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■オープニング本文 雛子は、はっと気がついた。 「大丈夫なのかしら‥‥わたしの氏族、このままで‥‥」 雛子は五行西部の、ある氏族の長だ。時は少しさかのぼる。 ●数日前 「いやー、やはりアヤカシは危険極まりないですな」 「そうですな、そうですなぁー」 雛子の氏族は昔から近隣の氏族と仲がよく、ふた月に一度は長同士で会合を開くなど、密接な交流を重ねていた。そんな折。ずいぶん不謹慎なことだが、話はこれまでどれほど強いアヤカシに氏族が襲われてきたかという自慢大会になり‥‥。 「わたしのところは、これまでアヤカシに襲われた、などという不名誉なことはございません」 と、雛子が発言したのをきっかけに、その場は一気にヒートアップ。 「雛子殿、それは真実でござるか」 「ええ、左様で」 「本当に、本当にアヤカシに襲われたことはないのですな?」 「ええ、本当でございます」 様々な氏族の長達に、何度も何度も同じ質問をされ、雛子はいささか腹を立てた。本当のことなのだ。 「では、雛子殿はアヤカシの恐ろしさを知らぬのですね。ふ、愚かしい!」 「は?」 雛子が眉を寄せた。 「黒雨殿、もう一度おっしゃってくださいますか」 雛子の氏族の東となりに位置する氏族の長、黒雨。黒く、やや陰鬱な服を身にまとった彼が、ニヤリと笑う。 「雛子殿はアヤカシの恐ろしさを知らない、『愚か者』と申したのですよ」 がたん――。 雛子はこれで退席するほど、幼い人間ではない。ただ、流石に面と向かって愚か者と言われ、黙っていることはできなかった。雛子自身はこれまで大きな合戦に参加したり、魔の森の巡回なども行ったことがあるため、アヤカシとは何度も戦っている。それを知らぬ黒雨ではないはずだが。 「黒雨殿、愚か者、とおっしゃったか?」 雛子が黒雨のそばまで行き、つっかかる。 「ええ、はっきりと」 悪びれる風もなく、むしろ面白がっている様子の黒雨に、付き合いきれないと雛子は首を横に振った。 「そのような発言は、貴殿の格を落としますぞ‥‥」 「いや」 二人のいざこざに割って入ったのは、この近辺で最も力を持つ氏族の長である。長い髭を撫でながら、彼は言う。 「雛子殿は、アヤカシの恐ろしさをもっと知っておいた方がよい。それは黒雨殿の言う通りじゃ」 「なっ、どういうことです!?」 雛子が食ってかかる。 「‥‥ふむ。雛子殿ご自身はアヤカシと戦ったこともあるじゃろう。知ってのとおりアヤカシは恐ろしい。じゃが、貴殿の下の者らはどうかのう? アヤカシに直接会ったことのない兵など、いざというとき戦力にならんのではないかな」 その言葉に、他の者達もうなずく。 「――!! し、失礼するっ」 図星だった。自分以外でアヤカシと戦ったことがありそうなのは、補佐役の艦迅丸くらいのもので、それ以外は訓練しかしたことが無い。‥‥結局悔しさと恥ずかしさに耐え切れず、雛子はその場をあとにした。 ●そしていま 「われながら、まだまだ幼かったな。わたし」 その日のことを振り返ると実はいまでも腸が煮えくり返るのだが、結局あの後から雛子は近隣の長達のもとを歩いてまわり、謝って日々を過ごしていた。ちょうど今日、黒雨のところに謝りに行き、「あなたの格が落ちた瞬間が見れて、楽しかったですよ」などと嫌味を言われてきたばかりだ。それでも氏族の長として、ぐっとこらえ、なんとか仲直りしてきたところ。 「でも、うちの衛兵ですら、アヤカシに出くわしたことが無いってのは本当だし‥‥こんなときどうすれば‥‥あら?」 そういえば、先々代の長の時代には、アヤカシに襲われたという話を聞いたような‥‥と、思い資料を引っかきまわしてみたが、そんな記録はどこにも残っていなかった。