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■オープニング本文 砂漠に廃墟と化した集落があった。 そこは、数百年前の言い伝えによると『ラファの地』と呼ばれていた。 その地には、ラファという女性とミデンという男性が住んでいたと言う。 ミデンには、二人の弟がいた。 一人は、デリク。もう一人はアガロ。 末っ子のアガロは後継ぎとなり、水を守護する部族の長になった。 だが、オアシスの奪い合いで部族同士の争いが絶えなかった。 それを見かねたミデンは、妻のラファと協力して、話し合いで解決する道を選んだ。 最初は衝突を繰り返していた部族同士も、ミデンの熱意ある説得に心を開いて、ついには和解した。 ミデンの功績を称え、各部族の長は彼に『鏡』を贈った。 それ故、ミデンは『鏡の長』という異名を持つようになった。 正式な長でもなく、異名としてミデンは『鏡の長』と呼ばれるようになり、ラファと共に幸せに暮らしていた。子供も生まれ、健やかに育っていった。 ある日のこと、アガロは兄のミデンが住む地を訪ねた。 「兄さん、おめでとう。鏡の長になったそうだね」 「よしてくれ。皆がそう呼んでいるに過ぎない。私は、ただの人間だ」 ミデンがそう言うと、アガロは顔を歪めた。 「ただの人間が、皆に『長』と呼ばれているのは、ミデン兄さんは不思議だと思わないのかい?」 「そうだな‥正式な長は、アガロだしな。私は妻とひっそりと暮らしたい」 考え込むミデンに、アガロが言う。 「だったら、その願い、叶えてあげるよ」 アガロは嫉妬に駆られて、ミデンの頭に『鏡』を叩きつけた。 騒ぎに気がついたラファが、ミデンの元へと駆け寄る。 「あなた、しっかりして!」 「‥‥私なら、大丈夫だ‥それよりも‥‥」 ミデンが立ち上がろうとした時、アガロはすでに逃げ去っていた。 「部族の長たちから頂いた『鏡』は有難いが、これを持っている限り、アガロは私を憎むだろう。それだけは避けたい。ラファよ、たとえ後世、どう言われようとも、私のお前に対する気持ちは変わらない」 「私もよ、ミデン。その『鏡』は、オアシスに沈めましょう」 二人は三日月の夜、祈りを込めて、オアシスに『鏡』を沈めた。 それを知ったアガロの怒りは消えたが、不満は残ってしまった。 「兄さんが一番大切なモノは『鏡』ではなく、ラファか」 アガロは当時、軽い気持ちで日記に自分の想いを書き綴っていたが、まさか後世に言い伝えとして残ることなど、考えてもいなかった。 自分の子孫たちが苦しむことになるとは、微塵にも考えていなかったのだ。 ● 「人間って、何してるんだろうね」 15才くらいの少年が、ラファ集落にいた。廃墟となった場所だ。 「アガロが書いた日記が後世では伝承として残って、ラファは災いをもたらす者として信じられるようになった‥‥こっちとしてはどうでも良いことだけど、おかげで人間の方から勝手に来てくれるから、ありがたいよ」 少年は、旅人の血を吸っていた。 「もっと、美味い血が飲みたいな。特にラファとミデンの子孫の血は美味いんだよな」 少年は吸血鬼ノーライフタイラントだった。 上位種の個体で、見た目は少年でも、かなり凶暴であった。 見上げると、キマイラが5体ほど飛んでおり、通りかかった旅人を『洗脳』で集落に呼び寄せ、ノーライフタイラントが『吸血』していた。グールとなった者は、キマイラの『水柱』に叩きつけられ、痛みを感じることもなく、消滅していく。 それを見ても、タイラントは退屈そうに屋敷跡の階段に座っていた。 「僕はただ、美味しい餌が欲しいだけなんだけどな。なかなか来てくれないね。気長に待つか」 空からキマイラの遠吠えが響き渡っていた。 ● 吟遊詩人ロマラ・ホープ(iz0302)は、ラファ集落の異変に気付き、足を止めた。 