに笑ったあと、ふと首を傾げて皆を見回した。

「‥‥結局、誰が一番多く当たったなりかね? 罰ゲームで雪かきをしたら楽しいと思ってたぜよ」
「じゃあ僕が行って来ますよッ。遊びに来ただけでは勿体無いですからねッ!」

 すっと立った一華が動き出したのを見て、桜花もなんだかむずむずしたらしく、あっしも行きやす、と立ち上がった。良い戦いでした、とアーシャが2人を見送る。戦いが終われば相手の奮闘を讃えるのが、帝国騎士の誇りなのだろう。
 はふ、とユリアがたまねぎスープをすすった。他の暖かな飲み物も食べ物も美味しいのだけれど、やっぱり冬はスープよね♪ と幸せそうだ。
 良かったです、と微笑んだアルーシュが、ちろ、と隣の恋人を振り返った。反射的にピンとグリムの背が伸びる。が、その手の中のスープが順調に減っているのを確認したアルーシュは、ひょい、と恋人の顔を覗きこんだ。

「‥‥楽しめました?」
「ああ」

 こっくり頷いたグリムにくすくす笑う。なるほど、ああやって仲良くなるんだな、と見ていた和章は素直に感心した。
 柚李葉が、ねぇ、と隣に腰を下ろす。

「お善哉。美味しいね」
「ああ‥‥」
「楽しかった? こういう時は楽しめないと負けよ」
「僕は楽しかったよ! 夢中になっちゃったけどやっぱり、楽しいものは楽しいよね」
「そうね。一生懸命やる事に恥ずかしい事はないわ。頑張って結果はどうでも笑えるなら‥‥それでいいんじゃない?」

 ぎこちない空気に触れないまま他愛なく声を掛けてくる柚李葉と黎阿に、ふしぎがちょっと胸を張る。ちらりと夏維を見たら、楽しかったですね、とほんわり微笑んだ。
 う、とまた目を逸らしたけれども、今感じているのは惨めさではなく気恥ずかしさ。だからもう一度夏維を振り返り、まずはこの異母兄に何と話しかければ良いのか、真剣に考え出したのだった。