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■オープニング本文 山の木々が、少しずつ色付いてきている。赤や黄色になった木を見上げながら、彼方 翔(iz0098)はしみじみと呟いた。 「すっかり秋だなぁ」 「それ、何度目?」 呆れたように、隣に並んで歩く律人が応えた。その手には弁当の包みを抱えている。二人はこれから、山の畑に向かったお爺さんへ、弁当を届けに行く所だった。 幼馴染みの姉貴分、かすみに声をかけられたのは、つい先ほど。 「翔、律人。ちょっと」 笑顔で呼びかける姿に悪い予感がするものの、無下に扱えば後で何をされるか分からない。二人は顔を見合わせると、手招きをしているかすみの元へ向かう。 「丁度良かった。これをお祖父ちゃんに届けて欲しいのよ」 かすみは翔の胸に、小さな包みを押し付ける。どうやら弁当らしいその包みは温かかった。 「爺さん、弁当を忘れていったのか?」 それにしては作りたてのように感じる弁当に訝ると、何かに思い至ったのか律人が顔をしかめた。 「例の畑、だよね」 「へ、なに、何?」 一人分からない翔が、二人の顔を交互に見る。呆れたように説明したのは律人だった。 「最近、畑が荒らされてるって話、聞いてなかった?」 「あー、そうだっけ?」 「もう少しでいいから、人の話を聞こうよ」 律人の言葉を、翔は明後日の方を見ながら笑って誤魔化す。いつもの事なので、律人もそれ以上は言及しなかった。 「それで、荒らされるって?」 「お爺さん、今でも山の畑へ行くだろ。‥‥つまり弁当を届けがてら、護衛をして欲しいと」 「ちょ、かすみ姉。いくら俺が開拓者だからって、ついでに、なんて人使い荒いっ」 「まあ、弁当の方は口実なんだろうけど」 ため息をつく律人に向かって、かすみはカラカラと笑ってみせた。 「嫌ぁーねぇ。そこまで言ってないじゃない。ちょっと様子を見てきて欲しいってだけよ」 実質、護衛に代わりない。 ニッコリと笑って見せたかすみを思い出して、翔は渋面をつくる。そんな翔を見て、律人は苦笑を浮かべた。 「何? 律」 「どうせ知ったら、かすみさんが言わなくても自分から首を突っ込むくせに」 「‥‥放ってなんて、おけないだろ」 「翔だから、ね」 含み笑いをする律人に、翔は頬を膨らませる。 「かすみ姉も律も、いっつもそうだよなぁ」 「早く行こう。お弁当だって、冷めてるより温かいほうが良いに決まってる」 「あ、律。待てよっ」 相変わらず笑いながら先へ進む律人を、翔は慌てて追いかけた。 久しぶりの山道は、酷い違和感があった。少し歩けば、直ぐに原因が分かる。山全体が、息を潜めている様に静かだった。 「これは‥‥」 「急ごう」 呟く律人を、翔が急かす。爺さんの居る畑は、もう目と鼻の先だった。 嫌な予感というものは、何故か的中しやすい。二人が向かった先には、倒れている一人の老人の姿があった。 慌てて駆け寄った翔が、老人を抱き起こす。その瞼が震えるのを見て、顔を覗き込んでいた律人は大きく息を吐いた。 どうやら、気を失っていただけらしい。様子を伺いながら、律人が老人に声をかける。 「お爺さん、大丈夫ですか?」 「‥‥う、ん‥‥。律と‥‥翔か。どうした、そんな顔をして‥‥」 老人は状況が把握できていないのか、どこかのんびりとしていた。たまらなくなって、思わず翔は声を荒げる。 「それはこっちの台詞だっての。‥‥十年は寿命が縮んだぞ‥‥っ!」 しかしそこは年の功か、老人は飄々としていた。 「十年なら、まだまだじゃあないか」 「そーゆー問題じゃないだろ‥‥」 がっくりと肩を下ろす翔を一瞥して、律人が老人に問いかける。 「何があったんですか」 「ああ、あそこからあいつらが畑に近づいてきて‥‥」 思い出したのか、頭を振った老人の顔がさっと青ざめる。老人が指をさした方向には、複数の狼のものと思われる足跡があった。その足跡には微かな瘴気が残っている。 アヤカシがこの場所に現れた。その事実に気が付いて、翔が青ざめる。 