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■オープニング本文 「サーシャ!! あああッ。サーシャァァァ!!」 ジルベリアの、ある工房都市。やや南西部に位置するこの街は寒冷地ながら降雪量は少ない。すぐ西にはドニャプル草原が広がり、南へ行けばコンラート・ヴァイツァウの反乱軍が支配する区域だ。 その街角。 「なんてことじゃ! よりにもよってこんなタイミングで‥‥」 頭を抱える老いた工匠たち、動揺する街の人々、泣き叫ぶ女性を前に、神楽の都のギルド職員・赤守ゆわたは眉を寄せた。思うところあっての長期休暇で、ゆわたはいまジルベリアに来ているのだが。 「一体どうしたんです?」 大通りに人だかりができていた。 「アレじゃよ」 と、工匠の一人が指を上に――。 「げっ」 ゆわたは顔を引きつらせた。 幼い子供がいた。まだ1歳にも満たないくらいの外見。 4、5mほどの高さがある工房の屋根の上に、白いふわふわした服に身をつつんだ子供が座っている。 「アヤカシさ。ほら」 身なりのよい老婆が顎で上を指した。 バサバサと数体の影が、街のすぐ上を飛んでいく。 「ああああ!! サーシャ!!」 まだ若い母親が、まわりの人に取り押さえられている。 「静かにするんだ。起きちまうじゃないかッ」 小さく声を抑え、面倒見のよさそうな女性が母親を諭す。サーシャは屋根の上で静かにしている‥‥どうやら、気を失っているらしい。下手に起こすより、そのままにしておいたほうが安全ということか。 「どうして、どうしてサーシャなの!? サーシャじゃなくたっていいじゃない!!」 母親の涙が、ほろほろと零れ落ちる。 キエェェェェ、キエェェェェ‥‥。 空からアヤカシの鳴き声が聞こえてきた。すこぶる、楽しそうな響き。 「くそったれッ」 工房の老翁がはき捨てる。 「なにが面白いというんじゃ!!」 「キャァァァァァ!!」 すぐ近くの別の場所。 「あたしの、あたしの赤ちゃんが!!」 突如降りてきたアヤカシが、乳母車から赤子をさらって空へ舞い上がった。 (――何体いるんだ!?) 泣き叫ぶ人。 逃げ出す人。 大混乱で、大通りは満たされる。 (――まずい、このままじゃ!!) 誰か、誰かいないのか。 赤守ゆわたは、あたりを見回す。 |
■参加者一覧
暁 露蝶(ia1020)
15歳・女・泰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
露草(ia1350)
17歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
神無月 渚(ia3020)
16歳・女・サ
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
タクト・ローランド(ia5373)
20歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●渦中 タクト・ローランド(ia5373)はこの街で、合戦までのわずかな時間を団子とともにゆっくり過ごそうとしていた。 「‥‥?」 上空を影が飛んでいく。 「今日はちっと‥‥シノビらしくいってみるか」 タクトは影を追うことにした。彼の勘が、それはアヤカシであることを告げていた。 「おい! あんた、ギルドの人じゃねぇか?」 ルオウ(ia2445)は街の混乱の中、赤守 ゆわた(iz0096)の姿を見て声をかけた。 「もしかして、開拓者の方ですか!?」 白い息を吐きながら、分厚い防寒着に身を包んだゆわたがルオウに駆け寄る。雪はもう積もっていないが、まだ春は遠い。 「‥‥ちぃ! アヤカシのやろう、ふざけやがって!」 ゆわたから詳しい事情を聞き、サーシャのほうへルオウはすぐに駆け出す――と、彼は足を止めた。 「おい、あんたたち、ひょっとして?」 開拓者らしい風貌の一団に声をかける。 「放っておけねぇよな」 ルオウの呼びかけに、巴 渓(ia1334)は静かにうなずいた。 ●展開 「だ、大丈夫かのぅ‥‥心配じゃ」 街の家の、ある一室。 椅子に座った鈴木 透子(ia5664)の前で、好々爺がカタカタと震えている。 