雨続きの山に
マスター名：乙葉 蒼
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| ■オープニング本文 そろそろ、山が燃えるように色付く季節になる。いつもなら見事な景色を見せてくれる筈の窓の外は、生憎と雨模様で煙っていた。 「恭介先生、いつになったら雨が止むの？」 「紅葉狩り、行きたいっ」 長く降り続く雨に退屈を持て余した子供達が、何度も繰り返し不満を呟いている。先日交わした紅葉狩りの約束が果たせていない事も、不満の種になっていた。 「この雨が止まない事にはなぁ」 「先生、お邪魔します」 困惑して呟くと、丁度子供達の母親が、部屋へ顔を出した。 「あ、おかーさん」 「こら、あなた達。あまり先生を困らせないの」 話が聞こえていたのだろう。母親に窘められて、一瞬笑顔を浮かべた子供達は、再び不満気な表情を浮かべた。 「えー、だってぇ」 「すみません、いつも」 そんな子供達をよそにして、頭を下げる母親姿に、恭介は苦笑で応える。 知り合いのつてで、この里の隅に居を構えて半年。好奇心で家を覗きに来た子供達を相手にしている内に、こうして里の人とも交流が出来た。 有り難いとは思えばこそ、子供達のやんちゃは歳を考えれば当たり前で、迷惑と考えた事は一度もなかった。……少々肝を抜かれることはあったが。 「子供達を、いつもありがとう御座います」 「いえ、こちらこそ。……子供達のおかげで、楽しく過ごすことが出来ています」 お世辞でなく応える。子供達が問うことに答えていく内に、自然と先生なんて渾名が付いていた。柄ではないと思ってはいるが、自分の知識を子供達は、目を輝かせて聞き入り吸収していく。そんな風に喜んで貰うことは、意外と楽しかった。 話していると、更に雨音が激しくなっていく。 「……雨、止みませんね」 「ええ。この長雨で、地崩れを起こしている所もあるみたいで。……山が崩れるんじゃないかと心配している人もいるんです」 母親の憂い顔に、自然と口が開いた。 「それは……。私で良ければ、様子を見てきましょうか？」 「そんなつもりじゃ！ 先生、お願いですから山には近づかないで下さいね。危ないですから」 心配を含む声に恭介は頷くと、母親は少し安堵するように表情を緩めた。 「じゃあ、私達はこれで。……ほら」 母親が背を押して促すと、子供達は思い思いに手を振って別れを口にする。 「じゃあ、またね。せんせい」 「さよーならー」 雨の中を去っていく背中を見送ってから、再び入った部屋はがらんとしていて、それほど気にしていなかった雨の音がやけに響いた。未だ止みそうにない雨を見上げて、恭介は呟く。 「それじゃあ、行くか」 その足が向かったのは山だった。今の自分に出来ることはこれぐらいしかない。良くしてくれた里の人達のためにも何か力になれればいいと、常日頃考えていた。山へ行っても、大した事は出来ないとは思うのだが。 雨に打たれ続けている山道は随分とぬかるんでいて、流れている泥水に足が取られそうになる。 「……酷い状況だな」 それでも山にはすぐに崩れてしまいそうな気配はなく、もう少しは保ちそうだった。早く雨が上がり晴れてくれれば、心配も無くなるだろうに。 そう思って空を見上げると、ふと違和感を覚えた。よく見れば、その雨雲の形は妙に不自然で、目を凝らして見つめていると、雨粒を降らす雲の中に、蠢くものが無数見える。 それは雲の中を右往左往していると思えば、動きを止めるものもあり、暫くするとぬっと雲の表面まで現れてきた。その動きに圧されて、雲の中から瘴気が噴き出している。 雲の中から現れたのは、沢山の目玉だった。どうやら小さな群れが寄り添っているらしく、ひしめき合った目玉が、周囲を見ている。 早く逃げろと頭の中で警鐘が響いているが、すっかり竦んでしまった足は、動く気配すらない。しかし少しの身じろぎに、水分をたっぷり含んだ地面が滑り、バランスを崩した拍子に小さな声を上げてしまった。 