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■オープニング本文 ヨンガムの悩みの種は一人息子である。どこの家庭も似たようなものかもしれないが、一人息子のタラートは昔から実に手の掛かる、生意気な子供だった。 近所の家に忍び込んで馬や牛に悪さをする、食べ物を盗み食いする、家の畑を苛立ち任せに荒らしたりもする。数え上げればきりがないくらいにタラートはいたずらと呼ぶにも度の過ぎた悪さをしまわり、そのたびにヨンガムと妻は近所に頭を下げて回ったものだった。 そんな息子だったが、身体の頑丈さだけはとにかく図抜けていて、だから年頃になって領主軍に志願して一旗揚げてくる、と言い出した時には諸手を上げて賛成した。ついでに性根も叩き直して貰ってくれば良い、と思ったのも事実だ。 どうせタラートのような悪たれは、軍隊なんてものには馴染まず逃げ帰ってくるに違いない。だがほんの少しばかりでも性根が直るならば、それは歓迎すべき事だ。 ヨンガムはそう考え、つかの間の厄介払いが出来たことに喜びすら感じていたが、妻は心の底からタラートを心配し、家を出る日には手編みのセーターを渡して「身体に気をつけるのよ」と泣いた。それに思うところでもあったのか、或いはほんの気まぐれか、タラートからはたった一度だけ、近況を知らせる手紙と幾ばくかの金子が届いたことがあり。 けれどもそれきり音沙汰もなく、時折タラートが軍内でも喧嘩で問題を起こして罰を受けた、と聞くと恥入る思いをしながら過ごしていた。まったく、どこまで行ってもあのバカ息子は悩みの種だ、と。 だから。 「あなた‥‥ッ! タラートが、タラートが反乱軍に捕まったって‥‥ッ」 妻がある日、タラートの軍での友人からの手紙を読んで叫んだ言葉を聞き、ぎゅっ、と心臓を締め付けられるような思いがしたのは、考えてみれば奇妙なことだ。タラートは悩みの種で、厄介な息子だったのだから。 「どういう、事だ‥‥?」 「な、なんでも‥‥反乱軍との小競り合いで逃げ遅れて捕まったらしくって‥‥今はオルシュテイン城に捕まってるらしいって‥‥」 友人からの手紙はそれだけの、タラートの不運を知らせる連絡だった。だがそれ故にその手紙はまるで、タラートの死を通告した処刑状のように思えた。 敵に捕まった一介の兵士を、領主軍は助けてくれるだろうか? そう考えてヨンガムは首を振る。自分なら、問題ばかり起こす不良兵士など捨てておくだろう。 そう考えて、気づけばヨンガムは妻に口走っていた。 「ギルドに助けて貰おう」 「え‥‥? でもうちにそんな、蓄えは」 「タラートが送ってきた金をお前は大事に使わずおいてあっただろう! あれっぽっちじゃ無理かもしれんが、とにかく頼んでみるんだ!」 何でそんなことを口走ったのか、何でこんなに必死なのか、ヨンガムにだって解らない。解っているのはただ、そうしなければきっとタラートは永遠に帰ってこないだろう、という根拠のない確信だけだった。 ◆ オルシュテン城は、降り積もった雪の中に冷然とした威容を放って存在している。コンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍の拠点の一つ、という情報を持って見ればなおさらに。 そのオルシュテン城に、捕らわれた兵士をどうにか助け出して貰えないだろうか、という依頼が開拓者ギルドに持ち込んだのは、とある中年夫婦であった。たった一人の息子なんですと、細君がほろほろ涙を流しながらカウンターに置いた依頼料は、とても少ない。 けれどもその依頼料を入れた布袋がとても大切にされていたらしい事と、夫婦の眼差しを見た受付係は、解りました、と頷いた。 「何とか、人を頼んでみましょう‥‥運が良ければ他にも協力者を見つけられるかもしれません」 オルシュテイン城には最近にも、何やら新しい虜囚が捕らえられたと聞いている。それは開拓者で、仲間から逃げ遅れたらしい。 だから運が良ければその開拓者を救出する動きがあるかもしれないと、受付係が抱いたいささか都合の良すぎる期待が現実になると知るまでは、後もう少し時間が必要だった。 |