「こんなぷりてぃな子を囮に使うなんて、ひどいことを考える」 「いえ、あたしが‥‥言い出したことですから」 不安げな爺をなだめるように、透子はやさしく言った。 「おじいちゃん、女の子は強いのよ? 時に、あのクソったれよりもね」 快活な女性が、頼りがいのある暖かい手で透子の頭をなでた。 「さ、おじいちゃん、いったん隣の部屋に出てってくれるかしら?」 透子の作戦は、もう少し時間がかかる。 その家の外。街の人々を避難させるべく、開拓者が大通りへ散っていた。 「わぁー、てんぎのひと!」 「ほらほら、急いでね。中に入ったらバリケードをするのよ?」 天儀から来た開拓者の姿を見て興奮した様子の少年に、露草(ia1350)がぽんぽんと背中をつついて避難を急かす。 「移動しましょう。あちらの建物に、皆さん避難していますよ」 自らの子供を攫われ、泣きはらしていた母親に、コルリス・フェネストラ(ia9657)は熱心に声をかけている。 「嫌よ! 赤ちゃんが泣いちゃう! 私がいなくなったらっ」 母親は耳を貸さぬ様子で、空に連れ去られた赤ん坊を追おうとふらふら歩いていく。コルリスは引き下がらない。母親の前に立ち、緑色の大きな瞳でじっと母親を見つめた。 「お願いです。お子様は必ず助けます。私達や仲間がお子様をお連れするまでどうか避難して頂けないでしょうか。ここにいては貴方も危険です。」 「‥‥」 母親はぐっと下唇を噛み、コルリスと空の赤ん坊を見比べる。 「あんたたち、天儀の人間だね?」 母親の近くのふくよかな女性が、眉を寄せた。どうやら彼女は、天儀の人間によい印象を持っていないらしい。 「とにかく、避難所のそばまで行きませんか。外で、赤ちゃんを見守りましょう?」 露草も説得に加わり、母親をなだめる。母親はしぶしぶ、うなずいた。 「もう一人はまだ空にいるわね。ああっ、建物が邪魔!」 空に抱えられている赤ん坊の、『万が一の落下点』は、建物に阻まれてどうなっているのかよくわからなかった。サーシャのほうも、いつ転げ落ちてもおかしくない雰囲気。暁 露蝶(ia1020)は手をこまねいていた。 「暁、サーシャは暁が行ってくれねぇか」 腕組みをして考え事をしていた渓。 「いいわ。渓さんは、空の赤ちゃんをお願い」 暁は長い髪を結わえなおす。 「ああ! 任せとけ! だがな、避難誘導や防衛は頼むぜ。救出に全力を傾けんと、ちとキツいからな!」 そう言い残し、駆け出そうとする救助班に、【神楽舞「速」】をかける玲璃(ia1114)。 「短い間だけですが‥‥せめて、あの子供たちの救いとなってください!」 「ありがとう!」 暁は玲璃にウィンクすると、路地裏へと向かっていった。 開拓者たちが動き出した。その変化の兆しを、空で様子を見ていた黒いアヤカシは敏感に感じ取っていた。アヤカシは二種類。黒と緑。黒が緑を従えている。そのうちの一体が不気味にのどを鳴らした。呼応するようにまわりのアヤカシも声を響かせ、空は鉛のような重い鳴き声で埋め尽くされる。 その空の下、いち早く逃げ出していた人々は、大通りの出口に集中していた。が、出口には、緑色のアヤカシが大斧を手に、待ち構えていた。その数三体。足元には、既に何人か倒れている。 「もう嫌ぁ!」 アヤカシに背を向け、逃げ出そうとした少女のか弱い背中に、アヤカシが斧を振り下ろした。鮮烈な赤い血が――。 「ぅん?」 散ったかに見えた。しかしその斧は、神無月 渚(ia3020)が『泉水』で受け止めていた。隠れるように、少女が渚の服のすそをきゅっと握った。 「大丈夫よぉ、私が守ってあげる」 怯える少女に向かって、渚が微笑みかける。その片手間でさっくり、アヤカシを切り捨てた。 「ふふん? こんなもの?」 渚はくすくすと笑いながら、アヤカシの前に立つ。空に、アヤカシの鳴き声が漂っている。そのうち一体が、人間の赤ん坊を両手でぶら下げていた。 (いやぁー、なんか凄いことになってるねぇ‥‥) 渚は二つの刀を構えた。 路地裏。暁が暗がりから顔をのぞかせた。 「うーん」 工房の屋根の上、座るサーシャの上空に、緑色のアヤカシが二体いる。ぐんぐんとサーシャに向かってくる。迷っている暇はなかった。暁は工房の壁を這い回る配管をつたって屋根の上に躍り出た。 