【鬼灯祭】鬼の依頼
マスター名:乙葉 蒼
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/28 19:18



■オープニング本文

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 しんしんと、降りそそぐ白い雪。
 渡鳥金山の高嶺に、うっすらと雪化粧。
 吐息が白く曇る頃になると、人々はにわかに活気づく。
「今年もこの時期がきたねぇ。さぁ、みんな。鬼灯籠をめいっぱい飾ろうじゃないか」

 ここは五行結陣が東方、山麓の田舎里。
 かの名を『鬼灯』と人は呼ぶ。

 かつて人々は里の裏山‥‥渡鳥金山を『しでのやま』と呼んでいた。
 要は『死者がこえていく山』すなわち『あの世』を意味する。所々魔の森の侵食を受ける山脈は常人達から恐れられ、行商人や旅人が山を越えていく『山渡り』は命がけと言われている。
 そんな過酷な場所だからか。

 鬼灯の里では、山で命果てた者を「鬼になった」とよく例えた。
 アヤカシの鬼という意味ではなく、飢えた死者の魂という意味である。供え物をして供養してくれるのを待っているとされ『餓鬼』の字をあてた。鬼は常に飢えている。食べ物を見つけても火に変わる‥‥そんな哀れな鬼の供養に、現世で炎を燃やせば、あの世で炎は食べ物にかわるだろう、という眉唾な話が広まった。
 人々は供養の為、提灯に火を灯して供物とし、鬼面を被って来たる鬼をやり過ごす。

 そんな土地の風習は、いつしか鬼と共に宴を楽しむ祭、へと変化を遂げた。
 厳しい冬ごもりの前に、鬼に怯えず皆一緒に昼夜を騒ごうではないか‥‥
 里の人々は、鬼面の描かれた提灯『鬼灯籠』を飾りに飾った。
 出かける者は、大人も子供も、赤か黒の鬼面を被る。
 誰が鬼か、誰が人か。
 祭の間は、区別もつかぬ。
 さあ‥‥飲んで食べて、歌って踊れ。鬼灯祭が始まった。

 * * * *

 無数に散らばる温かな光。鬼面が描かれた灯籠が、里を照らし続けていた。
「よいしょ」
 短くなった灯籠のろうそくを、由羅は丁寧に交換していく。
 炎を絶やすわけにはいかない。鬼の心が満たされるように祈りながら、由羅は新しいろうそくに火を点した。
 そうして、どれ位経っただろうか。不意に木がザワザワと揺らめいた。空気が湿っぽいのか、どこか重たく感じる。
「?」
 不穏なものを感じて、由羅は周囲を伺った。すると、ゆらりと光が視界の端を掠める。灯籠が、ひとりでに動いていた。
 もしかして鬼が出たのか。由羅が身構えていると、灯籠を持つ影が瘴気を放つ。それは鬼灯祭における鬼、死者の姿ではない。由羅の目の前にいるのは、同じ鬼でも、アヤカシの赤小鬼だった。
 5匹の赤小鬼は群れて徘徊している。驚いた由羅は自分か持ってきた灯籠を置いたまま、近くの薮に身を潜めた。震えが酷くて声もまともに出せそうにない。
 しかし叫び声も出なかったのは幸いかもしれない。アヤカシは由羅の存在に気がついた様子はなかった。
 ゆらり、と他の炎も動いていく。灯籠が気にいったのか単なる嫌がらせなのか理由は分からないが、どうやらアヤカシによって灯籠が運ばれているらしい。
 すると、薮の中から様子を伺っている由羅の元へ、一匹のアヤカシが近づいてきた。緊張で心臓が跳ね上がる。
 アヤカシは置きっぱなしの灯籠を眺めている。そして左右を見渡してからひょいとそれを持ち上げた。そのまま灯籠は持って行かれてしまう。
 その時、由羅は自分の頬に手を当てた。今は鬼面を被っていない。作業の邪魔になると思って、鬼面は置いてきてしまった。
 鬼灯籠を奪われたら、どうすればいいのか。帰り道だけなら鬼に遭遇する事もないかもしれない。だけど、あの灯籠に願いを託すつもりだったのに。
「‥‥罰が当たったんだ。お母さんとずっと一緒にいたいなんて思ったから」
 昨年亡くなった母の気配を、祭の間に感じる事があった。もし母が帰って来ているのなら、会いたいと、ずっと傍にいて欲しいと思ってしまった。
 未練を残して帰って来ているのなら、そんな事考えてはいけないのに。
 だけどアヤカシから灯籠を取り返すなんて、出来る筈もない。そうしている間に、鬼灯籠は村の外へ向かって行く。
 なんとか立ち上がったものの、由羅は道端で再び膝を付き、その場に疼くまってしまった。