「キマイラが集落の上に飛んでいます」 「せっかく謎が解けそうだって言うのに、またアヤカシなのー?!」 同行していた見習い巫女のケートが思わず頭を抱える。 ロマラとケートは、『ラファの鏡』をラファ集落のオアシスに沈めるため、やってきたが、アヤカシの存在に気付き、付近の村にある宿屋に泊まることにした。 宿屋の女将から話を聞くと、村に立ち寄った旅人が何かに導かれるようにラファ集落へと向かい、数日経っても戻ってこないらしい。砂漠の勇士たちが偵察に行ってみたが、どうやら少年の姿をした吸血鬼が住み着き、数体のキマイラが集落付近を飛び回っていたことが分かった。 集落の近辺には、いくつか村があったが、今のところアヤカシに襲撃されていない。だが、村の警備を固めて、住民たちを守ることにしたようだ。ジンを持つ者たちが各地の村に派遣され、襲撃に備えていた。 だが、ラファ集落に住み着いたアヤカシを倒すには人数が足りない。そこで、退治してくれる開拓者をギルドで募集することになった。 アヤカシを退治すれば、ラファ集落のオアシスまで行って、『鏡』を沈めることもできるだろう。だが、実際、どういったことが起こるのか不明である。 言い伝え通り、『鏡』をオアシスに沈めると本当に災いが消えるのか? ロマラたちは真実を確かめるため、ラファ集落に向かう準備をしていた。 |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
无(ib1198)
18歳・男・陰
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
星芒(ib9755)
17歳・女・武 |
■リプレイ本文 アル=カマル。 ラファ集落に一番近い村に辿り着いた開拓者たちは、見習い巫女のケートに案内されて、村外れにある屋敷に招かれた。 「じっちゃん、ただいま」 ケートが中に入ると、初老の男性が出迎えてくれた。 「此度は依頼に応じて下さり、感謝致す」 どうやら依頼人はデリクの子孫である長老だったようだ。 「長老さん、アガロの子孫がケートちゃんの居場所を教えていたみたい‥吸血鬼に脅されて」 星芒(ib9755)が先日の経緯を話すと、長老は思いつめた様子だった。 それに気付き、クロウ・カルガギラ(ib6817)が気遣うように言った。 「ラファの鏡を水に沈めるというのは、アヤカシを封じる儀式の一環でしょうか?」 クロウは敬語を使い、長老に対して礼を尽くす。 「そう解釈されることが多いのじゃが、ミデンがオアシスに鏡を沈めたのはアガロの怒りを消し去り、仲を取り戻したかったとも言われておる」 長老が応えるが、笹倉 靖(ib6125)は普段と変わらずの口調だ。 「そういや、ラファの鏡は『月の建造物』で発見されたんだが、言い伝えで沈めた『鏡』ってのはどうなってんだ?」 その疑問に、竜哉(ia8037)が思いついたことを述べた。 「鏡を水に‥まるで合わせ鏡だな。となると、長老から聞いた言い伝えが正しければ、過去に沈められた鏡はミデンのものだろうな」 「なるほどねぇ、ラファとミデンの合わせ鏡ってことか」 靖が頷くと、ケイウス=アルカーム(ib7387)がケートに声をかけた。 「つまり、鏡は本来2つあって、ケートが持っている鏡だけが『ラファは災いをもたらす』という話を否定する材料にもなりそうだね」 「アタイも、そう信じたい。実際、鏡をオアシスに沈めてどうなるか分からないけど」 ケートがそう言うと、星芒が何か閃いたようだ。 「ミデンの墓近くに地下遺跡があったんだけど、もしかしたらラファの鏡を沈めると、遺跡に何か変化が起こるかも☆ 地下遺跡に月灯りみたいに輝いていた部屋があったんだよね」 「あぁ、そうだったな。