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■オープニング本文 どうか人を探して欲しいのです、とその男は静かに言った。 「歳は今年で十五になる娘です。栗色の髪にはしばみ色の瞳をしていて、名は小夜乃(さよの)と言います」 壮年の、ほんの少しだけ整った身なりをした、有原靖久(ありはら・やすひさ)と名乗る男だった。聞けば矛陣で商家をしていると言う。ご関係はと尋ねた受付係に、孫です、と呟いた。 死んだ愛娘の忘れ形見。この人と結婚したいのお父さん、と連れてきた男が見るからに不真面目そうな若造で、絶対に許さんと反対したら飛び出して行ったなんてありがちな話だ。 愛娘はありがちに、駆け落ちした若造と貧しいながらささやかな所帯を持ち、そして若造はやがて貧乏に耐えかねて新たな女を作って逃げた。残された愛娘はたった一人、必死で働いて我が子を育てて病で死んだ。去年の事だ。 まったく、ありがちな話。そうして残された孫娘の小夜乃を、男は引き取り、育てる事を決めた。そうして老夫婦と孫娘の、どこかぎこちない一年が過ぎ去って。 「小夜乃を立派に育ててやる事が娘への罪滅ぼしになると考え、私も妻も考えうる限りのしつけと教育を施してきたつもりです。ですが‥‥小夜乃は、それが煩わしいと」 ふぅ、と大きな溜息。箸の上げ下ろしから言葉遣い、服装、癖、態度、その他諸々。そんな事も知らない孫娘が哀れでならず、その余裕すらない苦しい生活を営んでいたのだろう愛娘をどうして許してやらなかったのかと、後悔の念は募る一方で。 せめて小夜乃には出来る限りの事を。そうして周囲から常識知らずな娘と奇異に見られる事がないように、と思っての事だったのに。 そう語る男の目の下にクマが出来ているように見えるのは、気のせいではあるまい。 判りました、と受付係は頷いた。聞けば、娘は所持金も殆ど持たずに家を飛び出して行ったので、恐らくはまだ町の中に居るだろうとの事。だが老夫婦の知る限りの友人関係を尋ねてみても、小夜乃は尋ねてきていない、と首を振るばかりらしい。 どうかお願いします、と男は頭を下げて依頼料を置き、ギルドを後にした。身の上にしてはいささか多めの依頼料は、孫娘を何としても無事に見つけて欲しい、と願う男の気持ちを表していたのだろうか。 ◆ さて。小夜乃は果たして、どこに居るのだろうか‥‥? |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
由他郎(ia5334)
21歳・男・弓
九条 乙女(ia6990)
12歳・男・志
玖堂 紫雨(ia8510)
25歳・男・巫
ワーレンベルギア(ia8611)
18歳・女・陰
トーリシア・エル・フィ(ia9195)
10歳・女・シ |
■リプレイ本文 「未だ、子供と云うところでしょうか」 トーリシア・エル・フィ(ia9195)の、それが最初の正直な感想だった。もう1枚の依頼書も見た上での事だ。10歳ほどの子供にしか見えない彼女にそう言い切られては探される娘も立つ瀬はなかろうが、我慢出来なくなって逃げ出す、と言うのは確かに大人としての理性に欠けている。 トーリシアの厳しい言葉を、佐伯 柚李葉(ia0859)は否定しない。それは間違っていないし――だが絶対の正義でもなく。彼女はどちらかと言えば、小夜乃の身に己の身の上を重ね合わせればきっとたまには、逃げたくなったり1人になりたい時があるだろうと、思う。 でも、このままじゃあまりにも悲しい。だから小夜乃を迎えに行きたい――小夜乃を連れ戻すのではなく、小夜乃と一緒に帰る為に。 そう願い、まずは九条 乙女(ia6990)と共に祖父母の有原泰久の元へと向かった。父に言われて手伝いに来てくれた玖堂羽郁も一緒だ。 「差し支えなければ一筆、小夜乃殿に対する気持ちを綴った手紙などを書いて頂けませんかな? もちろん、必ずお渡し致しますぞ」 「私も‥‥小夜乃さんや、お母さんのお話を聞かせて貰えませんか?」 生真面目な表情でまっすぐ頼む乙女と、お母さんが好きだった曲があったらそれも教えて貰えたら、と微笑む柚李葉に、祖父母は憔悴した顔で頷いた。