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■オープニング本文 さてその日、菓子屋の若き主は困っていた。今までもこの季節が来る度にそれなりに頭を悩ませてはいたが、その比ではないくらいに真剣に、店先に並ぶ菓子を睨み据えながら悩み込んでいた。 お陰様で店に入ってきた客も、難しい顔の若主の姿にギョッと思わず回れ右をして店を出ていったり、そもそも寄りつかなかったり。ついには店で雇っている若い娘達からも、ちょっと旦那さんを何とかしてください、と訴えられて。 仕方がないわねぇ、と若奥さんが難しい顔の夫に声をかけたのは、もうそろそろ日も傾き始めようかという頃である。 「あなた。そんなに難しい顔をなすって、お店にいらしたお客様が驚いてらっしゃるわよ」 実際にはそんな可愛いものじゃなかったが、微笑んでおっとりそう言った若奥さんにこくこく店の娘達は同意した。お客様以前に、自分達もちょっと怖い。 だが、当の旦那さんは妻の言葉に初めて周りの様子に気付いたらしく、おや、と眉間に深く刻まれていた苦悩のシワをようやく緩めた。緩めて、がらんとした店内と少し身を引いている娘達と、ふぅわり笑っている妻を順番に見た。ちなみに店内、菓子屋の方だけではなく甘味処の方まで閑古鳥が今を盛りと鳴いている。 しばしの沈黙。 「‥‥すまん、奥に戻って少し考えごとをしてくる」 「はい、どうぞ」 がっくり肩を落としてそう言い残し、店の裏手にある自宅へと戻っていった夫の背中に、変わらぬ調子で若奥さんは声をかけ。ようやく戻ってきた平穏な時間に、ほぅ、と娘達が息を吐いた。 ◆ もうすぐバレンタインデー。遙か遠くジルベリアから伝わった、親しい人に贈り物をする風習である。 詳細な由来はよく知らないが、この風習にあやかって彼、玲一郎が経営するこの菓子屋兼甘味処でも毎年、季節限定の菓子を作って売り出してきた。もちろん今年もそのつもり、なのだがしかし。 肝心の、限定お菓子がどうにもうまく思いつかない。 今までは玲一郎の父が店の主として毎年何かしら趣向を凝らした菓子を作り、前日と当日のみの限定商品として売り出してきた。玲一郎はそれに意見を求められる事はあっても決定に加わることはなく、父が決めた和菓子を作ってきたのである。 だが、今年はちょっと特別だ。玲一郎は夏頃、父から出された課題を開拓者の助けも借りながら立派に果たし、晴れてこの店を継いだ。つまり彼にとって、今年は初めて主として取り組む行事、なのである。 この催しに限らず、何かと機会がある度に玲一郎は、父が今まで成してきたことに負けぬよう、と頭を悩ませ頑張ってきた。今回だってそうだ、毎年父の作った菓子は町の者から評判だった。それに劣ってはいけない。 そう思い悩んでいたら、思いついたどれもこれもが取るに足らないものに思えてきて。これじゃ駄目だと色々試行錯誤しているうちに、ただ時間だけが過ぎていき。 「ねぇ、あなた?」 いつしかすっかり日が暮れて、店仕舞いをして店の娘達を家に帰した妻のヒヨリがやってきて、どうかしら、と提案した。 「どなたかにお力を借りなすったら?」 「誰かに?」 「ええ。どなたかとお話ししながらの方がきっと、良い案も浮かびますよ」 ヒヨリがふぅわり微笑んでそう言うのに、そうだなぁ、と玲一郎は唸った。確かにこのまま一人でうんうん唸っていても、思考が煮詰まっていく一方だ。いつぞやの時もそれで、開拓者に助力を頼んだのである。 そうだなぁ、ともう一度、呟く。毎年の恒例行事の事は町の皆が知っていて、この頃では気晴らしに外に出ても知り合いが何だか訳知り顔でニヤリと笑って「頑張れよ」なんて声をかけていったり。その度にシクリと痛む胃もそろそろ限界だ。 だから玲一郎はヒヨリに大きく頷いて、開拓者ギルドへと向かったのだった。 |