羽根の生えた緑色の怪物は、よだれを垂らしながら屋根に着地した。その内一体に、神鷹 弦一郎(ia5349)の放った矢が突き刺さった。 (子を攫われた母の涙を見て笑うだけか‥‥。変わったアヤカシだな。ジルベリアはこういうのが多いのか?) 淡々と、二撃目を食らわせる。うめき声を上げて、片方のアヤカシが倒れた。もう一体はサーシャへショートソードを振りあげる。 「すぐに助けるから!」 飛び込んできた暁の背中を、アヤカシのショートソードが切り裂いた。サーシャを抱えて、暁は屋根から飛び降りる。 (わざとあんな所に下ろすなんて、ひどいことをっ) 落下の最中、腕の中のサーシャが目を覚ました。もぞもぞと、暁の腕の中で動く。 (ちょ、ちょっと待って) 地面に叩きつけられる直前でくるんと体を翻し、暁はサーシャを抱えたまま着地した。その暁の頭上へ、アヤカシがショートソードを振りかざして飛び降りてきた。その首元に、コルリスの放った『野分』が突き刺さる。アヤカシは地面に転がり落ちた。 「このアヤカシ達を逃がしたらまた別の場所で同じ事を繰り返します。ですから、残らず退治しパヴェーダを目指しましょう!」 パヴェーダとは、勝利という意味だという。迎撃にコルリスも加わった。避難は一通り終わっている。空にアヤカシが集まってきた。【即射】と【鷲の目】を使い、弦一郎はアヤカシに射掛けていく。 「返してもらおうか。それはお前達の玩具じゃ無いんでな」 暁が助けたサーシャを、工房の外で待っていた母親が抱きしめた。 「‥‥サーシャ!!」 母親はそれ以上の言葉なく‥‥何がおきたのかよくわからず、サーシャは寝ぼけまなこをこすった。 「私の赤ちゃん‥‥私の‥‥」 もう一人の母親はまだ、気が気ではない。 「アヤカシが来たんじゃ。もうおしまいじゃよ」 「私の家も壊されてしまうんだわ。あああ、長く生きてきたのに、こんな仕打ち」 工房の中は悲しみと恐怖に覆われていた。 「嫌じゃ、わしは、もうここにはおりとうない!!」 その内、一人の老人が立ち上がり、逃げ出そうと駆け出した。 「どいて! あたしも逃げる!」 老婦も立ち上がった。 (鎮まって‥‥お願いですから‥‥) 玲璃は扉の前に立ちふさがった。 「な、なんじゃおぬしは! そこをどいてくれ。わしは、わしは‥‥」 「外にはアヤカシがいます。私たち開拓者がなんとかしますから、私たちを信じて、ここにいてください」 玲璃は静かに、舞を始めた。 頑として扉の前からは動かない。ただ、静かな穏やかな舞。苛立ち、逃げ出そうとしていた老人たちは、戸惑いながらも、ひとまず座った。 「ここは、お願いします」 露草は渓の援護に向かった。 ●決着 空の赤ん坊へ向かっていた渓に、タクトが合流した。 「話は聞いてたぜ」 と、挨拶する。ルオウも露払いで渓に続く。露草、赤守が少し後方から追ってきていた。このあたりは、まだ避難が済んでいない。 「俺は行くぜ。上空に陣取られている以上、視界は相手のほうが上だ」 渓はタクトらにその場を任せ、屋根に上った。ルオウも屋根に、タクトらは地上を受け持った。 「おい、この辺に頑丈な建物はねーのか? ねーなら、案内してやんな」 タクトの言葉にうなずき、赤守は避難誘導を始めた。 そのとき。 空にいたアヤカシが、いっせいに地上に降下し始めた。 避難途中の人々に飛び掛り、手当たり次第に掴み掛かる。 「どういうつもりか知らないが、そう簡単にはやらせはしない」 弦一郎は自分から離れようとしているアヤカシに、矢を打ち込んでいく。もともと、街全体を守ることはできない。どうにか、敵が広がらぬよう‥‥追い討ちをかけるように、コルリスの矢がアヤカシを襲った。 「覚悟してください! この街から、外へは行かせません!!」 「おい、とにかく家ん中入れ! ほら、急げ急げ!」 そのあたりで怯えている街の人をタクトは家の中に押し込め始めた。 「あいつらどこからきやがったんだ?」 タクトの問いに、工房の老匠が答えた。 「南のほうからだ‥‥街に警護の人間がいないってのに、こんなタイミングで来るなんて、俺たちは運がねぇな」 街の外でも、アヤカシ被害が頻発しているらしい。今回は、警護の人々がいないタイミングを、完全に狙われていたという。 