【神楽抄】静瑠、捜索す
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/24 18:53



■オープニング本文

●思わぬ再会、ふたつ
 神楽の都には多くの人々が集い、行き来する。
 見知った顔に、見知らぬ顔。
 そんな人々の間をぶらりとそぞろ歩くゼロは、流れの中に珍しい顔を見つけた。
「お? 静瑠じゃあねぇか!」
 名を呼ばれた側は声の主を視線で辿り、その姿を認めると軽く会釈を返す。
「ゼロか、奇遇だな」
「そりゃあ、こっちの台詞だぜ。どうした、『金剛』を追ん出されでもしたか?」
 からからと笑ってゼロが冗談めかせば、相手は真剣な表情のまま即答せず。
「‥‥待て、ホントに本気か? 生真面目が取り得の、てめぇが!?」
「いや、あながち外れてもいないからな」
 愕然とするゼロへ、様相を崩さず答える青年は五行のサムライ、名を神立 静瑠(かみたち・しずる)といった。

「ふぅん? てめぇがコッチに出てくるのは珍しいと思ったが、加奈芽とそんな事があったのか‥‥」
 ぶらりぶらりと神楽の通りを歩きながら、静瑠の話にゼロは相槌を打っていた。
 五行には陰陽師団『金剛』なる組織があり、陰陽師でないながらも静瑠はその協力者だった。
 だがゼロは『金剛』の詳細までは知らぬし、関わりもなければ、五行の陰陽師達がやる事へ首を突っ込むつもりなぞ毛頭なく。
 滅多に会わぬ友人の静瑠が元気そうで、かつ神楽に来ている事が、嬉しい。
 ただ純粋に、それだけだった。
「ともあれ、しばらくは神楽へ滞在するつもりでいる」
「じゃあ、宿暮らしか? それとも長屋を借りるってんなら、俺がいるトコなんかは開拓者が多くて気楽だぜ。てめぇには、ちぃと騒々しいかもしれねぇがな」
 そんな話をしながら、賑わう通りを人に混ざって歩いていけば。
 行き違う人々の流れに、足を止める影が一つ。
「あまみの、もとちか、さま‥‥?」
 鈴の様な愛らしい声が、その言葉を紡ぐ。
 最初は見間違いかと思ったが、風体は変わっても、声や仕草、笑う横顔は遠い記憶のままで変わりなく。
 そうして思わず‥‥懐かしい名が、口をついて出た。
「天見基近様ッ!」
 それを耳にした瞬間、ゼロは頭の中が真っ白になった。
 何故、その名を口にする者が、いま、この神楽に‥‥いるのか。
 ‥‥神楽へ着いた時に捨てたはずの、名を。
「‥‥ゼロ?」
 足を止めた友人に静瑠が振り返れば、棒立ちのゼロの顔からは完全に表情が消えていた。
「どうした、ゼロ」
 ただならぬ様子に声をかければ、ようやくゼロは瞬きを一つし。
 ――逃げた。
 何も言わずに身を翻し、その場から一目散に逃げ出す。
「ゼロ、待てッ!」
 静瑠が呼び止めるも、あっという間に目立つ風体は人の流れに紛れ込み。
 いつにない取り乱しっぷりに周りの露天や道行く者達も驚き、手を止め足を止めてゼロの後姿を見送った。
 慌てて一人の娘が静瑠の傍らまで駆け寄るが、そこで立ち尽くす。
「基近、さま‥‥どうして‥‥」
 名を呼んだ少女は、その風体から武天の氏族出身の娘と思われた。
 逃げた背中に呆然とし、それから状況を把握したのかしょんぼりと肩を落とす。
「あんた‥‥ゼロの、知り合いか?」
 見かねた静瑠が声をかければ、顔を見上げた娘は今にも泣き出しそうだった。

