花車を君に。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/01 23:08



■オープニング本文

 君の為に出来ることはなんだろう。
 僕が出来ることはなんだろう。
 それを僕はもうずっと、昼も夜も考えているのだけれど、なかなか答えは見つからなくて。
 ああ、誰かどうか教えて欲しい。
 もうすぐ花嫁になる君の為に、花婿になれなかった僕が最後に出来ることは、一体何なのだろう。





 春は、嫁入りには良い季節だ。暑くもなく寒くもなく、何より色とりどりの花が咲き誇って、誰も彼もが穏やかな気持ちになる季節。
 そんな季節に、この町でもまた1人の娘が花嫁になる。丁寧な刺繍の施された白無垢の花嫁衣装を身にまとい、引き車に嫁入り衣装をたんと積んで、町中を練り歩いてその美しい晴れ姿をお披露目するのがこの町の習わしだ。
 ことに今度の花嫁は庄屋の娘。ならばさぞかし豪華な花嫁行列だろうと、町の者はその日が近づくにつれてその様子を様々に噂して。
 庄屋の娘が嫁ぐのは、幼馴染の酒屋の跡取り息子。今1人の幼馴染である米屋の倅とも良い仲だったらしいけれども、あちらはあいにく次男坊。
 2人の明暗を分けたのはその辺りだったのだろうか。いやいや、庄屋は婿を取る気だったのに、娘がどうしても酒屋の息子が良いと泣いたという。おや、俺が聞いたところによれば、庄屋の娘を嫁に出来なければ跡は継がんと、酒屋の息子が親父さんに突きつけたそうな。
 何にしても哀れは米屋の倅よと、人々はそう噂をしては伺うように件の米屋の暖簾を見る。よほど庄屋の娘の嫁入り話が堪えたものか、倅はしばらく家の外に出てこない。
 そう、町の人々が噂話に花を咲かせているのを、当の米屋の倅も知っていた。けれども、米屋の倅の京介(きょうすけ)は決して、庄屋の娘・心花(みはな)を嫁に取れなかったのが悔しく、恨んでいるわけではない。

(好きに言えば良い)

 心花と、京介と、酒屋の跡取り息子の佐衛門(さえもん)。幼い頃から仲の良かった彼らの中で、京介と佐衛門のどちらが心花を嫁にするかという幼い話だって、幾度となく出た事もある。
 京介は心花が好きだったし、佐衛門も心花が好きだった。嫁に出来ることならしたいと思ったし、きっと佐衛門もそう思っていただろう。
 けれども、決めたのは心花だ。2人の何が違ったのかは解らないけれど、心花が京介ではなく佐衛門の嫁になると決めたのは、去年の秋の終わりだった。
 それから、京介はずっと考えている。次の春に花嫁になると決まった心花と、次の春に花婿になると決まった佐衛門と。そのどこにも加われなかった自分が、それでも大切な幼馴染であることは変わらない2人に一体何がしてやれるだろうかと、京介はずっと考えていて。
 まったく傷つかなかったわけではない。だが「おめでとう」と2人を祝福した気持ちは本当だったのに、そのつもりだったのに、あれ以来2人はなんだか自分に気を遣っている風で。
 そんな2人のために、京介には一体何が出来るだろう。元通りにはなれなくとも、そこに近いものに戻るために、一体何が出来るだろう。そして憂いなく2人に幸せな夫婦になってもらうために、一体何が出来るだろう。
 考えて、考えて。昼も夜も、寝ても覚めても考えて。
 たった1つ、ようやく京介が思いついたこと。

「花車を仕立てて、花嫁行列に贈ろうと思うんだ」
「花車?」
「あぁ。引き車に色とりどりの花を一杯に積んで、心花のための祝いの花に。どうだろうか?」

 引き車に色とりどりの花を一杯に、と口にするのは簡単だが、実際に集めるのには大変な苦労が要るだろう。まして摘んだ花はすぐに萎れてしまうから、短時間でそれだけの量を集め、お練りまで保たせねばなるまい。
 無謀ともいえる息子の言葉に、だが米屋の親父は無愛想に頷いた。

