お嬢さんと合わせの貝。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/30 10:49



■オープニング本文

 さてその日、開拓者ギルドを一人の少女が訪れた。亜季(あき)と名乗る、いかにもどこかの商家に勤めている風情の、恐らくは十代半ばを過ぎたところか。
 ほんの少しだけ困った顔で、それ以上に思い悩んだ顔の亜季を、迎えたギルドの受付嬢は覚えていた。以前、もう半年は前になるだろうか、初夏の声が聞こえる頃に勤め先のお茶屋のお嬢さんと猫を母親の元まで連れて行ってあげて欲しい、と頼みに来た少女だ。
 何故それを覚えていたかは重要ではないのでさらっと割愛するとして、その事を告げると少女は途端、ほっとした顔になった。

「その節は瀬奈(せな)お嬢さんがお世話になって」
「いえいえ。それより、亜季さんがいらしたって事はまた何か、お茶屋のお嬢さんの事ですか?」

 ちょっとお茶屋に行ってみたいと思いながら、受付嬢はコクリと首を傾げてピッと小さく指を立てる。あちらこちらのお茶屋をまわって団子を食べ比べるのが趣味の彼女だが、最近は忙しいのと寒いのとであまりお茶屋に行けてないのが悩みの種だ。
 そんな受付嬢のひそかな悩みなどもちろん知った事じゃなく、へぇ、と亜季はこっくり頷いた。

「ただこれは、ご主人や奥さんは関係ない、あっしからのお願いって事で‥‥うちの瀬奈お嬢さんに、遊び道具を作って下さる開拓者さんをお願いしたいんでさ」
「遊び道具?」
「へぇ‥‥瀬奈お嬢さんを、元気付けて差し上げて欲しいんでさ」

 今年数えで6歳になった瀬奈には、去年の夏に生まれた弟が居る。父の藤吾(とうご)の名を一字とって藤也(とうや)と名付けられたその弟に、初めこそ瀬奈は愛猫のみゃあやと二人、手を取り合って喜び何くれと世話をしたりしていたのだが。
 赤ん坊と言うのは存外手がかかるもので、母親は藤也の世話にかかりっきり。そろそろ人見知りも始まってきて、藤也の方も母親が傍に居なければ泣いて手がつけられないから尚更だ。
 妻がそんな状態なので、藤吾もお茶屋にかかりっきりでなかなか手が離せない。お嬢さんのお世話係の亜季も同様に、ご主人を手伝ってお茶屋を見ながら、合間合間に瀬奈の世話をする始末。

「瀬奈お嬢さんは、文句は一つも仰いません。けど、藤也坊ちゃんがねんねした隙においでになる奥さんに、せなはお姉ちゃんなんだからだいじょうぶよ、ママはとうやをいいこいいこしてあげてね、と仰るのがお可哀想で」

 時折寂しそうに母親の部屋を見やっていれば尚更だ。だがみゃあやがカリカリ膝を引っかいて行ってみようと訴えても、せなはお姉ちゃんなんだから、と繰り返すばかり。
 と言ってこればかりは、母親に会えば解決する、という問題ではないので両親も亜季も困り果てていたのだ。ほんの一時、藤也を亜季が見て母親が瀬奈を見て、ということもやってみたけれど、瀬奈は「とうやはだいじょうぶなの?」と心配するばかりだったと言う。
 そんな折、亜季の里から早獲れのハマグリを送ってきて、せめてこれで気を紛らわせて貰えれば、と考えた。

「お金持ちのお嬢さんなんかはハマグリを使って、貝を合わせる遊びをなさるんでしょう? あっしは見た事ありませんが」
「まぁ、私も見た事ないですけれど‥‥じゃあその、ハマグリを貝合わせの貝にして下さる開拓者さんをお探し、って事ですか」
「へぇ。‥‥こればかりはもう、瀬奈お嬢さんがお元気になって下さるのを待つしかありませんがね」