   ○

 娘は、琴と名乗った。
「どうしてお逃げになるのです‥‥何があったのです、基近様‥‥ッ」
 そう、ほろほろほろ、と涙を流す娘の姿にふと、静瑠の胸に過ぎったのは五行に置いてきた大切な少年・浦西夏維(うらにし・なつい)。
 静瑠が五行から神楽へと出て来る事になったきっかけとなった夏維もまた、そうだった――誰もが、母の加奈芽(かなめ)ですら大切な事を大切に胸の中に仕舞いこんでしまったせいで、夏維は何も判らぬまま状況に翻弄され、未来を惑い、何を選べば解らなくなっていた。
 その夏維の姿に、涙を流す琴姫の姿が、重なる。
 状況も事情も全く解らないけれども、解らないからこそ放っておけないと強く思う。
 だから、このままでは良くないと静瑠は強く唇を噛み締め、琴姫、と名を呼んだ。
「ゼロを探すぞ。あいつをとっつかまえて、あんたが聞きたい事を全部聞いたら良い」
「ご協力‥‥下さるのですか‥‥?」
 まっすぐな眼差しで言い切った静瑠を、琴姫は頼りない眼差しで見上げた。そうしてその言葉に嘘がない事を悟ると、ありがとうございます、と手を合わせてまたほろほろ涙を零した。


■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
福幸 喜寿(ia0924
20歳・女・ジ
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ
レイシア・ティラミス(ib0127
23歳・女・騎
ルティス・ブラウナー(ib2056
17歳・女・騎


■リプレイ本文

 騒ぎはあっという間に伝染した。素性を知らずとも、訳ありの様子で大の男が逃げ出し、残された少女がほろほろ涙を流しているのでは、一見して何かあったと見当はつく。
 まして男の素性をよく知っている柚月(ia0063)ともなれば――

「‥‥ていうか、モトチカって、だぁれ?」

 かく、と小首を傾げてまず確認した柚月に、ゼロの事らしい、と説明したのは静瑠だ。それにますます不思議な心地のする柚月である。
 柚月の知るゼロはなんだかんだ、面倒見のいい男だ。だからあのゼロが何の理由もなく、こんな風に女の子を泣かせる訳はない、と思ってしまう。まして逃げ出すなんて。
 だが当の本人が逃げてしまった以上、確かめる術もなく。だからゼロを探すつもりなのだと、告げた静瑠に滋藤 柾鷹(ia9130)は苦笑した――五行から神楽に来て早速人助けとは『らしい』と言うか。

「拙者も捜索を御協力致そう」
「ウン、ちゃんと会って確かめよ」

 柚月もこっくり頷くと、琴姫が泣き濡れた瞳で2人を見上げ、ありがとうございます、と頭を下げる。その所作もいかにも良い所のお姫様といった風情で、この少女が一体ゼロと何が、と思わずには居られない。
 理由は見つけて問い質すにしても、心当たりはあるだろうか――柾鷹が「差し支えなくば」と尋ねると、こくり、と琴姫は頷いた。頷き、その拍子にほろ、とまた零れた涙を細い指でそっと拭い。
 かつて、2人が許婚だったと言う事実を、涙ながらに告げる。だがその婚約は訳も解らぬままに破棄されて――なのにこの神楽であの頃と違う名の、けれどもあの頃と同じ彼に再会して。逃げられて。

「一体、何が‥‥ッ」
「ウン。なんもわかんナイのって、ヤだよね」
「そうだな。ゼロ殿がいかな理由であれ、姫と向き合い話す責務があると思う」

 語るうちにまた顔を覆い、泣き始めた琴姫を励ますように言った。だがただ嘆くだけではゼロを見つける事は出来ない、柚月と柾鷹は頷き合う。
 そんな様子を少し離れた所から眺め、ふふ、と爽やかに微笑んだ男が1人。

「ゼロさんの弱み発見‥‥というところでしょうか?」

 それに、何故か寒気を感じた静瑠が一瞬、そんな香椎 梓(ia0253)に声をかけようとして思い止まる。だが梓は既知の姿に「またお会いしましたね」と和やかな再会の挨拶を告げた。そうしてとてもヤる気に満ちた笑顔で、逃げられたら追いたくなるのが人情ですよねふふふふふ、とあくまで爽やかに微笑んでいたのだった。





 まずおさえるとしたらゼロの住処の開拓者長屋。その道すがらでルティス・ブラウナー(ib2056)はきゅっと眉を寄せて気炎を吐き出していた。

「どんな有能なサムライ様か知りませんけど、女性を泣かせて逃げるなんて‥‥許せません‥‥ッ」

 今は琴姫は涙を流しては居ないけれども、まだほんの少し腫れた瞼がその名残を伺わせる。それは水月(ia2566)も同じ気持ちだった様で、けれども彼女の方はプルプル小さく震えていた。

