【想伝】よもぎの湯。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/27 00:43



■オープニング本文

 町の小さな菓子屋兼甘味処は、この頃ちょっとだけ忙しい。もうそろそろ春の陽気も見られる季節になってきて、ちょっとそこらをお散歩に、と足を延ばした町の人々が立ち寄ったり、郊外に遊びに行くのにお菓子を買っていってくれたりするからだ。
 お陰様で、菓子屋を義父から受け継いで以来ずっと張りつめたような空気をまとっていた若主の玲一郎(れいいちろう)の機嫌も少し良く、若奥さんのヒヨリもほっと胸をなで下ろした。先頃、開拓者に考えて貰ったバレンタインの限定菓子が町の人々に好評だったのも良かったのだろう、と思う。
 もう3月になったので、店の品ぞろえもちょっと変わった。その最たるものが若葉の色もまぶしい草餅だ。これは毎年の定番で、問屋から今年のヨモギが入ってきたのはつい数日前である。
 春の香り感じさせる草餅を目当てに、今日も甘味処は賑わっていて。こないだ仲良しのお茶屋の奥さんから聞いたヨモギ茶というのも出してはどうだろうと、旦那様に相談してみようかヒヨリが考えていた時の事だ。

「奥さん、聞いたかね? 何でもこの頃、神楽の方じゃバレンタインのお返しとかで贈り物をする人もいるらしいよ」
「まぁ、贈り物ですか? ありがとうに、ありがとうで返すんですね」

 面白いですね、と甘味処のお客さんの話に相づちを打ったヒヨリはふと、自分の言葉に考え込んだ。ありがとうに、ありがとうで返すには、どうしたら良いのかしら。
 ヒヨリはその日中、つらつらとそのことを考えた。考えて、お店を閉めた後に帰りかけた店の若い娘を呼び止めて。

「ねぇ、りっちゃん、はっちゃん。今度、秘密のお使いに行ってくれない?」
「秘密のお使い、ですか?」
「何ですか、若奥さん?」

 ポン、と両手を合わせて軽く頭を下げる若奥さんに、律(りつ)と初(はつ)は顔を見合わせた。ヒヨリが何か頼みごとを、それも秘密でするなんて初めてのことだ。
 揃ってじっと見つめられて、あのね、とヒヨリはふぅわり微笑んだ。

「今日、甘味処のお客様が教えてくだすったのだけど、神楽ではバレンタインのお返しに贈り物をすることがあるのですって。それでね、こないだ、旦那様が日頃のお礼にってお菓子を作ってくだすったでしょ?」
「ああ、あの限定お菓子ですね」
「あたし達にも下さって」
「そうなの。だからね、そのお礼に旦那様にヨモギ湯をいれてあげようかしら、って。こないだ、仲良しのお茶屋の奥さんが良いヨモギがとれる場所を教えてくだすったから」

 お店で仕入れたヨモギは、お店で使うものだ。それを私事に流用するのはいけない。だからお願い出来ないかしら、とまた手を合わせて頭を下げる若奥さんである。
 それはもちろん構いませんけれど、と初はこっくり頷いた。ヨモギ湯、とはようはヨモギのお風呂だ。毎日毎日頑張っている旦那さんに、のんびり疲れを取って欲しい、というヒヨリの心遣いなのだろう。
 だがふと、律がこっくり首を傾げた。

「でもそれなら、若奥さん。せっかくお店でも草餅出してるんですから、旦那さんの為に若奥さんが草餅を作って差し上げたら喜ばれるんじゃ」
「‥‥りっちゃん。うちの旦那様は、菓子職人なのよ?」

 律のもっともな提案は、しかしヒヨリのいつにもまして気合いの入った良い笑顔で却下される。店で売ってる草餅を毎日作っている玲一郎に、お菓子は殆どわからないヒヨリが作った草餅を食べさせるのは、色々勇気の要る選択だ。
 いやでもきっと旦那さん喜ぶんじゃと思ったが、嫌がるヒヨリの気持ちも解ったので、すみません、と律は素直に頭を下げた。そうしたらそうしたで、ヒヨリはほんのり気まずそうな顔で視線をさ迷わせる。

