【四月】鍛治屋襲撃事件
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 20人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/23 20:36



■オープニング本文

 その塊を見つめ、彼は愕然と立ち尽くした。

「あまりお気を落とさず‥‥」

 主から言い付かり、彼にその塊を手渡してくれた鍛冶屋の小僧が全力で目を逸らしながらぼそぼそと言ったが、多分彼の耳には届いてない。それどころではない精神状態。
 小僧が盆にささげ持ち、彼の前に差し出したのは鉄くず。鉄の塊。どこからどう見てもただの鉄。
 だがしかし、これを鍛え直してくれ、と彼が鍛治屋を訪れ小僧に手渡したのは間違いなく、彼が父から譲り渡された大切な刀であったはずなのだ。

「‥‥‥‥」

 ゆえに、終始無言でただ愕然と鉄くずを見つめる彼の視線と、辺りに降り積もる重たすぎる空気についに耐えかねた小僧が「じゃ、じゃあそういう事で‥‥」と盆ごと鉄くずを卓の上に置いてそそくさと奥に引っ込んでいった。
 カーン! カーン!
 小僧が引っ込んでいった奥からは終始、鉄を鍛え打つ高い槌の音が響いてくる。彼がこの鍛治屋を選んだのは、ここは多少問題はあるけれどもとても腕の良い鍛冶屋だ、と友人に進められたからだった。色々と手を加えた業物であれば誤って壊してしまうことはあるけれども、そうでなければ大抵、研ぎ澄ます以上の仕事を見せてくれるからと。

(‥‥その結果がこの、鉄くずだと?)

 父から譲り渡された大切な品だと言う事は、くどいほど小僧に言い伝えてあった。そりゃあ父が大切にし、共に戦ってきた品だから、それなりに父も手を加えて鍛えてはいただろう。だがしかし。
 一体どうすれば、すらりと研ぎ澄ませた刀身も美しかった一振りの刀が、こんな見るも無残で原型をとどめもしない無骨な鉄の塊になるというのだ!?

「‥‥‥‥‥許さん」

 だから、ポソリ、と彼が呟いたのも無理はない。むしろ同情に値すると、同じ鍛冶屋の受け取り口に居た何人かは深い頷きを返したのだが、そんな事はどうでも良い。

「ぜっ‥‥たいに許さん‥‥っ!!」

 恨みの篭ったその呻きは、槌の音がうるさく響く鍛治屋内にも低く響き渡り――耳にした小僧はふと、嫌な予感に駆られて背筋を震わせた。よもや万が一、という事はあるけれど。
 そうして、もしかしたらよからぬ事をされるかも知れないのでどうか護衛の人を寄越してくれませんか、と小僧は開拓者ギルドに依頼を出し。
 見た者はそれぞれ、或いは頷き、或いは複雑な表情になり、或いはそのままその場を立ち去って『彼』を探し始めたのだった‥‥





「‥‥‥うぅ‥‥許さん‥‥‥許さんぞ‥‥‥ッ」
「‥‥なぁ、コイツ何か魘されてるけど」
「ほっとけ。どうせ夢見でも悪いんだろうさ」

 依頼に向かう途中の野営の夜、なんだか妙に脂汗を垂らして鬼気迫る表情で歯をくしいばって眠る友人を心配そうに見た男に、別の男がかなりやる気なく手を振ってそう言ったのだった。




※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 立風 双樹(ia0891) / 氷(ia1083) / 玲璃(ia1114) / 黎阿(ia5303) / 設楽 万理(ia5443) / からす(ia6525) / 鬼灯 恵那(ia6686) / 千羽夜(ia7831) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 朱麓(ia8390) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 守紗 刄久郎(ia9521) / ベルトロイド・ロッズ(ia9729) / 来島剛禅(ib0128) / トカキ=ウィンメルト(ib0323) / ブローディア・F・H(ib0334) / 不破 颯(ib0495) / 美郷 祐(ib0707) / 琉宇(ib1119


■リプレイ本文

 開拓者ギルドから護衛の為にやってきたのは、見るからに頼もしく、気合に漲った開拓者達だった。

「巫女のレアよ。よろしくね」
「災難だったね。ま、あたし達に任せとくれ」

 艶やかに微笑んで名乗った黎阿(ia5303)と、からりと爽やかに笑った朱麓(ia8390)の言葉に、ありがとうございますッ、と依頼人の鍛冶屋の小僧は勢いよく頭を下げる。鍛冶屋の奥からは常と変わらず、カーン、カーン、と熱した鉄を打ち延べる高い音が店中に響いて居て。
 けれども、店内が妙に蒸し暑い気がするのは何となく、奥の炉から漏れてくる熱気のせいだけではなさそうだと、氷(ia1083)は一緒にやってきた『護衛』の仲間達の無駄に爽やかかつ曇りのない笑顔を見回した。

(うーむ、俺も記念品をくず鉄にされたことはあるけどな)

