梅の実を摘んで。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/29 19:43



■オープニング本文

 村の神社の裏山に広がっているのは、ささやかながらも山全体に広がる梅林だ。春の兆しがようよう見え始めた頃に蕾を綻ばせた花は、今は枝一杯に緑の葉を誇らしげに萌え立たせていて、そろそろ梅の実も摘み頃を迎える季節。
 そんな裏山を社殿から眺めやりながら、今日も村の神社の巫女を勤める少女はちょこんと座り、花の頃に手伝ってもらってつけた梅の花湯を啜っていた。
 境内では村の子供たちが遊んでいる。石蹴り、影ふみ、高遊び。日がな一日遊ぶ子供達を眺めるのも、彼女の日課の一つだ。
 ねぇ巫女様、とそんな少女に声を掛けてきたのは、中でも一番年下の子供だった。

「神社では、今年は梅はつけないの? みんな心配してたよ?」
「そうですねぇ‥‥そのうちつけますよ。でも心配には及びません。小太郎、お父さんとお母さんにも、他の皆にも、巫女様がそう言っていたと伝えて貰えますか?」

 考え考えそう告げると、うん、とこっくり小太郎は頷く。だがきっとまた同じやり取りになるのだろうな、と少女はちょっと困り顔になった。
 神社の裏山で毎年採れる梅の実は、村人の誰もが持ち帰ってそれぞれ、梅干にしたり、砂糖漬けにしたり、或いは梅酒にしたりと楽しむものだ。神社でも毎年梅干と梅酒をつけていたりする。
 のだがしかし、少女が困った顔になったのは、むしろその『心配されている』という部分で。
 梅の花の頃、彼女はうっかり不注意で足を挫いてしまった事がある。その時も村人は心配してくれて手伝おうと言ってくれたのだけれど、結局彼女はそれら総てを断って、開拓者に委ねたのだ。
 だがそれ以来なぜか、巫女様は放っておくと1人で無茶なさるから、という何だか不名誉な噂が村に広がっているらしく。何度考えてもなぜそうなるのかが良く判らないのだけれど、とにかくそんな訳で、神社で梅をつけるんなら何としても手伝いに行かなきゃならん、という話になっているのだ。

(畑も忙しい頃合でしょうに)

 皆の気持ちは嬉しいのだけれど、それを思うと少女は困ってしまう。今の彼女は足を挫いても居ないし、まったく元気なのだから手伝いは不要なのだ。それよりは畑の事を優先してくれた方が、彼女はよっぽど嬉しくて。
 とは言えそう無碍に断るのもどうかと、悩むうちに梅の実の頃も過ぎてしまいそうだ。そうですねぇ、と少女はしばし思案する。
 そうして、やはりここはまた、開拓者の皆さんのお力を借りましょうか、とこっくり頷き少女は文をしたため始めたのだった。


■参加者一覧
/ 柄土 仁一郎(ia0058) / 柄土 神威(ia0633) / 佐上 久野都(ia0826) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 酒々井 統真(ia0893) / 鳳・月夜(ia0919) / 鳳・陽媛(ia0920) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 由他郎(ia5334) / 紗々良(ia5542) / からす(ia6525) / 千羽夜(ia7831) / 和奏(ia8807) / 守紗 刄久郎(ia9521) / ニノン(ia9578) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / 賀 雨鈴(ia9967) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ロック・J・グリフィス(ib0293) / 明王院 未楡(ib0349) / グリムバルド(ib0608) / ユーフォリア・ウォルグ(ib1396) / 白梟(ib1664


■リプレイ本文

 山一杯の梅の木は、初夏の明るい日差しを受けて、青々とした葉を茂らせている。そんな光景を眺めやりながら、だが鳳・月夜(ia0919)は常と変わらず、内心の『大好きな義兄や双子の姉と一緒にお出かけ、やった!』という浮き立つ気持ちをちらりとも感じさせず、淡々とした口調でペコリ、頭を下げた。

