精霊に捧ぐ茜錦を。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/25 09:54



■オープニング本文

 もうすぐ、紅葉狩りの季節だ。
 遼珠(りょうじゅ)が暮らす里では毎年、山が燃え立つ様な紅に染まり、里だけでなく近隣の町や村の人々もちら、ほらと訪れては山の錦に目を細める。
 だから、山の紅葉がほんのり色づき始めたこの時期、里はにわかに忙しくなる。紅葉狩りのお客様に出すお菓子やお料理をあれこれと考えたり、泊まり客の宿に風を通して隅々まで掃除したり。

「ところで、今年は一番錦を取りに行くのは誰にする」

 不意に誰かがそう言って、遼珠もハタキをかける手を止めた。
 山の奥に一本だけ、他より早くに色づく紅葉がある。里ではそれを一番錦と呼んでいて、毎年村の若者が数人連れ出って取りに行くものだった。
 そう思い、遼珠も幾人かの若者の顔を思い浮かべた。が、駄目だ、と首を振る。里の若者はたいていが、そういう伝統というものを毛嫌いしていた。取って来いと言えば行くだろう、けれど――
 村の大人達もどこか苦い顔で、幾人かの若者の名を上げては首を振る。一番錦は、山の精霊に感謝を捧げる習わしでもある。それをあの若者達に行かせるのは、何だか複雑だった。
 そのうち誰かが言い出した。今年は一つ、一番錦を開拓者に頼んではどうか。
 うん、それなら山の精霊もお喜びになるだろう、とまた誰かが言った。遼珠も、そうかも知れない、と頷いた。
 そうして、山の一番錦を取って来て欲しいという依頼は、開拓者ギルドに並んだのだった。


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / キース・グレイン(ia1248) / 皇 りょう(ia1673) / フェルル=グライフ(ia4572) / ペケ(ia5365) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 春名 星花(ia8131) / 和奏(ia8807) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / グリムバルド(ib0608) / ルーディ・ガーランド(ib0966) / 琉宇(ib1119) / 无(ib1198) / 鹿角 結(ib3119) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 東雲 雷蔵(ib3471) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / リリア・ローラント(ib3628) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 御影 銀藍(ib3683) / 御哉義 尚衛(ib4201) / 双明(ib4281


■リプレイ本文

 一番錦までは、特に難所と言う訳ではない。そう告げる遼珠の声を聞きながら、无(ib1198)はふいと山の方へ複雑な視線を巡らせた。

(古き良きものが失われるってのは少し淋しいかな。まぁ‥‥丁度良かったけど)

 個人的にとある図書館の伝承等の調査業務も携わってる彼の中には、それを惜しむ気持ちと、それを図書館の中に張り出す瓦版の記事に出来る、という気持ちがあって。ちょうど今回が无の当番だったので、助かった、という気持ちも少し。
 そうして訪れた開拓者を、当の若者達は『付き合わされて可哀想に』という眼差しで見るばかりだ。だがそんなことはお構いなしに、からす(ia6525)はさっさと秋の料理を考え始めていた。

「食物が美味しい季節だからな。混ぜご飯に栗ご飯、サツマイモや山菜の天麩羅に川魚の塩焼き。他にも、茸の吸い物、金平牛蒡、山菜蕎麦、茶碗蒸し。デザートに梨も良いな」
「そうですね、此方ではクリゴハンが美味しいと聞きましたから、私も覚えて帰りたいですね」

 もう少しばかり寒さが目立ち始めれば、鍋の季節も訪れる。それもまた良いな、などと考えながら料理を上げていったからすの言葉に、アルーシュ・リトナ(ib0119)がにっこり両手を合わせて微笑んだ。
 一番錦にしてもお料理にしても、仲間に任せておいて問題はなさそうだ。ペケ(ia5365)は逆に、一先ずと通された宿泊客用の旅館の中をキョロキョロと見回した。

「じゃあ、私はその間お掃除のお手伝いをしてます。効率良くテキパキ片付けちゃいましょう」
「あ、じゃあ僕も、掃除やお庭の草むしりや‥‥あの、でも紅葉も見れたら良いな、って‥‥」
「どうせ1人では終わりませんから。帰って来たら手順を決めて、役割分担しましょう」