 開拓者をやっているならば、そして高みを目指すならば誰もが一度は通るのかもしれないくず鉄の道。そこには運と気合とそれ以外の何か大人の事情が複雑に絡み合っていたりするような気もしなくもないが、そこはそれ、細かい事は気にしてはいけない。
 幸いにして氷自身はあまりくず鉄に深い思い入れはないのだけれども、どうやら他の仲間はそうでもないようで‥‥ほんとに護衛がこのメンバーで大丈夫なのか。時々「ついにこの時が‥‥」なんて低く呟いてるのを見る限り、かなり不安が過ぎるのだが。
 だが、鍛冶屋の小僧は特に不穏な空気は感じていないらしく、にっこりと人の良い笑顔で「鍛冶屋さんも大変ね♪」なんて同情している千羽夜(ia7831)に深く頷いたりしている。よく見ると、槌の音が響くたびに千羽夜の肩がピクピク動いてる気がするが多分気のせい。きっと恐らくもしかしてひょっとすれば気のせい。
 そんな話はさておいて、鍛冶師達にも同じ様に自己紹介をした開拓者達は、まずは襲撃者に備えて鍛冶屋の建物の点検を始めた。必ずやってくるという保証があるわけではないが、我が身を振り返ってみ‥‥じゃない、鍛冶屋の小僧とギルドから伝え聞いた状況を考えてみれば、問題の男・柚木遠村がかなり怒りに燃え上がって見境がなくなっている可能性は高いだろう。
 ゆえに、リエット・ネーヴ(ia8814)や不破 颯(ib0495)もぐるりと鍛冶屋の周辺を丹念に見回って、万一にも罠や、そのほかの仕掛けが作られていないかを丹念に見て回る。

「俺ならここから狙うねぇ‥‥」
「効率的に罠にかけるならここだね♪」
「お、あそこの壷は高価そうだなぁ。なんかあったら危なそうだなぁ」
「勝手口もうっかり鍵が閉まってて外からじゃないと開けられなかったりしたら危険だじぇー」
「だな。ついでに天井から撒菱が降ってきたりするかもしれないから確認しておかないとな」
「外から何か投げ込まれるかもしれないから障子も外しといた方が良いかもねー、外から丸見えだけど☆」

 開拓者としての豊富な経験の賜物だろうか、かなり具体的な攻撃手段が出来ているようだ。射線や罠の効果などを熱心に話し合いながら、あちらこちらを手分けして確認していく。
 一通り確認を終えて、店内に戻った2人は中を点検していた仲間達と首尾を確認しあった。罠や仕掛けなどの類は見つからなかった、と言う2人の言葉に、鍛冶屋の小僧はほぅ、と胸を撫で下ろす。

「ではよろしくお願いしますね。私は奥で手伝いがあるので‥‥」
「任せておいて♪」

 ニコッ、と可愛らしく千羽夜は笑顔で手を振り、奥へ消えていく小僧に手を振って見送った。見送り、完全に姿が消えた辺りでピタリ、とその手を止める。
 クルリと、振り返った彼女の笑顔に何となく、黒いものが混じっているように見えたのは目の錯覚だろうか。

「‥‥朱麓姐さん♪」
「ああ。依頼は依頼だ、しっかり『守って』やろうじゃないか」

 ニヤリ、と妹分に笑って応える朱麓の笑顔にも、何となく凄みが入っているような。そんな目でよくよく周りを見てみると、『護衛の為』に集まった開拓者達が纏う空気が何となく不穏と言うか、殺伐としていると言うか、時々漏れる低い笑い声がはっきり言って不気味だとか。
 ひぃ、と琉宇(ib1119)は手に持ったリュートを、何となくすがるようにしっかり胸に抱きしめた。怖い。何が怖いって、みんなから放たれる空気が果てしなく殺伐としてて怖い。
 琉宇はびくびく身体を震わせながら嘆いた。

「うぅ‥‥僕は穏便にしたいのに‥‥」
「‥‥ま、一応俺は世話にはなってるし、真面目に護衛する気ではいるけどね」

 ほわぁ、と欠伸しながら氷がやる気なく呟いた。それあっちに回らないってだけのような気がする、と琉宇はまた涙目でリュートを抱き締めたのだった。





 某月某日、夜半過ぎ。

「今日は、くず鉄を投げつけるお祭りがあると聞いたのですが」

 とある都のとある町のとある場所で、鈴梅雛(ia0116)は鉄の塊を懐に抱いて、てこてこと歩いていた。目指すはこの道の先にあると言う鍛冶屋。雛も時折お世話になって、時折『ちょっと失敗して』無残な結果になったりするその場所で、その悲劇の象徴たるくず鉄を投げ合うのだという。それは本当に祭なのか。
 明らかに誰かに騙されてそうなその情報に、だが雛は一先ず行って様子を見てみます、と鍛冶屋に向かってひた歩く。だがふと、どこか遠くから『ズドドドドドドド‥‥ッ』とものすごい地響きで走ってくる人がいるような気がして、彼女はふと足を止めて辺りをきょろきょろ見回した。

「‥‥? 何でしょう?」
「‥‥柚木さんッ!! 手はずは良いですね!!」
「ああ、無論‥‥ッ!!」

 そんな雛に全速力で差し迫ってくるのは2人の男性。1人は双眸を暗い怒りにぎらぎら光らせる男・柚木遠村。今1人は何だかよく解らないうちに偶然遠村と出会ったのだけれど、目と目が合った瞬間なぜかすべてを理解しあって共に駆けてきた怒れる志士・立風 双樹(ia0891)。
 ああ、果たして同じ怒りに震える2人の間に、どんな言葉が必要だと言うのだろうか? 強い感情は数多の言葉を上回る共感と理解を人の間にもたらす物なのだ。
 ゆえに2人は脇に居た雛など眼もくれず、残像でも見えそうな勢いで近付き、通り過ぎていった。あっという間に姿が見えなくなった彼らが向かっているのは無論、件の鍛冶屋。あの人達もくず鉄を投げに行くのでしょうか、と雛はこっくり首を傾げる。

