父と息子の日常‥‥?
マスター名:乙葉 蒼
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/04 23:54



■オープニング本文

 喧嘩をするほど仲がよい、とは言うものの。頑固親父と反抗期を向かえた息子の日常では喧嘩が絶えることはない。
 それが日常茶飯事になってしまえば、周りも段々と馴れてくるもので。
「ああ、お前なんか出て行っちまえ!」
「! あーそうかよ、後で泣いて縋っても帰ってなんかやらないからな!」
「誰が泣くか!」
 売り言葉に買い言葉。息子――直弥が家を飛び出しても、誰も止める者は居なかった。
 友人の家に一泊して、次の日に悪態をつきながら直弥が帰ってくる。それが定番になっていたからだ。‥‥何だかんだ良いながら、結局は仲が良いのかもしれない。
 しかし、その日は違っていた。

 一日、二日と経っても、直弥は帰ってこなかった。口では放っておけと言う癖に、気のない風を装いながら頻繁に外へ出る父親の姿は何処か小さく見える。
 その背中に寂しさを感じながら、男は声をかけた。
「直弥君、まだ帰ってきていないですか」
「ああ。‥‥いつも悪ぃな」
 彼は直弥の友人の父親で、また父親自身の友人でもある。息子が家を飛び出しても、彼の処へ行くからこそ、父親もいつも放っておけていた。
「うちの子も探しに出ていますよ。きっと――」
 すぐに見付かる、その言葉を男は飲み込んだ。こんな言葉は気休めにもならないだろう。同じ父親として、気持ちは良く分かるつもりだった。
「まったく、人様に迷惑かけて‥‥。後でガツンと言ってやらねぇと」
「程々にしてやってくださいよ」
 そんな事を言いながら、二人はつらつらと村のはずれを歩いていく。暫く歩いて、ふと父親は足を止めた。視界の端に影が映る。
 そこにいたのは猫だった。目が合った猫は少しの間父親を見つめていたが、ふいと興味を失くしたのか去ってしまう。神経が過敏になっているなと、父親がため息をついたとき。
「‥‥直弥君?」
 隣の男が呟いた。
 視線の先は猫の去っていった方向。あばら家に背を預けてうずくまる人影がある。確かにそれは直弥の姿だった。
「なお――」
 駆け寄ろうとした父親を、男が止める。反射的に怒鳴ろうとした所を、仕草で制された。
「様子が‥‥」
 囁くように男が告げる。確かに直弥の様子がどこかおかしかった。具合が悪くてうずくまっているのだと思っていたのだが、よく見ると焦点の合わない目で怯えている。‥‥目に見えない何かを恐れている。
 その目の前には、猫がいた。猫はマタタビを与えられたように、直哉の前で酔っている。
 その体から、瘴気が滲み出した。直弥の怯えが一層と酷くなる。父親が飛び出そうとするのを、男は必死に引き止めた。
「放してくれ!」
「あれはアヤカシです。僕らでは手が出ないどころか、逆に」
「でも、直弥がっ」
「その直弥君を助ける為に! ‥‥一刻も早く開拓者に」
 父親の体が硬直する。男が手を放すと、今度はその腕を掴まれた。
「頼む」
 俯いた父親の表情は見えない。男が何かを言う前に、父親は続けた。
「アイツに背を向ける事なんて出来ねぇ。俺はここから動かなねぇから、‥‥頼むっ!」
「‥‥わかりました。すぐに助けを呼んで戻ってきます!」
 父親の手を強く握り締めて、絶対に無茶はしないようにと念を押してから、男は村の中心へ向かって走り出した。
 その背を見送って、父親は息子を見る。点在するあばら家が上手く陰になって、アヤカシにこちらは気づかれていない様だった。
 怯える息子の姿に、奥歯を噛み締める。何も出来ない無力な自分が腹立たしい。
 父親は近くにあった棒切れを拾い上げる。もしも直弥が直接襲われる事があれば身をもって庇う、そのつもりで。

 同じ父親として、彼の気持ちはよくわかるつもりだった。ましてや何十年と友人を続けてきた仲。彼がどう行動するかは、手に取るようにわかる。
 戸を開ける手間ももどかしく、男は開拓者ギルドに飛び込んだ。
「お願いです、助けてくださいっ。直弥君を早く!」


■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
和紗・彼方(ia9767
16歳・女・シ
古廟宮 歌凛(ib1202
14歳・女・陰
涼魅月夜(ib1325
15歳・女・弓
ミヤト(ib1326
29歳・男・騎


