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■オープニング本文 歴壁は、石鏡でも有数の温泉の町だ。同時に隣国との国境を守る関所の町でもあって、関所を越えてやって来た旅人と、関所を越えていく旅人とで、町に幾つかある温泉宿から人が絶えることはない。 優菜(ゆうな)が勤める足湯屋も、そんな温泉の1つだった。 のんびり温泉につかって疲れを癒そうとする人が温泉宿に行くのなら、足湯屋にやってくるのは先を急ぐ旅の途中の人が多い。けれどもそんな中にも通りがかる度に寄ってくれるお客様が居たり、足湯でのんびりお喋りを楽しむお客様も居たりして。 そんな足湯屋の奥には、女将の家族と優菜のような住み込みの従業員が暮らす母屋がある。しばらく前からそこで寝起きを共にしている少年の事を思い出し、彼女は小さな小さなため息を吐いたのだった。 ◆ 町の出口にある関所でその少年が保護されたのは、夏の終わりのとある早朝のことだ。見るからにぼろぼろの風情で、何かに追われるように走ってきたその子供は、通行手形を持っていた事もあり関所で保護された。 そうして何があったのかと聞いたところに寄れば、父親と冥越から、石鏡に住む叔父を久々に訪ねて旅をしてきた途中で盗賊に襲われ、父親に逃げろと言われて必死で走ってきたのだという。だが、父を助けて欲しいと訴える少年に頷いて関所の兵士が見つけたのは、どうやら盗賊に殺されたらしい男の躯が一つ。 これが父かと確かめると、その少年、颯人(はやひと)は大きな目を見開いて青ざめた顔で頷いて。以降、少年の身柄はひとまず、優菜の勤める足湯屋の女将がその境遇に同情して預かったのだけれど。 「――ねぇ、優菜お姉ちゃん。今日も、おじさんは来ないの?」 「うん、そういうお客様は来てないわ」 くい、と着物の裾を引っ張って首を傾げた颯人の言葉に、優菜が出来うる限りの優しい笑顔で答えると、それでも颯人は見るからにがっかりした様子で「そっか」と肩を落とす。そうして悲しそうな様子で母屋へと帰っていく。 今日もまた、奥から行き交うお客様の姿を見て過ごすのだろうか――そう思うと優菜も少し、心が沈んだ。 颯人と父親が訪ねる予定だった、石鏡の叔父とはすぐに連絡が付いた。けれどもなかなか忙しい人物なのか、必ず迎えに行くからしばらくの間、どうか颯人を預かっていて貰えないだろうか、と逆に頼み込まれたのだ。 以来、颯人は足湯屋の母屋で女将の家族と、優菜達住み込みの従業員と暮らしている。そして時々、夜中に悲鳴を上げて飛び起きる――時には訪れたお客様の姿に盗賊を思い出すのか、逃げ出してしまう事もある。 父を亡くし、頼みとする叔父を見知らぬ人ばかりの町で怯えながらただ待つのは、一体どんな心地だろうか。優菜は生まれも育ちも歴壁で、一度も町から出たことがないのでその気持ちは想像するしか出来ないのだけれど。 「誰かが届けてあげられれば良いんだけれどねぇ」 優菜が一度そう漏らしたら、女将さんは困った様子で苦笑った。生憎、どこの温泉宿も余剰の人は雇っていないし、それはこの足湯屋も一緒だ。 そうですよね、と優菜もそれには大人しく頷いたのだけれども、こんな姿を見るとまた、誰かが居れば良いのに、という気持ちが首をもたげてくる。誰か、颯人をおじさんの所まで連れていってくれたら良いのに。 しょんぼり母屋へ去っていく颯人の背中を見つめながら、優菜はそう、大きな大きなため息を吐いたのだった。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
玖堂 羽郁(ia0862)
22歳・男・サ