 受付嬢の確認に、亜季はこっくり困ったように笑って頷いた。珍しい遊びをすれば、瀬奈もちょっとの間は元気になってくれるかもしれない。そんな風に小さな事を積み重ねていくより他、瀬奈の心を本当に元気付ける事は出来ないだろうから。
 頼みます、と亜季は頭を下げて、判りました、と受付嬢は頷いた。取りあえず彼女が最初にやるべき事は、どうやってハマグリを貝合わせの貝という遊び道具に仕立てれば良いのか調べる事だった。


■参加者一覧
/ 天津疾也(ia0019) / 六条 雪巳(ia0179) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 奈々月纏(ia0456) / 佐上 久野都(ia0826) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 酒々井 統真(ia0893) / 鳳・陽媛(ia0920) / 奈々月琉央(ia1012) / 氷(ia1083) / 巴 渓(ia1334) / ルオウ(ia2445) / 斉藤晃(ia3071) / エリナ(ia3853) / 小野 灯(ia5284) / 神楽坂 紫翠(ia5370) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 詐欺マン(ia6851) / 瀧鷲 漸(ia8176) / 和奏(ia8807) / 紅咬 幽矢(ia9197) / 卯月 黒兎(ia9474


■リプレイ本文

 小さなお茶屋のお嬢さん瀬奈は今日も縁側で、猫のみゃあやと日向ぼっこをしながら時折ちらりと遠くを見つめ、ほぅ、と小さなため息を吐いていた。案内してきた亜季が、ずっとあんなご様子で、と同じ様に重いため息を吐く。
 ちょっと頑張りすぎかな、と玖堂 羽郁(ia0862)が呟いた。瀬奈は年の割には聞き分けが良い子供だ。でもそれは、見ていてちょっとだけ痛々しい。だから少しでも瀬奈の心の慰めになれたら良いという、願いは佐伯 柚李葉(ia0859)も一緒。

「瀬奈ちゃんこんにちは。ちょっと見ない内に大きくなったね」

 側に寄ってそう微笑みかけ、優しく頭撫でてくれた人に、びっくりしたような眼差しが返された。それが知っている相手のものだと判ると、瀬奈の瞳がますます丸くなる。
 おねえちゃん? と不思議そうに首を傾げた子供をぎゅっと抱きしめた。

「素敵なものを作りに来たの、羽郁さんと一緒に」
「瀬奈ちゃん、久しぶり! 元気だったか?!」

 ね、と向けられた眼差しに大きく頷いてぐしゃりと頭を撫でた羽郁に、みゃあやが「んなぁ」と挨拶する。よく来た、と言いたいらしい。
 今日、彼らがやってきたのは瀬奈のために合わせの貝を、という亜季の頼み。中には実家などで見た事がある、昔は良く遊んだ、という者も居る。やってきた神楽坂 紫翠(ia5370)もその中の1人のようだ。

「貝合わせ? ‥‥珍しいです‥‥」
「‥‥実家で見たことがあります‥‥」

 遊んだことはないですけど‥‥と紫翠の言葉に和奏(ia8807)がぼんやり思い出しながら呟いた。彼にとって貝合わせの遊びとは、みんなが遊んでいるところをおとなしく、じーっ、と眺めているもの、だったので。
 それでも何とかなるだろうかと、首をひねる和奏の言葉にクスリと笑みを漏らし、みゃぁやの背中をそっと撫でる六条 雪巳(ia0179)。ご機嫌斜めの時は容赦ない爪の一撃が飛んでくる猫は、今日は大人しくされるがままだ。
 お久しぶりです、と羽郁と入れ替わりに瀬奈の頭もそっと撫でた、2人の前に佐上 久野都(ia0826)が穏やかな笑みで膝を折り、瀬奈の高さに目を合わせた。隣には同じように膝を折る鳳・陽媛(ia0920)。

「初めまして、お嬢さん。佐上久野都と言います」
「瀬奈さん、はじめまして。私は陽媛って言うの」

 仲の良い義兄妹は、そう言って親しげに微笑みかけて自己紹介をした。仲良くしてやって下さいね、と言う義兄の言葉に、よろしくお願いね、と頷く義妹。素直にこっくりした瀬奈はだが、その辺りでようやく辺りを見回し、沢山の人が居る事に気付いて目を丸くする。
 いったいなにかしら、なにがはじまるのかしら、とみゃぁやを見下ろしてみても愛猫はただ、んなぁ、とあくび混じりに鳴くだけだ。
 奥から亜季が蛤の入ったかごを抱えてやってきた。そうして小さなお嬢さんに、今日はお客さんが一杯ですねぇ、と声をかけ、開拓者にそっと頭を下げた。