「と‥‥とにかく、りっちゃん、はっちゃん、お願いね。お店のことは気にしなくって良いから」
「は、はい。判りました、若奥さん」

 重ねて頼み込み、じゃあ気をつけてお帰りなさいね、と律と初を送り出した若奥さんに、頷いた2人はそれからまた顔を見合わせた。
 若奥さんがどんなに旦那さんの事を気遣って、旦那さんが気持ち良く仕事出来るように心を配って、旦那さんを心配しているのかを彼女達は知っている。そうしてそんな若奥さんを、旦那さんがとっても大切にしている事も。
 だからどうせならたっぷりのヨモギを摘んで帰って、旦那さんだけでなく若奥さんにも喜んでもらいたい。そう考えた娘2人は、一緒にヨモギを摘みに行ってくれる人を求めて、その足でギルドに向かったのだった。


■参加者一覧
/ 天津疾也(ia0019) / ヘラルディア(ia0397) / 橘 琉璃(ia0472) / 玖堂 真影(ia0490) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 景倉 恭冶(ia6030) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 千羽夜(ia7831) / 春名 星花(ia8131) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / ジェシュファ・ロッズ(ia9087) / ベルトロイド・ロッズ(ia9729) / 賀 雨鈴(ia9967) / ヴェニー・ブリッド(ib0077) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / レートフェティ(ib0123


■リプレイ本文

 お茶屋の娘達に連れられて、辿り着いた野原にはのどかな春の光景が広がっていた。

「やれ、よもぎとは風流だな」

 酒でも用意するかな、などと眩しい緑に目を細めながら雲母(ia6295)は、常にくわえたままの煙管に新たな煙草を詰めて火をつけた。ふぅ、と胸一杯に紫煙を吸い込み、吐き出す。
 のんびり野原の片隅に陣取った雲母を眺め、あれよもぎ摘みは? とこっくり首を傾げながらぷちり、ぷちりとよもぎの葉を摘み集める和奏(ia8807)である。とにかく言われたとおりの草を、見つけた先からひたすらに。
 そんな和奏に白野威 雪(ia0736)が、どんなですかと声をかけた。

「判らなかったら言って下さいね。一応『野草図鑑』も持ってますから」
「ぁ‥‥こんな形の葉っぱ、で良いのですよね? その辺の道端とか原っぱに普通に生えている雑草みたいですけど‥‥」

 幼い頃はあまり外で遊ばせてもらった事がなく、野の草にはとんと馴染みがない。それゆえの不安顔で言う彼の手元をのぞき込み、雪も念のため図鑑と見比べよもぎの葉を確認する。
 基本的によもぎ自体は薬草でもあり珍しい草ではない。なのになぜそう慎重に確認するのかと言えば、

「毒草と間違える事があるからね」
「そうなんですよね〜」

 からす(ia6525)が言ったのに、こくこく頷いたのがジェシュファ・ロッズ(ia9087)。逆に「そうなのかぁ」と感心したのがベルトロイド・ロッズ(ia9729)。色違いの瞳を除けばそっくりな容貌の双子だが、反応は面白い位に真逆だ。
 間違って毒草を摘んではいけないと、真剣な眼差しでよもぎを観察するベルトーに微笑みながら、ほらあそこにも、とジェシュはあっさり指をさす。日頃から薬草採りなどによく行くからか、ベルトーには緑一色に見える野原だが、ジェシュには葉の区別がついているらしい。
 あまり取り過ぎないようにと、注意する弟に頷きながら真剣に手を動かす兄の横で、当の弟はおっとりぷちりと若葉を摘む。そこから『ちょっと失礼』と断って、アルーシュ・リトナ(ib0119)は若葉を1枚拝借した。