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
朧月夜(ia5094)
18歳・女・サ
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰 |
■リプレイ本文 颯人、と呼ばれて母屋から出てきた子供は、どこか瞳に影を宿していた。開拓者達を不思議そうに見回して、ある所でビクリと震え、また奥に引っ込んでしまう。 その原因、深山 千草(ia0889)と滋藤 柾鷹(ia9130)は、思わず顔を見合わせて苦笑った。2人とも、もしかしたら怖がられるかも知れないな、という予感はあったのだ。 颯人に会う前、足湯屋の女将や優菜に色々と話を聞いた。主には訪ね先の叔父について何か知らないか、道中に危険な場所や不穏な噂などはないか。 その中で礼野 真夢紀(ia1144)が確かめたのは、具体的にどういう人を颯人は怖がるのか、だった。ただ単純に武器を持つ人なら誰でも怖がるのか、それ以外の共通点があるのか。 幾ら石鏡が他国に比べれば比較的治安が良いと言え、守り刀の1つも持たず国境越えなど出来はしない。だが確かに、目に見える場所にあると怖がったような気がする、と考え考え優菜は告げて、それから控えめに『後は、雰囲気というか』と付け加えた。 それに、千草と柾鷹はそれぞれ思う所があった。だが道中まったく武装しない訳にもいかないし、身に染みた雰囲気をすぐに変えられもしない。 ゆえに柾鷹は仲間の後ろに隠れるように立っていたし、千草も鎧姿だったものの刀の鞘に布は巻いていた。だが案の定、だ。 『連れて来ます』と優菜が母屋の奥に消えた。そうしてしばし押し問答が聞こえた後、半ば引きずられるように颯人は再び開拓者達の前に姿を見せる。 だが明らかに怯えた様子の少年に、寿々丸(ib3788)は力強く語りかけた。 「颯人殿は叔父上のお住まいは知らぬと聞きましたが、きっと見付かりまする。‥‥いや、絶対に見付けてみせまするぞ!」 「まゆも協力しますの。叔父さんがなかなか迎えに来てくれないのって、大変ですもの」 真夢紀もそう頷いた。颯人の為にも道中はせめて楽しく行ければ良いと、お菓子も作って持って来たし。 玖堂 羽郁(ia0862)も同じく作ってきたお菓子を颯人に渡し、「宜しくな!」と声をかけた。そうして目を合わせて微笑んだ羽郁を見つめ返す少年の眼差しは、まだまだ頼りない。 それも無理からぬことだと、玄間 北斗(ib0342)は少年を見つめた。年だけなら、すでに元服している者も居る。だがまだまだ子供には変わりないし、何より突然父親を亡くした悲しみや心細さ、盗賊に襲われた時の恐怖だってまだ、忘れたわけではないだろう――もしくは。 (色々な事が一気に起こり過ぎて、整理も碌についていないんじゃないかなぁ〜なのだ) 颯人と一緒に旅する時間は短い。けれどもその間に少しでも、颯人の強張った心を解きほぐせたら良いな、と思う。 受け取った布袋をじっと見下ろす颯人の前に、佐伯 柚李葉(ia0859)もちょこん、と腰を下ろした。そうして少年の顔を覗きこみ。 「私、柚李葉って言います。どうぞ宜しく」 「よろしく。‥‥何事も起きなければいいのだが‥‥」 小さく頭を下げた様子を眺めながら、朧月夜(ia5094)も挨拶をした後、小さく小さく息を漏らした。実を言うと朧月夜は、最近新たな修行を終えたばかりで。もし道中で何かあった場合、以前のように動けないだろうというのが、心の隅に引っかかっている。 とは言え自分に出来る事を真っ当にするしかないと、皆で聞いた道中の情報を思い返した。颯人の叔父と連絡を取った足湯屋の女将は、颯人よりは多少詳しく叔父の家を知っていて。 