ゆきのてんじょう
マスター名:乃木秋一
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/30 09:34



■オープニング本文

 雪。


 群がるそれら。


 血をすする音。


 転がる赤黒いもの。


 雪。



 雪。


 

●物語より、少し前
 大仕事を終えて、お礼の鍋を準備しようと屋敷の外に出た山彦は、
 遠くでゆれる小さな光の粒を見つけた。

「‥‥ん? こんな場所に、誰か来たのか?」

 この日は大雪で、横からの風と雪で視界がかなり悪い。しかも夜だ。
 山彦は目をこらす。
 近づいてくる様子はない。どうやら焚き火の炎らしかった。

「しかたねえな」

 こんな雪の日でも、火を放っておくのは危ない気がした。
 山彦は蓑をかぶって、大雪の下に飛び出す。


●そしていま
 大屋敷の雪下ろしと掃除を終えて、開拓者達は一息ついていた。
 いま、依頼主である山彦とお雪の兄妹が、お礼の大鍋を用意してくれている。
 この屋敷は、兄妹が宿を開業するために買い付けたもの。その開業準備を、開拓者は手伝いに来ていた。


 しかし。

 どれだけ待っても‥‥。

 鍋は出てこない。

 調理場には火にかけられたままの鍋。
 湯がぐつぐつと煮えたぎっている。

 つい先ほどまで、ここで下ごしらえをしていたお雪はいない。
 兄妹を除けば、ここには開拓者達だけだ。
 まだ開業前で、掃除をしただけのうすら寒い屋敷は、明かりすらともっていない場所がほとんどだ。

 わん‥‥。

 納屋のほうで鳴き声がした。すぐ近くだ。
 引き戸を開けるとすぐ正面にある納屋。
 その入り口で兄妹の飼い犬が尻尾を振っていた。
 
 わん。
 わん。
 わん‥‥。

 地面を向いて、小さく吼えるその犬の足元には、大きめの蹴鞠が転がっている。
 納屋の梁が落ちる音がした。

「まずい」

 開拓者の一人が呟いた。
 納屋が燃えている。

 わん!

 犬が逃げ出した。

 ごろん、と蹴鞠がこちらを向く。



 お雪が、そこに転がっていた。
 耳の先まで血みどろ。もう頭だけしかない。表情も読めないほど食い荒らされていた。

 傷口から流れる血が、まだあたたかい。
 積もった雪に、静かにひろがっていく。








■参加者一覧
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
千王寺 心詩(ia8408
16歳・女・陰


■リプレイ本文

●散る羽の如く
 それは迅速な対応が必要だった。木造の納屋はバチバチと音を鳴らし、炎を上げている。
「ふざけやがって!」
 黒い瞳に炎を映し、恵皇(ia0150)は屋敷の柱をガンと叩いた。怒りが体から立ちこめている。その横で精神を集中していた八十神 蔵人(ia1422)が、首をかしげた。
「あれ、わし、今日調子わるいんか?」
 お雪殺しの犯人が近くにいるかどうか確認しようとしたが、心眼がうまく発動しなかった。
「ちっくしょう、ひでえことしやがって‥‥!」
 唇をかみ締めながら、ルオウ(ia2445)はハルバードを取りに走る。
(「簡単な仕事の筈がトンでもないオチがついてきたものね」)
 葛切 カズラ(ia0725)は納屋と屋敷の間にある燃えそうな物を早々と撤去すると、呪殺符を取り出した。不気味な笑みを浮かべる一つ目の怪物の首が、空中に現れる。カズラの『岩首』が、納屋の天井に落下した。さらに、焙烙玉を用意する。
「家屋倒壊といえばやっぱり爆破よね、焙烙玉じゃ微妙だけど」
(「火事を起こすということは、敵は火を熾せるほど賢いか、火を吐くような体か、ということでしょうか‥‥」)
 探し物をしていた菊池 志郎(ia5584)が、現場に戻ってきた。手には小さな手斧。壁板に向かってぶんと振る。ルオウも戻ってきた。
「‥‥ごめんなっ!」
 束の間でも世話になった家と兄妹のことを思いながら、ルオウは持ってきたハルバードを思い切り振った。