「‥‥‥‥追いかけてみましょう」

 数秒後、そんな結論に達してパタパタ走り始めた雛とはまた別に、追うつもりもなかったのだが意図せず2人の後を追うようにして鍛冶屋に向かう女性の姿が、街角に現れた。

「鍛冶屋の斬り心地はどうかなぁ‥‥ふふふ、あはははははは!!」

 疾走しながら高笑いを夜の町に振りまく鬼灯 恵那(ia6686)である。言ってることからしてかなり物騒極まりないが、何より彼女の常軌を逸した爛々と輝く瞳を見れば、出会った10人が10人そろって「すいませんでした!」と反射的に謝って道を空けることは間違いない。
 色々ぶっ飛んだ恵那の様子も、理由はと言えば遠村と同じ。むしろ、遠村を警戒してギルドに張り出された鍛冶屋の小僧からの依頼を見て、うんやろう、と決意定まり切り込みに向かっているのだから、事実を知ったら小僧は失意に泣き崩れるのではなかろうか。
 
「あははははっ、あーっははははは‥‥ッ!」

 故に恵那は1人、夜道を駆ける。胸に抱く怒りはかつてくず鉄にされた『乞食清光』の美しい姿。必ずや敵は討ち取ってくれる、と胸の中の逝ってしまった刀に誓う‥‥マジで殺る、ああ、手加減なんてしてやるものか。
 そのころ目的地の鍛冶屋周辺では、やがてやってくるだろう遠村を待つベルトロイド・ロッズ(ia9729)の姿があった。

「くそぅ、俺の双戟槍の恨み‥‥ッ」
「ま、あちこちで恨みを買っているのだけは確かですねぇ」

 ぎりぎり歯ぎしりして鍛冶屋の建物を睨みながらそわそわ辺りを見回すベルトーに、来島剛禅(ib0128)もやる気があるんだかないんだかよく解らない頷きを返す。一応鍛冶屋を守る、ふりをするつもりでやってきたのだが、隠れて様子を伺っていたベルトーと目が合い現在に至るわけで。
 まぁストーンウォールで守るふりでもすれば義理は果たせるでしょう、とこっくり頷く剛禅である。実のところ、ちっとも本気で守る気ないし。

「苦労して交換して貰った双戟槍ーッ!!」
「レアものはなかなか手に入れるのが大変で‥‥と、そろそろですかね」

 夜空に吠えるベルトーをいなした剛禅が、だがふと視線を辺りに満ちる闇の中に向けた。耳を澄ませば遠くから、何かが近づいてくる地響きが聞こえる。それも1つではない、複数。
 他にも同志がいたか、とベルトーが喜色を浮かべた。くず鉄への恨みと怒りに結ばれた彼らの絆は、何者にも断ち切れるものではないのだ。遠村に会った事ないけど!
 果たして、闇を切り裂くように現れた者達の、怒りに燃える双眸を見て、ベルトーはその認識が間違っていなかったことを無言のうちに確信した。ベルトーの内にも燃え上がる怒りがあることを、恐らく遠村も双樹も恵那も何を言わずとも理解してくれたはずだ。

「打倒鍛冶屋!」
「くず鉄の恨み!」
「清光の仇!」
「双戟槍を返せ!」

 手を取り合い、拳を振り上げて最後まで戦い抜く事を誓いあう4人を見て、ようやく追いついてきた雛がこっくり首を傾げた。

「ええと、くず鉄は投げないのでしょうか?」
「それも楽しそうですね」

 剛禅が頷き、燃え上がる人々を温かく見守った。目指す仇はすぐそこだ。





 鍛冶屋の中で、それぞれの得物を傍に置いて、開拓者達はその時を待っていた。その時――襲撃者がやってくるとき。
 ふいに、鍛冶屋の外で鬨の声が聞こえた。ビクリ、と鍛冶屋の小僧が身を震わせて鍛冶場へと駆け込む。すでに炉は落ちていて、昼間の熱気が嘘のようにひんやりとした空気が漂っているそこには、鍛治師達が身を寄せ合っていた。
 気弱そうな男が言う。

「あ、あの‥‥大丈夫なんでしょうか‥‥?」
「ああ」
「まったく、はた迷惑な‥‥」
「‥‥‥」

 また別の苛立たしげな男が言った言葉には、心の中で「こいつマジ殺す」と思った守紗 刄久郎(ia9521)である。もちろん思っただけだが。ああ思っただけさ本気じゃない、手が滑るのは不幸な事故だし。
 一先ず表面上は真面目な表情を作ったまま、そうだな、と心にもない同意を返した刄久郎は、大人と言うべきなのか、腹黒いと言うべきなのか。見回せばいつしか、開拓者達の瞳はある種の期待に抑えきれない興奮がにじみ出ている。隅っこの方でリュートを抱える琉宇の恐怖はマックスだ。
 ――そして。

「成敗してくれるッ!!」

 その男・柚木遠村は背後からゆらりと立ち上る眼に見えない何かを背負い、鍛冶屋の建物の前に姿を現した。周囲には同じく立ち上る何かを背負ってゆらりと立つ開拓者達。その向こうにまったり眺めてる雛。
 鍛冶屋の前で防衛にあたっていた開拓者に、男は迷わず抜き身の剣を向けた。目がいってる。完全にいってる。
 美郷 祐(ib0707)は、ちょっと本気で冷や汗を垂らしながら説得を試みた。

「ゆ、柚木様ぁ? お気持ちはわかりますが乱暴は‥‥! 鍛冶屋さんだって精一杯されたのですし‥‥ッ!」
「黙れ! この恨みはらさでおくべきか!!」
「業物を連続でくず鉄にされた恨みはちょっとやそっとでは晴れません!」