「‥‥さて。まぁ何でもやってみるこった」

 考え疲れて目の下にクマをこしらえた息子の目は、だが自棄になった者の目ではない。ならば無茶でも無謀でもやってみるが良いという、それが親父なりの息子への思いやりだ。
 わかっているから、ありがとう親父、と京介は深々と頭を下げる。そうして誰か協力者を募ろうと、久方ぶりに家から外に足を踏み出した。


■参加者一覧
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
黒森 琉慎(ia5651
18歳・男・シ
汐見橋千里(ia9650
26歳・男・陰
和紗・彼方(ia9767
16歳・女・シ
ニーナ・サヴィン(ib0168
19歳・女・吟
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
ユリゼ(ib1147
22歳・女・魔
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰


■リプレイ本文

 青年は面やつれてはいたが、瞳の輝きは穏やかで、純粋だった。手伝いにと訪れた開拓者の姿を見ると、手伝いに来てくれてありがとうございます、と素直に告げる。
 その瞳の輝きに、汐見橋千里(ia9650)は真剣に京介の瞳を見てこっくり頷いた。

「共に天儀一の美しい花車を仕立てよう」
「そうね。きっと京介さんも負けないくらい幸せになれるから、今回は2人の為に頑張りましょう」

 真摯な響きの込められた千里の言葉に、ニーナ・サヴィン(ib0168)も微笑んで京介の肩を叩く。好いていた幼馴染と、仲の良かった幼馴染の結婚を精一杯祝う為に。そんな京介の心持が、ニーナは暖かくて好きだ。だからきっと京介の良さを理解してくれる人が現れるだろうし、そうして幸せになってくれれば良いと願う。
 けれども石動 神音(ib2662)はちょっと、複雑な気持ちもあった。やってきた一番の理由はいつか、神音の大好きな人のお嫁さんになる時の参考になるかな、という事だったのだけれど。

(だいすきなひとをあきらめるって、どんなきもちなんだろー‥‥)

 神音が神音の大好きな人をどうしても諦めなければならないとしたら、それでもきっと神音は絶対に諦めたくないと思うだろうのに。
 そんな京介の気持ちに興味があったのは黒森 琉慎(ia5651)も同じ。とは言え彼はどちらかと言えば、植物を薬などではなくただ観賞用に用いる事への興味が強いようだ。
 故に、うーん、と唸りながら提案する。

「可能なら、それぞれの行程を全員集中で行った方が良いね」
「うん。完成予想図も作ったほうが良いね、解りやすく――」

 琉慎の言葉に、弖志峰 直羽(ia1884)はクルリと紙を広げながら言った。生花は、種類によっては摘まずとも1日と経たず萎れてしまうものもある。そういうものも集めるならば尚更、一気に作業してしまったほうが良いだろう。
 幸い花嫁行列は明後日。明日1日を花車の準備に費やし、その翌日の朝からが本番だ。
 頑張らなくちゃね、と和紗・彼方(ia9767)がにっこり笑った。

「好きだった花嫁さんの為にも、素敵な花車を作らないとね」
「きっとお2人共、お喜びになると思いますわ。お2人の幸せな門出、精一杯お手伝いさせて戴きます」
「私にも、良いお式になる様にお節介させてね」

 ぐっ、と両手を握った彼方の意気込みに、白 桜香(ib0392)がこっくり真剣に頷く。こういう不器用でまっすぐな願いや人が好きだからと、やってきたユリゼ(ib1147)も京介に軽く片目をつぶってひらりと手を振って。
 天儀には咲く花に意味を見出す風習を持つ所もある。ニーナはそれらの花言葉を調べて、見た目だけでなく、込められた意味でも結婚する2人を祝えるようにと、京介に提案した。
 せっかく用意するのだから、隅々まで心を配って祝ってあげたい。さらに直羽が、花の色を際立たせる為に緑の松や細身の竹も一緒に挿してみてはどうか、と提案する。
 松竹だけでも十分におめでたい縁起物だから、見事な花車になりそうだと、琉慎は直羽の前の設計図に書き加えながら頷いた。だが問題は、用意してある引き車がその重さに耐えられるかどうか。
 その辺りは京介も考えてはいなかったようで、確認の為に見せて欲しいと告げるとキョトンと目を見開いた。2人を祝福したいという情熱はあっても、それ以外が伴っていない京介に、だが微笑ましく開拓者達は顔を見合わせたのだった。