■リプレイ本文

 男に詳しい話を聞きながら、開拓者達は現場に急いでいた。男に案内された場所に、一人の男が立ち尽くしている。直弥の父親だった。
 アヤカシに向かってはいないものの、棒切れを握りしめる手は、力が入りすぎて真っ白になっている。
 出来るなら段取りを説明しておきたい葛切 カズラ(ia0725)だったが、そんな余裕は多分ない。
「助けに来たよっ、ボク達に任せて」
 出来る限り父親を安心させたくて、和紗・彼方(ia9767)は声に力を込める。
「もう、もう、誰かが泣くのを見るのはイヤだよぅ‥‥」
 ミヤト(ib1326)は、アヤカシに子供を奪われそうになっている父親に、天災で家族を奪われた昔の自分を重ねていた。小さな声の内には、大切なものを奪っていくものへの怒りが込められている。
「親が子を想う様に、子も親を想っておる。とく参ろう」
 年に数回しか会えない、出稼ぎに出ている父の姿を思いながら、古廟宮 歌凛(ib1202)は先を促す。
「親心とは複雑なものだな」
 煙管を銜えながらそう言う雲母(ia6295)だったが、娘を持つ身だからこそ、父親の気持ちが分からないでもない。
「喧嘩するほど仲が良いとは申しますが‥‥」
 そっと口添えをする高遠・竣嶽(ia0295)は直弥を襲っている猫又を見た。
「諍いを鎮めるにも、まずは目前の障害を取り除かねばなりませんね」
 アヤカシ風情に何人たりとも傷つけさせる訳にはいかない。そんな竣嶽の想いに、カズラも追随する。
「不器用な関係に無粋な干渉は野暮ってものでしょう。無粋の極みを行ってるヤツに相応の報いを与えないとね」
 そんな開拓者達のやり取りを聞きながら、巴 渓(ia1334)は猫又と自分の力量の差を測っていた。
 正直、苦戦する相手ではない。だが今回同行している仲間達には、新人が含まれていた。彼らのやる気を削ぐ様な真似はしたくない。
 どんな依頼でも油断は出来ないが、先輩として現場の空気に慣らしてやりたいと、渓は密かに思っていた。
「まったく、猫又は猫又らしく12万で売られていれば良いのよ」
 そんなカズラの言葉に、涼魅月夜(ib1325)も怒りの篭った声を出す。
「うちも、あんなアヤカシは許せない!」
 弓の調整が終わった月夜は、張り詰めた弦を指で弾く。月夜の想いに応える様に、愛弓の弦は震えていた。