「此方のハーブなのですね」

 呟きながらじっくりと色や形、香りをみる。香草は故郷でも色々利用するが、よもぎは果たして、どの香草に近いだろうか。ついには少し端を齧って、それをじっくり確かめる。
 もとより彼女は別の依頼の報告で天儀を訪れたのだが、初めて見るこのハーブは故郷への良いお土産話になりそうで。色々珍しく野を歩くアルーシュの耳に、入った和奏の「開拓者になると、本当に色々なコトに挑戦できるのですね」という嬉しそうな呟きに、事情は解らないながら頷く。本当に、色々な初めてが一杯だ。
 とにかくよもぎと言う草は、律と初が若奥さんに頼まれたよもぎ湯以外にも様々な用途がある。特に野原の一角で和やかながらも結構真剣な口調で語り合っている『効能』はといえば。

「成長した葉で、灸に用いる『もぐさ』を作ることができるって‥‥ばば様に教えてもらった事があるの」
「せやなぁ。葉の裏についてる綿毛から作るんや」
「意外と肩こりに効くのよね、これが‥‥」
「せっかくだから作ってみるかねぇ」

 たいへん現実的な活用法で盛り上がる柚乃(ia0638)達である。やれやれ、と無意識に肩を叩きながら『薬用のストックも兼ねて手当たり次第探してみるか』などと呟く設楽 万理(ia5443)は、割と深刻に悩んでいる様だ。
 この細かい綿毛がなぁ、と丁寧に集める天津疾也(ia0019)に、俺の知ってる方法も教えるよと肩を叩く景倉 恭冶(ia6030)。大きな筋を取ったよもぎを乾燥させ、よく揉み込んで綿毛を取り出すのだ。
 勿論最後までは出来ないが、まぁやってみるか、と気楽な恭冶の言葉に、私も手伝うわと万理が手を上げた。幼い頃から祖父を手伝いよもぎ摘みを手伝った彼女が、もぐさのありがたさを理解したのは二十歳もすぎた大人になってから。
 だがそもそもの目的は、よもぎ湯にする為のよもぎを摘み集めること。

「お風呂に入れる分となると相当つまないとね」
「あら、乾燥させればやや少なくても効果が出ると思いますよ」

 ぐっ、と気合いを込めたレートフェティ(ib0123)の言葉に、アルーシュが控えめに言ってみるがたぶん耳に入っていない。それに、後々まで楽しめるように乾燥させて置いておくのは賛成だけれど、今日ぐらいは新鮮なよもぎをたっぷり使ったお風呂を入れたいのじゃなかろうか。
 その為にもがんばらなくちゃ、といそいそ葉を摘みながら、時折疲労を感じると立ち止まっては祖母の言葉を思い出し、靴の中によもぎをそっと差し入れてみたりする。彼女の祖母はよもぎの事を、旅人を災害から守ってくれたり、疲労を回復してくれるハーブだと言っていた。
 どちらにしても、喜んでもらうためにはたくさん必要かもしれませんねぇ、と微笑み手を動かす橘 琉璃(ia0472)。よろしくお願いします、と頭を下げる初と律のかごの中にも、よもぎがたくさん入れられていて。
 それを見た礼野 真夢紀(ia1144)が、うーん、と唸って2人の娘に注意した。

「ここは『教えてもらった』っていうお話でしたから、いい処を取り尽くさない方がよいと思いますの。他にもヨモギ摘みを楽しむ人が絶対にいる場所なのですから」
「ぁ‥‥そうですね、つい‥‥」
「まゆも気をつけますから一緒にね? それにお2人の『企み』に使う分はさらに厳選して選びませんと」
「そう言えば、奥さんのために何をしようと考えているんですか?」

 真夢紀の言葉に、菊池 志郎(ia5584)はずっと気になっていた事を2人の娘に問いかけた。奥さんから頼まれたのは旦那さんに入れてあげるよもぎ湯のためのよもぎ摘み、ならばその奥さんの為にすることは?
 問いかけられて、律と初は顔を見合わせ、それから志郎に視線を戻した。奥さんには秘密ですよ、と至極真面目な顔で口の前に指を立てる。
 もちろんこっくり頷くと、少女達はにっこり笑った。