かわりに残っていたのは、『志体持ちの有志と試みに戦いを行い、大きく敗れる』という記録のみ。 「大丈夫なのかしら‥‥わたしの氏族‥‥」 と、冒頭の言葉につながる。アヤカシに出くわしたことのない氏族がこれからの時代を生き抜けるとは、いまの雛子にはとても思えなかった。アヤカシの恐ろしさは、他氏族の長に、散々聞かされてきたばかりである。また自分の経験から考えても、確かにこのままではまずい。 「ん?」 記録には続きがあった。『大きく敗れる。が、我ら一丸となり、士気大いに高まる』。 「これだわ!」 雛子が、矢のごとく自室へ駆けていく。 「『士気大いに高まる』ね。こうしては、いられないわ!!」 手を打たねば、いつまでもひ弱な氏族のままである。自室に着くなり、雛子は筆をとった。 「真剣勝負の模擬戦を、お願いしたく‥‥」 宛先は、神楽の都。 規模も小さく、狭い地域の氏族ではあるものの、雛子にとって氏族は大切な家族であり、子供であり、また帰る家でもある。強い氏族にしてやりたい。その一心がこめられた書簡が、開拓者ギルドに届けられた。 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
周十(ia8748)
25歳・男・志
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰
観月 静馬(ia9754)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●襲来 「一本杉より伝令!! 南方の林、飛び立つ敵影を確認!! その数、五つ!!」 雛子軍本陣。村の中央に立てたかがり火の熱気が、衛兵達の頬をじっとりと濡らす。 「‥‥多うございますな、予想より」 氏族の長の補佐役、艦迅丸は五人張の手入れを手早く済ませ、大将・雛子を見た。齢23歳。若すぎると言っても言い過ぎではない、彼女の細腕に、今回の戦の勝敗はかかっている。試合とはいえ、真剣勝負。彼女は閉じていた目をゆっくりと開け、戦場用の簡易な腰掛けから立ち上がった。 「衛兵達に告ぐ! 此度の戦、一般兵に一人のけが人も出すでない!! もう一度言う。一人のけが人も出すでない!! 我らの呼びかけに応じてくれた小さき兵達を、貴様らが『衛る』意気で臨むのだ!!」 本陣に集まっていた衛兵達は雛子の言葉に応じ、次々に立ち上がる。 「長き平和‥‥、これは我らの誇り!!」 「応!! これからも、ずっと我らの手で守り続けるもの!!」 「今日は我らが相手になろうぞ!! 開拓者諸氏!!」 艦迅丸が立ち上がり、五人張を軽々とひきしぼると、鏑矢を一本、空に打ち放つ。これが、戦いの合図となった。 「間もなく目的地です! 皆さん、戦いの準備を!!」 夏 麗華(ia9430)が飛嵐(フェイラン)の首もとをとんとんと叩く。人と龍は言葉は通じない。だが、長き時をともに過ごしてきた麗華の意思を汲み取って、飛嵐は一息、大きく吼えた。その声が、村の空に響く。 「フォローは任せてください!!」 「ああ、頼むぜ!! まずは派手に吼えて飛び回ってと、派手な動きで引っ掻き回してやんぜ」 麗華にそう応じ、周十(ia8748)は太刀『兼朱』を引き抜いた。耳をそばだてる彼の相棒、轟雷。彼女――周十は彼女を雄だと思っているが、彼女は雌である――は、目当てのものを見つけたようで、にやりと微笑んだ。彼女の足元、ずっと下のほうに、弓を構えた一兵団が集まってきていた。 「お手並み拝見、ってヤツだな。俺の稽古は痛ェぞ、覚悟はいいかテメェら!」 速度を上げ、周十は一気に地上へ急降下、轟雷の滑らかな黒い影が、いかずちの如き速度でまっすぐ線を描く。 「あっ! 相手だって訓練された兵士、気を抜かずに!!」 その後を追うように、観月 静馬(ia9754)の声が響く。