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■オープニング本文 アル=カマル。 砂漠の土地にも、人々が暮らす集落があった。 「エセル君、お久し振りです」 吟遊詩人ロマラ・ホープ(iz0302)は、見習い巫女のケートを連れて、レド集落に来ていた。 「ロマラさん、本当に久し振りだね。そちらの女の子は?」 レド集落の若き族長エセルが少女に目を向けると、ロマラが応えた。 「ケートさんと言います。旅先で知り合った女の子です」 「‥‥はじめまして。ケート‥だよ」 遠慮がちに言うケートに、エセルが手を差し伸べる。 「こちらこそ、はじめまして。エセルと言います。数日後には祭りがありますから、滞在中はゆるりと楽しんでください」 「‥‥ありがとう。しばらく厄介になるね」 ケートはエセルの手は握らず、丁寧に御辞儀する。 その様子を見て、ロマラは少し心配そうな顔をしていた。 (もしかして、ケートさん‥‥イリドさんのことで‥) ケートはラファ集落の生き残りであったが、旅先では事実を隠していた。 自分が生き残ったのは、イリドという開拓者が助けてくれたから‥だが、ケートは自分のせいでイリドは亡くなったという思いが消えず、エセルの手を握ることさえできなかった。 何故なら、エセルは命の恩人であるイリドの弟だから。 本当のことを話せば、きっとエセルや人々は自分を責めるだろう。 責められるのは当然だ。 エセルの大切な兄が亡くなったのだから。 自分のせいで‥。 そう思うと、ケートはエセルの顔をまともに見れなかった。 「ケートさん、お加減でも悪いんですか?」 エセルの声で、ケートは我に返った。 「大丈夫だよ。アタイのことを気にしないで」 「あの、僕‥何か失礼なこと、しちゃったかな?」 申し訳なさそうに言うエセル。 「ち、違うよ。そんなんじゃないよ。だから、気にしないで」 そう言いながら、ケートは広場まで走り去っていった。 どうにも追いかける雰囲気ではないと感じて、ロマラとエセルはしばらく族長宅の前で立ちつくしていた。 「どうした、エセル」 屋敷から、エセルの父である御隠居が出てきた。 「おお、ロマラ殿ではないか。さあさあ、遠慮せず、中に入ってくれ」 「御隠居さん、お久し振りです。今回はご報告したいことがあって来ました」 ロマラは数日前に御隠居宛に手紙を送っていた。直接、『ラファ伝記』の内容を見せて、エセルと御隠居に話し、今後どうすれば良いか、ロマラは考えていたのだ。 客室に入り、珈琲を飲みながら、話し合うことにした。 エセルはレド族に代々伝わる書物『レドの民話』を卓の上に置いた。 「この本には『穴を封じるため、石碑を立てた』という記述があって、集落には『始末の石碑』があるんだ。以前、この石碑が崩れた時、アヤカシが出現したけど、開拓者さん達が退治して、石碑を元の位置に戻してくれたから助かったんだ」 エセルがそう言うと、御隠居がさらに話を続ける。 「そういうこともあって、我が一族でも『ラファは災いをもたらす』と信じている者が多いのじゃ。エセルもラファの夢を見て、苦しんでいたことがあったが、ワシも子供の頃にラファの夢を見たことがあった」 「私の憶測に過ぎませんが、レド族の長になる者にはラファの夢を見ることで、何か起きるということでしょうか?」 ロマラの問いに、エセルが耐えていた想いを話し始めた。 「夢に現れたラファは、とても哀しい瞳をしていた‥本当は妹のレドを大切に思っていて‥それなのに、ラファの夫であるミデンを逆恨みした男が事実を歪めて、ラファの血族は災いをもたらすと伝承として残したんだ。そのせいで、ラファ族は何百年も苦しんでいたんだ。人々の思いは強い。それを逆手にとって、ラファ族は呪われた者として信じこませたんだ。