 聞く耳持たず吼える遠村と双樹の言葉に、思わず深く頷いた周囲の開拓者一同(防衛側含む)。やれるんなら鍛治師を八つ裂きにしてやりたいと思った事のない人間は、鍛冶屋にお世話になった事のある人間から探すのはなかなか難しいだろう。
 その希少な人間であるところの氷は、怒りと憎しみと恨みに歪む顔見知りの前で飄々と肩をすくめた。

「近村君や」
「遠村だ!!」
「近村君の気持ちも判らんでもないけど、恨みを向けるならここを勧めた友人とやらに向けたらどうだい?」
「だから遠村だと言って居る!!」
「ゆ、柚木様、柚木様!! 論点ずれてます!」

 どうかすれば親しい相手の名前ほど高い確率で間違えるお茶目な側面を持つ男の言葉を聞いて、なんだか必死に訂正を試みる遠村に祐が突っ込んだが、やっぱり聞く耳を持たない。名前って大事だよね。
 そんな事は当然まったく気にしない氷は、言うべきことは言ったとばかりにニヤリと笑って口をつぐんだ。遠村の友人である某人のいい真面目な巻き込まれ体質の陰陽師が、後で遠村にどんな目に合わされるかはまぁ、こっちには関係のない話。どうせ夢だしね、とどっかから突込みが入りましたが気にしない。
 ふぅ、と黎阿が頬に手を当ててわざとらしくため息を吐き、残念だな、とトカキ=ウィンメルト(ib0323)も本気で心から悲しんでいるかのような顔を作った。

「‥‥気持ちはわからなくもないけど‥‥逆恨みはいい男のする事じゃないわね」
「説得に応じてもらえないなら、やるしかないな」
「‥‥今のは説得だったんですか?」
「開拓者には開拓者にしか通じない説得があるのよ♪」

 アレ、と首を傾げた小僧ににっこり嘘八百を教える千羽夜。ほらほら奥に行ってないと危ないわよ♪ と小僧の背中を押して店内に戻ろうとする、その扉が空いた隙をベルトーと恵那は逃さなかった。

「まずは強行突破だ! 行くよッ!」
「どこに隠れた鍛冶屋ぁ!」
「‥‥ッと」

 危ないわねぇ、と黎阿は舞うようにひらりと後退してその攻撃を避けた。ひらり、ひらりと攻撃を避けながら下がっていけば、そのうち鍛冶屋の中に入ってしまう。
 それを援護する、ふりをしてトカキはわざと明後日の方向に狙いをつけたファイヤーボールをぶっ放した。「ぁ、しまった」などと爽やかに笑って呪文を唱えなおすトカキ。次はサンダーを、と放った雷が何故か鍛冶屋の店内に今まさに入ろうとする小僧すれすれに落ちたりして。
 いやぁ、魔法って難しいなぁ、と笑うトカキに恐怖の眼差しを向ける小僧。ようやく何となく、自分達を守りに来てくれた筈の開拓者の様子がおかしい事に気付いたのだが、後の祭りだ。
 だがしかし、ここに集った開拓者のすべてが鍛冶屋の敵というわけではない。中には氷のように、一応は真面目に守りにやってきたものもいるのだ。
 例えば彼女、からす(ia6525)と設楽 万理(ia5443)もその1人と数えて良い、かも知れない。

「一つ尋ねよう‥‥何故、保証の巻物を買わなかったのだ」
「そんな蓄えが貧乏開拓者にあるか!!」

 梁の上で湯飲みを両手に持ち、悠然と遠村を見下ろしたからすの言葉に、きっぱり返る叫びは恵那とベルトーの後に続いて押し込んできた遠村のもの。ちなみに何故梁の上にいるかと言えば、近所の屋根の上だと生憎この騒ぎが見物できそうになかったからだが。
 その言葉に「ですよねー」と遠い目で頷くからすである。そりゃ、お気軽に誰でも買えるんなら買ってるだろう。
 だがしかし。

「大事なものであれば尚の事だろう。保険はかけておくものだ」
「まったくね‥‥。一つ我らの財布を啜り、二つ無慈悲な鉄くず三昧、三つ阿漕な補助アイテム商売を、退治てくれよう開拓者代表設楽万理! ‥‥と、私も言いたいところだけど」

 始まった騒乱の中、妙に大きく響いたからすの言葉に続くように、万理も射に携わる誰もが持つ静かな心持ちでそう呟いた。呟きながら、正座した膝の前に置いていた弓を静かな眼差して取り上げた。
 そうしてついと、弓で遠村を指す。

「柚木さん、逆に貴方に向かって言うわ。何でそんなに大切な刀をこの鍛冶屋に任せたのかしら?」
「‥‥ッ!?」
「失敗するリスクも良い方に転ぶだろうと思ったのかしら? この刀を鍛えれば活躍できるぞって誘惑に負けたのかしら? はっきり言うとね、それは自己責任よ!」
「く‥‥ッ」

 どうやら痛いところを突かれたようだ。まるで目に見えない矢が刺さったように胸を押さえる遠村を見る万理の瞳には、よく見ればうっすら涙が浮かんでいたのが解る事だろう。

「良い!? 5%が二回続く訳ないわと言ってくず鉄作ったりッ! 2%に抑えときゃ大丈夫だろとくず鉄作ったりッ!」
「ああ、5%大失敗は運が悪かったと諦めろ」
「保証の巻物と幸福の水晶組合せりゃ良くね? と巻物の効果が消されたのに気づかず鉄くず作ったりッ!」
「そうだな、レベル3は水晶も使って一気に上げるべしだが、保証はくれぐれも先にかけるな」
「そうよッ、それは皆自己責任なのよッ!! うわぁぁぁぁぁぁぁんッ、あたしのバカァァァァァァッ!!」

