朱色の風
マスター名:乃木秋一
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/23 17:06



■オープニング本文

 饅頭は、やっぱりつぶ餡だな!

 と、思いながら、ギルド員はぼんやりおやつの時間を過ごしていた。
「開拓者ギルドはここか!?」
 そこへ筋肉質の青年が飛び込んできた。息も荒れ、汗もびっしょりかいている。
「‥‥!? あ、いらっ、ごほごほッ」
 のどに詰まらせた饅頭で顔を真っ赤にしながら、ギルド員はお茶を飲み込んだ。
「お願いだ。われわれの村に来ていただけぬか」
 青年に背中をさすられながら、涙目でギルド員は青年の話を聞いている。
「えっと‥‥?」
 ギルド員の意図を汲んで、青年が答える。
「村の位置か? ここから南へ数日ほど行ったところだ」
 ここは石鏡の南部。都会とは言えないが、それなりの規模の街につくられた、開拓者ギルドの出張所。
「で、あの、詳細は‥‥?」
「受けてくれるのか? ありがとう。実はな」
 今日も今日とて、厄介な依頼が舞い込んできたのだった。

●『やぐら』
「‥‥動きは?」
「ないっすねえ。作業員の方々は?」
 石鏡南部の村から、少し離れた小高い丘。すらっとした背の高い建造物を、二人の男が遠巻きに見ている。
「かなりやられたんだ。まだしばらくは動けない、だろうな」
 先日、この村はアヤカシに襲われた。狙われたのはこの建物。一見『高見やぐら』のようにも見えるこの建物は、風信術の装置だ。完成間際を襲われ、作業員を中心に、十人ほどの死傷者が出ている。
「村長代行が開拓者を呼んでくる。それまで、これ以上被害が出ないといいんだけどな」
「ああ‥‥。くそ! 風信術は、一刻も早く導入しなくちゃいけねぇのに‥‥」
 米作で栄えてきたこの村は、ひとつの岐路に立っていた。米作の効率化を進めた結果、安価で質の高い米を生産できる農村として、卸商たちから高い評価を得ている。ただもう一歩大きくなるには、風信術の装置が必要だった。
「そうだな」
 もう一人の男が、眉を寄せて顔をしかめる。『やぐら』にとりついたアヤカシが、ごぺっ、と白いものを吐き出したのだ。『やぐら』の足元に、それが散らばっている。
「‥‥あいつ!!」
 吐き出されたものは人骨だ。既に数人の人間が食べられている。『やぐら』の半分ほどに蔦を絡ませ、巨大な袋状の花をいくつも持つそのアヤカシは、『悪食カズラ』と呼ばれている。
 
●食人花焼却
「悪食カズラが出るとは‥‥」
 ギルドの職員は気の毒そうにかぶりを振った。
「焼却しても、よろしいんですね?」
 悪食カズラの生命力はきわめて高い。分断して燃やすのが、一番よく知られた対処法だった。
「ああ‥‥やむを得まい」
 今回現れた悪食カズラはかなり大きく、風信術の装置のほぼ半分に達している。悪食カズラを燃やすとなれば、装置も巻き添えだ。ギルド職員が心配したのは、そこ。風信術の装置を導入するのも、並大抵のことではない。小さな村程度では、とても手が出せない代物だ。青年の村は数ある村の中では大きいほうだとはいえ、装置を失うのは相当苦しいはず。
「村人たちを安心させてやりたい。いまは、一刻も早くアヤカシを退治することだ。出資してくれた商人たちには悪いが、装置はまた造れば良い」
「わかりました」

 ギルド職員はうなずくと、神楽の都へ連絡を取るのだった。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
久万 玄斎(ia0759
70歳・男・泰
鬼啼里 鎮璃(ia0871
18歳・男・志
ラフィーク(ia0944
31歳・男・泰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ
風月 秋水(ia9016
18歳・男・泰
キァンシ・フォン(ia9060
26歳・女・泰


■リプレイ本文

●必殺草むしり
 村に到着した開拓者達は、村中央の広場に案内された。いまは闇が支配する時刻。アヤカシ退治は明朝決行することが既に決まっていた。広場では大きなかがり火を囲んで、村の若い衆が開拓者達を迎える。
「おおお! よう来てくれた!!」
「開拓者が来てくれたんだ。これで装置は安泰だぁ!!」
 にわかに拍手喝采が巻き起こる。
「よくやってくれたぜ、村長代行!!」
 三十路前と思われる男が、村長代行の背をバシンと叩く。中には勝手に酒盛りを始める者もいた。楽しげ、しかし何処か寂しげな盛り上がり方。
「‥‥最近、この村の村長が亡くなってね」
 村長代行は誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。すぐ隣にいた雲母(ia6295)が、煙管をふかす。
「風信術の装置は、村長の悲願だったんだ。最初はみんな反対したんだけど、あの人、村に必要なものだってずっと話しててね。結局みんなその熱に押されて最後は賛成したんだ」
 寂しげに微笑む村長代行。雲母は赤く輝くかがり火をぼんやり見つめている。
「みんな、装置の完成を楽しみにしていたのね‥‥」
 キァンシ・フォン(ia9060)が、うっすらと浮かんだ涙をