【踏破】甘さにかけて。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/29 21:24



■オープニング本文

 その日、彼が訪れたのはとある小さな町にある、とある小さな菓子屋兼甘味処だった。突然ぬっと店先に現れた彼、柚木遠村(ゆずき・とおむら)に店番をしていた娘が少し驚いたように目を見開いて、それからはっと我に返る。
 ぱたぱたと表まで走り出てきて、いらっしゃいませ、と笑顔を浮かべた。

「召し上がっていかれますか? それとも何かお包みしましょうか」
「茶と、何かさっぱりしたものを」
「あははっ、今日も暑いですもんね。‥‥若奥さーん、休憩のお客様でーす」

 遠村の言葉に娘は笑って頷いた後、甘味処の方へと声を張り上げた。釣られてそちらを覗き込むと、決して広くはない店内の奥にちょっとした座敷があって、土間にはちらほらと小さな椅子と机が置かれている。
 そちらから小走りに出てきた女性が、遠村ににこっと笑いかけた。

「いらっしゃいませ、お席にご案内しますね。お座敷の方が良いかしら」
「いや、椅子の方で頼みます」
「ではこちらへ‥‥あ、せっちゃん、大旦那さんに新しいお茶はお持ちしてくれた?」
「はい、若奥さん」

 通りすがりに女性に声をかけられた娘が、丸盆を胸に抱えてこっくり頷く。同時に座敷の一角に座っていた老人が、ひょい、と手の中の湯呑みを持ち上げて女性の方に目配せした。
 どうやらあの老人が『大旦那さん』らしい――そう考えて、遠村は何となくほっと胸を撫で下ろす。女性に聞かれて座敷を見た時、『大旦那さん』がのんびり茶を啜っているのが見えたから遠村は、椅子の方をと頼んだのだった。
 とはいえもちろん、座敷はそれなりに広い。案内された席に座って冷茶と葛きりを頼み、見るともなく見ていたら、『大旦那さん』の前にもう1人、差し向かって将棋を指す壮年の男が居るのに気付いた。
 年の頃は遠村の父親と同じ位か、と思っていたら『若奥さん』がその男に呼びかけるのが耳に入る。

「お義父さん、お茶のお代わりは如何ですか?」
「あぁ、ヒヨリさん。そうさな、お茶はもう結構だから、次はフルーツ寒天でも頼もうかね」
「はい、お義父さん。でもそれでお仕舞いになすって下さいね」

 呆れた笑みを零して、ヒヨリと呼ばれた『若奥さん』が店の奥へと消えていく。なるほど舅だったのか、と何となく得心して出されたお冷を飲み干して、たん、と茶碗を置いた。
 その拍子に、何故か『大旦那さん』と目が合う。

(‥‥? 不躾に見過ぎたか?)

 遠村はそう考えて、目顔で『大旦那さん』に詫びた。だがどうやら違ったらしい。ふる、と小さく首を振ったあと『大旦那さん』がこっち来い、と手招きをする。
 しばし、遠村は悩んだ。あまりご年配の相手は得意ではないし、殊に『大旦那さん』などと呼ばれている相手の傍に行くのは気疲ればかりが溜まりそうだ。
 けれどもそうしている間にも『大旦那さん』は遠村をおいで、おいでと手招きしている。これでは寄っていかないのも失礼に当たると、遠村は渋々、だが表面上は取り澄ました顔で席を立ち、『大旦那さん』へと歩み寄った。
 そうしてまずは礼儀正しく、非礼を詫びて名乗る。

「不躾に失礼を。サムライの柚木遠村といいます。神楽で開拓者をしています」
「じゃろうな、と思っての」

 『大旦那さん』は遠村の言葉に、こっくりそう頷いた。ほぅ、と『お義父さん』が興味深そうに遠村へと視線を向ける。
 何となく、居心地の悪いものを感じて遠村は背筋を正した。そんな遠村を他所に、ずず、と手の中の湯呑みをすすった『大旦那さん』は世間話のように言葉を紡ぐ。