「巫女様、久しぶり‥‥」
「はじめまして。陽媛と言います。兄さんと妹がお世話になりました」

 以前に来たからと、礼儀正しく挨拶をする月夜の傍らで、そっくりの姿の対照的な表情を持つ鳳・陽媛(ia0920)がにっこり微笑み頭を下げる。以前、花摘みに妹達が来た時には都合で来れなかったので、その分も兼ねての挨拶だ。
 それを迎えた神社の巫女は、こちらこそ、と微笑を返した。花の頃とは違う山の景色に眩しく目を細めていた由他郎(ia5334)が、ひょい、とそちらに視線を動かす。

「‥‥足はもう良いのか?」
「もうすっかり平気なのですよ」
「‥‥一度ついた印象ってのはなかなかぬぐえねーぞ? これ、経験者からの忠告な」

 由他郎の言葉にほんの少し瞳を揺らし、こくりと頷いてそう言った巫女に、酒々井 統真(ia0893)がほんのり同情の眼差しを向けた。ほぅ、と巫女も困った様子で息を吐く。
 だが、心配そうな眼差しで巫女の足を見ている紗々良(ia5542)に気付くと、本当に平気なのですよ? と軽く足を動かして見せた。それに、紗々良がほっと顔を綻ばせる。

「良かった、です。あの‥‥ここの、梅林、とても素敵、だったから‥‥呼んでもらえて‥‥嬉しい、です」

 妹の言葉にこっくり頷く由他郎だ。巫女からの依頼を見て、一緒に行くかと誘った兄に、妹は目を輝かせて頷いたものである。
 ところで、と佐上 久野都(ia0826)が両手を妹達と繋ぎながら、誰にともなく声をかけた。

「そろそろ行きましょうか。日が高くなると暑くなりますから」
「よし、行くか!」

 久野都の言葉に力強く頷き、すかさず巫女の隣に陣取る男が1人。梅酒作りの手伝いもという依頼書の、梅酒、という言葉にのみ反応してやってきた喪越(ia1670)だ。
 やってきた時点で自分の勘違いに気付き「え? 梅酒は今からつけるの!?」と驚愕したのだが、いつまでも落ち込む彼ではなかった。

「さあさあ、これから巫女さんは俺と逢い引きするんだ」
「‥‥‥」

 さらりと宣言した喪越に巫女は言葉を返さず、曖昧な笑みを浮かべて山に向かって歩き出した。それに釣られるように開拓者達も動き出す。
 久野都もしっかり繋いだ手を放さないまま陽媛と月夜の先に立った。

「本当に女の子が大きくなるのは早いけど‥‥気分の問題だから」

 妹達と3人で出かけたのは随分と久しぶりで、こうして手を引いて歩いてやるのはさらに久し振りで。まだまだ小さな妹だと思っていたのに、どうかすれば久野都の方が陽媛と月夜に支えられてしまいそうなのだけれど、それでも妹には背中を見せたく思う。梅林の中は足元が滑るというから尚更だ。
 そうして仲良く歩く兄妹の後ろ姿を微笑ましく眺めやり、明王院 未楡(ib0349)が目を細めた。

「仲が良いのですね‥‥でも梅畑って結構しっとり湿ってますから、本当に足元注意ですよね」
「まったくですの」

 未楡の言葉にこっくり頷く礼野 真夢紀(ia1144)も、歩きながら梅の収穫準備を整えた全身を確かめている。服も木に登ったり出来るよう動きやすいものに着替えて、家から持ってきた梅の実を入れる小さな袋の強度を確かめて。
 こくり、と未楡はその袋を見て首を傾げた。