 次の瞬間、万理は号泣しながら目にも止まらぬ速さで矢を取り出しては弓に番えて遠村目掛けて放ち始めた。怒りが本来の技の限界を超えさせたようだ。ほら夢だし。
 ちょっ、まっ、ぉわッ!? と必死で避けたり刀でさばく遠村だが、無論そんなもん構った事ではない。ついでにあっちこっちにそれた矢が遠慮容赦なくぶすぶすぶすと鍛冶屋の建物内に刺さりまくってるが、後で回収しやすいと思えばどうでも良い話だ。
 天井の梁に腰掛けてまったりお茶を啜りながら、それは残念だったな、とからすは眼下で矢を飛ばしまくってる万理を見下ろした。しかしそれは恐らく、誰もが辿り着き、血の涙を流して乗り越えていく道。
 良いか、と眼下で争う男女に、だからからすはあくまで淡々と語りかける。

「私とて一度は絶望した。この弓は2代目だ――だが私はそれでも諦めなかった。そうして今や、レベル11だ」
「ちょッ、万理嬢!! 当たってる、飾り皿に当たった!?」
「皿が何よッ、それでくず鉄になった子達が帰ってくるって言うの!?」
「とにかく依頼をこなし金を貯めよ。保証をかけたら後は神に祈れ」
「落ち着け万理嬢、まずは話し合うんだッ!!」
「あんたに言われたくないわよッ!!」

 からすの言葉が聞こえてるんだか聞こえてないんだか、周りにいるはずの開拓者と鍛冶屋の人を全部置き去りにして激しい戦い(?)に突入している万理と遠村。互いの譲れぬ意志をぶつけ合うことは相互理解の第一歩だ。
 しばし、急須から新たなお茶を注いだり茶菓子を食べたりしながらのんびりとその様子を眺めていたからすは、鍛冶場のほうからこそこそと出てくる数人の仲間に気がついた。あちらの方でもなにやら騒ぎが起こっていることは知っていたが、果たして。
 そこまで考えたものの、特に流血沙汰にならなければ良いか、と思いなおしてからすはまたお茶を飲んだ。どう見てもぐったりした鍛治師をどこかに連れ出しているように見えるが、まぁ、流血沙汰にならなければそれで。
 ゆえに、再び眼下の熱い争いの見物に戻った彼女にはもちろん、最初から誰の味方をする気もない。





 さて、時間は少し戻って遠村が万理の嘆きの乱射に足止めされた頃、奥の鍛冶場では鍛治師たちと防衛者達と襲撃者達が顔を突き合わせていた。そうして、表から響いてきた女性の切ない叫びに誰もが沈痛な面持ちをしていた。
 それは切ないですよね、と剣呑な空気を放つ開拓者から鍛治師達を庇っていた祐が思わず、ホロリと着物の袖で涙を拭った。涙なくして聞くことは出来ない、余りにも哀れな、哀れすぎる魂の叫びをどうして聞き過ごす事ができるだろうか。
 ビシィッ、とベルトーが開拓者の向こうに守られた鍛治師たちに指を突きつけた。

「聞いただろ! 大失敗率5%でくず鉄と化すなんてあるか〜!!!!」
「何%だろうとなるときゃなるんだよッ!!」

 ドーン、と胸を張って言い返すのは鍛治師達の中でも年長に当たりそうな男だった。ちなみに先ほど迷惑とか暴言を吐いていた男。いや、迷惑には違いないんですが。
 ぐっ、と朱麓は両手に構えた得物を握り締める。今、それを向けている先は目の前に立つ襲撃者だが、ちょっと本気でコイツに向けたいとか思ってしまった。そんな彼女も無論、くず鉄の洗礼は体験済み。
 ふぅん、と襲撃者の1人、恵那がにっこりと見惚れる笑顔で口火を切った。

「清光を打って圧し折ったことある人は誰? 突き出せば他の人は勘弁してあげるよ♪」

 美しく、それでいて不穏な笑みにざわめく鍛治師を庇うように、立ちはだかったのは天ヶ瀬 焔騎(ia8250)。恵那に得物を向ける、その眼差しは本気と書いてマジと読む。
 む、と恵那の瞳が冷たく歪んだ。見れば彼の持つ得物も鍛えられたもの、そこに至るまでに鍛冶屋とのあれやこれや、言葉には出せない辛く苦しい出来事があったはずでなはいのか。ならばここは道を明けるのが道理(?)というものだろう。
 だが焔騎は引かない。フリでもない。彼は解消屋、鍛治屋を守って欲しいという依頼を受けてやってきたのだから、まずはその依頼を完璧に果たすのが彼の役目と心得ている。
 ゆえに、立ちはだかる男に女が笑った。

「まずはあなたから切る? 幸い巫女さんが癒してくれるみたいだしね」
「‥‥喰らえ、撃滅の朱雀悠焔! 鳳牙蓮閃!」

 ちら、と恵那の先にいる玲璃(ia1114)や黎阿の姿をも認めて、だが焔騎は容赦なく恵那に切りかかった。依頼人の依頼は柚木遠村から鍛治屋を守ること。遠村に協力するというのなら、恵那もまた排除すべき相手だ。
 狭い鍛冶屋の店内に、紅蓮紅葉の赤い燐光が、まるで朱雀の翼のように広がった。続けざまに、紅蓮紅葉から平突へと流れる動作でうつる焔騎に、恵那もニヤリと唇の端を吊り上げて切り掛かる。