ロマラから聞いた話なんだが、ラファの鏡を守っていたのはバドルの血を引く村長だったらしいぜ。住民たちはそのことを知らず、秘宝探しに巻き込まれたこともあったけどな」 靖が思い出すように言うと、ケイウスが口を挟む。 「さっきから気になってたけど、ロマラの様子が妙だね」 言われて見れば、ロマラ・ホープ(iz0302)が‥‥。 愛用のリュートを持って、ロマラは椅子に座り、上の空だ。 「さすがのロマラも、あの話を聞いたら仕方ないか」 靖の言葉に、心配そうな表情をするケイウス。 「やはり何かあったんだね」 靖が言うにはロマラの知人が吸血鬼の犠牲になっていたらしい。 村人達は別の村に避難して、ベドウィンたちが周囲の警護をしていたのだが、遠視術を使えば村から2キロ辺りに位置するラファ集落の様子も偵察することができた。 開拓者たちが来るまで、ベドウィンたちが待機していたのだが、数人の人間が集落へと向う姿を目撃していた。そのことをロマラが知り、勇士たちから話を聞いているうちに知人が亡くなっていたことが分かった。 「ロマラ、気持ちは分かるよ」 ケイウスは気を取り直して、ロマラにこう告げた。 「分かるっていうのは傲慢かもしれないね。だけど、今回はロマラの協力も必要なんだ。もちろん、俺もできるだけのことはするから」 話を聞いて、クロウが真剣な顔付きで言う。 「吸血鬼たちは今も同胞を殺し続いているんだ。ロマラさん、しっかりしてくれ。アヤカシをこのまま野放しにしていたら、さらに犠牲者がでる‥それを食い止めるんだ」 犠牲者。 協力。 その言葉に反応して、ロマラは落ち着きを取り戻した。 「‥すみません。もう少しで足手纏いになるところでした。私も皆さんのお力になれるなら協力します」 「よろしく頼むよ」 ケイウスが安堵すると、ロマラが立ち上がった。 竜哉もまた、この地をアヤカシに好き勝手されることは見過ごせなかった。 「本来ならば人々が住んでいた場所を、アヤカシたちに渡す道理はないからな。準備が済み次第、出発しよう」 ● 村の入口から、クロウが『バダドサイト』を使い、ラファ集落の動向を窺っていた。 「7人の人間がラファ集落に向って歩いている‥洗脳されている可能性があるから、急がないとな」 「だったら、飛行できる相棒を持っている者たちが先駆けしてくれると助かる。アーマーの起動時間を考慮して、俺は後方から行くつもりだ」 竜哉は地上から攻めるつもりでいた。 「分かった。俺が先駆けで空中から攻めてみるな」 空中戦ができるのは、クロウの相棒である翔馬だけだった。 「あたしの相棒は提灯南瓜の七無禍だから、後方隊に入るね☆」 星芒と同じく、後方隊に加わったのは提灯南瓜の紅緋を相棒に持つ靖である。 「ロマラの相棒は?」 「私は甲龍です。クロウさんに付いていきますが、あくまでも皆さんのサポートです。ケートさんは相棒がいませんから、後方隊に入って下さいね」 ロマラに言われて、ケートは元気よく返事していた。 「了解!」 「俺は破龍のルドラを連れてきたから、後発隊に入るよ」 ケイウスの相棒、ルドラは地を走ることに特化した龍だ。 「プラティン、行くぞ!」 クロウは相棒の翔馬プラティンに騎乗すると、空へと舞い上がり、ロマラも甲龍に乗って続くように飛んでいく。 後発隊はルドラに騎乗するケイウスを先頭に、地上から進むことになった。ルドラは久しぶりの故郷を楽しそうに走り、砂塵が舞い上がる。 全員が集落の入口付近に辿り着いた頃には、アーマー「戦狼」RE:MEMBERは戦闘体勢となり、竜哉は『効率稼動』を発動させ、周囲を警戒していた。 すでに集落の上空ではクロウが『騎乗戦技』で巧みに翔馬を駆り、名刀「ズルフィカール」でキマイラ2匹を斬り落としていた。 できれば吸血鬼を先に倒したかったが、姿が見当たらず、戦陣を使う時ではない。