さらに玖堂 紫雨(ia8510)から言付かった手紙です、と渡した息子にも『ご丁寧に』と頭を下げる。 彼らが居なくなった孫娘の事を、心の底から心配しているのは明白だった。それはきっと、亡き愛娘の忘れ形見、という理由以上に。 紫雨からの手紙に目を通し終えた泰久は、開拓者に請われて愛娘の形見などを取って戻ってきた妻にその手紙を見せた。さっと目を走らせた妻も苦い顔になる――そこに書かれた言葉は、胸に痛い。 『私自身、娘を持つ父の身。有原殿のお気持ちはよく判りますが‥‥娘御への己の罪悪感を一刻も晴らす為に、小夜乃殿へ「罪滅ぼし」と称し無理を強いたとは思いませんか? 人は得手不得手、生来の気質は各々異なります。 母御を亡くし生活環境が突然変わった小夜乃殿、彼女の心労を真に考えたのですか?』 その言葉は、躾も教育もその子の気質に合せたものが一番なのだから、まずは彼女を理解して見極めるためにも話し合いを、と括られている。それを苦く笑って受け止めた妻は、先ほども愛らしいお嬢さんが来て『お母さんに育てられた今までを蔑まれる小夜乃ちゃんの気持ちがわからないんですか?』と言われたのですよ、と呟いた。 殆どの子が読み書きそろばん位なら覚えているのが当たり前にも関わらず、店の看板程度しか読み書きできない孫が哀れでならず。大口を開けて笑い、少年のように着物の裾を絡げて走り回るのは、年頃の娘でありながらはしたないと。 小夜乃や、愛娘を否定したつもりはなかった。それが愛娘への供養になると信じていたのは本当だ。けれど居なくなった今となれば、募る後悔は幾らでもある――あの日、娘が居なくなったのを知った時のように。 乙女が打ちひしがれる2人を力強く励ました。 「ご安心下され。必ずや私達が小夜乃殿を連れ戻して参ります故」 「数日、時間を下さい。大丈夫です。小夜乃さんは一人じゃない筈ですから」 小夜乃さんが帰ってきたら少しずつでも話を聞いて、楽しかった事や幸せだった事を知ってあげて下さい、と。そう告げて、3人の開拓者は泰久の家を後にした。訪れたという娘は小夜乃と共に故郷へ向かう開拓者の1人だろうか。こちらが2手に別れたので、全員小夜乃を追って旅立ったと思われたのかもしれない。 どちらでも良い話だ。今、大切なのは小夜乃を見つけ、祖父母の心を届ける事だから。 ◆ そもそもギルドで小夜乃からの依頼も見た時点で、わざわざ矛陣で網を張る意味はどこにもない。あちらが目指すのは故郷と決まっているのだから、敢えて見つけ難い矛陣よりも小さな町へ先回りした方がよほど効率的だ。 ゆえにワーレンベルギア(ia8611)らは何やら騒がしい市場を迂回して矛陣を出ると、速度優先で貸し馬屋から馬を借りて故郷の町へ向かった。 「家出をするほど窮屈な生活って‥‥よっぽど厳しいのかな? と思ってしまいますけど」 「そうだな‥‥15か」 ベルギアの呟きにふと遠い眼差しになる由他郎(ia5334)。彼の妹も同い年であり、容姿を聞けば同じような髪の色。つい妹に小夜乃を重ね、心配の念が湧きあがってくる。 同じく、容姿は違えど年頃の娘を持つ身である紫雨が思わしげな眼差しで、辿り着いた町に軽く視線を巡らせた。途中、小夜乃をここまで連れてくるはずの開拓者とはすれ違わなかった。大体同じ道程を取れば同じ様な場所で野営をするものだが、その跡もなかった所を見れば完全に先じられたと思って良いだろう。 まずは小夜乃の現在の家を、と開拓者達は手分けして町の人々に話を聞き始めた。決して治安が良さそうとは言えない、だが活気に溢れた町。母親はこの町でどんな汚れ仕事もこなしながら、1人小夜乃を育てたという。 ならばまずは町の市場かと、向かった先で2〜3人に聞き込むとすぐに、小夜乃母子と親しかったという人物は見つかった。 「来たばかりの頃はぽやっとしたお嬢さんだと思ってたけれど、旦那に逃げられてからは良く働いてねぇ」 「小夜乃も良くおっかさんを助けて頑張ってたさ」 働き通しの母の代わりに家の事は全部やって。事に母が病に倒れてからは、母の代わりに仕事をしながら母の看病をして。母子が暮らしていた辺りはそういう、身寄りもなく貧しい者が肩を寄せ合い助け合って暮らす場所だったから、小夜乃の母が死んだ時も近所でない金を寄せ集めて精一杯のささやかな葬式をしてやった。