■参加者一覧
櫻庭 貴臣(ia0077)
18歳・男・巫
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
神凪瑞姫(ia5328)
20歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
涼月 怜那(ia5849)
20歳・女・弓
千見寺 葎(ia5851)
20歳・女・シ |
■リプレイ本文 雪の中に佇むオルシュテイン城。その威容を遠目に眺め「貴族や重要人物でなければ助けは後回しでよい、というのは悲しいですよね」と呟いたのは、菊池 志郎(ia5584)だった。 タラートの事は両親から聞いた。それでも志郎には、一度だけとはいえ自分の給与を親元へ送っているタラートが、根っからの悪人とは思えない。 「‥‥何やかや言われていますけれど、タラートさんはきっと、ご両親が思っているより彼らを大切にしているのではないでしょうか」 「ご両親の不安を早く取り除いてやらねばな」 だったらその両親の元へ無事に帰してあげたい。そう願う志郎の言葉に、御凪 祥(ia5285)が小さく頷く。先に会った両親は、見るからに憔悴していた。 そんな会話を聞きながら、だが蘭 志狼(ia0805)は軽く目を眇めて雪の向こうの城を見据えるのみだ。 (親、というのはそういうもの、か) 彼は親になった事はない。そして親に対する子としてもあまり‥‥ そんな、胸に浮かびかけた物思い振り払い、タラートとやらの救出に全力を傾けるとしよう、と思い直す。それほどに子を案じる親の気持ちは、今は理解出来ないままでも良い。 彼らは2手に分かれて城に潜入する事にする。先発班で合図を担当する千見寺 葎(ia5851)は志狼と、万に一つの間違いもないよう呼子笛の合図を再確認した。作戦もすでに打ち合わせてある。 最後の確認を終え、葎は決意の眼差しでオルシュテイン城を振り返った。来るまでに用意してきたジルベリア風の服を纏い、付け髪と化粧で身なりを整えた彼女はどこから見てもただの女性だ。武器は、いつでも取り出せるよう袖の中に。 「‥‥そろそろ行きましょう。ご両親のもとへ、必ずタラートさんを」 「は、はい」 同じく、葎がサイズを合わせて用意してくれたジルベリア風の衣装を纏った倉城 紬(ia5229)が小さく頷く。神凪瑞姫(ia5328)もその隣で、隠密の道具を確かめ頷いた。 彼女達は支援物資を献上すると触れ込んで城に潜り込もうとしている。事前に調べてみたものの、反乱軍の城への食糧納入があるかがはっきりせず、やむなくこの形になった。 葎がギルドに掛け合って用意した台車を引き、雪の中を城に向かって歩き出した仲間を見送り、涼月 怜那(ia5849)は所持品を確認する。あまり命を奪うような事はしたくない、出来れば脅しだけで済むと良いのだが。 これはあれば便利そう、と荒縄の強度を確認する彼女ももちろん、現地の目立たない服装だ。着替える代わりに雪に紛れる白っぽい色の防寒具で、周囲に紛れようとしている者もいる。 オルシュテイン城へ向かう台車は、まるでぽつりと雪原に落ちた黒いシミのようだった。 ◆ そこに人がいる限り、争いが起こる事は避けられないのだろうか、と瑞姫は考える。どの国にも多かれ少なかれ、火種は転がっているもので。 (‥‥ジルベリアは火種は多そうだがな) 何しろ、今回の大戦も皇帝への『反乱』だ。