「やれやれ」
 消火作業の傍ら、時任 一真(ia1316)はお雪の遺体回収にあたっていた。
「遺体を調べるっつーのぉは雪にとっては失礼な事かも知れねぇが‥‥」
 犬神・彼方(ia0218)がお雪の遺体のそばにしゃがみこむ。お雪の顔の皮膚はぼろぼろに食い散らかされており、頬骨が見えるほどだった。
「あとで確り弔うかぁら、ごめんな」
 犬神はまわりを見回す。他の部位はどこだろうか。時任も同じように周囲を探っている。千王寺 心詩(ia8408)が折刀『死身』を振った。『人魂』の、小悪魔の少女が調査に飛ぶ。しかしどうやら、頭だけがここに残っているらしかった。
「他は残さず食われたのか‥‥」
 お雪が襲われていたというのに、あっけらかんと鍋を待っていた自分が腹立たしいと、時任は苦い顔をした。
「調理場には、おかしなところはないようだな」
 恵皇が犯人を捜していた。
「わん公は見つけたで」
 納屋と調理場近くを軽く見回っていた蔵人の腕で、依頼人の飼い犬がぱたぱたと尻尾を振っている。
「唯一の目撃者はこのわん公か‥‥さて、どーしたもんやろか」
 焙烙玉がはじける音が、断続的に聞こえてくる。納屋は既に半壊だ。
「火事はあいつらが何とかしてくれる。俺達はそれを信じてこっちを調べてみよう」
 屋敷のほうを指差した恵皇に、蔵人がうなずく。
「ま、一度アヤカシに遭遇したのなら匂い覚えてるやろ」 
 蔵人に頭を撫でられた犬が、わん! と威勢よく吼えた。


●犯人の痕跡
 青暗い雪原に赤い炎が立ちのぼる。納屋から出た火は、開拓者の力で徐々に小さくなっていた。犬神が飛ばした人魂がその様子を見ながら、すうっと犬神の下へ戻る。犯人の痕跡を見つけるのは、なかなか難儀だった。
「これぁ‥‥」
 積もった雪の様子を見て、犬神が首をかしげた。地面の雪がいびつに盛り上がっているのが気になったのだった。雪下ろしのときに落ちた雪のようにも見えるし、なんとも言えなかった。
「この傷‥‥ずいぶん小さい気がするね」
 すぐそばで、時任がお雪の頭を見ながら悩んでいた。心詩も一緒に考えている。
「小さいアヤカシが群がって、こう、ついばんだって言うのかな。近くに他の部位が落ちてるってわけでもないし‥‥」
 ということは、どういうことだろうか。時任はアヤカシの姿を思い描こうと目を閉じる。敵は複数・しかも傷口から察するに、さほど大きくない‥‥。犬神が「お?」と眉を上げた。消火班のルオウが、額の汗をぬぐって戻ってきたのだ。
「終わった終わった! いま、カズラと志郎がいろいろ調査中だ。こういう時、捜索向きの手段がないのが歯痒いぜ」
 納屋をずたぼろに叩き斬ってきたらしいハルバードをどんと置くと、ルオウは呼子笛と松明を用意した。

 焼け跡のそば。
「この跡‥‥」
 松明を照らしながらも、まだ悪い視界を補うために暗視を使い、志郎は積もった雪の様子を調べていた。つい先ほど犬神の人魂がその上空を、興味ありげに通過していったばかりの場所だ。いびつな雪の形。志郎の目には、それは『線』に見えた。それも一本どころではなく、無数の線が束となり、まっすぐ雪原へと向かっている。
「やはり屋敷から出て、アヤカシを退治しましょう」
 ひとまず、カズラを呼ぶ。一旦合流だ。触手の生えたアレと一緒に焼け跡をあさっていたカズラが、手をあげて軽く返事をした。
「え!?」
 心詩が青ざめた。手のひらサイズの小悪魔の少女が、少し高いところから屋敷のほうを見ていた。屋敷の、納屋とは反対側の辺りから、火の手が上がっていた。ほとんど同時に、呼子笛の音が響く。

「やはり、こちらにも仕掛けてきたか!」
 恵皇と蔵人がそこに到着した頃にはもう、火はついていた。屋敷の外壁からじわじわと燃え広がっている。しかし、まだ間に合うかもしれないと、『八極門』を使って恵皇は外に飛び出した。ずっしりと積もった雪で、足場が悪い。羽織っていた外套で、ばさばさと火を叩く。なかなか消えるものではない。そうしながら、呼子笛を一度、強く吹いた。

 わんわんわんわん!