「由羅?」
 名前を呼ばれて、由羅は顔を上げた。その顔が引き攣っていて、相手は慌てて鬼面を外した。
「お父さん‥‥」
 由羅の帰りが遅いのを心配した父親が迎えに来たのだが、娘の尋常でない様子に慌てて駆け付ける。緊張の糸が切れた由羅の目から涙が溢れ出した。
「鬼灯篭が無くなったって騒ぎがあったけど・・・・何かあったのかい?」
 小さく震える娘の体を、父親は抱き寄せる。
「お父さん、どうしよう。鬼灯籠が持って行かれちゃうよ」
 涙ながらに話す娘の話を父親は静かに聞いている。
「せっかく皆が作ってくれたのに。それに‥‥っ」
「アヤカシのせいならどうしようもない。それより由羅が無事でよかった」
「でもっ」
 慰める父の手に、ふるふると由羅は頭を振った。
「あの鬼灯籠‥‥お母さんが描いてた鬼面を真似て描いてあるの。あれ一つしか作らなかったの」
 描いている間、駆け巡った母親との思い出。ありったけの想いを込めて作ったその鬼灯籠は、由羅にとってかけがえのないとっておきだった。
「だから私、あれに願い事を‥‥なのに」
「由羅‥‥」
 泣きじゃくりながら必死に話す娘に、父親はそっと自分の鬼面を被せた。
「‥‥鬼さん、このままにはしておけないね」
 ぴくり、と由羅の指が動く。今、里は祭りの最中。人と鬼が入り混じる鬼灯祭。ぐずぐずと泣いていた由羅は、父親の言葉にぐっと涙をこらえた。
 鬼面を被っている間は、人も鬼の仲間だ。由羅は抱きついた肩を握りしめた。
「灯籠、取り返して。そして‥‥最後にちゃんと送って」
 小さな声に応えて、父親は娘の体を抱き上げた。
「大丈夫。きっと彼らならすぐに取り返してくれるよ」
 ポンポンと、父親は由羅の背中を叩く。
「そうだね、いつまでもここには‥‥いてはいけないね」
 父親の声は、どこか寂しそうだった。

 後に鬼の娘を連れた男が、開拓者ギルドの扉を叩く。そして鬼の子供からの依頼が舞い込むのだった。


■参加者一覧
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
和紗・彼方(ia9767
16歳・女・シ
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
燕 一華(ib0718
16歳・男・志
十 水魚(ib5406
16歳・女・砲
天青(ib5594
29歳・男・シ


