【花雨】祈れるもの。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/10 20:08



■オープニング本文

 強く願う。
 大切な恩人。幼い日、アヤカシに食われかけた自分を救ってくれた女性。彼女が危機に陥っていると知らされてじっとしていられる筈もなく、助っ人を頼みに行っておくれだね、と頼まれ無論と大きく頷いた。
 無論。叶うならばこの身一つでも駆けつけたいと願いながら、踏み止まったのも彼女がそんな無謀を望まないと知って居るからだ。

「静瑠‥‥母様、無事だよね?」

 不安そうに眼差しを揺らし、見上げてくる少年に「当たり前だ」と頷いたのは、自分に言い聞かせ、祈る行為にも似ていた。彼女が死ぬ筈がない。そんな筈はない。
 だからもう一度、当たり前だと呟き、神立静瑠(かみたち・しずる)は開拓者ギルドへ向かう。どうか自分と一緒に仲間の救出に向かって欲しいと、助力を求めるために。





 『金剛』。五行には、そう名乗る陰陽師集団の一つが居る。五行王に従う事を良しとせず、己達の正義のみに従って国内を動き回り、人々をアヤカシから守りたいと願う自由集団だ。
 構成員は多くない。だがその誰もが陰陽師であり、リーダー庚(かのえ)の掲げる理想に共鳴して動く事を良しとして、アヤカシに苦しめられる人々を助けるために尽力する。領地も柵も関係なく。
 その、『金剛』に助力をして居るというサムライからの依頼がギルドに持ち込まれたのは、とある昼下がりの事である。恐ろしく思い詰めた眼差しで『至急で頼みたい』と言った彼は、次いで状況を手短に説明した。

「アヤカシ退治‥‥ですか」
「ああ。受けた当初は陰陽師4人で十分対処できると庚は判断したんですが、予想外にアヤカシの数が多かったらしいです」

 『金剛』に村外れの森に出るというアヤカシを倒して欲しいと依頼が来た段階では、獣姿のアヤカシが数頭見られる、というだけだった。だが実際に村人の案内で足を踏み入れた所、獣姿のアヤカシが十数頭居た上に、大蜘蛛らしきアヤカシも数匹巣を張っていたのだという。
 その時点で陰陽師達は案内人に『金剛』へ知らせを持って走らせようとした。だがその場を離れようとしたのをアヤカシに気付かれて、襲われた所を陰陽師達が食い止め、案内人は文字通り命からがら『金剛』へと駆け込んだのだ。

「『金剛』は今、別件でも陰陽師を行かせてて動ける奴が居ません。俺一人じゃ駆けつけた所で幾らも戦力にならんでしょうし」
「なるほど‥‥」
「死者も出るかもしれないと‥‥4人の中には庚の親友も居て心配してます。夏維も、庚の親友の息子も母親の事を心配してて」

 勿論、他の3人の身も気に掛かる。だが親しい者が危険に晒されて居るとなればよりいっそう心配になるのは人情だ。
 だから陰陽師達を――その中に居る庚の親友を。浦西加奈芽(うらにし・かなめ)を何としても助けに行きたいから、協力者を。
 そう、深く頭を下げた静瑠もまた、隠しきれない不安と焦燥を表情に滲ませていた。





 『金剛』の本拠地の一室から、庚は遥か彼方を見つめていた。その眼差しの先にあるものを察した側近が、庚様、と声をかける。

「よろしかったのですか、庚様。神立様に真実をお伝えせずとも」
「『金剛』まで村人を逃がす為に、加奈芽が村人を庇ってアヤカシに喰われた事をかい? 教えてどうするね――アレは加奈芽がすでに死んでると知れば、自棄になりかねないだろう。何しろ加奈芽の為にサムライになった子だ。だからお前、静瑠にも夏維にもこの事は誓って伏せておいで。今、腑抜けになられては困るんだよ」

 仲間は加奈芽だけじゃないんだからね、と当たり前の口調で告げた庚に、畏まりました、と側近は頭を下げる。そうして、彼女がふと頼りない口調で『せめて遺体だけでも無事ならねぇ』と呟いたのを、聞かなかった事にした。


