|
■オープニング本文 誰かが言った。 『砂漠には、巨大な生物がいる』と‥。 ● アル=カマル、レド集落。 吟遊詩人ロマラ・ホープ(iz0302)が集落に辿り着いた頃には、事態は急変していた。 「族長さん、しっかりして下さい!」 傷つき、倒れた姿。 血塗れになりながらも、族長は息子の名を呼んだ。 「‥‥エセル‥これから‥は‥お前が‥」 「父さん! 僕は‥‥僕は‥」 エセルが不安そうに父の手を握ると、族長は懸命に息子の手を握り返した。 「‥‥息子よ、よく聞け。‥‥これからは、お前が住人たちを導く‥のだ」 息も絶え絶えの族長ではあったが、その瞳には強い意志があった。 「後継者として‥お前には‥厳しいことばかり‥言って‥きた。だが、それも‥今日までだ」 「‥‥父さん」 エセルは父を呼びながら、今までのことを振り返っていた。 今まで、様々な試練を与えられ、乗り越えてきた。 だが、その時、自分は一人ではなかった。 必ず、手を差し伸べてくれた者たちがいた。 「‥‥父さん‥僕は‥いろいろな経験をして、分かったことがあった。僕は一人じゃないってこと。だから、大丈夫。安心して。ここは危険だから、西の村に避難して。集落は、絶対に守るから」 エセルは何か吹っ切れたような顔つきになっていた。 族長も、エセルの変化に気が付いたのだろう。 優しく、穏やかな笑みを浮かべた。そして、そっとエセルの頭を撫でる。 「‥‥大きく‥なったな。‥‥少し前までは、子供だと思っていたが‥‥」 「なに言ってんだよ。僕は父さんの子供だし、それはこれからも変わらない」 エセルはそう言うと、集落の住人たちを広場に集め、話し始めた。 「怪我人や女性、子供は、商人たちと一緒に西の村まで避難してくれ。闘う意思のある者は、集落に残っても構わない。必ず、集落は守るんだ。『ヤツ』の動きを食い止めろ」 エセルの決意を聞いた後、族長は妻と娘と一緒に避難することになった。 「エセルくん、私も協力しますよ。今回はアヤカシではなく、巨大生物ですが、ギルドで開拓者を募集してみます」 ロマラがそう告げると、エセルが頷いた。 「ありがとう。集落にいる勇士たちは一般人ばかりだから、『ヤツ』を食い止めるだけで、正直、精一杯だ。開拓者が来てくれれば、倒せるかもしれない。だけど、まさか『ヤツ』が、ここまで来るなんて‥」 エセルの言う『ヤツ』とは、ブラックサンドワームのことだ。 通常のサンドワームは縄張りから出ることはないのだが、黒いサンドワームには縄張りがなく、レド集落の『行商の道』まで姿を現すようになっていた。族長は勇士たちを引き連れてブラックサンドワームと闘っていたのだが、つい先ほど、族長が重体となり、一旦、集落に戻ることにしたのだ。 エセルは一度目の闘いでは集落を守るために残っていたが、次の闘いでは自ら開拓者たちと協力して、『ヤツ』を必ず倒すと心に決めていた。 (イリド兄さん、僕に力を貸してくれ) エセルは亡き兄に願いを込めながら、剣を掲げた。 「出陣するぞ! みんなで集落を守るんだ!」 「おおおおぉっ!!」 集落の勇士たちと開拓者が声を張り上げた。 空から攻める方法もあったが、ブラックサンドワームは全長40メートルもある巨大生物だ。空を飛ぶ野生の炎龍でさえも、丸飲みしたり、叩き落として生き埋めにすることもあった。 ここは正攻法で、闘うことになった。エセルたちは東へと続く『行商の道』で迎え撃つことにした。 漆黒のヤツが、砂漠に潜伏していた。 いつ、出没するか、それは‥‥?! |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
桂樹 理桜(ib9708)
10歳・女・魔
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武 |