■リプレイ本文

 鬼面を被ったままの子供――由羅は、父親の傍から片時も離れない。
 その姿を、両親や養父とも死に別れた天青(ib5594)が見つめていた。
「父と子ね‥‥。ま、放ってはおけねえなぁ」
「この祭りの最中にだなんて、何だか喧嘩を売られている感じがするね」
 鬼灯 恵那(ia6686)の言葉に、十 水魚(ib5406)も頷く。
「ええ、鬼灯籠は山の鬼のへのお供えですけど、アヤカシの鬼は違いますわね」
「赤小鬼が灯籠なんて、どうするんだろ? 鬼面の絵が描いてあるから、仲間のものだと思ったのかな?」
 首を傾げる和紗・彼方(ia9767)につられるように、燕 一華(ib0718)も同様に首を傾げた。
「アヤカシさんもお祭りを楽しみにしてきたんでしょうかっ?」
「由羅ちゃんあんなに頑張って作っていたのに」
 俯いて、白 桜香(ib0392)が呟く。オラース・カノーヴァ(ib0141)もその気持ちはよく分かった。
 鬼面の絵を上手く描けないと悩んでいた由羅を、二人ともよく知っている。そして皆で楽しそうに描いていた姿も。
 鬼面を被っていて由羅の表情はよく分からない。その事が逆に痛々しく見えた。
「‥‥由羅ちゃんが泣いてしまいましたよ。‥‥どうしてくれようあの鬼共」
 怒りをあらわにする九法 慧介(ia2194)は、物騒な事を呟いた。
「とりあえず八つ裂きで足りるかなぁ。‥‥おっといけない」
 怖い顔をしている事を自覚する慧介は、自分の頬を撫でて表情を改める。そして由羅の前で足を折り、目線を合わせた。
「由羅ちゃん、大丈夫ですからね」
 そう言って慧介は、何もない手の平に手ぬぐいを載せた。
 数字を数えてその手ぬぐいを取り払うと、どこから現れたのか慧介の手の平には鬼灯籠が一つ乗っていた。
 鬼面の奥の由羅の瞳が、それを食い入るように見つめている。
「これは俺が貰った灯籠です。‥‥あとで由羅ちゃんの灯籠と交換しましょう」
 鬼灯籠をそっと手渡すと、由羅はそれを受けとってくれた。
「必ず取り返そう。その為に知っている事を教えてくれ」
「そうですわね。どんな鬼だったか、あととっておきの灯籠についても聞いておきたいですわ」
 水魚にも問われて、由羅はたどたどしくも説明を始める。
「鬼は‥‥私よりも少し小さい位だと思う。あの鬼灯籠は、えっと‥‥」
 説明が難しいのか、由羅は描いたであろう鬼面をもう一度紙に描く。上手く描けないと呟きながら、懸命に特徴を教えてくれた。
「これで由羅さんの鬼灯籠を最優先で確保出来ますわ」
「えっ」
 驚きの声を上げた由羅は、目に見えてオロオロしている。安心させるように、水魚は由羅に微笑みかけた。
「だってその灯籠は、特別なのでしょう?」
「‥‥うん」
 小さな声で頷きながら、由羅は体を小さくする。
「由羅さんの大切な灯籠、絶対返してもらってくるからねっ」
 勢い込む彼方に、桜香も続いた。
「待っていてくださいね」
「由羅や里の皆さんの為にも、アヤカシは討伐しちゃわないとですねっ」
 にぱと笑う一華に合わせて、恵那も笑みを浮かべた。
「そうそう、悪い鬼にはきっちりお仕置きが必要なんだから」
「ああ、そうだ」
 ふと思い出したように、天青が言う。
「由羅、だっけ? お嬢ちゃんにお願いしてもいいかい?」
 天青はそう言うと、懐から緑色の煙管を取り出して、由羅に手渡した。
「落としたら困るからねぇ。俺の義父様の形見なんだ。戻るまで預かっててもらえるかい?」
 天青の瞳を見つめながら、煙管をそっと握りしめた由羅は、こくりと頷く。
「じゃあ、行くとするかねぇ」
 背を向けた天青は、空を見上げて小さく呟いく。
「さぁ、嬢ちゃんの為に灯籠と笑顔を取り戻してやろうじゃないか」

