【大祭】足湯屋の戦い。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/07 20:05



■オープニング本文

 石鏡・歴壁(れきへき)と言えば国内でも有数の温泉地として知られる。町には数多の温泉宿が立ち並び、商人ギルドに加盟する店の多くは温泉宿か、それに類する商売で。
 そんな店の中の一つである、その足湯屋に勤める優菜(ゆうな)もこの頃は、安須大祭で石鏡に訪れるお客様の対応に、朝から晩まで大忙しだ。優菜が勤める足湯屋には宿はついていないから、いつもは旅の通りすがりや、ちょっとした団欒に訪れる人が殆どなのだけれど、祭期間とあってはそうもいかない。
 いつもの旅の人に加えて、ここ歴壁でもそこそこにぎやかに行われる祭見物に疲れた人が、ちょっと休息に訪れたり。お湯の張替えも掃除も、お客様にお茶を出して寛いでもらうのも、とにかく人手が足りない状態で。

「それでもうちはまだ、マシな方よ?」

 つかの間の休息時間、ぐったりした優菜が愚痴ったら、先輩の瑞美(みずみ)がクスクス笑ってそう言った。町の中でも人気の温泉宿は、泊まりはもちろん祭終了まで予約で一杯、温泉だけにと訪れる人でも昼過ぎに来て夕方やっと入れるという始末らしい。

「へぇ。そうなんですか?」
「そッ。お手伝いも雇ったらしいけれど、皆ろくにご飯も食べれないくらい忙しいんですって。それに比べればうちはこうして、ご飯食べられるんだもの」

 ありがたいことよねぇ、と瑞美が笑って言ったのに、そうですね、と優菜はこっくり頷いた。頷いて、けれどもついと眉を寄せた。
 足湯屋と温泉宿ではそもそも戦う舞台が違うが、それにしたってよその方が繁盛していると聞けば、やっぱり面白くはない。そう言えば優菜の友人が勤める足湯屋も、下手をすると昼は食べられない事もある、と言ってなかったか。
 むむ、と眉を寄せて考え込み始めた優菜に、やぶへびだったかしら、と瑞美はちょっと肩を竦めた。けれども彼女とて雇われている身だ、お客様がたくさんきて、たくさん御代を落としていってくれたら、すなわち彼女自身の懐にも跳ね返る。
 だから優菜がどうするか、黙って見ていた瑞美の視線に気付かず、やがて優菜はガタンと大きく立ち上がった。

「――女将さんに直談判してきます」
「あら、なんて?」
「お客さんに喜んでもらえる、お祭限定のお風呂を作りましょう!」
「頑張ってね」

 ぐっ、とこぶしを握って宣言した彼女に、瑞美はにっこり微笑んだ。そうして、どうやらこれから忙しくなりそうだし、力をつけるためにご飯をもう一膳頂く事にした。


■参加者一覧
/ 奈々月纏(ia0456) / 鷹来 雪(ia0736) / 深山 千草(ia0889) / 天宮 蓮華(ia0992) / 奈々月琉央(ia1012) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 譲治(ia5226) / すぐり(ia5374) / 和奏(ia8807) / フラウ・ノート(ib0009) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 玄間 北斗(ib0342) / 明王院 未楡(ib0349) / ユリゼ(ib1147) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / リア・コーンウォール(ib2667) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / 御鏡 雫(ib3793) / シータル・ラートリー(ib4533) / 龍水仙 凪沙(ib5119) / 天ケ谷 昴(ib5423) / あうぇふ(ib5490) / 花実 凛(ib5513


■リプレイ本文

「おお〜〜ッ、お風呂だ〜〜〜ッ!」

 祭見物に今日も賑わう歴壁の一角、とある足湯屋で歓声が上がった。かと思うと次の瞬間、ビッシャーンッ! と派手な水飛沫が湯屋の天井まで上がる。
 のんびりとくつろいでいたお客が、ギョッ、と湯船を振り返った。そうしてそこに居る狐耳の獣人――プレシア・ベルティーニ(ib3541)の姿を見ると、おや、と微笑ましいものを見る眼差しになってくすくす笑う。
 何しろ今のプレシアと来たら、いかにも「これから温泉に入ります!」と言う格好。そんな彼女が思い切り湯船に突入し、お湯に向かって飛び込んだ結果、湯船のお湯が軒並み天井へと舞い上がり、本人は湯船の底でお腹を打ってひくひくと痛みに耐えているのだ。
 あらあら、と深山 千草(ia0889)がプレシアにそっと足拭き用の手拭いをかけてあげる。あうぅ、とようやく何とか起き上がったプレシアが、本気の涙目で千草を振り返った。

「ありがと〜‥‥このお風呂浅いんだよぉ〜」
「あの、足湯なので‥‥足だけつけて温泉を楽しんで頂くんです、けど」
「ええ〜!」
「あしゆッ!? 全身入らないと駄目じゃないなりッ!?」

 両手で真っ赤になったお腹をさすさすしながらぼやくプレシアに優奈が説明すると、少女はますます涙目でしゅぅん、と肩を落ち込ませた。とはいえ、止める間もなく衣服を脱ぎ捨て突撃していったので、説明する暇がなかったのだが。
 そんな優奈の言葉を聞いて、平野 譲治(ia5226)も「がぁぁぁぁん!」と衝撃の表情になった。まあ、温泉と言えばやはりプレシアや譲治のように、湯船で全身を寛がせてまったり――というのを想像するお客様も多い。
 けれども足湯には足湯の良さがある訳で。