■参加者一覧
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
アルカ・セイル(ia0903)
18歳・女・サ
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
からす(ia6525)
13歳・女・弓
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
永(ia8919)
25歳・男・シ |
■リプレイ本文 町の小さな菓子屋兼甘味処は、今日は閑古鳥とは縁がないようだ。ひょこん、と顔を覗かせ胸を撫で下ろした佐伯 柚李葉(ia0859)に、声をかけたのは店頭に居た若奥さん。 「いらっしゃい。うちの人は奥に居るのよ」 「お久しぶりです。またお会い出来て、とても嬉しいです」 ぺこんと頭を下げた柚李葉に、ヒヨリも「あらあらご丁寧に」と頭を下げる。他の開拓者達にも丁寧に頭を下げ、店の奥へ促した。 そこで、見るからに煮詰まり切った顔で出迎えた玲一郎に、にっこり微笑んでぺこんと頭を下げたのは鳳・陽媛(ia0920)。料理も甘味も大好きな彼女、良い提案が出来れば良いな、と張り切っていて。 「巫女の鳳・陽媛です。宜しくお願いしますね」 「う‥‥その‥‥よろしく頼む、ぞ‥‥」 同じく張り切っている事には違いないのだが、江崎・美鈴(ia0838)がしどろもどろの挨拶になったのは、彼女が人見知りだからだ。特に大柄な男性は苦手で、多少上背がある玲一郎にも挨拶までが精一杯だった様子。 素早く虚祁 祀(ia0870)の背中に隠れてしまい、ぼそぼそ「『う゛ぁれんたいん』とはなんだ?」と尋ねた彼女に、答えたのはからす(ia6525)。 「バレンタイン。この日は愛を誓う日と言う地域もある」 「あら」 お茶を運んできたヒヨリがふぅわり微笑んだ。バレンタインとは、ジルベリアの昔の偉い人に由来して贈り物をあげる習慣だとか。でも贈る相手が愛する人ならもっと素敵かもしれない。 ヒヨリに頷き「愛の形は様々だからな‥‥まあ私に想い人がいるわけじゃないが」と頷くからす。なるほど、と美鈴も大きく頷いたが、きちんと理解出来たのかはイマイチ怪しい。 祀は背中に隠れた美鈴の気配にそう思いながら、提案出来るとしたら見せ方かな、と考えた。店に並んでいた甘味を見てもそうだが、玲一郎はそこそこ腕の良い菓子職人のようだ。祀はいつもご飯は作っているが、甘いものは殆ど作った事がない。むしろ良い勉強の機会だと考えている位だから、目新しい味を提案するのは難しいだろう。 ならどんなものが出来るだろう、せっかくだから恋人にも渡したいし、などと思い巡らせる祀の横顔に、知らず笑みが漏れた永(ia8919)だ。 「なんと言いますか‥‥私1人、場違いな気がしてならないです」 それでなくとも女性の中の白一点、ただでさえ何だか居心地が悪いのに、と苦笑いしながらも用意してきた紅梅の砂糖漬けを出した永に、おやそれは、と趙 彩虹(ia8292)が目を見張らせた。 「風流ですね」 「ええ‥‥参加する以上は皆さんの足手まといにならぬよう、と思いまして」 「私も、お店で培った天儀甘味の知識、今こそ活かす時です!」 ぐっ、と気合の拳を握る彩虹だ。泰式甜品は得意な彼女だが、最近はとある甘味処で働いていて、天儀甘味の知識もそこそこ蓄えられたと自負している。頑張ってきます、と心の中で決意を呟く彩虹の強い瞳に、頑張りましょう、と永も微笑んだ。 その様子に眉間の皺をほんの少し緩めた玲一郎に、楽しみねぇあなた、と若奥さんが声をかける。