他に噂で漏れ聞いただけでもそう思うのだから、実際にはもっと多くの火種が転がっているのかもしれない。 城門を守る番兵が、近付いてくる台車を見て背筋を正した。何者だ、と誰何の言葉に葎はにっこりと人懐こい笑みを浮かべる。 「私達は近くの村の者です」 「長に食料を献上する様に仰せつかりまして伺いました♪」 紬も合わせて笑顔でそう告げる。ほぅ、と兵士の顔が嬉しそうに緩んだのを見て、どうやら良い作戦だったようだ、と瞳を交わし合った。戦争中の軍でもっとも重要なのが食糧と水の確保。オルシュテイン城は前線からは外れているが、反乱軍の旗下にある以上、事情は変わらないのだろう。 それでも念の為、台車の中の荷物検査と簡単に服の上から身体検査だけを行なって、3人は城に入る事を許された。見知らぬ男性に触れられるのをぐっと我慢して平静を装っていた紬は、ようやく終わった、と胸を撫で下ろす。 葎が台車の中から、持ってきたヴォトカを差し出しながらにっこり笑った。 「寒い中お疲れさまです。これ、よろしかったら‥‥食糧はどこに運べば良いですか?」 どこに食糧庫があるのか解れば、内部の構造を探る何かの手助けになるかもしれない。そう考えた葎の言葉に、兵士は「悪いな」とヴォトカを受け取って。 案内しよう、と当然のように言われて、ぎょっとする。 「あ、あの‥‥お手を煩わせるのも申し訳ないですから、後は私達だけで」 「お前達は初めて見る顔だから、見張りを付けずには行かせられんのだ」 そりゃそうだ。 実に正論な兵士の言葉に3人は思わず頷いた。だがしかし、入り込めたらそのまま内部の掌握やタラート捜索に乗り出す予定だったので、迷惑にも程がある。 断る訳にも行かず、兵士の先導に従って3人は台車を引き始めた。やがて食糧庫に辿り着き、指示された場所に台車から食糧を運び下ろすと、当然兵士は元来た道を引き返し始める。丁重に断って職務優先を、と言おうにもその職務が門番なのだ。 だがこのまま城を出たのでは、何の為にやって来たのかが解らない。 (‥‥やむを得ません) 葎はそう判断し、隠し持った武器を取り出した。ちゃきり、と金属音に怪訝そうに振り向いた兵士が見たものは『食糧を献上に来た村人』が襲いかかってくる姿。 ぎょっと目を剥いた兵士が、葎の一撃を受けて為す術もなく地に倒れた。殺すのではなく気絶させる為の一撃だが、完全に意識を奪うまでには至らない。 ピイィィィ‥‥ッ! 兵士の渾身の力を振り絞った、寒気を切り裂く呼子笛の音が、石造りの城内に響き渡った。同時にどこか別の場所でも、異変を知らせる呼子笛が響き渡る。 その音に背中を押されるように、開拓者達は顔を見合わせ走り出した。 ◆ 後続組の4人は、目立たぬように城付近まで移動して隠れ、その時が来るのを待っていた。 あの城には彼らの中にも顔見知りが居るとあるサムライが囚われていて、彼を救うために別の開拓者の一団が動いている。偶然それを知り、その為に一騒動起こす予定らしいとも聞いた彼らは、その中に祥や、急な用事で帰った仲間の知人がいた事も幸いして打ち合わせ、その騒ぎに紛れて潜り込む事にしたのだ。 だから彼らはじっと、その時を待つ。超越聴覚を働かせた志郎が僅かな音も聞き漏らさぬよう意識を凝らし、他の者も神経を研ぎ澄ませて城の中の気配を探ろうとする。そんな彼らの耳に届いた、寒気切り裂く呼子笛の高い音色――それも2つ。 ふ、とそれに疑念がなかった訳ではない。1つは或いはすでに仲間がタラートを見つけた合図かとも思ったが、打ち合わせた合図の音色とは異なっている。しかし今が待っていたその時だと判断し、志郎はこくりと無言で仲間に合図した。 志狼が無言で、ぎょっと城の中へ視線を向けながらも動こうとはしない兵士の近くに、足元の雪を握って投げる。バシッ、という音に驚いた兵士が、何事かと確かめに近付いてきた所を志狼と志郎が峰打ちなどで素早く意識を奪った。 