「その、温泉全般、好きですし‥‥足湯と聞いて、手伝いさせて頂けないかと思ったんです。どうぞよろしくお願い致しますね」
「私も雪ちゃんと一緒にお手伝いに参りました。お歩き疲れた皆様が、身体だけではなく心もほっこり一休みして頂けますように‥‥」

 白野威 雪(ia0736)や天宮 蓮華(ia0992)のように、そう言ってくれる人も居るのだ。
 プレシアと譲治は顔を見合わせ、こく、と頷き合った。

「足だけつけるんなら仕方ないね〜。じゃあ〜、先に仕事して後で入ろうッと〜」
「んむ! 全力で遊ぶなりよッ!」

 ぐぐっ、と拳を握ってまずはこの、チラッと見ただけでもお客様で満員に賑わっている足湯屋のお手伝いをしよう、と誓い合う。もともとはその為にやってきた訳だし――譲治が「じかだんぱんっ♪ じっかだんっぱんっ♪」と楽しそうに口ずさみ始めたが、何の事だか深く突っ込んではいけない、多分。
 そうねぇ、と千草もほっこり微笑んで優奈を振り返った。

「先達てはゆっくり出来なかったけれど、今回は、足湯屋さんをじっくり堪能できそうね。‥‥とはいっても、お客として訪れるのは、またの機会にお預けねえ」
「足湯も興味ありますし、颯人さんの面倒見てた方達のお手伝い、したいですの」
「なのだ。颯人君の面倒を見てくれるような心の優しい人達のお店なら喜んで‥‥なのだぁ」

 そうして秋の始め頃も訪れた折の事を口にすると、同じく玄間 北斗(ib0342)と礼野 真夢紀(ia1144)はこくこく頷いた。以前にも彼らは、優奈から頼まれて石鏡国内のとある町まで、とある事情を抱えた少年を一緒に送り届けたことがあるのだ。
 その名と3人の顔を見て、ほっ、と優奈も微笑んだ。あの時はありがとうございます、と頭を下げて、不思議そうな顔をしている馴染みのお客様に「実は」と事情を説明すると、幾人かが「ああ、あの」と頷く。
 こうしている間にもどんどんお客様はやってくる。足湯場でいつまでも足を止めている訳にも行かないし、とひとまず母屋へ通された開拓者達は、まずはお茶を飲んで人心地ついた後、さっそく『安須大祭限定の足湯』について話し合い始めた。

「足裏マッサージはどうでしょう? 長い徒歩での旅路や観光で、足腰だいぶお疲れでしょうし‥‥」

 そう言ったのは明王院 未楡(ib0349)だ。ここ歴壁は遭都との関所の町でもあり、石鏡をあげて行われる祭を見物しようと通り過ぎていく人も少なくない。そんな人達が、関所を越えてまずは一休み、と足湯屋を訪れる事もあるし、祭見物を終えてさあこれから関所越え、という前に休んでいこうとやってくることもある。それに加えて今は大祭真っ最中だから、祭見物の途中にちょっと一休み、と訪れる人も居て。
 だからそんな人々の足のむくみや疲れを取って寛げる一時を提供出来たら――そうしてまた疲れを取って、大祭をよりいっそう楽しんでもらう、また来ようと思ってもらえるお手伝いが出来たなら嬉しいだろうと、未楡は思うのだ。
 そのためには足湯のお湯自体も何か工夫出来ないかと、御鏡 雫(ib3793)へと視線を向けると雫はうん、と1つ頷いた。

「薬湯のレシピを考えてみよう。1人でも多くの人が健康で健やかに過ごしてける手助けが出来るなら、医師としてこれ程嬉しい事はないからな。それに――『健康や美容は、日頃の行いや身近な所にある』と知ってもらういい機会かもしれないしな」
「私もマッサージするよ! ちゃあんと水着も持ってきたし‥‥その、私がやるとちょっとアレかも、だけど」

 いいね! と大きく頷いて手を上げた龍水仙 凪沙(ib5119)が、ほんの少し気まずそうに目を逸らしながら告げる。ウサギの獣人である彼女が水着を着てマッサージすると、たまにアヤシイ目で見られてしまうこともあるとか。
 だがそこは気にしていても仕方がない。それよりも、と凪沙はさっさと気持ちを切り替えて、抱えてきた荷物からごそごそと差し入れを山ほど取り出した。

「これ持ってきたんだ。甘刀『正飴』でしょ、ヴァンパイアキャンディーでしょ、もふら飴はなんと50個! お客に子供がいたら帰りに渡してあげたらきっと、喜ばれると思うんだ。あと、陰穀西瓜も。温まってノドが乾いたお客様に出したら喜ばれそうじゃない?」

 文字通り山積みになった差し入れの山をずずいと押し出しながら、ね? と優奈と瑞美を順番に見る凪沙である。『正飴』は持ってくる前に切れ目を入れてあるので、簡単に同じ大きさに割って配れるようになっていた。
 ありがたく頂くわ、と瑞美が受け取ってさっそくお店へと持って行った。それを見送りながら、ユリゼ(ib1147)が「そうね」と頷く。

「水分補給って大事よね。足湯しながら温かい飲み物を飲むと、もっと温まると思うし。あとは、ほうじ茶に生姜と蜂蜜を少し入れたのとかどう?」
「いいですね。まゆちゃんはどう思う?」
「お茶は好みありますし‥‥お水も出してはどうです? 蜜柑を持ってきましたから、絞汁を入れて少し爽やかなのも良いと思いますの」

