お嬢さんと猫の願い。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/08 22:47



■オープニング本文

 瀬奈(せな)はもうすぐ6歳になる。パパとママと姉やが居て、瀬奈の大事な友達のブチ猫のみゃぁやが居て。
 うちは町の小さなお茶屋をしていて、だから今日も、パパと姉やは忙しく忙しく働いている。瀬奈はそれを知っている。
 だから今日も瀬奈は、みゃぁやと2人ぼっち。

「ねぇ、みゃぁや」

 お茶屋の前の、真っ直ぐ町の外まで伸びている道の上で、瀬奈は足元のみゃぁやに言う。なぁ、とブチ猫が応える。

「せな、知ってるのよ。このみちをずぅっとずぅっとまっすぐ行ったら、ママのおばあちゃんのおうちがあるのよ」
「んなぁ」
「それでね、おばあちゃんちにはママと、せなのおとうとかいもうとが居るのよ」

 ママはもうすぐ、赤ちゃんが産まれる。瀬奈の弟になるのか、妹になるのか、生まれて来るのを瀬奈もパパもママも姉やも本当に楽しみにしていたのだ。
 でも、ママはお腹が大きくなって来るにつれてどんどんしんどそうになってきて。瀬奈は心配しなくって良いのよ、ママはそう言ったけど、お店でバタンと倒れたママは、元気になって赤ちゃんが生まれたら帰ってくるわね、とやって来たおばあちゃんとおじいちゃんと一緒に行ってしまった。

「ママはいつかえって来るのかしら」

 ポツリ、呟いた瀬奈の言葉に、なぁ、とまたみゃぁやが鳴く。そうして小さな友達の小さな手を、ザラザラの舌でペロンとなめる。
 痛かゆい感触に、ふふ、と瀬奈は微笑んだ。だがすぐに曇り顔になる。

「ねぇ、みゃぁや。ママはいつかえって来るのかな」

 もう一度、呟いた。
 もう瀬奈はずっとママに会ってない。ママに会いたいと、最初はパパや姉やに何度も訴えたけど、そのたびに二人がとても困った顔になるから、瀬奈はずっとガマンしている。
 道の彼方を見た。この先に、ママがいるのに。

「みゃぁや、いっしょに行ってみましょうか?」

 呟いてから、あっ、と声をあげて両手で口をしっかり押さえる。そんなことをしたらパパや姉やがどんなに心配するのだか、前に迷子になった瀬奈を探してくれた時のことを思い出せばすぐに判る。
 それにママは瀬奈に、パパと姉やの言うことを聞いて良い子で待っていてね、と言ったのだ。
 だから。

「せな、良い子でまってるわよね、みゃぁや」
「なぁ」
「そうよね。せな、ちゃあんとまってるわ。でも、でもね、みゃぁや」
「なぅ?」
「こんなにいっぱいママに会わなかったら、ママはせなのことをおぼえててくれるかしら」

 そう、小さな両手をほっぺたに当てて、ほぅ、とため息を突いた瀬奈に、みゃぁやはコツンと頭をすりよせた。





 その日、開拓者ギルドを訪れたのは、亜季(あき)と名乗る少女だった。

「お勤めしているお茶屋のお嬢さんを、お母さんの実家まで連れていって欲しい?」
「へぇ。うちのお茶屋の奥さんは、産み月が近付くにつれて具合が悪くなられたんで、大事を取ってご実家で静養する事にしたんでさ。お茶屋でもお倒れになったし、お腹の子に何かあっちゃいけないんで。それで、瀬奈お嬢さんはまだお小さくて手も掛かるんで、それまで通りあっしがお世話する事になったんでさ」

 それが半月ほど前の事。だが、最初は母に会いたがって泣いたりした瀬奈は、やがて愛猫と2人で毎日店の前の道にしゃがみ込んで、寂しそうな顔でじっと母が去って行った方を見つめるようになった。
 お母さんに会いたいですか、と亜季が聞いても「せなは良い子でまってるもん」と唇を尖らせ、またじっと遠くを見つめるばかり。そうして寂しそうに、ほうぅ、と溜息を吐くのだ。
 この所では食欲もすっかり失せてしまって、母が帰ってくる前に瀬奈の方が病気になってしまうのではないか、と心配した主人の藤吾(とうご)が、亜季を開拓者ギルドに遣わしたのだ。

