無数の瞳
マスター名:乙葉 蒼
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/10 00:11



■オープニング本文

 日に日に、日の落ちる時刻が早くなってくる。
 秋の実りに満足して、男は収穫に精を出していた。そうして一段落つく頃には、辺りは随分暗くなってしまった。
 男は慌てて籠を背負うと、山沿いの道を歩き出した。いつもならば、少し遠回りの道でも広い道を通って帰る。だけどその日は遅くなってしまったので、急いで家へ帰ろうとしていた。
 ふと、男は足を止めた。それは偶然だったのか、必然だったのか。山肌にある洞窟に、男は目を止めた。
 チキチキと、小さな鳴声が聞こえてくる。その声に男の背中が粟立った。早くこの場を去らなければと思うのに、足は震えるばかりで動かない。
 そうしていると、洞窟からずるりと闇が這い出してきた。うごめく闇には、赤い光が無数に煌いている。
 それは数え切れない程の、鼠の姿をしたアヤカシの対の瞳。
「――――っ!」
 男は声鳴き声を上げて、転がるようにその場から逃げ出した。

 青い顔をしながら、男はその時のことを話した。男には覇気がない。それどころか、小さな集落全体が沈んだ気で満ちていた。
「あの時は何とか見つからずにすみましたが‥‥。皆、アヤカシの巣を警戒してろくに休めていないんです」
 都から随分と離れている集落は貧しく余裕も無いが、心身共に馴染んだこの土地を簡単に手放す事は出来ない。
 警戒したところで出来る事は少ないだろうが、集落の者は自分達の土地を守ろうと必死だった。
 集落を代表する男は、目の前に金の詰まった袋を差し出す。
「大した額ではありませんが、集落で集められるだけかき集めました。どうかアヤカシを退治して、皆を安心させてやって下さい」


■参加者一覧
白眉(ia0453
27歳・女・巫
祁笙(ia0825
23歳・男・泰
アルカ・セイル(ia0903
18歳・女・サ
虚空(ia0945
15歳・男・志
空(ia1704
33歳・男・砂
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
鶯実(ia6377
17歳・男・シ
蔵人(ia7658
28歳・男・陰


■リプレイ本文

 ゆらゆらと揺れる松明の炎が、洞窟内を照らしている。しかし十分な光源は得られず、奥は薄暗い闇が広がっていた。
 今の所は鼠の影ひとつ見かけない。鼠のアヤカシの巣窟はもう少し奥だろうと、鶯実(ia6377)は判断した
「一面の赤い瞳‥‥、ですか」
 想像しただけで鳥肌が立つ。隣に並ぶペケ(ia5365)も同じ想像をしたのか、小さく体を震わせた。
「が、頑張って退治しましょう。集落の人の安心の為に!」
「‥‥そうですね〜」
 意気込んで進むペケに対して、鶯実は曖昧な相槌を打った。自分の力量に見合った依頼を請けただけ、なんて理由をわざわざ言う事もない。
 煙管を燻らせながら、鶯実もペケに続いて歩いた。暗い上に足場も悪く、二人は周囲を確認しながらゆっくりと進んでいく。
 暫く歩いていくと、小さな鳴声が二人の耳に届いた。耳を澄ますと、小さな鳴声は洞窟で反響しているのか、唸りのように聞こえてくる。
 鶯実はそっと、松明を鳴声のする方にかざした。明かりに照らされた小さなアヤカシは、体をビクリと震わせて闇の方へ体を退ける。
 目が慣れてきたのか、闇の中にいるアヤカシの姿も朧気に分かるようになってきた。その姿を目で追う。
 手前から奥の方まで、アヤカシが暗い絨毯の様に敷き詰まっていた。
「ああ、気味わ‥‥」
「‥‥ひゃぁっ」
 淡々と感想を口にする鶯実の横で、ペケが引きつった様な悲鳴を上げる。思わず放り投げてしまった松明は弧を描いて、アヤカシの群れの手前に落ちていった。
 一斉に振り向くアヤカシの姿を、地に転がった松明が浮かび上がらせる。悪寒が背中を駆け上がり、半ば混乱したペケは手を複雑な形に組んだ。
「か、かっ、火遁!」
 落とした松明を巻き込んで、巨大な火柱が立ち上がる。しかし正確な狙いを付けていないそれは、数匹のアヤカシしか巻き込まなかった。
 じり、とアヤカシが詰め寄ってくる。腰を落とした鶯実は、アヤカシの距離を測りながら、呼吸を数えた。
 空気がピンと張り詰める。不意に転がった小石の音を合図に、鼠の姿をしたアヤカシの群れは襲い掛かってきた。
「行きますよ、ペケ君」
「はいぃぃぃい!」
 鶯実は早駆を使い、一気にアヤカシとの距離をとる。ペケもそれに続こうとした。しかし。
 何故かするりと、褌が緩む。慌ててそれを押さえ、ペケも必死に走り出した。松明を落としたペケの為に、鶯実はペケと距離を測りながら先行する。
 一目散に逃げるペケとは違い、時々後ろを振り返る鶯実の眼には、追ってくるアヤカシの姿まで映った。波のように追いかけてくるアヤカシを見ると、正直生きた心地がしない。
(「まだか」)
 出口までが、やけに長く感じた。実は一瞬の事なのかも知れないが、それでも心は逸っていく。
 外の明かりが見えた瞬間、鶯実は松明を岩肌に叩きつけ火を消し、ペケを先に通した。
 洞窟の入り口は狭く、二人で同時に駆け抜けるのは難しい。転がるようにペケが外へ出た事を確認し、鶯実も飛び出した。
「来ますよ!」

