双子の影
マスター名:乙葉 蒼
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/28 22:20



■オープニング本文

 夜も更けて、男は立ち上がった。今まで飲んでいたせいで、足元がふらついている。
 その様子が見ていられなくて、居酒屋の女将は声をかけた。
「ちょっとあんた。もう少し酒が抜けるまで、休んでいったらどうだい?」
「なぁに。これ位いつもの事だろーが。ダーイジョーブだって」
 心配する声に、男はへらへらと笑いながら手を振る。実際、毎日のように飲んでいるこの男には、変わり映えのない日常だった。
 呆れた女将は、深いため息を吐いて、その背中を見送った。

 ふらふらと歩いていた男は、袖を引っ張られる感覚に足を止めた。振り返ると、小さな子供が袖を掴んでいる。子供はぐいぐいと袖を引っ張った。
「織がいないんだ。一緒に探してよ」
「‥‥なんだぁ?」
 男は乱暴に腕を振り払う。それに臆することなく、子供は男の手をとった。
「こっちだよ」
 楽しそうに笑う子供を怪訝に思いながらも、酔いで頭が回らない男は連れられるままに歩いてく。
 気が付けば、見覚えがない場所にいた。手を引いていた筈の子供の姿もない。
「何だってんだ‥‥」
 頭をかいて、男は来た道を戻ろうとする。
「そっちじゃないよ。こっち」
 男の後ろで声がした。振り返ると、子供の姿が闇の中に消えていく。面倒な事になったと思いながら、子供の消えた方に足を向けると、再び背後から声がした。
「こっちだって、早く早く」
 おかしな事になっている、とようやく男は気が付いた。正面に消えた子供が、こんなに直ぐ、背後に回れる筈がない。
 男は立ち止まる。
「こっちこっち」
「早くおいでよ」
「あそぼーよ」
 辺りは暗闇。四方から声が響いて、男は方向感覚を失った。そもそも、こんな夜更けに子供が出歩いていること自体がおかしい。男の酔いはとっくに醒めていた。
「‥‥あそんでくれないの」
「じゃー、しかたないね。織」
「そーだね、彦」
 男の足ががくがく震えだす。逃げなければいけない事は分かっているのに、足が動かない。
「たべちゃおう」
「そうしよう」
 楽しそうな子供の声が途切れる。静寂を打ち消すように男の心臓が激しく暴るなか、それは突然目の前に現れた。
 ありえない速さで目の前に現れた子供は、身体に瘴気を纏ってにたりと笑う。
「うわぁぁああ!!」
 男は恐怖で一目散に逃げ出した。訳もわからず闇の中を駆けていく。後ろの気配が消えたところで一息ついた、その時。
「もうにげるのはおわり?」
 間の前の闇の中から、子供の姿が現れる。
「はやくにげないと、たべちゃうよ?」
 そして、男の後ろからも。
 くすくすと闇に響く声を聞きながら、男は気が狂いそうになりながらも必死に逃げた。

「だ、誰か!」
 男は乱暴に開拓者ギルドの扉を開いた。視線が集中するも、息も絶え絶えな男には、そんな事を気にする余裕もない。
「た、助けて‥‥くれない、か。アヤカシに、追われて‥‥っ」
 まだ整わない息で、必死に助けを求める。ふと男の脳裏に、家族の顔が浮かんだ。無性に逢いたい気持ちが込み上げてくる。
 でも逢えない。アヤカシに追われたままでは、家族まで巻き込んでしまう。
 いつも飲んだくれて、良い夫でも良い父親にもなれなかった。もしかしたらこれは、当然の報いなのかもしれない。それでも。
「‥‥家族に会いたいんだ。‥‥頼む、から」
 男は掠れた声で、深く深く頭を下げた。


■参加者一覧
紅鶸(ia0006
22歳・男・サ
薙塚 冬馬(ia0398
17歳・男・志
こうめ(ia5276
17歳・女・巫
橘 絢芽(ia6028
18歳・男・志
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
バロン(ia6062
45歳・男・弓
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
春金(ia8595
18歳・女・陰