■リプレイ本文 アル=カマルのレド集落。その地域をつなぐ『行商の道』に、ブラックサンドワームが出没するようになり、その依頼を聞いた開拓者たちが集落に集まっていた。 「黒ワームは音に敏感のようですから、罠を作る際は無音状態で作業を行いますね」 桂樹 理桜(ib9708)は依頼中ということもあり落ち着いた雰囲気で集落の勇士たちに作戦を話し始めると、エセルが不思議そうに言った。 「無音状態‥そういうことができるんですか?」 「効果時間は限られていますが、力場で発生させて、無音状態を作り出すことができます。とは言うものの、作業中は慎重に行動した方が良いですね」 レティシア(ib4475)がそう告げると、吟遊詩人ロマラ・ホープ(iz0302)が同意した。 「無音状態なら私もできますから、お手伝いしますよ。効果範囲も限られていますから、別々に行動しましょう」 ロマラがそう言うと、レティシアが頷く。 「その方が作業も早く進みますね。よろしくお願いします」 「ロマラに無音状態のこと、言っておいて正解だったな」 ルオウ(ia2445)はそう言った後、エセルに元気な笑みを見せた。 「エセル、お互いにできることで協力して、ヤツを倒そうぜ!」 そう言って、ルオウは自らの手をエセルに差し出す。 「本当にありがとう。ルオウさん、皆さん」 エセルはうれしそうにルオウの手を握り、互いに軽く手を打ち合わせた。 フェンリエッタ(ib0018)は二人の姿に自然と微笑んだが、すぐに真剣な眼差しになった。 「罠の仕掛けは私も手伝うわ。気掛かりなのは、開拓者が全員、集落から離れると危険な予感もするの」 「それなら、作業が終わるまで、わらわが集落に残ろうて。ろまら達が戻ってくるまで、ここにいるつもりじゃ。ついでに鉄壁も作っておくがの」 そう告げたのは、椿鬼 蜜鈴(ib6311)だった。戸隠 菫(ib9794)は罠作りを手伝うため、滑車がないか集落の勇士たちに聞いてみたが、無いことが分かり、代わりの物を使うことにした。 「使い古した杖が5本あったんだけど、これでなんとか罠にできるように工夫してみるね」 荒縄は持っていたが、5本の杖でどうするか、菫は思案していた。 「罠を作っている間、勇士の皆さんは集落で待機していて下さい。くれぐれも、駱駝は連れてこないようにして下さいね」 理桜の指示で、勇士たちはしばらく集落に残ることにした。レティシアは『超越聴覚』で集落内部に異変がないか確認していたが、特に不穏な動きはなく、駱駝たちも落ち着いた息をしているのが聴こえてきた。 「蜜鈴さんが集落に残るなら安心ですね。私達は罠作りに行ってきます」 レティシアはそう告げると、仲間と共に集落から出ることにした。 ● 理桜が『フロストマイン』で罠を作っている間、レティシアは『対滅の共鳴』で無音状態を保つため、大声で歌っていた。ローレライの髪飾りが輝いているのだが、不思議なことに歌声が聴こえない。 レティシアを中心に、音の無い力場が発生し、その範囲内で理桜は罠を作っていた。 (術は完了。次は旗を立てて、荒縄をつないで‥) 無音状態の時間は限られている。理桜はもう一度、別の場所に『フロストマイン』を発動させた後、その場所に旗を立て、荒縄で二本の旗をつなげ、結び目にはブレスレット・ベルを付けた。『行商の道』の東に罠を設置することができると、すぐさま、その場から離れる。 今度はロマラがリュートで『対滅の共鳴』を発動させ、菫が立札の代わりに杖を砂の上に付き立て、残りの3本の杖は荒縄にぶら下がるようにくくり付けた。風が吹けば、杖が互いにぶつかり、鳴る仕組みだ。 「これで、なんとか罠は設置できたかな。まだ風が吹いていないから、どうなるか分からないけど」 菫がそう言うと、開拓者たちは一旦、集落に戻ることにした。その頃には、集落の入口付近には蜜鈴が『アイアンウォール』で作った鉄壁が並んでいた。 「ご苦労じゃの。集落の勇士たちも無事じゃ。今のところは、な」 蜜鈴が妖艶な笑みで言うと、ロマラが少し慌てていた。 「なんか‥含みのある言い方なんですけど」 「深い意味は無いてな」 と言いつつ、口元を扇で隠す蜜鈴。 「ご協力ありがとうございます」 エセルにはロマラの態度が分からなかったが、丁寧に御辞儀をした。 「勇士たちはすでに防衛線を張っています。