「ご主人はお茶屋を休む訳にはいきませんし、あっしも奥さんの代わりにお茶屋をお手伝いしなきゃなりません。ですからどうか開拓者さんに、お嬢さんを奥さんの所に連れて行って差し上げちゃくれませんかね」

 その時はお嬢さんの猫のみゃぁやも一緒にお願いしますさ、と頭を下げて出て行く亜季の後姿は、お世話するお嬢さんを思って落ち込んでいるようにも見えた。


■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
舞 冥華(ia0216
10歳・女・砲
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
玖堂 羽郁(ia0862
22歳・男・サ
天寿院 源三(ia0866
17歳・女・志
氷(ia1083
29歳・男・陰
衛島 雫(ia1241
23歳・女・サ
吉田伊也(ia2045
24歳・女・巫


■リプレイ本文

 お茶屋のお嬢さん瀬奈は、年の事を考えずとも聞き分けの良い子供だ。普通、まだ5歳なら、わがままを言って見たり、人見知りをしたり、逆に驚くほど暴虐無人に振舞ったりしてもおかしくない。
 だが父の藤吾がやってきた開拓者に礼を言い、娘を手招いて「この人達がママの所に連れて行ってくれるから、良い子にする」と言って聞かせると、瀬奈は大きく目を見開いて大人達をじっと見つめ、こっくり頷いた。それからほんの少しだけ不安そうに藤吾達を振り返り、

「せな、ママのところに行ってもいいの?」
「あぁ、ママによろしくな」
「‥‥パパとねえやは行かないの?」
「旦那さんもあたしもお店がありますさ。お嬢さん、みゃぁやもご一緒なんで」

 だから行ってらっしゃいまし、とにっこり笑んだ亜季に、瀬奈はまたこっくり頷いて開拓者に向き直り、よろしくおねがいします、と舌っ足らずに頭を下げた。んなぁ、と隣でみゃぁやも挨拶する。
 そうですか、と天寿院 源三(ia0866)が深く頷いた。半月もの間、母に会いたいのを堪えて頑張ってきたというだけでも感じ入るものがある。おまけにこれから瀬奈が向かうのは、父や姉やからも離れた1人と1匹の冒険だ。
 ならばせめて安心させようと、彼女は優しく微笑んだ。

「拙者は天寿院、宜しくね? みゃぁやもよろしく‥‥えと、な、な〜ぅ?」
「短い間ですけれど、仲良くして下さいませね」

 瀬奈とみゃぁやにそれぞれ視線を合わせ、小さな手と肉球を握って挨拶する天寿院の横で、同じ様にすとんと腰を落として瀬奈の高さに視線を合わせた六条 雪巳(ia0179)が微笑んだ。キョト、と目を丸くした瀬奈の足元に、みゃぁやがしきりに身体を擦り付ける。
 佐伯 柚李葉(ia0859)が猫を見下ろし、みゃぁやを入れるのに良い籠を売っている所を知らないか尋ねると、亜季は「ありますよ」と引っ張り出してきた。少し大きめの、目の粗い竹細工の編み籠。春先でお茶屋が郊外に出張する時などにみゃぁやを連れて行くのに使うらしい。
 手渡しながら亜季は真剣な眼差しで柚李葉に言った。

「くれぐれもお気をつけくだせぇ」
「‥‥?」

 その言葉の意味を真に悟るのは、彼らが旅立った後の事になる。





 開拓者ギルドの受付嬢は半泣きになっていた。

「幼い子の周りに置く馬だ、駿馬はいらない。老いててもいい、気性の穏やかな馬を頼む」
「馬、貸してくれないのか? じゃあ泣く」

 そう宣言し、本当に大声で泣き始めた舞 冥華(ia0216)に、こっちが泣きたい、と真剣に思う。おまけにその隣では真剣な表情の衛島 雫(ia1241)が頭を下げて「馬に傷一つでもついたら私の報酬を没収しても良い。どうか頼む」などと言っている。
 馬は開拓者ギルドの財産で、開拓者への貸与は貸し渋られる事がある――それはその通りなのだが、今、本当に貸与出来る馬が出払っているという現実もある。あるのだが、普段からそれを断り文句にしてるので、信用される訳がない。
 故に頭を下げまくられ、口説きまくられ、泣きまくられた受付嬢は、もうそろそろ真剣に泣きそうだった。それに気付いた玖堂 羽郁(ia0862)が、ああ、とがりがり頭をかいて肩をすくめる。