 おず、と手を上げた御哉義 尚衛(ib4201)の言葉に、ペケはにっこり頷いた。やれる人間が、やれる時に、やれる事で助け合う。それが開拓者の良さでもあるのだし。
 そんなペケの言葉に、とキース・グレイン(ia1248)や菊池 志郎(ia5584)も、帰って来たら手伝うと手を挙げる。1人では運べない荷などもあるだろうし、遠慮なく使って欲しいと思うのだ。

「手持ち無沙汰なのはどうもな。後、もし構わないなら山で軽く、山道のごみや石を避けたり、必要な場所があれば手摺などの補修もやっておこうかと思うが」
「助かります。茸や山菜などはご自由にどうぞ――山の恵みは精霊様の贈り物ですから」

 山菜や茸も採って良いかと添えて尋ねたキースにそう言って、遼珠は開拓者達を見送った。そんな遼珠と一緒に仲間を見送って、さて、とペケは腕まくりをし、早速宿の掃除に取り掛かる。埃は上から落ちるから、まずは天井の方からハタキをかけて。箒をかけるのは畳や床板の目にそって。
 そうしてせっせと働いて、最後に盥に水を汲んで来て、浸した雑巾をぎゅっと固く絞る。

「では最後に雑巾がけしまし‥‥」
「‥‥って、ペケさん!?」
「ひゃ、ひゃーッ!」

 バッシャーン! と盛大な水音に何事かと遼珠が慌てて飛んでくれば、そこには尻餅をついた頭の上から盥を被ってびしょぬれになったペケと、その足元に出来た水溜りと、びしょびしょの廊下があった。足元に絡まっているのは、ふんど‥‥いや、女性にそれを告げるのは失礼だろう。
 あっけに取られた遼珠の眼差しに、大慌てでペケは頭の上の盥をがっしと掴み、立ち上がった。

「ひゃー、ごめんなさいぃぃ〜! すぐに片付けます〜!」

 そうして全力でペケが飛んでいったのは、実は宿から一番遠い井戸だったのだが、彼女がそれを知るのはまだ先の事である。





 紅葉狩りを名物とした里だけあって、山の中にはちらほら紅葉が生えている。けれどもそのどれもがまだ色付くには程遠く、夏の名残の緑を燃え立たせていた。
 そんな様子をぼんやり眺めていた和奏(ia8807)がこっくり首を傾げる。

「なのに、1本だけ紅葉の始まっている木ですか‥‥精霊のなせる業なのでしょうか、不思議ですね」
「ああ。それにしても、今年は随分と酷暑であったが、それだけにようやく訪れた秋の涼しさが心地良いな」
「えぇ。のんびり山歩きも楽しそうですね」

 人妖さんや龍さんも連れて来れれば良かったのに、と楽しげに歩きながら、時折キョロキョロ辺りを見回す和奏の言葉に、頷いた皇 りょう(ia1673)が考えていたのはまた別のことで。

(この季節は美味しいものも多いし――っと、いかんいかん)

 無意識に秋の味覚のあれやこれやを頭の中に思い浮かべ、じゅるり、と涎など垂らしそうな心地だったのを、ハッと気付いてブンブン首を振り、慌てて口元を拭う。そうして、こんな事だから一向に嫁の貰い手が無いのではなかろうか、とがっくり嘆息を吐いて肩を落とす。
 開拓者として忙しく戦い、働く日々が充実しているからつい失念してしまうけれども、りょうが最優先に思うのは御家の再興。その為には剣ばかりでなく、女も磨かねばならず――良い女はきっと、間違っても秋の味覚に思いを馳せて涎を垂らしたりはしない。
 きゅっ、と顔を引き締めたりょうを、和奏が不思議そうに見上げた。だがすぐ辺りを見回して、熊さんが出てこなければ良いのですが、と心配そうに呟く。
 だが山は精霊の恵みのおかげか、熊どころか人を襲う獣すら見られそうにはなかった。穏やかに秋の気配を秘めた夏の日差しを受けながら、鹿角 結(ib3119)はまるで精霊の姿を透かし見ようとするかのようにわずかに目を細める。
 神威族の彼女にとって、精霊への感謝はとても身近なものだ。そのついでに一足早い紅葉狩りが出来るというのだから、ありがたい事である。
 その隣を歩く言ノ葉 薺(ib3225)も、気持ちよさそうに灼金色の耳としっぽを風にそよがせた。それから傍らを歩く大事な友人を振り返る。