何百年も続いた伝承を覆すのは難しい。僕でさえ、最初はラファは災いをもたらすと信じていたくらいだ」 それを聞いて、ロマラは思い出すように言った。 「‥‥私も、伝承を調査する前はラファは災いだと思っていました。ですが、イリドさんは『ラファ伝記』を見つければ、事実が分かると信じて‥ようやく発見した時にラファ集落にアヤカシの集団が現れて‥‥」 全滅。 ラファ集落は滅んだ。 誰もが、そう思っていた。 だが、イリドはケートを命懸けで助けて亡くなった。 ロマラは意を決して告げた。 「お二人には話しておきます。ケートさんは、ラファ集落の生き残りです。このことは住人たちには話していません。知っているのは、依頼を閲覧した開拓者さん達、ミデンの弟デリクの子孫である長老です。ギルドには伝承の調査として報告しています。それ以外で事実を知っている者がいれば、事実を歪めた男の子孫である可能性が高いです」 「ふむ、祭り見物に紛れ込んで、ケートちゃんをさらう恐れもありそうじゃな」 御隠居の言葉に、エセルは気が付いた。 「そうだったのか‥それで、ケートさん‥僕のこと‥」 もしかしたら彼女は‥エセルは、ふと考え込んでいた。ロマラが珍しく熱意のある顔付きになった。 「ケートさんはエセル君と会うことを楽しみにしていました。ここに来るまでは、とてもはしゃいでいて‥けれど、実際に会ったら、本当のことを知られたら、自分は嫌われるのではないかと‥だから‥」 ロマラが懸命に言うと、エセルは一息ついてから、哀しそうに微笑んだ。 「きっと、イリド兄さんが亡くなったのは、自分のせいだと思い込んでいるのかもしれない。僕はそんなこと、思ってないけど、ケートさんはまだ心のどこかで自分を許せなくて、だから僕に顔向けできなかったんだね。たとえ住人たちが事実を聞いて信じてくれなくても、僕はケートさんのこと、信じるよ。だって、イリド兄さんが命懸けで守った人だから、今度は僕がケートさんを守るんだ」 エセルは亡き兄イリドの意思を継ぐことを、以前から決めていたようにも感じられた。 「エセル君、ありがとうございます」 ロマラが礼を言うと、エセルは少し照れていた。 「お礼を言われることじゃないよ。だって、当たり前のことだからさ」 なんと立派になったのだろう。 父である御隠居は、息子の姿を眩しそうに見ていた。 そして。 ケートは、レド集落の外れにあるオアシスの水際に座り込み、考え事をしていた。 数日後に始まるフォークローロ祭。 ここまで来てしまったが、自分は参加しても良いのだろうか? ロマラは何故、本当のことを知っているのに、自分を見捨てないのか? それどころか、知っていて優しくしてくれる。 どうして? ロマラにとってもイリドは大切な友人なのに。 大切な人が自分のせいで亡くなったのに、どうして? ケートは人知れず、泣いていた。 |
■参加者一覧
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
无(ib1198)
18歳・男・陰
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
星芒(ib9755)
17歳・女・武 |