「今しがた、ちょうどお前さん達の噂話をしとってな」
「は‥‥というと?」
「いやいや、ここの若坊が時折、新しい菓子の相談相手に開拓者を頼む事がある、と言うもんでな。そう言えば神楽の商人仲間がこの頃、開拓者が何やらやっておるらしい、という話をしておったのを思い出した所に、お前さんが来たんじゃ」
「ぁー‥‥‥」

 『大旦那さん』の言って居る事に、遠村にもほんのりと心当たりがあった。この頃開拓者ギルドの方では、通常の依頼の他に新大陸開拓の話が盛んだ。どうやらめでたくその手がかりが見つかったとかで、この頃は新大陸に向かう為の物資の確保やその他諸々に余念がない、と聞く。
 とは言え遠村自身はまだ、その開拓話とやらに関わっては居なかった。もちろん心惹かれるものはあるのだけれど、なかなか自分の都合と依頼の都合が合わなかったのだ。
 故に、どっちつかずの曖昧な反応になった遠村に、ふぅむ、と『大旦那さん』は唸った。唸り、それから少しばかり悪戯を思いついたように瞳を輝かせた。

「どうじゃの、若いの。こう見えてこの爺は、若い頃は開拓者に憧れたこともあっての」
「そうなんですか‥‥?」
「ああ。とはいえ志体もなかったから、憧れるだけじゃったがの。じゃからお前さん達がやってる事に、興味がない訳じゃぁない」

 そこで一旦言葉を切って、『大旦那さん』は将棋盤の隣に置いた小皿を取り、まるごと葡萄の羽二重餅に黒文字豪快に突き刺し、ひょい、と口の中に放り込んだ。もごもごと口を動かして、ごくり、と飲み込み茶をすする。
 もしかして『大旦那さん』は、こちらが話に乗ってくるのを待っているのだろうか。
 そう考えた遠村は、しばし観察してどうやらそれが間違いではなさそうだと確信し、仕方なく話の先を促した――正直、さっさと切り上げて葛きりにありつきたいものだ、と目の端で運ばれてきた葛きりと冷茶をジトッと見る。

「‥‥で。ご支援頂けるんでしょうか?」
「そこじゃ。この爺は神楽の万屋などには遥か及ばぬにせよ、卸問屋の看板を上げて居った。まぁ看板はとっくに息子に譲ってしもうたが、そこはほれ、息子にちぃっと言い聞かせれば良い。じゃが、この話は当たれば大きかろうが、外れればこちらは丸損じゃ」
「‥‥で。どんな条件なら、ご支援頂けるんでしょうか?」
「うむ、さすが若いモンは話が早い! 何、そう難しい話ではないわ。お前さん達、お前さんのお仲間かも知らんが、若坊の新しい菓子の相談に乗ってやるんじゃろう? どうせならこの爺の為に、すぅっと胸がすくような菓子を作ってくれんかの?」

 ‥‥正直に言って面倒な事になりそうだと遠村はすでに逃げ腰だったが、逆に『大旦那さん』の双眸は爛々と輝き始めていた。何かこう、逃げられそうにないというか。
 遠村がご年配の方の相手が得意ではない、と感じるのはこういう部分だったのだが、時はすでに遅し。

「‥‥‥‥‥解りました。だがあいにく私自身、菓子は食うのが専門です。得意な連中を呼ぶ位の時間は、待って貰っても構いませんよね?」
「無論じゃ。すぅっとして、目新しくて、たっぷり腹が膨れそうな菓子を一つ頼むぞい」

 うんざりとした遠村の言葉に、満足そうな満面の笑みで『大旦那さん』は頷いたのだった。


■参加者一覧
百舌鳥(ia0429
26歳・男・サ
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
玖堂 羽郁(ia0862
22歳・男・サ
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
レートフェティ(ib0123
19歳・女・吟
无(ib1198
18歳・男・陰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志


