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■オープニング本文 すみません、と戸を叩く音がした。 「すみません、あの‥‥誰も居ませんか‥‥?」 それはか細い、まるで何かに怯えているかのような少女の声だった。だが、誰かに追われて助けを求めている風ではない。 少し奇妙に思いながら、木原 高晃(きはら・たかあきら)は狭い貸家の入り口へと向かった。鍵なんてものは、よほど物好きか金持ちでもなければついてないので、戸口のつっかえ棒をひょいと外す。 がらり、と木戸を開けると、そこにいたのは1人の少女だった。 「あ‥‥」 訪ねてきたくせに、戸が開いた事に酷く驚いたように目を丸くして、高晃を見上げてくるその少女に、彼は見覚えがあった。知り合い、というほどの相手でもない――1年ほど前に、開拓者ギルドで受けた依頼の1つで出会った少女だ。 けれどもなぜ、彼女がここに居て、自分を訪ねてくる? こくりと首をかしげた高晃に、かしげられた少女は困ったような、叱られる事を恐れるような眼差しで高晃をじっと見上げた。そうしてようやく気付いたように、ペコリ、頭を下げる。 「あ、あの‥‥お久し振りです。私、1年ほど前にあなたや他の開拓者さんに助けて頂いた、伊良歌(いらか)です‥‥」 「‥‥ああ、それは覚えてる」 村を襲ったアヤカシにおびえるあまり、村のそばの山へ行ったきり戻れなくなって居た少女。高晃は、村を襲ったアヤカシを退治しに行った折に少女の捜索を頼まれて。 あの時見つけた少女が、ここに居る。それはとても不思議な気がして――高晃は1つ、首を振った。 ◆ 伊良歌は幼い頃から志体持ちと言われていた。村の誰よりも力持ちで、体力もあって、お前は志体持ちかねぇと大人に言われるたびに、それを誇らしく思っていた。 ――けれどもそんなささやかな誇りは、幼い頃に目の前で妹をアヤカシに食い殺され、打ち砕かれた。伊良歌は自分も食い殺されると恐怖を感じるその瞬間まで、妹が食い殺される様を震えながらただ見ているしか出来なかった。 今でも思う。あの時、伊良歌は確かに妹を救えたはずなのに――妹を見殺しにした自分を、思う。 「もう、あの時みたいに後悔したくない‥‥って」 高晃の貸家で、伊良歌はそう呟いた。 「父さんも、母さんも‥‥村の人も、何も、言わなくて‥‥でも、私は‥‥あなたみたいに、なりたくて‥‥」 1年前、妹を食い殺したのと同じアヤカシが再び村を襲って、伊良歌はやっぱり妹の時のようにただ怯え、山に逃げ込んで隠れているしか出来なかった。けれども助けてくれた開拓者たちに、伊良歌もこんな風になりたいと思ったのだ。 せっかく生まれ持った志体があって、アヤカシを倒す力があるのに、とずっと考えていた。助けられたはずなのに見殺しにした妹を、何度も何度も思い出した。 そうして――1年経った今ようやく、開拓者になりたいと、高晃を尋ねてくる勇気が持てたのだ。 伊良歌の言葉に、そうか、と高晃は頷いた。頷き、だが渋い顔になって伊良歌に尋ねる。 「でも、言ったら悪いけど、あんたのアヤカシの怖がり方は尋常じゃなかっただろう。ちょっとはマシになったのか?」 「‥‥‥ッ」 尋ねた瞬間、少女の顔がギクリと強張り、見る見る顔が蒼褪めたのを見て高晃は嘆息した。 彼が伊良歌に出会ったころ、彼女はアヤカシと言う言葉を聞くだけでも恐怖に震える娘だった。そうしてどうやらいまだに、それは変わっていないらしい。 (どうしたもんかな) 開拓者の仕事が、アヤカシ退治がすべてというわけではない。だが開拓者として生きていくのなら、まったくアヤカシに関わらないと言うのは不可能に近い。 まして伊良歌は、アヤカシを倒す力を活かすために開拓者になりたい、と言ったのだ。 「‥‥今、俺が受けてるアヤカシ退治の依頼がある」 「‥‥‥?」 「とりあえず、あんたをそこに連れて行く。