クロウは襲撃をしかけてきたキマイラを倒すことにした。 攻撃を受けたキマイラが落下すると、竜哉の騎乗する戦狼が霊翼「フギン」を構えて『オーラショットバスター』を繰り出した。射程内にいたキマイラは戦狼の技により2匹とも消滅。 「まだキマイラはいるな」 「吸血鬼も紛れ込んでいるかもしれないから、気を付けて!」 星芒は周辺に霧があることに気付き、ケートの前に立ち、『無縁塚』を解き放った。霧はダメージを受けて、消え去ったかと思うと、多量の蝙蝠が上空へと飛び去って行った。 ロマラは星芒に頼まれて、オアシスから離れた場所から『怪の遠吠え』を奏でていたが、音に反応したキマイラ3匹は地上に降り立ち、咆哮をあげていた。 実際に集落にいたキマイラは10匹だったが、クロウと竜哉の攻撃で4匹が消え、残りは6匹となった。地上にいるのは3匹、上空を飛び回っているのも3匹だ。だが、霧がキマイラを包み込むように漂っているのは見て取れる。 「蝙蝠がいない? じゃあ、上空の霧は吸血鬼かも」 星芒は前もって『戒心発』を唱えていたこともあり無事だったが、ケートは幻覚に飲み込まれて悲鳴をあげた。 「ケート、大丈夫だよ。俺たちがいるから」 ケイウスが詩聖の竪琴で『安らぎの子守唄』を弾き始めると、ケートは正気に戻った。 「‥‥あの野郎‥嫌なこと、見せやがって‥」 ケートが見た幻覚は両親が殺されるというものだった。さすがのケートも怒り心頭だ。それよりも怒りで口調が変わっている。誰の影響だろうか。 「ケート、無茶して前に出るなって言っただろう」 靖が言うと、ケートが振り返った。 「だって、あいつ、アタイの一番嫌な過去を見せやがったぁー」 「たくっ、いつのまに、言葉が荒くなってんだ。ケートには鏡をオアシスに沈める役目があるだろう。お前さんは後衛にいて味方の援護に徹してろ」 靖が宥めると、ケートはしぶしぶ後ろに下がった。 「絶対、あの吸血鬼だけは許さないんだからー!」 まだ怒りが消えず、ケートが叫ぶ。だが、靖の鋭い眼差しで、ようやくケートは大人しくなった。 「いいか、俺の戦闘まで真似すんな。しっかりと状況を把握して、怪我人を見つけたら治癒だ。分かったな?」 「ううっ、分かったよ。しっかりやるよぉ」 ケートは半泣きだったが、いつも通りだと分かり、靖は微かに笑っていた。 二人のやり取りを見て、ケイウスはふと呟く。 「誰の影響だろうと思ったけど、靖だったのか」 「何か言ったか?」 靖はケイウスにギロリと瞳を向けた。 「な、何も言ってないよ。気のせいだよ」 少し焦るケイウス。 「びびったのか?」 靖の突っ込みに、ケイウスがハッとした。 「びびってないよ! それよりも俺達、空中戦は無理だから、地上にいるキマイラをなんとかしないとね」 言った途端、地上にいるキマイラは水柱を出現させ、威嚇してきた。提灯南瓜の紅緋は水が嫌いだったこともあり驚いていたが、敵の射程距離外にいたため、攻撃は受けなかった。 上空に飛んでいたキマイラは真空刃を次々と放ってきたが、クロウを守るため、プラティンが素早い動きで回避する。 「さすがプラティン、ありがとう。次は地上だ。上空の霧がなくなったのが気になるからな」 クロウはプラティンに乗ったまま下降し、『戦陣「龍撃震」』を発動させた。竜哉が騎乗する戦狼が射程距離内にいるキマイラに狙いを定めて『オーラショットバスター』を放っていた。地上にいたキマイラが一匹消滅するが、上空のキマイラたちは動じることもなく、飛び回っていた。どうやら次の攻撃に備えているようだ。 「ここからなら、まとめて攻撃できるね」 ケイウスの『魂よ原初に還れ』はまるで生まれ出る前の世界に戻るような旋律で、キマイラ2匹にダメージを与えていたが、敵の外傷がまるでない。