■リプレイ本文

 町の小さな菓子屋兼甘味処は、主に遠村が発する緊張感で満ち満ちていた。そんな遠村を、おぉ大変そう、と无(ib1198)はのんびり見やる。
 それからぐるりと視線を回すと、奥の座敷で老人が2人、のんびり茶を啜っていた。察するにあれが『大旦那さん』と『お義父さん』だろう。
 あの老人が満足したと言うか否かで、開拓計画が多少なりとも影響される。そう思えば自然、緊張が湧き出てくるもので。

「大アヤカシ倒すより、今回の依頼は難題だぜ‥‥」
「でもお茶目なおじいちゃまよね。お気に召すとよいけれど」

 知らず、口調にも緊張を滲ませて呟いた玖堂 羽郁(ia0862)の言葉に、レートフェティ(ib0123)がふふ、と微笑みながらそう応えた。開拓計画の支援は金銭も物資も大量に動く一大事だ。それを『満足させるお菓子を作ってくれたら』と言うのだから、お茶目と言うか、可愛らしいと言うか。
 顔見知りの若夫婦にも挨拶を済ませた佐伯 柚李葉(ia0859)が、遠村達にもぺこりと頭を下げた。

「柚木さん、また会えて嬉しいです。ご隠居さまも大旦那さまも、初めまして‥‥あの、確認したいんですけれど」
「なんじゃの?」

 つ、と頭を上げた柚李葉に『大旦那さん』の眼差しが向けられた。それに、柚李葉が告げたのは『作ったお菓子をお店で出す事はないんですよね?』という事。
 『大旦那さん』が珍しいお菓子を食べたがっていると聞いて、彼女達が考えてきたのは天儀では珍しいお菓子。だが菓子屋に並べるには風変わりすぎるので、それを確認したいと思ったのだ。
 無論じゃ、と『大旦那さん』は頷いた。頷き、ほんの少し眉を潜める。

「お前さんら、若坊の相談に乗る時も、店には出せんようなものを教えとるのかの?」
「いえ、そんな事は‥‥ッ」
「まぁ俺たち、腕によりをかけて作るからさ。結果は見てのお楽しみ、って事で頼みますよ♪」

 ほんの少し雲行きの怪しくなった『大旦那さん』に、フォローするように弖志峰 直羽(ia1884)がにこっと笑いかけた。基本的には酒と酒の肴が好きだけれども、実は甘味も好きな直羽である。自分が美味しいと感じたものを、誰かと共有できるっていうのは何だか、とても楽しいと思うのだ。
 ふむ、と『大旦那さん』は眉を緩めて頷いた。そうして先ほどの空気は嘘のように、ほっこりと人の良い笑みを浮かべる。

「では、楽しみにして居るよ。のぅ?」
「ですなぁ」

 『大旦那さん』の言葉に『お義父さん』はのんびりと頷き、冷茶をずず、と啜った。あらあらお義父さんてばお菓子には煩いんだから、と『若奥さん』がクスクス笑った。





 あらかじめ神楽で購入してきた材料を荷物から出しながら、しみじみ羽喰 琥珀(ib3263)は周りを見回した。

「俺は面白そーだから参加したけど、見事に男が多いんだなー。男のほうが甘い物好きなんか?」
「似合わねぇかね? わりと甘味つくんのは趣味なんだがねぇ」

 琥珀の言葉に、ひょ、と百舌鳥(ia0429)が眉を軽く上げる。見た目は無頼な風の百舌鳥だけれども、こう見えて家事は得意だったりするのだ。
 いんや、と琥珀もその質問に首を振った。単に、甘いものと言えば女性の方が好みそうな印象があるのに面白いなと思っただけで、例えば菓子屋兼甘味処の若主だって男性なのだし。
 言いながら、柚李葉に頼んで井戸水を凍らせてもらった氷を手頃な箱の中に入れ、濡らした布巾を被せておく。琥珀が旅芸人一座にいた頃は、飲み物を冷やすのにこうやったらしい。
 そうしてお菓子に使う果物を下拵えし始めた琥珀の側で、持参の割烹着を身につけた百舌鳥も「さて、しょうがないからやるかねぇ」と作業台の前に立った。しょうがない、と言いながら材料を計ったり、練ったりする手際は恐ろしく良い。
 ほー、と見ていた羽郁がこくりと首を傾げた。