「まさか‥‥そのアヤカシに向かっていったのかっ」 「何を言う。畑を荒らされて、黙って見てられる訳ないだろう。逆に蹴散らしてやろうと思ってだなぁ‥‥」 当然の事の様に、老人は息を巻く。二人は思わず言葉を失った。それを知ってか知らずか、老人は豪快に笑って話を続ける。 「踏み出したら驚いたのか、彼奴等は逃げていったさ」 「じゃあ、どうして倒れて‥‥」 聞く事も恐ろしいが、翔は恐る恐る問いただす。老人はきょとりとした顔で答えた。 「その後に滑って転んでの」 あんまりな答えに、二人はガクリと肩を落とす。しかし同時に安堵もした。 「‥‥怪我がなくて良かったですね」 「今回はそれで済んで、良かったよ‥‥」 もしアヤカシに襲われたなんて事になっていたら、笑い事にもならない。気を取り直して、翔は律人に視線を向けた。 「律。爺さんを村まで連れ帰ってくれ」 「分かった」 二人の言葉を聞いた老人は、慌てて立ち上がって腕を振り回す。距離を取った若者二人を眺めて、腰の両側に手を当てて主張した。 「わしゃ平気じゃ。畑もこのまま放っておけん」 昔から意固地な所がある老人に、翔は困惑して眉尻を下げた。 「爺さん、聞き分けてくれよ。‥‥多分、アヤカシは戻ってくる」 獣は群れるものだ。アヤカシと言えど獣の姿をとっているなら、その習性も同じく持っていると考えた方が良い。 むしろ直ぐに撤退した事を考えたら、先に姿を見せたのは偵察の役割をしている可能性が高かった。 ここに残るのは、非常に危ない。 問答をしている時間も惜しい。そう思っている矢先、三人の耳に狼の遠吠えが届いた。声は、近い。 「仕方、ないのぅ‥‥」 「ここは俺に任せてくれ。爺さんを頼むぞ、律」 「うん。応援を呼んでくるから、そっちこそ怪我をしないでよ」 そう言って、律人達はその場を後にする。暫くすると、アヤカシ気配が近づいてきた。翔の前にアヤカシが姿を表す。その数は。 「五匹‥‥か。少し分が悪い、な」 しかしここで畑を荒らされる訳にはいかない。今は兎に角、応援が着くまで持ち堪えればいい。それが出来れば勝機はある。 集中するために、翔は大きく息を吸い込む。そしてアヤカシに向かって、武器を構えた。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
紅 舞華(ia9612)
24歳・女・シ
ティエル・ウェンライト(ib0499)
16歳・女・騎
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
山奈 康平(ib6047)
25歳・男・巫
巳(ib6432)
18歳・男・シ |
■リプレイ本文 律人の状況説明を聞いて、ゼタル・マグスレード(ia9253)は呆れた声を出した。 「アヤカシに一人で立ち向かっていった‥‥? 全く無謀に過ぎるな」 「しかし今は収穫の季節だ。折角この時期まで大事にしてきた畑を、アヤカシ如きに荒らされたくは無いだろう」 取り付く島もない言い方に、紅 舞華(ia9612)が口を挟む。同時に山奈 康平(ib6047)も舞花に共感を示した。 「俺も小さな土地を拓いて畑にしていた。爺さんの気持ちはよく分かる」 「‥‥胆力は開拓者並みのご老体だと思っただけさ。どちらにせよアヤカシは、このまま逃げ帰りはしないだろう」 ゼタルは視界の端で律人を捕らえる。足止めに残った彼方 翔(iz0098)の事を思っているのだろう、顔色が優れない。その心中を滋藤 柾鷹(ia9130)も推し量っていた。 「‥‥本当に放っては置けぬ御仁だ。危なっかしくて、つい手を貸したくなる」 その声に、老人が伏せていた顔を上げる。翔のそんな性格を、幼い頃から目にしてきた。 「儂は‥‥意地になりすぎて、見失っておったか」 翔の身に替えなどないというのに。小さくなった老人の背中に、ぶっきらぼうな央 由樹(ib2477)の声が届く。 「ようはどうかなる前に、全部片してまえばええんやろ」 声音とは裏腹に、由樹の言葉は老人を励ますものだった。