願いのゆくえ〜逃亡〜
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2010/02/07 21:50



■オープニング本文

 どうか逃がして欲しいんです、と少女は思いつめた眼差しで言った。

「私、小夜乃(さよの)と言います。今年で十五歳。私をどうか、生まれ故郷の町まで逃がして下さい」

 栗色の髪にはしばみ色の瞳をした、純朴そうな少女だった。どちらまで、と尋ねた受付係に告げた町の名は、矛陣から馬を飛ばして2日ほどか。
 小夜乃の母は矛陣のさる商家の一人娘だった。それが両親に結婚を反対されて駆け落ちした挙句、頼りとした相手の男は新しく女を作ってどこかに逃げて行ったなんてありがちな話だ。
 母はありがちに、汚れ仕事から夜の仕事まで何でもして、たった一人で我が子を育てた。そうして無理がたたって病で死んだ。去年の事だ。
 まったく、ありがちな話。そうして残された小夜乃は、矛陣で暮らしていた有原靖久(ありはら・やすひさ)という、会った事もない祖父母に引き取られ。そうして老夫婦と孫娘の、どこかぎこちない一年が過ぎ去って。

「祖父母達が私の事を思って色々厳しく、口うるさく言うんだって事はわかってるつもりです。でも‥‥そのたびに私はまるで、死んでいくみたいで」

 ふぅ、と大きな溜息。箸の上げ下ろしから言葉遣い、服装、癖、態度、その他諸々。そんな事も知らないのかと哀れみの眼差しを向けられるたびに、母や自分を責められている様に感じてしまう。
 それは時に、祖父母への怒りにすら代わり。母が死んですぐに小夜乃の前に現れる事が出来るくらいに近くに居たのに、どうして苦労している母を助けてくれなかったのだと、恨み言を言ってしまいそうで。
 そう語る、小夜乃の表情に疲れた翳りがあるように見えるのは、気のせいではあるまい。
 判りました、と受付係は頷いた。聞けば、彼女は所持金も殆ど持たずに家を飛び出して行ったので、あちらこちらで日雇いの仕事を貰ってお金を稼いでいたのだと言う。すぐに見つからないように、友人関係を頼る事はしなかった。
 どうかお願いします、と小夜乃は頭を下げて依頼料を置き、ギルドを後にした。事情を考えればいささか多めの依頼料は、生まれ故郷に何としても逃がして欲しい、と願う娘の気持ちを表していたのだろうか。





 さて。小夜乃を無事、逃がす事が出来るのだろうか‥‥?


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
剣桜花(ia1851
18歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
朱点童子(ia6471
18歳・男・シ


■リプレイ本文

 矛陣の町の指定した合流場所でその少女は、時折不安そうに辺りを見回しながら開拓者達の訪れを待っていた。着古した着物に、飾り1つない質素な姿。
 ふぅ、とため息を吐く少女の疲れた横顔に、樹邑 鴻(ia0483)はギルドで聞いた話を思い出す。複雑な家庭の事情。彼が受けた依頼は少女からのものだが、同時に少女が逃げ出してきた商家からも捜索依頼が出ていた。
 その事を思えば、何とも難しい話だ、と愚痴の一つも零したくなる。だがしかし、

「まずは、目の前の事に全力を尽くすって選択は悪くないな」
「ああ‥‥邪魔が入ることも予想されるが、仕事だからな」

 鴻の言葉に相槌を打った朱点童子(ia6471)が脳裏に思い浮かべていたのも、もう1枚の依頼書の事だろう。さらに開拓者以外にも、矛陣の知り合いも少女を探していると言ったか。
 だが依頼は依頼。ならばやり遂げるまでと、声をかけると少女はびくりと肩を震わせた後、警戒の眼差しで開拓者達を見た。彼女が頼んだ開拓者だろか、と迷う少女にルオウ(ia2445)が元気良く笑いかけ、挨拶する。

「俺はルオウ! こっちがエリナ。仲良くしようぜ!」

 明るく笑う少年の隣で、ぺこり、と頭を下げた少女も笑う。そうして、必ず目的地まで連れてってやる、と力強く請け負う姿にようやく少女は、ほぅ、と肩の力を抜いた。
 祖父母の元を逃れ、何としても生まれ育った町へ。両親のいないルオウからすれば、わずかなりと残された身内と仲良くすれば、と思わなかった訳ではない。だがその祖父母から自身と母を否定されているようだ、という小夜乃の気持ちは、絶対曲げちゃいけないものだと思うから。
 お前は間違ってないから任せろと、誓うように強く請け負った少年の傍らから、剣桜花(ia1851)が小夜乃に『逃亡劇』の計画を説明する。すなわち、彼女が信仰するG教団なる団体の巡礼者を装い、街中を突破する、と。
 コクリ、小夜乃が首を傾げた。だがやがて戸惑いの色が濃くなる――まぁ当然だろう。さらに、これを身につけるように、と言われたのがいかにも怪しげな黒い服と仮面なら尚更だ。
 ぽむ、と肩を叩いた天津疾也(ia0019)のフォローも、苦笑で語尾が震えている。