「いつも作ってるのか?」
「ま、甘味は好きじゃねーがね、食わせるのは‥‥悪い気しねーよ?」

 しれ、と言いながら絶妙のタイミングで白玉生地を火から下ろす百舌鳥、実は甘味作りが趣味。使い込まれた割烹着を持ち込む辺りでも、その意気込みは伺える。
 そうして手早く丸め始めた百舌鳥の手つきに、羽郁さんみたい、とぼんやりしていた柚李葉ははっと我に返って、手元の豆腐を滑らかにすり潰す作業に戻った。これに甘みをつけてクリーム代わりにして、大福を作ろうというのだ。
 中に包むのはたっぷりの果汁で緩く作った寒天を、氷霊結で凍らせたもの。早くに凍らせてはすぐに溶けてしまうから、『大旦那さん』に出すタイミングも見計らって仕上げなければならない。
 羽郁さんに相談してみようかな、と思っていたらその羽郁から、悪い、と声がかかった。

「柚李葉ちゃん、これも凍らせてもらえるかな?」
「柚李葉、こっちも冷やすの、お願い出来るかしら?」

 羽郁の言葉にレートフェティの言葉が重なる。夏と言えばひんやり冷たいもので気持ちも涼やかになりたいものだけれども、ふつうは井戸水などで冷やす位しかない。開拓者のスキルを使えばそれも解消されるけれども、代わりに術者の負担は増大する。
 今回、氷霊結を使えるのは柚李葉と直羽のみ。无も氷柱は使えるけれども、瞬間的に辺りを冷やす程度に加減は出来ても、水などを凍らせることは出来ない。
 故に呼ばれる度にあちらこちらで術を使う柚李葉に、羽郁は梵露丸をそっと握らせる。そうして凍らせてもらった果汁をサクサク砕いていく。
 目も舌も肥えた『大旦那さん』が果たしてどんなお菓子を気に入ってくれるのか。全員が1つずつ、それぞれに創意工夫を凝らしたお菓子を考えてきた中で、羽郁も蕎麦粉と求肥を何枚も重ねた、遊び心を取り混ぜたお菓子を考えてきた。
 そうしてそれとは別に、全員で共同製作と言うことで考えたのが、ジルベリア風の『ぱふぇ』。天儀の甘味は食べつくした雰囲気の『大旦那さん』でも、異国の菓子ならば目新しいだろうと考えたのだ。
 琥珀が切って冷やしておいた果物に、直羽が作った色とりどりの羊羹を様々な形に切り抜いたもの、果実を練りこんだ白玉を混ぜ合わせ、見目の良い茶器に盛る。その上に羽郁が作ったプリンを乗せて百舌鳥の抹茶餡を添え、散らすようにレートフェティがくり抜いた求肥をちらし。
 出来上がっていく様をワクワク見ていた琥珀が、とろーりフルーツソースをかけた上に焼きメレンゲを載せて完成した『ぱふぇ』を見て、目をキラキラ輝かせた。

「なぁなぁ、味見していいか?」
「気持ちは解るけど、こっちにしといた方が良いかも」

 凍らせる方は出来ないのでせめて冷やす位はと、器の前で威力を抑えて氷柱を使おうとした无が、ぽい、と琥珀の口に放り込んだのは『ぱふぇ』に使った求肥の余り。おぉ、とますます目を輝かせた琥珀は、もくもく口を動かして満足そうに笑った。
 それからふと、気付いて首をかしげる。

「なぁ、さすがにそれは手伝えないけど、もう自分のは出来たのか?」
「うん、ありがとう」
「俺の団子も上がりだ。‥‥味見してみるかね?」

 ほらよ、とぶっきらぼうに百舌鳥が出した、いかにも美味しそうなお団子に、おぉぉぉぉ、と琥珀と无の目がキラキラ輝いた。甘味作りやその手伝いをする楽しみは、こうして味見という名のつまみ食いをする事にもあるのだ。
 楽しそうな仲間達を見つめながら、大旦那様が驚いて喜んでくれたら良いよな、と直羽は微笑んだのだった。