「袋が少し、小さめでしょうか?」
「梅の実結構重いんですよ。登ってあっちこっち取るのに、あんまり入れすぎるのは禁物ですの」

 例え面倒に思えても、ある程度袋が一杯になったらこまめに籠に移さなければ、袋の重みで余計に体力を消耗してしまうのだ。そう言いながらも髪に手をやり、頭に巻いた手拭いから編んだ髪がこぼれていないか確かめる真夢紀である。
 梅は山一杯に生えていて、どこから採っても良いらしい。ただし必要な分だけ、と言われて一瞬気落ちしかけた白梟(ib1664)だったが、山中の梅を丸裸にしなければ構わないのですよ、と巫女が微笑んで付け加えたのに、よし、と両手で拳を握った。
 とにかくたくさん梅を採って、美味しい梅干しや梅酒を作るのを楽しみにしてきた白梟だ。

「頑張っていっぱい摘むぞ〜!!」
「わ、私も全力でやるのですよ! えぇ、全力で!!」

 気合を込めて拳を突き上げた白梟の隣で、何故かユーフォリア・ウォルグ(ib1396)も半泣きになりながら拳を突き上げた。ん? と不思議に思って振り返ると、ユーフォリアがジト目で見ているのはロック・J・グリフィス(ib0293)。
 連れの好意的とは言い難い眼差しに気づいて、ふむ、とロックは腕を組んだ。

「梅の実を眺めるというのもまた変わった趣向でよいかと思ったのだが‥‥」
「食料をゲット出来る良依頼があると言ったのは誰ですか!!」

 シレッと言い切った男に噛み付くユーフォリアである。より正確にはロックは「梅干しという物がどういう物かは余りしらんのだが、梅酒はなかなかの美味と聞いたことがある‥‥一人で行くのもなんだと思ってな」と言ったのだが、彼女の中で強くピックアップされたのは梅干と梅酒の2つのみ。
 それは何て素敵な依頼、と喜び勇んで来てみたものの、実際には梅の収穫のお手伝いという話で。畜生このキザ騎士騙しましたね! と毒づいた所で現実が変わるわけでもなく。
 故にユーフォリアは全力で、この悔しさを依頼にぶつけるべく梅林に突進した。ユー嬢は元気だな、と口の端に笑みを引っかけたロックも軽やかにその後を追う。
 山の梅の木は様々な高さのものがあって、真夢紀のように最初から木に登る準備を整えてきていればともかく、その準備がなかったり、そもそも木に登るのが不得手な者も居るわけで。

「仁一郎、ちょっとだけ枝を下げてくれる?」
「ん、これか?」

 先刻から手に届く範囲の梅を摘み終わり、ぴょい、と飛び跳ねて高い位置の梅を採ろうとしていた巫 神威(ia0633)がついに、傍らの柄土 仁一郎(ia0058)を見上げた。そんな恋人のおねだりに、仁一郎は即座に神威が狙っていた枝を下げてやる。
 ありがとう、とはにかんで採りやすい位置に下がってきた梅を摘む神威に目を細める仁一郎。いつもとは違ってのんびりとデート気分な2人は、先刻からあちらこちらでこんなやりとりを繰り返していて。

「花も良いが、実がなるのも見栄えがいいな」
「ええ、仁一郎と一緒に来るの、本当に楽しみだったから‥‥2人でのんびり過ごしましょうね」

 時折目を合わせてはそう微笑み合う2人の周りには、何となく他の人は近付けない甘い空気が漂っている。だがその光景を目の当たりにしたからす(ia6525)の顔に、動揺の色はまったくない。
 我関せずで頭上の見上げながら、梅の林をのんびり歩く。そうして良さそうな場所を見つけて、きょろ、と辺りを見回した。
 彼女はあまり背が高くないので、登るのに手頃な木でなければ台になりそうなものを探すしかない。だがそれもなければ仕方がないので、