「まあ、木の葉を隠すならとか言う奴なんで、格好に関しては我慢してくれや」
「は、い‥‥」
「その下にはこの着物を着てもらうぜ。あと髪型もな」

 一応頷いた少女に巴 渓(ia1334)が放って寄こしたのは、古着屋で調達してきた男物の着物。あちらが15歳の『娘』を探しているなら、男装をさせるのは王道だ。それに合わせて髪型も荒く、少年風に。
 これには少女も素直に頷いた。探されている事は彼女自身も判っている。わざわざ目立つ赤の袷で家を出て、その後着古した着物に着替えたのもそれが理由だ。
 手伝ったげる、とエリナが小夜乃の手を引いて物陰に隠れ、身なりを整える。男物となると自分で着ても不自然な所が出るものだ。それを確認しながら意識して明るい声で少女を励まして。
 その声を聞きながら、彼女の気の済むまで付き合おう、と思うルオウ。もしかすれば、かつて住んでいた家で母の思い出に浸って、そうしたら気持ちも落ち着いてまた頑張れるのかもしれないし。
 同時に渓も、余計な手出しはしないぜ、と小さく呟く。逃げる、というのは手っ取り早く、そして何も解決しない手段だ。だがそれを選んだのは小夜乃で、その先を選ぶのも小夜乃以外には出来ない。
 やがて物陰からエリナに付き添われ、男物の着物の上から黒い外套のフードを目深に被り仮面をつけた少女が出てきて、多分泣きそうな顔で開拓者達を見た。その頃には彼らも黒尽くめになっている。多分仮面の下でちょっとだけ引き攣ったり、苦笑いをしているだろう。
 桜花だけが1人平然と全員の姿が(G教団的に)おかしくない事を確かめ、念押しした。

「良いですね。先ほど言った注意を守って下さい」

 コクコク、全員無言で頷く。その姿は界隈で、とんでもなく目立ったとか何とか。





 矛陣に俄かに出現した、それはとても奇妙な集団だった。先頭に立つのは昆虫を模した仮面と衣服を身につける、見るからに怪しい、多分女性。さらにその後ろを列を作って粛々と歩いて行くのは仮面をつけた黒尽くめの集団。
 ごく普通に怪しいその集団は、当然ながら町中、至る所の注目を集めていた。避ける者あり、逆に興味本位で近づいてくる者あり。
 やがて市場を通り抜ける辺りで、ちょっと、と声をかけられたのは予想の範囲だ。だが。

「そこの怪しい連中。ちょっと話を聞かせて貰えないか」
「‥‥何か?」

 平然と桜花が対応した相手は、矛陣を守る警備兵だ。小夜乃の捜索依頼を受けた開拓者がこちらに来るかも、という所は予想済みだったが、他の人々は奇異な連中を避けて通るだろう、という読みは外れたらしい。
 ヒュッ、と小夜乃が息を飲んだ音がする。落ち着かせるように鴻が軽く小突き、同時に疾也が誤魔化すように大きく深呼吸した。
 どうせならいつもと違う自分をお祭り気分で楽しめば。鴻のアドバイスに頷いたものの、追われている少女にとって、誰かに声をかけられるのは緊張するのだろう。
 仕方ないことだ、と鴻は辺りにそっと警戒の眼差しを向けながら考える。仮面のおかげで視線の行方は知れないが、仮面のおかげで視界が狭まっても居るので、いつもよりも念入りに。
 それを確認しながら桜花は何気ない仕草で足を止め、使命感に燃える警備兵の方を振り返った。同時にぴたり、動きを止めた黒づくめの集団に、逆に警備兵は戸惑ったようだ。だが、はっと我に返って誰何する。

「何をしている?」
「わたくしはG教を信ずる者。これから巡礼の旅に出まです」

 当然そんな怪しげな集団に聞き覚えはなかったが、見た目とは正反対の丁寧な受け答えに若干警戒を緩めたらしい。G教? と繰り返す警備兵に、頷く桜花。
 そうして出来うる限りの友好的な態度で説明する。彼女がGなる虫を崇める団体に所属する者であり、矛陣でG教の教えに目覚めた信徒を迎えにやってきた事。彼女の後ろに続く黒づくめの者達はその信徒達だが、巡礼の旅を終え洗礼を受けるまでは正式な信徒と見なされない事。