「援護するんだじぇー♪」
「いけない、鍛冶屋さん、危ない!」

 叫びながらリエットが思い切り鍛冶屋の後ろからタックルをかまし、ブローディア・F・H(ib0334)が恵那を狙っているように見せかけて店内の燃えやすそうなところ目掛けてファイヤーボールを飛ばした。ひぃ、と鍛治師達から上がる悲鳴。
 ふふっ、とブローディアは楽しそうに暗く笑う。

(徹底的に放火し尽くす‥‥ッ)

 たいへんやる気に満ちておられるようです。
 これは危険ですね、と剛禅は棒読み口調で呟いてストーンウォールで鍛冶屋の建物内に石の壁を幾つも作成した。ブローディアがあっちこっちに飛ばしまくってたファイヤーボールが幾つか、石の壁にぶつかって遮られる。
 これ以上の延焼は抑えられた、と一先ず胸を撫で下ろした鍛冶屋は、だがふと辺りを見回した。どこを向いても石の壁。窓も入り口もどこにも見えない。

「‥‥あの?」
「ああ、うっかり閉じ込められてしまいましたね」

 爽やかに微笑む剛禅である。もちろん、外敵から守ると見せかけて実は鍛治屋を外には出さない周到な罠とか、そんな事はまったくない。ついでに外からも見えないので暴れてもきっと大丈夫とか思っても居ない。
 だがしかし、退路が経たれた事は事実。ざわざわと鍛治師たちの動揺が激しくなった。中には「だからやっぱり無視して帰ってれば!」と叫ぶものも居る――無論、個別に襲われたら守れないから居た方が良い、と奨めたのは開拓者だが。
 朱麓が、トカキが、刄久郎が、戦う恵那と焔騎に向かって走った。そして叫ぶ。

「援護するよ! でりゃああアァァァッ!?」
「ひいぃッ、水桶が壊れた!?」
「行くぞッ、地断げ‥‥おおっと、手が滑った〜ッ!?」
「こっちに得物を飛ばすなッ、馬鹿ッ!!」
「おっと危ないファイヤーボール!!」
「炉に向かって撃つのはやめてッ!?」

 援護どころかむしろ嬉々として鍛冶屋破壊行動にいそしみ始めた『万屋』一同である。さりげなく? どさくさにまぎれて? そんなの無理だろこの人数で。
 故に、小僧や鍛冶師の悲鳴を受けながら思う存分暴れまくり始めた開拓者達である。一応、人は傷つけないようにするつもりだけれど、そんなの無理だろこの暴れっぷりで。
 いぇーい、とリエットが混沌とし始めた鍛冶場の中をチョロチョロ動き回って、ひょい、と足を伸ばして逃げまどう鍛冶師を引っかける。特に何か恨みがあると言うよりは、純粋にこの大騒ぎを楽しんでいる様子。
 よろ、とよろけた鍛冶師の1人が運悪く、戦いのまっただ中にまろび出た。キラリ、と恵那の眸が輝く。

「貰ったッ! 清光の仇よッ!」
「邪魔だッ! 朱雀悠焔ッ!」
「ヒィッ!?」

 大丈夫八割殺しだからッ、と刀を振り上げた恵那の言葉と、俺の邪魔する奴は味方でも切るッ! と不穏な笑みを浮かべた焔騎の言葉が重なった。そこに朱麓が「危ない鍛冶屋ー」と棒読みでデーモンフォークをぶん回しながら乱入し、援護射撃と称して鍛冶屋目掛けてブローディアのファイヤーボールが飛んでくる。
 でりゃっ、と振り下ろした武器が鍛冶場の地面を抉った。押し固められた土が飛び散り、至近距離で直撃を受けた鍛冶師に思い切り当たり。

「ほれほれ、避けないと死ぬぞー」
「俺も今日は手が滑りやすくてねぇ」

 余りの衝撃にゲフッ、と息を吐いた鍛治師の顔すれすれ狙って矢を放っておいて、颯も爽やかに言い切った。もういっそ殺してください、とちょっとだけ遠い瞳になりながら、腹に硬い土くれをめり込ませて吹っ飛んだ鍛冶師。数瞬後、ストーンウォールの壁に当たって動かなくなった男を見て、おや、と朱麓は眉を上げる。上げただけ。
 そしてからりと笑った。

「いや、すまんすまん。武器が長いと結構扱い難しくってさ」
「むしろ叩きつけたように見えたけどな」
「ですよねぇ〜」

 ぼそ、と呟く氷、すでに色々諦めて鍛冶場の隅っこの方で観戦中。何人かは呪縛符で縛ってみたりもしたけれど、この人数を相手に1人で戦おうと思うほど彼は馬鹿じゃない。
 そんな氷にうんうん頷きながらぐったり気を失った鍛冶師を拝んでいる祐はと言えば、朱麓が土くれを飛ばした段階でさっと身を翻して鍛冶師を庇うのをやめてたり。想いを受け止めるって大事ですよね、とにっこり笑った彼女に恨みがましい視線が注がれた気もするが、ひとまず気のせいという事にしよう。
 だがもちろん開拓者も鬼ではない。黎阿は「あら大変ね」と婉然と微笑むと、動かない鍛冶師の元へ駆け寄った。揺すって見ても意識が戻らないとなると、バシッ、とかなり力を込めて横面をひっぱたく。

「い‥‥ッ!」
「ぁ、良かった、起きたわね。こんな所で寝てると危ないわよ‥‥あら、口の所切れてるじゃない、治してあげるわよ」

 ちなみに切れたのは吹っ飛ばされたせいではなく黎阿がひっぱたいたからだが、幸い気を失っていた鍛冶師は事実は知らないまま、ありがたい、とちょっと本気で涙ぐんだ。彼を安心させるように黎阿は微笑み、神風恩寵でその傷と、ついでにあちこちの擦り傷を癒してやる。
 大丈夫そうね、と回復した鍛冶師の姿を見て黎阿は微笑んだ。

