【遺跡】支援の為に
マスター名:乙葉 蒼
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/27 02:07



■オープニング本文

 開拓者ギルドにやってきたのは、年若そうな男だった。
「栢山遺跡‥‥に関した依頼は多いんか?」
 痩身の身体だが、開拓者は外見では測れない。依頼を受けに来たのだと思い係の人間が動き出そうとすると、男は苦笑して手を振った。
「違う、違う。俺は依頼受ける方やなくて、出す方」
 そう言って男は、自らの事情を話し始めた。

 男――シシライ・カナヤは駆け出しの商人だった。何とかこの道に進み出たものの、常連がついてる訳でもなく、相手にとって見知らぬ商人への信用など無きに等しい。
「まあ、分かりきってはいるけどな」
 はい、そうですかなどと言って諦められるなら、こんな道を選んだりはしない。そこでカナヤは栢山遺跡に目をつけたのだった。
「遺跡探索に、消耗品の買い出しは必需だろ」
 必需は必需だが、それは街中でもできる事だろう。ギルドに来たという事は、同行者を雇って遺跡で商売でもするつもりなんだろうか。
「というか、安全な道の確保かな。行き来がしやすければ探索も活発になるだろうし。そうなればこっちも出番が増える」
 栢山遺跡がある森の中には、苔鼠や吸血蝙蝠が数多くいる。殲滅まで行かなくても多くを討伐して、アヤカシに少しでも警戒してもらえればいい。
「そっちにも悪い話じゃないと思うんだ」
 よろしく頼むよ。そう言ってカナヤは、ギルドに依頼を出したのだった。


■参加者一覧
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
赤マント(ia3521
14歳・女・泰
亘 夕凪(ia8154
28歳・女・シ
セシル・ディフィール(ia9368
20歳・女・陰
明王院 未楡(ib0349
34歳・女・サ
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
琉宇(ib1119
12歳・男・吟


■リプレイ本文

「成る程、面白い発想だな」
 発掘調査が進められている栢山遺跡。その道中に現れるアヤカシを討伐してほしいというカナヤの依頼に、劉 天藍(ia0293)は感心を示した。
 道の安全が確保出来れば遺跡への往来が増え、自身の商いの需要が出る。
「確かに面白いねえ、目の付け所が」
 自分が通るのに邪魔だから、という依頼ならよく分かる。しかし自分も含めた皆の為という内容の依頼は‥‥。
「ん、気に入ったよ」
 唇に笑みを浮かべた亘 夕凪(ia8154)に、カナヤも頬を染めて苦笑がちに笑い返した。
「そんな大したことじゃなくて、ただ単に小さな好機も逃せないってだけだ」
 商人として大きくなるのなら、他の方法もあるのだろう。しかしカナヤは、少しでも誰かを支えられるような、そんな商人になりたいと願っていた。
 その為に今は少しでも信用を得たい。これはカナヤにとって、とても大切な一歩だ。
「ご自身の商いに関わってくる事とはいえ、これから多くの人が携わる事に何かしらの形で支援を‥‥と言う志は立派だと思いますわ」
 そんなカナヤの背を押したのは、明王院 未楡(ib0349)だった。
「微力ながら私も何かお手伝いが出来れば良いのですが‥‥」
「いや、依頼を受けてくれただけで、俺には有難いよ。宜しく頼む」
 真摯な目で頭を下げるカナヤに向かって、未楡は穏やかに微笑みかえした。商人として初々しさを感じさせるカナヤに、緋神 那蝣竪(ib0462)は近づいていく。
「道の安全確保も大事だし、途中で道具を補充できたり休める場所があれば便利ね!」
 そう言って那蝣竪はカナヤに向かって、意味有り気に身体を寄せた。
「そういう所でなら、お得意様が付いていなくても何とかなりそう?」
 顔を寄せていくと、耐性がないのかカナヤの顔がみるみる赤くなるのが分かる。これが引き時だろうと、那蝣竪は小さく笑って身体を離した。
「シシライさんの商売が軌道に乗る事を祈ってるわ」
「あ、有難う」
 口ごもるカナヤの顔はいまだに赤い。くすくすと笑い続ける那蝣竪に向かって咳払いをして、カナヤは何とか元の空気を取り戻そうとする。
「僕たちにも利はあるしね。最短と思ってた道が、戦いで意外と時間がとられたりしてね」
 そう言ったのは、全身がとにかく赤色になってるのが印象的な赤マント(ia3521)だった。
「だから僕は、より安全で確実な道を探して移動時間の短縮を図るよ!」
「僕も試したい事があるんだ」
 赤マントに続いた琉宇(ib1119)は、手にしていたリュートを見つめた。
「僕の研究がこれからの探求者さんに役に立てば、道の行き来もしやすくなるよね」
 笑顔を見せる琉宇に、カナヤは惚けている様で何も言わない。琉宇が首を傾げると、カナヤはポツリと呟いた。
「凄いな、皆。‥‥そっちにも悪い話じゃないって依頼を持ちかけたけど、実は自信なかったんだ」
 一歩を踏み出したばかりのカナヤは不安が大きく、自信の無さが見え隠れしている。そんなカナヤに向かって、セシル・ディフィール(ia9368)は一歩踏み出した。
「きっとどんな事も持ちつ持たれつなのだと思います。栢山遺跡の中‥‥その先に何があるのか‥‥」
 静かな声は、深く真摯に響く。しかしセシルは、そこでふと空気を和らげた。
「それを知る為にも、まずはこの依頼を確実にこなさないと、ですね」
「ええ、皆さんで協力して、無事にこの依頼を終えましょう」
 セシルの言葉に頷くのは、玲璃(ia1114)だった。
「どうぞ宜しくお願い致します」
 頭を下げる玲璃に、他の仲間たちも次々と応えていく。その光景を見て、カナヤは張り詰めていた肩から力を抜いた。
 自分に出来ること、出来ない事。そして、それを補ってくれる、心を寄せる事が出来る人達。
 何とか商人として独り立ちしないと。強く思い込んで頑なになりつつあった心が、解れていく事をカナヤは感じていた。
「こちらこそ、どうか宜く‥‥」
 そうして最後に、思いを込めてカナヤは頭を下げたのだった。