 卓には井戸水で冷たく冷やした麦茶を置いて。それぞれに作り上げた自信の菓子をずらりと並べて。

「ほぉ‥‥ジルベリアの菓子、かの」

 一先ず開拓者達が作った菓子は、そう呟いた『大旦那さん』を驚きに目を見張らせる事は出来た。だが腕を組み、何かを値定めするように卓の上をうろうろ視線を動かし始めた『大旦那さん』は、そこからなかなか動かない。
 す、とそんな2人の前に進み出たのはレートフェティだった。

「私が天儀に来たのは梅の咲く頃だったの」

 故郷から遠く離れた天儀の地。そこで初めて食べたうぐいす餅は、とても柔らかくて、味わった事のない不思議な食感で。
 レートフェティの故郷ではふわっとした食感を持たせるのにメレンゲを使うから、あのうぐいす餅にそれを混ぜ込んだならばきっと、雲の上を歩いているようなふわふわのお菓子になるのではないかと考えたのだ。
 そうして出来たのが今、ここにあるお菓子。不思議な響きのその名をレートフェティは歌うように口にした。

「月に捧ぐ、という意味なの。私達が向かおうとしている新儀は月と伝えられている、という噂も聞くから」
「なるほど‥‥それでジルベリア風の菓子、じゃの」

 『大旦那さん』は大きく頷き、レートフェティが作ったお菓子に手を伸ばした。こんもりと焼き菓子の上に餡を包んだ求肥を載せ、フルーツソースをかけたお菓子。
 一口食べて、うん、と頷く。

「目新しいものと言えば最近の若い者は何でも、他所の珍しいものを出せば良いと思うて居るようでの。じゃが嬢の気持ちはよぅ伝わってくる」
「菓子としては十分に美味いですがの」

 難しい理屈を捏ねる『大旦那さん』の横で、こちらは特に何も考えた様子もなく『お義父さん』が開拓者の作ったお菓子を味見していく。一口ごとにきっちり麦茶で口をすすぐ辺りは、さすが、隠居とは言え菓子職人と言えたが。
 そういう意味では『ぱふぇ』も、面白い、美味しい、という感想は飛び出し、最後の欠片まで残さずきっちり平らげたものの、生憎『満足した』という感想を引き出すには至らない。羽郁が作った、蕎麦粉と求肥を薄く延ばして重ね、生姜のプディングの上に載せて黒蜜をかけた手の込んだお菓子を前にしても、それは変わらなかった。

「ガレットと求肥を開拓するように食べ続けていくと、最後は生姜味のプディングの新天地に到着! ッてイメージなんだ」
「なるほど、開拓計画を象徴した菓子、と言う訳じゃな」

 こくりと頷き、言われた通りに一番上から食べ始めた『大旦那さん』は、やはり『面白い』『美味い菓子じゃ』という感想を返すのみに留まった。
 その様子に、うーん、と琥珀が自信なさげに尻尾を垂らしてしまったのも、無理のない話だ。

「俺はこんなのつくってみたんだけど、じーさん、どーだ?」
「それは果汁寒天かな‥‥多少、息子が作るのと違うようだが」

 応えたのは『お義父さん』だった。昨年、彼の息子が開拓者と共に考えた夏の菓子の中で、転用出来るものは甘味処や店頭に並べて今年の店先を彩っている。絞った果汁を寒天で固めたものと、季節の果物を混ぜて甘い汁で和えたフルーツ寒天もそのうちの1つだ。
 琥珀が出したものはその中に入れる、果汁寒天によく似ている。だが僅かに違うような、と首を傾げたら琥珀が、まず半分だけに寒天を入れ、残り半分を少し固まりかけたところにそそいで混ぜたのだ、と告げた。
 ただ固めるだけではなく、若干柔らかな食感になるかもしれない。その発想は面白いと『お義父さん』は頷いた。
 次々と出てくる甘味に、それでも百舌鳥は「みんなすげーなぁ」と感想を漏らす。発想自体は素晴らしい、独自性に溢れたものだ。そう思って自分の団子を振り返ると、何となく、やっぱ自分に甘味は似合わなかっただろうか‥‥と言う気持ちになってきて。
 だが、それでも出さねばなるまいと、出した団子は丁寧な細工の施された、店頭に出しても遜色のなさそうなお菓子だった。