多分この中で彼女が誰より純粋に、どんなお菓子が出てくるのか楽しみにしていた。 ◆ 「おじさんはおはぎを幾つか考えてきたんだ」 そう、玲一郎に言ったのはアルカ・セイル(ia0903)である。おはぎ、と繰り返した彼に、頷き幾つかのレシピをすらりと口に乗せる。 例えば、餡で包んだおはぎに粉末状の白砂糖をかけ、雪玉のように見せる白雪おはぎ。甘過ぎないよう餡子は少なめで、雪玉らしく、だが食べ辛くならない様に白砂糖の量も調整する必要があるだろう。 「後は白砂糖を抹茶に変えて抹茶金時おはぎ、なんてのもある」 「白雪おはぎは冬らしいが」 アルカの提案に玲一郎は唸った。抹茶金時は同名の寒天が夏限定商品にあるし、白雪は冬の菓子として普通に店頭に並べられそうだが、限定品、という程ではない。 煮詰まって助けを求めたくせに、菓子に対する厳しい姿勢は崩さない夫に、ヒヨリが「あなた、試作してみなすったら?」と提案する。その言葉に柚李葉が「私達も作って良いですか?」と小さく手を挙げた。彼女達としても、イメージを無理に言葉で説明するより、作って見せた方がよく伝わりそうだ。 勿論、と玲一郎が頷くと、柚李葉と陽媛がパッと嬉しそうに顔を見合わせ、解らない所は教えて下さい、と頭を下げた。それにも頷きながら開拓者を案内した厨には、日頃使う道具や材料があちらこちらに置かれていた。 きょろきょろ材料を見回しながら道具の場所などを確かめていた彩虹が、果物の中にお目当てのものがないのを確認してがっくり肩を落とす。 「やはり苺はないですか‥‥ぜひ葛饅頭に使いたかったのですが」 ないかもしれないと思ってはいたが、今は冬。苺が収穫出来るまでにはまだまだだ。同じく数名ががっかりした表情になったのを見て、玲一郎が虚空を睨んで「苺のジャムはまだあったかな」とヒヨリに確認する。確かお義父さんが少しばかり、と頷いた若奥さんがトタトタ奥へと消えていき、分けてもらったジャムの壷を持って戻ってきた。 彩虹が作ろうとしている葛饅頭は、元々苺をジャム状にして使おうと思っていたので問題ない。他の材料も大丈夫そうだ、と早速準備を始める彩虹と同じく、美鈴もヒヨリに言って苺ジャムを少し分けてもらった。 「大福に、色々甘い物を詰めてみると良いかもしれない?」 林檎なんかも良い。お砂糖でことこと煮たのを包んでも美味しそうだ。だが苺は、ジャムだけではちょっと形が崩れやすくて、美鈴の望むような猫型やはぁと型大福は作ってもへにゃりと崩れてしまう。 餡で整形して他の甘味を混ぜてみても、と怯えられない距離を取った玲一郎が提案する。餡の甘さから調節しなければならないが、ジャムだけよりは扱いやすいはずだ。林檎も熟れたのや甘煮ならある程度形は作りやすいだろう。 そうなのか、と考える祀の前にあるのは羊羹の材料。これもきちんと固めて切れば整形しやすい事は同じ。だが彼女にはそういう意図があった訳じゃなく、なら何故羊羹なのかと言えば、思い浮かべるのは恋人の顔。 羊羹は彼が以前に好きだと言っていたお菓子。とにかく羊羹を使ったお菓子と言う事だけは、だから祀の中で決定している。そこは出来れば譲りたくないポイントだ。 とは言えちゃんと、お店で売る為のお菓子、という事も忘れては居ない。贈り物となればその場で食べたりする事もあるだろうし、なら大きさも手軽な感じで、直接手で摘めるように茶饅頭の皮で包んだり? ザラメ砂糖をまぶして白くしても良いけれど、と悩みは尽きない。何か手伝える事はあるかな、と羊羹の材料を前に悩み続ける祀に声を掛けたのはからすだ。 「私の方は一段落したからね」 「は、早い‥‥からすは何を作ったの?」 少し焦りを覚えながら尋ねると、少女は事も無げに「どら焼きを少し」と答えを返した。瞳を巡らせた先には言葉通り、美味しそうなどら焼きが籠に積み上がっている。 