だが、紅緋が『お化け火』で攻撃すると、キマイラは灰のように崩れ去り、消えていく。 「やったゾ〜!」 「紅緋、よくやった」 靖は相棒の頭を撫でた。もう一匹のキマイラは、ルドラの『龍翼刃』で斬り裂かれ、消え去った。 「ふっふっふ、ざまーみろだゾ!」 紅緋は自慢げに笑っていた。 「まだ終わってないからね。吸血鬼の姿が見当たらないし」 ケートは警戒していたが、瓦礫の下から突如、隆々とした巨漢が勢いよく立ちあがり、彼女を羽交い絞めにしようとした。 「ケートちゃん!」 星芒が『転幻喝破』で巨漢を弾き飛ばすと、ケートはとっさに脚蹴りした。 「気絶かな? 確か吸血鬼って少年の姿をしてたって聞いてたけどなぁ」 巨漢の姿は変わらず、吸血鬼が変身したものではなかった。 「ケートちゃん、この男、知ってる?」 星芒が問うと、ケートは知らないと言う。 「そうか。君がケートか」 そう言って、舞い降りて来たのは美少年の吸血鬼ノーライフタイラントだった。 前兆もなく現れたのは、瘴気封印を使っていたためだろう。 「ようやく見つけたよ。僕と遊ばない?」 「お断りだよ」 ケートはすかさず星芒と靖の後ろに隠れた。 「隠れても無駄だよ。すぐに見つけるから」 吸血鬼はそう言った途端、蝙蝠と化した。靖が呆れたように溜息。 「自分は隠れてばかりで、目当てはちゃっかり見つけるとは、軽薄だねぇ」 靖の放つ『白霊弾』は全て命中しているが、あまりにも蝙蝠の数が多い。 七無禍は相棒剣「ゴールデンフェザー」を掲げ、『南瓜爆弾』を投げつけた。爆発に巻き込まれた蝙蝠は消滅するが、本体の蝙蝠は範囲魔法を警戒して、さらに上空へと舞い上がり、飛び交うキマイラと共にさらに上昇していく。 星芒の攻撃も届かなくなり、ケイウスも攻撃魔法の範囲外だと判断して、万が一に備えて『天鵞絨の逢引』を奏で、ケートたちに精霊の加護を施した。 「射程距離外まで行く気か‥厄介だな」 竜哉はアヤカシの中で、吸血鬼が一番嫌いだった。 「キマイラだけでも、俺が倒してくるな」 クロウがプラティンに騎乗して上空のキマイラを追う。敵が旋回したかと思うと、キマイラが『幽瞬撃』でクロウを叩き落とそうとする。だが、プラティンは主の命令で『風翼翔衣』を使い、敵の攻撃を軽やかに回避していく。 クロウはキマイラ3匹を倒すことができたが、霧化した吸血鬼は古惚けた屋敷へと向っていた。 ● 「‥‥なんてこった」 靖は思わず、こう告げた。 吸血鬼が逃げ込んだ屋敷の一室に入ると、グールと化した者が互いに殴り合い、ついには共倒れで瘴気と化して消えていく。 星芒も吸血鬼を追って、部屋まで来たが、立ち止り、あまりの出来事に目を見張った。 「まさか、吸血鬼は‥」 周囲を見渡すが、気配はない。いたとしても瘴気封印で発見は難しい。 「あれ? 誰もいないね」 ケートが部屋の中を覗き込んだ頃には、人間たちの姿は全て消えていた。捕まった人々がどうなったのか、ケートには知る由もなく、知っているのは靖と星芒だけだ。 屋敷の外で待機していた竜哉は戦狼に騎乗したまま、吸血鬼が出てくるのを待っていた。ケイウスも相棒と一緒に外にいた。 「壊れた窓から、蝙蝠が出てきたよ!」 ケイウスの指摘で、竜哉の戦狼が『オーラチャージ』でオーラを纏い、次の瞬間『オーラショットバスター』を放った。 敵を狙い撃つことはできたが、まだ全て消えていない。さきほど屋敷に戻った時に、人間の血を吸って生命力を回復させていたのだろう。 「だったら、これで」 ケイウスが『魂よ原初に還れ』を奏で、蝙蝠の群れを音色の攻撃で包み込む。半数の蝙蝠は消え去ったが、本体の蝙蝠は遥か西へと飛んでいった。クロウがプラティンに騎乗して飛び、蝙蝠を追いかけていく。宝珠銃「ネルガル」で蝙蝠を二匹撃ち落とすことができたが、吸血鬼は霧化すると、そのまま逃亡に専念して、夕日に向かって飛んでいく。 