■リプレイ本文

 家族に会いたいと、男は深く頭を下げたまま動かない。両親に先立たれたこうめ(ia5276)の心に、男の想いが深く突き刺さった。
「ご家族にお逢いしたいという、切な願い‥‥何としても叶えて差し上げなくては――」
「アヤカシのせいで家族が離れ離れになるなんて‥‥そんなのはもう十分だ」
 さらに両親をアヤカシのせいで失った橘 絢芽(ia6028)には、この依頼者を狙うアヤカシが特に憎々しいものに映る。妻子と離れて暮らすバロン(ia6062)にも、家族に会いたいという気持ちは痛いほど良く分かった。
 己を振り返っている男は、家族への謝罪を口にしながら、顔を上げる事が出来ないでいる。家族の大切さに気が付き、逢いたいとねがうその想いを叶えてやらねばと、バロンは表情を引き締めた。
「ね、そのアヤカシってどんな風に追いかけてくるの?」
 何かしらの情報を得ようと、新咲 香澄(ia6036)が男に問いかける。男は少しだけ顔を上げると、ポツポツと喋りだした。
「最初は森の中でアヤカシに追われて‥‥、あいつらは、夜の闇に紛れて現れるんだ。撒いたと思っても‥‥すぐ目の前にいる。同じ姿をしてるから、区別が付かないんだ」
 話しながら顔色を蒼白に変え、男は頭を抱え込む。
「今でも声が聞こえては、気配を感じて‥‥でも姿は現さない。逃げられない‥‥、どこまで行っても、あいつらが‥‥。帰りたい、のに‥‥」
 項垂れる男を眺めていた香澄は、複雑な顔を浮かべた。
「陰湿なアヤカシだね。‥‥でもいい薬になったのなら、良かったのかな」
 呟くように零した本音は、誰の耳にも届かない。アヤカシが許しがたいのは変わらないけれど、この男が心を入れ替えてくれたのなら、この家族にとっては怪我の功名なのかもしれない。
 アヤカシのお陰だ、とは口が裂けても言えないけれど、彼の家族の為にもアヤカシを退治しようと香澄は気持ちを切り替える。
「ああ、そんなアヤカシは許せんのじゃ。わしらに任せるが良い。必ず家族さんの元へ返してあげるのじゃよ!」
 力強い言葉とともに、小柄な少女が胸を張った。そんな春金(ia8595)の顔色は、心なしか青い。アヤカシの特徴を聞けば聞くほど、まるでお化けのように思えてくる。
(「ま、まあアヤカシじゃしの。お化けとは違うのじゃよ!」)
 必死に自分に言い聞かせる春金の脇を通り、趙 彩虹(ia8292)が男の下に歩み寄った。
「貴方には囮になって頂けますか。もう少しの間怖い思いをするかも知れませんが‥‥、護衛はつけます。‥‥信じて頂けますか?」
 開拓者には力がある。いつもは信頼を得るアヤカシと渡り合える力。それを極限状態で彼が直接目にすれば、己の無力さで恐怖に飲み込まれかねない。
 安全面は万全なのだと、言い切る自信はある。しかし開拓者たる自分たちを信じてもらえなければ、守りきる事が難しくなる。
 彩虹の真摯な瞳を受け止めて、男は震える唇を開いた。
「倒して‥‥くれるんだな? あいつらから‥‥家族を、守って‥‥」
「はい」
 即答する彩虹の声を聞いて、男はようやく安堵の息を吐いた。
「よろしく‥‥、頼む」
「じゃあ夜になるのを待って、姿を見せる森から開けた場所まで誘導しようか。ボクは護衛に回ろうかな?」
 香澄を皮切りに、アヤカシを追い詰める策が詰められていく。その様子を少し離れたところから見つめている、一対の目があった。
「父親、か‥‥」
 絢芽は物思いにふけりながら、己の刀の感触を確かめる。そしてアヤカシを打ち倒す意志を、自分の胸に刻み込んだ。
「ではわしが、弓で奇襲をしかけて、アヤカシの動きを少しでも封じるとしよう」
「じゃあバロン様に続いて、私が追撃をかけます。‥‥もう少し、奇襲の手が欲しいですね」
 彩虹の声に、アヤカシ討伐の段取りが着々と進んでいることがわかる。絢芽は姿勢を正し服装を整えて、熱くなりがちな胸の内を鎮めた。
「ならボクも奇襲にまわろう。心眼を使えば、少しでもアヤカシを捉えられるかもしれない」
 そう告げて絢芽は、仲間の方へと足を向けた。