 彼らがやろうとしている貝合わせは至って単純、蛤を伏せて置き、返した絵柄と絵柄を合わせる遊びだ。本当はもう少し複雑な作法が必要だが、幼い子供にそれを言っても解らない。
 だからそれだけを単純に伝え、好きな絵を描いてごらんと貝を渡すと、むぅ、と瀬奈は真剣なお顔で考え出した。その様子を眺める氷(ia1083)はのんびりと、時が経つのは早いねぇ、などと考えてる。
 いつぞや会った時より、瀬奈はほんのちょっとだけ大きくなった。「生まれたってぇ弟君はどこだい?」と瀬奈に先導してもらって赤ん坊の顔も拝んできたが、なかなか健康そうな赤ん坊だった。母親が産み月前に体調を崩していたから心配したが、無事でなによりだ。
 そんな事をつらつら考える、自分が何だか年を取った気がしながら氷は、手の中の蛤をじっと見る。あまり大きくはないので、何を描くにしてもちょっと大変そうだ。
 同じく、酒々井 統真(ia0893)も悩んでいた。今もお行儀よく大人の言う事を聞き、じっと蛤を見て考えている子供に、言うべき言葉がうまく思いつかないせいもある。聞き分けが良い、というのは基本的には良い事だから、もう少しだけ我が侭に、なんて言っても瀬奈を困らせるだけかもしれず。
 そんな事を考えているから、何を描けば良いのかもうまく思いつかない。蛤を前に正座して、うーん、と腕を組んで悩んでふと視線を上げると、何やら絵柄が描かれている‥‥?

「ぬぁッ!?」

 描かれたものを理解するや否や、隣の水鏡 絵梨乃(ia0191)が持つ蛤に素早く報復の筆を走らせた。ああッ!? と上がる悲鳴。だが絵梨乃も負けてはいられない、さっと筆を握り締めて応戦体勢に入る。
 始まった、子供の喧嘩もかくやの落書き合戦に、きょとん、と瀬奈が目を丸くした。あー気にせんでええでぇ、と天津疾也(ia0019)がそんな子供の頭をぽふぽふ叩く。

「あのお兄ちゃんらは仲良しなんや。まあ見とき、可愛いお嬢ちゃんのために俺が楽しい絵ぇ描いたるからな」

 言いながらキランと瞳を光らせ、さっと気合入魂、筆を走らせたのは‥‥猫とアヒ‥‥?

「うわなにをするやめぁ‥‥ッ!?」

 その辺りで何やら疾也が何者かと格闘の末引き摺られるように姿を消したが、一部に見苦しい場面があった為、主に瀬奈の視界を素早く塞いで設楽 万理(ia5443)が仲間の姿を見送った。何か彼の周りに黒子さんが見えるのはきっと気のせい。その筈。
 やれやれ、とため息。どこかから何となく聞こえてくるような異音や悲鳴は無視をして、何かの線が描きつけられた子供の蛤を見て『頑張って下さいね』と微笑んだ万理の蛤は、まだ白い。貝合わせとは雅な人々の遊びと聞いた。それは良いのだが、さて自分がその絵を描くとなると、子供が喜びそうな絵がどんなものか想像が難しい。
 だが焦る様子もなくあちら、こちらと視線を巡らせていた万理は、ふと別の賑やかな2人に目を留めた。

「もっと一杯描いて瀬奈ちゃんに喜んで貰うんだもん!」
「いやだからその‥‥何て言うか、な‥‥? そろそろ仕上げに入った方が、ほら、このブタも良く描けて‥‥」
「そっ、それはもふらさまだもん‥‥ッ」