どうやらその家は、目的の町の東側の用水路沿いにある反物問屋らしい。届けた飛脚は別の用事で留守だったのでそれ以上は解らなかったが、闇雲に町中を探し回るよりは遙かにマシだ。 地図が手に入らなかったのは残念だけれども、叔父・裄人の住む町までは迷う道のりではない。だが出発前にこれだけは、と真夢紀は颯人に尋ねた。 「叔父さんの家へはどんな用事で訪ねる所だったんですの?」 幾ら子供1人の旅が危険とは言え、大した用事でないなら叔父の元ではなく、母親の元へ帰りたがるのではないだろうか。そう考えて女将や優菜にもその辺りを尋ねてみたのだけれど、颯人からは聞いていない、と首を振られてしまったのだ。 真夢紀の言葉に颯人は瞳を揺らし、わずかに俯いて小さく呟いた。 「聞いてない。それに母さんはいないし‥‥」 「‥‥それは、辛かったわね」 しょんぼり肩を落とした颯人に、千草はそっと語りかけた。びく、と肩を揺らした少年は、けれども声色の優しさに気付いたのか、今度は逃げず探るような眼差しを千草に向ける。 そんな颯人に千草は優しく微笑んで、そっと自分の胸に手を当てた。 「これからは、お父様は颯人くんの心にお住まいになるのね。悲しい時、きっとここから、励まして下さるわ」 ね、ともう一度微笑みかけた千草に、颯人はしばらく考え込んだ後、うん、と小さく頷いた。そんな少年の手を取って、怖くなくなるまで触ってみてはどうか、と鎧にぺたりと当てる。 ぺたぺたぺたと。鎧だけではなく、千草自身をも。 しばしその様子を見ていた柾鷹は、少し少年の顔から緊張が抜けたのを見て、ほッ、と安堵の息を吐いた。恐ろしい思いをした颯人に、これ以上の恐怖を味わわせるのは柾鷹の本位ではない。 (せめて道中、少しでも穏やかに過ごせれば良いが‥‥) それはきっと、盗賊から子を庇い亡くなった父親への、何よりの手向けでもあるはずだから。見ぬ人の冥福を祈ると共に、必ずやその忘れ形見を叔父の元へ届けようと、柾鷹は思うのだった。 ◆ 叔父・裄人の住む町までは念の為、辺りを警戒しながら進んだ。関所の向こうで襲われたなら盗賊が石鏡国内まで追っては来ないだろう、と歴壁では言われたが、万が一という事もあるし、他にも危険な輩は居るだろうし。 ゆえに、千草と柾鷹は一行よりやや先を行き、危険がないか確かめながら進む。出発前に、道中の特に危険な場所はあらかじめ聞き込んであった。 油断せず、颯人の目に触れないよう布を巻いて隠した得物を確かめながら進む2人の背中を、じっと見ている颯人に気付いた寿々丸は、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。自分と同じ年頃である颯人は、同時に、置かれた境遇も多少似通った所もある。だから、そんな彼の辛い思いも解る気がするし――だからこそ、少しでも元気になってもらいたいと、思う。 寿々丸の反対側で、左手で手を繋ぎながらのんびり物見遊山でもしている風情で歩く北斗も、その気持ちは同じだった。彼とて警戒していないわけではないが、全員がぴりりと張りつめた所で颯人を怯えさせるだけだろう。 だから北斗は意識して、のんびりした風情で歩く。歩いて、時折懐の手裏剣の重みを確かめる――本当なら愛用の着ぐるみを着て颯人が盗賊に襲われたことを思い出したりしないよう気を紛らわせたいけれど、さすがに旅の道行きでは目立ちすぎる。 もうそろそろ休憩しましょうか、と千草が振り返ったのは、町を出て一刻ほどしてからだった。どうしても先を急ぐ旅ではないし、優先すべきは颯人の体力だから、安心して休めそうな場所なども聞いておいたのだ。 ほっ、と颯人が安堵の息を吐いた。