透明な叙事詩
マスター名:大林さゆる
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/14 19:22



■オープニング本文

 あなたは優しい人だった。私にも妹にも優しかった。
 妹を選んだのなら、いっそ私に冷たくしてくれれば良かったのに。
 そうすれば、諦めることもできたのに。
 あなたの幸せを願うこともできたのに。
 どうして、優しくしてくれるの?
 あなたは妹を選んだのでしょう?
 だったら、優しくしないで‥‥。
 そんなにも、あなたの心が温かいから、私は忘れられない。
 ならば、いっそ、私は消えてしまいたい。
 消えてしまいたい‥‥。

 見上げると、満月が輝いていた。



「ここが地下の入り口ですか?」
 吟遊詩人ロマラ・ホープ(iz0302)の問いに、エセルという少年が静かに頷く。
 2人はアル=カマルの『レドの乙女』と呼ばれる彫刻がある集落に来ていた。
 族長の家には地下があったが、エセルもここに入るのは初めてであった。
 先日から毎日のように、エセルは美しい女性が哀しそうな顔をして話しかけてくる夢を見ていた。
 それが気になり、族長である父親に話してみると、地下の入口について教えてくれたのだ。
 その話を聞いたロマラは、エセルと同行することにしたのだった。
「‥‥まさか、ここは‥‥」
 薄暗い地下通路を抜けると、大広間に出た。壁は淡い光を放つ宝珠であった。
 その中央に『天を見上げる乙女』の彫刻が置かれていた。
 松明の火を消して、ロマラはスケッチを見ながら、何度も見比べていた。
「スケッチの絵と、彫刻は同じものですね」
「だとしたら、地下の大広間にある彫刻は『ラファの乙女』?」
 エセルは開拓者たちが調査してくれた資料を持ち、先へと進むことにした。
 北側には、二人の女性との間に一人の男性が立っている壁画が見えた。
「まさか、以前、調べようとしていた壁画が、集落の地下にあったなんて‥‥」
 ここまでようやく辿り着いたこともあったが、罠の落とし穴に落ちたこともあった。
「どうやら落とし穴は、あの時のままみたいです。確か、壁画のどこかに隠し扉があったはず」
 父の助言を頼りに、エセルは壁画の左隅へと向かった。
「‥‥あった! ありました!」
「良かったですね。それでは、さっそく伝説の地へと‥‥」
 ロマラはワクワクしながら、隠し扉を開けた。
 すると、ふわりと風が吹いた。
「どうやら、この先も宝珠の壁でできているようですね」
 そうロマラが言うと、エセルは頭を抱えて座り込んでしまった。
「‥‥苦しい‥‥」
「え?! 大丈夫ですか? しっかりして下さい!」
 ロマラが声をかけるが、エセルは座り込んだまま、歩くことさえできなかった。
「エセルくん、あなたは確か開拓者でしたよね。私は特に異常は‥‥」
 そう言いかけた時、隠し通路の奥から不死アヤカシが迫り来るのが見えた。
 ロマラは小柄なエセルを抱きかかえると、大広間へと戻り、隠し扉を閉めた。
「‥‥ロマラさん、すみません」
「気になさらないで下さい。念の為、ここから出ましょう」
 エセルは大広間に出ると歩けるようになり、集落の地下階段から外へと出た。
「どうやら隠し通路の奥にはアヤカシがいるようです。奥には言い伝えに関わる品があるはずですが‥‥」
 ロマラはそう言いながら、地下通路の扉を閉めて、族長の家から離れることにした。
 集落の入口まで戻り、エセルと日陰で休むことにした。
 オアシスは干上がっていたこともあり、住人たちは付近の村に滞在していた。
 誰もいない集落は、風の音だけが聴こえてくる。
「エセルくん、隠し通路に入った時『苦しい』って言ってましたよね。それがなんだか違和感に思えたのですが‥‥まるで、別人の声に聞こえたんです」
「‥‥僕も何故、あんなことになったのか分かりませんが、『夢』と関係がありそうな気もするんです」
「夢、ですか。例の『哀しそうな顔をした女性』のことですか?」
 ロマラの問いに、エセルは考え込むように告げた。
「女性というより、男性のような感じがしました」
「では、言い伝えの中盤に出てくる『バドル』という男性?」
 神話や言い伝えに興味があるロマラではあったが、エセルを遺跡の奥へと行かせるのは危険にも感じられた。
「エセルくん、私たちだけでは遺跡を調べるのは難しいでしょうから、ギルドで開拓者を集めてみましょう」
「はい。他にも、開拓者さんがいれば心強いですから」
 果たして、遺跡の奥には何があるのか?
 真実を知った時、変わるものがあるのだろうか‥‥。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
和奏(ia8807
17歳・男・志
門・銀姫(ib0465
16歳・女・吟
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓


■リプレイ本文

 アル=カマル。
 地下遺跡を探索するため、開拓者たちが彫刻『レドの乙女』のある集落に集った。
 族長の家には地下へと続く階段があったが、この地に関わる言い伝えとエセルという少年が見たという『夢』について、一階の部屋にて皆で話し合っていた。
「なるほどな。もしかしたら、エセルは言い伝えに出てくる子孫とも考えられるな」
 ルオウ(ia2445)は未知の遺跡に興味があり、ロマラ・ホープ(iz0302)とエセルから話を聞いていたが、一つの結論に至った。
「父からは、そう言われたことがありません。ただ、調査していけば、真実が分かると‥」
 エセルは少し戸惑っていた。
「おまえは族長の末っ子だ。言い伝えの子孫である可能性は大いにある。悲恋話はともかく、族長はエセルに将来を見据え、試練を与えたのだろう」
 リドワーン(ic0545)は冷静さを保ちつつ、そう告げた。
「族長さんが、お子さんに詳しく言わなかったのも、そういう思いがあったからなのかもしれませんね」
 和奏(ia8807)が言うと、エセルを見ながら、羅喉丸(ia0347)は自分の子供の頃を思い出していた。
「夢を見たのは、バドルが何か伝えたかったことがあったからだと思うんだ。ラファを救って欲しいという願いなら、俺も協力する」
「理由はどうであれ、捨ててはおけぬ」
 北条氏祗(ia0573)の言葉に、ルオウが頷く。
「遺跡には『言い伝えの品』があるし、まずはそれが何か分からないと、エセルも今後、同じ夢を繰り返し見ることになるだろうからな。そうしたら、エセルも精神的に追い詰められていくかもしれないし、だったら尚更、放っておけない」
「どう転んだとしても、『言い伝えの品』を発見して、真実をはっきりさせたいね〜♪」
 門・銀姫(ib0465)はロマラの隣で、準備を整えていた。和奏は族長から借りた資料を読み、あることに気が付いた。
「‥‥ラファという女性は、どうも自分の考えを押し付けているだけのようにも思えます。相手を思いやる気持ち‥‥レドさんは、きっとバドルさんの想いを、大切にしていたんでしょうね」
 そう思うと、姉妹は対照的な性格だったようにも感じた。



 北条とリドワーンは松明を借り、地下通路を進んでいった。薄暗い灯を頼りに、リドワーンが丹念に壁を調べていた。
「‥‥『ラファは永遠の眠りについた。だが、やがて現れるであろう』‥か」
 考え込むようにリドワーンが呟くと、羅喉丸がこう告げた。
「地下の遺跡には、ラファの魂が眠っているとも読み取れる」
 その言葉に、ルオウは気を引き締める。
「エセルが本当に言い伝えの子孫なら、アヤカシはエセルを狙ってくる恐れもあるな」
「そ、それが、本当かはまだ分かりませんが、が、がんばります」
 エセルは緊張のあまり、少し震えていた。
「大丈夫だって。俺たちがついてるから」
 ルオウはそう言いながら、エセルの背中を叩いた。
「は、はい。ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いな」
 明るい笑みを見せるルオウに、エセルはようやく気持ちが落ち着いた。
「これは満月の絵かもしれぬ」
 北条も地下通路の壁に何かあるのではと調査していたが、誰かが描き残したと思われる『絵』を発見した。
 満月の下で、水瓶を持った女性と向かい合う男性の絵だ。
「文字も書かれているな。『二人が再会すると、水が満ちるであろう』‥‥これも意味がありそうだな」
 リドワーンがそう言うと、エセルは筆記用具で見聞きしたことを書き記していた。