「この奥など良さそうですよ。帰りにウサギでも獲っていきましょうか」
「ええ。山菜なども、村の方々への足しになるでしょうし」
「私と結殿‥‥どれだけ穫れるか楽しみですね」

 ふふ、と穏やかに笑った薺に、そうですね、と頷いた結がほんの少し眩しそうに目を細めたのは、踊る木漏れ日の悪戯だろうか。
 紅葉はまだまだ夏の色だけれども、初秋の山はよく見ればあちらこちらにその気配を漂わせている。ひょっこり顔を出した秋の草を見つけた琉宇(ib1119)は、ほっこり笑って草の前に膝を折った。
 ここに居るのは仕事だけれど、せっかくの初秋の気配を楽しみたいし。一番錦と呼ばれる紅葉にも興味はあるし、そのときの想いを歌に出来れば良いとも思うけれど、そのためにずんずん登らないで、ゆっくり気味に、疲れないように。
 そんな琉宇から少し離れた場所で、志郎も同じように秋の七草を探したり、ふとした瞬間に木々を吹きぬける風の涼しさに目を細めたり。
 差し渡す木々の合間から見える澄んだ青は、確かに秋の色を漂わせていて、志郎はのんびりと空を仰いだ。

「神楽はまだまだ暑いですが、こちらはもう秋なのですね」
「だな」

 聞くともなく聞いていた酒々井 統真(ia0893)が首肯する。肌に感じる気温はまだ高くても、わずかな変化が着実に秋の訪れを感じさせた。
 傍らを歩くフェルル=グライフ(ia4572)も、そんな秋の気配を見つける度に、楽しそうに恋人を振り返る。振り返り、指をさしてほんの少しはにかんだ、嬉しそうな笑顔になる。

「ほら、統真さん! 赤とんぼですよっ」
「ああ、もうそんなのも飛ぶ季節なのか」
「この辺はまだ緑ですけれど、今から紅や黄に染まっていくんですね‥‥♪」

 一番錦に興味はあれど、絶対に取りたいと言うよりはむしろ、2人のんびり秋山を歩く方が楽しいもので。一足早く秋の気配が色濃くなる場所ならば進むうち、徐々に色づく紅葉を見つけることも出来るだろうか。
 だが統真の友人・天河 ふしぎ(ia1037)はそんな秋漂わせる山の景色には脇目もふらず、まっすぐ一番錦を目指していた。

(この時期にもう赤くなってる紅葉があるんだ、楽しみだなぁ)

 神楽を発った頃はまだ、残暑と呼ぶにも厳しい暑さだったのに、着実に季節は過ぎているらしい。
 正直を言えばふしぎにも、伝統っていうものはよく解らないのだけれど、毎年の行事をやらないと言うのは寂しいものだ。だったら手伝ってあげたいと、里の若者達の代わりに一番錦へ駆けていく。
 観光客用に整備されているとは言え、決してなだらかではない道を軽やかに駆け上がる姿を見送り、アルーシュとグリムバルド(ib0608)はにっこり顔を見合わせた。

「ルゥ、そこは少し危ないぜ」
「あら‥‥」

 足下に気を払い、時折手を貸し合いながら、一緒に登る山の秋はまだ本当にささやかで。だがだからこそ、わずかに見つけた色づく木の葉や、まだ青々しい栗のイガを見かける度に、布袋に拾い集めてみたりして。
 茜錦に一番錦、紅葉を例えたその言葉は、それによって精霊に感謝を捧げるというこの風習そのもののように美しい。そう微笑んだ恋人の言葉に、握った手をグリムバルドはぎゅっと握る。
 そうして僅かに色づき始めた紅葉を見つけては指をさして微笑み合う恋人達からは少し離れたところを歩く、ルーディ・ガーランド(ib0966)も涼やかな風を頬に受け、木立の合間から見える青空を見上げた。

