遠い日の惨劇。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/04 10:04



■オープニング本文

 ここからは、村を一望することが出来た。
 山あいに息を潜めるように在る、小さな村だ。少しばかり血気盛んな若者は都へ出ていき、そうではない者は猫の額のような畑を必死に耕す。或いは山の恵みを取ってくる。
 伊良歌(いらか)の家族は、後者。だから伊良歌も、妹の伊呂波(いろは)も物心ついた頃から山を歩き、茸や木の実や薬草を取っていたものだった。
 けれども――伊良歌は視線を眼下の村から、傍に在る石へ戻した。ひときわ大きな、大の男でも動かすに苦労しそうな重い石を、村を見下ろすこの場所まで運んだのは伊良歌。墓標のつもり、だ。
 この下には、伊呂波が眠っている。六年前、伊良歌の目の前でアヤカシに襲われ、喰らわれた小さな妹が。
 あの日、村をなぜアヤカシが襲ったのだかは知らない。理由などないのだろう。強いて言えば、そこに人間がいたからか。
 狼の姿をしたアヤカシは、伊良歌の目の前で伊呂波を喰らった。伊呂波の顔が恐怖に歪み、悲鳴を上げ、お姉ちゃん助けてと泣き叫んで手を伸ばす、その一部始終を伊良歌は震えてただ見ていて。
 伊呂波が動かなくなって、アヤカシの矛先がこちらへ向いた瞬間、殺されるという強い恐怖が伊良歌を突き動かした。しゃにむにアヤカシに掴みかかり、アヤカシが動かなくなって霧散するまで、憑かれたように殴り続け。
 残ったのは、動かなくなった伊呂波。幼い頃から力が強く、お前は志体持ちかねぇ、と言われていた。それを少し誇らしくすら思っていたのに、伊良歌は自分が殺されると思うまで動けなかった。
 だから、伊良歌は自分を責める。伊呂波を見殺しにした自分を責める。
 ぎりりと奥歯を噛み締め、墓標に背を向けた。だが何かを感じて、はっと村を振り返る。
 村を目がけて疾走する幾つかの影が見えた。狼の群れだ。

(またアヤカシ‥‥?)

 ギクリと身を強ばらせ、眼下の光景を食い入るように見つめる。群れは村を目がけて、脇目もふらず走っていく。
 ヒュッ、と喉が鳴った。

「いや‥‥ッ」

 ガクガクと足が震えて、立って居られず、へたりこむ。そのまま、ふるふると首を振りながら後ずさった。
 脳裏に蘇る、あの日の光景。伊良歌に見殺しにされた伊呂波の虚ろな瞳。アヤカシの牙、
 いや、ともう一度喘ぎ、伊良歌は次の瞬間、泣きながら山の繁みに走り込んだ。逃げなくちゃ、頭の中にあったのはただそれだけだった。





 村を襲った狼アヤカシは、駆けつけた開拓者によって退治された。だが、アヤカシが残っていない事を確認して、村を去ろうとした開拓者に、追い縋ってくる夫婦がいる。
 彼、木原高晃(きはら・たかあきら)は足を止めた。

「どうしました?」
「娘が、帰って来ないのです‥‥」

 伊良歌という名のその娘は、アヤカシ襲撃前に山に木の実を取りに行き、3日経った今日もまだ戻らないのだという。聞けばどうやら志体持ちらしく、過去にも村を襲った狼アヤカシを退治したことがあるらしい。
 高晃は戸惑い、仲間を振り返った。確かに心配な話だったが、志体持ちで、しかもアヤカシを倒した事があるなら、やすやすやられはしないだろう。もしかして、他の若者達と同じく都に憧れ、飛び出したのかも知れないし。
 だが、父親はきっぱり首を振る。

「あの子は都に憧れるような娘じゃありませんし、そうだとしても黙って出て行くような娘じゃありません。それに、妹がアヤカシに殺されてから伊良歌はアヤカシを怖がっていて、話を聞くだけでも泣き出すのです」
「村をまた狼アヤカシが襲っているのに気付いて、きっと伊良歌は山に隠れているのです。もしアヤカシが山にも向かっていて、あの娘を襲ったりしたら‥‥伊良歌はきっと殺されてしまいます」