 幾ら花が豊富な季節とは言え、闇雲に歩き回っていては欲しい花も、必要な量も見つかりはしない。効率よく集めるためにも情報収集は必要と、ニーナやユリゼは積極的に話を聞いて回った。
 遊びまわる子供の方が、花の場所を良く知っているだろう。そう考え、ユリゼは魔法で泥水を清水に変えて見せて子供達を喜ばせながら、綺麗なお花が咲いているところを知らない? と尋ねて回る。
 ニーナはニーナで、やはり詳しいのは花屋だろうと町で花を扱っている店を探しては、どこから仕入れてきたのかと尋ねて回って。

「最悪はお花屋さんで買おうと思ってたんだけど、ね」
「買わずに済みそうで良かったわね」

 ほっと胸を撫で下ろした様子のニーナに、ユリゼはくすりと笑みを漏らした。店で買い求めた花を飾るのは何だか味気ない。
 だから良かったと、頷き合いながら米屋の庭先に戻ると、程よく庭の片隅が掘り起こされたところだ。鍬と鋤を手にした直羽と千里が、帰ってきた2人を見て軽く手を上げた。
 花によっては根を土ごと掘り起こした方が良いものもある。そういった花を一旦養生させる為に花壇を拵えていたのだ。京介と琉慎は少し離れた所で、荒縄で引き車の補強をしていて。
 やがて一通りの準備を終えて、彼らは花集めへと出発した。地図を持つ女性陣を先頭に、後ろから花を運ぶため借り受けた大八車を引いて男性陣が歩く。
 その最中でふと、千里は京介に声を掛けた。

「京介さん。心花さんは、どんな女性なのだろうか」

 どうせなら彼女のイメージに合う花を贈ってやりたいものだという、千里の言葉に京介は少し首をかしげて考え考え、幼い頃からの心花を語る。語りながら自然と優しく頬を緩める京介が、心花を大切に思っているのは傍から見ても良く判って。
 やがて目星をつけた場所に辿り着くと、開拓者達はそれぞれ、手に麻袋や桶を持って花を探し始めた。ニーナが調べてきたのはカキツバタに黄菖蒲、釣鐘草や立葵。芍薬や矢車菊も花嫁の前途を祈るには相応しいだろう。
 そのニーナは麻袋を手に、早くも少し後悔気味だった。

(手が命の仕事なのに‥‥)

 手袋を持って来たら良かった、とがっくり肩を落としながら、それでも目の前に咲き揺れる花の根を掘り起こすニーナである。まずは全力でお祝いしてから考えようと、手を動かす女性の傍を通りがかった、神音がひょいと首をかしげた。

「ニーナちゃん、もって行くのある?」
「まだないわ。たくさん集めてきたわね」
「うん。神音はキョースケちゃんのためにがんばろうって決めたからね」

 足が速いのを活かして遠くまで花を集めに行くと、言っていた神音が手に提げた袋を見て感心の声を上げたニーナに、神音はこくりと頷く。きっとたくさん悩んだのに違いない京介を、神音はそんな方法で励まし、応援しようと思うのだ。
 少し離れた緩やかな山肌では、琉慎が目指す花を探しながら、ふと岩の下に生えている植物に目を留めていた。

「この辺り、薬草もちょっとだけど生えてるんだ‥‥」

 せっかくだからとそれも摘んで麻袋に入れ、その脇に咲く花の根をそっと掘り起こし、大八車まで戻ったら直羽がちょうど、別の場所から掘り起こしてきた花を積むところだった。どうやら町の人間が畑として利用している場所らしく、ユリゼと一緒に持ち主の家まで行って事情を話して頼み込み、花を採取する許可を貰ったのだとか。
 2人分の花を積みながら、直羽はユリゼに笑いかける。