「『運が悪い』だって?」 (本当か? 南ってことは噂に聞く、コンラート領ってことだろ。悪すぎるタイミングといい、おかしいだろ、これは?) タクトはなにかがあると、神経を研ぎ澄ませる‥‥。 ギィィィィ‥‥。 アヤカシたちの一部が、にわかに色めき始めた。 視線の先には、一生懸命とたとた走る、幼い赤ずきんの姿。逃げ遅れてきたらしい。こてん。何もないところで、赤ずきんはつまづいた。 アヤカシが4、5体いっせいに彼女に向かっていった。俺が食いたい、いや俺が食う、という雰囲気。なにがそうさせたのか‥‥しいて言うなら、その赤ずきんは魅力的過ぎたのだろう、アヤカシにとって。 (ええっ、ちょっと、多すぎですよ?) 透子は内心焦っていた。幸運かもしれないが、まさかこの作戦、『効果が出すぎ』るとは。 (あの数じゃ、鈴木さんが大変ですね) 露草が【毒蟲】で、透子に向かうアヤカシの足止めを試みる。思惑通り、幾体かは神経毒に苦しみ始めた。あらかたアヤカシを退治してきた弦一郎とコルリスが、遠距離から矢を放つ。 (手を打つならいまだ!!) 渓は弾かれたように屋根の上を駆けた。その先には、赤ん坊を吊り下げたアヤカシの姿。それは孤立していた。他のアヤカシが、透子をはじめとして、地上へ向かったせいで。 「‥‥グ」 そのアヤカシは徐々に高度を下げ、透子のほうへ移動していた。涎が止まらない。そもそも、赤ん坊なんて美味そうなものが目の前にありつつ、ずっと我慢していたのだ。我慢の限界が来た。もう赤ん坊を食べてしまおう。そして、次はあの小さな人間を‥‥。渓の前に、別のアヤカシが立ちふさがる。 「邪魔はさせねえよ!!」 ルオウがそれに切りかかる。その脇を、渓がものすごい速さで駆け抜けていった。 「頼むぜ!」 赤ん坊を持つアヤカシが、大きな口をあけた。 「おらぁぁぁ!!」 渓が横から飛びついた。 「離せ、オラ!」 空中でアヤカシから赤ん坊をもぎ取り、そのまま渓は落下していく。アヤカシの高度は既に、屋根と同じくらいの高さまで降りてきていた。 「よしっ!! こっちだ! こっちにきやがれぃ!」 ルオウが高らかに吼えた。 戦いはここから、一気に収束していく。 ●戦いの後 「次の人! 他にはいませんか!?」 ある工房にて、玲璃がけが人に、【神風恩寵】をかけている。多くはないが、街の人々にも被害は出ていた。死人が出なかったのが、せめてもの救い。 「渓さん、動かないでくださいよ」 「謝りに行きたいんだ。ちょっとすまねぇ、よ、と、いたたた」 赤ん坊を救い出した渓は、そのまま背中から地面に墜落していた。したたかに打った背中が、びりびりと痛む。【治癒符】で回復をしていた露草が呼び止めるのも聞かず、二人の母親の元へ行く。暁も、そこにいた。 「ごめんなさい。怖い思いをさせてしまって」 暁は母親たちに謝っていた。 「俺からも、詫びさせてくれ。すまなかった」 渓も頭を下げる。 「やめておくれよ」 母親のそばにいたふくよかな女性が、ニカッと笑った。 「あんたたちのおかげで助かった! 本当にありがとうよ、天儀の連中は胡散臭いと思ってたが、間違いだったよ。ありがとう、いや、こちらこそ悪かった」 彼女は開拓者たちに頭を下げた。慌てて、母親二人も頭を下げる。赤ん坊とサーシャには、怪我もなく、無事で済んだ。 「なんじゃ? わしは知らんぞ? 何も知らん!」 工房から少し離れた路地裏。タクトは老人を睨みつけていた。身なりも悪く、寝床もなさげなその老人に、タクトは違和感を感じていた。 「おまえ、こう言ってただろう。『アヤカシだと? 聞いてないぞ‥‥』ってな。おい、『聞いてないぞ』ってなんだ?」 「わしは本当に何も知らない! 本当に! なぁんも!!」 「‥‥」 とにかく、タクトは老人をふんじばった。あとでわかることだが、この老人はコンラート側のスパイだった『らしい』。警ら隊に引き渡された後、はっきりそうとわかる前に、彼は脱走した。 「ほら、動かないのよ? いたいのいたいの、とんでいけ〜」 露草が包帯を持った兎型ぬいぐるみの【治癒符】を出し、透子のひざの傷を癒している。 (母親って、あんなに喜ぶものなんですね?) ぼんやり、透子はそんなことを考えた。 ともあれ、これで事件は解決する。一旦は。 了 |