「旦那さんの為にお菓子を作ってもらおうかと思って」
「実は旦那さん、奥さんがお菓子だけは作らないの、とっても気にしてるんですよ」

 それが自分に引け目を感じての事だとも解っていて、だがそんな素振りは全く見せずに『私はあなたのお菓子を食べるのが好きなんですよ』と微笑ってしまうので、結局何も言えなくて。そんな事を昔こぼした事があるから、この機会に是非と2人は考えたのだった。
 それは2人なりの、旦那さんへの『ありがとう』の表現。その為にも頑張らなくちゃね、と気合いを入れる娘達に、ヴェニー・ブリッド(ib0077)はぜひその辺を後で詳しく、と約束を取り付ける。いつか素敵な恋の物語を書くための、良い材料になりそうだ。
 ところでこの野原には、ヴェニーが知れば確実に質問責めにしただろう恋の花が別の場所にも咲いてる。正確には恋の花咲かせた少女と、少女の恋人の姉なのだが。
 友人でもある彼女と一緒で嬉しそうな笑顔を浮かべる佐伯 柚李葉(ia0859)に、笑い返した玖堂 真影(ia0490)があっちにもあるわよ、と指を指しては駆けていって差し招く。その都度、頷いて真影が見つけた柔らかな新芽をそっと摘み取って。
 大きめの葉はお風呂用にと、考えながら摘み取っていても鼻孔をくすぐる草の良い香りに、柚李葉はふと思いついて真影を振り返った。

「真影さん‥‥少し、羽郁さんに届けてもらっても良いですか?」
「勿論。柚李葉ちゃん、弟の恋人になってくれてありがとうね。とっても嬉しい‥‥私は、その‥‥ダメだった、から」

 ふいに真影の告げた言葉に、はっと振り返った柚李葉の目に、自分がちゃんと心から喜んでいるように映っていれば良いと願う。だってそれは本当に、真影の偽りない気持ちだから。
 恋人という言葉に頬を赤らめつつも複雑な表情の少女に、だから真影が冗談のようにくすりと笑って「でも弟と一緒に寝たりお風呂に入る機会が少なくなったのは少し寂しいかな」と言うと、途端にポンと真っ赤になるのが可愛くて。いつか家族になってくれたら嬉しいなと、クスクス笑いながら真影が呟いた言葉を偶然小耳に挟んだ春名 星花(ia8131)は、家族かぁ、と空を見上げた。
 大好きな仲良しの皆とよもぎ摘み。それはとっても楽しいけれど、家族という言葉に星花が思い出したのは亡き実母のこと。そう言えば遠い昔、一緒によもぎ摘みに行ったっけ。

「何だか懐かしいなぁ‥‥」
「どうした、しんみりして?」
「え? ううん、何でもないよッ」

 気付けば手の止まっていた友人に、気付いて声をかけた天ヶ瀬 焔騎(ia8250)にパタパタ手を振ると、そっか? と納得したようなしてないような表情で頷く。それからじっとかごの中を見て、ひょいひょいと葉を何枚か選り分けて。

「この辺は灰汁が多いから菓子に使うんならこっちの方が」
「あら‥‥お詳しいのですね」
「ああ。何せ遭難しても直感で食料確保して生還したからな」

 横から焔騎の手元を覗き込んで感心の声を上げたヘラルディア(ia0397)に、至極真面目な顔でそんな事を言う。あら凄い、と感心の声を上げたヘラルディアは、自分のも頼むとばかりに摘んだよもぎの入ったかごを焔騎の前に差し出した。
 二つ返事で選り分け始める友人に、賀 雨鈴(ia9967)が少し呆れたため息を吐く。だが彼女自身もよもぎを摘むのは初めてなので、見てもらおうかしらと手の中のかごに視線を落としたり。
 あちら、こちらでそんな一時を過ごすうち、気付けばかごも一杯になって、摘んだ指先も草の汁に染まっている。これ取れるんでしょうか、と不安そうな和奏の言葉に、大丈夫だろうよと雲母が紫煙を吐き出した。