 賑やかな、実に賑やかな2人。どうして次の貝をくれないのー? と無邪気に尋ねるエリナ(ia3853)を、どうしたものかと困り果てた様子でルオウ(ia2445)が頭を掻いている。用意された蛤は1人に1組。だがどうやらエリナは、一生懸命頑張る瀬奈を元気付けるんだもん! という使命感に燃えていて、肝心の『1人1組』の部分がすっぽり抜けちゃったらしい。
 周囲からも気遣うような視線が来るし、蛤を用意した亜季はオロオロしてるし、でも一生懸命なエリナはそれはそれで可愛らしいのでルオウとしてはこのまま楽しそうなエリナも見ていたい訳で。ああジレンマ。
 かくなる上は俺の貝も渡して、と何か覚悟を決めた少年が、だがどうせならエリナと半分こで、と蛤の片割れを差し出した。パッと顔を明るくするエリナに、今度は何を描きたいんだ? と明るい声を上げるルオウ。
 あれやこれやと賑やかな2人についに異母兄の琉央(ia1012)が頭を抱えた。「あの馬鹿は‥‥ああ、悪いなあんな馬鹿で。気にしないでくれ」と亜季に深々と頭を下げると、いえ、お嬢さんがお楽しそうなんで、と言葉が返ってきた。
 実際、瀬奈はたくさんの大人に囲まれているうちに、ちょっと楽しくなってきたようだ。今も藤村纏(ia0456)に「なあなあ♪ 一緒にお絵かきせーへん? めっちゃ楽しいで?」と誘われて、大きく頷きのたのたと太い線を描いている。まだ絵柄は判らないが、纏は明るく覗き込んだ。

「あや?! あんさん、ほんまに絵が上手いな。ウチあかんわ」
「せな、ママにおえかきじょうずねってほめられたのよ。おねえちゃんは何をかくの?」
「せやなぁ。今は冬やから‥‥」

 考え込む纏も楽しそうで、誘って良かったと琉央はようやく難しい顔を緩めた。だが彼女の悩みは彼の悩みでもある。つまり、何を描くか、という意味で。
 いっそ狸でも、と呟いた恋人の視線が自分に注がれているのを見て、纏は照れた笑顔を浮かべた。浮かべて、せやったら対はお月さんかなぁ、と首を傾げる。どうせなら琉央と対になるものを自分も描こうと思って、でも何がええやろか、とまた頬に手を当て考え始め。
 とにかく何か描けば良いんだよ、とまた力説している少年の言葉に、頬を緩める男が1人。あの友人は手先はそれなりに器用だし、きっと何かそれらしいものを描き上げるだろう。
 ならば自分は、と紅咬 幽矢(ia9197)も蛤の白い小さな内面を見つめた。小さな女の子を元気付けるために、合わせの貝の絵柄に頭を悩ませる。こういうのは嫌いじゃない。
 細い筆ですっと線を引き、何やら貝に描き付ける。何だろう、と目を丸くして覗き込んだ瀬奈に幽矢がにっこり説明した所には、片方が矢で、片方が弓。2つで1つの道具は片方だけではあまり役に立たない。揃って初めて最大の力を発揮できる、まさに切っても切れない間柄。
 幽矢なりに瀬奈への願いを込めた選択だったが、瀬奈は大人しくじっと絵を見ているだけだ。え、何か反応薄? と冷や汗を垂らす友人の肩を、琉央がぽむ、と叩く。

「なぁ‥‥小さい女の子に弓矢って」
「く‥‥ッ!?」

 どうやら選択を失敗したようだ、と幽矢は染料で弓矢を塗り潰した。こうなったら何としても、と静かに燃え上がっている。
 その光景をどこか懐かしそうに眺めやり、斉藤晃(ia3071)は墨を含ませた筆をちょいちょいと動かしながら、彼の手の中に収まると驚くほど小さく見える蛤に松の絵を描きつけた。合わせ松の、片側。ひらりと舞う蝶も1匹見える、これは絵の半分だ。もう1枚の貝殻には同じ意匠が対象になるよう描かれている。

(懐かしいね‥‥)

 筆を動かしながら想うのはかつて見た光景なのか。ふ、といつもより柔らかくなった表情に、小野 灯(ia5284)がまぁるく目を見張った。灯にとって晃はお喋りの大好きなおじさんみたいな人だけれど、いつもの感じとはちょっと違う。
 そんな灯の様子に気付き、どうした? と首を傾げた卯月 黒兎(ia9474)に「んーん」と首を振った。あんまり、言い触らして良いものじゃないだろう。
 だから灯は何も言わないで、一緒に肩を並べて絵を描いていた黒兎に、これ、と自分の絵を見せた。