「じゃあさ、せめて貸し馬屋を紹介してくれないか? 知っての通り、連れて行くのは5歳の子供だからさ」

 出てきた譲歩案に、それでしたら! と受付嬢が快く最寄の貸し馬屋を紹介してくれたのは、だからそういう訳である。この受付嬢、ギルドでもかなり気が弱いらしく、しょっちゅう半泣きになっているらしい。
 教えられた通りに行ってみた貸し馬屋の主は気前の良い青年で、事情を話すと「ああ、あっこのお嬢さんね」とかなり格安で馬を貸してくれた。勿論保証金はしっかり取られたが、無事に馬を返せばそっくり戻ってくるものだ。
 こうして無事に馬を用意し、3人がお茶屋へ戻ったのは丁度、瀬奈とみゃぁやの出立準備が整った時だった。馬の轡を引いて戻ってきた面々を見た氷(ia1083)がしみじみ笑う。

「や、にしても今回は女の子が多くて助かったぜ」

 何しろ依頼は、5歳の女の子と猫の護衛。その事情が判っていれば問題なかろうが、5歳の女の子を連れ歩く男達、という図は傍から見ると人攫いと間違えられかねない。
 その瀬奈はみゃぁやに結わえ付けた紐をしっかり握り、キュッ、と唇を引き結んで緊張の面持ちで慣れない旅草履をトントンしていた。みゃぁやの紐は吉田伊也(ia2045)が提供したもので、竹籠に入るのを嫌がったみゃぁやとの妥協線である。
 借りた馬に荷物を括りつけ、店先まで見送りに出てきた亜季と、軒先でお団子を食べていた顔馴染み客に手を振って、1人と1匹と開拓者達は旅立った。瀬都の実家のある村までの道は確認してある。お茶屋の前の道をまっすぐ、東へ進んだ道沿い。途中には小さな旅籠がある。
 近頃のアヤカシの目撃情報はない様だが、それは旅の安全を保証するものではない。前衛を雫と羽郁が務めて警戒を払い、殿を天寿院と氷がやっぱり背後などに警戒を払って歩く。
 そうして中列辺りについた開拓者達は、一生懸命ちょこちょこ歩く瀬奈に歩調を合わせ、ゆっくりと歩を進めていた。のだが、そうは言っても子供の足、体力もそうある訳ではない。
 町が見えなくなってしばらくした頃、重い息を吐いて足を引き摺り始めた瀬奈に、後ろから見ていた天寿院がそっと問いかけた。

「大丈夫? 疲れた?」
「だいじょうぶよ。せな、ちゃぁんとあるけるもん」
「そう? でもみゃぁやは疲れたみたいだよ?」

 ほら、とみゃぁやを指差すと、んなぁ、と猫は同意した。もしかして、ずっと紐に繋がれているのが窮屈だと訴えたのかも知れないが。
 まっすぐ見上げてくる愛猫に、瀬奈は何故か泣きそうになる。ぐし、と唇を歪ませて、でもせなはだいじょうぶよ、ともう一度繰り返して。俯いた瀬奈の頭に、ポン、と伊也が手を置いた。

「みゃぁやを、守ってあげないとね」

 お姉さんになるんだから、と優しく告げられた言葉は、責める響きは少しもない。けれども瀬奈は顔を真っ赤にして、グシャグシャに涙を流して泣き始めた‥‥一生懸命の糸が、切れた。
 柚李葉がそっと瀬奈を抱き上げ、荷物を下ろした馬の背に乗せる。もうとっくに子供の足で歩ける限界は超えていた。でも人一倍我慢強い瀬奈は、迷惑をかけてはいけない、とずっと我慢していたのだろう。或いはそれ以上の、これまでに我慢してきた色々の事がふいに、堰を切って溢れ出したのか。
 トン、と身軽に馬の背に飛び乗ったみゃぁやが、小さな友人のほっぺたをザラザラの舌で舐める。それから、んなぁ、と開拓者達に凄む様に一声鳴く。
 雪巳が馬の背の上の瀬奈に笑いかけた。

「瀬奈さん、これ、一緒に飲んでお休みしましょう?」
「うん、さんせー。それで元気になったら歩けば良い。それまで冥華はみゃぁやと遊ぶ」

 すっごくさわってみたい、と伸びてきた冥華の手に、驚いたみゃぁやがぴょんと飛び降りる。それを追いかける冥華と、差し出されたジュースと、優しく見守ってくれる開拓者をじっと見て、瀬奈はごしごし目元を擦った。
 ありがとう、と受け取って。