前に俺と一緒に居た遠村(とおむら)も一緒だ。あとは、同じ依頼を受けてる仲間だが‥‥伊良歌、話はそれからにしよう」 「アヤカシ、退治、に‥‥」 がくがくと、正座した膝の上に揃えておいた少女の手が震えているのを、高晃は気付いていた。けれども前言は撤回しない。 退治するアヤカシは、かつて伊良歌の妹を食い、村を襲った剣狼のアヤカシが多数。とある草原で旅人を襲うそのアヤカシを、退治するのが依頼内容。 これで身もふたもなく逃げ出すのなら、可哀想だが伊良歌が開拓者になるなど夢のまた夢の話だ――高晃はそう考えて、ふぅ、と小さくため息を吐いたのだった。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
氷(ia1083)
29歳・男・陰
一心(ia8409)
20歳・男・弓
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
ルティス・ブラウナー(ib2056)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 草原の中を貫き隣町へと続く街道を、開拓者達は辿っていた。どの辺りで剣狼を待ち伏せるのが良いだろうと話しつつ、時折視線を後方へと向ける。 後方――高晃と遠村が連れてきた、開拓者志望の志体持ちの少女。身につけている旗袍「蝶乱」は彼女と顔見知りの氷(ia1083)が、伊良歌も依頼に赴くなら最低限の装備は必要だろう、とくれた。 その折、なぜか真っ先に「これがジルベリアからもたらされた今の流行だっ」とメイド服と強化ぱんつを持ち出した氷は、即座に全力で殴り倒した高晃をじと、と見る。 「何も本気で殴らなくてもさ‥‥」 「自業自得だ」 「まぁまぁ。それにしても、面白い新人ではあるよな。開拓者も増やしたいし」 「ん、いきなりギルドに登録〜とかじゃないだけ賢明かな」 大きな大きなため息を吐いた高晃を、オラース・カノーヴァ(ib0141)が苦笑しながら宥めた。それから揃ってまた、ちら、と伊良歌へと眼差しを向ける。 おどおどと、怯える様な眼差しでオラースが貸してくれた木刀「安雲」を両手で縋るように握り締めた彼女は、「アヤカシ」という言葉が聞こえるたびにビクリと立ち止まった。その度、隣で他愛ない言葉を交わしながら歩く五十君 晴臣(ib1730)が声をかけると、再びぎくしゃくと歩き出す。 ふぅ、とルティス・ブラウナー(ib2056)が小さなため息を吐いた。幾らなんでも少し挙動がおかしいと、高晃と遠村から伊良歌の事をある程度は聞いているが、なかなか大変そうだ。 せめて少しでも気を楽にして欲しいと、晴臣や佐伯 柚李葉(ia0859)は時折、伊良歌に話しかけた。それに応えつつ、足を進めるごとにだんだん青を通り越して白い顔色になりながら、それでも必死に前へ進もうとする伊良歌の姿に、ふと一心(ia8409)は目を細める。 「ただ見ている事しか出来なかった‥‥か。何故かな‥‥もう後悔したくないっていう気持ちが、分る気がするのは‥‥」 「このままではいけないとの決心は立派だと思うが‥‥過去あった事を思えば、なかなかに困難な事だろう」 なにやら心の奥底がざわめくような心地で呟いた一心に、滋藤 柾鷹(ia9130)も頷く。どう見ても、伊良歌がまず打ち勝たなければならないのは、アヤカシよりも己の心だ。 そう言えば、と晴臣がふいに興味を引かれた風に伊良歌に尋ねた。 「開拓者になるんだよね。どの職を目指してるの?」 「そういえば、もう決めてるんですか? それともこれからかな」 「‥‥ぇ? えっと‥‥その、よく解らなくて‥‥」 柚李葉も重ねて尋ねたのに、伊良歌はなぜか怒られた子供のように視線をさまよわせた後、先を行く高晃の背中を見つめる。という事は陰陽師か、と柾鷹は胸の内で呟いた。性格的にも後衛の方が向いているだろう。 