「これで‥‥へーき?」
「ん、良いんじゃないか?」

 縁側に差し込む日差しにキラキラ光るような、鮮やかな紅と紫の蝶の番いを見ながら、ちょっと自信なさ気な灯に大きく頷いた。途端、ほんと? と嬉しそうに頬を綻ばせる彼女に目を細める。
 いつも明るく一生懸命な灯に、鮮やかに舞い遊ぶ蝶はとても『らしい』。対する黒兎が描いているのは、温泉のマークの入った温泉饅頭。やたら気合いが入っていると見え、見つめていると何だか本物のように見えてくる。
 おいしそう、と灯が笑い、そうだな、と頷いた。実際、自分で見ててお腹が空いてくる位だ。否、空腹だからこそ生々しいのか。
 他方では紫翠が自分の絵を見ながら「喜んでもらえると‥‥いいのですが」などと呟いている。全くですね、と頷き菊池 志郎(ia5584)も細筆を丹念に動かし、色を重ねた。黄色く塗り潰した背景に、微笑むお雛様とお内裏様の絵柄。お内裏様の方は創作だが、お雛様は瀬奈に雰囲気を似せて描いてある。
 女の子に贈る貝だから、女の子の喜びそうな絵柄を喜ばれそうな色合いで。幸い志郎は、細かい作業は苦手ではない。お雛様とお内裏様の微妙な配置や衣装に重ねる色などを考えながら、ゆっくり、そして丁寧に。
 ふとその手元が見えたからす(ia6525)は、美しいね、と微笑んだ。合わせの貝は、婚礼祝いに贈られる事が多い。だがこの貝は小さな瀬奈を元気づける為の遊戯、ならば本来通りの美しさを競う遊びという事。
 故にからすも丁寧に、美しく貝を彩る事に努める。描くのは山茶花、対になるよう赤と白で。小さな貝殻の内面を目一杯使って、花弁までも鮮やかに。

「ほぅ‥‥良い願いでおじゃるな」

 不意に上がった詐欺マン(ia6851)の感心したような呟きに、何のことかな、と爽やかにからすは笑った。世には咲き誇る花に言葉を当てはめ、意味を見出し、或いは想いを託す文化も幾つかある。その中で、からすの知る山茶花が意味する言葉は『困難に打ち勝つ』『ひたむきさ』。
 幼い娘への洒落た応援に、雅でおじゃるな、と頷いた詐欺マンの手の中の蛤に描かれているのは蹴鞠の光景。しかも蹴鞠にあるまじき激しさで今まさに鞠を蹴らんとする、躍動的な男性の姿が活き活きと描かれている。
 それはそれで大変芸術的だ。芸術的なのだがしかし。

(‥‥何か予定と違ったでおじゃるがまあ、よいでおじゃるか)

 弓と矢に負けずとも劣らない、幼い娘さんに贈るにはちょっとだけコメントに困るその貝も、後ほど見た当の瀬奈はもちろん「ありがとう、おにいちゃん」とお行儀の良いお礼を言って受け取った。藤也君が大きくなったら一緒に遊んで下さいね、と微笑んだ志郎の言葉に大きく頷いた所を見ると、どうやら気に入ったようだ。
 良い子だ、と瀧鷲 漸(ia8176)は大きく頷いた。些か思い込みすぎているきらいはあるが、家族に愛され、だがそれに驕る事無く我慢する事を知る幼い娘。そしてそれに立ち向かおうとしているように、漸の目には映る。
 ふと我が身を振り返り、こういう子供が犠牲にならない様にしたいものだ、と強く願った。だがその思いは胸に秘め、今の彼女が出来る事を、即ち瀬奈の為に合わせの貝を作るべく、大胆に筆を運ぶ。出来栄えを見て、よし、と頷いた漸の目の端に、