「すまないが肩車をしてくれないか? 私では手が届かないのでな」
「‥‥‥は?」

 そう頼んだからすに、頼まれた統真の方がぎょっと目を見開いた。えぇと、とそのままの姿勢でしばし、固まる。その大きな理由には、惜しげもないミニの袴姿という、なかなか刺激的過ぎるからすの衣装があって。
 だがしかし、当の本人が涼やかな顔で「おや、どうした?」と首を傾げている。ならば戸惑う方が相手に失礼だろうと、統真は自らに言い聞かせてからすの前に膝を折った。そうして肩車をしてすっくと梅林の中に立つ。
 ぷつ、ぷつ、と青い梅の実を。黄色く熟した梅はまた別の籠に放り込んで。

「俺ん家も、この季節は厨の女房達が梅酒作ってたなぁ‥‥」
「そうなの‥‥?」

 ぽい、と手の中の籠に放り込みながら玖堂 羽郁(ia0862)の言葉に、一生懸命足元を見ていた佐伯 柚李葉(ia0859)はぱっと顔を上げた。そんな柚李葉の抱える籠に、ぽと、と梅の実を落としながらこっくり頷く。
 花の頃に梅の花を摘みに来た時は、羽郁の都合がつかなかったのか柚李葉だけがここに訪れた。それを覚えていた羽郁が、今回は是非一緒にどうかと柚李葉を誘ってくれて。
 それはとてもとても嬉しかったのだけれども、そのせいで足元が疎かになってしまわないかと心配な柚李葉である。故にそわそわと足元を確かめながら、時折傍らを見上げたりもする彼女を、見下ろす羽郁の瞳は嬉しそうで。
 後は父が梅花の香をつけてたような、と記憶を辿り辿り告げる言葉を少し離れたところで聞いた、ニノン・サジュマン(ia9578)がほぅ、と頷いた。

「風流じゃのぅ?」
「ですわね」
「実の香りも素敵ね。爽やかでいい香り‥‥♪」

 ひょいと話を振られたラヴィ(ia9738)と千羽夜(ia7831)も、にっこり笑って頷きを返す。そうして足元に広げた風呂敷の上に、ぽとぽとぽと、と青い梅の実を積み上げる。
 最初はニノンとラヴィで梅の実を集めていたのだけれども、夢中になるうちに気付いたら彼女達の手の届く範囲には1つも梅の実がなくなってしまい。困りながらも爪先立ちでプルプル手を伸ばしながら梅を取ろうとしてまた揃ってすてんと転んでしまったり、梅の木に気をとられてぺしょ、と足を滑らせて転んで泣きそうになってしまう2人を心配して、千羽夜が一緒に採ろうと声をかけたのだ。

「ありがとうございます、千羽夜様」
「ううん☆ それにしてもこの梅、このまま齧ったらどんな味かしら‥‥って、我慢我慢!」
「その方が良いじゃろうな。そうそう、天儀酒に塩抜きした梅を漬けると化粧水になるのじゃ。美肌効果抜群じゃぞ」
「まぁ‥‥ッ♪ ほんとですの、ニノン様」

 ぽみ、と嬉しそうに手を打ったラヴィの隣で、そうなのね、と同じく頷いた千羽夜がふと、手の中の籠の梅をじっと見つめる。以前に訪れた時に咲き綻んでいた花が、今は実になっているのは少し、不思議だ。
 同じ事を賀 雨鈴(ia9967)も感じていた。彼女の場合、ことに時間は流れを実感してしまうのは、傍らの守紗 刄久郎(ia9521)の存在もあるだろう。

(ここに再び来るとは思わなかったし‥‥まさか旦那さんと来るとは思わなかったわ)

 その旦那さんこと刄久郎は、日頃の荒事に向かう時とはうって変わった軽装でのんびりと、雨鈴には手の届かない高い位置の梅を摘んでは「んー、ほれ」と雨鈴の手の中の籠に落としていく。時折雨鈴が良い梅の実の選び方を教えるのに嬉しそうに頷いたり、どの辺りを採れば良いのか尋ねたり、或いはもっと他愛のない言葉を重ねたり。
 こういう時間を夫婦で過ごす事は、振り返ってみれば余りない。たまにはこういうゆっくりした時間も良いもんだと、呟いた夫の言葉に雨鈴は微笑み頷く。
 だが少し視線をずらせば、そんな甘やかさとは掛け離れた男女も居て。