それまで涙一つ見せず気丈に母の看病をし続けた娘は、そこで初めて大声を上げて身も蓋もなく泣いたのだ。 だから。小夜乃に矛陣の祖父母が居て、引き取られると知った時は皆が喜んだ。まるで自分の娘、孫、姉、妹の事のように、やっと小夜乃は幸せになれるのだと。 「でも小夜乃は幸せじゃ、ないの?」 「いや‥‥行き違いがあるだけ、なのですよ」 「ああ。だからどうか、力を貸して貰えないだろうか。友達に、幸せになって欲しいだろう‥‥?」 小夜乃が家出したと聞き、悲しそうな顔になった友人を落ち着かせるように紫雨は微笑み、由他郎は真摯に頭を下げた。祖父母と孫は、決定的に亀裂が入ってしまっている訳じゃない。ただ、判りあえていないだけで――それはこれから修復出来るはずのものだ。 その言葉に、解ったわ、と友人は他の仲間にも声をかけ、彼女達の知る小夜乃の事を色々開拓者に語り聞かせた。父親はやはり、どこかに行ったきり行方知れずで音沙汰もない。元の家は借家だからすでに別の人が住んでいるけれど、母親の墓は今でも町の者でちゃぁんと世話をしている。 町のあちらこちらを歩いて子供達に情報収集を頼んでいたトーリシアが、やはりまだ到着していないようですね、と告げた。下町気質の子供は気まぐれだが、小夜姉が来たらお前に知らせれば良いんだな、と少し嬉しそうに念押しした所を見ると、子供達とも小夜乃はそこそこ仲が良かったようだ。 ベルギアも主に小夜乃の元家のご近所の奥様方を回り、暮らし向きは苦しかったが明るい家庭だった、と話を聞いた。ささやかで貧しくて時に泣き声も聞こえてそれでも仲の良い母子だったと。 小夜乃はもう15だ、どう生きていくかは本人が決めてもいい年頃。まして話を聞く限り、1人で暮らす勝算もなくやみくもに飛び出した訳でもなさそうだ。追いついてきた柚李葉が矛陣の古着屋に聞いたところによれば、家を出た時に着ていた袷はその日のうちに売り払ったようだし、しっかりしている。 だが祖父母が開拓者を頼むほどに心配しているのも事実。乙女に手紙を書いて貰えたか確認した由他郎が、あちらの開拓者に見つからず内密に渡せれば、と思いを巡らせた。世間知らずのお嬢さんなら辿り着いた所で途方に暮れるだろうが、小夜乃はそうではなさそうだし、世慣れた開拓者が一緒だ。せめて足止めだけでも。 「お祖母さんから小夜乃さんのお母さんが好きだった歌を聞いてきたんです」 これで気付いて貰えないかな、と柚李葉は笛を取りだし、こんなの、と口をつけて息を通した。澄んだ音色が辺りに響く。そして――「小夜乃!」叫ぶ声を振り切るように、男装の少女が息せき駆けてきて、信じられないものを見るような眼差しで開拓者達を、見た。 ◆ あ、と怯えたように足を止めた少女が小夜乃である事は疑うべくもなかった。追いかけてくる声は恐らく、小夜乃をここまで連れてきた開拓者のものだろう。 出来れば内密に接触したかったが、と由他郎が前に出ながら小夜乃を見る。柚李葉は口をつけていた横笛を離し、微笑みかけ。 す、と前に出たトーリシアが、開口一番言い切った。 「恩を仇で返すなど、子供ですね。本当に自分がしたいことがあるのなら、逃げずに説得して事をなしなさい」 「‥‥ッ」 「世の中には学べない人が多くにいるのに、知識を得る事がどれほど、恵まれているか考えた事がありますか。小夜乃さんはまじめに学んでいないからこの様な愚行を行うのです。自分が同じ生い立ちの者を救うぐらいの気持ちで生きなさい」 「あ‥‥貴女にどうしてそんな事言われなきゃいけないの!?」 一見子供の姿の相手に子供と言われたから、だけではなさそうな怒りを顔に閃かせ、小夜乃はトーリシアを憤然と睨みつけた。ベルギアがおろおろと、この子はお嬢様育ちだからきっと良く知らないんです、とフォローを入れる。専門知識を得られるのは確かに一握りの人間のみだが、一般的な読み書きそろばん程度ならちょっとした町なら殆どの者が知っていて当たり前の事だ。それが出来ないのはごく貧しい人間で。 だから逆に、それを真面目に学んでいない、と言われて少女は怒ったのだろう。どうして見知らぬ相手から、祖父母と同じように否定されなければいけないのか、と。 