「すまない、調子に乗りすぎた‥‥」
「いや、俺もちょっと熱くなりすぎた‥‥」

 いまだに落書き対決を続けていた男女がようやく現実に立ち返り、しょぼんと肩を落として正座で向き合い謝る姿が目に入った。最初から見ていなかったので仔細は判らないが、素直に己の非を認め合えるのは良い事だ、と漸はまた頷く。
 他方からも、若いねぇ、と呟いた氷が若干後悔を漂わせながら、墨を含ませた筆を手に貝殻を見下ろしていた。描くならばやはり虎かと思ったのだが、モデルを人魂で作成しようと思ったものの上手くいかず、已む無く脳内の記憶を頼りに墨で虎の模様の線を入れる‥‥のだが。

「ぬぅ‥‥思ったより面倒だぜ‥‥」

 ちょちょっと線を引けば大丈夫かと思っていたが、案外難しいものだ。失敗したと思ったものの、ここまで来たら同じ事。態度はちょっと面倒くさそうだが、手元はしっかり白虎を描くべく動いている。
 良いわね、と覗いた万理が微笑んだ。彼女自身も良く狩りに出かけ、森の奥で動物などを目撃している。下手に雅を求めて絵柄に凝るよりは、そうした馴染み深い動物の方がきっと、上手に描けるだろう。
 ならば何が良いだろう? 幼い娘が喜びそうな可愛らしい動物は幾らか浮かぶが、やはり森の王者と言えばクマ。さらにこの世界のどこかには白と黒のクマも居るという噂を、彼女は聞いた事があり。
 それなら面白そうだし子供にも喜ばれそう、と万理は少し鼻歌など歌いながら筆を動かし始めた。だがそれだけでは華やかさに欠ける、と気付いた彼女は一計を案じ、染料を使って森の木々や花なども背景に添えた。途端、熊の黒が対照的に引き立つ。
 そろそろ手の止まり始めた開拓者達に、亜季がせっせとお茶を配って回る。おや手伝おう、とからすがすっと立って亜季から盆を受け取った。藤吾や瀬都も時折やってきて、楽しそうな様子の娘を見てほっとした表情で戻っていく。
 貝に描きつけた絵が乾くまで、後ほんの少しかかりそうだ。





 急用で来れなかった者が居るとはいえ、20人を超える開拓者が揃って遊べる所となると難しい。幸い、瀬奈の家の縁側から見える裏には小さな草地が広がっているので、そこに貝を並べて遊ぶ事にした。
 陽媛が「私、貝あわせって初めてだから‥‥一緒にやらない?」と瀬奈の手をきゅっと握る。それにこっくり頷いて、みゃぁやは、と視線を巡らせると、ブチ猫は眠たそうな氷がヒョイヒョイ動かすオモチャにじゃれて遊んでいた。誰も彼もが貝を睨んで絵を描いているので、すっかり退屈していたようだ。
 ズラリ、絵柄を伏せて並べた蛤は、見ただけではどれとどれが対になるのだかまったく解らない。壮観ですね、と和奏が呟いた。

「どのような想いを込められたのかお伺いできれば、きっと思い出の詰まった御道具になりそうです」
「みんなで、いっしょに‥‥あそびながら?」
「だな。その時で良いと思う」

 灯の言葉に黒兎が大きく頷いた。大切なのは瀬奈と楽しく遊ぶ事、瀬奈が楽しく遊べる事。込められた願いはその折に触れて、語りたい者が語れば良い。
 並べた貝を、一番最初に返すのはもちろん瀬奈だ。好きなんを2つひっくり返して、対の絵やったら当たりなんよ、という纏の説明にこっくり頷いた瀬奈は、ほんの少し考えて貝を2つひっくり返した。
 絵柄は1枚が犬、もう1枚が熊。これは、と伺うように開拓者達を見回した瀬奈に、違う、と首を振ったのはそれぞれの絵を描いた当の本人だ。

「おっしぃなあ。犬の、ここにもういっこ動物の絵ぇが入っとるやろ? これとぴったり合うガチョウの描いた貝が正解や」
「私の方はもう1枚、熊が描いてありますから」

 いつの間にやら戻ってきていた疾也と万理が、それぞれの貝を指さして説明を加える。そっか、と頷いた瀬奈は残念そうに貝殻を元通りに伏せておいた。
 次に貝をめくったのは詐欺マン。雅を解する男はもちろん、貝合わせの作法にも詳しいようだ。瀬奈の為にかなり簡略化されたルールにも戸惑う事なく、すっと手を伸ばして貝を2枚表に返す。