見た目は変哲のないどら焼きだが、からすがこだわったのは中身。せっかくジルベリアの風習なのだからジルベリアらしいものを、と少し固めに泡立てたクリームを餡で包んで、それを挟んであるのだ。生地にはちょっと風味付けに香りの良いお酒も混ぜてある。 クリームと餡は別種の甘みだが、合わせれば案外マッチするのじゃないか。そう考えた彼女も甘いものは好きな方。味見ももちろん済ませてある。 それはさて置き、祀の前の材料を見たからすは、あちらも羊羹だった様な、と陽媛の方を振り返った。と言っても陽媛が作ろうとしているのは白羊羹。しかも雪兎の形にするらしい。羊羹としても美味しく、さらに見た目も可愛らしく、と言うのが陽媛の作りたいお菓子だ。 「目だけ赤く出来れば可愛いと思うんですけど‥‥」 「クコを目にしてみるか」 陽媛の相談に玲一郎は少し考えて、戸棚から干したクコの実を入れた壷を取り出した。ちょうど形も兎の目に似ている。出来栄えを嬉しそうに確認した陽媛に、可愛いね、と柚李葉が白兎を見て微笑んだ。 「2つなの?」 「甘い贈り物ですから恋人同士を髣髴させるように‥‥二つセットで甘い関係、とか」 「素敵。私のも上手く出来ると良いんだけど‥‥」 言いながら視線を落とした柚李葉の手元には四角い寒天がある。苺が無理と言う事で美鈴達と同じく苺ジャムを分けて貰い、少量を白餡と牛乳に混ぜて薄紅色にして、残りは別の器で寒天で緩く固めて。一番下に牛乳に少し甘みを持たせた寒天を置き、その上に薄紅餡、苺寒天と重ねたところ。 ここから花弁の形に切り抜こうと、何度も形を思い描いているのだ。上手く切り抜けたら、5つで花の形にしたら綺麗かもしれない。でもそのままでもきっと可愛くなる事だろう。そんな事を考えながら、じっと寒天を見つめる柚李葉に陽媛も思わず一緒になって、息を呑んで見守ってしまう。 同じく寒天菓子を作っている永はだが、形はごく普通の寒天だ。砂糖で甘くした寒天を、透明なものとベニバナでうっすらピンクに色付けしたもの、牛乳を混ぜたものを重ねて3層に。だが彼が考えたのは、用意してきた紅梅の砂糖漬けで文字を書く、という事だ。 贈りたい相手の名前を、紅梅の花弁で。貰った相手からすればきっと『特別』の想いが伝わる事だろう。代わりに完全予約受注で、事前に相手の名前を確認しておかなければならない、という制限はあるものの、紅梅もこの時期さして珍しいものではない。 よッ、と容器をひっくり返してきちんと文字の並びや、予想通りの見栄えになっている確認し始めたのと、彩虹が蒸し上がった葛饅頭を冷やしながら同じく見栄えを確認し始めたのは同時だ。透けて見える赤を見て、どうやら大丈夫そうだと頷く2人。それを見て、上手く行って居るらしいなと確認する祀。 彼女もからすに手伝って貰いながらどうにか作り上げられた。だが余りお菓子を作らないので味がどうだか自信がなく、何度も味見をし過ぎてそろそろ舌が麻痺しているかもしれず。 「美鈴、どう、かな?」 「美味しいと思う」 尋ねられた美鈴は、味見に一つ摘んで大きく頷いた。それから、要は気持ちだ、とちょっと真面目な顔で言う。こだわりが確りあれば何とかなると、作り手の思いで店は繁盛すると。それは玲一郎に告げようと思って持ってきた言葉だけれど、今の祀にも当てはまるはずだ。 そうだね、とほっとしたように祀が手の中の菓子を見た。大好きな人の為に一生懸命考えて作った、世界のどこにも存在しない祀の菓子を。 ◆ アルカが新たに提案したのはチョコおはぎだ。地域によって違うが、玲一郎の店では先代からの問屋との繋がりもあり、少量ならチョコレートを手に入れる事も出来る、という。 それを聞いての再提案。餡子の代わりにチョコで周りを固めたおはぎだ。 