 ぽむ、と手を合わせて微笑んだ未楡に話を振られ、真夢紀も持ってきた荷物から地元の蜜柑をごろごろと取り出した。お客様によっては絞汁だけを飲みたいという人もいるだろうし、そのまま食べてもなんだかまったりしそうだし。
 良いわね、とユリゼも目を細めた。彼女自身、足湯にほんのり、懐かしい思い出があったりして――まぁそれはともかく、せっかく石鏡をあげての大祭、休息の一時だって印象深い時間になれば良いと思う。
 そうやねぇ、とすぐり(ia5374)もほっこり顔で、どこか楽しそうにこくこく頷く。この頃すっかり寒くなってきたし、お祭がどんなに楽しくて賑やかに見物していたとしても、身体はやっぱり冷える訳で。だからそんな時、気楽に寄って足からぬくもって、ほこほこした所でまた祭り見物に繰り出せる――そんな気軽さが足湯の良い所だろう。
 ならばもっと気持ち良く、またのんびり寛いでもらいたいと思うのは必然で。担当に山ほど貰った甘いのんを渡してきた瑞美に、リア・コーンウォール(ib2667)が問いかけた。

「瑞美殿。どこかこの辺りで、香りの高い草花や薬草が採取できる場所はあるかな。採取の許可ももらえると嬉しいが」
「そうねぇ‥‥優奈ちゃん、前に菖蒲を採りに行った辺りは?」
「あ! あの辺は結構、色々あると思います。私はちょっと区別がつかないですけど、友達に聞いた事が‥‥」
「では私も同行させてもらおうかな。実際にどんな薬草が生えているのか見た方が、より薬効の高い足湯も作れるだろうし――そうそう、どうせなら香湯や薬湯で足湯をしている間、薬膳や薬湯も嗜んでもらって、身体の内外から健康&美容に‥‥というのを売りにしたらどうだろう」
「それも面白いかもしれないね。女性は美容に気を使うものだし」
「そうね。健康に良いというのも、喜ぶ人も多いんじゃないかしら」

 雫の提案にリアやユリゼも同意する。そもそも温泉と言えば湯治というくらい、健康などに良いという認識があるものだ。そこにさらに薬効を加えて――と宣伝すれば、興味を覚える人も多いだろう。
 だがいくら健康に良いとは言え、ずーっと足湯につかっているだけでは飽きてくる人もいるだろう。
 以前にもジルベリアのほうで温泉設計のお手伝いをしてきたというモハメド・アルハムディ(ib1210)は、だからその辺りも踏まえつつ、結果として身体にも良さそうな足湯にしてみてはどうか、と思ったのだ。

「これはあくまで案ですが‥‥檜の球を足湯の中に入れてみてはどうでしょう?」

 思ったのは、天儀では竹を割ったものを足で踏んで心地よさを感じる、という事――いわゆる足裏マッサージだ。そこで、竹を踏むかわりに天儀で馴染み深い檜を使って湯船に沈め、足湯を楽しみながらころころ転がせば良いのではないか、と考えた。
 握りこぶし程度の檜を球にして、沈むように真ん中に重石を入れて貼りあわせる。そうして湯船の中に入れておけば足で踏んだり転がしたりしながら楽しめ、温泉で温まってなお気持ち良くなるのではないか。
 とはいえモハメド自身はそういう、木材を加工するような技術は持ち合わせて居ない。だからあくまで案だと強調したのだが、案だけでもありがたいものだ。
 そうですね、と和奏(ia8807)もこくり、首をかしげた。

「足を浸けるだけとはいえ、浴場のように広くないのでお隣の方の様子は気になると思うのです‥‥」
「そうですね、今は特にお席もかなり詰めて頂いてて、掃除も追いついてなくて」
「そうなんだ? まったく、忙しいのにさらに盛り上げようってんだから、仕事熱心で結構なことだね」

 優奈がそう言ったのに、呆れた苦笑いを零した天ケ谷 昴(ib5423)が肩をすくめた。一応、ぐるりと店の中も簡単に見て回らせてもらったのだけれども、確かに他よりはお客様が少ないのかもしれないが、それでもみんな、忙しそうだったというのに。
 ですよね、と和奏もこくこく同意する。足湯を利用しているお客様達は賑やかで気持ち良さそうだったから、そんな一時を提供しているお店の裏舞台はどんなだろう――と覗いてみたくなって来たのだけれど。ただでさえ忙しいというのに、さらにたくさんお客様が来て忙しくなるように、なんて。
 だから和奏はのんびりと「あまりお祭り限定ではないですけど」と断りつつ提案する。

「源泉掛け流しとか、先にお客さまの足を洗って差し上げるとか、高級感や清潔感をプラスしてみるのはいかがでしょうね‥‥」
「なら俺も手伝うよ。ま、たいしてやることも無いしね」
「ボクもお手伝いしますね。一応、癒しのスキルもありますけれども‥‥お疲れでは役に立ちませんし、ね」

 昴や花実 凛(ib5513)も、その提案に手を上げた。せめて足を洗ってから足湯をつかってもらえれば、湯船を洗う回数も減って一石二鳥だろう。
 それなら、とフラウ・ノート(ib0009)がぴょい、と左腕を上げた。そうして瑞美と優奈ににっこり笑う。

「あたしは裏方でお料理とか手伝おうかな〜♪ よろしくね〜♪」
「ボクは昴さんや凜さんと一緒に足湯を手伝いますわ。天儀ではオンセン専門の街があると聞いて、楽しみでしたの。宜しくお願いしますの♪」