「う、わっ」 目玉の視線が集中するのを感じながら、崩れた土と一緒に身体は崖の裏へと落ちていく。叩きつけられる衝撃に身構えていたが、上手く崖に生い茂っていた茂みに引っかかって、酷いことにはかった。 しかし安堵するのも束の間で、上空にアヤカシの気配を感じて息を詰める。無数の目玉は地面を舐めるように見ていて、今にも口から出てしまいそうに暴れる心臓を必死で抑えた。 ゆっくりと漂っていたアヤカシは、何も見つけることが出来なかったのか、やがて雨を降らしながら、山の頂上の方へと上がっていく。極度の緊張から解放されて脱力すると、自分と一緒に上から落ちてきた土が、崖の下へと落ちていった。 当面の危機は去ったものの、脅威が無くなった訳ではなく、恭介は辺りを見回した。幸い所々擦り傷はあるものの大きな怪我はなく、ここから先の崖は足場が安定している為、何とか麓まで下りていくことが出来そうだった。 「早く知らせに行かないと……」 この雨も、件のアヤカシが関係しているのかもしれない。そうであれば、待っていても雨が止むことはない。相手は空中に漂っているアヤカシだが、開拓者達には龍など空を飛ぶ術がある。 あの里に危害が加えられるのを、このまま待って見ていることなんて出来ない。報せることが出来ればきっと彼らが何とかしてくれるはずだ。 恭介は雨が降り続く中、打ち身で痛む身体に鞭を打って、崖を下り始めた。 |
■参加者一覧
朝比奈 空（ia0086）21歳・女・魔 
劉 天藍（ia0293）20歳・男・陰 
からす（ia6525）13歳・女・弓 
和紗・彼方（ia9767）16歳・女・シ 
琥龍 蒼羅（ib0214）18歳・男・シ 
劉 那蝣竪（ib0462）20歳・女・シ 
九条 炮（ib5409）12歳・女・砲 
御調 昴（ib5479）16歳・男・砂 |
| ■リプレイ本文 「私が登ったのは、山の中腹位までです」 子供達が登る距離と山が崩れそうな辺りを考えて、中腹当たりを重点的に見ようと恭介は考えていた。それを伝えながら恭介は、紙に簡単な山の地図を書き込んでいく。 「ここから、向こう。山頂の方へアヤカシは飛んで行ったんです」 恭介が指で指し示す方向とこの里の位置を確認して、静かに朝比奈 空（ia0086）は呟いた。 「山の上にアヤカシ……ね」 「里にも近いし、何とかしなきゃな」 劉 天藍（ia0293）が紙上に指を滑らせ、里と山の距離を測る。 「アヤカシがこっちへ向かわないように、気をつけないと」 「恭介先生、大丈夫？」 手当てもせずに、依頼を優先している恭介を案じて、和紗・彼方（ia9767）が声をかけた。 「生徒さんたちが心配するから、あんまり無茶しちゃダメだよ？」 彼方の言葉に、はっと恭介は顔を上げた。 「すみません。でも自分に出来るのは、ここまでなので」 「ううん、知らせてくれてありがとね。後はボクたちに任せてっ」 「……はい」 胸を張る彼方の姿に少し安堵したのか、恭介の表情が微かに和らぐ。その傍らで琥龍 蒼羅（ib0214）が、真剣な面持ちで考えに耽っていた。 「雨を降らせるアヤカシと、以前戦った事があるんだが。それとはまた違う種類のようだな」 「話に聞く分では、闇目玉の亜種の様な気がします。厄介なアヤカシですよね」 しとしとと降り続く雨を見つめて、九条 炮（ib5409）は迷惑そうに眉を寄せる。同じように空を見上げて、御調 昴（ib5479）は雨雲を見つめた。 「雲を纏った目玉のアヤカシなんて、なんだか能力の想定がしにくい相手ですね。……かといって、いつ人が襲われるか分からない状況で、臆病になっている場合ではないですけれど」 二人は顔を見合わせると、重い息を吐き出して俯いた。依頼人の前で不安は見せるべきではないのだが、相手が厄介な存在だと思うと、気が重たくなる。 そんな二人を、蒼羅は無表情で見つめている。その事が二人の気分を更に重くさせた。蒼羅に悪気はないのだが、どんどんと重たくなる空気を払拭したくて、二人は視線を彷徨わせた。 