「助かったよ」
「たいした事はしてないわ‥‥あら?」

 つと首を振りかけたユリゼが、ふと視線を遠くに移した。それを追って振り返った直羽の目にも、両手に1つずつ桶を提げた千里と、その横で1つの桶を両手で握って運んでくる桜香の姿が見える。
 大八車まで辿りついた桜香は、助かりました、と千里を見上げて微笑んだ。それに、少し困り顔になる千里である。両手に桶を提げて一生懸命歩いていた桜香を見るに見かねて、1つ横から受け取っただけなので、助けたというほどの事でもないのだが。
 でも助かりましたからと頭を下げた桜香は、直羽に手に提げた桶を渡した。それからもう1人の顔見知りの顔を求めて辺りをそっと見回すと、ちょうど麻袋を提げて駆け戻ってくる彼方の姿が見える。

「桜香ちゃん、ちょうど良かった! 氷、作ってもらって良いかな? 暑くなってきたから」
「あぁ、そうだね‥‥あ、2人ともちょっと待って」

 元気よく言った彼方の言葉に、それもそうだと頷きかけた直羽は、ふと思いついて彼方と桜香を呼び止めた。何だろう、と首をかしげて顔を見合わせた少女達の髪に、採ってきた矢車菊を一輪ずつ、そっと挿して飾ってやる。
 かわいーよ♪ と笑った青年の言葉に桜香ははにかんで礼を良い、氷を作る為に桶の水を集め始めた。彼方は満面の笑みを浮かべて、次はどこに行けば良い? と尋ねる。
 そうだな、と千里が空を見上げながら、人魂で向こうの方に花の群れがあるのを見た、と言った。それに大きく頷いて、彼方はまた走り出す。
 花は、着々と集まりつつあった。





 ずっしり重くなった大八車をみんなで手分けして押したり引いたりしながら帰りついた彼らは、早速花車の準備に取り掛かった。まずは全員で、用意しておいた庭の隅に根ごと掘り起こしてきた花を移植し、養生させておく。少し萎れかけている花にハラハラしながら、水もたっぷり撒いておいて。
 ある程度予想をして補強はしてあったけれども、もう少し必要そうだ、と琉慎は実際に集めてきた花と設計図を見比べながらもう1本荒縄を出す。そうして京介と直羽を助手にして、引き車をひっくり返してさらに補強を始める。
 その間に千里と神音、桜香は桶に入れてきた花を改めて切り上げて、水が揚がりやすいようにそろえていった。その3人をじっと見ながら、彼方も見よう見まねで奮闘する。

「どこから見ても美しい花車にしたいものだな。中央は高くして、枝垂れる花を車のきわに配してこぼれるように‥‥」
「設計図と、実際にやってみたら違う、という事もあるものね。一つの器に盛るんじゃなくて‥‥デザインを基に幾つか器を分けて、作った後に花車に乗せてみたらどうかしら?」
「綺麗な布でリボンをつけても良いと思うの♪」

 手の中の花に目を落とし、しみじみと呟いた千里の言葉に、設計図を覗き込んであれこれと話し合っていたユリゼとニーナが頷きあう。時間はたっぷりあるわけじゃないけれど、出来る限りの最善を尽くして美しくしたててあげたいものだ。
 そうですね、と集めた花を見回しながら桜香が首を傾げた。

「ジルベリアの習慣では、青い花が結婚に縁起が良いと聞きます。所々に入れられないでしょうか?」
「あと、花の合間を埋めるグリーンに天儀の薬草を使えないかしら。結婚式が終わっても、乾燥させて保存すれば新婚生活に役立つでしょう?」
「薬草なら採取してきたものがありますよ。‥‥ところで皆さん、引き車について意見を聞きたいんですが」

 ひょい、と声を上げた琉慎が些か情けない顔で、荒縄でぐるぐる巻きになった引き車を女性陣に見せた。強度を追求した結果らしい。
 う、と言葉に詰まった女性陣の肩を、直羽が大きくぽむと叩く。

「さて、今日は徹夜だぞ♪ みんな、頑張ろうね」

 にっこり爽やかな宣言に、はは、と乾いた笑いが漏れた。だがもちろん誰一人として文句を言うものはなく、米屋の庭先では明かりを灯して、夜遅くまで作業が続けられたのだった。