 蔵人の抱えていた犬が、ばたばたと暴れながら恵皇に向かって吼えている。
「なんや、なんや!?」
 まさか、アヤカシか‥‥? しかし、蔵人の目にはアヤカシの姿は見えない。一方、恵皇は忍び寄る気配に気がつき、ぞっとした。足元、ひざまで積もった雪の中を、いま、小さな光が通り過ぎていった。それもひとつではなく、いくつかそれは動き回っている。次々に増えていく、その光。
「!?」
 恵皇の足に、肉を削り取られるような痛みが走った。無策で外に出ていたら、思わず転倒していただろう。それは雪の中を泳ぐ光が、突撃してきた痛みだった。急に光の動きが速くなる。『背拳』で周囲に意識を向けて、恵皇は屋敷の中へと急ぐ。
「こっちや!」
 蔵人が伸ばした手を、がしと掴んだ。
「こいつらが犯人か! 納屋の火事も、こいつらの!?」
 屋敷の中へ転がり込んだ恵皇の足は何箇所も出血していた。お雪の傷とほぼ一致している。蔵人が大斧を構える。集まっていた光の粒を削ぐように、斧をなぎ払った。気力の乗った『巌流』の衝撃に呼応するように、さぁーーっと光は四方へ散っていく。手ごたえはあった。ひとつだけ、光が雪の中に残っている。動く様子はない。
「これが正体だと?」
 光の周辺の雪を掘った恵皇が絶句した。それは30cmほどの魚だった。頭の先から、火のついた触手をちょうちんのように吊り下げている。その歯は、人間の肉など簡単に引きちぎってしまうほど、鋭くびっしりと生えそろっていた。


●掃討作戦
「ったく、とんだ問題が起こったぁもんだ。‥‥これ以上、被害は出させねぇぞ」
 犬神が語気を強めて呟いた言葉に、開拓者達はうなずく。開拓者達は作戦会議を開いていた。最初に起きた火災場所に集まっている。心詩とカズラの人魂が、屋敷の周囲を警戒している。直接アヤカシを見た恵皇と蔵人が、それがどのようなものであったのか、身振りを交えて説明しているところだ。簡単だが、心詩の手当てで恵皇の血も止まっている。魚は既に瘴気となって消えていた。
「傷口の様子からも、一致するね」
 時任がうなずきつつも、「‥‥首がとれるほどのものなのかな」と首をかしげる。
「大きいもんもおるし、小さいもんもおるってことやないかな」
 蔵人の言葉に、「それもそうだね」と時任は納得した様子だ。
「全員集合できたぁのは吉兆だぁな。まずは時任とルオウの咆哮で誘き寄せ、かぁね。確り二人の周りを俺らで固めてぇ守る。一応、術の準備はしてぇおくか」
「もし乱戦になる場合は常時状況把握をしながら、みんなに知らせるね」
 犬神と心詩の言葉に、うなずきあう開拓者達。
「ちょうどいい場所は見つけておいたわ。出来るだけ足場の良い広い所でやっちゃいましょう」
 カズラがすっと立ち上がる。

 作戦決行の場所は、屋敷の入り口だった。
 大きく突き出した屋根、広々とした石づくりの足場。引き戸を撤去して、ルオウと時任が並んだ。屋根のある場所には雪が積もっていない。目の前に広がる雪の高さは80cmほどか。
「それじゃ、さくっと咆哮、いかせてもらうよ」
 先に吼えたのは時任。彼の轟声が雪の原に響き渡る。しばらくの静寂の後、カズラがくすりと笑った。
「‥‥きたわ!」
 屋根の上、番傘を広げたカズラが、仲間達に呼びかけた。カズラの触手のアレが、左側の雪の原に現れた光の粒を空から見つめている。
「どうやら火は出したり消したりできるみたいね」
「数、多いよ!?」
 屋根の下、右側の雪原を小悪魔の人魂で見ていた心詩が、『死身』と業物を構える。右側からも、光の粒が押し寄せていた。それはもう、光の波と言ってよかった。
「じゃあ、行くわよ!」
 カズラが焙烙玉に火をつけた。
 戦いが始まった。