[さて、どの辺りにアヤカシはいるかな」
 暗い道を恵那は眺める。里の外へ出る道は何通りかあるが、下手に別れて探す訳にもいかない。
「騒ぎにはなっていないようですし、アヤカシは人目に付きにくい道を進んでいるのだと思いますわ」
「この暗さなら、明かりの付いた灯籠は見つけやすいだろう」
 例の灯籠は、蝋燭を交換した直後に奪われたのだと、由羅に確認を取っている。
 日が暮れた今ならば、灯籠の明かりがたやすく見つけられる筈だった。
 夜道を歩く天青の頭で、簪がキラキラと揺れている。
「その赤い簪、綺麗ですねっ」
 笑顔でそう言う一華に、天青は少々面食らった。男が簪を挿す事を茶化す奴は多くても、褒める人間はそうそう居ない。
「‥‥母上の形見なんだけどね、暗くても目立つから、気を引くにはもってこいだろう?」
「はいっ。ボクも提灯持ってきたんですよっ」
 手にしている提灯を、一華は掲げる。
「祭で皆さんはこんな外れには来ないでしょうし、赤小鬼の持って行った鬼灯籠は不自然な動きをしてると思うんですよねっ」
 みんなで道を進みながら彼方は小さく唸った。
「足跡でも残ってたら助かるんだけどなぁ」
 渇いた道ではそれも難しい。その時ポツリと桜香が呟いた。
「微かに瘴気の痕跡があります」
「え、どこっ?」
 彼方はそれを必死で見ようとする。しかしアヤカシが残したであろう痕跡は、瘴索結界を使う桜香だけが分る僅かなものだった。
 仄かな光を帯びた体で桜香は瘴気の先を指し示した。
「向こうに続いているみたいです」
「あ、もしかしてあれかな」
 遠くに動いている明かりを見つけて、彼方は暗視を使う。鬼灯籠を持っているのはアヤカシの姿をしていた。
「見つけた!」
 弾む彼方の声にカノーヴァが応じる。
「では、あとは打ち合わせ通りに」
「俺らは周りから行くから」
 慧介の声に恵那はくるりと体を翻した。
「じゃ、私達は派手にいこうか」「はいっ」
 一華が元気よく返事をする。それを合図に天青と恵那と一華はアヤカシに向かって駆け出した。
 近づいてくる足音に、赤小鬼達が振り向く。
「さぁ、鬼事の始まりだよっ」
 恵那の咆哮が響く。アヤカシが引き付けてられている間に、一華は提灯を天青に渡して薙刀に持ち替えた。
 薙刀はぼやけた夕日のような光を放ち、その力は一体のアヤカシの気脈を乱した。
 天青も提灯をちらつかせて、赤小鬼の注意を集めている。取られるか取られないかの位置で振り回してやると、手にしていた鬼灯籠を脇に置くアヤカシも出はじめた。
 一華は背後で微かな物音を耳にした。目の前の赤小鬼はじりじりと近寄ってくると、一華に飛び掛かってくる。
 しかし気脈が乱されたアヤカシの攻撃を避けるのは簡単だった。「悪戯な鬼さん、手の鳴る方へですっ」
 そして一華は剣先を揺らしながら、流れるような動きでアヤカシの手元を狙う。切り落とされた手は瘴気となって消えて、その場には灯籠だけが残される。
 そこへ一華の背後から飛び出してきた影が、灯籠に向かって手を伸ばしてきた。
「灯籠確保っ。あ、火を消さなくちゃっ」
 転がるような勢いで出てきた彼方は、灯籠が無事なことを確認して燃えないように蝋燭の火を消す。
「由羅さんのではなさそう‥‥。でもこれも大切な灯籠だから、返してもらうからね」
 彼方は鬼灯籠を背後に置いて攻撃の構えを取る。手を失っているアヤカシに向かって徒手攻撃で姿勢を崩し、間髪入れずに斬り付ける。
 瘴気になったのを確認して、一華と彼方は手の平を打ち合わせる。
「一個確保ですねっ」
「うん。えっと他は‥‥っと」