道中はなるべく歩調を合わせ、ゆっくりとお喋りしながら歩いてきたのだけれど、やはり疲れてはいたらしい。 柚李葉は辺りを見回して、お皿になりそうな葉を幾らか集めて丁寧に並べた。 「あのね。羽郁はね、とってもお料理が上手で‥‥美味しくて頬がほろってするの」 「柚李葉は笛が上手なんだ。すごく綺麗なんだぜ」 そう言いながら余分に持ってきた南瓜の焼き菓子や栗の甘露煮入り饅頭、さつま芋チップ、干柿などを綺麗に、見栄えするよう並べていく羽郁達とは別に、真夢紀も持ってきた鼈甲飴やジャムクッキー、干し芋を並べていった。うわぁ、と目を輝かせた颯人に、どうぞですの、と1つ渡してやる。 この年頃の男の子が喜びそうな話題と言っても、真夢紀にはあまり思いつかない。だから歩いている間はどちらかと言えば後ろの方で、朧月夜の少し前を歩くようにしていた。 けれどもここにあるのは彼女や羽郁が腕によりをかけたお菓子で。美味しい物を一緒に囲むのには言葉はあまり必要なくて。 「俺も貰って良いか」 「もちろんですの。あ‥‥その干し芋は、まゆが好きなので実家の姉様達が送ってくれたものですけれど」 表面上はあまり変わった様子はなかった物の、いそいそと手を伸ばした朧月夜にそう付け加えると、問題ない、と返事があった。もちろん他のお菓子も、颯人や皆の分がなくならない程度に頂いていく。 そうして静かに口を付け始めた朧月夜は、実は皆がお菓子を持ってくると聞いて、内心この時間を期待して待っていた。それを見ていた颯人も、ぱく、と大きくかぶりつく。 お供のお茶は、足湯屋の女将に頼んで温かなお茶を竹筒に入れて貰った。さすがに熱々とはいかないけれど、ほんのり温かいお茶は、体の底からほっとする。 幾度かそんな休憩を挟んで、やがて日暮れの声が聞こえるかどうかといった所で、朧月夜が殿から「そろそろ休もう」と声をかけた。暗くなってからでは夜営の準備も難しくなる。 もうそんな時間かと、頷き合いながら手頃な場所を探して今日の夜営地と決めた。夕食は羽郁が、持ってきた保存食を暖め、多少手を加えて準備する。 決して颯人の目に触れないようにしたものの、常に手に届く場所にある武器を思った。開拓者の武器は人を傷つける凶器でもあるけれど、同時に誰かを守る力でもある。ただ闇雲に武器と言うだけで恐れないで欲しいと願うけれども、それをどう颯人に伝えれば良い? (それを理解出来るには、まだ少し早いかもしれんな) 夜、火守も兼ねて護衛を申し出た柾鷹は、寝支度を整える颯人を見ながらそう考えた。年齢、と言う意味でもあるが――まだそれを理解するには、父を失って時が経って居なさすぎる。 それでも、いつかは。そう考えるのは朧月夜も、羽郁や千草だって同じだった。北斗ももふらのぬいぐるみを抱かせ、寝かしつけながらそう思う。 明日は今までに受けた依頼の話もしてみようか。寿々丸は人形を見ながら考えた。実際に守った話を聞けば少しは、大事なのは武器を使う者の性根なのだと解ってもらえるだろうか。 そんな事を考えていたら、寝入ったかと思っていた颯人が、ふ、と目を開けた。そうしてぐるりと見回して、開拓者達の顔を全部確認してから、安心したようにまた目を閉じる。 その後も、何度も目を開けては辺りを確認する颯人が、やがてすっかり寝入ってしまうまで、細く、透明な柚李葉の笛の音が響いていたのだった。 ◆ 町はそこそこ賑わっていた。 まずは足湯屋の女将に薦められた宿を取る。そうして颯人と北斗、千草、寿々丸が宿で待機し、残る5人は叔父の店を確かめたり、ご近所の評判や辺りの様子などを確かめて回ることにした。 「颯人殿もお疲れでしょう。ちょっと休んで、すっかり元気になったら寿々と一緒に出かけましょう」 宿を出ていく開拓者達の背中を寂しそうに見つめる颯人に、寿々丸はそう声をかける。