 町の小さな菓子屋兼甘味処の奥の厨には、一杯のよもぎの匂いが立ち込めていた。驚いた旦那さんが何事かと様子を見に来たのを、若奥さんがにっこり微笑み「まぁ良いじゃありませんか」と背中を押して回れ右させる。
 そのまま一緒に出て行こうとしたヒヨリを、ちょっと待ってくれ、と巴 渓(ia1334)が引き止めた。

「おたくの女中2人があんたには残って欲しいらしい」
「まぁ‥‥りっちゃんとはっちゃんが?」

 何かしら、と足を止めて振り返ったヒヨリが見たものは、いつの間にやら万端整ったお菓子作りの準備。と、まっすぐ向けられた娘2人の真剣な顔。
 律と初は、協力を申し出てくれた渓に『旦那さんが近付いてきたら追っ払っちゃって下さい!』と物騒なお願いをして、それからまだ不思議そうな顔のヒヨリにぺこりと勢い良く頭を下げた。

「ちょ‥‥っ、りっちゃん、はっちゃん?」
「若奥さん。あたし達と一緒に菓子を作ってみないかい?」

 娘たちの唐突な行動に慌てた若奥さんに、朱麓(ia8390)が厨に集まった仲間を指してそう言った。え、と少し困り顔になった彼女に2人の娘が告げる――旦那さんがこっそり、若奥さんがお菓子は解らないと言って絶対に作らないのを気にしている事を。
 途端、気まずそうな顔で「だってうちの旦那様は‥‥」と口の中で呟くヒヨリである。そこを気にしていると言う事は事前に朱麓も聞いてたし、同じ立場なら確かに気になって仕方ないだろうとも思う。
 だから。

「朱麓姐さんはジルベリア風のお菓子を作るつもりなの♪」
「それならヒヨリさんも少しは気が楽じゃないかなぁ?」

 千羽夜(ia7831)が大好きな姐さんの言いたい事を代弁すれば、ヴェニーも同意してコクリと首を傾け「どうかな?」とヒヨリの顔を覗きこむ。彼女達の真剣な様子に、ヒヨリはしばし考えた後、覚悟を決めて頷いた。
 それをしっかり確認して、ほぅ、と開拓者達も胸を撫で下ろす。

「さあ、若旦那さんのために美味しくて心のこもった菓子を作ろうかねぇ」

 朱麓の言葉を合図代わりに、ケーキ作りが始まった。
 彼女達が作ろうと考えて来たのは2種類だ。1つは何も入れないシンプルな生地で、白餡に白味噌を混ぜ込みよく練ったものを丸太のようにくるんだもの。もう1つは摘んで来たよもぎを茹でて灰汁抜きしたものを刻み入れて焼いた生地で、泡立てたクリームと濡れ小豆をくるんで同じく丸太のようにしたもの。
 ゆえに二手に別れて作り始めた、朱麓が担当するのは白餡ケーキの方だ。

「お菓子は然程得意ではないのですが、門外漢な訳ではありませんから」
「僕はお菓子作りは得意ですから、レシピさえ解ればばっちりです」

 控えめに己を評して微笑むヘラルディアと、日頃から色々なお菓子を作ってみんなに振る舞っているからこそ気負いなくそう言ったジェシュ。実際、粉をふるう手つきは慣れたものだ。
 安心して任せられそうだと、白餡と白味噌を練っている所に隠し味に加える蜂蜜の壷の場所をヒヨリに聞いて戻ってきた朱麓はふと、先まで自分がいた場所を見てため息を吐いた。

「‥‥千羽夜」
「あ、あら? えへへっ、また見つかっちゃった☆」

 ちょこっとだけ味見、と朱麓が練っていた白餡に手を伸ばしかけていた千羽夜が、ぴょこんと肩をすくめて誤魔化し笑った。それはいつも通りの光景で、千羽夜には「大好きな姐さんが作ったお菓子美味しそう☆」という純粋な好意(?)しかない訳で。
 仕方ないねぇ、と苦笑して許してもらった千羽夜だが、その後は言われるままにしっかり材料を運んだり、人手の足りない所に行ったりと手伝いに全力を注ぐ。生地をもう焼くという段になれば、裏から薪を運ぶ手伝いもして。
 一方、よもぎケーキを作る雪や星花の方は、同じく生地とクリームに分かれて作業を進めていた。
 多少、調べてきたものと実際に使える材料に違いはあったものの、こちらもまずは手順通り、バターを溶かしている間に小麦粉と砂糖をふるい、卵をお湯で暖めながら砂糖と混ぜた後に小麦粉を入れて、最後に溶けたバターをゆっくり注ぎ。