「なんと美味しそうな梅‥‥! これは良い梅干や梅酒になりそうですね、うむ‥‥!」
「ユー嬢‥‥」

 一粒一粒、丹念に摘み取っては凝視し、それから籠に放り込むユーフォリアに、ロックが小さな嘆息を吐く。いささか切り詰めた生活を送っているユーフォリアだから、依頼の後に梅干や梅酒を分けて貰えれば彼女の生活の足しにもなるだろう――と思ったのだが、その前に食いつきそうだ。
 だが依頼には全力で取り組むのがモットーの彼女だ。ぶつぶつと「食欲は我慢我慢! 私は我慢出来る子! 我慢は世界の美徳‥‥!」と言い聞かせ、時折湧き上がってくる邪念を追い払って作業に望む。
 うわぁ、と見ていた白梟が目を輝かせた。自分の籠と、2人の籠を見比べる。

「一杯ですね、ユーフォリアさん、ロックさん!」
「あぁ‥‥さて、これが一体どのような味を楽しませてくれるか、楽しみだな」
「いいから摘みなさい、このキザ騎士ィ――ッ!」

 ふ、と唇の端に笑みを浮かべ、指先の梅の実を宝石でも見るかのように眺めていたロックの背後から、ゲシッ、とユーフォリアが蹴りを入れた。うわ、と今度は顔を引きつらせた白梟に、そっちもさっさと摘むのです、と低い声で急かしつける。
 ちら、と目と目で頷きあったロックと白梟は、無言で何かを解り合い、せっせと手を動かし始めた。その様子に、あちらは大変そうですね、と微笑むアルーシュ・リトナ(ib0119)だ。

「アルーシュ、次はどこを採れば良い?」
「えぇと‥‥あの辺りが熟してそう、でしょうか」

 グリムバルド(ib0608)に声をかけられて、あの辺り、と眼差しだけを向けると「わかった」とグリムバルドは頷いた。そうして無造作とも取れる仕草でひょいひょいと梅を摘み取っては、アルーシュが広げたエプロンの中に落としていく。
 重くなっていくエプロンに、くす、とアルーシュが笑みを零した。子供の頃もこうやってエプロンを大きく広げ、落ちて来る実を受け止めたものだ。それを思い出してエプロンを持ってきたのだけれど、自分が大人になってしまったからか、それとも入れる相手が恋人だからか、あの頃よりも何だか少しくすぐったい。
 そんな様子のアルーシュを見れば、グリムバルドも嬉しくて。ますます張り切って「こんな感じか? アルーシュ」などと声をかけながらどんどん梅を摘む彼に、くすりとアルーシュが「傷つけないように落としてくださいね」と微笑む。
 何しろ梅の実は繊細で、少しの事でも傷をつけてしまいかねない。故に、そっと梅を摘む由他郎と紗々良に、未楡が『休憩しましょう』と声をかける。

「井戸で冷やしておいた麦茶とお饅頭をお持ちしましたよ」

 あちらでご一緒にどうぞ、と手招かれた先を見てみれば、真夢紀や久野都、月夜と陽媛も座って麦茶の冷たさを味わっている所。一生懸命頑張るだけでなく、時には休憩も必要なのだった。