それに頷いた颯人はぺたんと畳に座り込むと、途端にこっくり船をこぎ始めた。 一方、まず羽郁が向かったのは、この町の商人ギルド。裄人の反物問屋は幸い、最初に訪ねた商人ギルドに名を連ねていた。 実は甥っ子を連れてきて、と反物問屋の詳しい場所を尋ねると、ああ、と頷いた相手はあっさり場所を教えてくれる。町の東を流れる用水路にかかる橋から3軒目。 礼を言って一旦宿に戻り、店の場所を皆に教えると、今度は叔父の店の周辺でどんな具合か聞いて回る、と出ていった。戻ってきていない者には言伝てを頼む。 それをまた、目覚めてじれたように見送る颯人の頭をぽふ、と北斗は優しく撫でた。 「心配しなくてもすぐに会えるのだ〜」 「そうだわ、颯人君。叔父様にお会いする前に、ちょっと埃を落としておきましょうか」 ぽむ、と両手をあわせて千草も微笑みそう言った。客商売をしているのなら、出入りする人間の身なりを気にするかもしれない。それに、ここまで徒歩で旅をしてきたから埃まみれだ。 寿々丸も一緒にパタパタ衣服を叩いたり、髪に櫛を入れて整え始めたのを見ながら、北斗と千草は交代で宿の窓から外を見つめる。ここまで何もなかったけれど、最後まで油断は禁物だ。 そんな風にパタパタ動き回っていたら、戻ってきた朧月夜がちょっとだけ不思議そうにその様子を眺めた。だがすぐ意識を切り替え、同じく戻ってきた仲間を見回す。 「裄人という男は、従業員には慕われているみたいだ」 「なかなか筋の通った商いをする、と露天商の間では評判のようだな」 同じ商人繋がりでと、露天を巡りながら裄人の話を聞いて回った柾鷹も、聞き集めた噂を一言でそうまとめた。 仕事ぶりはとにかく真面目。だが堅物というわけでもなく、人付き合いが良いので商人連中の間では可愛がられている。 そうですの、と真夢紀は柚李葉と頷きあった。 「私達、ご近所の子供にも話を聞いてきたの。颯人君と同じ位の年頃の子供も、何人か居るみたい」 「もしかして家族に不都合があれば‥‥と思ったんですけれど、その心配はないようですの」 すぐに迎えに来ないのは、もしかして家族に重病人が居るから、とかも考えられる。だからその辺りも確認してみたのだけれど、むしろ裄人はまだ独り身で、幾人かが嫁の世話を焼こうとしたのを全部『店が忙しくて』と断ったらしい。 「叔父さん、颯人君が来てるって聞いて喜んでたよ」 「そうだな。叔父殿もどうやら、颯人の事が気にかかっていたようだ」 にこ、と笑った羽郁の言葉に、柾鷹も大きく頷いた。 万が一の場合、颯人にショックを与えてはいけないと、彼らは先に裄人と会って、颯人を連れてきたと告げたのだ。それを聞いた瞬間、裄人はすぐさま店を飛び出そうとして店員に止められたのである。 小さいながらも裄人の反物問屋は、彼らが話している間もひっきりなしに客が訪れる繁盛振りだった。これでは、幾ら気が急いても颯人を迎えに歴壁までは来れなかった事だろう。 「颯人君、どうするのだ?」 北斗が尋ねた。店が終われば、裄人は宿まですっ飛んでくるだろう。それまでここに居るか、それとも。 少し、颯人は迷うように瞳を伏せた。そんな颯人の手を、千草はぎゅっと握り締める。 「大丈夫よ。きっと叔父様も喜んで下さるわ」 そう微笑むと、ようやく颯人はほっとした笑顔を見せた。そうして小さく、「叔父さんちに行きたい」と呟く。 ふと思いついて、柚李葉は荷物の中から球「友だち」を取り出し、颯人に手渡した。この町でどうか、颯人にたくさんの友達が出来ますように。 そうして今度こそしっかり身支度を整えて、彼らは揃って宿を出た。今度こそ憂いなく、颯人を彼の叔父の元まで送り届ける為に。 |