(身の丈10m。顔は影になっていてよく見えない中で、鬼灯のように赤々と輝く眼。ぱっくりと裂けた口からはギザギザの牙を覗かせて高笑いをあげている‥‥‥‥でも何故かメイド服を着用‥‥‥)

 あぁ、それってなんて恐ろしい人、と想像しただけで怖くなってしまって、ちょっぴり逃げ出したいな、と思ってしまう水月である。けれども泣いているお姉さんの為に頑張るのです、と決意の眼差しで小さな拳をキュッ、と握る水月の耳には他の仲間がゼロの事をルティスに説明している言葉は、耳に入っているようで入ってなかったり。
 とは言えどんな事情があったにせよ、

「女の子を泣かせるんはいけないんさね!! 絶対にゼロさん‥‥っと、あ、ま、み、さんは見つけ出すんさねっ!」
「いやいや、まったく。これは弄り倒すチャン‥‥じゃない、しっかり反省させなければなぁ」
「そうよねぇ。訳ありの開拓者は多いけどそれはそれってことでとっ捕まえてお仕置きしてあげないと」

 福幸 喜寿(ia0924)の力説に、王禄丸(ia1236)とレイシア・ティラミス(ib0127)が真剣な面差しで、だがどこか楽しそうに頷きあった。『あの』ゼロをしてこの騒ぎ。しかも本人は逃亡中。残されたのは可憐な姫君。一体この状況のどこに、楽しめない要素があるだろうか?
 果たして辿り着いた長屋では、日頃たいそうな巻き込まれ体質だと言う青年が、そっと出てきた所だった。しかも、事もあろうにゼロの長屋。
 これは怪しい、と全員が揃って顔を見合わせたのも無理のない話だ。そうしてこっくり頷きあって、レイシアが青年へと素早く駆け寄る。

「ねぇ、ゼロ、居るんでしょう?」
「ぇ‥‥ッと」
「どういうわけかゼロはこの琴姫とは顔見知りみたいなのよね。でもこの子の顔を見ただけで逃げ出すって言うのはどうなのやら、ね」

 言いながら泣き腫らした瞳の琴姫を手招き、前面に押し出すと、えぇ? とでも言わんばかりの顔になった。それからちら、と長屋の方を確かめるように振り返る。
 琴姫が縋るような眼差しになって、基近様が居らっしゃるのですか、と青年に尋ねた。その言葉に、今度は別の意味できょとんと眼を見張る青年である。基近様、誰それ。
 だがその問いかけも、レイシアへの答えも、青年の口から出てくる事はなかった。なぜならその前に、騒ぎは起こってしまったからだ。
 あっ、と喜寿と王禄丸が、同時に声を上げた。

「不審な人影さね!」
「あれに逃げるのはうっかり侍か別人か‥‥捕まえてみれば解るか」

 フッ、と顔を見合わせて心から楽しそうに走り出した、その先には長身のサムライの姿。そちらにぴたっと視線を向けたまま、ゼロにはばれないようスカルフェイスを引き下げブラックゴートコートをすっぽり被り、実に不審な姿で全力疾走を開始する。
 その姿を目にした琴姫も、慌てて走り出そうとした。けれどもあまり走り慣れていないのか、途端に躓きかけた少女を危うく柾鷹が受け止める。

「姫、ご無理はなさらぬ方が――」
「ぁ‥‥けれども、基近様が‥‥」
「ゆっくり参りましょう。いざと言う時にふらふらでは追う事もままなりませぬ」
「ボクらは普段ゼロが行ってそうな場所を中心に歩き回るよ! でも琴、うまく言えないケド‥‥ゼロにモトチカを押し付けるコトだけはしナイでね?」

 柚月がゼロと呼び、琴姫が基近と呼ぶ人が、同じ男であったとしても、今のゼロはゼロなのであって。なぜ基近でなくなってしまったのかは解らないけれども、きっと理由があるはずだから。
 言葉にすればそんな気持ちで、言った柚月に琴姫は、はい、と頷いた。きっと――そこには琴姫の知らない、大切な何かがあるのだろうとは思っている。
 ぽむ、と静瑠が琴姫の頭を撫でた。小さき生き物を見捨てられないサムライは、それを連想させる人間にも実は割と弱かった。





 開拓者長屋に残ったのは水月とレイシアだ。琴姫は同行を申し出た梓と柾鷹、静瑠と共に行動している――無理はしないという条件付きで。
 そうして残った2人はゼロの部屋に居座っ‥‥間借りして、目撃情報の収集と整理に勤め出した、のだが。