 ちょこん、とスカートの裾を摘んだシータル・ラートリー(ib4533)が軽く立ち上がり、淑女らしい礼で同じく足湯屋の2人に挨拶した。他の従業員の人達は忙しいようだから、後で手が空いてそうな時に挨拶に回れば良いだろう。
 みんなの色々な案を聞き、そうだな、と琥龍 蒼羅(ib0214)が少し、天井を見上げた。持ってきた愛用のセレナードリュートに手を伸ばす。

「‥‥俺が思いつく案は、心が落ち着くような曲を奏でる事ぐらいだな」
「それも素敵だと思います。あとは‥‥淡い桃と赤で香香背様を、白と青で布刀玉様をイメージした花弁を浮かべた足湯なんて如何でしょうか?」

 ぽふ、と楽しそうに両手を合わせた蓮華がそう言った。安須大祭と言えばもふら様が主に来るが、この石鏡を統べる愛らしい双子王も見所(?)だったりする。そんな双子王を連想させる足湯なら、十分に限定湯として宣伝出来るのじゃないだろうか?
 問題は、湯に浮かべると花弁はわりと早く傷むものだし、大祭期間中に十分な量を用意できるか、というところもあるけれどもが、それは優奈が女将さんに頼んでみると頷いた。何だって、やってみないよりはやってみた方が良いだろう。
 だったら、と真夢紀が声を上げた。

「今だったら茶の花が咲いてると思うんです。色は白に黄色の花粉ですし、匂いは殆どないですから見た目でも綺麗じゃないかなって思うんですけど」
「素敵ね。飾ってても良いでしょうし‥‥あとは、小さなもふらさまの縫い包みを幾つも作って、お店や足湯場に掲げた暖簾に一緒に吊るして飾ってみたいわ。あとは縫い包みと木玉を連ねて、玉暖簾を作ってみるのも良いわね」
「あら、それでしたら余分に作ってきたから、少しお分けしましょうか? もふら毛を使って、大もふ様にちなんだ編みぐるみを作ってきたんです。お風呂に入れる香り袋に良いかと思って」
「まあ‥‥じゃあ、少し。歩き疲れたお子さんが喜んでくれたら、嬉しいわ」
「だったら、中に入れる香草なんかの中で数個だけ、もふらさまのシルエット型に切った葉や皮を入れておいたらどうかしら? なんだか、当たりが出たみたいで楽しんでもらえるんじゃないかしら」

 ふふっ、とそう言葉を交わしあい、微笑み合う未楡と千草にユリゼもひそっと提案する。全部、ではなくあえて数個な辺り、宝探しみたいな感覚も楽しめそうだ。
 そんな足湯場の和やかな光景を想像して、すぐりもほっこり微笑んだ。もふらさまというのも何となく、そこに居てどーんともふもふまったりしているだけで、見ている相手の心も和ませるものだけれども。すぐりはもう1人、そんな存在を知っている。
 だから彼女が用意したのは、そんな存在である彼女の主にちなんだ柚子風呂だ。

「ふふ、ええ香りやろ? ぽかぽか温まるし、ええ香はお客さんも呼ぶん違うかな」

 柚子の皮のままぷかぷか浮かんでいても楽しいだろうし、実を崩して皮も少し叩いて巾着に入れれば香りが引き立つ。何より爽やかで良い香りに包まれたら、気持ちもなんだかしゃっきりほっこりして疲れが取れそうだし。
 とにかく準備を始めるかと、それぞれに優奈や瑞美に声をかけながら忙しく動き出した開拓者達の中で、ふと北斗が優奈を呼び止めた。

「颯人君のこと、優奈さんは何か知ってるかなぁ〜?」
「‥‥あ。こないだ、女将さんのところに手紙が来たんです。大祭の晴れ着用の反物を卸すのに忙しい叔父さんの店を手伝ってるそうですよ」

 少しだけ寂しそうな顔になった優奈は、けれども次の瞬間には「颯人、楽しくやってるみたいです」とにっこり笑う。そうかぁ〜、とその言葉に北斗もほっとしたような顔になったのだった。





 まず藤村纏(ia0456)が取り掛かったのはチラシ作りだ。お客様にたくさん来て欲しいとアピールするのなら、やはりお店の宣伝と言うのは大事なもので。せっかく皆で考えた大祭限定足湯も、誰にも知られなければそれは意味のない物になってしまう。
 ゆえに、優奈と瑞美に挨拶をした後は、纏は恋人の琉央(ia1012)や北斗と一緒に、みんなが話す限定足湯の内容を聞きながら、どんなチラシを作るか考えていたのだ。どんな風に情報を配置すれば見やすいか。どんな地図を描けば、この足湯屋の場所がすぐに判って、来てみたいと思ってもらえるのか。

「琉央、北斗さん、こんなん考えてみてんけど、どうかなぁ?」
「そうだな‥‥ここはこう、もう少しすっきりした方が良いんじゃないか?」
「後は、限定湯の説明ももう少し、なのだぁ〜」

 あれこれと下書きを考えては琉央と北斗に見せて、意見を聞いたらまた「むむむ」と眉を寄せながら考え込む。その横では北斗が持ってきてくれた旗を並べて、男性2人が薄く墨で下書きした後をぺたぺた刷毛で色をつけ、やっぱりああでもない、こうでもないと話し合っていて。
 旗は店先に常時立てておく客引き用のものと、後で町に宣伝に出た時に持ち歩くものの2種類を作る予定だから、目的によって内容も変わってくる。どうせなら町に出て宣伝活動をするときにはタスキもかけて、そちらにも店の名前と所在を書いておけば目に付きやすいだろう。
 ちら、と通りかかった和奏がそれを見て、ふ、と小首を傾げて言った。