「秋にはいも餡にしたらなお美味いと思うけどな?」

 言いながら出した団子と、添えられた果物形の餅が老人達の目を引く。果物を餅で包んだり、それをさらに果物の形に整形すると言う手法はよく使われるものだが、よく使われると言う事はそれだけ味に定評があると言う事だ。
 老人2人はこの菓子は、『中身と餅の味を調えるのはなかなか難しいものですよ』などと、至極全うな談義をしながらぺろりと平らげた。そしてやはり、満足した、とは言わなかった。
 となってくると、プレッシャーは残る柚李葉と无、直羽に掛かってくる。まず豆腐を洋風クリームに仕立てた柚李葉の豆腐大福は、狙い通り、その食感が面白いとの評価を得た。中に入れた寒天を凍らせるタイミングも良かったようだ。
 だが、もっとも面白いと好感を得たのは、无が作った薄荷ところてんで。

「家でところてんを食べてて思いついたんです」

 『使えるかも』と呟いた瞬間、きょとん、と不思議そうに自分を見上げていた尾のない狐を思い出しながら、无は老人達に薄荷ところてんの説明をした。といっても作り方は単純だ。普通のところてんに濃い目に煮出して甘味をつけた薄荷を蜜代わりに加え、桃や夏蜜柑を氷霊結で凍らせてもらって、煮小豆と一緒に放り込んだだけ。
 手間隙は掛からないけれども、既存の菓子を発展させようという試みは面白い。後は薄荷蜜と合う果物であればなおよし、と言ったところだろうか。
 最後に個人製作のお菓子を出した直羽は、けれども気楽なものだった。

「こっちは、ちょっと俺の思いつきなんだけどね♪」

 丸く平たく蒸したかるかんに梅酒を寒天で固めて細かく潰したものを乗せ、さらにその上に細かく切った羊羹の欠片を色とりどりに散らしたお菓子。羊羹は『ぱふぇ』で使ったものの余りで、ジルベリアで食べられているという『けーき』を天儀の菓子にアレンジしてみたのだと言う。
 とは言え材料を置き換えただけで作り方までは踏襲していないことに、『大旦那さん』はそこそこの独自性を感じたようだ。『面白い』と何度目かの評価を言い渡しつつ、上手くすれば甘味処にも置けるだろうて、と「商品には不向きかも」と不安そうな直羽を励ました。
 そうして、すっかり膨れた腹をぽむ、とさすりながら『大旦那さん』が開拓者を見回す。

「まぁ‥‥皆、面白い菓子ではあったの。腹も膨れたしの」
「では‥‥?」
「ふぅむ、いささか物足りんがの、美味いものは食わせてもらったんじゃ、息子に話は通しておくとしよう‥‥ま、それでどうするかは息子の判断じゃがな。看板は譲ってしもうたしのぅ」

 積極的に開拓計画に協力しよう、というほどではないが、息子に話して協力すると言うならそれでも良いか、という程度には満足したらしい。
 何はともあれ無事に終わった、と何も出来ないまま固唾を呑んで見守っていた遠村が大きな安堵の息を吐いた。それに琥珀が「じゃあじゃあ、今度は俺も色々頼んで食べて良いか?」と目を輝かせ始める。
 ふぅむ、と唸った百舌鳥が「余った材料でなんかつくるかね、適当にな」と割烹着姿で再び作業場へと消えていった。その間にも、早くもお品書きと睨めっこして何を頼むかうきうきしている琥珀に、ふ、と老人達が笑みを浮かべる。
 少なくとも笑顔で依頼を終わる事が出来たなら、何れ心配事も吹っ飛んでしまうだろうと、直羽は頷いたのだった。