風が吹けば、罠の杖とベルも鳴るでしょう」 「出発前に、もうちょっと準備するものがありますから、待ってて下さい」 そう言いながら、理桜は爆竹を投文札に貼り付けていた。 準備が整うと、皆は黒ワームが出没する地域まで移動することにした。 ● 風が吹くと、菫が設置した罠の杖が、カラン、カランと鳴った。 その音に反応したのか、砂漠に潜んでいたブラックサンドワームが近付く前兆‥地響きが次第に聞こえてくる。微かにベルの鳴る音も聴こえてきた。砂が盛り上がり、旗が風に靡く音が気になったのか、黒ワームはゆっくりと旗へと近づいていく。 勇士たちは弓や銃を構えたまま、その様子を窺っていた。聴こえるのは、風と黒ワームの移動する音だけ。 少し経つと、黒ワームは凄まじい吹雪に包まれて、身動きが取れなくなった。その状態でも、爆砂砲で旗を壊し始めた。フェンリエッタは罠の手伝いもしていたこともあり、場所は確認済みだ。 「勇士の皆さん、今よ!」 フェンリエッタの合図で、勇士たちが攻撃を仕掛ける。銃声で、黒ワームが接近してくる。 「来たわね。人々の暮らしを守るためにも‥」 そう願いながら『白狐』で大型な九尾の狐を召喚するフェンリエッタ。名の通り、美しい白狐が出現するが、黒ワームの口に潜り込むと、爪や牙で体内から破壊し始めた。黒ワームは奇声を発するが、まだ倒れる様子はない。白狐の姿が消えると、ルオウは『咆哮』をあげた。 「うっしゃあ! こおおおおいっ!」 その声に惹きつけられ、黒ワームはルオウに狙いを定め、口を大きく開いた。その瞬間、ルオウは『蜻蛉』の体勢から地面を踏みしめ、『天歌流星斬』で黒ワームの頭上まで飛び上がり、衝撃波が迸る。 「これが、エセル達の分だあああああああっ!!」 ルオウはエセルの気持ちを察していたのか、気合いが半端ではなかった。 まるで流星のごとき技により、黒ワームの胴体は真っ二つになった。引き千切られた下半身は別に設置されていた罠で吹雪に巻き込まれ、荒縄が絡まり、ベルも吸い込まれていく。 「よし、準備しておいたものを‥」 理桜は爆竹を付けた投文札を罠にかかった胴体に向けて、投げつけた。黒ワームの下半身は罠にかかっているとは言え、身動きが取れないだけで、完全になくなった訳ではない。 砂漠の勇士たちは、罠に引っかかった胴体に、弓や銃で攻撃。それが火種となり、爆竹が鳴る。その音で、砂の下に隠れていた黒ワームの頭が現れた。 爆砂砲を放つが、理桜が対策用に『ストーンウォール』で作った石壁が盾代わりとなり、エセルと勇士たちは攻撃から逃れることができた。砂が飛び散り、屏風状に設置されていた石壁はダメージを受けて消滅した。 「まだ上半身が残っておるのう。しぶといヤツじゃ」 蜜鈴が『アイシスケイラル』を唱えると、槍のような鋭い氷の刃が放たれた。突き刺さると同時に炸裂し、黒ワームの装甲が冷気を帯びる。 「どうじゃ。涼しいであろう?」 蜜鈴の言う通り、冷気や吹雪により、戦闘場所は砂漠ではあったが、涼しい風が吹き荒れていた。 風だけではない。レティシアが歌う『泥まみれの聖人達』が響き渡っていた。ローレライの髪飾りは歌声を楽器代わりにでき、彼女の周囲に燐光が舞い散っていた。 (人は‥何かを守ろうとする時、己の限界を超えて、善悪の根源さえも温かさで満たす。それが、新しい光‥) そうした想いを心に、レティシアは歌い続ける。 皆の支えとなるように祈りながら‥古来から脈々と伝わる英傑たちの姿が情景に浮かぶような歌声だった。 「ひるむな! 撃て!」 エセルの指示で、勇士たちが黒ワームの頭を集中的に弓や銃で狙い撃つ。だが、上半身だけになっても黒ワームは少しずつ、エセルたちに接近してくる。 気が付くと、フェンリエッタがエセルの隣に立っていた。秘伝の術『夜』を使って三秒強の間、時間を停止させ、飛び交う弾を潜り抜け、攻撃態勢に入っていた。 「もう一度、いくわよ」 フェンリエッタが術を唱える体勢に入ると、菫は『烈風撃』で黒ワームの頭を弾き飛ばした。その隙に、フェンリエッタは『白狐』を召喚。