「ほんと、そろそろ涼しくなってきて、こうやって歩くには丁度いいな」
「うん、五感全部が穏やかになる――秋はやっぱり山だな」
「確か水彩画、お得意なんでしたっけ? 描いたら見せて下さいね」

 何かを確かめるように辺りを見回していた東雲 雷蔵(ib3471)が、こっくり大きく頷きながらルーディの言葉に同意したのに、リリア・ローラント(ib3628)がひょっこり脇から顔を出して笑った。誰もが、一番錦までは散策気分で、仲良しの仲間と一緒に景色を眺めて楽しみたい気持ち。
 だからリリアたいそうご機嫌な様子であちら、こちらと木陰を覗き込んだり、じっと木の枝を見上げた。もし山の幸があればほんの少し頂いて帰って‥‥なんて考えて、くる、とキースを振り返る。

「‥‥ふふ。キースさん。私、なんだかお腹が空いてきちゃいました」
「さっき見つけた茸があるが、食べるか? 前に軽く教えて貰った事がある程度だから、後で見てもらおうと思ってたが‥‥」
「良く似てますけどそれは食べられませんよ」

 ひょい、とキースの差し出した茸を、横から見た御影 銀藍(ib3683)があっさり言った。ズザッ、とリリアが思わず後ずさる。
 そんなリリアに苦笑して、キースは手に持っていた茸をそこらの草むらに投げ捨てる。そうして、銀藍と秋の味覚をつらつらと話しながら、せっかくだから周りの景色も見なければもったいないな、と木々の間を見透かすような眼差しを辺りに注ぎ。
 しばらく山道を踏み分け進むと、やがて辺りの様子が変わってきた。ちらほら生える紅葉の緑が夏のそれから少しずつ変化し始める。

「こうして染まり初めを見るのも良い物だな。そう言えば、紅葉に『大切な思い出』と言う意味を込めている地域もあると聞く」
「はわッ、そうなんですかッ。それは素敵ですねッ」

 ふと呟いた琥龍 蒼羅(ib0214)の言葉に、春名 星花(ia8131)が楽しそうに笑う。笑ってきょろきょろ辺りの、ほんのり色づいた紅葉の木を見上げて「大切な思い出ですか‥‥」と確かめるように頷いて。
 その向こうに、一番錦は忽然と立っていた。まだ緑が目立つ紅葉の中でただ1本、鮮やかな紅を纏った一番錦に、ほぅ、と誰からともなく吐息が漏れる。
 ん〜、と一番錦を見上げたプレシア・ベルティーニ(ib3541)がちょっと唇に人差し指を当てて考えた。

「霊魂砲よりも〜、斬撃符が確実かな〜?」
「‥‥ぇ?」
「よぉ〜し、紅葉の葉っぱをゲットするんだよ〜☆」

 行くよ〜、とものすごく楽しげに符を構えたプレシアに、慌ててアルマ・ムリフェイン(ib3629)が飛びついた。やりたい事は解る。解るがそれを実際にやってしまうと色んな意味で問題だ。
 ゆえに止めたアルマに、止められたプレシアは「てへ☆」とお茶目な様子で肩をすくめた。その間にふしぎが無事、無傷の一番錦を一枝折り取り、まるで何かの勲章のように頭上に高々と掲げる。

「今年の紅葉狩り、一番槍なんだからなっ‥‥もっ、もちろん意味は分かって言ったんだぞ、例え、例えなんだからなっ」

 胸を張って言いきった後、周りから向けられた視線に何かを感じて真っ赤になったふしぎである。そんな様子をほっこり見守った後、それにしても、と星花がほんわり一番錦を見上げ、こっくり首を傾げた。

「この木だけ、どうしてなんだろ‥‥不思議」
「それこそ精霊のおかげ、かもね」

 プレシアを放したアルマが、ひょいと肩をすくめてリュートを構えた。軽く奏でて、まずはここにも居るであろう精霊に心地の良い空間を作って。
 そうして、そっと目を伏せて歌い出したのは、精霊への感謝と愛を込めた旋律だ。ただ真っ直ぐに、ただそれだけの気持ちを乗せる。
 控えめに蒼羅も自分のリュートを爪弾き、アルマの旋律に自らの精霊への感謝も込めて協奏する。一番錦の枝を左に、扇子「清凛」を右手に持って、いつしかその曲に合わせてふしぎが精霊への感謝の舞を踏むたびに、紅蓮紅葉と紅焔桜で生まれた桜と紅葉の幻がはらはらはらと舞い散った。
 その光景に、ギュッ、と無意識にリリアは胸の辺りを握りしめる。それからリュートの最後の1音を弾き終わったアルマの尻尾をグイ、と引っ張った。