「まずは直弥様を救出せねばなりませんね」
 竣嶽の言葉に彼方が頷く。
「ボクが救出班として動くよ」
 そう言って、彼方は現位置から猫又までの距離の目測で測る。今まで父親が猫又の影響を受けていないという事は、術の範囲は思っているより広くはないのだろうか。
「じゃあ、私は和紗様の援護に回ります」
 竣嶽の申し出にカズラが続く。
「私は猫又の気を引いて救助と避難の時間稼ぎする役の一人って事で」
 二人に後押しされ、彼方は抜足で直弥の方へ進んでいく。直弥の近くまで進んだ事を確認して、カズラも別方向から物陰を利用して猫又に近づいていく。
 ぐるぐると喉を鳴らして酔っていた猫又の、動きがぴたりと止まった瞬間、カズラは暗影符を手に構えた。
 霧状のどす黒い式が、猫又の視界を奪う。その隙に彼方は早駆を使い直弥の安全を確保する。すぐにこの場所から離れたいが、空ろな直弥には事態がよく飲み込めていないらしい。視界を遮っただけなので、猫又との距離はいまだ近い。
 そこへ竣嶽が飛び出していく。直弥と猫又の間に入る距離には行けなくても、猫又に近づければ注意が自分に向く確率が高くなる。
 案の定、猫又は竣嶽に襲い掛かった。直弥の退路を得るために、竣嶽は正面から攻撃を受け止める。竣嶽が目配せをすると、彼方は直弥を抱えて早駆でその場を離れた。
「う、わ、あぁあっ」
 その反対側から、何故か悲鳴が上がった。そこには震える手で刀を構えるミヤトの姿があった。それを瞳に映した猫又は、優雅に尾を一振りする。
 飛び掛る姿勢をとられて、ミヤトは自分の体を光で覆う。オーラで身体を強化しても、恐怖からかアヤカシが近づいてくる様子が、一刻一刻はっきりと見える。
 猫又がミヤトに襲い掛かるその一瞬、現れた小さな式が猫又の足に絡みつく。
「たまには獣をヤるのも良いものね〜〜」
 必死に式から抜け出す猫又を見ながら、カズラは満足そうに笑った。その隣から、斧を構えた雲母が前に進み出る。
「猫は好きだが、アヤカシは気に入らんな」
 見下される視線に、猫又は体毛を逆立てた。目の前の危機が去って、ミヤトはそっと息を吐いた。その背を、渓が軽く叩く。
「アヤカシを呼び寄せる、良い演技だったぞ。あとは最後まで気を抜くな」
 渓からの指導に、ミヤトは緊張と安心が交じり合った気持ちになった。深呼吸で息を整えると、もう一度刀をしっかりと握り直す。
 そんなミヤトを見て、渓は猫又に向き直った。
「さあ、ここは拳士の一発芸‥‥もとい技、荒鷹陣を使わざるを得んな!」
 荒鷹陣、それは荒ぶる鷹のような姿で、敵を威嚇する技だった。‥‥ただ単に威嚇だけをする技、と言うべきか。攻撃でない事を感じ取ったのか、猫又の勢いが少し削がれる。その間に歌凛が斬撃符を繰り出した。
「お前達、彼奴の鼻っ柱を引っかいて参れ‥‥―斬―!」
 カマイタチのような式が、猫又に襲い掛かる。猫又に一矢食らわすと、式は猫又をからかう様に舞いながら、歌凛の元へ帰って行く。
「‥‥まあ、お主では莫迦にされても解せぬかな? 所詮は下郎か」
 更なる歌凛の挑発に、猫又が乗っかる。真っ直ぐに歌凛に襲い掛かる筈の猫又の軌道は、途中で変な風に曲がった。そんな猫又の攻撃を、歌凛は紙一重でかわす。
 見るとその背には矢が刺さっていた。矢が放たれたであろう方向を見上げると、廃屋の屋根の上で新たな矢を番える月夜の姿があった。幻術を警戒する月夜は、すぐに動ける体勢を取っている。
 月夜が作った隙で、歌凛は猫又に呪縛符をかけた。糸の塊がアヤカシの自由を奪う。仲間の協力で直弥を連れて抜け出した彼方は、父親の元へ急いだ。そしてそのまま直弥を預ける。
 少しやつれてはいたが無事な息子の姿を見て、父親はその体を抱き寄せた。しかし安堵するにはまだ早い。
「それは後だよっ、ともかく逃げてっ」
 父親を急かし、彼方は自身に砂防壁を纏う。この親子は何としてでも無事に逃さなくてはいけない。
 自由に動けなくなった猫又は、雲母に向かって幻覚を見せ始めた。しかし雲母も自分の道を貫いてきた意地がある。
 半端ない意地をもってしても、相手はアヤカシ。不の感情を好む存在。ほんの少しの心の隙さえ突いてくる。
 幻覚に惑わされそうになる雲母に、歌凛はお手玉を投げつけた。各自の動きに注意しながら、竣嶽は逃げた親子に被害が及ばないよう道を遮る。
 それ時動けなくなっていた雲母の体が、ゆらりと動いた。幻覚に惑わされている瞳には何が映されているのか。しかしその手に握られていた筈の斧がない。
 味方に被害が出ないようにする。それが最後まであがいた雲母の抵抗だった。
 渓とカズラは目配せする。この二人と雲母はレベルが近い。逆に言えば、他に動ける人間で雲母を止められる力量を持つ者がいない。雲母を止めるのは、二人の役目だった。
 ゆらゆらと動く雲母はどこか動きがぎこちない。まだ抵抗を続けているのを、渓は感じ取る。仲間を傷つけることは出来るだけしたくない。
 渓は荒鷹陣を試みた。単なる威嚇に過ぎないが、少しでも怯ませる事が出来れば、そこに隙が生まれる。
 間発入れずに、カズラが呪縛符を放つ。カズラの肢体に絡み付いていた触手が、雲母の体の自由を奪った。
 その間に糸を振り払う猫又が、渓の視界の隅に映る。自由を得たアヤカシは、再び歌凛に襲い掛かる。渓は声を張り上げて歌凛の名を呼んだ。
「余に向かうとな‥‥下がれ下郎! ―砕―!」
 咄嗟に歌凛は砕魂符を取り出した。猫又に向かって青い鬼火が爆ぜる。その勢いに飛ばされた猫又は、空中でくるりと体勢を整えた。
 その姿を追ってミヤトが猫又に切りかかった。気合が入るミヤトの動きには無駄が多く、刀は猫又を捉えられない。そして剣撃の合間に返される攻撃で、ミヤトの体は傷だらけになっていた。
 ミヤトがふらついた瞬間を狙って、鋭い爪を振り降ろす。ミヤトが硬く目を瞑った瞬間、ガチリと硬い音がした。
 砂防壁を纏う彼方が間に入り、猫又の攻撃を受け止めていた。苦々しい表情を浮かべた猫又は、反転して逃げ出そうとした。一番手薄に見える、竣嶽の方へ。
 そしてその先には、獲物にしていた子供がいる筈だった。猫又は迷うことなく突進していく。飛び掛るアヤカシを竣嶽は紙一重で避ける。そしてそのすれ違い様に居合いを放った。
 真っ二つに分かたれた猫又の体は、瘴気となって霧散していく。最後に、刀を収める金属音を静かに響かせ、竣嶽は姿勢を正した。