「朱麓様が言ってたのはもうそろそろ、でしょうか?」

 雪の手元をジッと見ながら、星花が朱麓に教わった通りによもぎを下拵えして細かく刻んだ物を混ぜ込む。そうしてさらに生地を混ぜると、次第に綺麗な草色になってきて。
 もうそろそろ火がいこってきたと、声が聞こえて来たのはちょうど、両方の生地を鍋に流し入れた辺りだ。本来ジルベリアではオーブンという物を使って焼き上げるらしいのだが、ここの店には置いていない。ゆえに鍋に入れて蓋をして、遠火で焼き上げる事にしたのだ。
 初めて見る異国のお菓子の作り方に、いつしかヒヨリも真剣に開拓者達の手元を観察している。それを微笑ましく見ながら、ヘラルディアはかまどを覗いて火の具合を確かめた。
 その間に雨鈴と真影は、クリームとぬれ小豆を作っている。菓子屋では普段クリームは使わないから突然のことで用意しておらず、そうそう市販されている物でもないので、問屋までひとっ走りする必要があったが。
 何とか手に入れたクリームを泡立てるのは雨鈴に任せ、真影はぬれ小豆の作成に取りかかる。その2人の手伝いをと柚李葉も、クリームを冷やすための冷たい水を井戸から汲んで来たり、あるいは小豆をどんどん洗ったり。
 そうしてぱたぱた動きながら、2人の慣れた手つきにほぅ、と感心の息を吐いた。真影はきっと、素敵なお嫁さんになれるだろうと思っているけれど、雨鈴の手つきもそれに勝るとも劣らない。私も頑張らなくちゃと、無意識に熱い視線を注ぐ少女に、真影と雨鈴は思わず顔を見合わせ苦笑した。
 ケーキ作りとはまた別に、ヴェニーはよもぎを練り込んだパンを作ろうと生地を懸命にこねる。本当は粉にした物を混ぜるのが一番なのだが、摘みたてのよもぎではそれも難しいので、ケーキと同じく刻んだ物を混ぜ込んで。
 和菓子屋さんだから中に餡子でも入れてみたら美味しいかも知れない。そう言ってみると、ヒヨリはどんな物になるのか想像出来なかったようで、首を傾げながら「変わっていて面白いかも知れないわね」と微笑んだ。
 やってみようかと真剣に緑の生地を見て考えながら、ヴェニーは他のよもぎ料理と言えば、と声を上げた。

「天麩羅とかもイイカンジかなー、と思うけど」
「良いですね? どうせなら作ってみましょうか?」

 その言葉に琉璃が、油は使って良いかヒヨリに確かめる。他にもお浸しやよもぎ茶、よもぎ酒もいけるらしい。
 そんな話を始めたら、案外よもぎ料理を作りたいという手が上がった。その人数を見たヒヨリが、ここは少し混んでますから、と母屋の方へ案内してくれる。店よりもなお狭い廚はそれでもきゅうきゅう詰めだが、たまにはまぁ良いだろう。
 あとで草餅を作る手伝いもしてみたいと思いながら、真夢紀は廚から聞こえ始めた油のパチパチという音に耳を傾けた。実家でもよもぎの若芽を摘んでは天麩羅にして食べていた。その事を思い出し、懐かしさを覚えながらもふと苦い顔になる。

「春の山菜はほろ苦いのでまゆは苦手なんですの。両親は大人になったら美味しく感じるようになるよ、と言ってましたけれど」
「天麩羅は多少苦みが薄くなるけどね。春には苦味を盛れ、というんだよ」