そこまでは追跡できたが、さすがのプラティンも霧化した吸血鬼を見つけ出すことはできなかった。 3日目、4日目が過ぎても吸血鬼は集落には現れなかった。 ついに5日目の夜‥。 開拓者たちはオアシス付近に天幕を張り、月が昇るのを待っていた。 ケイウスはオーバーコートを着ると野宿のために火を熾し、星芒は皆に花茶「茉莉仙桃」と南瓜月餅を配っていた。 竜哉は毎朝、『保天衣』を使っていたこともあり、急激な気温差にも対応できていた。 クロウは他儀の仲間に砂漠での対処方法を話していた。 「夜は身体が冷えないように袖口や襟元を閉じるようにした方が良いよ。昼間は日差しを遮るために全身を覆う服やマントを羽織るのが基本かな」 星芒が携帯していた茣蓙を敷いて座り込み、お茶を飲みつつ、周囲を見渡す。相棒の七無禍が『闇への誘い』で辺りを明るく照らしてくれていた。 真夜中になり、空に三日月が見えた。 「そろそろ時間か」 靖が天幕から出ると、相棒の紅緋は主の肩にしがみ付いていた。 ロマラが見張り役になり、ケートは仲間たちを連れて、オアシスの前に立った。 竜哉は鏡の言い伝えに疑問を感じていたが、何かを解放する鍵ではないかと考えていた。 「薄い氷が張ってる‥さすがに寒いね」 ケートは緊張気味に言うと、ラファの鏡をオアシスに投げ込んだ。 靖はケートを見守りながら、一緒に祈っていた。 重さで鏡は沈んでいき、しばらくすると、水面が揺れ始めた。 轟音が響き、オアシスの中央辺りに小さな塔のようなものが見えた。 「あれって、もしかして、地下にあった遺跡の一部が浮上したのかも」 星芒の予想通り、オアシスの下に遺跡があったのだ。 少し経つと、遺跡と水際を繋ぐ道ができていた。これでいつでも遺跡内部に入れるようになった。 以前までは、真夜中のみ、限られた時間だけしか、遺跡に入ることができなかったのだ。 水に浮かぶ古代遺跡の裂け目から、宝珠の淡い光が漏れて、一筋の流れ星のように見えた。 最終日になっても、吸血鬼を発見することができなかったが、キマイラは全て退治することができた。 何よりの収穫は、ラファとミデンが子孫たちのために作った遺跡が、地上に現れたことだ。 これが物的証拠ともなり、いずれは住民たちにもラファの真実が少しずつ広がっていくことだろう。 別れ際、星芒はケートに話しかけた。 「ケートちゃん、エセル君のいる集落に戻るの?」 「報告もあるから、戻るよ」 「そっか。何か進展があったら教えてね☆」 意味ありげに微笑む星芒。 ケートは一瞬、意味が分からなかったが、靖の顔を見て、気が付いた。 「エセルには、まだ何も言ってないよ。アタイたち、まだ知り合ったばかりだしさ」 「出会った時からってのもあるだろ?」 靖が言うと、ケートは顔を赤らめた。 「そんなんじゃないよ!」 「ふーん、ケートさん、好きな人がいたんだ。そうかそうか」 クロウにそう言われて、ケートは何故か言い返せなかった。 果たして、ケートの行く末は‥‥。 それは後日、分かるかもしれない。 「それじゃ、ケート。エセルによろしくね」 ケイウスがそう言うと、竜哉は気になっていたことをケートに告げた。 「今回、遺跡を発見することはできたが、吸血鬼の居場所は特定できなかった。気をつけろ」 「分かった。またアタイを狙ってくるかもしれないからね」 ケートは気を引き締めた。 そうだ。今後も吸血鬼に襲われる恐れがある。 「ケートさん、私もレド集落までお供しますよ」 ロマラはケートの心情を察して、今後も一緒に行動することにした。 少年吸血鬼は、術的ではなく、心理的にケートを追い詰めるつもりでいたようだ。 ならば、また会うこともあるだろう‥‥。 『ただ美味しい血が飲みたいだけなんだ』 吸血鬼は血を求めて、砂漠を彷徨っていた。 |