ふと、氷が人魂で仔虎を作り出した。すり寄り甘えさせながら、イルカちゃん、と呼ぶ。 「イルカちゃん、こいつは触れるかい?」 「‥‥?」 緊張のあまり名前を間違えられた事には気付かぬまま、伊良歌は足元の仔虎に視線を落とした。見上げてくるつぶらな瞳に、ぁ、と安堵したような息を吐いて強ばった頬を緩ませ、大きな猫ですね、と言う。 そうして撫で始めた伊良歌を、氷はしばらく見つめていた。そうして何気ない口調で種を明かす。 「‥‥こいつも元を正せば、アヤカシと同じ瘴気から作り出したもんなんだけど」 「‥‥ッ!」 その瞬間、伊良歌の顔がざっと青ざめ、恐怖にひゅっと息を吸い込む音が妙に大きく辺りに響いた。その、自分自身の立てた音にびくりと身を竦ませた伊良歌が、弾かれたように身を翻そうとしたのを慌てて引き止める。 これは元が同じだけでアヤカシではないことを説明して、ようやく震えを止めた少女に、ふと一心は首をかしげた。これほどにアヤカシを恐れながら、なぜ開拓者を目指すのだろう? 「開拓者になって何がしたい?」 ただアヤカシを倒したいがために、開拓者になるのか。それともアヤカシから誰かを‥‥何かを救う為に? その言葉に、少女はきゅっと唇を引き締めた。そうして小さく「今度は‥‥助けたい、から‥‥」と呟く。遠い眼差しはきっと、かつてアヤカシに怯えて動けず助けられなかった妹を見つめているのだろう。 そう、と満足そうに微笑んだ一心と、瞳に暗い影を落とした伊良歌を、柚李葉は見比べる。 (皆、何時、どうして開拓者になろうと決めたんだろう‥‥) 伊良歌のように、何か理由があったのだろうか。それともただ、志体があったから何となく? それぞれに思いを巡らせながら、進む草原はどこかもの悲しげだった。 ◆ どうやらこの辺りが良さそうだと、開拓者達が足を止めたのは草原の真ん中、ちょうど町と町の中ほどだった。ここまでにも1度、向こうからやってきた旅人が辺りを気にしながら急ぎ足で行き違っている。 あの旅人のためにも確実に剣狼を誘き出して叩き、叶うなら住処まで突き止め殲滅しておきたいものだと、ルティスが強い眼差しで「滋藤さん、柚木さん」と促すと、返って来たのは同意の頷き。 あからさまに武装した人間が相手では、剣狼も警戒して姿を見せないかもしれないから、彼らの姿は一見すると普通の旅人のように見えた。これで剣狼をおびき出して、仲間の元まで誘い込むのだ。 目印となる木を決めて囮の手はずを打ち合わせる3人に、一心も仲間達を振り返る。 「私達は待ち伏せですね」 「だな‥‥防御の陣形はどうする?」 頷いたオラースが、手の中の精霊武器を確かめながら確認した。おまけがついてきたが彼はそもそも、剣狼相手ならばこの武器の具合を確かめるのに良さそうだ、と依頼を受けたのだ。 囮の邪魔にならないよう、風の向きも考えて慎重に身を伏せる場所を選ぶ。その会話に不安と緊張が高まってきたのか、震えてぎゅっと木刀を抱く伊良歌の頭を、オラースはぽん、と叩いた。 「何かあったら、そいつで思い切りぶっ叩け」 「は、い‥‥」 「伊良歌、ともかく逃げずに我らが戦いを見届けられるか‥‥それがまず試練だ」 柾鷹もそう、強張りきった少女の顔をまっすぐ見つめる。本当に開拓者になりたいのなら、アヤカシへの恐怖心を乗り越えねば不可能だ。 と言って柾鷹も、まさか今すぐ克服してアヤカシと向き合えるなんて思ってはいない。人魂ですら怖がった彼女が、逃げずに踏みとどまれればそれだけで十分に進歩と言える。 「しかと心を持て、心で負けていては戦えぬぞ。少しずつでも慣れてゆけばいい」 「大丈夫、傍に居るから、私達とここに居られるかから始めてみましょう?」 柾鷹の言葉にきゅっと唇を噛み締めた伊良歌の手を、柚李葉はそっと取った。それにこくり、小さく頷いた少女を含む全員の顔を眺めて「後は頼む」と言い置き、ルティスと柾鷹、遠村は剣狼を探すべく草原へと歩き出す。 