 その言葉を聞いたからすが、こっくり頷いてそう言った。春に苦みのある食物を取ることで、眠った体を目覚めさせ、体に溜まった悪いものを排出し今年の身体の調子を整えると言われている。
 だから美容にも良いし、よもぎ湯は腰痛なんかにも効くんだよ、と説明する彼女が手に抱えたかごに入っているのは、だがよもぎとはまた別の山菜だ。よもぎ摘みの合間に、見かけたぜんまいやふきのとう、たらの芽、うど等を摘んでおいたのだ。
 よもぎは味噌汁の具にしても良いですよと、言いながら志郎が出したかごにも同じく春の山菜が顔を揃えている。つくしは炒めても美味しいし、菜の花はよもぎと一緒におひたしにしても美味しいだろう。あるいは単に湯がいて酢味噌で和えても良い。
 寒い寒いと思っていても、いつの間にか春は訪れているものだ。かごに揃った春の山菜にもしみじみと季節の移り変わりを感じ、さてどんな料理が出来上がるのかと楽しみに待ち侘びたり、自身の子供の頃の思い出話を楽しんだり。

「‥‥つ、疲れた‥‥ッ」

 中でも一番楽しみにしていたのは、女性の荷物を率先して持ってやったが為に、動けたものの疲れきってお茶屋に着くなりぐったりしてしまった焔騎だったかも知れない。どうやら彼にとっても良いトレーニングになったようだ。





 店の裏の日当たりの良い辺りでは、もぐさ作りに精を出すメンバーがひたすらよもぎの葉からプチプチ筋を取っていた。さきほどから漂ってくる良い匂いに、作業中の恭冶が「俺もちゃちゃっと何か」と行きかけたのだが、許すまじと全員に止められる。
 割と細かい作業をひたすら続ける万理が、ふぅ、とため息を吐いた。

「結構大変ですね。余計肩がこりそう」
「まぁそしたらよもぎ湯でほぐしたらえぇやん。俺も入るでぇ、ヨモギは体にええからなあ。食べてよし、入れてよしやろ」
「そういえば止血作用もあるんだよね」

 疾也がケロリと笑いながら言ったのに、確かに身体に良いかも、とよもぎパンの焼き上がりをケーキと一緒にヘラルディアに任せてきたヴェニーが頷いた。ケーキ班はもうそろそろ、焼きあがって仕上げをする頃だろうか。
 と思っていたら、ちょうどそのケーキ――じゃなくてケーキを作っていた友人たちが揃ってこちらにやってくる所だった。

「恭冶さん、お疲れ様! はい、ご所望のミニケーキよ♪」
「まったく‥‥切れ端でもあげておけば良いのにね」

 にっこり笑って小さな丸いケーキを恭冶に渡した千羽夜に、呆れたように雨鈴がため息を吐く。あはは、と引きつり笑いでありがたく受け取った恭冶は、身の安全の為にも一緒にもぐさを作る仲間達に一緒に食べようと声をかけた。
 そのまま恭冶と「もぐさってこうやって作るのねぇ」と話し始めた雨鈴を置いて、千羽夜や朱麓、星花は一足先によもぎ湯を使わせてもらおうと風呂場へ向かう。もちろんお菓子は無事に出来上がって、皆の分は後で一緒に食べるつもりだ。今頃厨ではケーキを前に、さてどうやって旦那さまに渡したものか、とヒヨリが幸せな悩みを抱えて唸っているだろう。
 上手く渡せれば良いんだが、きっと大丈夫ですよ朱麓様ッ、そうよね笑顔で渡すのが一番よね☆ とお喋りしながら辿り着いた風呂場の前では、ベルトーがそっと立ち去ろうとする所だった。女性3人の姿を見ると少し頬を赤くして、ペコリ、と頭を下げて小走りで駆けていく。
 一体ナニが、と風呂場の中を覗き込むと、実に優雅に煙管を加えてよもぎ湯を楽しむ雲母の姿。とにかく徹底的に、まったり楽しむ事にすべてを書ける女性の姿はいっそ潔いと言うべきか。
 俄か女湯となった小さな風呂場で、こっそりよもぎの美肌効果も期待しながらお湯を使う女性たちに混じって、ヴェニーも律と初を誘って突撃インタビューを繰り広げて。本当はヒヨリさんにも聞きたかったんだけどね、と言いながら「律ちゃんと初ちゃんの好きな異性のタイプってどんなの?」などと聞いてくる女性に、娘たちは顔を赤くして無言で首を振る。
 そんな裸の付き合いも良いけれど、アルーシュは大きめのたらいを借りてお湯を張り、足だけを差し入れてほんのり上ってくるぬくもりを楽しんだ。話を聞くにつけ仲睦まじい菓子屋の若夫婦も、これなら一緒に気兼ねなく楽しめるだろうか、と思って彼女はくすりと微笑む。
 縁側で足湯を楽しむアルーシュの、湯気からほのかに立ち上るよもぎの香りに動いた男が居た。いや俺男湯しかむりっすけどね、と言いながら全力で女湯状態の風呂場に突撃する男、それが焔騎。もちろん全力で撃退されるところまでお約束。