「あ、そういうの作るんですね‥‥そういえば足を浸けているだけでは暇そうなので、お祭りにちなんだ絵や瓦版、イベント情報などを置いておくと、観光客は喜んでくれそうです」
「ああ‥‥そうだな。そういうのも作ってみるか」
「せやねぇ。せっかくやから一緒に作って、ぱぱっと刷ったら楽やろし」
「ただチラシを配るだけじゃなくて、それも一緒に配ったら喜ばれそうなのだぁ〜」

 こくこくこく、と顔を見合わせて頷き合う宣伝班3人。とはいえ瓦版は町によっては勝手に配布すると不味い時もあるし、やって良いか優奈に確認してみよう。
 と、いう事で優奈を探してみたら、彼女はちょうどリアや蒼羅、雫と一緒に背負子を持って、足湯に使う香草や薬草を取りに向かう所だった。呼び止めて尋ねると、うーん、と優奈は首をかしげる。

「瓦版くらいなら、大祭の時期ですし、問題ないと思いますけれど‥‥」
「そうか。‥‥何なら力仕事も手伝おうか? チラシ作りを纏と北斗に任せて大丈夫なら」
「そちらが良いなら助かる。量はあった方が良いだろう」

 思わずそう申し出た琉央に、リアがこっくり頷いた。ぱっと優奈が顔を明るくして早速背負子を持ってくる。
 ちら、と2人を振り返ると、こくこくこく、と頷きが返る。大祭期間中に十分なだけの薬草や香草と言うと、一体どれほどが必要になるのかまったく判らないのだし、力仕事が出来る人間がたくさん居た方が良いだろう。
 そんな訳で、出来るだけ大祭とは関係のない道を選んで、5人は採取へと出発した。けれども時折、祭通りを通り抜けなければならない時があり、その度に溢れている人を見て、ほぅ、と蒼羅が細くため息を吐く。

「歴壁もけっこうな人出だな」
「あはは、私は歴壁から出た事がないんでお客様に聞くばっかりですけれども、安雲なんて毎年すっごい人なんですよね?」
「ああ、来年は見に行ってみるといい――と言っても難しいだろうが」

 目を輝かせて言った優奈に、雫が小さく肩をすくめた。足湯屋に勤めている優奈にとって、大祭は稼ぎ時だし、もてなす側。とてもじゃないが休みをもらって祭り見物に安雲まで、なんて出来はしないだろう――何より、こうして「もっと店が忙しくなるように」と助けを求めるくらい、仕事熱心なのだし。
 そうして仲間が準備を進めている間にも、もちろんお客様はひっきりなしに足湯屋を訪れる。ごめんなさいねと言いながら遠慮なく瑞美に頼まれて、蓮華や雪は足湯場の掃除を手伝う事にした。

「お客様が気持ち良く使えるように丁寧に致しますわ」
「ええ‥‥頑張りましょうね」

 ぐっ、と拳を握る蓮華におっとり頷く雪は、ちらちらと足元をひっきりなしに注意していて。そんな雪をちらりと心配そうに振り返りながら、床にこぼれた水溜りを見つけては、蓮華は拭き布で丁寧に拭い取る。
 そうして、ホッ、と安堵の息を一つ。

(うっかり誰かが足を滑らせたら大変ですものね‥‥)

 実のところ、雪が何となくうっかりさんだという事は、雪自身のみならず、蓮華をはじめとする友人達の共通認識だったりする。下手をすれば水とお酒を間違える位のことは普通にやっていたりするので、蓮華としてもちょっとはらはらしてしまったりするのだ。
 そんな友人の気持ちは雪も判って居るから、蓮華ちゃんにご心配をかけないようちゃんと注意致しませんと、と1人でこくりと頷いて気合を入れてみたり。けれどもそうして、絶対滑らないように気をつけなくちゃ、と気を張っている時に限って、思わぬ所でつるりと滑ってしまうもので。
 疲れた身体に足湯の暖かさが染み渡り、こっくり、こっくりと舟をこぎ始めたお客様を見つけて、あのままでは危ないと声をかけようとしたら不意に、足元がずるりと滑る。

「きゃ‥‥ッ!」
「雪ちゃん!」

 お客様へと意識がすっかり向かってしまったらしく、ついつい足元が疎かになっていた雪を、慌てて蓮華がひっくり返る寸前で受け止めた。だが勢いに圧されて結局一緒に転んでしまう。
 傍の湯船でお客様の肩叩きをしていた譲治が、支えようと滑り込んでクッションになってべちゃりと潰れた。ぎょっ、とお客様達が驚いたように3人に視線を向け、それからくすりと笑って「お嬢ちゃん達、気をつけなよ」と声を掛けてくれる。

「す、すみません‥‥注意しようと思った時に限って、そのうっかりをしちゃうのは何故でしょうね‥‥」
「だ、大丈夫ですわ、雪ちゃん! 私も怪我はありませんし!」
「お、おいらも平気だから気にしないなりよッ!」

 真っ赤になってしょんぼり肩を落とし、ちょっと涙ぐんでしまった雪を慌てて蓮華と譲治は励ました。足を滑らせて転ぶくらい、誰だって1度は湯船で体験する失敗だろう、多分きっと恐らくひょっとすれば。
 こっくり舟をこいでいたお客様も、今の騒ぎですっかり目が覚めたようだ。きょときょと辺りを見回した後、やっぱりこちらを見てにこにこと、まだちょっぴり眠そうな顔で笑っている。