■参加者一覧
守月・柳(ia0223
21歳・男・志
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
氷(ia1083
29歳・男・陰
黎阿(ia5303
18歳・女・巫
神楽坂 紫翠(ia5370
25歳・男・弓
煌夜(ia9065
24歳・女・志
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ


■リプレイ本文

 話を聞く限り、事態には一刻の猶予もないようだった。

「剣狼が十数頭、大蜘蛛が数匹‥‥正確な数は不明、ですか。なかなか厄介ですね。現地の陰陽師たちが心配ですね、急ぎましょう」
「自分達が‥‥着くまで‥‥持ち応えれば‥‥いいのですが」

 香椎 梓(ia0253)が口にした状況は、言葉にすれば尚更の重みがあって。或いは、と最悪の事態も想定し、一抹の不安を感じた神楽坂 紫翠(ia5370)が心配そうに呟いたのを、耳にした浦西夏維が不安に顔を暗くした。取り乱さなかったのは、同じ事を何度も何度も祈っていたからだ。
 ぽふ、と佐伯 柚李葉(ia0859)も同じ様に心配そうな顔で夏維の頭を撫でる。それから神立静瑠を振り返り、あの、と首をかしげた。

「『金剛』って‥‥とても凄いことですけど、王様の意向に沿わないで‥‥睨まれたりしないんですか?」
「拙者も、跡目を弟に押し付けてからは五行とは疎遠になっていたが‥‥『金剛』の気持ちは判るつもりなのでな、今は陰陽とは道を違えてしまったなれど、手を貸したいと思うのだが」

 その辺りはどうなのであろうか、と滋藤 柾鷹(ia9130)も静瑠に視線を向ける。その両者の眼差しに、そうだな、と静瑠は考えながら答えた。

「あまり良く思われてないとは聞いてます。けど庚は王に逆らいたい訳じゃなく、ただやり方が違うんだと」
「理想をもって、事実そのために行動できるっていうのは立派なことよね。今回は運も悪かったみたいだけど‥‥」
「ま、悪い事やってるわけじゃないみたいだし」

 静瑠の言葉に、そんな感想を返した煌夜(ia9065)に添えて、氷(ia1083)ものんびり言った。構成員が陰陽師だけ、と言うのはほんの少し引っかかるけれど、気にすることでもないと欠伸する。
 話を聞く限り『金剛』は素人集団ではないようだ。夏維の母親、庚の親友である加奈芽とて、夏維が生まれる前から陰陽師として研鑽と実践を積んできたという。そんな人々でも振り回される数のアヤカシが居るとなれば、こちらもそれなりの覚悟が必要らしい、と守月・柳(ia0223)は気持ちを引き締めた。
 出来れば現地の地形などを詳細に把握しておきたいが、日頃は出歩かない夏維はもちろん、夏維の傍に居ることが多い静瑠も行った事はないという。『金剛』に急を知らせた村人は、庚の判断で本拠地で保護するらしく静瑠も直接会っては居ない。

「とにかく急ぎましょうか‥‥道案内とかは任せてもいいのよね?」

 黎阿(ia5303)の言葉に静瑠は頷いた。行った事はないけれど、場所は頭の中に入っている。
 案内の為先頭に立った静瑠の背を見ながら、ポツリ、心配そうに「母様‥‥」と呟いた少年の手を、柚李葉は励ますようにぎゅっと握った。





 案内した村人が『金剛』に逃がされたのは、森に踏み入って四半刻も行った辺りだと言う。まずはそこを目指して、剣狼に注意を払いながら開拓者達は冬の森を進んだ。
 現地では大蜘蛛も見られたというが、巣を張っていたのなら容易には動かないのではないか。なら機動力もありそうな剣狼を何らかの手立てでおびき出し、退治した上で大蜘蛛を――と言うのが常道だろう。
 だがしかし、彼らがあえて進んだのは『金剛』の為。何とかアヤカシを撒いて逃げていればと一縷の望みを持っていたのだが、そんな気配は微塵もなかった。
 気付かぬうちに囲まれては危険だ。それは避けなければ、と煌夜と柳は交互に心眼を使い、梓や柾鷹も肉眼で辺りに注意を払う。地面に残された痕跡も見逃すまいと、他の者も一緒に慎重に足を進めて。
 森は、果たしてこの先に本当に人が居るのかと不安を覚えるほど静まり返っていた。それはやがて「道を間違っているのでは」という不安になり、さらに「もしかしてすでに‥‥」という不安へと変わる。
 焦る気持ちをぐっと堪え、発動した幾度目かの心眼にそれらしき反応があったのは、四半刻も進んだ頃だった。道を間違えていなければ、村人が陰陽師達に逃がされた辺り。