「バカね」
「バカだな」
「‥‥とか言いながら頭の上にもぐさ置くなッ!? 火をつけるなッ!」
「まーまー、一緒に風呂入ろうなー」

 お湯をかけられたらいを投げられ、ぼろぼろになった焔騎へと向けられる、恭冶と雨鈴の暖かな慰めの言葉と行動に恐らく、彼の心も癒されたはずだ。ええきっと。
 やがて女性陣がお風呂から上がったのと入れ替わりに、酒などを持って恭冶や疾也もよもぎ湯に肩こりをほぐしに行く。約束通り焔騎も一緒。どうやら今度は男性の番らしいと、見ていたベルトーもジェシュと一緒に再びよもぎ湯にチャレンジだ。
 そんな様子を眺めながら、からすはのんびり裏の片隅に茶席を作り、疲れた仲間達を相手に草餅を振舞っている。自作のものもあるのだが、半分以上は何だか爪弾きにされてちょっと落ち込んでいた旦那さんからの提供だ。
 茶席に座ったアルーシュと柚乃が、嬉しそうに草餅を頬張った。

「うふふ、噂の草餅‥‥美味しいですね」
「ええ。やっぱり草餅に使用するのは若葉がいいね。特に香りがいいから‥‥」
「私も草餅を戴きたいわ。天儀のお菓子もいろいろ試したいし」
「どうぞ召し上がれ。お茶も一緒にいかがかな?」

 やってきたレートフェティにも草餅を出しながら、そうすすめたからすに「良いわね」と湯飲みを受け取った。中身はよもぎ茶。先ほど飲んだ和奏が青苦くないのかと心配していたが、これはこれでれっきとしたお茶だ。
 真夢紀もからすと一緒に草餅を作らせて貰って、満足そうに自作の草餅をにこにこ頬張っている。縁側に山菜料理を並べた志郎が、これも旦那さんが喜んでくださると良いですが、とちらりと家の中に視線を向けた――そこに居るのがついに覚悟を決めた奥さんからケーキを貰い、喜びのあまり言葉を失って固まっている旦那さんなのは言うまでもない。
 そんな様子をニヤリと笑って眺め見て、渓も草餅を頬張った。開拓者が戦って人を守るなら、この草餅で人を幸せにするのがあの夫婦の力だろう。それはどちらが優れている訳でもない大切なもの。
 喜んでいる姿を見れば、こちらもほんわり嬉しくなると、琉璃は微笑んだ。後で奥さんのためには、肌に優しいよもぎ石鹸でも作って渡してみようかと、思って居たらアルーシュがそれなら私は化粧水をと手を上げる。
 香りの良い草餅と、よもぎ茶と、暖かなよもぎ湯と。もう少ししたら春の山菜料理を食べて、それからケーキとお茶でのんびりと。
 春のうららかな楽しみは、よもぎの良い香りに包まれまだ続く。