「ふむ‥‥こちらは女性の絵姿でおじゃるか。他方は‥‥斬新な絵でおじゃるな」
「それは字なんだが」
「いや、この大胆な筆遣いは‥‥」
「どうみても字だろう」

 詐欺マンの言葉を、真面目な口調で漸が否定する。彼女は勿論、瀬奈に贈る言葉を2枚の貝に分けて書いたのだが、ちょっとばかり芸術的すぎる筆運びがどこからどう見ても、何か抽象的な模様に見せてしまう。つまり読めない。
 どうやら後で解説をしておく必要がありそうだ、と漸は静かに考えた。後で2枚の貝が揃ったら、書き付けた字を子供に読んで聞かせるのが良いだろうか。
 もう1枚の、女性の絵姿を描いた柚李葉は、伏せた貝の中のどこに片割れの貝があるか考える。誰もが少し緊張した眼差しになる中、久野都は穏やかな笑みで先の2人とは違う場所の貝を返した。彼自身が描いた太陽の絵と、稚拙ながら大胆な筆運びの、恐らくは猫の絵。あ、と口をまぁるくして顔を輝かせた瀬奈に、元気な絵ですね、と頭を撫でて両方の貝を伏せる。
 そんな調子で順番に、伏せた貝を開けては絵柄を見て伏せ。そのうちどこかで見た絵柄が出始めて、今度はどこにあったかと同じ様な柄の貝殻を睨みつけ。

「‥‥あ、それは私の絵ですね」

 鶏とヒヨコの絵柄が出て、雪巳はそっと手を上げた。親子の絆を願った絵柄。幼い頃、遊んだ折に聞かされた話を瀬奈にもと、手招き雪巳は蛤を指差した。

「蛤はね‥‥ここの蝶番が対の貝殻でないと合わさらないのです。親も子も、合わせの貝のように代えのきかないもの。瀬奈さんも、お母様の大切な子供に変わりは無いのですよ?」

 寂しいのを我慢できるのは偉いけれど、寂しいと思うのは悪い事じゃない。我慢ばかりじゃなくて瀬都が良いといった時には甘えても良いのだと、微笑んだ雪巳に瀬奈は嬉しいような困ったような顔になった。
 ママにぎゅっとしてもいいのかしら。でもせなはお姉ちゃんなんだから。でも。
 そんな葛藤を目まぐるしく浮かべては消す瀬奈に、どうだ? と幽矢が自分の描いた貝を差し出した。瀬奈と瀬都が描かれた貝。あれ? と目を丸くした瀬奈に、探してみろよと差し出したもう1枚の貝には赤子の藤也が描かれている。

「ほら、2人の貝に藤也が合わさって一組の絵に。三人で仲良く――な。‥‥何なら他に、瀬奈1人だけの貝や亜季の貝も作って組み合わせれば良い。な? 組み合わせなんて一通りじゃないんだ」

 貝の合わせが留まらなくとも、一緒に居たいと願う気持ちがあれば。蛤は対の相手としか重ならなくても、人同士はそうではない。そこまで語り、照れくさそうに少し赤くなって目を逸らした幽矢から貝を受け取って、瀬奈はじっと考え込む。
 貝合せの場にはそれからも、月と太陽や仲睦まじい兄妹の絵、さらに黒塗りの貝に羊羹とお酒の入った瓢箪や、織姫彦星の絵柄が現れた。今は冬、七夕の季節ではもちろんないが、壮絶なる落書き大会で貝が真っ黒になった末に生まれた力作だ。ありがとさん、とわき腹を肘で突いて笑った親友に、こっちこそ、と絵梨乃は突き返す。
 やがて自分達の絵が揃い、柚李葉と羽郁は顔を見合わせ微笑んだ。瀬奈ちゃん、と呼ぶと子供は素直に返事をする。