ルオウが切り裂いた痕から九尾の白狐が入り込み、体内から瘴気を送り込むと、黒ワームの上半身は崩れるように破壊されていった。 「まだ、下半身が残ってるな」 ルオウがそう言うと、罠にかかったままの胴体に『メテオストライク』を詠唱して、火炎弾を放ったのは蜜鈴であった。さらに裁きの胸甲を装備した菫が『護法鬼童』を使う。火炎を纏った精霊が幻影となって出現し、攻撃を仕掛けていく。ついには黒ワームも木端微塵となり、その場には焼け焦げた跡だけが残っていた。理桜が後で回収しようとしていた投文札も、爆竹や黒ワームと一緒に四散してしまい、もはや回収は不可能になっていた。普通に投げつけただけであれば回収もできようが、激しい爆発の中にあっては耐えきれなかったのだろう。 「ちと、やり過ぎたかのう。まあ、こういうのは見とうないからな。粉々になって、残りは野生種の餌にでもなろうて」 蜜鈴はそう言いつつも、自分の汚れを気にしていた。 「自然とは過酷だわ。こういう生物でも、こうなってしまえば、見る影もないわね」 フェンリエッタはそう言うが、実は昆虫ではないムシが嫌いだったのだ。 菫は怪我人を見つけては『浄境』で傷を癒していた。完全に回復できないほどの重体を負った者もいたが、菫のおかげで動けるまで回復することができた。 「良かった。これで全員、集落まで戻れるね」 安堵する菫。 皆の無事が分かると、一同はレド集落へと戻っていった。 ● 集落のオアシスで水浴びをする女性がいた。 蜜鈴だ。 「おかげで綺麗になったのう」 汚れを落として身支度すると、蜜鈴は族長の屋敷へと向った。 台所から、料理の香りが漂ってくる。菫が皆の疲労回復になるようにとスープを作っていたのだ。 「菫さん、料理が得意なんですか?」 香りに釣られて、ロマラが声をかけてきた。 「いろいろと家事修行もしていたからね。食材は西の村から調達してもらって、アル=カマル風のスープにしてみたんだ」 「それは楽しみですね。エセルくんも喜ぶでしょう」 ロマラも料理が得意であったが、今回は菫に任せることにした。 「さてと、出来上がり」 スープを器に注ぎ、食卓へと運ぶ。 別室では、エセルが緊張気味に立っていた。彼の前には勇士たちと父親が居た。 「まだまだ未熟者ですが、精一杯できる限りのことをします」 エセルがそう言うと、壁際にいたルオウが安心させるように笑みを浮かべた。 「新しい族長の誕生だな。おめでとう!」 照れ笑いをするエセル。 「ありがとう。黒ワームを倒せたのも、開拓者の皆さんのご協力があればこそです。感謝してもしきれないくらい、うれしいです」 思わず目頭を熱くするエセルに、父が歩み寄る。 「エセルよ、これからはお前が族長だ。わしは隠居となるが、困ったことがあればいつでも相談に乗る」 「父さん、本当にありがとう」 エセルはそれ以上、何も言えないくらい気持ちが一杯になった。 「では、新族長の誕生を祝して、乾杯しましょう」 ロマラはそう言いながら、エセルたちを食卓へと案内した。菫が作った料理も並んでいた。 「エセル、おめでとう!!」 未成年は珈琲を、成人は酒を掲げ、乾杯。 フェンリエッタとレティシアは、互いに顔を見合わせて、何やら話しながら、時折、微笑んでいた。 「これは美味いのう」 蜜鈴は当然とばかりに酒を飲んでいた。理桜はスープを飲み干すと、お代りをしていた。 そして、ルオウはエセルと楽しそうに話をしていた。 「ヤツを真っ二つにするなんて、凄かったな」 ルオウはエセルの肩を軽く叩いた。 「エセルの分まで、一発、すげぇの御見舞してやろうと思ったら、自然と体が動いただけだ」 「今回のことで、改めて思ったよ。僕は独りじゃない。誰かの支えがあって、ここまでこれたんだ」 感慨深そうに言いながら、エセルはレティシアの歌声を思い出していた。 誰かを支える心。 互いに手を取り合い、助け合うこと。 何よりも、住人たちが集落に戻った時、レティシアが『お帰りなさい』と言ってくれたこと。 人々は、笑顔で溢れていた。 あの時のことは、これからもずっと忘れることができない記憶になった。 |