 夏に梅干が活躍するのは、1つには夏の暑さで食物が腐らないように、と言うのもある。

「だから夏には効果的な食物だ。梅の酸味は体を刺激し、食欲を促進する」
「‥‥梅干はいらない。梅酒つくって」
「月夜、梅干だって美味しいんだからね?」

 そう説明したからすの言葉に、だが聞いていた月夜はぷい、と顔を横に向けて小さくそう言った。すっぱいのが苦手だと言う片割れに、陽媛がちょっと怒った顔を作って言ったのにも、ますます顔を背けるばかり。
 聞いていた久野都はおや、と目を見張った。義妹が梅干が苦手だと言う話は初耳だ。きっと今のように陽媛が食べさせてくれていたのだろうかと、微笑んで視線を向けると気付いた陽媛がにこっと笑う。
 そうして兄妹並んで梅をより分ける正面で、真夢紀も慣れた手つきで小梅と大梅をより分ける。家でも毎年やっていることだから手馴れているらしい。
 梅を選び終わった端から、今度は梅のへたを取る。ここでもつい力が入って傷を漬けてしまわないよう注意が必要だ。

「面倒がらずにしっかり取ることだ。カビやすいからな」
「梅のへたを、取るの、母さまに、教えられた、から‥‥けっこう、得意、よ」
「‥‥そういえば郷でも、さらは小さい頃からやっていた、か」

 からすの言葉に小さく頷き、串を動かしてへたをとっていく紗々良の言葉に、頷いた由他郎はふと懐かしむ瞳になった。昔は母と妹が一緒にこうして梅の下拵えをするのをよく眺めたものだ。あの頃に比べて妹は随分大きくなったものの、真剣な表情は変わらない。
 だがこうして一緒に過ごすのは、思い返せば久し振りで。あの頃は意識せずとも振り返ればそこに紗々良が居たのに、今は誘い合わせてようやく時間を作ることも珍しくなく。

「‥‥? お兄ちゃんも‥‥梅味噌で、食べる、おそうめん‥‥美味しく、なかった?」
「‥‥‥いや、美味しかった、な」
「後でそれも教えてくれる? 大好きな姐さんやお友達や‥‥その、大事な人、にも食べてもらいたいの」

 いつの間にか話題が移っていたらしく、一緒にへたを取りながら、色々と梅を使った料理の作り方を尋ねていたらしい千羽夜が、嬉しそうに紗々良を振り返った。ポソ、と小さく付け加えた言葉は良く聞き取れなかったけれど、ほんのり色づいた顔を見ればどんな相手かは想像がつく。
 こく、と紗々良は頷いた。それを小耳に挟んだ仁一郎が、こちらにも頼む、と手を上げる。せっかくの機会だから、他の梅料理も色々調べてみる気になったらしい。

「家でも色々な梅干が楽しめれば良いな。梅びしおとか、梅干を使って色々作るのも悪くない。今度試してみようか?」
「良いわね。梅干ジャムなんかも家で作っちゃいましょうか」

 神威と2人、顔を合わせて微笑み合う姿は、ほのぼのと暖かい。自然と胸の中の人を想いながら、千羽夜はせっせと串を動かした。元々こういう細かい作業はけっこう好きだ。
 梅干作りの工程は大体決まっているものだけれど、微妙な差異で味が変わる。ゆえに念の為に巫女に確認を取りながら、へたを取り終わった梅を柚李葉と羽郁は大きなたらいに一杯に水を張り、丁寧に実を洗っていく。

「‥‥もし良ければ、梅の実を幾つか分けて貰っても良いかな? ジャムを作りたいんだけど」
「うん、うん素敵。私も、梅シロップを作れないかな、と思ってるんですけれど‥‥」

 2人の言葉に巫女はこっくり頷いた。そうして柚李葉が梅を氷霊結で凍らせたのに、面白い方法ですね、と微笑む。
 そうして居る真にもへたをすべて取り終わり、水場に持ってきた千羽夜がたらいの中でクルクル回る梅を見て目を輝かせた。柔らかな梅の実は、水の中に落ちるとまるで転がる虹のようにも見える。
 それを嬉しそうに見守るうち、すっかり梅が洗い上がった。そうしたら次は少しの間、天日で梅についた水分をすっかり飛ばすのだ。
 その間に休憩を、と腰を下ろした人々にまた冷えた麦茶を配っていた未楡が、ふと思いついて巫女を振り返った。