父母を早くに亡くし祖母に育てられた由樹に、今の老人の姿は見ていられないほど痛々しい。その横顔をへらりとした笑顔で、巳(ib6432)が見ていた。 「‥‥なんや?」 「べっつにぃ?」 含み笑いをする巳を、由樹が睨み付ける。しかし巳はけらけらと笑みを深くするばかりだった。 「おー、恐っ。怖い顔がもっと怖くなったわ」 気にしている事を指摘されて、由樹が言葉を失う。二人がそんなやりとりをしている間にも、話は進んでいた。 ティエル・ウェンライト(ib0499)が、息を巻いて言う。 「おじいさんの為にも、翔さんと畑の両方を守らないといけませんんね! ‥‥私たちにお任せください!」 後半は、老人に向かって話しかける。ティエルに負けじと、天河 ふしぎ(ia1037)も声を張り上げた。 「そうだよ。お爺さんの大事な畑は、僕達が絶対守るから‥‥!」 仲間の勢いが増す中で、柾鷹が老人と律人の二人を静かに見詰める。 「皆、あのように言っているが、今はお二人共に怪我が無くて何よりだ‥‥。律人殿、ご隠居殿を宜しく頼むぞ」 「はい。こちらこそ‥‥宜しくお願いします」 心配で仕方ないだろうに、気丈に振る舞う律人に向かって柾鷹は頷いた。一息ついたところで、舞華が口を開く。 「事が事だ。シノビは先に急ぎ向かった方が良さそうだな」 「うん! アヤカシの好きには絶対させないんだからなっ」 その場で足踏みをして、ふしぎは自分の足の調子をみる。逆に何の気負いを見せない巳は、由樹の視線に気が付くと、笑みを浮かべたまま大丈夫だと身振りで示した。 「私達もすぐに追いかけます」 「足場が悪いと言っていた。互いに気をつけよう」 ティエルと康平に送り出され、シノビ達は風のように駆けていく。残される側の律人達に、ゼタルは向き合った。 「今から畑は戦闘域になる。決して近づかない様に」 二人からは肯定の意思と、祈るような眼差しが注がれる。 「こちらも急ごう」 柾鷹に促され、ゼタルは律人達に背中を向けながら呟くように言った。 「按ずるな。僕達が来たからには疵ひとつ付けさせはしないさ」 翔は視界の上方に、上飛びかかってくる狼の姿を捕らえた。 「っ、ぐ」 襲いかかる爪を武器で受け止めてはじき飛ばす。じりじりと狼達は距離を詰めていた。翔の後ろは老人の畑。これ以上近づけさせる訳にはいかない。 緊迫する空気の中、ひとつの声が聞こえた。 「よう、助けは必要か?」 駆けてきた勢いを殺すために巳は足の裏を地面でする。砂埃をあげながら止まった巳はにっと唇の端を上げて見せ、翔は思わず安堵の息を吐いた。緊張が緩んだその隙を狼達が見逃す筈が無い。 しかし狼達はたたらを踏んだ。翔と狼の間に舞華が割って入っている。 「ここは私達に任せて一旦下がれ」 「でも」 「後から巫女が来るから回復を」 そう言われて翔は言葉を飲み込んだ。傷だらけの自覚はあるのか、悔しそうな顔をしながら黙って下がっていく。 「お待たせっ、僕達が来たからにはもう大丈夫だからっ!」 翔の横をすり抜けていったふしぎは難なく畑の段差を上がり、狼達の地理的な優勢を削ぐ。睨み合っていると笛の音が響き、反対側の端に回り込んだ巳が狼達をからかうように笛を口にしていた。 「さーて、追いかけっこの開始だぁな。どっちが追いかけられる側か、よく思い知るといいさ」 巳が浮かべる飄々とした笑みをどう捉えたのか、狼達は姿勢を低くして苛立ったように唸り声を上げていた。 道の悪さに気をつけながら走っていた康平は、隣を走るティエルを見た。彼女は狼の気を引く為に、手にした槍で茂みや木を鳴らしながら走っている。意外と器用だが、しかし。 「総員、突撃! とつげ―――き!」 それは少し違わないかと、康平は首を傾げる。まあ本人は至って真面目に叫んでいるのだからいいかと思い直しているうちに、件の畑に着いた。 「ご無事ですか? 助けにきましたよ!」 ティエルは槍を構え直すと翔と舞華の横を駆け抜け、その奥の狼の元へ突撃した。 「ぁぁぁあ!」 ティエルの槍が狼の胴を掠める内に、柾鷹とゼタルも駆けつける。 「遅くなってすまんな。‥‥大丈夫か?」 「ああ。