 翌朝。

「‥‥もう少し、クマを何とかしましょうね」

 呆れたように笑ったユリゼに冷たく絞った布と熱く絞った布を交互に目に当てられて、疲れ切ったような背中をしゃんと伸ばした方が良いとアドバイスを受けて、京介は米屋の庭先から出発した。すっきりした顔で出て行った青年を、頑張ってね、とユリゼは手を振り見送って。
 完成した引き車は重く、到底1人で運ぶ事など出来ない。故に琉慎と千里に手伝ってもらって前と後ろから引き出した、見事な花車にお練を見物に集まっていた人々から驚きの声が漏れた。
 あれは米屋の息子じゃないか、と目ざとい誰かが京介を指差す。そうしてまた囁かれる町の人々の口さがない噂にも、京介はきっと唇を結んで構わなかった。そうしてじっと、お練がやってくる方を見つめ続けて。

「‥‥京ちゃん」
「心花。これが、俺からのお前と佐衛門への祝いだ――受け取ってくれるか」

 やがてやってきた花嫁行列の、先頭に立つ白無垢の娘がはっと驚き足を止めたのを、まっすぐ京介は受け止めた。受け止め、そう静かな口調で言ったのに、娘は泣き出しそうな顔でコクリと頷く。
 過去になく華やかな、花嫁行列が始まった。今まで花車を仕立てたものなど誰も居ない。ましてその花車の傍では、神音の横笛とニーナのハープの音に合わせて、直羽と桜香と彼方が祝いの舞を披露しているのだ。
 ずっと一緒に居られますようにと、祝福を込めて歌い上げるニーナのハープからほんの少し外れた音は、京介が付け焼刃で懸命に吹く笛だ。せっかくだから一緒にと誘われ、必死に練習した笛に息を通す青年の音を聞きながら、咲き誇る桜のイメージで、舞傘を操り直羽は脇の舞に徹する。
 主の舞を踏むのは桜香と彼方。結婚する2人が幾久しく幸せであるようにと、心を込めて丁寧に。
 辺りを千里が式で作った蝶が飛んだ。この花車と、それに込められた京介の思いはきっと、彼方が渡した花の指輪と腕輪、花冠を身につけた心花にとって生涯の思い出になることだろう。
 やがて花嫁行列が酒屋へ辿り着く。人から話を聞いたのだろう、待っていた佐衛門は華やかな花車に驚いた様子はなく、ただ京介を見てつい、と頭を下げた。

「‥‥お役に立てた、かな。それなら幸いさ」

 酒屋の中へと消えていった幸せな2人を見送って、ポツリ、と琉慎は呟いた。花嫁のお練はここまでだ。
 ふぅ、と京介が大きく肩で息をした。やりきった、という表情。そんな彼に、千里は花車の中にそっと用意しておいた花束を取り出した。

「京介さん、お疲れ様」

 それは京介への手向けの花束だ。大好きな2人の幼馴染の為にと、ただ必死に考え頑張った彼への敬意の表れだ。
 本当に人を愛するという気持ちを体現するなら、それが京介になるのだろう。千里はそう思い、彼の前途が幸多きものである事を心から願う。
 桜香がぐっと両手を握って頷いた。

「お友達をこんな風に素敵にお祝いできる京介さんなら、きっとこの先、良い出会いが待っていますよ、きっとです」
「そうだね。京介君の強さが少し、羨ましいかな」

 ぽむ、とそんな桜香の頭を撫でながら、直羽もそっと昔に想いを馳せる。思い出すのはかつての許婚――すでにそう名乗る資格をなくして、会う事も出来なくなった人。
 その隣に立つのが自分ではなくても幸せであって欲しいと、願う気持ちは真摯にある。けれども何故その隣に立てなかったのかと、何故その資格を失ってしまったのかと、悔やむ気持ちだってどこかにはあって。
 だから京介はもう1人の自分のような気がした。故にいつか良き巡り会わせがあれば良いと願い、そうして彼なら必ずや良縁に恵まれるに違いない、と思う。
 そんな人々を眺めやり、みんなお幸せに、とそっとユリゼは離れた所から借りた笛を握り締めて祈って。



 この見事な花車はきっと、しばらく町の語り草になることだろう。