地獄の恐怖
マスター名:乙葉 蒼
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/18 21:57



■オープニング本文

 二人の男は、お互いに顔を見合わせた。
「俺達は、時々都に買出しに出かけてんスよ」
 彼らが住む集落では、農耕の他に木工芸品を製作している。木工芸品といっても伝統工芸に見られる雅なものではなく、日常生活で使用する慎ましやかなものだった。
 その集落では、時々若手の男数人が、木工芸品を持って都へ赴く。そこで木工芸品を売りさばき、その金で集落に必要な買出しをして戻る、という生活を繰り返していた。

 それは買出しを終え、集落へ帰る途中だった。
 砂地で一人の男が足をとられた。もう一人の男が慌てて、その男を支える。
「うっわ」
 ずぶずぶと沈む自分の足に男は慌てた。その間に先に砂に囚われていた男は、すり鉢状になった砂地の中央へ飲み込まれていく。
 ズシャ。
 突然、男に砂が降りかかった。サラサラの砂は男の体を滑らせ、中央へと導いていく。その時初めて、男は砂の中央に何かがいると気が付いた。
 大きな顎を使って砂を飛ばしてくる。それは、巨大なアリジゴクの姿だった。
 アリジゴクの姿をしたアヤカシは、先に落ちた男を捕らえる。そして己の食事を開始した。その間はもう一人の男に見向きもしない。
「う、わ、あああぁあっ」
 男は必死で足を引き抜き、その場から逃げ出した。

 男の依頼は、そのアヤカシの討伐だった。
「頼みます。あのアリジゴクやっつけてください。じゃないと俺ら、都に行けないんス」
 男は頭を下げた。その下で握りしめられた拳が、小さく震えている。
「‥‥アレにやられた奴、歳が近くて買出しは大抵一緒だったんスよ。新しく家族になった人の為に頑張るんだって、なのに‥‥っ」
 男の声は震えていた。顔を上げずに、男は続ける。
「出来たら、どうかアイツを弔ってやって下さい‥‥!」


■参加者一覧
鷺ノ宮 月夜(ia0073
20歳・女・巫
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
深山 千草(ia0889
28歳・女・志
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
ジンベエ(ia3656
26歳・男・サ
チェシャ猫(ia7985
19歳・男・シ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250
25歳・男・志


■リプレイ本文

 深く頭を下げたままの男の肩に、深山 千草(ia0889)はそっと触れた。そしてゆっくりと顔を上げた男に優しく微笑みかける。
「大丈夫よ、その為に私達がきたんだもの」
「ああ。俺が大輪の仇花を咲かせてみせよう」
 千草の言葉に、壁際に腰を下ろしていたジンベエ(ia3656)も声を添えた。
 面を被り、死装束を纏うその姿を見れば、誰もが薄気味悪いものを感じる。しかし言葉を発すれば、どこか芝居じみた口調でその雰囲気は幾分和らいでいた。
「で、その巣穴はどの辺りにあるんだ?」
「あと、そん時の相方の服だか持ち物とか覚えているかい?」
 ジンベエの質問に合わせ、ひょいと顔を出したのは真珠朗(ia3553)だった。軽い足取りで男に近寄り、ストンと腰を下ろす。
「貰えるモノさえ貰えれば、何でもやってのけてみせますよ、ってね」
 飄々とした口調に、男はどんな顔をしたら良いのか困っているようだった。そんな男に向かって、真珠朗はひとつ手を振る。
「この報酬でこの程度のアヤカシ相手なら、弔いの方の依頼も努力しましょうって話ですよ」
 やっと得心したのか、男はほっと息を吐いた。そうして彼の日を思い出しているのか、軽く眼を伏せる。
「アイツ‥‥、あの日は紺色の着物を着てました。そんで、小さい包みを大切に懐に入れてたんス。嫁さんに、贈り物だって‥‥」
 そう言って男は一旦言葉を切る。しかしその後は気丈な顔をして、巣の場所を身振り手振りも合わせて説明し始めた。
 一通りの情報を整理した後、ずっとその様子を見つめていた天ヶ瀬 焔騎(ia8250)が、男の前へ静かに刀を置いた。
「その手を、柄紐へ」
 言われて、男は自分の手の平を見た。男の手は、悔しさにきつく握り締めるせいで爪が食い込み、血が滲んでいた。
「守れなくて悔しい気持ちは、俺にも分かる。‥‥そして、この柄紐も」
 同じ様な気持ちを血や涙と共に受け止めてきた柄紐は、その為に赤く染まってる。男はその柄紐に呼ばれるように、そっと手を触れさせた。
「‥‥必ず、代わりに敵を討つ」
 焔騎の言葉に、男は何度も何度も頷いた。その男の姿を見て、部屋の隅に控えていた鷺ノ宮 月夜(ia0073)はそっと眼を伏せた。
「アヤカシは神出鬼没‥‥。次の犠牲者を出さない為にも‥‥早々に退治致しましょう」
 月夜の言葉に、その場の開拓者たちは一斉に頷いた。