これ位どってことないって」 翔は柾鷹に向かい気安さで強がりを言うが、負傷の程度を調べていたゼタルに傷口を軽く触れられた。 「いっ、だぁ!」 「やっぱり、軽い怪我ではないよ。治癒して貰うと良い」 ゼタルが指し示めすと、傍らに座った康平に翔は首を横に振る。 「俺は良いから、皆に」 「爺さんが心配してましたよ。それを見たらどう思うか」 言葉に詰まり大人しくなった翔に、康平は風の精霊の力を借りて怪我を癒やしていった。 「悪い」 「俺は俺のやるべき事をするだけだ。‥‥恐らく、周りもな」 康平の視線の先、ティエルは唸りながら向かってくる狼の鋭い牙に襲われながら、十二分に引きつけている。 「これ以上、畑には近づけさせませんよ!」 「さあ、こっちだ」 ティエルよりも畑から離れた場所に柾鷹は立ち、大地を響かせるような雄叫びが狼達の視線を集めた。苛立ちを隠さずに柾鷹に向かって駆けだす一匹の狼の、隙だらけの体躯を冷静に見つめ長巻を振り下ろす。切っ先に炎の幻影が浮かび上がった。 柾鷹の一撃で狼が怯んだ隙を狙い、ティエルが体当たりのように相手の体に槍を突き刺す。情けない鳴き声を上げて狼の姿は瘴気へと転じた。その間に山裾の方に移動したゼタルは、柾鷹に意識を向けている狼に式を放ち、幽霊の姿をしたそれに呪いの声を脳内に直接吹き込まれた狼は、狂ったように鳴き声を上げる。 その背後に回り込んだ由樹は、指に多くの苦無を挟み狼の首に首に向かって投げつけ、次々と急所に刺さる苦無に狼は為す術もなく絶命する。 「畑ちゅうんは、ここまで育てるのに時間も手間もかかるんや。‥‥お前らが簡単に荒らしてええもんとちゃうで」 由樹が言い終える頃には、狼の体躯は瘴気へと変わっていた。 次々と狼が倒れていく中でゼタルは司令塔となる狼の存在を探していた。このアヤカシが見かけ通りに狼に似た習性を持つのなら、それなりに統率された狩りを仕掛けてくると考えられる。 そしてそれは一番奥にいた。攻撃を仕掛ける狼達を一望するように陣取っている狼の姿にゼタルは再び式を放った。己のリーダーが攻撃を受けている事に気が付いて、その傍らに控えていた狼がゼタルを狙う。体を掠めた爪に表情を歪めると、獣の表情に余裕を感じて、ゼタルが小さく唸る。そのとき風が動いた。 感覚を研ぎ澄ました巳の聴覚が、狼の足の動きを捕らえ行動を先読みする。巳の忍刀が吸い込まれる様に狼の腹に突き刺さり、痛みに狼がのたうった。今なら、リーダー格の狼を囲う三下がいない。ふしぎは疾走しながら霊剣を振りかざした。 「この土地を大事な畑に切り開いた、お爺さんのその苦労や思いの為にも、お前達の好きにはさせないんだぞっ! この一太刀で、再び瘴気に帰れっ」 切りつけられよろめく狼に、間髪入れずに今度は急所に刃を突き立てて、捻り抜く。狼は痙攣すると、瞬く間に瘴気となって散った。 狼が次々と倒されていく状況と仲間の様子を康平は見渡す。すると仲間が狼を引きつけていてくれるからか、僅かに体躯を丸めているティエルの姿があった。 「大丈夫か?」 声をかけ怪我の様子を見て、康平は傷の治癒を行う。 「ありがとうございます。ちょっとやられてしまいました」 ばつが悪そうにティエルが笑みを浮かべる。痛みが徐々に引いていき癒えていくのを感じると、ティエルは顔を上げて掴む槍に力を込めた。 「あと二匹! 絶対に負けられません!」 「そうだな」 どこからともなく、同意する舞華の声が聞こえる。ティエルが注意深く周りを見渡すと、舞華は狼の背後に物音立てずに回り込んでいた。正確に急所を狙った刃が引き抜かれると、その体から瘴気が吹き上がり、そのまま萎むように狼は体を崩した。 残る狼は一匹。漸く己の不利を悟ったのか、忙しなく視線を彷徨わせ狼は逃げを打つがそれを仲間が許すはずもなく、ゼタルは狼の逃走を遮るように黒い壁を召喚した。地面から出現する黒い壁に行く手を遮られて、狼はおろおろと足踏みをする。 「‥‥そこは通行止めだ。僕は背を向ける敵に、容赦する気はないよ?」 そうゼタルに宣言されても往生悪く逃げ惑う狼の前に、柾鷹が立ちはだかった。 