「さあ、お仕事を再開致しましょう♪」
「ええ、そうですね‥‥譲治様も、ありがとうございました」
「気にしないなりよッ! さあ、気合を入れて百鬼叩きを極めるなりッ♪」
「‥‥百鬼」
「‥‥叩き?」

 ぐぐっ、と両手を握って気合を込め、再び湯船のお客様へと突進していった譲治の言葉に含まれていた、不思議な単語に2人はきょとんと顔を見合わせた。じっと見ていると、ぽこぽこと式を生み出しては何とか肩叩きをさせられないか、頑張っているらしい。
 とは言え生憎、継続的に式を出して何か手伝わせるという事は、大陰陽師と呼ばれるような存在でも中々難しいものだ。ゆえに先ほどから、式を生み出しては消え、生み出しては消え‥‥という、ちょっとした手品状態になっているのだが‥‥なんだかお客様が楽しそうだから良し。
 もう一度顔を見合わせて、蓮華と雪は再び床拭き布と足拭き布をそれぞれ持って、足湯場をゆっくり回り始めた。足湯から出たお客様には足拭き布をお渡しして、お湯がこぼれた所は床拭き布で丁寧に。
 そんな賑やかな足湯場から少し離れた厨では、フラウと千草、昴が責任者を前に挨拶をしていた。

「料理は出来るから、何か手伝えることがあればと思って」
「洗い方や盛り付けのお手伝いも出来れば、と思ったのだけれど‥‥どうでしょう?」
「食材運びなんかも手伝えるよ」

 そう申し出てくれた3人の開拓者に、責任者は大喜びで両手を握り、ぜひ頼んだと頭を下げる。そうして早速千草と昴は山盛りになった洗い場で食器の山と格闘を始め、フラウもお湯を沸かしたり材料の下拵えをしたり、と忙しく動き始めた。
 みんなと楽しく騒ぐ時ならオリジナルの料理を作ったりもするけれども、こういう所にはそれぞれの店の味というものがある。余程格式の高いところなら包丁の入れ方まで厳密に決まっていたりするけれども、そこまでではないらしい。
 それでもフラウは出来る限り、細かなところまで都度、比較的忙しくなさそうな人に確認して、この店のやり方と言うものを叩き込んだ。荒い物を一先ず終えて、後は昴に任せて盛り付けの手伝いを始めた千草も同じく、丁寧かつ手早く、を心がけながら教えられたとおりに手を動かす。
 手を動かしながら千草はふと、どうせなら大祭にちなんで紅白半々の、もふらさま色の淡雪寒天とか作れたら喜ばれそうかしら、と首をかしげた。きっと苺のジャムなんかを使ったら美味しいだろうけれど、本来なら季節外れ。けれども大祭の今ならもしかして、そういう珍しいものもたやすく手に入るやも。
 後で相談してみようかしらと、ほっこり微笑んだ千草に「ちょっと行ってくるわね」と声をかけて、フラウと昴はお客様に出すお料理を載せたお盆を抱えて厨を出た。今はちょうど昼下がり、ちょっと遅い昼食にと軽いお料理を頼んだり、甘いのんをつついてみたりと、注文も多い時間。

「こういう力仕事もやっぱり必要だよね」
「うん‥‥その‥‥意外に得意なのね」
「こう見えて、ね。家事全般いけるよ? ‥‥っと、はい、こちらですよ」

 ほんの少しだけ男性が苦手なので、ちょっぴり腰が引けながらチラリ、と見上げたフラウにあっさり頷く昴。この後手が空くようなら、足湯場の足拭き布の補充も手伝おうかななんて考えている辺り、確かに色々と気の回るタイプのようだ。
 そんな風に話しつつ、注文を確認しながら1人1人に配っていた2人は、ふと裏側が賑やかになったのに気付いてくるりと視線を巡らせた。どうやら、香草などを摘みに行っていた仲間達が帰ってきたらしい。けっこう泥だらけだが、果たして何があったものか。
 と、ピュッ、とダッシュでそちらへ走っていった小柄な影が1つ。

「優奈ッ! 優奈ッ! ここのお店はもふらさまは飼ってるなりッ!?」
「え? ええ、居ますけれども‥‥」
「じゃあ、じゃあ、もふらさまの肺活量で、足湯をぶくぶくに出来ないなりかねッ!?」
「‥‥え?」
「けっこーに良いなりよッ!? 多分ッ!」
「あの‥‥でも、もふらさま、水嫌いだから‥‥ちょっと無理だと‥‥」
「なんと‥‥ッ!」
「ご愁傷様」

 思わぬ盲点を突かれて、がぁぁぁんッ! と頭を抱える譲治の肩を、ぽみぽみぽみ、と昴は同情の眼差しで叩いた。彼の戦い(?)は続く、のかもしれない。





 採取してきた薬草を雫が考えた調合に従って加工したり、香草を香りが出やすいように軽くしごいたり刻んだり、或いは煮立てたりして足湯に加えると、足湯場にほんのりと良い香りが漂い始めた。こうなると何だか、手伝っている開拓者達もいよいよだな、という気持ちが高まってくる。
 キュッ、とスカーフを縛り直して、シータルもますます気合を入れた。瑞美や他の従業員達に色々聞きながら、こっくり頷いて仕事を覚えようとするお嬢さんの姿に、ひっそり感動して周りから温かく見守られて居たりしたのだけれど。