「わッ!? 何リリアちゃん」
「何だか‥‥モヤモヤするの。うぅ‥‥ルディさん、構って下さいー!」
「だあぁッ!? 何なんだお前はッ!」

 いきなり方向転換し、どーんと体当たったリリアに、体当たられたルーディが吠えた。「何だか寂しくなったんです」と肩を落とす少女と、ぴき、と何やらこめかみに青筋が立ったような青年を見比べて、アルマと銀藍は目と目を見合わせる。
 割って入った方が良い気がするが、割って入ると一緒に怒られそうだ。何よりアルマの日頃の行い的に。だが銀藍も巻き込まれたくはないらしく、眼差しだけでそっと首を振っていて。
 一番錦と呼ばれる紅葉を、見上げる。

「それにしても、里の伝統、感謝を他の者に頼むのも何か違う気がするのです」
「ああ‥‥そうだな。本来余所者の僕らが取りに来るよりも、里の人が来る方が余程意義もあるし、山の精霊も喜ぶんじゃないかと思うけどな」

 銀藍の言葉に、ルーディもふとお説教を止めて一番錦を見上げた。けれども聞いていたからすは、選んだのは里の住人だからな、と竹水筒からお茶を飲みながら考える。
 こうして見事な紅も拝んだ事だし、後は食材収集でもするか、と歩き出したからすの背に、じゃあ手伝うよ! とアルマが声をかけた。志郎も一緒に手伝おうと歩き出し掛けて、ふと思いついて地に落ちた紅葉を数枚、拾い上げる。

「本の栞代わりにしましょうか、それとも家にしばらく飾っておきましょうか」

 どうせだから今日の記念にと、くるくるいじりながら微笑む志郎の言葉を聞いて、リリアもふと足を止めた。自分も1枚貰っていこうか悩み始めた友人に、ルーディが嘆息しながら小枝を折り取り、同じ色の髪に挿してやる。

「戻ったら手伝いだ。安心しろ、寂しいとか考えられん程働かせてやる」

 そうしてにっこり、脅すように笑った青年とひきつった少女のやり取りに、クス、とアルーシュが微笑んだ。

「ルゥ?」
「いえ‥‥本当に見事ですね。この沁みる様に美しい風景と風習にご一緒出来た縁に、感謝しなければ」

 呟きながら彼女の瞳が優しく向けられるのは、共に訪れる事の出来た大切な人だ。その眼差しを受け止めて、少し照れたようにグリムバルドはぎゅっと恋人の手を握り「‥‥この辺のものは食えたっけかな」などと、そわそわ辺りを見回している。
 そんな知り合いの姿に統真は何となく、傍らのフェルルに視線を向けた。気付いたフェルルがきょとんと首を傾げたのに、何でもないと首を振る。
 それをまた不思議そうに見つめた後、フェルルは視線を前へと戻し「茜色に染まる錦‥‥見事ですね」としみじみ一番錦を見上げた。ぜひ1枝と思うのだが、手の届く範囲には良い枝がない。ならば上の方の枝をと、統真がひょいと肩車をするため膝を折ったのに、おずおずフェルルはまたがった。

「統真さん、重くないですよね‥‥い、いえ何でもないですっ」

 もし手が届かなかったらと、事前に話して居たので実はこっそり減量してきたフェルルである。やはり大切な恋人の前では常に綺麗で居たいものだし、まして肩車をして貰うとなれば更に、いつもの数十倍ぐらいは気を使う。
 統真はそんなフェルルを危うげなく肩車したまま一番錦に近づいた。そうして無事に紅葉の枝を折り取り、やった! と喜ぶフェルルを、今度は両腕でひょいと抱き上げる。