「‥‥ところで、本当にあるのかしらね?」

 ご近所の住人に話を聞いて回っていたレイシアが、ふと小首を傾げたのに水月は視線を上げる。眼差しだけで問いかけると、レイシアは「春画」と短く言った。
 長屋を借りたいと申し出た時、わたわたする青年を見てレイシアは「ははん、さては見られたくないものでもあるのね? 春画とかそういう奴が」と鎌を掛けたのだ。だが彼はさらにわたわたして、どこかに走り去ってしまい。
 まぁ別にあっても良いわよね、とあくまで興味本位で呟くレイシアに、水月がきょとん、と首を傾げる。そんな平和なやり取りを重ねながら、さてその部屋の主はどこに居るものやら、と首をひねる――ゼロと親しい人々が本当の事を言っているかは怪しいが。
 故に信頼性が置けるのは町の人々からの情報、なのだが。

「こちらの姫は、かつて一方的にゼロさんから破談を通告され、それでもけなげに想い続けていらっしゃるのです‥‥」
「だがゼロ殿が姫から逃げ出してしまわれたので、事情を問い質そうと探しているのだが‥‥」

 純粋にゼロを困らせる事を楽しんでいる梓と、真面目に探した結果ゼロの風評が落ちるのは仕方ないという柾鷹によって、「ゼロ酷い奴」という情報は神楽の一部にばらまかれていた。あの、と口を挟もうとした琴姫を、静瑠が無言で首を振って止める。
 そうする間にも、琴姫への同情をひいて情報と協力者を募るべく、梓と柾鷹は道行く人々に声をかけ。

「しかし、早く出てきて下さらねば悪評は広まるばかりなのだが‥‥」
「そうですね‥‥悪評が広まる前に、早く自ら出頭するのだゼロよ!」

 柾鷹の言葉に大きく頷き、わざわざ周囲の雑踏に向かって全力で叫ぶ梓。今この瞬間、外道という言葉を持って梓を指しても過言ではない。
 という騒ぎは聞こえてなかったが、ブブゼラの音が聞こえないか耳を澄ませて注意しつつ、喜寿と王禄丸はうだる暑さをものともせず走っていた。追いかける相手はゼロの姿をした『誰か』と、その追跡を妨害する顔見知り。あちらの方は随分と身軽な様子で、人込みを避けてひょいひょいと走っている。
 追う2人の方も、その奇怪な姿に面食らった人々がずざっと道を空けてくれるので、そういう意味では身軽に走っていた。のだがしかし。

「‥‥あれ、ゼロさんじゃないさね?」
「うむ、だな。うっかり侍とは髪の色が違う」

 スカルフェイスの下で頷き合う2人。ゼロと言えば燃え立つ炎に見紛う事もある『茶色』の髪。対して逃げる相手と言えば、どこからどう見ても『赤い』髪。
 それに気付いた時点で追いかけるのをやめても良かったのだが、それじゃつまらな‥‥もとい、捕まえれば本物の情報を聞き出せるかもしれないではないか。
 と言う訳でブブゼラをコートのどこかにそそっとしまい、背中に背負った死神の鎌をはっしと両手で構えて走り続ける、その姿はまさに悪夢そのもの。追われているのが誰であっても、反射的に逃げたくなるだろう。

「そこの、観念しろ。迎えに来てやったぞ」
「とにかくお縄を頂戴するんさねッ!」
「お前ら‥‥ッ」

 一緒に逃げていた青年が、呆れたような愕然としたような顔で、走りながら振り返った。ヤる気に充ちたその態度に、何かを感じ取ったものか。
 祭、もとい激突の予感を感じさせる神楽の片隅とはまた別の方を探し歩いている柚月とルティスもまた、不思議な一行を見つけていた。いで立ち自体はジルベリアの服にブーツを履き、青い鳥の羽根のついた帽子を深くかぶった、何てことはない姿だ。
 だがそこに何の違和感を覚えたものか。