 宝珠で淡い光に包まれた大広間に辿り着くと、北側の左隅からウルジュワーンマミーの群れが犇めいているのが見えた。
「隠し扉は閉めたはずなのに」
 ロマラの心配を余所に、ルオウの予想通り、まずはウルジュワーンマミーが攻めてきた。
 とっさに北条は霊剣「迦具土」の二刀流で、応戦する。
「幼き少年を狙うとは笑止千万。北条氏祗、いざ参らん!」
 次々とマミーを切り裂いていくが、斬っても斬ってもマミーが湧いて出てくる。
「俺はサムライのルオウ! これ以上、エセルを苦しめるなあ!」
 そう叫び、『咆哮』するルオウ。マミーの群れがエセルではなく、ルオウへと向っていく。
「‥‥来たか」
 事前に落とし穴の場所をエセルから聞いていたリドワーンは、罠の手前で火炎弓「煉獄」を構え、マミーが射程距離内に入ったのを見計らって、矢を放つ。
「リッチは壁画の奥か」
「ある程度、数が減ったら奥に進みましょう」
 和奏は飛び散る毒を回避しつつ、刀「鬼神丸」で援護に入る。リドワーンに気を取られて落とし穴の罠に落ちるマミーも数体いた。
「こうなったら、突破口を作るしかない」
 隠し扉へと走り込み、羅喉丸は気を高め、『八極門』を繰り出していく。マミーの群れで塞がれていた扉を蹴散らし、ロマラとエセルを先へと行くようにと促した。
「エセル、無事か?!」
 ルオウはエセルを庇うように殲刀「秋水清光」で前方から迫りくるマミーを薙ぎ倒し、さらに奥へと進んでいく。銀姫はロマラの傍で『超越聴覚』を使用する。
「奥から足音が数体、聴こえてくるよ〜♪ まだまだいるみたいだね〜♪」
「やはり親玉を倒さないと、マミーの湧き湧き攻撃は続くかもなあ」
 ルオウは不敵な笑みで言うが、エセルの動向にも注意していた。
「通路の横に気配を感じます」
 和奏が『心眼「集」』を使い、そう皆に告げると、エセルは立ち止った。その瞬間、通路の横からマミーが出現した。
 すぐさまリドワーンが弓で攻撃し、さらに北条が霊剣でマミーを斬り付ける。
 その隙に羅喉丸はエセルの手を引いて、奥へと突き進む。
 宝珠で輝く通路を駆け抜けると、別の大広間があり、そこには不死のアヤカシとしても知られるリッチがマミーを召喚していた。
「リドワーン、頼む」
 ルオウが目配せすると、リドワーンはリッチに狙いを定め、弓で『月影』の矢を放つ。矢がリッチの右腕に突き刺さり、召喚の動きが止まると、ルオウは『蜻蛉』独特の低い体勢から、上段の構えでリッチに攻撃をしかけた。一刀両断と思いきや、リッチは見る見るうちに全身を回復させ、何やら呟いていた。
 すると、エセルは見えないモノに手足を捕まれているのか、身動きが取れなくなっていた。
「エセルくん!」
 助けようとしたロマラは、床から飛び出した瘴気の勢いで倒れこんだ。
「ロマラ、無理は禁物だよ〜♪」
 銀姫が言うと、ロマラはゆっくりと立ち上がった。
「‥‥私なら、大丈夫‥‥それよりもリッチを‥‥」
 エセルは羅喉丸に助けられ、彼の後ろに立っていた。
「羅喉丸、みんな、ここは全員でタイミングを合わせて一斉攻撃してみないか? いくらリッチが自己回復できると言っても、必ずどこかに隙ができるはずだ」
 ルオウの提案に、羅喉丸は大きく頷く。
「そうだな。やってみる価値はある」
「了解だよ〜♪」
 銀姫が平家琵琶を軽く鳴らす。
 リドワーンは無言であったが、作戦を遂行する意思が垣間見えた。
「拙者も異論はない」
 北条もまた、皆と連携する手段を考えていた。
「ここが使い処かもしれませんね」
 和奏は技を使うならば、この時だと思った。
 それぞれが暗黙の了解で、リッチを取り囲むような配置になった。
 開拓者たちの動きに警戒したのか、リッチは召喚するのを止めて、様子を伺っていた。
「‥‥まずは、これからだ」
 リドワーンが『強射「繊月」』を放ち、羅喉丸はリッチに攻め込み『泰練気法・弐』で三回攻撃を放つ。それでもリッチは攻撃を受けつつも、すぐさま回復してしまう。北条の『無双』による一撃目が決まり、本命打を叩きこむ。そして銀姫の『重力の爆音』により、リッチが押し潰される。
「今だね〜♪」
 その合図で、和奏がリッチの腹部に『白梅香』を繰り出すと、瘴気が浄化されていく。ルオウは一撃蹴りをくらわせ、隙も与えぬ勢いで逆さ袈裟に刃が走る。『タイ捨剣』である。
「まだ回復しているな」
「だが、俺は諦めない」
 羅喉丸は『泰練気法・弐』の三回攻撃で、リッチをさらに追い込む。リドワーンが放った『月影』により、リッチは防御態勢を崩した。
 それに気付き、和奏の『秋水』が、その名のごとく敵を斬り裂き、ルオウが『タイ捨剣』を放つ。
「憎しみの連鎖、ここで終わらせてやる!」
 見事な連携攻撃により、リッチは悲鳴をあげて消滅した。
「‥‥死者の魂に幸いが訪れんことを」
 羅喉丸は相手が誰であれ、祈りを捧げた。北条もまた、静かに祈った。