 脅威が去って、父親は改めて直弥を揺さぶった。幻覚が薄れてきたのか、直弥は目を瞬いた。
「は‥‥れ? 俺何してたんだっけ‥‥」
「バカヤロウ! 人様に迷惑かけてんじゃねぇっ」
 突然怒鳴られて、直弥は口を開きかける。しかし周りにいる開拓者達の姿を見て、何となく状況が思い出せたらしい。悪かった、と小さな声で直弥は呟く。
 そんな二人の姿を、渓は苦笑気味に見ていた。正直、二人の関係に心配はしていなかった。親子とは、そういうもの。無条件で、体を張って助けに行けるものだから。
 だけど、一言だけ告げる。
「お互い‥‥大事にしろよ。失ったらもう、二度と戻らん‥‥本当の宝って奴だからな」
「親は子供が想っている以上に子供を想っているものだ。子供も分かっているつもりだろうが‥‥実際に親になれば、実感する」
 雲母も一言だけ告げると、元々興味がないのか背を向ける。
「思うた事を正直に口に出し合えるのは良い事じゃ」
 言いたい時に親の姿がない歌凛は、心からそう思う。伝えたい事を感じた時、すぐに言葉に出来るのが、どれだけ幸せな事か。
「後は、もう少し周りを見る事じゃな」
 ひとつため息をつく歌凛に、竣嶽も続く。
「隠し事なく本音で語り合える関係であれば、そのままでいって欲しいとも思いますね」
 まあ、喧嘩は程ほどに、が良いと思うと付け足すと、似たもの親子はばつが悪そうに視線を彷徨わせる。そのままどちらが悪いと小突きあいが始まると、目の前のミヤトがぼろぼろと涙を流し始めた。二人とも同じ仕草で動きを止める。
「な、何泣いて‥‥」
「何も泣く事‥‥」
 オロオロする親子を置き去りに、ミヤトの涙は酷くなる。
「う、うっ。み、皆無事で、良かっ‥‥良かったよぅ。うわぁああん」
 声を上げて泣くミヤトに困り果てた二人に向かって、カズラが声をかけた。
「一件落着って事。折角なんだし、腹を割って話し合う為にも、酒と食事が出る店に移動するのはどう?」
 カズラの提案に、ぴょんっと彼方が手を上げる。
「そこで腕相撲もしてみたらどうかな?」
 それを耳にした者達は、腕相撲? と首を傾げる。上手く説明しようと、彼方は天を見上げた。
「んー、お父さんとお兄ちゃんもよく喧嘩してたけど、お互いに認め合っていたっていうか。喧嘩ってお互いに意識してるんだろうし、何か勝負してみると良いんじゃないかな?」
 彼方の言葉に、負けず嫌いな親子は顔を見合わせた。
「俺、負けねぇよ?」
「ガキが生意気言ってんな!」
 そう言って二人は拳をぶつけ合う。いつもの日常が戻ってきたであろう親子のやり取りを、月夜は温かく見守っていた。
「そうだ」
 突然ミヤトは自分の荷物を漁りだした。その中から、ひとつの箱を取り出す。
「僕、柏餅を作ってきたんです。良かったら‥‥」
 そう言って蓋を開けると、先程の戦闘で中身が偏っていた。料理で人を幸せにする事を目標にしているミヤトは、それを見て酷く落ち込んだ。その箱に二つの手が伸びていく。
 父と子は、同じ仕草で柏餅を口にした。
「「美味い」」
 寸分違わぬ二人の動作を目にした者は、思わず吹き出してしまう。
「わしも貰おうかの」
「うちにも頂戴っ」
 歌凛や月夜に続いて、他の皆も手を伸ばしていく。この親子ならきっと問題ないだろう。そんな事を思いながら口にした柏餅は、心が温まる味がした。