 だからどうか娘を探して下さい、と夫婦は深く頭を下げて。もう一度仲間を振り返った高晃は、山を探すならどちらにしても人手が足りない、と判断する。
 そうして、開拓者ギルドに山狩りの人手を求める依頼は届けられたのだった。


■参加者一覧
六道 乖征(ia0271
15歳・男・陰
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
玖堂 真影(ia0490
22歳・女・陰
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
氷(ia1083
29歳・男・陰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
鴉羽 夜(ia5315
18歳・女・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ


■リプレイ本文

 帰らぬ少女を捜し求めて、まず開拓者達は伊良歌の妹・伊呂波の墓まで急ぎ向かった。両親に寄れば少女はよく妹の墓へ足を向けると言う。ならば、そこが一番可能性の高い場所だろう。
 村に現れたアヤカシは退治したが、山へとどれ程が向かったかは不明だ。それでなくとももしかして、山のどこかで不測の事態に見舞われているのかも知れない。
 玖堂 真影(ia0490)が心配そうに呟いた。

「山の中にアヤカシに怯えて1人ぼっちなんて‥‥早く捜さなきゃ!」
「だね‥‥と。ん〜‥‥最近走ってばかりのような?」

 いつもと変わらずのんびりした口調で頷きかけた氷(ia1083)だったが、ふと我が身を振り返って首を捻った。先日もアヤカシ退治依頼で奔走したばかりだ。
 教えられた通りの最短距離を走り、だが辺りには気を配りながら伊呂波の墓まで辿り着いたものの、見回してもそれらしき人影はない。代わりに踏み荒らされた草の後が、山の奥へ消えていた。
 それは予想した事態だ、と鬼島貫徹(ia0694)は唸った。簡単に見つかる場所に居るのなら、少女はとうに家に戻っているだろう。両親の話から想像するに、恐らく生真面目で自分勝手な事はしない少女が、いつまでも両親に無断で家を空けはすまい。
 つまり少女はまだ、この山の中で1人アヤカシに怯え、逃げ惑っているという事。或いは怯えて動けぬまま、どこかに隠れているのか。
 山は広く、効率良く探さなければいつまで経っても少女は見つけられまい。故に、三方に別れて少女を探し、互いの連絡は呼子笛や指笛などで合図を決めて行う事にして。
 珠々(ia5322)が不意に、嘆息した。

「生き残るということは、時に大きすぎる傷を負う事と同意義なんですね‥‥」

 目の前で妹をアヤカシに喰われ、そのアヤカシを殺して生き延びた伊良歌――それを気に病んでいるのだと両親が話していたのを思い出し、皇 りょう(ia1673)も眉を曇らせた。それが一体どれ程の恐怖と後悔を伴うものなのか――もし自分がその恐怖に直面した時、平静で居られるだろうか、と己に問いかける。
 いずれにせよ、まずは少女を見つけてからだ。樹邑 鴻(ia0483)が事前に、伊良歌が行った事のある場所を大体聞き込んでいる。余程混乱しているのでなければ、知らない場所に踏み込む愚は犯すまい――伊良歌は幼い頃から山を知っている。
 鴉羽 夜(ia5315)がぐっと両手を握り締めた。

「えっと‥‥その、頑張って探しましょう」

 それは勿論、集まった開拓者達全員の気持ちだった。





(‥‥僕も似たようなもんだし‥‥怖いのは解らなくは無い‥‥)