カサ、カサと風が草を鳴らす音に耳を澄ませ、奇襲を受けないように注意を払った。だが、結果としてその心配は杞憂に終わる。剣狼は街道の真ん中に堂々と姿を見せていたからだ――開拓者達の前に通りがかった、旅人を襲うために。 剣狼に襲われた旅人は、まだ息があるように見えた。柾鷹はとっさに咆哮を迸らせ、剣狼の注意をこちらにひきつける。 「あの旅人は俺が!」 「お願いします、柚木さん! 滋藤さん、手筈通り‥‥」 「うむ」 一先ず旅人は遠村に任せ、柾鷹とルティスは打ち合わせ通り、剣狼を誘うように今来た道を戻り始めた。剣狼達が追いかけてくるのを確認し、遠村たちの方へと向かおうとする剣狼はさらに咆哮で意識を逸らす。 決して剣狼に囲まれぬよう注意し、時に襲い掛かってきた剣狼を捌きながら、何とか予定通り戻ってきた2人を、人魂で高い所から見ていた氷が見つけ、仲間に知らせた。そうして、ビクリ、と肩を揺らした伊良歌を見る。 「イルカちゃんはユズりんの傍で観てて、危ない奴がいたら声をかけてやってくれ。ユズりん、頼むね」 「はい!」 こっくり大きく頷いた柚李葉の横で、もはや怯えて声も出ない伊良歌もギクシャク頷いた。怯えるなと言うのは無茶だけれども、何か目的をもって行動できるようにはしてやりたい。 だがふと、符を構えて苦笑した。 「瘴気を利用してる呪術も碌なもんじゃないかなあ」 「そんな事は無いですよ」 聞こえた晴臣が同じ様に符を構えて微笑む。そうしてすぅ、と瞳に真面目な色を浮かべ、最初の術を仕掛けるタイミングを計る。 剣狼が狂喜にも似た唸り声を上げた。だがその最後の響きが消えるよりも早く、待ち伏せていたオラースが横合いからブリザーストームを叩きつける。 「よっし、狼シャーベットの出来上がり☆」 それを目で捉え、キリリ、と一心が弓を引いた。伊良歌の後方から、伊良歌を守るように。オラースの魔法に怯んだ剣狼を逃すまいと、狙いを定めて矢羽を放す。 あっと言う間に、辺りには戦いの気配が満ちた。囮を務める間に、少なからず剣狼に手傷を負わされた柾鷹とルティスの剣が草を切り飛ばし、姿を隠した剣狼を引きずり出す。そこを狙って氷や晴臣、高晃が放った術が剣狼を捕らえ、辛くも逃れた剣狼はさらにオラースと一心がフォローする。 ヒュッ、と伊良歌の喉が奇妙に鳴ったのが、隣にいた柚李葉の耳に届いた。一瞬だけ振り返り、柚李葉はまた戦いへと視線を戻す。 「ずっと見ていなくちゃいけないの」 だから、伊良歌へと向けた言葉はまるで独り言のようだったけれども、怖くないようたすきで繋いだ手がびくりと揺れたから、ちゃんと伝わってると解った。 「練力も限りがあるし、皆にすぐ術を掛けられない事もある。だから私は見てなきゃいけないの。護って貰いながら、皆が傷つくのを‥‥」 「‥‥は、い」 ぎくしゃくと、伊良歌が柚李葉の言葉に頷く。見ていてと氷は言った。危なくなったら声をかけてと。それは誰かが危機に陥るところを、じっと見つめていなければいけないと言う事で。 それはまるであの日の光景のよう。妹が目の前で剣狼に食われるのを見つめていたのは、目を逸らした瞬間食われるんじゃないかと、ただただ恐ろしかったからだ。 「そっち! 逃げる!」 「ほいほい、ヌリカベいこうか」 「もひとつブリザーストーム! ‥‥うん、なかなか悪くないな、この精霊武器」 「右から来ます、気をつけて!」 「心得た」 けれども今日は違う。アヤカシはやっぱり怖くて、その存在を感じる度に身が竦んで、どうやって息をすれば良いのか解らない位だけど。 見て居なくても、伊良歌が食われることは無い。たすきで繋いだ手に、弓の音に、術の声に、剣戟に、それを信じられた。 「グルル‥‥ッ!」 「ひ‥‥ッ!?」 「伊良歌殿!」 不意に、傍から湧いた剣狼の唸り声にビクリと肩を揺らしてぎゅっと目を閉じた瞬間、どん! と柚李葉ともども誰かに突き飛ばされた。