 ペケと鶯実が洞窟内のアヤカシ探索を行っている間、洞窟の入り口脇に落ち着いた虚空(ia0945)は、いそいそと作業を始めた。
「何作ってんだぁ?」
 その様子を見て、洞窟の入り口反対側に悠然と立っていた空(ia1704)が声をかける。
「罠を作ろうかと。使い古しの茣蓙と猟で使う鳥糯を、集落の人に分けて貰ったので」
「へぇ」
 顔を上げもせず作業を続ける虚空に気を悪くする事もなく、口の端を上げて空は相槌を打つ。面白がっているのか、見方によってはからかっている様にも見えた。
 ピタリと、虚空の指が止まる。指の先に微かな振動が伝わってきた。体勢を変えて、小さな物音も逃さぬように耳を澄ませる。
 ちらりと空を伺うと、彼の姿は悠然としたままだった。しかしその何処にも、隙が無くなっている。
 振動はやがて足音に変わり、洞窟から二つの影が飛び出してきた。その内のひとつ、鶯実は直ぐに反転すると、足の裏の摩擦で勢いを殺す。
「来ますよ!」
 彼の声が響く。数拍おいて、洞窟の入り口から溢れる様にアヤカシが現れた。
「ヒヒ‥‥来た来た」
「逃がしません」
 既に構えていた虚空と空は、アヤカシの退路と行く手を塞ぐ様に撒菱を撒く。踏鞴を踏むアヤカシに向かって、虚空は罠を投げ入れた。
 茣蓙に塗られた鳥糯がアヤカシの体にまとわりつく。捕まったアヤカシは必死にもがき、他のアヤカシを巻き込んで、罠は見る見るアヤカシを捕らえていった。
「さぁて」
 声と共に、奥の茂みからアルカ・セイル(ia0903)が立ち上がる。アルカは刀をかまえると、アヤカシに向かって突っ込んでいった。
「御萩屋さんの出番といってみようか!」
 高らかな声と共に煌く刃は、次々とアヤカシをはね飛ばしていく。罠にかかったアヤカシは、逃げる事が出来ない恐怖でか細い鳴声をあげた。
 叩き切られたアヤカシは、地面に倒れ少し痙攣した後、その体を崩しながら瘴気へと還していく。
 残されたアヤカシは、統制を失って右往左往と走り回っていた。それを拳に付けた簡素な手甲のみで、地道に叩いている男がいる。
 洞窟内で戦う不利さを心配していた祁笙(ia0825)は、囮役を買ってでた二人に心の中で感謝した。
(「これで俺は、存分に戦える」)
 祁笙はただひたすらに拳を振るい続ける。人々の心に巣食う、不安という影を振り払う為の力を。
 やがて不利を感じ始めたのか、アヤカシは数匹毎に固まって行動をするようになった。その内のひとつが、虚空に狙いを定めて襲い掛かる。
 小さく素早い複数の鼠。一匹一匹を避けるのは訳もないが、絶妙な時間差攻撃に自分のペースを崩される。小さな傷がひとつ、またひとつと増えていく。
 虚空は練力を練り、アヤカシの動きを正確に捉えていく。それは攻撃に素早さと鋭さを与え、次々にアヤカシを打ち落とした。
 アヤカシが小さな山となる。そこへ止めとばかりにアルカが旋風脚を叩き込んだ。
 そうしている間に、祁笙がまた別の群れに囲まれている。いかにもな得物を祁笙が手にしていないせいか、アヤカシ達は動きに余裕を見せていた。
「なめるな」
 そう言うと、祁笙は大きく息を吸い込んだ。開拓者にはそれぞれに、自分なりの形というものがある。形が合わなければ、素晴らしい名工の刀もなまくらになり、形があえば銘なきものが、最高の武器になりえる事もある。
 練力を込めた両手を覆う鉄甲は、次々とアヤカシを叩いていった。