 伊呂波の墓から、足跡や血痕等を見逃さないよう六道 乖征(ia0271)は慎重に視線を配って歩いていた。山歩きに慣れているなら、無意識のうちに痕跡を残さない歩き方をするものだ。それでも、少女が平静を失っているのであれば伊呂波の墓の傍の様に、痕跡を残しているかもしれない。
 同じ班の貫徹や夜も、辺りの気配に意識を澄ませたり、物音に耳をそばだてながら少女の姿を探す。それを目の端に捕えながら、まだ見ぬ少女に己を重ねて思う。
 アヤカシに怯え、逃げようとするのはごく普通の感情だろう。まして少女の過去を聞けば無理からぬ事。だが――そうして全てから逃げ続けても、何も変わらない事も乖征は知っていて。
 がさ、と落ち葉が鳴った。明らかに不自然な音に、貫徹が鋭い眼差しを向けたのと、夜がサッと身構えたのは同時。同時に視線が集中したその先には5匹のアヤカシ――村を襲ったのと同じ、怪狼だ。
 唸り声を上げ、アヤカシは距離を測る様に開拓者達をぐるりと取り囲んだ。貫徹が無駄のない動作で槍を構え、それに対する。夜が背を合わせるように反対側のアヤカシを睨み、乖征がその間で符を構えた。
 ――ゥオオォォーンッ!
 遠吠え。或いは何かの合図だろうか。貫徹が図らずも同時に放った咆哮で、アヤカシ達の注意を彼に惹きつけた。それに促されるように、アヤカシの太い足が地を蹴る。
 夜の顔が見る見る、日頃のおどおどした様子を削ぎ落とした冷徹なものになるのを、乖征は見た。きっと、彼女にも何かがあったのだろう。伊良歌が妹を亡くし、乖征がその気持ちを分かち合えると思えるのと同じ様な、何かが。

「てめぇら‥‥ッ」

 口調までガラリと変わり、夜は奇声とも気合ともつかぬ声を発して、漆黒の陰の如く襲い来たアヤカシに踊りかかった。こうなったら最早、敵が居なくなるか命の危険が訪れるまで彼女は止まらない。アヤカシの牙が彼女の肩を切り裂いたが、それすら気付いていない様だ。
 対して、貫徹は槍構で防御を固め、襲ってきたアヤカシを確実に防ぎながら攻撃を加えていく。アヤカシからの攻撃を避ける事は難しくなるが、防げるならば有効な戦術。
 乖征は2人を見比べた。見比べて、さらにそこから漏れてきたアヤカシに岩首を仕掛ける。こっちは引き受ける、と短く告げた乖征に、貫徹が「無理はするな」と返しながら槍を振るった。
 にわかに、辺りを戦闘音が支配した。牙や爪と武器の軋み合う音、ザリザリと鳴る地面、激しい動きに舞い上がる落ち葉。目の前のアヤカシを片付けた貫徹が乖征のフォローに回り、さらにそのフォローで乖征が岩首を放つ。
 若干、夜は苦戦気味だった。だが戦闘に理性を飛ばした彼女は怯まない。ふとした瞬間に間近に迫ってくるアヤカシを仕込み杖で退け、と思えば早駆で迫ってさらに斬りつけ。

「‥‥取った‥‥決め‥‥任せる‥‥」
「てめぇら如きがあたしに勝とうだなんて粋がるなッ!」

 援護で、砕魂符で後一息までダメージを与えた乖征の言葉に、夜が吼えた。気合と共に仕込み杖を振り下ろし、渾身の攻撃で止めを刺す。動かなくなったアヤカシが、瘴気となって消えた。





 氷と鴻、柚木遠村の班は、山中を大声で伊良歌を呼びながら、一見すれば平和な山道を油断なく歩いていた。他にも遠くから、同じく少女を呼ぶ声が響いてくる。
 アヤカシがいるかも知れない場所で大声を出せば、自分の居場所を触れ回るようなものだ。それは無論開拓者達にも解っているが、それならそれで、山のどこかに居る少女がより安全になるだけだ。
 優先すべきは少女の確保。相手は山に詳しく、決して見つからぬよう本気で隠れている。そんな相手を探すのは、中々骨の折れる話だ。鴻はそう考えながら、もう幾度目かの呼ばい声を上げた。

「伊良歌ーッ! 両親も心配しているぞー!」
「伊良歌嬢ーッ!」

 遠村も辺りを見回しながら呼び掛ける。だが今の所、少女もアヤカシも出て来ない。声は虚しく木々に木霊して消える。遠くから聞こえていた仲間の声も、もう聞こえなくなった。
 鴻が自分の声の残滓を聞きながら、頭上に差し渡す枝の向こうを垣間見た。日が思ったより高い。

「さて、出て来るのは女の子かアヤカシか‥‥」

 このさい、どちらでも良いから出て来てくれれば対応できるのだが。
 そう、見上げた空から地に視線を戻した鴻はふと、違和感に気付いた。視点を変えたのが良かったのか。わずかに乱れた落ち葉と、その下から覗く黒土。明らかに最近誰かがそこを通ったのだろう。
 ふむ、と氷が辺りを見回し、少女を呼ぶ声をさらに声を張り上げた。土は乾いていたが、まだこの辺りでジッと隠れている可能性もある。
 ――果たして。

「‥‥ぁ‥‥」

 樹上から怯えたような、か細い少女の声が聞こえた、ような気がした。はっ、と振り仰ぐとそこに、青ざめた面持ちの少女。あの、とようやく聞き取れるような声を絞り出し。

「‥‥父さんと母さんが‥‥って‥‥」
「うん。村に現れたアヤカシは退治したから大丈夫。村に戻ろうか?」

 山に不自然に居る少女が捜し求める伊良歌であると、予想しての氷の言葉に、少女は泣き出す寸前の顔になってこっくり頷いた。ずっと、自分を呼ぶ声は聞こえていた。でもあれもアヤカシの声だったらどうしようと、ただただ恐ろしく。
 けれどもほんの少し、どこかで期待もしていた。あれは本当に、自分を助けに来てくれた誰かの声じゃないかと。だから目の前に現れた人達が、自分を呼んでいた声の主だと解って、やっと少女は姿を見せる勇気が持てたのだ。
 鴻が呼子笛を吹いた。長く2回、それは少女を無事発見し、保護したという仲間への合図。その音にビクリと少女は身を震わせて、だが何も起こらないと解ると安堵の息を吐き、顔を覆ってしゃくり上げ出した。





 真影達がその笛の音を聞いたのは、ずっと山を捜索し続けていたのでは気力が保たない、と少し足を止めて息をついていた時だった。聞こえてきた笛の音は、彼女達が探していた少女を保護した、と言う知らせ。
 ほぅ、と誰からともなく息が漏れた。ここに至るまで、アヤカシを引きつける狙いも込めて大声で少女を呼び、りょうの心眼なども駆使して蜘蛛の子一匹漏らさぬよう探し続けてきたのだ。無事の知らせは開拓者達に、心からの安堵をもたらした。
 手筈では、少女を保護した班はそのまま速やかに少女を連れて、安全な場所まで移動する事になっている。この場合なら村に連れて帰るのが良策だろう。
 呼子笛が聞こえてきた方角から大体の距離を測る。ここからなら急いで戻れば合流出来るだろうか。村に戻るまでにもアヤカシが出ないとは限らない、間に合うなら護衛に戻った方が良いだろう。
 開拓者達はそう頷き合い、来た道を戻り始めた。だが幾らも行かないうちに、先頭に立っていた珠々が足を止める。
 聞かずとも、視線をわずかに先に向ければ他の者にも、なぜ彼女が足を止めたのかは理解出来た。アヤカシだ。全部で4匹。

「援護は頼む!」

 そう言い置いて真っ先に飛び出したのはりょうだった。行動を共にする者の中で、彼女が一番直接攻撃に秀でている。さらに心眼を多用したので技を繰り出すだけの練力もあまりない。
 ならば出来るだけ派手に立ち回って、アヤカシの目を自分に引き付けるのが良いだろう。彼女はそう考え、それを実践したのだ。
 了解、と真影と木原高晃がそれぞれ符を構える。真影は、以前に弟と依頼で関わった事のある高晃と、それ故か同じ陰陽師だからか、比較的早く打ち解け、連携の相談もしていた。
 アヤカシが2匹、力強く地を蹴り、りょうへと飛びかかる。りょうは冷静にそれを見極め、抜刀してアヤカシの爪をしのいだ。ガキッ! 鈍い音がして、アヤカシが怯んだのが解る。
 同時に手裏剣を構えていた珠々へも2匹が襲いかかっている。木の葉隠れで敵の目を惑わせ、その隙に駆け寄って短刀で傷つけた。アヤカシがギャイン! と鳴いて飛び退った。
 だが、それで諦めはしない。目の前の人間どもを何とかして喰らってくれよう、と身を低くして唸るアヤカシ達に、りょうが切りかかる。同時に、真影が斬撃符を放った。