間を置かず、地上から矢が飛んできた。一発必中とはいかないが、ひゅうひゅうんと幾筋も飛んでくる矢はそれなりに面倒で、開拓者達を牽制する。上空50m超‥‥紫苑から伝わってくる風の感触が、静馬の命綱だ。他の開拓者達も、それは同じ。自分が命を預けている龍に、それぞれ小さくない想いを抱いている。 「なってきやしたね、予想通りの展開に」 風鬼(ia5399)は用意してきた袋に手を伸ばす。早くしてくれと言わんばかりに、彼女の相棒である乱雪が、背中の風鬼をちらりと見る。が、知らぬ存ぜぬと風鬼はマイペースに袋の口緒を解いた。 「‥‥さて」 周十が空に戻ってくるタイミングを待って、風鬼は動いた。事前に確認しておいた風向きに従って、袋の中身を撒き散らす。海岸で集めておいた、きめの細かい乾いた砂が、煙幕のように風に舞い、ざらざらと村の上に降り注ぐ。 「‥‥まだ多くが家の中のようだな?」 頑鉄に乗った羅喉丸(ia0347)が、冷静に戦局を見つめている。数は約50と聞いていた。志体持ちが2人いるはず‥‥だが、その姿は見えない。村の中央に本陣を構えていたらしきかがり火があるが、その周辺にひと気は無かった。 「頼むぞ、頑鉄」 頑鉄の尖った岩のような肌を、こんこんと叩く羅喉丸。任せておけと言うように、グルルルと低い響きで頑鉄は答えた。 「こちらも始めましょうか」 静馬が紫苑に乗せてきた砂袋を取り出す。狙いは一本杉周辺。見張りがいるならば、まずはそちらを潰しておこうという算段。模擬戦だからといって、手抜きはしない。 「全力で相手をしよう!」 羅喉丸も静馬の動きに連携をはかる。彼らの目論見通り、一本杉には見張りが一人登っていた。紫苑が見張りを鋭い爪で引っ掛ける。 「じょ、冗談じゃない!!」 このままでは突き落とされると、見張りは急いで一本杉を降りていく。かろうじて、服がびりびりに引き裂かれただけで済んだのは、幸運だった。 一方、ある家の中。 「雛子様! 一本杉からの伝令、途切れました!!」 衛兵からの報告を聞き、雛子は「そうか」と落ち着いて答えた。 「一本杉はどうなっておる」 「はっ! まだしっかりと立っております。先ほど舞い降りてきた岩の如き龍の乗り手が何かしておりましたが、見たところ奴は素手。どうということは‥‥」 稲妻が空気を引き裂いていくような音が、家々を震撼させた。 雛子への報告の途中だった衛兵は、口をあんぐりと開けたまま、かぶりを振った。 「‥‥ばかな。そんなッ」 現場を確認しに、家の小窓から外をうかがう。一本杉は、ばったりと倒れていた。岩のような龍が、尻尾を振っている。 「それが、開拓者の戦い方なのだ」 雛子は召還符を握り締める。 (まだ、まだ早い‥‥まだ‥‥) 戦いの終わりを告げる鐘は、まだ鳴らない。まだしばらくは――。 ●地上組の戦い 「これは‥‥、まったくひどい仕打ちなのですよ‥‥」 雑草の間を進む開拓者地上組。彼女らの目的地は村の裏。からめ手からの強襲を目論んでいる。‥‥が、なかなか地上組の歩は進まなかった。水津(ia2177)が先ほど、こうこぼしたのも無理はない。背の高い雑草が生えているとは聞いていたが、その合間合間に落とし穴がいくつも用意されているとは、聞かされていないのだ。 「‥‥また、見つけたわ」 川那辺 由愛(ia0068)が、すっと指差す。小さな野鼠が一匹、鼻をひくひくとさせている。この野鼠は由愛の【人魂】。地面の近くでよく見れば、落とし穴の場所は比較的容易に特定できた。 「まったく、ふざけてくれるわね」 親指の爪をキシィと噛む。戦いの前に渡された村の見取り図には、当然、罠のことなど書かれていなかった。 「アヤカシと戦う事が、どういうことなのか。あたし達で教えてあげましょ」 「その通りじゃな。