「ですから彼らは巡礼を終え、洗礼を受けるまで無言の行を命じられております」
「巡礼と言ったな? 何が目的で、どこまで行く?」
「ひとまずは、近隣の森に生息するという普段見ることのないG様を拝みに参ります」

 そう言って平然と目的地の名前を告げた桜花に、警備兵はウンザリ顔で「神楽って変なのが多いんだなぁ」と呟いて一行を解放する。ありがとうございます、と頭を下げ、また粛々と歩き出す黒づくめの一行。
 このような事が矛陣を出るまでに数度あり、その度に桜花は同じ説明を繰り返した。幸い他の開拓者から声をかけられる事はなく、警備兵から仮面の下を暴く強行に出られる事もなかったが、興味津々の子供が外套の中を覗こうと手を出してくる事はあり。そのたび小夜乃の両脇を歩く疾也や鴻のみならず、朱点童子やルオウ、渓も慎重に、だが決して小夜乃には触れられないよう子供達を遠ざけて。
 無事に矛陣を抜け出せたのは、そろそろ日が傾き始めた頃だった。とは言えまだまだ日が暮れるまでには時間がある。真っ先に目に付いた貸し馬屋に飛び込んで、馬を6頭と頼むと店主は「今日は借り手が多くてねぇ」と首を振り、他の貸し馬屋を教えてくれた。
 やむなく少し離れたその貸し馬屋まで移動し、保証金を預けて6頭を借り受ける。小夜乃は1人で馬に乗れないというから、疾也が2人乗りで後ろに乗せると申し出た。速度は落ちるが、開拓者と同じ速度で移動しては小夜乃の体力が尽きてしまう。
 そっと構えていた符などを仕舞い込み、矛陣から十分距離を取った所で仮面と外套を外して無理のない速度で一気に駆けた。振り落とされぬようギュッとしがみついた少女が一度だけ矛陣を振り返ったのを、開拓者達は気付かぬふりをした。





 旅の道中で気をつける事は色々あるが、その1つに天気が上げられる。それでなくとも今は寒い。これで雨などに降られれば、たちまち寒さで体力を奪われる事は目に見えている。それでなくとも強風に晒されるだけでも体力はどんどん減っていくものだ。
 故に桜花は念を入れて朝昼夜とこまめに空を見上げてあまよみで天候を確認し、その結果を受けて一行は馬を進めた。すでに桜花と小夜乃以外、外套と仮面を外して元の装備に戻っている。桜花は元からそういう格好で、小夜乃は多少なりとも体温を保つため外套だけを着ていた。
 鴻と渓が時折休憩を進言し、一行の、特に小夜乃の体力に気を遣う。半日馬に揺られただけで蒼い顔になっている少女は、だが気力でじっと前を見据え、休憩になるとじっと蹲って目を閉じていた。

「祖父母は自分の信じる正義しか解らない人です」

 ポツリ、零したのは矛陣を出て2日目の昼の事だ。へぇ、と何気なさを装い開拓者達は耳を傾け、先を促す。
 ここまでの道中、馬を走らせながら疾也は小夜乃のストレス解消にと、他愛のない雑談からこれまでの依頼の話まで、出来る範囲で面白おかしく語って聞かせ、少女の気を紛らわさせようと努めてきた。そのお陰もあるのだろう、開拓者達に聞かせるというよりは自分の心を整理するように、小夜乃は呟くように吐き出す。

「祖父母にとっては大声で笑う事も、近所を走り回る事も、字が満足に書けない事も恥ずかしい事で。そりゃ、うちは貧しくてちゃんと字を習う余裕なんてなかったけど」

 それでも母は、一緒に買い物に出た折には店の看板の字を丁寧に教えてくれた。色んな歌を歌ってくれた。小夜乃の笑い声を聞くと頑張れるのよ、ご近所で一番足が速いなんて自慢だわ、って。
 でも、祖父母の正義はそれを否定する。母の言葉を否定する。母が自慢だと言ってくれた小夜乃を否定する。だから逃げ出した。母と暮らした辛く貧しく苦しく楽しく幸せだったあの家に戻りたかった。そこに母がもう居ない事は判っていても。
 それきり俯き、震える息を吐く少女に疾也は、ほな祖父母にもそれをいったらどうや? と少女の頭をぐしゃりとかき混ぜた。