「これ、私達から」
「お母さんと半分こして持っててくれるかな?」

 柚李葉の絵は瀬都の絵姿、羽郁の絵は瀬奈の絵姿。2枚同じものを描いた理由は対になるという以上に、母子で1枚ずつ持っていたら貝を合わせて遊ぶ度、瀬奈は瀬都の所に2枚の貝を合わせる為に会いに行けるから。

「幽矢さんが藤也君のも作ってくれるなら、その内お父さんのも増やそうね。瀬奈ちゃんは今よりももうちょっと頑張らなくていいんだよ?」
「ああ。今日は目一杯遊ぶぞ、これまで頑張った瀬奈ちゃんへのご褒美だ♪」

 そう、ギュッ、と抱き締めた羽郁にくすぐったそうにクスクス笑って、瀬奈は最後の貝を返した。出た絵柄は梅と鶯。和奏が瀬奈に、どんな鶯が良い? と聞きながら描いたものだ。自分1人では何だか綺麗なだけの味気ないものになるからと、気にして描いたものだけれど、2枚の貝に差し渡す梅の枝の間を遊ぶ鶯がとても愛らしい。
 これで全部の貝が合わさった。もう1度やる? と万理が尋ねると、瀬奈は大きく笑顔で頷く。じゃあしよっか、とエリナとルオウが皆から貝を集めてカラカラ混ぜて、また草の上に伏せて置き。
 風流だね、とからすが手の中の茶碗に静かに口を付けた。先程まで表のお茶屋を手伝っていた彼女は、最後に全員に入れたてのお茶を配り終わり、ようやく一息ついたところ。貝合せに興じる声を聞きながら、と言うのはオツなものだと目を細めるからすの言葉に、だねぇ、と欠伸をしながら氷が頷いた。縁側の柱にもたれ、トロン、とした眼差しを遊ぶ人々に向ける様子は、まったり眠たそうだ。
 だんだん白熱して来たらしく、キャッキャと笑う声が聞こえる。たまに「よし勝負だ!」と叫ぶ声が聞こえたり、だからブタじゃないもんと泣く声が聞こえたり、はたまた犬とガチョウが〜、と楽しげな歌が聞こえたり。
 ふと、気付いた志郎が微笑んだ。

「瀬奈さん、楽しそうですね」

 たくさんの開拓者に囲まれて、貝を返す瀬奈の笑顔はとっても楽しそうだ。良かった、と息を吐く志郎にうんうんと晃が頷いた。過去に浸るよりは今が大切。彼にとってはその手段は酒なのだが、生憎晃の手の中にあるのはお茶屋の甘酒。どうかお嬢さんの前でお酒は、と亜季に頭を下げられた。
 それでもほろ酔いの良い気分で晃は甘酒を飲み、亜季が用意してくれたつまみを口に放り込む。貝合せはそろそろ3回戦に突入するようだ。





 何度も貝を並べて遊ぶうち、どうやら瀬奈はすっかりおねむになったらしい。こっくり舟をこぎ始めた幼い娘に、亜季が苦笑して抱き上げ「そろそろねんねのお時間でさ」と優しく囁き連れて行った。
 入れ替わりに赤子を抱いた母がやってきて、本当にありがとうございました、と丁寧に頭を下げる。だぁ、と赤子も手にしっかりと安産のものらしい古びたお守りを握りながらお礼を言ったようだ。
 もうそろそろお開きか、と開拓者達は貝を片付けたり、大きく伸びをしたり。中にはお茶屋の方でもう少しのんびりしていく者も居るようで。
 そんな人ごみの中、ちょいちょい、とこっそり灯が黒兎を引っ張った。ん? と首を傾げると、えへ、と笑って少し離れた、人気のない場所にひっぱっていく。そうして両手で黒兎の顔を引っ張って、こつんとおでこをくっつけて。

「きょーは、さそってくれて‥‥ありがと、ね♪」
「や‥‥一緒にきてくれて、ありがとな。あかりが‥‥良かったら、また今度一緒に遊ぼうな」

 くすぐったそうにクスクス笑った灯に、ほんの少し照れ臭そうに黒兎が微笑み返した。それを見ていたのはただ、眠たそうに欠伸をしたみゃぁやだけだった。