■リプレイ本文 アル=カマルの国教は聖典主義であるが、絶対的な教義ではないためか、異文化に対しては寛容である。 部族ごとに祭りの時期は異なることもあるが、レド族は『月』を信仰する者が多い。 レド集落では、数日後にフォークローロ祭が始まることもあって、人々の行き交う声で賑わっていた。 見習い巫女のケートは一人静かに居られる場所を求めて、集落の南にあるオアシス付近で座り込んでいた。 しばらくすると、ゆらりと風のようにやってきた男がいた。笹倉 靖(ib6125)だ。 「よう、元気だったか?」 「靖お兄ちゃん?!」 ケートは涙を拭って、顔を上げた。 「どしたの? 何かあったの?」 慌てて誤魔化すケート。 「それはこっちの台詞だな。理由‥言えるようになったのか?」 靖の問いに、ケートは黙り込んでしまった。 「‥お前さんは一人で考え込んで、人には相談しないところがあるよな」 「だって‥アタイのせいで、エセルの大切なイリドお兄ちゃんが‥」 ケートがたどたどしく言うと、靖は隣に座りながら応えた。 「ロマラやエセルに、どう思っているのか聞いてみたのか? ま、聞けないから、ここにいるんだろうが、せっかく祭りに来たんだ。楽しんでも良いんじゃないのか?」 「だけど‥」 まだ迷っているケートに、靖は思いついたことを提案してみた。 「ケートは巫女だろ。舞いでも披露してみたらどうだ? 俺も一緒に踊ろうか?」 それを聞いて、ケートの表情が少し明るくなった。 「靖お兄ちゃんの舞、見てみたいなー。異国の舞って、間近で見たことないから、住人たちも喜ぶだろうね」 「そうと決まったら、本番までに舞の打ち合わせでもするか。ロマラたちも族長の家にいるはずだぜ」 靖が立ち上がると、ケートはようやく走り出した。 「一緒に踊るの、楽しみにしてるねー」 そう言って、ケートは族長宅へと向かっていった。 彼女の様子に、靖はふと微笑んだ後、歩き出した。 ● 「ケートちゃん、お帰りぃ☆」 族長宅にケートが辿り着くと、星芒(ib9755)が手を握り締めた。 「無事だったんだね。心配してたんだよ」 星芒の言葉に、ケートは照れ笑いを浮かべた。 「ごめんなさい。靖お兄ちゃんが迎えに来てくれて、祭り本番で一緒に舞を披露することにしたんだ」 「そっかー、良かったね☆ あたしも楽しみにしてるね。ほんじゃ、中へ入って」 星芒の導きで家に入ると、フェンリエッタ(ib0018)、无(ib1198)、クロウ・カルガギラ(ib6817)の姿もあった。 「ケートさん、はじめまして。俺はクロウ。祭りが成功することを祈ってるよ」 「ありがとう。人前で踊るのは初めてだから緊張するけど、応援してくれる人がいるから、アタイ、やってみるね」 ケートがそう言うと、フェンリエッタはうれしそうに微笑んだ。 「その意気よ。ケートさんがやる気になれば、族長さん達も楽しんでくれるわ」 「フェンリエッタさん、ちょっとお話が‥」 星芒はそう言いつつ、フェンリエッタに小声で内緒話を持ち出す。 「ケートちゃんが祭りで踊るなら、衣装替えもするはずだよね。万が一のことも考えて、『ラファの鏡』と『ティアロの髪飾り』は一時的に預かって、誰かに盗まれないように南瓜檻の罠を保管した場所の近くに設置するつもりなんだけど」 ケートには聴こえなかったのか、首を傾げていた。フェンリエッタは星芒の計略に乗せるようにケートに告げた。 「ケートさん、ここにいる間、私と同じ部屋で寝泊まりなんて、どうかしら?」 「ホント?! ぜひお願いだよー。旅先だと、ロマラお兄ちゃんってば気を効かせ過ぎで、いつも別室だったからさ」 楽しそうにケートが言うが、ロマラ・ホープ(iz0302)は真面目に返事していた。 「またそれですか‥年頃の少女と同じ部屋など、できる訳がないでしょう?!」 「とまあ、いつもこの調子なんで、アタイ、一人で部屋にいることが多いんだ」 笑いながら言うケート。 「遊びはこれくらいにして、フェンリエッタお姉ちゃんと同じ部屋でお願いしまーす」 「なんですか、遊びとは? それはともかく、フェンリエッタさん、滞在中はケートさんのこと、よろしくお願いします」 ロマラが御辞儀すると、フェンリエッタも礼で返す。 「こちらこそ、よろしくね。