「と、統真さんッ!?」
「‥‥ん、軽い」

 いわゆるお姫様だっこをされた事実と、その統真の言葉にフェルルは真っ赤になった。そんな彼女が見てみたいという理由もあって、あえてのんびり行く事を提案したのは、統真の胸の中だけの秘密だ。
 それにしても人が少なくて良かったと、きょろ、と真っ赤になったフェルルを抱いたまま眼差しだけで辺りを見回すと、紅葉を前に精神統一を図っているりょうが目に入った。幸い、こちらの様子には気づいていないようだ。
 りょうとしても、あまり邪魔しては悪い雰囲気の中にあえて割って入る事もしたくない。どうせだから精霊の恵みを感じながら、たまにはゆっくりと野山を散策するのも一興かと、ここまでやってきたのである。

(真に恐るべき敵はアヤカシにあらず、修羅を秘める己自身だろうか‥‥)

 日頃の戦いを振り返りながら、そんな事を思い、ただ静かに己の中へと意識を向ける。細く細く意識を研ぎ澄ませ、自分自身を見つめなおす。
 そんな様子の一部始終を、人魂も駆使しながら見ていた无が、手帳に書き記していた手をふと止め、呟いた。

「想いが伝わると良いのだけどねぇ」

 ここに来るまでに聞いた里の人々の話も、手帳の中には記録してある。その誰もが口にして居たのは、せっかく続いてきた伝統なのだから、という言葉。それを受け継ぐ当の若者が嫌っているのは、とても悲しい事だ。
 そう思いながらぱたりと手帳を閉じて、无も里へと戻り始めたのだった。





 里で待っていた遼珠は、帰ってきた開拓者達を見てふわりと顔を綻ばせた。

「今年の一番錦はどうでしたか」
「綺麗でした。去年の今頃、南側の良く日の当たる漆の木が1番に色が変わるのだなぁ、と思ったのを思い出して」

 こっくり、首を傾げながら和奏が答える。一番錦がこんなに早くに色付くのも、そう言う理由があるのだろうかと考えていたのだけれど、真実は良く判らないままだ。
 和奏の言葉に、ふぅん、と遼珠が同じ様に首を傾げた。彼女にとっては生まれた時からそういうものなので、改めて「なぜ」と考えた事がなかったらしい。
 そんな遼珠に志郎は手にして居た紅葉を懐に入れ、手伝いましょう、と声をかけた。

「何でも言って下さいね。高い所に慣れているので、屋根や雨樋の掃除なんかしましょうか」
「俺も掃き掃除なんか手伝おうか?」
「はにゃ、じゃあボクも一緒にッ! お布団も干さなきゃですよねッ」

 雷蔵の言葉に星花も元気良く手を上げて、パタパタ楽しそうに箒を動かし始める。その途中でふと、部屋の中に寝かされたペケの姿を見かけて目を丸くした。

「はわ、お疲れですか?」
「みたいです‥‥」

 残って掃除をしている間に色々な事があって、ついに失神してしまったらしい。星花は心配そうに、早く元気になると良いですねッ、と頷いてまた掃き掃除を楽しそうに再開する。
 そちらがひと段落つくと、雷蔵や銀藍が仲間を誘い合わせて川魚を獲りに行き、釣果は山で収穫してきたものと一緒に厨に渡した。出来上るのを待つ間に、のんびり里の中を散歩しながら、ふと雷蔵は自分の里を思い起こす。
 観光が収入源とは言え、そこはとてもありふれた里で。その、ありふれた光景が自分の里と重なった。

「里の子供達、げんきかなあ‥‥こんな風に賑やかだったな」

 得意の魚釣りをして皆でわいわい盛り上がったのが、神楽に来てからは遠い昔の様で。その割にこの頃は遊んでばかりの様な気もするけれど、冬になったらまた動こうかな、などと白い雪景色を思い起こす。
 そうして戻るとからすが里の人達と、お客様に出す料理の試作品をずらりと並べて居るところだった。

「とりあえず、秋の味覚ということで作ってみたよ。一緒にお茶は如何かな?」
「私も色々試してみました。お酒も用意してあるので良ければ」

 お茶を注ぐからすの横から、銀藍もそっと言い添える。お、と目を輝かせて手を伸ばしてきた者にはにっこり笑って、お茶の代わりにお酒を注いでやった。
 そうして出来上がった料理は、最初に考えていたものの他にも、こまごまとした料理も増えている。それにさっそくプレシアが反応した。