「巫女様。もし宜しければ、畑仕事中の村の皆さんにも冷やした麦茶をお配りしようかと思うのですけれど‥‥」
「それは助かります」

 こっくり頷いた巫女は境内を振り返り、遊んでいた子供達を手招きした。パタパタ駆け寄ってきた子供達に、未楡を畑まで案内して下さい、と微笑む。
 うん、と頷いた子供達に手を引かれ、未楡は井戸水で冷やした麦茶を下げて畑へ向かった。ついでに子供に、この辺りでスモモは取れないか聞いてみる――本当はプルーンが良いのだけれど、生憎と都の辺りでしか手に入らないらしい。
 そんな姿を見送って、アルーシュも皆にお茶を入れて振舞った。最後にちょっと疲れた様子のグリムバルドの前にお茶を置き、その傍らにすとんと座る。

「そういえば、お師匠様は天儀の方なんですよね。漬け方とか何か話されてませんでした?」
「んー‥‥そういや梅は赤いと酸っぱくて、青いと甘いって聞かされたんだが‥‥本当かね?」

 尋ねたアルーシュの言葉に、尋ねられたグリムバルドは記憶を思い起こすように空を睨みながら呟いた。そうしてふと興味を惹かれたように、乾かしている梅に手を伸ばすと、目を丸くしたアルーシュが止める暇もなく、グリムバルドはポンと青梅を口の中に放り込む。
 次の瞬間、何とも言えない顔になって盛大に吐き出したのに、アルーシュが慌ててお茶を差し出した。熟する前の青梅には微量ながら毒もあるので、十分注意が必要だ。
 そんなハプニングもありつつ、梅がすっかり乾いたら次は漬けこむ番だ。ここは梅干と梅酒、それぞれを漬けるかめがずらりと縁側に並べられる。

「この中に梅を並べていけば良いの?」
「えぇ。そちらは梅酒のかめですから並べたら氷砂糖を乗せて。こちらの梅干は、塩をまぶしてからかめの中に並べてください」

 雨鈴がかめを覗き込みながら尋ねたのに、巫女がこっくり言葉を返す。それに頷きを返して、雨鈴は一つ一つ丁寧に指先で摘んでかめの底に並べて行った。隣で刄久郎も教えられた通りに塩をまぶしながらかめの底に放り込む。
 そうして並んだかめの数に、またニノンが目を丸くした。これだけあれば飲み食いしきれぬ程の梅干と梅酒が出来そうじゃ、と忙しく首を動かす彼女に、本当ですわね、とラヴィも目を丸くする。

「それにしても綺麗な翡翠色でまるっとしていて可愛らしいものなのですね♪」
「うむ‥‥そう言えば生梅は初恋の味らしい。旦那との恋もこんな味じゃったか?」
「は‥‥初恋の味、なのです?」

 黄色く熟した梅の甘い香りを楽しみながら、笑ったニノンの言葉にラヴィが顔を真っ赤にしてわたわたする。そうして恥ずかしそうに顔を赤らめながら、せっせとかめに梅を詰めていると、村から未楡が戻ってきた。そうして、巫女様の事を心配しておいででしたよ、と微笑む。
 巫女が浮かない顔になったのを見て、統真は塩をまぶした梅を摘めながらぼそり、と呟いた。

「‥‥ま、周りも悪意あるわけじゃねーし、たまには甘えてみるのも悪くないんじゃねぇの」

 心配されるのが不本意だとか、申し訳ないとかは解らないでもないけれども、村人達がこんなに心配しているのも、逆に言えばもっと自分達に頼って欲しいという裏返しではないか。そう呟いてから、うって変わって軽い口調で「そうそう、前に漬けた分を譲ってくれ‥‥とはいわねーけど、報酬代わりに梅の握り飯でももらえねぇか?」と尋ねる。
 それなら去年の分がまだ残っていますから、と巫女はこっくり頷いて、社の奥から梅干と梅酒のかめを持ってきた。それを見た喪越が興味深そうに梅酒のかめを覗き込む。