私は祭りの準備を手伝いながら集落の様子も警戒しておくわ」 「それは助かります。これで作業にも専念できます」 ロマラが言った後、ケートが不思議そうに聞いてきた。 「作業って何?」 「え? いやまあ、その、族長の家をですね、整理整頓しようかなと」 ロマラの態度に、クロウは極秘調査であることを察して、話に加わる。 「俺もロマラさんの手伝いで来たんだ。書物の片付けをしてから祭り見物もするよ」 「そ、そうです。クロウさんの言う通りですよ」 どことなくぎこちないロマラに助け舟を出したのは无だった。 「エセルが族長になったから、何かと資料が増えたと聞きましてね。私たちは資料の整理をするんですよ」 「そうなんだ。なんだか大変そうだね」 ケートが思い悩んでいると、无が言った。 「資料の整理は得意なんで、大丈夫ですよ。それぞれ好きなことで手伝うだけですからね。ケートは祭りで舞を披露するんでしょう。単に得意分野が違うだけです」 「なーるほど、じゃあ、アタイは舞の練習もしておこうっと」 そう言って、ケートはフェンリエッタを連れて二階の部屋へと入っていった。 見届けた後、ロマラは安堵の溜息。 「无さん、ありがとうございます」 「私は嘘は言っていませんよ。ケートには余計なことで苦しんでほしくないだけです」 偽りの言い伝えで何百年も苦しんでいたラファ族。その血を引くケートが生き易くなるためにも、无はレドとラファ関連の伝承を調査して、真実を追求したいと思っていたのだ。 ● 集落では、祭りの準備が始まっていた。 フェンリエッタは屋台の手伝いで、材料の手配をしていた。 市場では珈琲豆、旬の果物などが売り買いされ、店主たちの張り合う声が響く。 「新鮮なイチジクはあるかしら?」 果物屋を見つけて、フェンリエッタが声をかけると、店主が「あいよ」と威勢の良い声で答える。 お代は屋台の店主が前払いしていたため、篭一杯に入ったイチジクを、フェンリエッタは持ち帰ることにした。相棒の闘鬼犬フェランは『絶対嗅覚』で付かず離れずの距離で周囲を警護していた。 フェンリエッタが警戒も兼ねて『超越聴覚』を使いつつ屋台に戻ると、ケートが手を振った。 「お帰りなさーい。これで材料は揃ったね」 「イチジクで作ったお菓子やジュースを、この屋台で売るのね」 フェンリエッタが言うと、屋台の主が礼を言った。 「助かったよ。ありがとう。この時期は重い荷物が多くてな。仕込みには三日ほどかかるが、これで本番までには間に合いそうだ」 「祭り本番の時は菓子作りも手伝うわ」 フェンリエッタはそう告げた後、気になっていたことを主に尋ねた。 「この集落では、何を祭っているのかしら?」 「広場に乙女の彫刻があるんだが、我が部族の祖先でな。レドを祭って、いろんな願い事をするんだ。俺の場合は商売繁盛だがね」 「人によって願い事は違うのね?」 「まあ、基本は部族の安泰で、誰もが幸せになるように願うってのが趣旨だな」 主の言葉に、フェンリエッタは思い出した。 ラファも、子孫の幸せを願っていたことを。 どこで、言い伝えが捻じ曲げられたのか‥今、この場で言う訳にはいかない。 気を取り直して、フェンリエッタは話を逸らす。 「素敵な祭りね。ここに来て良かったわ」 「あの、そろそろ‥」 ケートが躊躇いがちに言うと、フェンリエッタが振り返った。 「そうだったわ。練習の時間だったわね。戻りましょう」 そう言って、主に礼を告げ、二人は族長宅へと戻った。 ● 滞在中、ケートはフェンリエッタと同じ部屋で寝泊まりすることになった。 夜間はフェンリエッタが定期的に『瘴索結界』を使い、見張りをしていた。 朝になると、フェランが二人を起こしに部屋に入ってくる。 昼間、ケートは族長宅の庭で靖と一緒に舞の練習。 靖は舞いながら『瘴索結界「念」』を使い、周囲を警戒していたが、ケートは異国の舞を夢中で見ていた。 