 薄暗い森の中を、一行はゆっくりと歩いていく。まずは天藍の案で、アヤカシをひたすら退治していた。討ち漏らしを少しでも減らそうと、夕凪は周囲を念入りに見渡す。
「蝙蝠が結構いるね。こんな土地に小鳥はそういないだろうし、カスミ網や投網の類があると良さそうだねえ」
 持参の笠を蝙蝠避けにしながら、後でカナヤにツテがないか尋ねてみようと、夕凪は心に留める。その先を歩く赤マントが纏うマントが翻ると、微かに血の匂いが漂ってきた。
「あ、これに引き寄せられてるのもあると思うよ」
 そのマントには、家畜の血が染み込ませてあった。洞窟の類はなかなか見当たらないが、誘き寄せられる量を考えると、近くに巣があるのかもしれない。
 そんな事を考えながら、赤マントは足元の様子に注意を払っていた。この森の中は苔鼠も多いと聞いている。鼠の好む暗くてじめじめした場所を見つけられれば、かなりの鼠を一気に討伐できる可能性がある。
 その横では那蝣竪が耳に集中力を集めて、感覚を研ぎ澄ませていた。そうして羽音や鳴き声をすぐに察知できるように気を配っている。
 そうして出くわしたアヤカシを討ちながら、一行は栢山遺跡に辿りついた。日が傾くまでにはまだ時間がある。どうするか悩んでいると、セシルがひとつの提案をした。
「今からなら、また森の入り口まで戻れると思います。今はアヤカシを討って進んできたので、今度は少し道の整備をしながら戻りたいと思うのですけど‥‥」
 多少邪魔な草を刈ったり、邪魔な石や倒木を退かしておけば、少しは道が通りやすくなるだろう。そんな思いを口にすると、天藍も同意を示す。
「ああ、俺も道を分かりやすいように、と思っていた」
「それでは、その方向で一度戻りましょうか」
 玲璃が促し、一向は来た道をもう一度歩き始めた。

 アヤカシ討伐にも労力はいるが、道の整備も細かな雑務が多く、思いの外体力が削られていく。日の入りまでに森の入り口まで戻る事は出来るが‥‥。
「体力を使い果たして戻るより、ここら辺で休める所を探しませんか?」
 未楡が提案すると、皆は一斉に空を見上げた。木々の切れ目から覗く空は、赤く色づき始めていた。
「そうだな。休憩が出来そうな場所があれば野営してチェックをしたかったし。どうだろうか」
 天藍も口添えをすると、赤マントがある方向を示した。
「あっちに確か、水源があったよ」
「少し開けた場所もありましたね」
 間を空けず未楡も応える。アヤカシを討ちながら、それぞれチェックをしていたらしい。実際にその場所を確認すると、野営をしても問題無さそうだった。
「じゃあ、暗くなる前に準備をしようか」
 天藍が注意事項を確認し、一行は野営の準備に取り掛かった。