「‥‥反応が複数。これは当たり、か」

 柳が慎重に数を確認し、考えるように言った。この森の中で、10近い反応が一カ所に集まっているというのは、恐らく目指すアヤカシ達に違いないだろう。これまで発見出来てない事を思えば、陰陽師達も恐らくそこだ。
 だがやはり、戦闘音はない。蜘蛛の糸にでも絡め取られたか、と柾鷹は前方を厳しい眼で見据え――その予想が悪い意味で外れていた事を、知る。

「加奈芽さん‥‥ッ!?」
「かあさま‥‥ッ」

 愕然と声を上げた静瑠の隣で、悲鳴を上げて走り出しかけた夏維を、とっさに柚李葉が腕を引いて止めた。傷つき、倒れた陰陽師達を、どれから喰らってやろうかと牙を剥く剣狼。傍には見るも無惨に喰い散らかされた、女性らしき遺体の虚ろな瞳が開拓者達を見つめていて。
 瞬きも忘れて遺体を見つめる静瑠の自失の表情をちらりと見て、氷が「間に合わなかったのか」と舌打ちした。それからアヤカシの数や他の陰陽師達の様子を確認する。

「‥‥これ以上被害が出る前に、さっさと片付けるぜ」
「斬り込むわ。援護は頼んだわね」
「蜘蛛はやはり動かないようですね‥‥まずは生き残った方達を」
「あの様子だと少しでも回復しとかないとマズそうね。アタシも行くわ、柚李葉ちゃんはここで待ってて」

 氷の言葉に、言われずとも煌夜は刀を抜く所だった。援護は任せろと仲間が頷き、ガクガク震える少年を支える柚李葉にひらりと手を振って黎阿も進み出る。

「オオオ‥‥ッ!」

 柾鷹が咆哮を放った。陰陽師達の周りをウロウロしていた剣狼の幾らかが、注意を逸らしてくるりと柾鷹の方に向かってくるのを、柳と梓がそれぞれに武器を構えて迎え討つ。
 その隙に、回り込んで煌夜と氷、黎阿が陰陽師達の元へ走った。

「どきなさいッ!!」

 まだ幾らかの剣狼は残っているが、怯まず煌夜は斬りかかる。さらに漏れた剣狼には紫翠が援護の弓を放った。氷も魂喰を剣狼に放つ。
 今、最優先は剣狼を滅する事ではない。陰陽師達を救い出す隙を作り出す事だ。この騒ぎでもなおピクリとも動かないあの様子では、ひとまずの回復術を施して命を繋がねば危険だろう。
 故に黎阿は陰陽師達の元へ走る。アヤカシは仲間が何とかしてくれると信じて、彼女に出来る最大の事を。

「助けにきたわよ、頑張って!」

 叫ぶと共に、神風恩寵。癒しの風が陰陽師達を包み込む。
 柚李葉を待たせたのは、夏維の事だけではない。巫女としての経験が豊富な彼女の方が、黎阿よりも出来る事が多く、練力も豊富だ。だから走るなら、柚李葉ではなく黎阿だと判断した。
 せっかくの獲物を横取りしようとする黎阿に、巣に宿る蜘蛛がしゅるりと糸を吐いた。させまいと氷は火炎獣を放ち、糸を焼く。ついでに焙烙玉を投げつけた。
 ドゴンッ! 激しい破裂音に、口調だけはのんびり呟く。

「普通の蜘蛛なら大きい音は吃驚して隠れるけどなぁ」

 蜘蛛もそうだが、剣狼の方も突然響いた破裂音にビクリと跳ねて音から遠ざかる。一瞬追うか迷い、煌夜は突っ込まず一番近くの陰陽師をぐっと引き摺りあげた。
 それに向かってきかけた剣狼を、ぽい、とまた氷が小石でも投げる風情で焙烙玉を投げて牽制する。ひょう、と紫翠の弓がさらに剣狼を遠ざけるべく矢を放つ。後ろでは柾鷹の咆哮に釣られた剣狼達が数頭、あえて動きの取り難い木々の間に誘い込まれて一体、また一体と瘴気に還されて。
 その後ろの、待っている柚李葉の元まで引き摺るようにして何とか3人の陰陽師を運ぶ。黎阿の治癒で命の危険は遠ざかったものの、完全ではない彼らに柚李葉は改めて神風恩寵を施し、薬草を煎じて飲ませ、包帯を巻いた。