 彼方は周りを見る。囮役に引き付けられて赤小鬼達は散り散りになっていた。
 必死に鬼灯籠を抱えている赤小鬼は少し離れたところにいた。
「そんなに灯籠が好きか。しかし」
 アヤカシの背後にたったカノーヴァは呪文を唱える。その声は激しい眠りを誘った。
 アヤカシが手放した鬼灯籠をカノーヴァは持ち上げる。
「由羅のではなさそうだな」
 それを確認して、カノーヴァはまだ眠っている赤小鬼を見下ろした。
 カノーヴァが手を掲げると閃光と電撃がアヤカシの体を貫く。瞬きをする間にアヤカシは瘴気となって霧散していた。
「灯籠なんて持って行って、何をするつもりなのかしら」
 囮役に翻弄されている赤小鬼達の背後は隙だらけだった。忍び寄った水魚は鬼灯籠を奪い取る。
「この灯籠は返してもらいますわ」
 手にした鬼灯籠の蝋燭を咄嗟に吹き消す。灯籠自体は強い光を放っていないが、突然消えてしまえばすぐには闇に目が慣れない。
「由羅さんの灯籠ですわ!」
 水魚の声を手掛かりにしたのか、赤小鬼は闇雲に攻撃を仕掛けてくる。
 予測がつかない攻撃は逆に避けづらい。灯籠を守るためにも水魚は攻撃を受け止めるしかなかった。
「往生際が悪いですわよ」
 水魚はマスケットで弾をアヤカシに打ち込む。すると近くにいたもう一体の赤小鬼が灯籠を投げつけてきた。
 灯籠は放射線を描きながら宙を舞う。それを慌てて慧介がつかみ取った。
「あっつっ」
 掴んだ場所が悪く蝋燭の火が手に当たる。少しの間持て余したが、無事に灯籠を確保することが出来た。
「由羅さんの灯籠は無事ですわ」
 もう一つの灯籠を受取ながら水魚は慧介に告げる。頷いた慧介は呼子笛を吹いた。笛の音が夜空に響き渡る。
「普段なら、欲しいのならひとつくらいって言うところだけど。これは大事なものだから駄目」
 笑顔を浮かべていた筈の慧介から表情が消える。
「そういう訳だから、返してもらったよ」
 慧介の持つ刀が紅い燐光を纏う。紅葉のような燐光を散り乱さしながら、紅い光はアヤカシの体を貫いた。
「十さん、大丈夫ですか?」
 駆け付けた桜香が水魚の傷口を見る。
「これ位たいしたことありませんわ」
 強がる水魚の傷口に桜香は手をかざす。桜香の体が淡く輝くと、癒しの力を持つ光が周囲へと解放された。
「‥‥ありがとうございますわ」
「回復は私に任せて下さい」
 微笑んでそう言った桜香は、その場に残されたアヤカシに視線を移した。
「貴方方が持って行った炎は大切なもの、返して頂きます。代わりにこちらの炎をどうぞ、鬼さん達」
 すると赤小鬼の体が燃え上がった。精霊の力で何もない空間に、清浄な炎が生まれる。炎はアヤカシの体を燃やし尽くした。
 鬼灯籠の火が消されて、周りは随分と暗くなった。天青は周囲の気配に気を配る。
 先刻、呼子笛の音が聞こえてきた。鬼灯籠の心配が無くなったのなら、攻勢に移れる。
 最後の赤小鬼は気配を殺していた。僅かな月明かりでも反射する簪は、恰好の狙い目だった。
 天青の背中を狙ってじりじりと忍び寄り‥‥飛び掛かかって爪をかける、筈だった。
 天青の姿は突然どこからともなく木葉に包まれ、アヤカシは狙いを見失う。じゃり、と土を踏み締める音がして、アヤカシは後ろを振り返った。
「ふふ‥‥鬼灯の鬼として、悪い小鬼は黄泉に送ってあげるよ」
 小鬼程度じゃ楽しむ隙もないとは思っていたが。鬼灯籠を無事に取り戻したのなら、存分に刀を奮える。
 恵那は両手で刀を保持すると、全身の力を発揮して、アヤカシの体を両断した。
 アヤカシは断末魔を響かる。引き裂かれた体は瘴気に転じて、闇夜へと消えていった。