門番の兵士は3人。全員を昏倒させ、身包み剥い‥‥もとい、反乱軍の服装を拝借して代わりに自分達が着ていたジルベリア風の服を着せ、今まで自分達が潜んでいた一角へ隠す。怜那が用意しておいた荒縄で手早く縛り上げた。 「こうして、これでよしっと。次に行こ?」 くるん、と仲間を振り返った怜那に頷く、反乱軍の服装に着替えた男3人。サイズの都合上、怜那の分はこの先手頃な相手が居れば拝借する事になる――もちろん、必要なくタラートを救出できればそれに越した事はないのだが。 門の方を振り返ると、どうやら兵士達の不在に気付かれたようだ、不審そうに辺りを見回す数人の兵士が見える。他に応援はないようだ。 ならばあれを素早く無力して、叶うなら人質を捕えている辺りも確認しようと、開拓者達は頷き門へと走り出した。 ◆ 先行班3人は、城の中の一室に隠れて追っ手の兵をやり過ごしていた。 あちらはなかなか諦めない上に、慣れぬジルベリア風建築にこちらの方が翻弄される。それでも走るうち、大体の構造を理解してきたらしい瑞姫の判断で飛び込んだ部屋で、ようやく一息つくことが出来たのだった。 「た、助かりました‥‥」 「確かに構造は違うが‥‥しかし、それさえ分かればさして変わらない。人のすることは変わらないものだ」 紬の言葉に瑞姫はそう言う。ジルベリアと天儀、場所や風習は異なっても、その根っ子にある『人の営み』はそこまで大きく異なるものではない。そこに暮らすのは同じ人間だ。 この空き部屋もそんな風に考え見つけた一室。だが一先ずの安息は得られても、ずっとこうしている訳には行かない。どうやってタラートを見つけ、親元まで連れ戻すか‥‥ (親か‥‥、このようなものなのだな生みの親というのは) ふと思考が飛んだ。すでに親のない彼女には、それを想像するしか出来ない。厄介者と言いながら心底心配してくれる、生みの親とはそんな存在なのだろうか。 だが、今はどうでも良い話だ、と瑞姫は頭を振って思考を切り替える。通常、牢を作るなら可能性が高いのは地下だ。ここまでに地下へ続くらしい道は発見出来なかったから、探してないどこかにあるのだろう。元々、別の騒ぎに乗じて本格的に行動する予定だったのだから、それが早くなったと思えば良い。 しばらくして、兵士の気配がなくなった頃に3人はそっと部屋を抜け出し、さらに先に向かった。遠くからはまだ騒ぎが聞こえている。あちらも派手にやっているようだ。 考えながら幾つかの廊下を駆け抜ける。紬の『道に迷った』という言い訳はやはり通用しなかったので、葎が撃針を投げて怯ませた隙に瑞姫が投げ飛ばしたり、瑞姫が鎖分銅を操り無力化した相手の意識を葎が落として無力化したり。 一方、乗り込んだ後発班も混乱し始めた城内を、出会った兵士を脅し‥‥もとい、友好的に聞き出した捕虜の居場所を目指し進んでいた。聞き出した相手はもちろん、立ちはだかる兵士も可能な限り意識を奪うだけに止める。 どうやらこの騒ぎは、先行で食料納入に入った仲間を追っての騒ぎも含まれているようだ。どんな事情だったかは不明だが、ばれてしまったものは仕方ない。 「どこもかしこも反乱軍ばっかみたいだね。どうしよっか?」 「先行班の場所が判ればな‥‥どうだ?」 怜那の言葉に頷きを返した祥が、槍の石突を向かってきた兵士目掛けて突き出しながら、超越感覚で辺りを探る志郎を振り返った。ドスッ、と手ごたえの後、ずるりと重い感覚が槍の先にかかる。 それを見ながら志郎は難しい顔で首を振った。時折、居場所を知らせる呼子笛は聞こえる。だが反乱軍も同様の合図を使っている上、動き回っているので場所が一定しない。 ならばこちらはこちらで動くしかあるまい、と志狼は兵士から聞き出した地下牢へと足を向けた。向こうで会えるかもしれないし、会えなければ救出の合図であちらも逃げの手を打つだろう。 ――そう考え、向かった地下牢で見たものは、血生臭い光景だった。血を流し、ことごとく冷たい石畳に沈んで動かない兵士と、むっと来る鉄臭い匂い。その傍の牢屋の入り口は大きく開け放たれ、その前には血を浴びたサムライが立っている。 彼は幾人かの知り合いを見つけてふと目を見開いた。だがこちらが探しに来たのが彼ではないように、彼が待っていたのもこちらではない。何だか知らねぇが頑張れよ、と声をかけると枷もそのままで走り出す。 階段を駆け上がったサムライの、行く手から聞こえてくるらしい阿鼻叫喚に思わず振り返ったが、思いとどまったのは救い出さねばならない相手が居ることを思い出したからだった。 「タラート、居るか?」 地下牢に響くように祥が問いかけると、返ってくる弱々しい声。血に沈んだ牢番らしき兵士の腰から鍵束を取り、牢の鍵を開けて自力では立ち上がる体力も残っていないタラートを支えた。 なぜと、問いかけられた言葉は喜びよりも戸惑いが強い。それに「詳しい話は後で」と言い置いて、志狼はタラート保護完了の合図の呼子笛を吹き鳴らした。 「‥‥どうやら、彼の後をついていくのが一番確実そう、ですね」 辺りを色々探っていた志郎が、複雑な表情で先に脱出したサムライの消えた方を指差す。事態は不明だが、あの様子からして脱出を阻む者は構わず殴り殺して行くに違いない彼の後をついていくのが、結果として一番安全に逃げられるだろう。 続く血の惨劇の後を追って、タラートを背負った祥を守るように脱出を図る。先頭に案内も兼ねて志郎、次に怜那、祥。最後尾を走りながら志狼は、心の中で他の捕虜に密かに詫びた。彼らが請け負ったのはタラート救出のみで、全員を助け出す時間はない。だがいずれ落城すれば救出される日も近かろう。 途中、同じく脱出を図っていた3人と合流し、紬の神風恩寵を受けてぐったりしていたタラートの顔に血の気が戻る。だがまだ自力では動けない彼を背負う祥を中心に、神楽舞「速」で身体能力の底上げを。 とは言え、出来る限り『穏便に』事態を留めるべく、やってきた応援の兵に怜那は「あっちに逃げたわ、追いかけて!!」などと叫んで行動を逸らさせようとした。それでも向かってくる相手は、志狼も苦笑しながら峰打ちで昏倒させる。 瑞姫が撒菱で追っ手の妨害を図り、葎が撃針を飛ばして横合いから来る敵を怯ませた。血の跡と倒れた兵士はまだ入り口まで続いているようだ。 その後を、彼らは追って走る。タラートを無事、両親の元へ連れて帰るのだと強く願って。 ◆ とある宿の入り口まで連れてこられ、タラートは戸惑ったように開拓者を見た。なぜ彼らが自分を助けてくれたのかはまだ聞いていないが、まずは礼を言おうと口を開きかけた彼を瑞姫は制する。 「タラート殿、礼には及ばん。報酬ならば受け取っている。感謝するなら心配を掛けた親にするのだな」 「親父達が‥‥?」 「ああ。貴様の両親に、依頼を受けた。‥‥四の五の言わず帰れ」 怪訝そうな声になったタラートに背を向け、志狼はそれだけを言い切った。宿の中には、息子を案じて待っているだろう両親が居る。だがそれが意味する事を、わざわざ説いてやる気はない。 複雑な表情になった青年に、葎が微笑む。 「ご両親を、どうぞ大切に」 彼の命を救い出したのは、本当の意味では開拓者ではないと葎は思う。あの両親が彼を救って欲しいと願ったから、開拓者は動く事が出来、タラートを救う事が出来た。 だから叶うなら葎からも、両親に「ありがとうございます」と伝えたかった。彼らの息子を大切にしてくれてありがとう、と――元々両親と疎遠な我が身を振り返れば、そんな親子が居る事が素直に嬉しい。 開拓者達の言葉に、タラートはしばし悩み顔になった。だがやがて、意を決して宿の中に入っていくのを、開拓者達はただ見守っていた。 |