「‥‥良くご無事で」

 ちくりと胸の痛みを感じながら、水や食べ物、気付けの梅干を渡して柚李葉は微笑みかける。彼女は術視も使ってアヤカシが何者かに人為的に強化されたりしていないかを確認してみたが、その様子はなかった――そう聞くと、判った、と柳は頷き背を向けた。まだアヤカシは残っている。あれらを殲滅しない限り、真に救えたとは言えない。
 だが――氷は冷たい眼差しで、救い出された陰陽師達からすら痛ましげな眼差しを向けられている静瑠を、見た。

「静瑠君。仇を討つ気がないならそのままそこに居な」
「そうですね、死にたいのでしたらそのままずっと腑抜けているといいですよ。自らに課した役目を放棄し、加奈芽さんの後を追うといい」

 突き放し、切り捨てる氷の言葉に、梓も頷いてさらに辛らつな言葉を浴びせかける。そうして青年の強張った顔に怒りの朱が上るのを、むしろ祈るように見守る。
 静瑠はかつて、アヤカシに喰われ掛けた所を加奈芽に救われ、彼女の為に修行しサムライになったのだと聞いた。そうして彼女の愛する、母と違い志体を持たぬ一人息子を、彼女の代わりに何があっても守る事を己に課しているのだと。
 それほどの女性の無残な死が、どれほどの衝撃を彼に与えたか想像するのは容易い。だがここは戦場で――加奈芽の為にサムライになったと言うなら尚更に、その意味を何より忘れてはいけないのがこの場ではないのか。
 ギリ、と青年が奥歯を割れんばかりに噛み締め、2人を睨みつけたのをむしろ、好意的に受け止める。怒りは悲しみを凌駕する。今はそれで良い。

「もう回復したようです‥‥これは‥‥素早いですが‥‥」

 剣狼達の様子に気を払っていた紫翠が、キリリ、と弓を引き絞りながらまっすぐ向かってくる剣狼達への注意を仲間に促した。キュッ、と今度こそ殲滅する意志を持って紫翠の言葉に頷く。その中には、怒りに燃える静瑠も居る。
 チャキリ、と森の中でも振り回せるよう脇差を構えた柳が吼えた。

「守月・柳、推して参る‥‥っ!」
「頭上には居ませんッ! 前方からと、右から回りこんでいるようです」
「ありがと!」

 心眼で伏兵を確認した梓に、短く叫んで煌夜が右に飛ぶ。その先から向かってくる剣狼に、自身も心眼で辺りを確認して突っ込む――援護は届けられると信じているからこその無謀だ。
 森の中では矢を通すのは難しいが、それでも隙間を縫って紫翠は期待通り援護の矢を放つ。一匹たりとも逃がしはしない、強い決意がそこにあった。
 梓も柳と共に、邪魔な樹木を逆に生かすべく小回りに動き回り、場所を選びながら、剣狼の横に回りこんでは袈裟懸けに斬り付けた。数が多いならばその数自体を着実に減らすべく。その後ろから氷が魂喰で剣狼を攻撃する。
 一方、怒りに己を奮い立たせ、刀を握った静瑠はだが、煌夜や柾鷹と共に右から来る剣狼に切りつけた拍子に、目の端に加奈芽の姿を捉えて棒立ちになった。ハッ、と気付いた柾鷹が体当たりで襲い掛かる剣狼から庇い、気合を込めて両断剣にて切り捨てる。
 目の前で、剣狼が瘴気となって散った。それにギクリとした静瑠の頬を張り、柾鷹は剣戟にも負けぬ音声で叫ぶ。