「さて、始めましょうか! 宜しくお願いしますわ♪」

 にこっと笑って軽くスカートの裾をつまみ、ふわりとお辞儀したお嬢さんに、足湯場の中からも好意的な眼差しが返った。ずっと叔父夫婦が住むジルベリアに居たので、天儀の事はまだまだあまり詳しくない。足湯はもちろん温泉だって、叔父夫婦の住んでいた辺りでは珍しかったのか、「こ、これがオンセンですのね。お湯に浸かるのは初めて拝見しましたわ♪」と喜んだりで。
 さっそく使用済みの足拭き布を奥に下げて新しい足拭き布を取ってきたり、やってきたお客様に「いらっしゃいませですの♪」と笑顔で挨拶したりする。
 今も蒼羅が案内してきたお客様に笑顔で頭を下げたシータルに、下げられたお客様がちょっと嬉しそうな顔になった。そんなお客様を空いた湯船まで案内し、蒼羅はぐるりと足湯場を見回す。
 色々な種類の足湯を用意したお陰で、興味を抱いたお客様が「じゃあ次はちょっと隣の足湯に」と長居をしたりもし始めたようだ。それは良い事なのかもしれないが、この手の商売でお客様が回らなくなると、新しいお客様が入れなくてちょっと困ったことにもなる。
 また考えなければならないな、と1人ごちながら、蒼羅は再び入り口へと足を向けた。途中、新しいお客様を案内してきたリアとすれ違う。眼差しだけで頑張ろうと頷き合って、そのまま入り口へと戻っていく蒼羅の背中をチラリと見送り、リアは「こちらです」と足湯場へと案内を続ける。
 その足湯場ではプレシアが生み出した夜光虫が、ほのかな明かりを放ちながら漂っていた。最初は術を使って足湯の温度調節をしようと「冷たかったら〜火輪で温めて〜、熱かったら氷柱で冷やすの〜☆」と物騒な事を言っていたのだが、回りの説得で何とか思いとどまったようだ。
 代わりにムードを出してみてはと奨められ、出したのが夜光虫。そうして尻尾をふりふりと振りながら、ぱたぱた足湯場を動き回るプレシアに、くすり、とすぐりが微笑んだ。ひょい、と柔らかな尻尾を捕まえて、ほみ? と振り返った少女に目くばせする。

「尻尾、濡れてまうよ?」
「しっぽ〜? あ、確かに濡れそ〜だったね〜☆ ありがとうなんだよ〜♪」

 振り返ってみたら確かに、柚子湯の足湯の湯船がすぐそば。それで助けてもらったのかと、にぱっと笑ったプレシアは大事に尻尾をぽふりと抱いた。
 そうして先っちょだけをふりふり振りながら、耳をぴくぴく動かしてちょっと首をかしげる。

「初めまして〜、かな〜? ボクはプレシアだよ〜。えっと〜‥‥」
「ふふ。うちはすぐり」
「すぐりちゃん! えへへ〜、これでお友達だね〜☆」
「‥‥お友達?」

 依頼で一緒になったのは初めてだし、たった今互いに名前を教えあったところなのにもう「お友達」なんだ、とすぐりは少しびっくり眼でプレシアを見つめた。けれども邪気のない眼差しでにこにこ笑っているのを見たら、そっか、となんだか納得してしまう。
 眩しい位に素直な人だなぁ、と。ちょっと、感動した。

「うん。お友達やね、プレシアちゃん」
「うん! よろしくなの〜♪」

 にぱっと全力笑顔で頷く可愛らしい神威人に、微笑んですぐりは「はい、まだ先は長いさかい‥‥」と厨の隅を借りて作ってきたおにぎりを渡し、手を振って他の仲間の所へと向かう。ちょっとずつお客様は増え始めて、だんだんとこの足湯屋も忙しくなってきた。どうやらご飯を食べる様子もなさそうだと、すぐりはちょっとしたおかずを具にして、皆に配って歩いているのである。
 良いわね、とユリゼが恭しく女性客の手を取りながら眼差しだけで微笑んだ。さすがに今は受け取る訳には行かないが、取っとくさかい、とすぐりに囁かれて小さく頷く。
 そうして女性客を足湯場まで案内し、微笑んで「ちょっと間を空けてくださいね」と周りのお客様に微笑みながら薬湯の足湯へ導いて、にっこりクールな笑顔を1つ。

「さあ、お嬢さん、どうぞ。足元に気をつけて‥‥」
「は、はい‥‥!」

 なぜかぽっと頬を赤らめてこくこく頷く女性客に、もう1度微笑んでジルベリアの紳士のように軽く礼を取るユリゼである。こういう時に昔からの癖って出るわね、と自分で振り返って苦笑してみたり。
 案内されてきた女性客を、凪沙はお湯の中で出迎えた。持ってきた水着姿で長い耳をぴくぴくと動かしながら、玉のような汗をびっしり額に浮かべている。

「長旅お疲れ様でした。少しでも疲れが取れますよう、お手伝いさせていただきますね♪」
「あ、ありがとうございます‥‥」
「サービスですから♪ あ、そちらのお客様、お触りは無しで御願いしまーす♪」