「綺麗ー。術を使いながら舞うと神秘的だね」 「舞うだけでも良いんだが、術を使うと巫女らしいだろ? ケートも使えるなら、本番でもやってみたらどうだ? 巫女は人助けができるってこと、皆に見せて安心させてやろうぜ」 靖の粋な計らいに、ケートはうれしそうに頷く。 「アタイもやってみるね」 ケートは靖の舞に合せて、即興で踊り始めた。 「なかなか上手いじゃないか。呑み込みが早いな」 「そっかな」 照れ笑いするケート。 「本番では衣装替えをするよな。その間は星芒が秘宝を預かって、俺が髪結いしてやろうか?」 靖に言われてケートはしばらく考え込んでいたが、笑みを浮かべて言った。 「それじゃー、お願いしちゃおっかなー」 「ケートは地元の民族衣装に着替えて、髪形は‥そうだな、和風な編み方にしてみるか?」 「異国の髪形かー。お洒落で良いかも。よろしくでーす」 ケートは靖の心遣いに、とても心が温かくなった。 ● 一方、クロウたちは族長の書斎で資料を調べていた。 「ラファ伝記にもレドの民話にも、オアシスの取り合いで部族同士で争いになった‥という記述があるな。災いというのは争いを意味しているとか? それと『親戚のアガロ』という記載もあったが、その家系について何も書かれていないのが引っかかるな」 クロウの機転に、无は隣に座っている相棒‥尾無狐の頭を撫でながら、椅子に腰かけた。 「災いが争いなら、ラファとミデンは争いを止めるために各地に居る部族を廻り、脅威を封じようとした‥とも考えられます。再び争いになった時に備えて、秘宝を後世に残したのでしょう」 星芒も調査に参加していた。相棒は提灯南瓜の七無禍だ。 「デリクのことは名前すら登場してないんだよね。脅威というのはアヤカシかな? 集落の『始末の石碑』付近では未だに下級アヤカシが出没することがあるから、砂漠の勇士たちが退治してるらしいよ。依頼にならないのは勇士たちだけでも倒せるからだって。あたしと七無禍で何匹か倒してきたから、祭り期間中はなんとかなるかな☆」 「石碑は崩れたことがあったそうですから、封印の力が弱まっている恐れもあります。だとしたら、もっと強いアヤカシが出現しているはず。たとえばラファ集落を滅ぼした吸血鬼の集団とかね」 无がそう告げると、クロウが本を見比べて、あることに気が付いた。 「どちらの本にも『三日月の夜、ラファの地にあるオアシスに鏡を投げ込むと災いが消えた』と書かれているが、これがミデンさんを逆恨みした男と、どう関係があるのか」 「私も、その点が気になっていました。以前、靖さんも秘宝が『月』と関わりがあるのではと推測して調査してくれたことがあったのですが、書物の記述と似ているんですよ」 ロマラは中指を額に付けて、何やら思案していた。クロウは気になることを確認するように言った。 「俺は『月』と『水源を脅かすアヤカシ』に、何か繋がりがあるようにも思える。ラファ集落にはオアシスがあるんだよな」 それを聞いて、无は閃いた。 「だとしたらラファ集落を滅ぼした吸血鬼は、生き残りがいることを知っていたのは何故でしょう。まさか、誰かがケートの居場所を教えたとか‥その人物こそ、ミデンを逆恨みした男の子孫ではないでしょうか」 「无さん、それが本当ならケートちゃんを狙って、その男がここに来てるかも。念の為、罠を設置したけど」 星芒はケートの行く末を支えたいと切に願っていた。 ● 前夜祭。 昼過ぎから住人達が広場に集まり、楽士の音楽に合わせてジプシーたちの舞が始まった。 子供たちは大はしゃぎで、屋台に集まっていた。 靖の相棒である提灯南瓜の紅緋が『魔法の菓子袋』を使い、イチジク菓子を子供たちに渡していた。 菓子作りはフェンリエッタが手伝い、出来上がると紅緋が大きく口を開いて、秘密ポケットにしまう。 