「臨める兵闘う者、皆陣裂れて前に在り! 斬!」
「こっちも!」
「行きます!」

 高晃が隙を見て呪縛符を放ち、傷ついたアヤカシを拘束した所を、珠々が再び短刀で攻撃して止めを刺す。さらに向かってくるアヤカシ達を、役割分担して確実に対処していく。少女達が居る方へ向かおうとするアヤカシは、やむを得ず撒菱で足止めした。
 これがアヤカシである以上、例え1匹たりともこの場から逃がす訳には行かない。





 伊良歌は疲れ切った様子だったが、深刻な怪我を負ってはいなかった。だが安堵で腰が抜けてしまった様で、やむを得ず鴻が背負って伊呂波の墓まで戻って来た所で、仲間と合流を果たす。
 夜が、戦闘時の様子は欠片も泣く、元のおどおどした様子でほっとした様に呟く。

「えっと‥‥よ、よかったです。伊良歌さんが無事で」
「だな。降りれるか?」

 鴻の言葉に頷き、背中から滑り降りた少女の様子を手早く見て取った貫徹が、岩清水を与えてわずかに負った傷の手当をした。乖征が少しは落ち着くだろうかと梅干を渡す。それを受け取り、少女はまだ青白い顔で小さく礼を言った。
 そして、そこに鎮座する大きな石を見る。妹の墓。辛そうな顔で、だが視線を逸らすまいと唇を噛み締める伊良歌に、真影がそっと目を伏せた。
 もし彼女が同じ様に、彼女の弟が目の前で襲われ、だが何も出来ずに震えているしか出来なかったとしたら――助けられる力があるのに助けられなかったらどんな心地だろうと、想像しただけでも胸が潰れそうになる程。
 だが、伊良歌の様子をじっと見た乖征はポツリ、言う。

「アヤカシからは逃げて良い‥‥でも、伊呂波からまで‥‥逃げてる気がする‥‥」
「‥‥ッ」
「きっと、妹さんが貴女を助けてと私たちを呼んだんですよ。大好きなお姉さんが無事であるようにと」

 ビクリと身を強張らせた伊良歌に、珠々が言った。彼女達はこうやって、伊良歌を助けるのに間に合った。それを、そう思えないだろうか、と。
 少女は何も言わず、強張った顔で墓を見つめている。そっと、りょうがその肩に暖かい手を乗せる。

「以前、私の師にこんな言葉を頂いた。『臆病なのは、弱き事』『弱きとは、無力な己を知る事』『己を知るとは、強き事』『つまり、臆病なのは、強き事』と」

 師が何を言いたかったのか、実は彼女にもよく判ってない。だが今、それはこの少女に必要な言葉だと感じた。そうしてゆっくりで良いから、自分と向かい合っていければと――勿論、彼女も一緒に。
 真影が少女の手を握る。

「貴女はまだ1人じゃない‥‥家族がいるでしょ?」
「そうだ。お前の両親はお前の為に、俺達を躊躇わず雇った。その両親の為にも、お前は自分の足で歩かねば――不幸にも妹は死んでしまったかも知れない。だがお前は、今、生きている」

 貫徹も言い諭す。さして豊かな村と思えない山村で、一個人が10人もの開拓者を雇える蓄えが十分にあったとは思えない。だが彼らはそれを選んだ。娘を生きて取り戻す為に。
 自分の家が豊かでない事も、開拓者を雇うのにお金がかかる事も知っている。知っていたから両親の気持ちが嬉しく、申し訳なく、再び顔を覆って泣き出した少女に、どう声を掛けたものかと氷は悩む。
 志体持ちならば、それこそきちんと修行して開拓者になって今度こそ守れるように、とも思う。だがそれは余りにも都合の良い言葉だと、氷自身も感じていた。守れなかった過去は永遠に変わらない――それで納得できるかはそれこそ、少女次第だ。
 だが、選ぶ事は出来る。そして、今は無理でもやがて落ち着いて、改めて彼女が開拓者を目指したいと思った、その時には。

「ん。森原君、良い人知らないかい?」
「だから俺は木原だって‥‥あんたこそ誰か居ないのか」

 以前も名前を間違えられた青年は、がっくり肩を落としてそう切り返した。その、あまりに平和な遣り取りこそ、少女を無事に取り戻す事が出来た何よりの証左の様だった。