それが一心だった事を、伊良歌を襲おうとしていた剣狼に肩を浅く噛み割かれた彼の姿に理解する。 駆けつけたルティスが後足を1本切り飛ばした。チラリと伊良歌を見てすぐに、ルティスは逃げて行った剣狼へと視線を戻す。 「――追いましょう。危険の芽は摘んでおきたいですから」 「うん、わかった。伊良歌、立てる?」 ルティスの言葉に晴臣も他の開拓者達も頷いた。頷いて、ひょい、と伊良歌を振り返った。 すっと、晴臣が差し伸べた手には迷いがない。おず、とその手に伊良歌が手を重ねると、小さく微笑んで晴臣は励ますようにその手をぎゅっと握り締める。 そうして手を借り立ち上がった伊良歌に、一心が穏やかに告げた。 「伊良歌殿、次は眼を背けたら駄目です‥‥」 彼女が頑張っていた事は、後ろから見ていた一心だってよく知っている。だから責めるのではなく、心にゆっくり染み込ませるように。 眼を背けては、何も守れないのだと。救いたいものを、また救う事が出来なくなるのだと。だからどんなに怖くても、目を見開いて全てを見届けなければならないのだと。 こく、と頷いた伊良歌の顔色はやっぱり青かったけれど、一心の気持ちは確かに伝わっているはずだった。 ◆ 「どうやら残党は居ないみたいだな」 辺りへと油断なく警戒を払いながら、それでもオラースは手の中の精霊武器を弄びながら呟いた。一心も鏡弦で辺りを探ってみたけれども、アヤカシの気配はどこにも見当たらない。 ほぅ、と誰ともなく安堵の息が漏れた。どんな戦いであっても、終わった瞬間は緊張の糸が緩むものだ。 中でも一際大きな安堵の息を吐いたのは伊良歌を、それでも逃げ出しはしなかったか、と刀を鞘に戻しながら柾鷹は見た。とは言えやはり、この調子では前衛職など到底無理。本人の希望もある事だし、後衛職がやはり良さそうだ。 その伊良歌は安堵のせいかすっかり力が抜けて、ペタン、と座り込んでしまった。そんな少女の前に、すっと立つ影がある。 ルティスは真っ直ぐに背筋を延ばし、伊良歌に語りかけた。 「貴女は‥‥今度は助けたいと、言ってましたね。そのために開拓者になりたいと」 「‥‥はい」 「私は‥‥大切なものを護りたい。その為に力が欲しい‥‥その大切なものが何かは、まだ判らないんですけれどね」 最後は苦笑いながら、ルティスはそう言った。彼女がここに立つのは、立ってアヤカシと戦うのはその為だ。それは彼女がたまに見る夢に影響されているのかも知れない――どことも知れない場所で、大切なものを護ろうと強く在る自分。 随分とスタートラインは違うけれども、きっと彼女と自分の目指す所は似ているのではないかと、そんな気がした。 「ゆっくりで良いんです。貴女の速度で歩み続けていれば、きっといつか、ね」 「私は伊良歌にいつか、誰かに安心を与えられるような人になって欲しいな」 小さく微笑んだルティスの言葉に、添えるように晴臣も告げる。人を目の前で失った恐怖、悲しみを心に刻み込んだ彼女ならきっと、いい開拓者になるんじゃないかと思うからだ。 とは言え自分自身の妹がもし伊良歌と同じ立場なら、敢えてアヤカシに立ち向かい、開拓者になろうとするのを冷静に応援出来るかは怪しいもので。けれどもそれはもしもの話であって、今ではない。 それから、念の為にもう一回りしてアヤカシが間違いなく居ない事を確かめてから帰ろうと、仲間達が話しているのを柚李葉は聞いていた。聞きながら、どうして、と自分自身に問いかける。 理由だけなら言える。彼女自身も伊良歌のように、かつて暮らしていた一座をアヤカシに滅ぼされた。その時、彼女は怖くて必死に逃げて――後は記憶が所々ぼんやりして、覚えて居ない。でも幸い柚李葉は志体持ちで望まれて、頑張って開拓者になったけれど。 (後悔はしてない、けど。見つめ返すのも良いのかも知れない‥‥) 伊良歌と一緒に。どうして自分がここに立っているのかを、もう一度。 |