さて」 神町・桜(ia0020)が立ち止まった。猫又の桜花が二本の尻尾をぱたぱた振っている。時間はかかったが、村の裏手に到着した。由愛が蜘蛛型の【人魂】で、内部に探りを入れる。 「家の中に隠れてるのかしら。外にはあまり人がいないわね」 蜘蛛の目を通して、由愛は村の空を眺める。砂と枯葉が、黄色く空を染めていた。戦場だというのに静かなもので、家の外にはほとんど兵士が見当たらない。そのとき、ちょうど静馬が書いた文が、家々に放り込まれた。矢文のかわりに麗華の風魔手裏剣が、家の障子を破って文を届ける。どうやら怒りに触れるような文面らしく、真っ赤な顔をした兵士達が、家から飛び出してきた。 「固まって行動はさせねェよ! おらおら! 出てきやがれ!!」 出てきた兵士達を周十が次々になぎ倒していく。時に轟雷に乗り、時に自ら地面に立ち、周十の周りには気絶した兵士の山が出来上がっていく。 「『立て篭もるなんて弱虫呼ばわりされる訳だ。お前には紙さえ勿体無い』? へえ」 兵士が持っていた文を読み、由愛はうっすら微笑んだ。静馬の文章は、兵士達を挑発するのにすこぶる効果的だったらしい。 「ッ!! 瘴気の気配なのですよ!!」 水津が口早にそう言い放つ。 「あそこ!」 村の柵の外、雑草の生えた場所。 水津の指差す先に、丸いふくよかなおたまじゃくしがぷかぷか浮いていた。宙を漂っていたと言ったほうがいいかもしれないが。とにかく水津に見つかった瞬間、そのおたまじゃくしはひゅーんと村のほうへと飛んでいった。 「あれは‥‥由愛さんのそれとは別ですけど、【人魂】でしょうね」 主の言葉に、魔女が焔が心配げに見上げる。 「大丈夫ですよ‥‥場所が知られた以上、あとは堂々と行くだけです」 魔女が焔ににっこりと微笑みかけた。安心した様子で、魔女が焔も微笑み返す。 「さて‥‥」 水津は由愛と桜に視線を送った。二人も了解した様子で、コクリとうなずく。 「桜花! 柵の破壊は任せたのじゃ!」 「はいにゃ!!」 桜の言葉に俊敏に反応する桜花。前足で地面を叩くと、地面が一瞬、激しく隆起した。【土隆衝】が、がりがりと柵を削っていく。 「同じジライヤ使い。此処は是非とも手合わせ願いたいわね。全力で、思う存分暴れにいくわよ」 由愛が召還符を取り出した。血墨の符に練力が注がれていく。 (蛙と一緒なのにゃ? 気にくわぬが‥‥仕方が無いにゃ) ジライヤ・神薙が堂々と出現した。 「おお! よく呼んでくれなさった。由愛様、あっしはあのお嬢さん(雛子)と語らいを!」 「喧しい!」 ほら手早く片付けなさい! と、由愛が神薙に睨みをきかせる。 「あいさ!」 神薙は大きく跳躍し、柵を思い切り【踏みつけ】た。【土隆衝】で壊れかけていた柵が、致命的に崩壊する。 「雛子の場所はわかるじゃろうか?」 【瘴索結界】を張りめぐらせている水津に、桜が尋ねた。水津がうなずく。 「こっちなのですよ‥‥!!」 魔女が焔を先行させて、水津が走る。 ●二つの決戦 「開拓者らの位置、概ね把握できた」 雛子はある家の一室にて、ずっとこのときを待っていた。 「ええ。参りましょう!!」 艦迅丸も語気を強める。 「空を頼むぞ、艦迅丸。わたしは‥‥」 雛子の目の前に控える衛兵・一般兵達が、大きくうなずいた。 「艦迅丸、無事で会おう」 甲龍・古堂に乗り、まさに家から飛び出そうとしている艦迅丸の背中に、雛子が呟く。 「もちろんですよ」 と答えた艦迅丸の言葉は、翼の音でかき消された。 「砂が切れやしたね‥‥」 風鬼は村近くに設置した偽の本陣へと向かった。予備の砂袋を置いてある。また、敵が近づいてきたときのために撒菱もばら撒いてあった。案の定、足をやられた兵士が数名、偽本陣の近くでうずくまっている。ふと、風鬼はギルド受付員に言われたことを思い出した。雛子が書面で、依頼に至る経緯を詳しく書いていたらしいのだが‥‥。 (恐ろしさを知らないと言われたんですか。戦いに臨むには士気で足りるかもしれませんが、戦い続けるのに必要なのは、恐怖に立ち向かう勇気ってやつでしょう。そいつは、別のものでさ) 風鬼は細い目をさらに目を細めて、乱雪を彼らのもとへ向かわせた。晴れというのに乱れる雪が、兵士達の心を冷たく染める。ずっと後、この経験が彼らの強さとなる日がくるのだが、そのことを、いま風鬼が知る良しも無く。 と‥‥風鬼が満タンの砂袋を乗せて戻ってくると、空の雰囲気は一変していた。 「来る! あれは、艦迅丸さんだ!!」 頑鉄と一本杉を打ち倒したあと、上空で地上組の様子を伺っていた羅喉丸が、ある家を指差した。引き戸が目一杯開かれている。それはまるで、龍の通り道だ。そう言う間に、見慣れぬ龍が飛び出してきた。背中には、巨大な弓を持った壮年の男の姿。 「我は艦迅丸!! 開拓者よ、勝負せぇい!!」 言うなり、艦迅丸は矢をつがえ、即座に矢を放った。圧倒的な射程から放たれた矢は、砂袋を取ってきたばかりの風鬼・乱雪に直撃する。装甲の隙間を狙われたらしく、乱雪が苦しそうに鳴く。 「まさか【影撃】か? 弓術師だとッ!?」 ほとんど地上で戦っていた周十が、艦迅丸に気がついた。襲い掛かってくる長槍の衛兵をなぎ倒し、轟雷を舞い上がらせる。それを狙う弓兵たち。 「やらせるもんですか!!」 麗華が放った円月輪が、空気を切り裂きながら弓兵に迫る。ザッと、弓兵の弦が切り裂かれた。続いて2撃、3撃と、風魔手裏剣、円月輪が交互に放たれる。 「そ、そんな!?」 死角からの追撃に慌てる弓兵たちを、急降下してきた静馬の刀が捉え、次々に切り伏せた。 (アヤカシ未経験兵士達をさらに良い兵に育てる為に‥‥まずは恐怖を!) すうと息を吸い込む。 (そして、其処から何とかしようという意識を与えた上で――!!) 本気の、殺気のこもった【咆哮】が、村に響き渡った。 (しまった!?) 艦迅丸は【咆哮】の効果を良く知っていた。対アヤカシ戦、味方のサムライが使うところを、何度も見てきていた。しかし、使われるのは初めて――兵士たちにはなんら対策を教えていない。艦迅丸の力になろうとにわかに上がった士気は、兵士達の意識ごと静馬に持っていかれた。 (どうする‥‥どうする) 羅喉丸の甲龍・頑鉄に矢を浴びせつつ、艦迅丸は考えていた。刻限である正午の時間まであとどれくらいだろうか。少なく見積もっても、あと3刻(1時間30分)は残っている。開拓者達の侵攻速度に、艦迅丸は舌を巻いた。 「悪いが!」 「っあ!!」 艦迅丸の正面に、羅喉丸が飛び込んできた。あれだけ矢を浴びせていたのに、まったく怯んでいなかった。頑鉄の丈夫さは、並ではない。 「ここで、押さえさせてもらう!! 骨法起承拳!!」 泰練気法・壱を使った上での一撃が、艦迅丸の身体にぶちこまれる。艦迅丸は大いに嫌そうな顔をして、羅喉丸から距離を置こうと甲龍・古堂を駆る。‥‥が、その背後からは周十が迫っていた。 「見つけたぜ! 運がよかったな!」 艦迅丸の叫びは、天を引き裂く轟雷の鋭い声がかき消した。 「ここなのですよ!!」 一方、地上。そこは半分倒壊した村の建物。どうやら昔は倉庫に使われていたらしいが、いまは天井も崩れ、中には家具等の残骸が散らばっている。 「感じます‥‥強い、瘴気の気配!!」 水津の指差す先には、一本、足が折れた机が置いてあった。その奥は見えない。建物の中は静かなものである‥‥が。 「ふふ、そう簡単に、中には入らないわよ?」 由愛は【人魂】を出現させようと、呪殺符を取り出す。 「わわ、囲まれたのにゃ!!」 桜花が叫んだ。 建物の外、建物側に立つ水津、桜、由愛を中心に、ぐるっと兵士達が半月型に囲んでいた。それぞれのエモノは別々だが、槍やら刀やら斧やら、ひどく豪勢だ。