「これで終わりだ。‥‥焔と共に消え行くが良い」 振り上げた刃が炎を纏い、狼の体が瘴気となって消えたのは一瞬後の事だった。 「翔!」 声がした方を振り返ると、律人と老人が一緒に歩いてきた。 「な、お前ら、何で来てるんだっ」 「どうしてもって言うから‥‥」 律人が視線で示すと、老人は翔の体を確かめるように触った。 「無事じゃな。‥‥良かったわい」 心から安堵する老人に、康平が声をかける。 「爺さん。畑が大事なのはよく分かる。‥‥今は翔の身を案じて来たんだろうが、それでも無茶だ。まだケリがついてなかったら」 想像すらしたくはない。この年では人の言う事は聞き難いかもしれないが、それでも一言言っておきたかった。 「世話をする爺さんがいなくなったら、畑は荒れる一方だ。あまり、無茶はしない方が‥‥」 「‥‥そうじゃな」 萎れるように老人は俯いた。そこへ狼を討伐した後、姿が見えなくなっていた由樹と巳、舞華が姿を現す。 「おー、いつの間にか爺さんがおる」 けらけら笑う巳に嘆息して、由樹がちょいと外を指で示した。 「周り見てきたが、もう他のもんも居らんみたいやで」 「お爺さんが来たなら丁度良い。良ければこれを」 警戒のついでに集めたのだと、舞華が木の実や茸を渡す。ほう、と受け取った老人は感嘆の息を吐いた。 「爺さん、反省はどこ行ったよ」 翔が呆れていると、すっとゼタルが申し出た。 「ご老人。見ての通り、狼は一掃し終えた。あとは‥‥周囲の修繕や畑仕事を手伝おうと思うが、どうかな」 「収穫以外でも、畑の周りの囲いを作るか、修繕を手伝うとか、石、根が邪魔とか、草取りとか虫取りとか、土作りとか、収穫後の野菜屑を埋めるか焼くとか‥‥」 やれる事をひとつずつ康平が言い上げていく。 「私も! 自宅で畑耕したりしますし、力仕事はお任せ下さい!」 ティエルが意気込むと、ふしぎも負けじと加わった。 「僕も畑仕事手伝うよっ」 そして二人は和気藹々と、畑仕事に向かう。 「わぁ、やってみると結構大変だ‥‥」 「でも、額に汗して働くのは良いものですよ!」 「うん! こんな畑を作れるお爺さんって凄いや!」 そんな様子を眩しそうに眺めていた老人の傍らに、由樹が立った。 「なんか必要な事あれば、遠慮無く言うて下さいね。俺も小さい畑みたいなもんが家にあって‥‥せやからこういうんはちょっとですけど、得意なんですよ」 「いや、十分良くして貰っている。有り難うなぁ」 破顔する老人に頷いた由樹は、木の上にいる巳に視線を向けた。 「己はそこで何してんねん。暇しとるなら鍬でも持って手伝えや」 「んー?」 ひょいっと巳が降りてくる。 「え? 鍬? ‥‥あー、これのことか?」 に、っと笑って差し出してきたものは。 「そうそう、それ‥‥って煙管ちゃうわあ!」 スパ―ンと、由樹がいつの間に手にしたハリセンで、盛大に叩く。しかし大した痛手にはならずく、巳は老人が広げている弁当に指を伸ばしている。 「お、やっぱ手作り料理ってのは美味いな」 「お前なぁ‥‥」 けらけらと笑う巳に、由樹はがっくりと肩を落とす。そんな二人のやりとりを、仲間達は笑って見守っていた。そこへ再び姿を隠していた舞華が顔を出す。 「盛り上がってるな」 「うん」 「森の方に鳴子を仕掛けてきた。アヤカシの他にも、猛獣がいるかもしれぬし」 この先何かあっても鳴れば逃げられるだろう、と呟く。舞華の心配りを有り難く思っていると、柾鷹が怪我の具合を訪ねてきた。 「このくらい平気、平気!」 全く堪えていない翔に、柾鷹は苦笑を浮かべる。 「やはり彼方殿は苦労人というか‥‥助けずに居られぬ性格なのだな。これからも協力に馳せ参じよう。‥‥宜しく頼むな」 差し出される手を見ていた律人は、この人も苦労人なんだろうなと密かに思った。 「ああ。俺も皆が大変なときは、すぐに助けに行くからな!」 繋がった掌と、周りにある爺さんと律人と仲間達の笑顔。それが凄く嬉しくて、翔はとびっきりの笑顔を見せる。 これが守れるなら、どんな傷だって痛くなんてない。翔はそう思った。 |