「おねえちゃんたち、ママに、せながないたっていわない?」

 心配そうに真剣に訴えた子供に、大丈夫、と開拓者達は頷いた。それにほぅっと安堵の息を吐いた瀬奈は、彼らと会って初めて屈託ない笑みを浮かべたのだった。





 そこからはみゃぁやは竹籠に入れ、馬の背に乗った瀬奈がしっかり抱いた。勿論、瀬奈が歩きたがれば馬から下ろし、瀬奈の速度でのんびり歩き、柚李葉と一緒に季節の草花を数えたり、雪巳に妹と弟どっちが良いかと聞かれて真剣に悩んだりして。
 宿に着いても瀬奈はしばらく興奮状態で、羽郁にお手玉を貰って大喜びし、伊也と一緒に少し調子外れの童謡を歌ってお手玉遊びに興じた。

「瀬奈、私にもお手玉を教えて貰えるか」
「うん! あのね、みぎのてとひだりのてをポンポンポン、ってするの。こうよ」
「はは、瀬奈は私よりずっと器用だな」

 俄か弟子の雫に一生懸命お手玉を教えていたが、やがて眠気が勝ったようで、こっくりこっくり船を漕ぎ出した子供をそっと布団に寝かせると、みゃぁやは当然の顔で肩口にくるんと丸くなった。こちらは宿に着いて竹籠を開けた途端、よくも閉じ込めてくれたと開拓者への怒りの一撃を繰り出した。
 氷が自分の腕を見ながら、なるほど亜季が言ったのはこの事か、と嘆息する。瀬奈がメッとした途端に大人しくはなったが、それまでにみゃぁやの爪によってもたらされた被害は甚大だ。猫の爪で引っかかれると地味に痛い。
 とは言え自由にさせて置いて、どこかに行ってしまっても困るし。

「こりゃ、明日も引っ掻き傷は覚悟かね、万寿院ちゃん」
「あの、何度も言うようですが‥‥拙者は天寿院です」
「おや、こりゃ失礼。ん〜、でも呼び難いんだよな。万寿院ちゃん、名前教えてよ」

 へら、と笑った氷の確信犯のセリフに、名前に若干コンプレックスのある天寿院はついにむくれてしまったのだが、それはまた別のお話。まして翌朝、呼べど叫べど起きてこない氷にみゃぁやを率先してけしかけたのが彼女だと言う事も、また別の物語だ。最終的に、一番痛い足裏のツボをぐりぐりされて、氷はようやく目を覚ました。
 どたばたと賑やかに宿を出立した一行は、今日は羽郁が瀬奈を肩車して、小さな手で羽郁の頭にしっかり捕まった瀬奈は、キャッキャと声を上げて喜んだ。みゃぁやは今日も結局、竹籠に入れて皆で順番に持っている。入る時こそ瀬奈の「みゃぁや、良い子!」という鶴の一声で大人しく従ったが、次に出す時は血を見るかもしれない。
 だがその時はその時、と務めて先を考えない様にしながら、辺りに警戒を払っていた伊也が、ふと前方に不穏な光景を見て仲間に注意を促した。雫がハッと食い入るように見て、それがアヤカシに襲われている人だと気付く。

「さあ来い。お前の獲物はここにいるぞ!」

 雫は駆け出しながら叫んだ。瀬奈に近付ける訳には行かず、襲われている人間を放っておく訳にもいかない。背後から、瀬奈を仲間に預けた羽郁が走ってくるのを感じる。天寿院もこちらに向かっているようだ。
 一方、瀬奈とみゃぁやを守るべく柚李葉は真っ先に加護法を施した。叶うなら走っていった人達にもかけたかったが、今からではちょっと追いつけない。それに、アヤカシも1匹だけのようだ。
 怯えた表情になった瀬奈に、大丈夫、と冥華が声をかけた。巫女である彼女自身、前線に出ては簡単にやられてしまうので、瀬奈とみゃぁやの護衛の位置に甘んじている。勿論何かあれば自ら戦い、また仲間を回復するつもりだが。
 雫が振り下ろした剣戟に、驚いたアヤカシがパッと身を翻して避けた。その隙に羽郁が素早く襲われていた人を助け、伊也が神風恩寵を施す。氷が、射程圏内に入ってきたアヤカシに吸心符で攻撃。
 羽郁がアヤカシを睨み据えて吼えた。