 那蝣竪が見張りの交代に起きると、先に見張りをしていた天藍がうたた寝をしていた。悪戯心が疼いて、那蝣竪はそっと天藍へと忍び寄る。
 首筋に冷たい感触を覚えて、天藍は慌てて飛び起きた。那蝣竪の手にはおしぼりがある。那蝣竪はにっこりと笑みを浮かべた。
「天藍君」
 その響きに、天藍の背中に冷たい汗が流れ落ちる。
「交代するから、ちゃんと休みなさい? 膝枕、してあげるわよ?」
「いや、その‥‥」
 じり、と天藍は後ずさった。
「膝枕は勘弁してくださいっ」
「‥‥あら、逃げちゃったわ」
 去っていく背中を見つめながら、那蝣竪が呟く。少し離れた場所で警戒に当たっていた夕凪が、思わず口を挟んだ。
「‥‥ちょっと悪戯が過ぎたんじゃないかい?」
「ふふ、だって可愛いんですもの」
 悪びれない那蝣竪に、まあ当人たちの問題だろうと思いなおし、夕凪は軽く肩をすくめる。その間に、交代の人員は入れ替わっていた。
 那蝣竪と玲璃、琉宇は火を囲んで、情報を整理する。
「ここは水場も近いし、道からも離れていないし、良さそうな場所ね」
 那蝣竪の声を聞きながら、玲璃は手帳に筆を走らせる。
「この辺りまででも、道が整備できると良いですよね」
 必要な資材と機材を検討する玲璃に、那蝣竪と琉宇も意見を出し合う。大体の意見もまとまって、野営も無事に終わると思ったが――。
 咄嗟に夕凪が刀を構える。捉えた羽音は数が異常に多い。見張りに当たっていた者だけでなく、休んでいた者も緊張を嗅ぎ取って構えていた。
 無数に飛んできた蝙蝠を、夕凪は笠で押し止める。その一瞬の隙に、琉宇はスプラッタノイズを響かせた。
 混乱した一体の蝙蝠が、仲間の和を乱していく。しかし蝙蝠の数は多く、混乱した蝙蝠も飲み込まれていく。
「群れの数が多いと、有効じゃないみたいだね」
 琉宇は少し唸ると、旋律を変えた。琉宇が掻き鳴らす勇ましい騎士の物語は、仲間の心を強くする。
 セシルは斬撃符と弓で蝙蝠を打ち落としていった。それを皆で討っていくものの、一向に減る様子の無いアヤカシに、一行は少しずつ消耗していく。
 そんな仲間を支えるために、玲璃は必死に治癒を行っていた。周囲は微かに明るくなり始めている。その時、アヤカシが飛んでくる洞窟が、赤マントの目に映った。
 赤マントは身軽さと身体の柔らかさを駆使してアヤカシをすり抜けて、洞窟に向かった。そしてその内に紅砲を打ち出す。
 一番奥にいた蝙蝠が倒されると、残された蝙蝠たちは一斉に洞窟から飛び出して、ちりぢりに散っていった。
 アヤカシがいた洞窟に誰も近づけないよう、那蝣竪は周囲にロープを張り巡らせる。朝日が差し込んだ洞窟の中には、何の気配も残っていない。
「もう大丈夫だと思いますが、カナヤさんには気をつけて貰った方が良さそうですね」
 そう言って玲璃は新たに手帳に書き込んでいた。朝日を浴びて、満身創痍な身体は疲れを訴えている。
「結構情報も集まったし、一旦戻ろうよ。今度は遺跡での実験もしたいな」
 罠を見つけたり、何か探索の手助けになるような、そんなリュートの使い方を琉宇は考える。やる気を漲らせる小さな開拓者に背中を押され、他の仲間たちも動き始めた。

 玲璃が差し出した情報を、琉宇が解説する。その内容に、カナヤは目を輝かせた。
「凄いな。これだけ分かれば、こちらも色々と用意できるよ」
 セシルと未楡も情報を覗き込んで、捕捉や新たな情報を書き加えていく。その間に、カナヤは持っていた包みを広げた。そこに入っていたのは‥‥。
「おはぎだっ」
 瞬間、赤マントが目を輝かせる。
「皆さん、お疲れ様。最初のときに、おはぎが売ってると良いって言ってたのが聞こえたから、お礼として用意したんだ」
 カナヤの言葉に、赤マントはハッとする。
「カナヤは商人だから、お金を受け取らないと。僕は最初の客になる!」
 売り物でないものに、お金は受け取れない。カナヤは長く唸ると、ひとつの案を出した。
「じゃあこれで、今度依頼を出したら報酬をまけてもらうのはどうだ?」
「‥‥人が良いんだか、ちゃっかりしてるんだか分からないねえ」
 カナヤが打ち出した提案に、夕凪は苦笑を浮かべる。情報を纏めた紙を再度カナヤに渡して、未楡も微笑んだ。
「商いも頑張って下さいね」
「皆さんも」
 情報を大切に受け取って、カナヤは一同を見渡した。
「本当に有難う。またの機会があったら、その時も頼むよ」
「こちらこそ」
 応える天藍の隣で、那蝣竪も軽く手を上げる。
「良ければ、私達を御贔屓にしてね」
 少しからかう様な声音に、カナヤは嬉しそうに笑みを深めた。
「それは、喜んで」
 カナヤにとって彼ら、自分の進むべき道を示してくれた、大事な人達だ。今、カナヤの目は希望で満ち溢れている。
 その表情に開拓者の一行は、目に見えない報酬を、もうひとつ手にしたのだった。