「柚さん、今度は何が‥‥って、あの方?」

 ぴたりと立ち止まり、キョトンと首を傾げた連れの様子に気付いたルティスが、眼差しの先を追って目をしばたたかせた。随分背の高い男性だな、と思う。
 とまれ、一応探す気はあったのか、と胸を撫で下ろした。柚月は随分と楽しそうにあちらこちらを覗いて回ったりするので、もしかして探す気がないのかしら、なんて考えたりもしたのだ。
 だがどうやらそれはすべて、ルティスの杞憂だったらしい。とはいえ聞いていた人となりとは違い過ぎるし――と思っていたら、ぴょん、と柚月が走り出した。

「ゼロ!」
「‥‥って、えぇッ!? ほんとに!?」
「ウン! あの体格と歩き方とその他モロモロが絶対ゼロ!」

 ‥‥ぇ、ほんとに? と思わずルティスは胸の中で繰り返す。だがその頃にはすでに柚月は件の男性の近くまで走り寄っていて、それに気付いた相手がギョッ、としたのが見て取れた。周囲に居た連れが慌てて逃がそうとする。
 どうやら当たりだったらしい。ルティスは慌てて「逃げるのはヒキョー!」とゼロ(らしい)の背中を追い掛ける柚月を追い始めた。
 逃亡を助けている1人が、はっ、と大仰な仕草で路地を振り返る。

「あぁっ、こんな所に病気のウサギが!?」
「そんな見え透いた手に引っ掛かる人が‥‥ッ?」
「大変だ‥‥ッ」

 たった今人魂で出したウサギに思わず声を荒げかけたルティスの脇を、どこからか騒ぎを聞きつけた静瑠が全速ですりぬけて行った。ガバッ、と心配そうな眼差しをウサギに向ける青年に、仕掛けた相手の方が逆に悪い事をした気持ちになる。
 青年を追い掛けてきた柾鷹と梓が、なんだか生暖かい眼差しで静瑠を見た。と同時に柚月が全力でジャンプして、がっし、と逃げる男の首根っこにぶら下がる。

「おわ‥‥ッ!?」

 さすがにこれは堪えたらしい。ぶら下がられた男は呻き声を上げてのけぞった。その拍子に帽子が振り落とされ、隠されていた顔が――長い茶色の髪がふさり、と落ちて。
 ハッ、と琴姫が柾鷹と梓の後ろから目を見開き、その名を呼んだ。

「基近様!」
「ゼロッ!」

 その言葉に、柚月の嬉しそうな声が重なる。梓が爽やかな笑顔で、そうまでして避けたかったんですかねぇ、と道行く人にせっせと噂を振りまいていた。





 首根っこには柚月。さらにぐるりと周りをゼロ発見と聞いて集まってきた開拓者に囲まれて、実にバツが悪そうにゼロはお説教を食らっていた。

「どうして逃げたの? わかんないのは辛いんだよ? 言わなきゃわかんナイこと、いっぱいあるんだよ?」
「ジェンダー的なことを言うつもりはないが、しかし男が許嫁を前に逃げるというのはどうなのだ? なあ、もとちかちゃん」
「ゼロ殿、姫の涙を見て何とも思われぬのか?」
「ぁー‥‥いや、その、なんだ‥‥」

 って言うかコレ誰だ、と言う眼差しを素顔の王禄丸に向けながら、ガリガリとばつが悪そうに頭をかくゼロである。そうしてちら、と琴姫へと向けた眼差しは、けれども、何だかとても複雑で。
 ただ恐ろしいばかりの人ではないらしいと、そっと見ていた水月は首を傾げた。だったらなぜ、逃げたのだろう?
 ふぅ、とルティスが溜息を吐いた。

「ちゃんと説明して下さいね」
「それが男らしさと言うものですよ、ゼロ」

 黒いものが混ざった笑みでしれっと言い切る梓の横では、喜寿が文字通り黒いオーラを身に纏ってジトッと睨み上げている。時々ピンッ、ピンッ、と手に持った荒縄を引っ張っているのがとても良くお似合い。
 ぁー、と男はもう一度呻いた。そうして何か覚悟を決めたように琴姫へと向き直ったのを、見て。

「‥‥少しは役に立てただろうか」
「きっと大丈夫よ。おねーさんの勘ではね」

 ぽそ、と心配そうに呟いた静瑠に、そう頷いたのはレイシアだった。ゼロにどんな事情があれ、こうして強引に向き合わせたのはきっと、マイナスにはならないはずだ。そう、告げられた言葉に静瑠はほっと息を吐き、良く晴れた神楽の空を見上げたのだった。