 明るく賑やかに言いながら女性客の足を取り、湯船からは出ないように暖めながら丁寧に丁寧に揉み上げ、ほぐしていく凪沙の声を聞いて、大丈夫なのかしらとちょっとだけ心配になりながら、未楡も足湯場の傍に置いた腰掛に座ったお客様の足つぼマッサージを続けていた。
 未楡自身も汗をかいて良いように水着姿で、ただし上にちゃあんと薄絹の単衣を着ている。お客様にはマッサージの間にせっかく暖まった体が冷えてしまわないように上着と膝掛けを差し出して、胡麻油で滑りを良くしながらゆっくり、丁寧に。
 それでもけっこう汗が出るのだから、ずっと湯船の中に居るなぎさはすっかりのぼせてしまわないかしら、と心配でちらちらと眼差しを向けていたら、気付いた真夢紀がこくりと首をかしげた。

「明王院の小母様、どうしたんですの?」
「ああ、まゆちゃん。凪沙さんが大丈夫かしら、と思って‥‥」
「うーん‥‥あの方にも氷水を上げた方が良さそうですの」

 ちら、と湯船の中の凪沙を見た真夢紀が、ため息交じりに厨へと向かった。お客様にお出しする様の飲み物は、全部そちらにおいてある。蜜柑の絞汁を垂らした水を氷霊結で凍らせて、同じ水の中に細かく砕いて入れたのを持ってきてあげよう。
 バタバタと忙しく誰もが動き回る足湯場を見て、新しいお湯を汲んできた和奏が、感心したように頷いた。

「忙しくなりましたね‥‥まだまだ力仕事がありそうですけれど、頑張りますね」
「本当、助かるわ」

 ぐっ、と拳を握った和奏に、瑞美がにこっと微笑み空になった桶を差し出す。湯船は普段ならある程度汚れてきたらお客様に出てもらって掃除するのだけれど、この忙しさではそれもなかなか出来そうにない。だから古いお湯を汲み出して、新しいお湯をそそぎいれて、という方法でギリギリ回しているのである。
 そんな足湯屋をますます忙しくしようと、大祭で賑わう町を歩く纏と琉央も声を張り上げた。

「今、限定足湯してるから、興味あったら来てな〜♪」
「一度見てみるだけの価値はあるぞ」

 運びやすいようにと20枚束にまとめておいたチラシと瓦版は、どんどんなくなって途中で追加を刷りに行かなければならないくらい。そのどれだけが実際に足を運んでくれるだろうと、楽しみに話しながら歴壁の温泉街をあちこち巡り、チラシを配って回る。
 少し離れた所では、愛用のたれたぬきの着ぐるみを着た北斗がタスキをかけて、旗を背負いながら「ぜひ着て欲しいのだぁ〜」と物珍しさに集まってきた人にのんびりと宣伝した。どんな足湯がやっているかとか、どこでやっているからと、説明する北斗の着ぐるみを引っ張ったりするお子さんもけっこう居たのだけれど。

「こんな風にのほほ〜ん、くて〜としちゃう位に寛げるお店なのだぁ〜」
「‥‥北斗さんも頑張ってるみたいやね。うちらもがんばろ♪」
「ああ。だが疲れたら言えよ。持ってやるから。なんだったらおぶってやろうか?」

 優しいながらもちょっと真剣な眼差しでそう言った琉央に、纏はまったく何にも気づいていない様子で「大丈夫やで〜」とのほほん笑う。一緒に宣伝活動をしている北斗が気を使って少し離れた場所に居るので、結果として2人で祭り見物デートをしてるも同然の状態だと言う事すら、多分気付いては居まい。
 北斗を含む周囲からの同情的な、暖かい眼差しを一身に浴びて、琉央はぐっと自分を奮い立たせた。ちょっと覗いてきたらなかなか良い感じの足湯だったし、街並みもなかなかだし、今度は客として来ても良いだろう――もちろん纏と2人きりで。
 だが、例えストレートにそう誘われた所で、彼女がそれをデートだと気付いてくれるかは、多分別問題なのだった。





 今日、最後のお客様がようやく入り口の暖簾をくぐり、ほぅ、と全員が安堵のため息を吐いた。そこに浮かんでいる表情を言葉にするなら、疲労困憊。とにかく疲れた。
 そのうちの1人である凛も、うーん、と両手を伸ばして背伸びする。

「特に怪我人も居なくて良かったです‥‥けど」
「そうだな。もし体調を崩した者が居たら診察するが‥‥」

 足を滑らせて怪我をするかもしれないからと、気を張っていたらしい凛に小さく微笑みながら、雫はぐるりと全員の顔を見回した。同じく疲れた顔をしているとは言え、従業員の方がまだ慣れた顔と言うのはさすがだ。アヤカシ退治とはまた違う戦いに、日々身を置いているからだろう。
 すっかりお客様が引けて人が居なくなった足湯場は、自由に使って疲れを癒してくださいという。喜んでさっそく足湯に向かった蓮華と雪は、疲れた足にじんわり染み込む暖かさに微笑み合った。

「ふふっ、とても楽しかったですね?」
「ええ、本当に‥‥蓮華ちゃん、ありがとうございました」
「いいえ、ちっとも。明日は一緒にお祭りを見に行きましょう♪」

 くすくすと微笑み合う仲良しの会話を聞きながら、昴とシータルはそれぞれ床拭き布を片手に持って、後にしようかと視線を交わした。表を掃き清めるのは従業員さんがやってくれると言う事だから、せめて足湯場の後片付けだけでも手伝おうかと思ったのだけれど、のんびりした一時を邪魔するのも悪い。

「先に洗い場に行くか」
「じゃあボクもお手伝いしますの♪」

 こくり、頷き合って2人は厨へと向かう。明日もまた始まる、大祭が終わるまで続くだろう足湯屋の戦いを思いながら。