「礼には及ばないわ。人として当然の事をしただけだもの‥‥そんな簡単に楽になってもらっちゃ勿体無いし‥‥」

 訂正、やっぱり開拓者は鬼だった。ズザッ、と真っ青になって後じさる鍛冶師。ちょっとタイプだったのに!
 そんな小さな悲劇は鍛冶場の別の場所でも起きていた。黎阿と同じく玲璃も自身の周囲に鍛冶屋を呼び寄せ、エンドレスで傷を癒してくれようと企んでいたのだが‥‥

「鍛冶屋さん達の怪我は閃癒でいくらでも治療しますので、皆様は心おきなくお仕置き‥‥もとい『恩返し』をどうぞ」
「ゲ‥‥ッ!?」
「冗談じゃない!!」

 爽やかな笑顔で恨みに燃える開拓者に告げた言葉を聞いた、鍛冶師達も勿論真っ青になって本気で逃げの体勢に入ったのだ。まぁ普通、いたぶられると解ってて大人しく待っている人は居ない。
 蟻の子を散らすようにわたわたし始めた鍛冶師達である。エンドレスな機会を逃し、玲璃は残念そうにため息をついた。それを見る開拓者もどこか残念そうだ。
 恐慌に陥った鍛冶師達は鍛冶道具で周りの壁を壊しにかかった。そこにようやく、精根尽きて突っ伏して泣き始めた万理を置いて、ボロボロになった遠村が鍛冶場に現れて。

「意味もなく地断撃!!」
「ないのかよっ!!」

 せめて意味はあって欲しい、と心の底から願った叫びもむなしく、遠村は出会い頭に刄久郎に吹っ飛ばされてまさに鍛冶師達が決死の破壊活動に勤しんでいる壁に激突した。開拓者でなければ、否、開拓者でも場合によっては割と死ねるので良い子は真似をしてはいけない。
 その衝撃が止めとなり、魔法の壁はついに崩れさった。嬉々として気を失った遠村を踏みつけ、鍛冶師達は我先にと現れた裏口に取り付く。
 だがなかなか開かない。外からでないと開けられないようリエットが細工したからだが、必死になった鍛冶師達は全力で蹴破って意図せず罠を強行突破した。

「でも甘いんだじぇー♪」

 鍛冶屋の離れの屋根の上でお菓子を食べていたリエットが楽しそうに言った。途中まで足を引っかけ転ばせ回って居たのだが、特に恨みを果たしに来たわけでもないのであっさり飽きて、見物体勢に入り現在に至る。
 予言めいたリエットの言葉通り、バタンッ、と扉が開いた瞬間、悲鳴を上げたのは鍛冶師達だった。周辺の警戒に当たっていた、と見せかけ色々仕込んでいた颯が、扉を開けたら頭上から撒菱が降りそそぐ罠を仕掛けていたのである。よしっ、と颯はその光景にガッツポーズ。
 なんとも踏んだり蹴ったり。それでも何とか鍛冶場を逃げ出した鍛冶師達の前に、さらに立ちはだかる男が居る。

「くず鉄がひとーつ‥‥くず鉄がふたーつ‥‥くず鉄がみーっつ‥‥っ! ふ、ふふ、ふふふふ‥‥ッ」

 鍛冶師達の退路を断つため、裏口でじっと待っていた男、双樹。足元に積み上げられたくず鉄を積み上げては崩し、積み上げては崩し、さらに積み上げては崩し‥‥ふふふッ、とその度に漏れる笑い声がとっても不気味。
 この瞬間を待っていたと、双樹は爽やかな中にも凄絶な笑みを浮かべてくず鉄達を拾い上げた。ふるふるとその手が震えているのは、待つ間にも積もり積もった恨みのゆえか、ついにこの時を迎えた興奮ゆえか。
 双樹の口が確かに『コ・ノ・恨・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ‥‥!』と動いた。ぐっ、と拾い上げた手の中のくず鉄を握り締め。

「いいか! これは鉢金の分! これは阿見の分! これは理穴の足袋の分! これとこれとこれは業物の分だあぁぁぁ――!!」

 散っていった相棒達の姿を思い浮かべながら、男泣きに泣いてくず鉄を開拓者の全力で投げつける。もちろん当てない。当てないがちょっと掠めて頬が切れた位は受け止めて貰いたい。
 じっと見ていた雛が、とりあえず持ってきたくず鉄を一緒に「エイッ」と投げてみた。ひゅぅん、と弧を描いて飛んでいったくず鉄をじっと見送る――ガコッ、と誰かの頭に着地した音が聞こえた、と思ったら額から血をだらだら流してばったり倒れたのは何故かくず鉄を拾おうとしていた祐。

「く‥‥ッ、せ、せめてこれを鍛冶師さんにお供えして‥‥ッ」
「何だかよく判らんが引き受けた。受けた依頼は、最後までやり遂げる‥‥安心しろ、アンタのその願い、俺のこの刀が、確かに引き継いでやるよ。だから安心して眠るがいい」

 反射的に受け取り、しっかり頷く解消屋・焔騎。いったい彼女がこれほどまでに切羽詰って何をしたいのか不明だが、募る思いがあるならそれを叶えてやるのが人というものだろう。
 ほッ、と息を吐いた祐が、がっくり項垂れ力尽きた。ちなみに死んではいない。
 雛がこっくり首を傾げる。