そんな二人を勇気付けるように、空が毅然とした眼差しを向けて、ひとつ頷いて見せた。 「まだ大きな被害は出ていないみたいですし、今の内に片付けてしまいましょう」 「ええ。雨に煙る中の紅葉も風流なのだけれど……、アヤカシが絶景に巣食うとなれば、退治しない訳にはいかないわね」 窓の外に広がる紅葉を、緋神 那蝣竪（ib0462）は眺める。天藍も同じように、赤く染まる山を見た。 「子供達が紅葉狩りを楽しみにしてるなら、尚更、な」 今の季節なら、遠足をするのに申し分ない。そう思うと。 「お弁当を持って行きたい所だな」 「あら。それならお天気の方が素敵ね」 自然と天藍が口にした言葉に、那蝣竪が同意を示す。そしてからす（ia6525）が少し考え込む素振りを見せた。 「茶を手に、静かに楽しもうかと考えていたが。美味しいものを摘みながら、皆で過ごすのも良いかもしれんな」 「うん。アヤカシが降らしてる雨なら、倒せばやむかもしれないしね」 そう言って、雨の様子を見ていた彼方が、天に向かって拳を突き出す。 「それじゃ、皆が楽しみにしてる紅葉狩りの為にも、アヤカシ倒すぞーっ。おー！」 気合十分な彼方の声は、雨の降り続く里に響き渡り、外で待機していた朋友達の耳にまで届いていた。 雨の中、上昇を続ける虎雀は、何度も下をチラチラと伺っている。紅葉を気にして集中できていない様子に、からすはその背の上から話しかけた。 「焦らなくても山は逃げないよ。先ずは仕事を片付けよう」 そう伝えれば、虎雀は眦を上げて、更に上昇していく。雨の中でも漲っている姿に満足を覚え、からすも空の先を見据えた。 高く上がっていく姿を見つめながら、後に続くように空を乗せた黒煉が、空を駆けていく。 「あれは……普通の雨雲ですね」 山頂にかかる雲を観察して、空は違和感のあるものを探していた。レイダーに乗って山頂へ向かう炮も、雲の動きを眺めてアヤカシを見定めていた。 そんな彼女達とつかず離れずの距離を保ちながら飛ぶ凛麗と共に、天藍も周りにある雲を観察する。するとケイトに乗った昴が、凛麗の隣へと並んだ。 「群れがいくつかあるようですから、群れごとに連携されても厄介ですよね……」 そう話す昴の表情に影が落ちる。それを見た天藍は、視線で周りを示した。 「こちらだって仲間がいるんだ。そう簡単に相手の好きな様にはさせるつもりはない。……そうだろ？」 その問いに、昴は何度か目を瞬かせる。 「そう、ですね」 ひとつ息を吐いて、昴が顔を上げる。その瞳からは不安の影が消えていた。 「数が多いのもあるので、近接組が攪乱して遠距離から纏めて攻撃出来る手段で吹き飛ばす、のが一番でしょうか」 昴の提案に応えるように、一番後方を飛んでいた陽淵がひときわ大きく羽ばたき、蒼羅が応じた。 「ああ。妥当な線だと思う」 そう言った蒼羅の手は、自然と己の刀へと伸びて、その感触を確かめている。それを見て昴も、自分の魔槍砲へ視線を移した。 「応射撃戦は出来ますけど、多数相手にっていうのはそこまで得意でもないので、僕が撹乱しつつ誘導を……」 昴が進言すると同時に、上空からからすが声を投げてくる。 「どうやら、向こうから瘴気が流れてくるようだ」 ド・マリニーを手にした彼女は、山の一点を指していた。それを聞いた那蝣竪が、歌娯梅と共に仲間から外れて上空へ向かう。 「私は目が利くから、雨雲の上からアヤカシを見定めてくるわ。確認をしたら、そのまま撹乱に移るわね」 「ボクも行くよ。超越感覚でなら、アヤカシの位置を先に掴めると思うから」 進み出る那蝣竪と彼方に向かって、天藍が声をかける。 「緋神さん、彼方ちゃんくれぐれも気を付けて」 「緋神さんだなんて他人行儀ね？ なゆ、って呼んでくれなきゃ」 ふふ、と悪戯っぽく微笑みかけると、天藍が音を立てて硬直する。 そのまま先を進む歌娯梅と天舞の姿を見て、昴は唇を引き結んだ。 「僕も行きます！」 昴の気持ちを汲み取ったのか、ケイトは力強く羽ばたくと、一気に群を飛び抜けていった。 