紅緋の口に手を突っ込むと、菓子を取り出せるが、一度に保存できるのは二つまで。 菓子を渡しては、屋台に戻って出来立ての菓子を口に入れ、寄ってきた子供たちに手渡す。 その繰り返しで、紅緋はたちまち子供たちに囲まれていた。 「俺にも一つ、くれるかな」 クロウが声をかけると、紅緋が菓子を渡す。 「どうも」 上空では、クロウの相棒‥翔馬プラティンがオーラの翼を広げて飛んでいた。 その姿に気が付いた者は、珍しそうに翔馬の飛ぶ姿を眺めていた。 「ケートさん、調子はどう?」 気さくに言うクロウ。それがケートにはうれしかった。 「この後、舞を披露するんだけど、いざとなると足が震えるよ」 「それじゃ、とっておきの話をしよう」 そう言って、クロウが『巨大サソリのマッチョマン』の話題をすると、ケートは大笑い。 「あははは、それ、面白すぎ。おかげで緊張も解けたよ。ありがとう」 「どういたしまして。この話、ここだけの秘密さ」 冗談交じりにクロウが言う。 ケートはエセルの母親が若い頃に着ていた衣装を借りて、靖に髪を編んでもらい、出番を待っていた。 身支度を整えると、ケートは靖と一緒に広場へと行き、並びながら舞い始めた。 靖の扇「精霊」が太陽の光で七色に輝き、『瘴索結界「念」』の術を使うと身体が微かに輝いていた。 そして、彼の動きに倣うようにケートは形見の首飾りに祈りを込めて、術を使い、皆の幸せを願っていた。 「ほう、まるで二つの文化が融合したような舞じゃのう」 現当主の御隠居がふと呟く。エセルは族長とは言っても見習いであり、今でも父に相談することがあった。 「ケートさんと靖さんの舞、異文化の新しい息吹みたいだね」 エセルが言うと、父である御隠居が頷く。 「そうじゃ、二人の舞は新しい出発地点とも言えるな」 気が付けば日が沈み、夕焼け空が広がる。 家路を辿り、住人たちが自分たちの家へと戻っていく。 その道中、紅緋は所々に『蛍光落書』で何やら描いていた。 日が沈むと、冷え込んできたが、家の窓から外を眺めると紅緋の落書きが様々な色に光っているのが見えた。 窓にしがみ付いて、光る落書きを興味津津に眺めている子供たちもいた。 調査が終わり、客室に戻った无は窓際から外の景色を眺めていた。 尾無狐の背中を撫でると、相棒は気持ち良さそうにしていた。 「さて、明日はいよいよ‥その前に芸術の秋が楽しめるとは思いませんでしたよ」 无は光る落書きを、そう賞していた。 紅緋はそうとは知らず、靖の元に戻り、眠っていた。 ● 最終日。 朝の祈りが終わり、住人たちが広場に集まっていた。 エセルは彫刻『レドの乙女』の前に立ち、その隣には開拓者たちが並んでいた。 住人たちは何事かと少し騒いでいたが、エセルが手を掲げると静かになった。 「今日は皆さんに伝えたいことがあります。イリド兄さんが探していた『ラファ伝記』が見つかりました」 エセルの言葉に、住民たちが互いに顔を見合わせて話し合っていた。 頭にターバンを巻いた男が叫んだ。 「それは本物なのか! ラファは災いをもたらす者だぞ! 由々しき事が起こったらどうする気だ!」 男に同意するように、数人の住民が騒ぎ出した。 「落ち着いて、聞いてくれ!」 クロウの言葉に反応して、プラティンが小さくいななき、翼を羽ばたかせて周囲に柔らかな風が包み込む。状態異常ではないため『ピュアリファイ』の効果はなかったが、美しい馬の姿を見て、住民たちは開拓者たちに注目した。 「一体、何のつもりだ? ラファの生き残りもいるだろう!」 ターバンの男が、ケートを指差した。突然のことで、住人たちは驚く。 ケートは何故、あの男が自分の出身を知っているのかと不安になっていた。靖がとっさにケートの肩を支え、こう言い放った。 