追いついてきた少女と共にきた開拓者が、サッと場を観察した。あちらの開拓者の中にはこちら側の開拓者の知り合いも、幾らか混じっているようだ。柚李葉もそんな顔見知りを見つけながら、少女の顔を見て真摯に言った。 「小夜乃さん‥‥お2人は飛び出したいのを我慢して、帰ってきてくれるのを待ってます」 「連れ戻したいという祖父母の気持ちも分かるが、『死んでいくみたいだ』と零した彼女の気持ちも考えるべきだろう」 「それは勿論‥‥人との時間や場所‥‥というのは作っていくのに時間が掛かる‥‥と、俺は思う」 小夜乃が何か答える前に、だから話し合おう、と提案した開拓者の言葉に由太郎も頷く。そのやり取りに、ことあらば身を張ってでも皆を守ろう、と身構えていた青年が肩の力を少し抜く。 もしあちらが力づくで押し通るようなら、と考えていたのだが、顔を見る限りあちらも同じような事を考えていたようだ。こっちも無駄な血ぃは流したないしな、などと嘯く言葉が生々しい。 その空気の中で、小夜乃がふと不思議そうに開拓者を見回した。彼女にすれば、祖父母の追手に見つかれば即座に矛陣に連れ戻されると思っていたのだろう。だが祖父母の使いを名乗りながら、開拓者達は動かない。 怒りすら抜け、キョトンとした眼差しになった少女に、乙女が「祖父殿からです」と手紙を渡した。それから古びて色あせた黄色い手拭。それ、と喘いだ小夜乃に種明かしをしたのは柚李葉だ。 「小夜乃さんがお祖母さんに上げたんですよね」 その言葉に、そうなのか? と確認した開拓者に少女が頷く。小夜乃の祖母はこの手拭を、娘が死んで泣いていた私に小夜乃がくれたんですよ、と懐かしそうに語っていた。 じっと手の中の手拭を見下ろす小夜乃に、ベルギアが「あの」と語りかける。 「私は別に有原さんの所で生活を続けろというつもりはありません。一年間生活して耐えられないのなら、きっと合わないのでしょう。矯正をするというには収まらないくらい。でも‥‥お互いの気持ちがわかりながらこうなっているなんてあまりに悲しいではありませんか」 「小夜乃殿。血縁だからこそ怒りを含め気持ちをぶつける権利があるのです。それこそが『家族』ではないでしょうか?」 紫雨も息子をちらりと見ながら、切々と訴える。恐らく小夜乃の母の誇りは彼女をたった1人で育て上げた事だ。願いは母の分まで幸福に生きる事だ。もし母が生きていたらきっと、祖父母の援助で立派な人間になって欲しいと願うのではないだろうか。 それなのに今、耐えられないと逃げるのは、何より愛する母への冒涜になるのではないか? そう告げる紫雨に、お祖父さんにとっても今は小夜乃さんしか『してあげれなかった事』を向ける相手はもういないんです、とベルギアが言葉を添える。 何故母が生きている間に助けてくれなかったのかとか、そういう事も含めてだから、まずは話を。思うだけでは気持は伝わらないのだから。 そうだな、と由他郎も脳裏に妹を思い浮かべながら頷く。 「今回、お互いに少し離れてみて‥‥互いの気持が解ってこれからは、違う角度からもみられるんじゃないか? もう一度、やりなおしてみないか‥‥?」 「お母さんの子供だから、じゃなくて小夜乃さんも大事なの。だから少し休んで‥‥落ち着いたら‥‥」 お話しましょう、と。告げた言葉にだんだん泣きそうな顔になってきた小夜乃に、どうする、と開拓者が尋ねた。答えなど、聞かなくとも判っているその問いに、少女はしばし、沈黙を返した。 ◆ その日だけを町で過ごして、小夜乃は結局、祖父母の元に戻る事を選んだ。話し合ってみると、告げた決意の後に小さく「通じるかどうかは判らないけれど」と自嘲の言葉を重ねたのは、だがまだ覚悟が固まりきっていないからだろう。 それでも戻る気になっただけ上出来だ。少なくとも向き合おうという気持ちになれただけでも。 ならば送っていこうと、総勢12人の開拓者に付き添われ、また遊びに来てねと友人達に見送られ、小夜乃は町を後にして。矛陣の家でじりじり待っていた祖父母の、小夜乃を見た瞬間の泣き出しそうな表情に、ごめんなさい、と小さく呟いた少女に乙女が頷く。 「本当に良かったですな。より一層、絆が強くなりましたな」 この調子ならきっと、祖父母と孫の和解の日は近いだろうと、満面の笑顔で。 |