「‥‥!? あ〜いい匂いなんだよぅ〜」

 てててっと駆け寄って来て素早く食卓に着いたかと思うと、お行儀よくパチンと手を合わせて「それじゃあ、いっただきま〜す♪ お稲荷さんもある〜? おいしーのー☆」とさっそくもきゅもきゅ口一杯に詰め込み始める。そうしてほっぺたをパンパンにして、ご機嫌で笑うプレシアに、誰からともなく苦笑が漏れた。
 無事に紅葉狩りも果たし、帰って来てからは庭の草むしりに精を出していた尚衛も、ずらりと並んだ料理とプレシアを見比べて「うわぁ」と目を見張る。井戸水で手と顔を洗い、さっそく食卓について一緒に試食をしていたら、ふと志郎が尚衛を振り返った。

「そうだ、どこか野点に良さそうな場所はありましたか? 屋根から見た景色が見事だったので、庭で簡単に野点などしても風流かな、と」
「えぇと‥‥あったと思います、探してみますね。あと考えてたんですけれど、お風呂も秋らしい雰囲気にしてはどうでしょうか。紅葉をお湯に浮かべたりとか‥‥」

 そう言うと、面白そうだと遼珠が目を輝かせ、早速やってみる事になった。観光客用の湯船にお湯を張り、1つ、2つと紅葉の葉を浮かべて。試してみて貰えますかと、声を掛けられて結と薺も秋の色の漂うお風呂を頂き、昼間の疲れを洗い流す。
 そうして、皆で掃除してすっかり綺麗になった宿を、2人、そぞろ歩いた。途中、まだ飾り付けている途中の部屋を通り過ぎると、グリムバルドがふわりと布を広げている所で。
 流れるように布を敷き、その上に拾ってきた綺麗な落ち葉をはらはらはらと散らして、傍らには身を取った後に丸いお手玉を詰めた栗のイガ。布で目や口を作って可愛らしく装飾したイガを見ながら、頬を寄せ合い、楽しそうに飾り付ける恋人達を、結が眩しそうに見つめたのに薺は気付いていた。けれども何も言わないまま、いつしかとっぷり日の暮れた庭をそぞろ歩く。
 そうして庭石に並んで座り、結がおず、と切り出した。

「あの‥‥貴方の尻尾に、櫛を入れさせて頂いても、良いですか?」
「‥‥もちろん。何でしたら耳に触れて頂いても構いません」

 結の言葉に穏やかに薺は微笑み、どうぞ、とぴくぴく動く耳を示す。それにふわりと微笑んで、結はそっと大切な宝物の様に薺の尻尾を手に取り、丁寧に丁寧にくしけずり始めた。
 この人が結は本当に好きだった。お世話になっていた家の狭い世界しか知らなかった彼女にとって、その生活に不満はなかったけれども、彼女よりも多くの物を見てまるで風の様に歩んでいく薺の姿は鮮明で。
 だからそんな思いを込めて、これからは友として彼と彼の大切な人を見守るのだと、結は丁寧に尻尾をくしけずる。その想いが櫛から伝わってくるようで、薺は静かに瞳を伏せて、他愛のない昔語りのような言葉をぽつり、ぽつりと零していく。
 宿の中では皆の意見を取り入れて、新たに作ったおもてなし料理の試作品を前に、ちょっとした宴会状態になっていた。昼間、一番錦で奏でた歌を披露しながら、アルマと蒼羅が里の者を相手に一番錦の様子を語るのに、何はともあれ賑やかな場所に顔を出そうとやってきた若者も、ちょっぴり興味は引かれたようだ。
 そんな様子を見ながら琉宇は、一番錦の前で作った句を披露する。

「山深く 之(こ)より染まらむ 紅一滴――という歌だよ」

 それは山奥にただ1本、見事な紅に染まって立つ一番錦を表したもの。まさにそのように、一番錦から広がるように秋に染まっていくのだと、一番錦を取りに行った事のある者はそろって頷いた。
 この里が紅葉の見頃を迎えるのは、まだもう少し先の事。けれども今日は秋の便りを肴にもう少し、賑やかな宴は続くようだ。