雨雲の上から、那蝣竪は歌娯梅と共に、慎重にアヤカシの姿を見定めていた。 「あれね」 瘴気に覆われた目玉が、群れて蠢いている。今は巨大な一塊になっていた。 「準備はいい？ いくわよ」 那蝣竪の声を合図に、歌娯梅はアヤカシの前に姿を見せた。目玉の視線が、一気に集まる。その一部から、思念の刃が放たれる。 「くっ」 その攻撃で歌娯梅が怯んだ隙に、アヤカシは彼女達を取り囲むように動き出す。 「なゆ姉！」 那蝣竪達に一番近づいていたアヤカシに向かい、天舞が翼を力強くはためかせて、突風と共に衝撃波を放つ。それで出来た隙間を潜り、歌娯梅はその場から離れた。 「させません！」 再び一塊になろうとしているアヤカシに、昴とケイトが高速で飛行しながら、風を纏ってアヤカシに突撃する。 「ほらほら、こっちだよー出ておいでー」 仲間から外れた小さな群れを挑発するように、彼方が挑発し、天舞は誘い出す。 「うわーー目玉だらけ……。ちょっと怖いというか嫌な見た目……」 思わず愚痴を零しながら、彼方は天藍に視線を送る。 「凛麗」 彼方の合図と、天藍の呼びかけに凛麗が動く。そして離れたアヤカシに向かって天藍は雷撃を走らせた。 雷に打たれてアヤカシは痙攣すると、その姿は瘴気に転じて、まとっていた瘴気と共に一気に霧散した。 「逃げない……。強く、ならないと」 自分を戒めるように呟き、昴はアヤカシの群れを引き離すように、魔槍砲を打ち込んで威嚇をしている。アヤカシの意識は、すっかり昴とケイトに集中していた。 「流石に多いですね……先ずは頭数を減らしますか」 それを見つめていた空と黒煉は、アヤカシの外側から距離を詰めていく。黒煉が大きく翼をはためかせて、物凄い速さでアヤカシの懐へと入り込んだ。 そして完全に息をあわせた空が、自身の周囲に真空の刃が混じった竜巻を召喚する。その竜巻が一挙に手アヤカシを薙ぎ払った。アヤカシの群れの一部が弾けるように瘴気になって、風に流れていく。 空がその場を離れるのを確認して、からすは機械弓を構えた。 「雲や霞は不味かろうが、瘴気であれば話は別だろう『天狼星』？」 からすの声と共に、精神力を込めた矢が放たれる。矢は衝撃波を放って、周囲のものを薙ぎ払っていく。それに耐えた目玉のアヤカシは、ぶるぶると震えていた。目玉はかっとからすと虎雀を見据えて、思念の刃を繰り出した。 虎雀はあえて避けようとはせず、精神を高ぶらせてアヤカシに向かっていく。 「虎雀、『暴れてよいぞ』」 からすの声に、満足そうにうなり声を上げた虎雀は、アヤカシに向かって鉤爪を繰り出した。からすもアヤカシから目を離さずに、次の攻撃への準備を手早く済ませる。 そして那蝣竪は、砲撃の射線上に誰もいなくなった事を確認して、魔槍砲の宝珠に練力を加えた。アヤカシに向かって砲撃を放つ。その余波による衝撃波でが、周辺のアヤカシをもなぎ払った。 「……仕掛けるぞ、陽淵」 それまで静観していた蒼羅が、刀に手をかけた。陽淵は上空へと飛び上がり、そして一気に下降を始める。 「斬竜刀……、抜刀両断」 鞘に収まった刃が、一瞬の虚を突いて素早く閃く。その後、刀は何事も無かったかのように素早く鞘へと収め、陽淵は錐のようにくるくると下へ降りて行ったかと思えば、鋭い旋回で再び浮上した。 散り散りになる目玉達を、今度は昴が両手に構えた魔槍砲で、狙い撃ちにしていく。目玉に弾が当たる度に、目玉は弾けて瘴気に変わっていく。 その間に天藍は、小さな式を飛ばしていた。小さな式は、からすの体の一部となって、傷を癒していく。 「これでよし」 「すまない」 からすは天藍に礼を言うと、虎雀と目配せをする。まだ虎雀の目には、闘争心が燃え上がっていた。 「さあ、もう一度派手に行こうか」 からすの言葉に、虎雀が吼える。再び虎雀は空高く舞い上がり、アヤカシに向かって鉤爪を突き立てた。 もうアヤカシは殆ど残ってはいない。それでも悪あがきなのか、アヤカシはぶるぶると震えながら、刃を放つ。 「この程度……ですか？」 攻撃を受け止めた空が、冷ややかな声音で問う。 