 アヤカシの出現場所に着いた風雅 哲心(ia0135)は、周りを見渡した。道から少し外れたその場所は、乾燥する地域柄だからかサラサラな土が広がっている。しかし肝心のアリジゴクの巣は見当たらなかった。
「脇道に、ってのも厄介な話だな。とにかく排除しないとならんな」
 そう言って、哲心は心を落ち着ける。そうして、心眼でアリジゴクの居場所を突き止めようとした。
「私も手伝うわ」
 哲心の元に、千草が進み出る。二人は意識を集中させて、周囲に気を巡らせた。
 アリジゴクは基本的に巣の奥に潜り込んでいる為、二人とも思うように察する事が出来ない。その間に真珠朗とジンベエは、アリジゴクを引きずり出す為の準備をすることにした。
 罠で待ち構えている相手に、正面から立ち向かっては分が悪すぎる。先に皆で話し合い、アリジゴクを巣から引きずり出すことにしていた。まずはアリジゴクをおびき出す為の襤褸を用意する。
「縄は、と」
「これを使ってくれ」
 襤褸を押さえる真珠朗の元に縄を差し出したのは、無月 幻十郎(ia0102)だった。
「鎖分銅もあるぞ」
 そう言って幻十郎は、にっと笑う。
「そいつは頼もしい限りだね」
 縄を受け取ったジンベエも、仮面の下で笑う気配を見せた。襤褸を縄できつく縛り上げると、千草が手を上げているのが見えた。
「皆、来てくれる?」
 呼ばれるままに歩み寄ると、千草は地面の方を指差した。
「例の巣は、これだと思うのよ」
 近づいてみると、大きなすり鉢状の穴が眼下に広がっていた。見るだけで、人が落ちたら一溜まりもないことが分かる。
「丁度よさそうな樹もありますね」
 ぽんと、真珠朗は傍らの樹を叩く。その樹に縄を括り付けると、繋いだ襤褸を巣の中に投げ入れた。
 砂と共に、襤褸は巣の中央へ向かって落ちていく。ぱらり、と滑り落ちるのが止まり、一同は固唾を飲んで見守った。
 それは一瞬だった。
 ず、と砂が動いたと思った瞬間に、大きな顎が襤褸を食い破る。喰らいつく筈の襤褸は、あっという間に噛み砕かれた。
 想像以上の顎の威力に、しかし焔騎は怯まなかった。
「よし、俺の出番だな!」
 そう言って焔騎は、勢いのままにアリジゴクの巣へ突っ込もうとする。
「ちょっと待って、焔騎くん」
「深山さん」
「ちゃんと命綱付けなきゃ駄目よ」
 焔騎が止まっている隙に、千草は素早く縄を巻き付ける。
「それに‥‥お二人の連携も必要です。勇敢である事と‥‥無謀は違うのですから」
 月夜の言葉に、焔騎ははっとした。月夜の向こうでは、哲心も同じ様に自身に縄を巻いている。
 襤褸で誘き出す事に失敗した場合、巣に入る囮役は二人だった。それは少しでも危険を減らす為に。
 自分を脅威に晒す事は厭わない。だがそれで仲間に被害が及ぶかもしれない事を考えて、焔騎は項垂れた。
 その姿を見て、月夜も厳しい表情を緩ませる。
「お二人とも‥‥十分にお気をつけ下さい。この者達に、精霊の加護を与え給え」
 ふわりと、月夜の杖が宙を舞う。神聖な力が哲心と焔騎を包み込み、結界を形作った。
 真珠朗は巣の淵に足をかけ、再び巣に潜り込もうとするアリジゴクを見下ろす。
「生きてるからにゃ腹も減るってもんでしょうが‥‥蹴散らしてもらいますぜ、手っ取り早く」
 輪型の手裏剣が真珠朗の手を離れ、アリジゴクに向かって飛んでいく。二つの手裏剣は、装甲の薄い場所を正確に狙っていた。
 自身を襲う痛みに、アリジゴクが暴れだす。
「行くぞ!」
 焔騎の掛け声で、囮役の二人は巣の中を滑り降りた。
「‥‥固そうだが、俺も負けちゃいない。星竜の牙、その身に刻め!」
 哲心は我流の奥義、星竜光牙斬を繰り出す。深く顎に突き刺すと、アリジゴクの動きが止まった。
 その隙に、焔騎は後ろに回り込む。炎を纏った刀で切り裂くと、アリジゴクの体が大きく跳ねた。
 大きな体が砂から出た事を確認して、焔騎は引き上げる合図を出す。それを見たジンベエの視界に、頭をもたげたアリジゴクが映る。
「こいつもいずれ成体に変じるのかね。その名の通りに、極楽へ送ってやろう」
 そう言ってジンベエは猿叫を上げた。その声に怯んだ隙に、練力を腕に流し込む。太く筋肉が浮かび上がった腕で、縄を思い切り引き上げた。
 千草も縄を掴んで、引き上げるのを手伝う。随分弱った筈のアヤカシは、それでも抵抗を続けた。ぎしぎしと引かれる縄に、千草は囮役の二人の身を案じる。
 その時、鎖分銅が激しく鎖の音を鳴らしながら、アリジゴクに向かって投げられた。鎌の部分が突き刺さり、アリジゴクが身を捩る。
 鎖分銅の先は、鎖を腕に巻きつけた幻十郎が支えていた。
「よっこらせっ‥‥と」
 幻十郎の掛け声に合わせて、ジンベエと千草は息を合わせる。そしてアリジゴクの巨大な体躯を、陸の上まで引き摺りあげた。
 すかさず千草が閃かせた刀は、宙に炎の尾を引いていく。その勢いのままに、刀はアリジゴクの腹を切り裂いた。
 様々な傷を負いながら、アリジゴクはなおも立ち上がろうと気力を振り絞っている。それを見て、幻十郎は刀「河内善貞」を握った。
「‥‥受けてみるか? 俺の刀は少し重たいぜ?」
 両手で握る重厚な刃を、幻十郎は最上段に構える。全力で振り下ろした刃はアヤカシの体を真っ二つに断つ。
 アリジゴクは声なき声を上げ、瘴気となって霧散した。