 皆の無事を確認した後、『祭壇の間』へと辿りついた。
 台座の上には『水瓶』が置かれていた。
「これが言い伝えの品かな〜♪」
 銀姫の問いに、ロマラが応えた。
「資料には『バドルの水瓶』と書かれています。一族以外の者が触れると、罠が作動するらしいです」
「エセルなら、この水瓶を持ち出せるということか」
 ルオウはそう言いながら、エセルを見た。
「僕に‥できるでしょうか」
 まだ不安そうなエセルに、ふとリドワーンが言った。
「さてな。俺は依頼を全うできれば、それで良い。おまえ次第だ」
「‥‥分かりました」
 エセルは覚悟を決めて、恐る恐る水瓶に触れ、ゆっくりと持ちあげた。
 特に周辺では変わった様子はなかったが、水瓶が設置されていた部分に文字が書かれていた。
「‥『バドルの水瓶、レドの乙女に与えよ』‥‥要するに、その水瓶をレドの彫刻に設置するという意味か」
 リドワーンがそう告げると、羅喉丸はエセルの肩に優しく手を置いた。
「これでバドルも、レドと再会ができるんだろうな」
「そうですね。リドワーンさんの言うように、集落に戻ったら、この水瓶をレドの彫刻に設置してみます」
 一同は、言い伝えの品を見つけて、地下遺跡から出ることにした。



 外に出ると、夕方になっていた。 
 集落の広場には『レドの乙女』の彫刻があったが、エセルはさっそく『バドルの水瓶』をレドの両腕に置いてみた。夕焼け色に染まった集落は、少しずつ肌寒くなってきた。
「皆さん、今回はご協力ありがとうございました。今夜は我が家に泊まっていって下さい」
 エセルがお辞儀をして言うと、北条も礼を尽くした。
「それは忝い。日が沈むに連れて寒さを感じるが、これは一体‥‥」
「アル=カマルでは夜から朝方まで気温が極端に下がる地域もあるんです。自然現象ですから、アヤカシの仕業ではないですよ」
 エセルにそう言われて、北条は剣を鞘に収めた。アヤカシがまだいるのなら見張りでもしようかと思ったが、その必要はないようだった。
「みなさーん、温かいコーヒーと夕飯が出来上がりましたよ。ぜひ召し上がって下さい」
 ロマラが皆を族長の家へと招き入れる。
「これ全部、ロマラが作ったのかな〜♪」
 銀姫に尋ねられ、ロマラは照れ笑いを浮かべた。
「そうです。良かったら、どうぞ」
 外は徐々に寒くなってきたが、家の中は温かくなってきた。
 夕飯を食べ終わると、銀姫とロマラは二階の窓際で楽器を奏でていた。その音色を聴きながら、エセルは自室で眠りに落ちた。
 北条は一階の部屋で剣の手入れをして、羅喉丸とルオウ、和奏は食後の飲み物で寛いでいた。リドワーンは客室のベッドに寝転び、今回の調査について、いろいろと考えていた。依頼は最後までやり遂げることができたが、この地にはまだまだ謎が残っているようにも思えた。

 
 その夜、夢を見たが、地から解放されて安らぎに満ちたラファの表情、レドとバドルが互いに手を繋ぎ、満月の下で誓い合う姿があった。

 翌朝、干上がっていたオアシスから、少しずつ水が湧き出るようになっていた。
 満月の頃には、水も元に戻ることだろう。
 エセルは自分が一族の子孫だったことよりも、開拓者たちとの出会いの方が、うれしくて仕方なかった。