「しっかりなされよ! 今ある命まで散らせるおつもりか? 貴殿にはまだ為すべき事があるはずだ、加奈芽殿や夏維殿の為に」
「‥‥ッ」
「静瑠さん! ここで折れるようなら、加奈芽さんが信じた理想を、貴方が信じてない事になるわよ」
「煌夜殿の言うとおりだ。まずここから戻る、それが先決かと」

 彼らの言葉に、静瑠は唇を噛み締め「すまん」と短く謝罪を口にした。それから、己に気合を入れなおして剣狼を睨む。この様子なら少しは大丈夫そうだと、煌夜と柾鷹は視線を交わしあい、それぞれも目の前の剣狼に対処すべく獲物を握り直した。本当ならまだ頼りに出来る状況ではないが、仇を取らんとの激情で立つ青年を止められはしない。
 時折蜘蛛が絡め取ろうと吐いてくる糸を、氷が火炎獣で焼き払い、呪縛符で動きを絡め取ろうとする。それは紫翠や柳の方にも伸びてきたが、彼らは脇差で切り払ってまた弓弦を引き絞り、剣狼を切り裂いた。
 開拓者達の身体を黎阿の神楽舞が包み、守りを高めた。効果が切れるたびに、何度でも。柚李葉も淡い光で加護を与えるが、アヤカシの術を見破ろうとしてかなりの練力を消耗している。
 攻撃を受け流して交わし、または脇差と長脇差を駆使してカウンター攻撃を仕掛け。やがて最後の剣狼が瘴気に還っても、なお彼らは攻撃の手を緩める事無く、巨大な巣を張り渡す大蜘蛛へと立ち向かった。幸い毒を持つ個体ではなかったようだが、身の危険を感じて吐き出す糸を、避け、或いはあえて剣で絡め取って樹上の大蜘蛛に挑む。
 ――やがて最後の大蜘蛛が瘴気に還り、動くものが開拓者と救い出された陰陽師達だけになった頃。

「‥‥母様ッ、母様ッ、母様ッ!!」

 ようやく駆け寄る事を許された少年が、喰い散らかされた躯に駆け寄り、かろうじてそれと判る母に取りすがって号泣した。その声を聞き、ふらりと怒りの表情を脱ぎ落として彼女の元へ向かう静瑠を、今度は開拓者達は止めなかった。





 辺りにアヤカシが残されていない事を確認し、開拓者達は森を去った。加奈芽の遺体は『金剛』まで連れ帰れるような状態ではなかったので、丁寧に埋葬して簡素な墓代わりの石を置く。
 柳が静かに鎮魂と慰めの横笛を奏でた。柚李葉もそれに横笛を合わせ、祈りを込めて息を通す。
 加奈芽が身につけていたもので持ち帰れるものは、遺品として夏維と静瑠に預けた。そうして『金剛』の陰陽師達に肩を貸し、或いは背負って庚の待つ本拠地まで戻った彼らは、そこで初めて庚が加奈芽の死を知っていた事を、知る。

「ありがとうよ、あんた達。仲間を生きて救ってくれた事、庚からも礼を言おう――静瑠、夏維。加奈芽にお別れは済ませてきたかい」
「知ってたのか、庚ッ!?」
「静瑠! ‥‥庚様、母様の遺品です」

 激昂する静瑠を押し止め、夏維は庚の前に立ち開拓者達に渡された遺品を差し出した。良いのかい、とのんびり尋ねられた言葉に頷く。
 母様は『金剛』の陰陽師だから。それが母の口癖で、どんなにその事を誇りに思っていたか夏維は知っている。だから、とさらに押し付けるように差し出されたその、血に汚れた衣類や呪符を受け取って、庚はふと頼りない顔になった。

「‥‥ああ加奈芽、良くやっておくれだったねぇ‥‥痛かったろうねぇ‥‥ッ」

 それでも庚は信じている。親友は庚と共に、庚に協力して沢山の人々を救い、村人を庇って誇り高く死んだに違いない。
 だから庚が一筋の涙を零したのは、そんな親友にもう二度と会えないその事実にだ。生きながらアヤカシに喰われた加奈芽の死を哀れむことは、加奈芽の生き様を否定する事になる。

「ありがとうよ、あんた達。本当にありがとう」

 庚はそっと涙を拭い、開拓者達に頭を下げた。『金剛』の指導者として、加奈芽の親友として。仲間を救い、遺品を届けてくれてありがとうと、静かに。