 掘っても掘っても、サラサラの土が滑り降りてきて、思うように掘り進める事が出来ない。それでも必死で、幻十郎はアリジゴクの巣の中を漁っていた。
 隣で千草も、砂の中に手を入れていた。何か被害者の男性のものを見つけたいと願いつつ、願いとは裏腹に手の平を砂ばかりが零れ落ちていく。
「すみません。これ、見てくれませんかね」
 巣の上から、真珠朗の声がする。アリジゴクは巣の中の異物を外へ放り出す習性があり、真珠朗は巣の外で遺品を捜していた。
 真珠朗の足元に、紺の布が落ちている。随分と痛んでいたが、それは着物のようだった。
 哲心はその布に向かって、黙祷を捧げる。幻十郎がその布を拾い上げると、布の間から小さな包みが滑り落ちた。痛んだ包みから、中身が出てしまっている。
「簪‥‥」
 小さく呟いた千草は、その簪をそっと手に取った。彼が用意した妻への贈り物は、きっとこれで間違いないだろうと、千草は思う。
 身に着ける飾りは、自然と愛着が湧きやすい。まして簪を好んで収集している千草にとっては、それは格段に特別な飾りに思えた。
 自分の贈り物を身に着け、幸せそうに笑う妻の姿を、彼はどれ程見たかったことだろう。
 奇跡的に、簪には傷ひとつ付いていなかった。男の想いがこれを守っているのだと、千草には思えてならない。
 これを持ち帰れば、きっと彼の想いは届くのだろう。
「‥‥魂の欠片なりと、愛しい方々の下へ帰り着きますように‥‥」
 そう言って千草は、簪を胸に抱く。その傍らで焔騎が、大きな石を積み上げ始めた。
「天ヶ瀬様‥‥」
 焔騎がやろうとしていることを察した月夜が、声をかける。
「俺は悲しむ為じゃなくて、未来へ進む為の弔いがしたい」
 誰も何も言わずに、焔騎の言葉を聴いている。焔騎は石を積み上げる手を一旦止めて、月夜を見上げた。
「彼がこれからの村人の旅の安全を見守ってくれるように、願う事は出来るだろうか?」
 ひっそりと空気が静まり返る中、哲心が進み出る。焔騎の向かいに膝をつき、石を積み上げるのを手伝い始めた。
「俺も賛成だ」
 哲心の行動に、焔騎は無意識に張り詰めていた肩を下ろした。二人の前に立った月夜が、静かに告げる。
「私でよければ‥‥儀を務めたいと思います。彼が彷徨わないように‥‥そして、残された方々に幸が訪れん事を‥‥」
 積み上がった石の前で祈りを捧げ、月夜は酒と塩おにぎりを供える。それにならって、開拓者達は各々に祈りを捧げた。

 連なる悲しみを、いつか断ち切れるように。誰もが、未来に向かって歩み続けていけるように。
 天を覆う蒼い空が、その祈りを静かに見守っていた。