「‥‥変わったお祭なのですね?」

 どうやらこの惨状を見ても、彼女はあくまでお祭だと思っているらしかった。





 草木も眠る丑三つ時、ようやく鍛冶屋決戦(?)は終結した。主に双方の体力の限界と、いい加減面倒になってきたと言う意味で。
 鍛治師の1人の怪我に包帯を巻いてやりながら、雛はちょっと唇を尖らせる。

「お祭りに、怪我はつき物ですが、あまりやり過ぎないで下さいね」
「‥‥すみません」

 あくまで祭ではなかったのだが、鍛冶師が逆らわないのは終結のトドメとなったのが、当の雛だからで。危ないのは駄目です、と可愛らしい口調とは裏腹に、実に思い切り良く井戸水を全員にぶっ掛けて下さったのである。春とは言え夜はまだまだ寒い。うっかりすると本気で命が危険。
 そんな訳で大人しく口を噤む鍛冶師達には、ベルトーが詰め寄っていた。

「金がかかるのは仕方ないとして、成功率をもうちょっと上げてくれ!」
「そちらにも事情はあろうさ。あんたらだって職人。命賭けて仕事して、その結果なんだろ? 分かっちゃいるが、鬱憤は溜まるさ。俺たちにとっても預けたのは魂みたいな物なんだからなぁ」

 颯も腕を組んでうんうん頷く。そりゃあ、仕事を頼むならお金がかかるのは、それは取引として当然のことだ。人間なのだから失敗することもあるだろう。だがしかし、それにしたってありえないものまでくず鉄になったり、思い入れの深いものもくず鉄になったりすれば、誰だってほんのちょっぴり不穏な気持ちにはなるわけで。
 とはいえ、くず鉄になってしまったものが戻ってくるわけではない事くらい、ベルトーにも解っている。その隣の、まだほんの少しやり足りない様子の恵那も、散っていった清光を思った――くず鉄にされた瞬間、清光はどんな怖かっただろうか。それを思うと今でも恵那は悲しみがこみ上げてくるのだ。
 だから、キッ、と鍛冶師を睨みつける。

「いい? これで懲りたらもうちょっと慎重に鍛えてね! 大胆かつ慎重に!」
「いっそくず鉄で遠村の刀を打ち直してみろ。何、出来ない? それでも鍛え、直す者‥‥鍛冶屋といえるのかい?」

 さらっと無茶振りする刄久郎。ぶんぶんぶん、と必死に首を振る鍛冶師一同。んー? とますます凄みを効かせた刄久郎に、鍛冶師達ちょっと涙目だ。
 鍛冶場には先刻から琉宇が琵琶の音に乗せて謡う鎮魂歌が流れている。何故だか良く解らないけれど、琉宇がしっかり抱きしめていたリュートはいつの間にか、琵琶に変わっていたのだ。ほら、夢だから。
 そんな訳で琵琶を奏で、謡う琉宇である。

(壊れた武器に、鍛冶屋さんに、みんなに‥‥ううん、何にとか誰にとかじゃなくて、とにかく奏でるね‥‥)

 多分、今日一番気苦労が多くて寿命が縮んだのは間違いなく彼だ。
 一応鎮魂の歌なのだが、屋根から下りてきて何故か楽しそうにキャイキャイ飛び回り始めたリエットがふと、首を傾げた。

「鍛治師さんと、朱麓ねーちゃんと千羽夜ねーちゃんが足りない気がするんだじぇー」
「何ッ!? チッ、止めは俺が刺そうと思ってたのに‥‥ッ」

 凄絶な笑みで何かを察し、走り出した焔騎。そんな笑みを浮かべる焔騎は、かつて『狂焔の魔鬼』とか何とか呼ばれていたそうだが、誰も解らないので割愛しよう。
 どうやら、惨劇はまだ終わっていないらしい。





 そこはどこか暗い場所だった。具体的に言えば鍛冶屋の離れの一室なのだが、縛られているうちに連れてこられた鍛冶師にはそれが解らない。
 目の前には2人の人影。うふふっ、と愛らしいはずの笑みを浮かべた少女が、傲然と腕を組んで尊大に鍛冶師を見下ろした。

「どうして連れてこられたのか、解るかしら? ふふっ、生き地獄を味あわせてあげる‥‥♪」
「ま、そういう事だ」

 悪いね、と肩をすくめた女性はだが、目が完全にいたぶるモード。ごくり、と唾を飲み込んで再び少女の方へと視線を戻せば、彼女が取り出したのは掃除用の羽箒。
 羽箒で、生き地獄?
 繋がりが解らず首を傾げた男に、にたぁ、と暗い愉悦の笑みを浮かべ、少女は羽箒をそっと、あくまでそっと男の鼻先に持ってきて。

「無・限・擽・り・の・刑♪ さぁ、どこまで耐えられるかしら‥‥?」
「ぅ、ひぃ‥‥ッ、ぶはッ!?」
「あーら、まだまだ序の口よ? もう我慢出来ないの?」
「ちょ、やめ、ぶはははッ、ひぃッ、苦しいッ」
「ふ、ふふふ‥‥うふふふふふふッ、おーっほほほほほほッ! まだまだ耐えられるでしょぉー? ほーらほらほら」
「ひいぃぃぃぃぃ‥‥ッ」
「あははははッ、王女様って呼んだら許してあげても良くってよッ!!」

 王女様、ぶっ飛んでます。隣で見てた姐さんがそっと目を逸らした位のぶっ飛びっぷりです。
 心から楽しそうな王女様・千羽夜と姐さん・朱麓が、やがて嬲るのに飽きてひくひく震えている男をそのまま置き去りに、すっきりした気分で甘いもん食べに行くまでは、まだまだ時間が必要だった。