すかさず、桜花が【閃光】を放った。 「人が多くて鬱陶しいにゃー。少し数を減らすにゃ!」 「さあ私の焔‥‥蹴散らすのです!!」 魔女が焔が兵士達に向かって躍りかかった。 「あ、アヤカシ!?」 「に、逃げるもんか!」 鬼火玉にすら慣れていないのか、魔女が焔をアヤカシと間違えたようで、兵士達は怯みつつも武器を構える。 「貴殿らか‥‥我が主を襲うのは」 そのとき、低く地鳴りのような声が聞こえてきた。それは崩れかけの建物の中から聞こえてくる。雛子のジライヤだ。名を断六という。雛子が、机の影から断六を見守っていた。ちょうど、断六・兵士達に挟み撃ちにされた形――。 「くっ」 由愛が呪殺符から召還符に切り替えようとしたとき、断六の【蝦蟇舌】が由愛を襲った。意表をつくその一撃は避けづらく、由愛に重い一撃を与える。 「ええい! 近づくでないわ! 巫女じゃからとて近接ができぬわけではないのじゃ!」 目がくらみながらも迫り来る兵士達に、桜は薙刀を振り回す。「我は出来ぬから近づくでないにゃ!」とは、桜花の言葉。【力の歪み】で相手を攻撃しつつ、壁が背に来るよう後退していく桜。 「お待たせしやした!」 神薙が現れ、断六に蝦蟇見栄をお見舞いした。 「ふふ、隙だらけだ!!」 断六は気にする風もなく、ニヤリと笑い、すっと息を吸い込む。 「大丈夫ですか!?」 そこへ、麗華が駆けつけた。断六に向けて、炎をまとった円月輪を大きく構える。 「む!?」 麗華の仕掛けた【フェイント】が、断六の気を削いだのか、【蝦蟇舌】が神薙とはまったく違う、あらぬ方向へ放たれた。麗華の円月輪が、断六の身体を切り裂く。 「ぬぐぐぐぅ!」 「そこですよ‥‥」 水津を囲んでいた兵士が【浄炎】につつまれた。 「アアアーー! 熱い、あついいい!!」 ごろごろと転げまわる。その傍らに、どしゃりと艦迅丸が落ちてきた。 「‥‥うう‥‥!」 まだ意識はあるようだが、弓は折れ、甲龍ももう飛べそうに無い。腰にさした刀を抜き、まだ戦えると空にいる開拓者達を挑発した。 「艦迅丸‥‥」 崩れかけた建物の影から、雛子が姿を現した。練力を使いすぎたせいか、顔が真っ青だ。断六も霧散していった。 「雛子様‥‥」 艦迅丸が目を細める。 「お嬢さん、あっしと良い事しませんかぁ!」 まったく空気を読まず、神薙がぼろぼろの雛子に飛びついた。 (変態親父じゃ!) (親父臭い蛙だにゃ!) 似たもの同士、桜と桜花は同じようなことを考えた。 「あ!」 雛子がバックステップを踏んだ。 足元に仕掛けた【地縛霊】が、神薙を捕らえる――。 「‥‥っ」 雛子がひざをついた。しかし、再びジライヤの召還符を取り出し、力を込め‥‥そしてそのまま、意識を失った。 ●祭りの後 「もっと! もっと集まるですよ‥‥はい、ではいきます」 村中央のかがり火周辺に、今回戦ったもの全員が集まっている。水津が、【閃癒】をかけるためだ。桜も【恋慈手】で回復役を務めている。 「さて、依頼が完了すれば敵ではないしの。癒してやるとするのじゃ」 「すまないな、開拓者の皆‥‥」 雛子はその輪の中で、ひざを抱える。周十が声をかけた。 「訓練に開拓者との喧嘩たァ、なかなか酔狂な事考えやがる! 根性入った奴等じゃねェか、大事にしてやれよ」 「くぅ! なんという心根優しき方々!」 周十の言葉に、艦迅丸はじっと目を潤ませる。 「雛子様! 我ら、この方々のような強く、やさしい兵になりまする!!」 そう言ったのは、衛兵でも艦迅丸でもない。ただの一般兵のひとり。周りの者も、口々に「そうだ!」「次は勝つぞ!」と力強く叫んでいる。 「うむ。期待しておるぞ! だが」 さしあたり、まずは傷を癒すことに専念しておくれ‥‥雛子は開拓者達に感謝するとともに、この氏族の長でよかったと、心から思うのだった。 了 |