「あんた達は今まで普通に笑っていたこの娘の何が怖いのか。何が憎いのかしっかり言える奴はいるのか!」 「そ、それは‥」 住人たちは何も言えなかった。ケートの舞は素晴らしかった。あの少女が憎い訳ではない。 しばらく様子を見ていたフェンリエッタが、ターバンの男に近づく。 「そうやって人々を扇動して、何が望みなの?」 「な、なんのことだ?!」 男が言った矢先、犬の遠吠えが響いた。 「どうやら、あなたの仲間が捕まったようね。あの遠吠えは、その合図よ」 フェランの遠吠えだ。その頃、族長宅の庭に設置していた七無禍の『南瓜檻』に一人の男が閉じ込められていた。屋敷内に保管していた秘宝を盗むつもりだったようだ。 庭に居た星芒は檻を壊して飛び出してきた男に『心悸喝破』を叩きつけた。憑依も同化もなく、生身の人間だった。 「秘宝を奪って、何するつもり?!」 星芒は相手が人間ということもあって、拳で気絶させた。 「あ、これじゃ話が聞けないやー」 「目を覚ましたら聞いてみましょう」 无はそう言って、男を部屋へと運んだ。 同じ頃。 広場ではターバンの男が勇士たちに取り囲まれ、槍で威嚇されていた。 エセルは星芒の頼みもあって、女性や子供たちを安全な場所へと移動させていた。 集落の男性たちは広場に残り、事の成り行きを見守っていた。 フェンリエッタはティアロ遺跡で発見した壁画の話をして、ラファは子孫の幸せを願っていたことを告げた。 「ケートさんは自分の出身を隠していたの。もし、知っている者がいたら、伝承を歪めた男の子孫ということになるわね」 男は愕然として、両膝を崩して座り込んだ。 「‥‥そこまで調べたとはな」 槍を持った勇士たちに囲まれ、観念したのか、男は重い口を動かした。 「俺の祖先アガロは出来の良い兄ミデンに嫉妬していた。だからと言って事実を歪めるのは許されないことだ。ラファ集落が滅ぼされ、生き残りがいると知った時、吸血鬼に脅されてケートの居場所を教えた‥そうしないと、仲間の命はないと言われて、仕方なく‥すまない。本当にすまない」 男は倒れ込み、大粒の涙を流していた。 これで仲間は殺され、自分も‥。そうだ。俺にはそれほどの罪がある。 そう思った時、男はナイフを取り出し、自分の腹に突き刺そうとした。 「やめて! 死ぬ気なの?!」 フェンリエッタが無我夢中で男の腕を掴んだことで、軽傷程度だった。 「何故、止める?」 男は血を流しながら、仰向けになった。 「そんなことをしても、イリドさんとケートさんが悲しむわ。自分の命まで冒涜しないで」 フェンリエッタが涙ぐむと、ケートが駆け寄ってきた。 「おじさんも、ずっと苦しんでいたんだね。自責の念にかられて、だったらアタイも同じだよ。生きていれば償いもできる‥そう教えてくれた人たちがいるから、アタイは‥生きるよ」 「‥‥生きる、か。俺に‥できるだろうか?」 男の呟きに、クロウが手を差し伸べる。 「できるさ。困ったことがあったらギルドに相談してみると良いよ。きっと誰かが助けてくれるはずさ」 「俺のような男を助ける者など‥」 男はそう言いかけた時、クロウの手に気がついた。そして、自分のために泣いてくれたフェンリエッタの顔が見えた。 「‥‥ここにいたか」 「同朋が困っていたら助けるのは当然だ。傷の手当てをしよう」 男はソルと名乗り、開拓者たちに介抱されて、族長宅へと向った。 捕まった男たちは、しばらく族長の屋敷で監視されることになった。 その夜、集落のあちこちに紅緋が描いた落書きが輝いていた。 それは、子供が笑っている絵だった。 結局、ケートを受け入れてくれた住人は数えるほどしかいなかったが、追い出されることはなかった。彼女にとってはそれで十分だった。 何故なら、心強い開拓者たちがいるからだ。 |