「いくぜ、漢前弐号!」
「参ります!」
「グギィィィ‥‥ッ!」

 逆側から同時に切り込む天寿院と共に、アヤカシ目掛けて振り下ろした刀は過たず、アヤカシの胴を薙ぎ払う。上がる苦悶の声に、ビクリと身を震わせた瀬奈を少し振り返り、石鏡の杖を掲げていた雪巳がニコリと微笑んだ。
 幸い、それほど強いアヤカシではなかったようだ。すぐにアヤカシは黒い霧へと還り、多少負った傷は回復するまでもなさそうだった。襲われていた者の方が気がかりだが、と伊也の方を振り返れば、丁度傷を癒された男が立ち上がった所。

「ありがとうございます、何とお礼を言ったら良いか。宜しければうちの村へ寄ってって下さい、せめておもてなしを」
「いや、礼には及ばない。私達は旅の途中で‥‥」
「この辺りの村の方ですか? 私達もこの先の村に用事があって行く所なのですけれど」

 生真面目に首を振る雫の横から、柚李葉が男に尋ねた。するとこちらも驚いた様子の男が、そこが自分の村だと言う。

「なら、瀬都って人が居ないか? オレは符術師の氷、オレ達は依頼を受けてこの子を母親の所まで連れてきたんだ」
「瀬都‥‥瀬ッちゃんの娘か! なら尚更一緒に来て貰わなきゃ、俺が瀬ッちゃんに怒られちまう」
「良かったですね、瀬奈さん。お母さんにもうすぐ会えますよ」

 それまでみゃぁやももうちょっと辛抱ね、と籠の中に囁きかけた雪巳の言葉に、返って来たのは実に不満そうな鳴き声だった。どうやら今日も、みゃぁやのご機嫌はすこぶる悪いようだった。





 男に案内され、辿り着いた村の家の1つに、瀬都はいた。顔色は随分と良くなって、いささか動きが気だるそうではあったものの、臨月の腹を抱えている事を思えば普通だろう。
 娘がやってきたと聞き、びっくりした様子で家の外に出てきた瀬都の姿に、瀬奈は大きく目を見張り、馬の背からぴょこんと滑り降りてまっすぐに駆け寄った。だが飛びつく寸前、はっと気付いて足を止め、伺う様に母を見上げる。
 コクリ、と首を傾げた瀬都に、開拓者が微笑んだ。

「瀬奈さんは頑張ってましたよ」
「ずっと、良い子でお母さんを待ってたのよね?」
「私達は藤吾さんの依頼で、瀬奈さんと一緒に瀬都さんに会いに来たんです」

 その言葉と、伺う様な娘の姿に、ああ、と瀬都は頷いた。なぜ娘が足を止めてしまったのか、判った。
 だから、いらっしゃい、と手招きする。

「瀬奈が良い子だって事を、ママはちゃぁんと判ってるわ」
「‥‥ッ、ママッ!」
「瀬奈、頑張ったのね。大変だったでしょう? ――皆さん、本当にありがとうございます」

 半月ぶりに会う母にしっかりしがみ付き、今度こそ声を上げてワンワン泣き始めた娘を優しく抱いて、瀬都は開拓者に頭を下げた。そんな彼女に、余計な事かとは思ったが、伊也が進言する。

「瀬奈さんは頑張り屋なので、姉だからと我慢してしまうことも多いでしょう。お母さんは瀬奈さんを甘やかすのではなく、たくさん甘えさせてあげてくださいね」
「ええ‥‥この子は本当に聞き分けの良い子だから、時々、甘えてしまうんです」

 この小さな体の中に、どれだけの我慢を抱え込んでいるのか、うっかり忘れてしまいそうになる。いけませんね、とため息を吐く瀬都だったが、それを判っているのならば大丈夫だろう、と伊也は満足そうに微笑んだ。





 一晩ゆっくり母と過ごした瀬奈は、翌日には父との約束通り、自宅への帰路に着いた。瀬都はまだ万全の体調というわけではない様だが、数日中には子も生まれそうらしい。きっと、雪巳が渡した安産のお守りが守ってくれるだろう。
 また開拓者に守られて、だが行き道とは違いニコニコ笑顔の瀬奈に、みゃぁやも満足したようだ。ただし、竹籠に入れられた恨みを晴らす事は忘れなかった。
 開拓者達の腕に刻まれた引っ掻き傷は、1人と1匹の冒険の証である。