 夜の森は不気味な雰囲気を纏い、昼間とは違った顔を見せる。鳥の羽ばたきの音ひとつに、男は身体をすくませた。
「まだ大丈夫ですよ。アヤカシに目を付けられるなんて運がありませんねぇ」
 冗談っぽく紅鶸(ia0006)は言ったつもりだったが、男はますます萎縮してしまったようだった。
「‥‥ま、少しでも家族をおざなりにした天罰、ということで」
「今回はボクたちでしっかり守ってあげるけど‥‥これに懲りたら、今度はあなたが家族の事を守ってあげてね」
 今までの自分の行動を振り返り、自身を攻め続けていた男は、香澄の言葉ではっとした。紅鶸と目が合うと、彼は微かに口端を引き上げる。
 大切なものは自分で守ること。その為の『次』が存在すること。胸の内に熱いものが生まれたことを、男は自覚した。
「‥‥はい!」
 男が頷いた瞬間、森の空気が一変した。不気味な雰囲気はさらに黒いものを孕み、ザワザワと唸る木々の声が静寂を打ち破る。開拓者達の警戒に、空気がピンと張り詰めた。
 ざわめく葉の音に混じり、子供の笑い声が聞こえてくる。
「だめだよ、それはボクたちのだよ」
「それとも、おにいちゃんたちも遊んでくれるの?」
 前で声がしたと思ったら、次はすぐ後ろから声がする。木々の間から現れて、また闇の中に溶けていく姿はどれも同じで、見分けを付けるどころか目が回っていく。
 紅鶸は大薙刀を構えると、楽しそうに笑ってみせた。
「同じ姿で惑わせると言うのなら、纏めて叩き潰すだけの事です」
「こいつが良い父親でないとしても、居なくなるよりはずっとましだ。お前等の飯にはさせねぇよ」
 薙塚 冬馬(ia0398)も刀を構えると、じりと後ずさり男に寄り添った。男は青ざめ、震えている。アヤカシとの間合いを計りながら冬馬が叫ぶ。
「行け!」
 その声を合図に、こうめが男の手を取った。足がもつれる男を無理にでも引っ張っていく。
「おいかけっこ?」
「おいかけっこだね」
 子供のアヤカシは楽しそうに笑う。その無邪気さがかえって恐ろしさを際立たせていた。子供ではありえない速度で追いかけてくるアヤカシに、男と併走する冬馬は舌打ちをする。
 緊張感が高まる中、冬馬は精霊力を纏いアヤカシの攻撃に備えた。仄かな青い光に包まれながら、意識を集中して気配を探ると、感覚の端に黒い影を捉えた。
「来た‥‥!」
 その声に周りの緊張が高まる。冬馬はぎりぎりまでアヤカシをひきつけ、その攻撃を受け止めた。アヤカシの歪んだ笑みが、冬馬の顔に近づく。
「鬼さんこちらってなぁ」
 言いながら冬馬は、アヤカシを振り払いながら一閃を浴びせた。しかし手応えが浅い。その間にもう一体のアヤカシは、男を狙い進んでいた。
「させぬぞ!」
 向かってくるアヤカシに、春金は式を使って動きを拘束する。アヤカシがもがいている間に、己の刀に式の力を宿らせ、春金は刀を振り下ろした。
「この方を傷つけさせる訳には参りませんっ」
 牽制を込めた攻撃は、男から離れないように元々深く切り込んでいない。しかしうっかり出てしまった昔の言葉遣いは、アヤカシの興味をそそった様だった。
 アヤカシを睨みつけたまま走り続けると、突然世界が開ける。森を駆け抜けた事に気が付き後ろを振り返ると、追いかけてきたアヤカシもまた同様に、止まる事が出来ずに森を抜けた。
 同時に、音が空を切る。困惑したアヤカシの一瞬を逃さず、飛んできた矢はアヤカシに突き刺さった。バロンは再び矢を素早く番えて、もう一匹のアヤカシへと打ち込む。
 倒れたアヤカシが立ち上がる瞬間を狙い、近くに待機していた彩虹が飛び出した。次々と繰り出される技は流れるように変化し、次々とアヤカシに決まっていく。耐え切れないと判断したアヤカシは、彩虹から飛びずさり逃亡を図る。決して浅くはなかった手応えに、彩虹は唇をかみ締める。