「一度きっちりぶつかった方がいろいろ楽になるんや。下手に遠慮なんかする必要ないやろそれが家族っちゅうもんや」
「‥‥家族‥‥」
「考え直す気はないんですか?」

 疾也の言葉にかすかに目を見張った少女は、だが朱点童子の問いかけにはフルフルと首を振った。だろうな、とルオウは頷く。小夜乃の為という言葉で小夜乃のすべてを否定されるに等しい行為を、簡単に許せるはずもない。
 あまよみを終えた桜花がこのまま天気は持ちそうですねと言い、渓がお嬢ちゃん行けるか、と確認した。その言葉に少女は力強く頷く。
 目的の町、少女の生まれ故郷まではあとわずかだった。





 そこは小さく雑多な町だった。矛陣に比べるまでもなく治安は悪そうで、それでいて奇妙に活気に溢れていて。
 小夜乃は町に辿り着いた瞬間、馬から滑り降りて止める声も聞かずに走り出した。ここまで不自然なほど追手を感じず、さらに珍しく貸し馬が多かったと零した貸し馬屋。それを鑑みれば、小夜乃の連れ戻しを頼まれた開拓者達が先回りして、この町にやってきている事は想像に難くない――あちらの行動を予想出来るように、こちらの行動も予想出来るはずだ。
 その事は少女にも念押ししてあった。だが故郷に戻ってきた嬉しさで箍が外れたのか。舌打ちし、即座に追いかけようとした鴻はふと、澄んだ笛の音に気付いた。それに首を傾げながら、小夜乃の小さな背中を慌てて追いかけた開拓者達は、小夜乃があちらの開拓者と接触した事を知った――彼女の怒鳴り声で。

「貴女にどうしてそんな事言われなきゃいけないの!?」

 相対するのは小さな女の子。否、睨み据える眼光の鋭さは同業者か。だが激昂する小夜乃は一体何を言われたものか、激しい怒りに恐怖を感じる暇もないようだ。逆にあちら側の開拓者らしき数人が、おろおろと女の子に何か言い聞かせている。
 ご同業か、と渓は観察した。念の為の警戒は怠らないが、あちらにも敵意はないようだ。むしろ、こちらが何か仕掛けてくるのでは、と警戒する素振りすら見せている。
 慎重に、鴻が小夜乃の前に進み出た。よく見ればチラホラと顔見知りが居たりもする。そんな知った顔を見ながら、話し合おう、と提案した。

「連れ戻したいという祖父母の気持ちも分かるが、『死んでいくみたいだ』と零した彼女の気持ちも考えるべきだろう」
「それは勿論‥‥人との時間や場所‥‥というのは作っていくのに時間が掛かる‥‥と、俺は思う」
「ならば小夜乃に、自分を見つめ直す時間を与えてやって欲しい。母と過ごした故郷の中で、な」
「せやな。こっちも無駄な血ぃは流したないしな」

 けろっと笑ってそう言った疾也とて、最後の警戒は忘れない。
 少女がそこで初めて、不思議そうに開拓者達を見回した。彼女にすれば、祖父母の追手に見つかれば即座に矛陣に連れ戻され、また生きながら死ぬような暮らしに戻されるのだ、と覚悟していた。だが。
 怒りすら抜け、キョトンとした眼差しになった少女に、生真面目そうな少女が手紙を渡した。それから古びて色あせた黄色い手拭。それ、と喘いだ小夜乃に種明かしをしたのは別の開拓者だ。

「小夜乃さんがお祖母さんに上げたんですよね」

 その言葉に、そうなのか? と確認した朱点童子に頷く。それは確かに、彼女がまだ祖父母と出会ったばかりの頃、母の死を悼んで泣いてくれた祖母の涙を拭ったものだ。あの時祖母は、優しい子ねぇ、と泣きながら小夜乃を抱き締めてくれた。
 やがて開拓者達から告げられた言葉に、だんだん泣きそうな顔になってきた小夜乃に、どうする、と疾也が尋ねた。答えなど、聞かなくとも判っているその問いに、少女はしばし、沈黙を返した。





 その日だけを町で過ごして、小夜乃は結局、祖父母の元に戻る事を選んだ。話し合ってみると、告げた決意の後に小さく「通じるかどうかは判らないけれど」と自嘲の言葉を重ねたのは、だがまだ覚悟が固まりきっていないからだろう。
 それでも戻る気になっただけ上出来だ。少なくとも向き合おうという気持ちになれただけでも。
 ならば送っていこうと、総勢12人の開拓者に付き添われ、また遊びに来てねと友人達に見送られ、小夜乃は町を後にして。もうすぐ矛陣、という所までやってきてふと口数が少なくなった少女に、ルオウがすっと手を伸ばす。

「俺、天儀一のサムライになる!」

 その夢は絶対にあきらめない限りいつか手は届くと信じているから。だから小夜乃も諦めるなと、友達になろうと力強く笑った少年の手を、少女はおずおず両手で握り、ありがとう、と呟いたのだった。