「チョコにもクリームを混ぜたのと、そのままの二種類があって」 「じゃあ私もチョコどら焼きを試してみれば良かったかな」 残念だ、と軽く肩をすくめながら作成したどら焼きを皆に配るからすと、渋めのお茶を配るヒヨリ。ちなみに、限定品はお客様優先という先代からの主義により、ヒヨリはチョコを口にした事はない。 玲一郎は職人の顔になって商品に出来るか、応用出来るかを見極めようとしているようだ。少なくとも苺ジャムを使ったお菓子は、今年は使えない。 甘味処用にこんなのも作って見ました、と柚李葉が差し出した、切り抜いた後の寒天を丸く切って練乳をかけた甘味も口にした玲一郎は、春に出すのに良さそうだと頷いた。その頃なら生の苺も手に入る。 それからふと気付いたように、皆さんも意見を聞かせてください、と見回した玲一郎に、もちろんと大きく頷く開拓者達だ。早速笑顔で手を伸ばし始めた女性達に、永がすっと差し出したのはそれぞれの名前を記した寒天菓子。 「可愛らしいお嬢さん方へ、私からの贈り物です。よろしければ私からのバレンタインと言うことでお受け取りください」 「うわぁ、凄いです!」 歓声を上げて受け取った彩虹が、だがすぐには食べずにジッと自分の名前を見つめた。限定という言葉に女性は弱いと言うが、それは開拓者にも当てはまるようだ。 アルカは逆に、装飾も気を使えばもっと華やかになるかも、と提案する。店で使っている包装を、限定期間だけ華々しいものに変えただけでも、見栄えは増すのじゃなかろうか。 だがとにかく皆のお菓子を美味しく頂くのだ、と先程も味見をした祀の一口羊羹最中をご機嫌で頬張りながら、誰のが選ばれるのかな、とそわそわ眼差しを玲一郎に向けていた美鈴に、ふと祀は気になっていた事を尋ねてみた。彼女は極度の人見知り、なのにこういう依頼に来ると言う事は、 「美鈴も贈り物したい人が出来たのかな?」 「ごふッ!? で、できたらそーするかも‥‥祀はどうなんだ?」 「私は、その‥‥陽媛は?」 「はわっ!? 私はいつか、自分で作ったお菓子を好きな人にあげられたらと‥‥ねぇ、柚李葉ちゃん?」 「う、うん‥‥」 いつかはこんな風に綺麗な恋の花が咲いてくれると良いな、と自分のお菓子を見下ろした柚李葉の脳裏に過ぎった、優しくて、何時も向き合う人に一生懸命な人。だがそれを口にはせず、興味津々の眼差しでチョコおはぎに視線を移す。 珍しいチョコを使ったおはぎは好評だが、そのまま出すと少しチョコと中身がバラバラに感じる、と言うのが玲一郎の意見だった。どら焼きも絶妙な甘みが美味しいのだが、これはクリームを使っているから甘味処で限定商品として出した方が良いだろう。 なるほど、と頷くからすはそろそろ味見終了だ。もちろん体重を気にしてる訳ではなく、腹八分目の主義。あくまで体重ではない。 しかしそう考えていくと、大分数は限られて来て。陽媛がもう1つ提案した金平糖も、着想は良いけれど少し弱い、との事だった。星の海というなら夏の涼やかな菓子と共に出せば喜ばれることだろう。普通に商品として並べても見栄えはするが、瓶を買い付ける伝手がないので時間がかかる。 「でも白兎の羊羹は可愛らしいですよ、あなた」 「名前を入れる、というのは面白いな」 「林檎の大福も甘過ぎなくて‥‥」 夫婦はおっとり頷き合い、やがて「それじゃあ羊羹と林檎の大福を」と頷き合った。名前を入れる限定商品はとっても喜ばれそうだが、玲一郎がギリギリまで1人で悩んでいたせいで予約を取る時間がない。 「やった!」とガッツポーズを決める少女と、嬉しいです、とほんわり微笑む少女。他のお菓子もとても参考になったと、玲一郎は全員に丁寧に頭を下げる。隣で一緒に手を突き頭を下げるヒヨリの顔は、色んな甘いものを食べられて嬉しそうだった。 |