「くっ、‥‥橘様っ!」
 アヤカシの動きを気配で捉えていた絢芽は、彩虹の声に応え、逃げるアヤカシの前に立ちはだかる。絢芽の刀はすっかり萎縮したアヤカシを完全に捕らえ、その身体は瘴気となって霧散した。
「――――っ」
 それを一部始終見ていたもう一体のアヤカシは、声なき叫び声を上げた。半身の様な相手を失ったせいか、正気を失ったアヤカシは死に物狂いで絢芽に食って掛かった。
「橘殿!」
 流れ出る血にこうめは言葉を無くすが、直ぐに気を持ち直し、絢芽の元へと駆け寄った。風の精霊へと呼びかけその力を借りると、絢芽の傷は瞬く間に塞がった。
「すまないな」
 謝る絢芽に、こうめは首を横に振って応える。これは巫女であるこうめの役割だった。
「こうめさん、頼む!」
「はいっ」
 紅鶸に呼ばれたこうめは、すっと背筋を伸ばすと神楽舞を踊り始めた。美しく力強い舞は、見るものを魅了し高揚させる。
 湧き上がる力のまま、紅鶸は雄叫びを上げた。その気に当てられ、狂ったアヤカシは動きを拘束される。
 身動きが取れないアヤカシに向かって、紅鶸は渾身の一撃を振るう。打ち飛ばされたアヤカシの先には、香澄の姿があった。
「これで止めだよ!」
 香澄は天に向かって手を伸ばし、霊魂型の式を召還する。そして、その手をアヤカシに向かって振り下ろす。すると召還された式は、アヤカシに向かって銃弾のように降り注いだ。砂埃に紛れて、アヤカシの身体は粉々に打ち砕かれた。
「‥‥終わった、のか‥‥?」
 開拓者達の戦いを目の当たりにした男は、すっかり腰を抜かしていた。
「お怪我はございませんでしたか?」
「‥‥ああ、大丈夫だ」
 伸ばされたこうめの手を借り、男は立ち上がる。ぼんやりと戦いの跡を眺める男には、実感がまだ追いついてこない。
「せっかく拾った命じゃ。生まれ変わったと思って、家族を大事にしてやるといい」
「‥‥家族を大事にしてあげてくださいね」
 声をかけたバロンと紅鶸を、男はゆっくりと見た。その目に、少しだけ生気が戻ってくる。
「何かあってから後悔しても遅いです。今後は常日頃よりご家族を大切にしてください、ね?」
「どんな父親でも子供には親に変わりはないんだ。あんまり酒を飲んだくれてばかりいないで、父親がいる思い出を子供に贈ってやってくれ」
 彩虹と冬馬からは、たしなめる様な言葉が贈られる。だけどその言葉の温かさに、男の視界が揺れた。
「‥‥家を空けて手ぶらで帰るのは父親としての株が下がるだろう? これでも持っていっていいとこ見せてやりなよ」
 そういう絢芽が手にしていたのは、もふらのぬいぐるみだった。少し汚れてしまったそれを手で払い、男に押し付ける。
「これからは‥‥いい父親になるんだよ、絶対にね」
「そうじゃな、わしからは金魚を贈ろうかの」
 春金は自分が商売をしている金魚を思い浮かべた。最近手にした中に、仲の良い家族のように寄り添って泳いでいる金魚がいた。
 歩み寄り新しく踏み出す家族への、贈りものには最適だと思った。
「あとで届けるのじゃ。家族さんを大事にするのじゃよ」
「あ、ありがとうございました‥‥! 本当に、ほんとうに‥‥っ」
 温かい言葉に含まれる優しい心に触れて、男は思わず涙を零した。流れるままに泣く男の肩に、こうめはそっと手を触れさせる。
「本当に良かった‥‥。さあ、帰りましょう? きっとご家族の皆様が待っていらっしゃますよ」
「‥‥はいっ」
 促され、男は乱暴に自分の顔をぬぐう。そして、何か憑き物が落ちたような、さっぱりとした顔を上げる。
 それは家族想いの、良い父親の顔だった。晴れやかに笑う男の顔を見て、開拓者達も各々に笑みを深める。
 優しい風が駆け抜けていく。その風の中に、嬉しそうな家族の笑い声が聞こえてくるような気がした。