 手にした灯籠を、慧介は由羅の前に差し出した。
「はい。約束通り、交換しましょう」
 奮える手で、由羅は鬼灯籠を受けとった。そして壊れないようにそっと抱きしめる。
「じゃあ、お祭り行こう! 早くお願い事しなくっちゃ」
 小さな手を握りしめて、彼方は由羅を連れて駆け出した。

 祭を締め括る送り火が、煌々と燃えている。
「こんなお祭りがあったんだね。覚えておこうっと」
 そう言いながら恵那は鬼灯籠を火に焼べた。
 この満ち足りた日々を少しでも永く感じていたい。親しい人達と一日でも永くいたい。
 書かれた願い事は燃え上がり天へと昇っていく。
「願い事、書かないんですかっ?」
 カノーヴァの持つ灯籠を見て一華が尋ねる。
「‥‥手の届かない願い事をわざわざ書くこともあるまい」
「届かないからこそ、願いを托すのもありだと思いますよっ」
 一華が持つ鬼灯籠には、退じた赤小鬼がアヤカシとして生まれないようにと願いが込められていた。
「書かなくとも、込められた願いは届くだろう?」
 カノーヴァの呟きを聞いて、一華はにぱっと笑顔を浮かべた。紅い炎に二人の願いが託されていく。
 水魚が炎の傍に進み出る。妹の砂魚と楽しく過ごせますように。願いを書いた灯籠を火に焼べて彼女は振り返った。
「皆さんものお願いも、きっと届くと思いますわ。‥‥だから由羅さんも」
 視線の先にいる由羅は、ここまで来たものの進めずにいる。その脇を通り過ぎて、慧介も送り火に灯籠を投げ入れて願い事を口にした。
「‥‥由羅ちゃんが笑顔になりますように!」
「ねえ、由羅ちゃん」
 そっと桜香が、由羅の背中を押す。
「私は貴女の中に、お母様から受け継いだ心を確かに見ました。料理や技の中、日々の生活の中に」
 優しい声に、由羅は灯籠を持つ手に力を込めた。
「お母様は貴女の中で生きてると思います」
 由羅の心の強さを信じて桜香も送り火に歩み寄る。灯籠を火に焼べると、自分が大事に思う人達の幸せと、皆を守れるくらい強くなれるようにと祈りを捧げる。
「送ってあげようよ」
 そう言って彼方は由羅に笑いかけた。
 由羅の鬼灯籠には、アヤカシに奪われる前から願い事が書いてあった。
 お母さんが安らかに眠れますように。苦しまずに幸せでありますように。
 計らずとも願い事を知ってしまった者達は今、由羅の心を支えていた。
「ボクもお祈りする。‥‥お母さん、いつでもきっと見守ってくれてるよ」
 灯籠を火に焼べて彼方は、密かに由羅が母親と会えるように願っていた。
 由羅が送り火の前に立つ。由羅の灯籠が燃え上がった瞬間、送り火が一層燃え上がった。
 同時に、背後から細い指が由羅の被る鬼面を外した。
 由羅が振り返った先には優しそうに笑う女性が立っている。
 女性は声も出ない由羅を抱きしめる。その姿は炎のように煌めくと瞬く間に消えていった。
 温もりだけが残されて泣きそうな表情を浮かべる由羅の頭に、天青は手を乗せた。
「父上を大事にして、幸せになりなよ」
 そして天青は灯籠を火に焼べた。由羅の目の前で、願い事が燃え上がる。
 俺が生きているうちに、兄上に会えますように。
「願い事は叶うかねぇ」
 天青の言葉に由羅はやっと笑顔を浮かべて応えた。
「きっと叶うよ。だって私の願い事叶ったんだもの」
 由羅は大事に持っていた煙管を天青に返す。
「お母さん笑ってた。‥‥きっとそうなんだよね?」
 由羅の問いに誰も応えない。だけど炎に照らされた顔が、どれも優しく微笑んでいたから。
「本当にありがとう」
 礼を告げた由羅はとびっきりの笑顔を浮かべる。

 人の願いを受け止めながら、送り火は温かな光で里を照らしていた。