 焙烙玉の爆発でめくれあがった雪の下、現れた地表に飛び込んで、ルオウがハルバードを構えた。
「てめえらか! ゆるさねえかんな!!」
 赤い髪を振り乱しながら獣のように、怒りの『咆哮』を上げる。襲い掛かる魚達に向けて、ぐるりと回転切りを炸裂させた。気力が籠められたハルバードが、次々に魚達を切り刻んでいく。犬神が長槍『羅漢』で雪をかき回し、志郎の水遁が魚を跳ね上げる。勢いあまって雪から飛び出してきた魚が意外に多かったが、恵皇が手数の多さで、時任が素早い動きで対処した。敵の位置を知らせる心詩の声が響く。はからずも火がついてしまったところは、蔵人が大斧『塵風』で屋敷の一部ごと吹き飛ばした。正直壊すのは忍びないが、全焼よりはいくらかましだろう、と作戦会議で決まっていた。

 戦いが終わる気配はほとんどなかった。倒しても倒してもきりがない。
 しかしその中で、一通り燃えやすい場所を壊しきった蔵人と、暗視を持つ志郎の二人が、山彦の捜索に行くことを決めた。
「無理はしないで。確かに山彦の行方も気になるけど、素人がヘタに雪の中を出歩くのも危険だしね」
 時任は心配そうにそう言うと、魚をひきつけるべく、再び吼えた。二人は屋敷の裏口から、犬を連れ、松明を持って外に出た。

 屋敷を出ると、相変わらず雪がしんしんと降っていた。音も無く、風も弱い。ただただゆっくりと雪に埋もれていくような感覚。志郎の掲げた松明が、白い風景を照らしていた。
「しかし、わん公よぉ‥‥掃除、無駄になってもうたのう」
 屋敷の中で見つけた山彦の手ぬぐいを犬に嗅がせながら、蔵人が呟いた。犬は一声吼えると、尻尾をぶんぶん振って、山彦の痕跡を捜し始める。そうして、わんわん! と雪の中へ駆け出した。
「行きましょう。山彦さんが心配です。こちらにも、いつ敵が現れるかわかりません」
 志郎が暗視を使って外に飛び出す。昼のようにはっきり見えはするものの、降り続く雪で、なおも視界は悪い。
 正面の戦いはまだまだ続いた‥‥。

 山彦捜索は難航していた。元気よく駆け出した犬も、しばらくすると疲れ果て、いまでは蔵人が懐で保護している。群れから離れていた魚達にも襲撃され、さすがに二人とも疲労の色は隠せなかった。風魔手裏剣を振るう志郎の腕が、ぴりぴりとかじかんでいく。
「これはさすがに‥‥だめでしょうか」
 雪がさらに激しさを増し、重たく体にのしかかってきた。志郎の黒い髪をじっとりと雪が濡らす。蔵人が苦笑いした。

 二人が屋敷に戻ろうときびすを返したとき、犬が蔵人の腕から飛び出した。
「お、おい、わん公!」
 分厚い雪の上をもたもたと駆けていく。そして立ち止まり、数回、暗闇に向かって吼えた。
「あっ!」
 暗視を使っていた志郎が、気がついた。そこには、大きな石の上でひざを抱える、山彦の姿があった。


●朝
 戦いの終演は静かに始まった。
 太陽が昇ると同時に、徐々に魚の光が屋敷から遠のいていく。
 そっと、犬神が人魂を飛ばした。
「もう、いなくなったぁみたいだなぁ」
 囮を担っていたルオウと時任がほっと一息ついた。
「みなさん」
 蔵人と志郎に助け出され、屋敷の中で大事をとっていた山彦が、正面入り口で戦っていた開拓者達に声をかける。その手には、湯気立つお盆があった。きのこ鍋の盛られたお椀が、人数分並んでいる。

 わんわん!

 開拓者達はお椀を前に、ただ座っていた。誰も箸をつけようとしない。ひとり黙々と食べる山彦のひざの上で、犬が甘えている。山彦が、静かに箸をおいた。
「今回は、お雪の敵を討っていただき、ありがとうございました」
 深々と頭を下げる。
「いや‥‥なんにもできなかった‥‥もっと早く気付いてればな‥‥」
 ルオウが強くこぶしを握った。「ちっくしょお‥‥」と震える声。「ただ、ケジメはつけようって、ね」と、口惜しげに呟く時任。
「‥‥」
 山彦が頭を上げた。
「あ、うう」
 肩を震わせ、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 雪の原。
 村から離れ、ぽつんと一軒だけ建った大きな屋敷。
 各所が崩れ、戦いの跡が見られるその屋敷は、山彦の手で火が放たれた。
 黒い炎が雪を溶かす。

 最寄の村に、お雪の墓が作られた。
 お雪の冥福と、山彦の無事を祈って、開拓者達はその村をあとにする。



 了