「しっかし、酒作りも一種の錬金術だわな。腐っていくだけのはずの液体の中で、一体何が起こっているのか‥‥」

 酒の中に梅と氷砂糖と蜂蜜を放り込んだだけの液体が、なぜ全く別の風合いを持つ液体に変化するのか。じっと見つめていればその秘密の瞬間が見えたりするかもと、ちょっと思ったりもして。
 そんな事はありえないと解っているのだけれど、でも見ているのは結構好きなのだと、少年のように笑った喪越に巫女が小さく微笑んだ。そうしてかめを差し出して、宜しければ皆さんも後でどうぞ、と声をかける。
 ぁ、とその言葉にラヴィが顔をあげて、パタパタと走り寄った。

「ラヴィ、カフェの料理長をしているのですけれど梅酒をお店で振る舞えたら、と思っているのですけれど‥‥少しお裾分けを頂いてもよろしいでしょうか‥‥?」
「かふぇ、ですか?」

 ラヴィの言葉に巫女は快く頷いた。「カフェの献立が増えそうじゃの」とさっそく嬉しそうに笑うニノンである。
 梅のたっぷり詰まったかめは、そろそろ見渡す限りになってきていた。





 全ての作業が終わる頃には、すでに風も随分涼しくなっていた。ありがとうございましたと丁寧に頭を下げた巫女が、お礼にと梅握りと梅の花湯を配って回る。
 幸い天気が崩れることもなく良い一日だった、と呟く仁一郎は梅の木陰で一休みだ。ごろん、と寝転がった先は神威の膝枕の上で、そんな仁一郎を嬉しそうに微笑んで見下ろしながら、神威はゆっくり額を撫でていて。
 邪魔をしてはいけないと、少し離れた所にそっと羽郁は、自分が作った梅ジャムを塗った焼き菓子も一緒においていった。疲れた所に甘いものも、元気が出たりするものだ。
 一緒に添えたのは柚李葉が氷霊結で作った氷で冷やした水で割った梅ジャムのジュース。余り冷えたものはという人には、お湯で溶いてお茶にしても良い。

「梅干茶もあるぞ。さあ、如何?」

 境内の片隅ではからすが俄か茶席を作り、ロックとユーフォリアに差し出した。ぱっと目を輝かせたユーフォリアの両手には、しっかりと梅握りがある。ロックの分まで奪い取ったのか、男は軽く苦笑していて。
 少し離れた大きな木の陰では、久野都と白梟が一緒に酒を飲んでいた。梅干を作っている途中、悪戯を始めた月夜に怒って陽媛が追いかけていったきり、帰ってこない妹達がどこに行ったのかと探してみたら、こんな所で仲良く眠り込んでいたのだ。
 疲れていたんだろうね、と微笑む久野都の器に梅酒をそそぎながら、こっくり頷く白梟だ。先ほどからとても良い風が吹いているから、それにも眠りを誘われたのかもしれない。
 そんな風に微笑ましく見守られている人達は、他にも居たりしたのだが。

「ちょっと、刄久郎さん‥‥酔ってるの?」

 梅の花湯を飲んでいた雨鈴の戸惑い声にも気付かぬ風で上機嫌に雨鈴の肩に抱きつく、見るからに酔っ払いの刄久郎である。ちょっと、と恥ずかしそうに顔を赤くする雨鈴も実は、まんざらではない様子。
 今年、皆でつけた梅酒がいずれは、こうして人々を楽しませる事になるのだろう。それがやっぱり不思議な気がしながら、喪越は梅酒を小さく煽ったのだった。