 そんな戦いから離れ、そっと遠ざかろうとするアヤカシも出始めた。
「いけませんよ」
 鈴を転がしたような声で、白眉(ia0453)はアヤカシを窘めた。しかしそのような声に耳を傾ける筈もなく、アヤカシは白眉の前をすり抜けようとする。
「悪い子ですね。‥‥アヤカシを見逃して差し上げるなど、毛頭考えておりませんよ」
 そう言うと白眉は、アヤカシの目の前に小さな火種を出現させた。驚いたアヤカシは足を止めるが、すぐに我に返ったのか白眉に牙をむく。
「おや、困りましたねぇ」
 白眉の常に穏やかな声音が、逆に警戒心を煽ったのか、アヤカシは毛を逆立てて唸り声を上げる。しかし飛び掛った爪は、白眉に届く前に体ごと粉砕された。
「ワタシ、荒事は嫌いなんだがね」
 符を構えていた蔵人(ia7658)は、ひとつ払って残りの符を懐にしまう。
「ふふ。助かりました」
「いや、お役に立てて何より。あと残りのアヤカシは、っと」
 ぐるりと蔵人が辺りを見回すと、最後の一群らしきアヤカシが眼に入った。そして刀を構えた空の姿が。
「これで終わりかぁ? 張り合いがねぇなぁ」
 荒い口調で、空は刀を天に掲げる。燃え上がるように炎を纏った珠刀「阿見」を握りなおし、勢い良く振り下ろす。
 地面を抉るほどの攻撃は、アヤカシの肉を絶ち、骨まで灰にした。


 空と虚空の二人は、心眼を使って打ち漏らしのアヤカシがいないか洞窟内を探索していた。
「他にはいない‥‥みたいだ」
 虚空の言葉に応えるように、空も松明を掲げるが、影ひとつも捉える事はない。
「そうみてぇだな」
 少し残念な口調で、空も同意した。一匹二匹残っていたのなら、それを踏み潰すのもまた一興かと思っていたのだが。
 洞窟内の安全を確認した二人は、入り口へと歩き出す。すると入り口近くの岩壁に、白眉が向き合っていた。
 白眉の指が、さらさらと踊っている。
「‥‥絵?」
 虚空の呟きに、白眉が顔を向けた。顔を扇で隠して、ころころと笑っている。
「ええ、猫の絵ですよ」
 そう言って白眉は、また視線を絵の方に戻す。少し見上げる様にするそれは、かなり大きな絵だった。
「猫、ねぇ」
 これは少し、雄雄しすぎやしねぇか。
 空の呆れた口調に隠した本音を感じ取ったのか、「魔除けにするには、これくらいが良いんですよ」と、白眉はやはりころころと笑う。
 絵の完成まではもう少しかかると聞いて、二人は先に外へ出た。外では残りの仲間が各々に休んでいる。
「これ、あんた気にしてただろ」
 祁笙が手ぬぐいに包んだものを二人に差し出す。包まれていたのは、撒菱だった。
 空は洞窟に入る前に、「後で回収しとくか」と呟いた事を思い出す。
「あー、わりぃな」
「手が空いてたからな。それだけだ」
 気にするな、と祁笙は首を横に振る。すると、どこからか低い声が聞こえてきた。
「ああ、やっとまともな飯が食える。旨い飯‥‥、美人な店員‥‥」
 ぶつぶつと呟いているのは蔵人だった。それを見てアルカが苦笑を浮かべる。
「集落の人への報告が先だけどね。だけどその後でいいなら、おじさんの美味し〜い御萩をこさえようか?」
 アルカの提案に、蔵人の腹が盛大に鳴る。返事は聞くまでもなかった。クスクスと笑いながら、鶯実もついと手を傾ける仕草をする。
「俺は一杯やりたいですね。仕事の後の一杯は格別ですから」
 そうこうやっている内に、白眉が洞窟の中から出てきた。
「皆さん、描き終りましたよ」
 そう言って白眉は、満足そうに笑う。その言葉を聴いて、ずっと隅でごそごそとしていたペケが、すっくと立ち上がった。
「じゃあ皆さん。集落の方々にアヤカシ退治の報告をして、安心させてあげましょう!」
 興奮冷めやらぬ様子で言うペケの両手は、少し緩んだ褌をしっかりと掴んでいた。

 アヤカシ退治の報告に、集落中で歓声が上がるのは、あと少しだけ先の話。