そしてそのまま、黒煉へと話しかけた。 「――黒煉、やりなさい」 空の声に応えて、黒煉が爪を鋭く振るって、放った真空の刃が一瞬にして、アヤカシを切り裂いていく。そして空も手をかざして呪文を唱えると、鋭い氷の刃を槍や矢のようにして放った。氷の刃はアヤカシに突き刺さると炸裂し、切り裂きながら激しい冷気を発していく。 「えいっこれでどーだっ」 群れの隅でよろめいているアヤカシに向かって、彼方がクナイを投げつける。彼方の手を離れたクナイは、更に加速して、アヤカシが避ける間もなく突き刺さった。 すっかりアヤカシの数が少なくなって、次第に視界が良好になってくる。そんな中、この場を離れようとしている、アヤカシの小さな群れがあった。 「逃がしはしませんよ」 炮が逃げるアヤカシに向かって、魔槍砲を向ける。彼女が足止めをしている間に、陽淵が風を切る速さで、アヤカシに追いすがっていく。 「――……っ」 蒼羅が静かに息を吸い込むと、彼の持つ刀が、梅の香りと白く澄んだ気を纏う。閃く刃は瘴気を浄化しながらアヤカシに突き刺さり、その姿を完全に消滅させた。 僅かに残るアヤカシも、逃がす訳にはいかない。歌娯梅と凛麗が、力の限りの速さで追いかけていく。 「さあ、観念しろ」 天藍が叫ぶ。彼の操る怨念の放つ呪いの悲鳴が、アヤカシを苦しめる。 「これで、おしまいよ」 那蝣竪の声が、終わりを告げた。彼女は言い終わると同時に印を結び、放たれた雷の刃はアヤカシの体を貫いて、その姿を微塵も残さなかった。 炮とレイダーが、かすかな警戒を見せつつ、山頂付近を飛行していた。 「もう、アヤカシはいないみたいですね」 「そうですね」 別の場所を見回っていた空と黒煉が、隣に並びそう告げると、炮は安堵の息をつく。 「みんな無事で良かったです」 そう言って、昴は周りを見回した。さすがに無傷とはいかないが、みんな大きな怪我はしていない。里にも被害を出さずに終わることが出来て、昴は大きな荷物を下ろして、ひと心地つけた気分だった。 「行くか、陽淵」 蒼羅の声を皮切りに、それまで静かに飛んでいた陽淵が、空の中を泳いでいるかのように飛び回りだした。戦闘中も飛び回っていた陽淵は、まだその時の興奮が収まっていないのかもしれない。 それを眺めながら、からすは手にした報告書に筆を滑らせた。紙に、崩れた道などの見つけた危険箇所を、書き加えていく。その様子を伺いながら、そわそわしている虎雀に、からすは微笑んだ。 「これが終わったら、満足するまで紅葉を見ようか。雨に濡れた紅葉もまた、いいものだよ」 からすの言葉に、虎雀は嬉しそうに喉を鳴らす。すると歌娯梅がばさりと、ひとつ羽ばたいた。その背の上で那蝣竪が、眩しそうに手を翳している。 「雨が止んだわ……」 雲の隙間から、陽光が降り注いでいた。紅葉に滴る雨粒が、その光を弾いて輝いている。薄絹の幕を払うかのように、紅葉が一際鮮やかになった。 その光景に那蝣竪だけでなく、天藍と凛麗も、すっかり心を奪われていた。 「戦いの疲れも、どこかへいってしまいそうね」 「ああ」 天藍の声を聞きながら、那蝣竪は歌娯梅の首を撫でて労わる。 「おっと、早く依頼人や村人に知らせないと」 そう言って天藍は、里の方へ進路を向けた。 「子供達が出掛ける日は、良い天気になるといいな」 「ボクお祈りしておくよ、天気にしてねって」 天舞から身を乗り出して、彼方が告げる。そして二人は視線を交わすと、山の方へ降りていってしまった。 「彼方ちゃん？」 「こんなに綺麗だから、紅葉の葉、お土産に拾ってくるっ。天にぃ、先に行っててー」 段々と小さくなっていく姿を見送りながら、天藍はその場に留まっている。そしてそれは、他の仲間達も同じだった。 「喜んでくれるといいですよね」 炮の呟きに、空の穏やかな声が応える。 「ええ、きっと」 その声に温かさを感じて、炮は笑顔を浮かべた。 ゆっくりと太陽は傾き始め、山と赤さを競うように空を染め上げていく。 赤く染まる世界は、明日は青空になることを予感させた。 |
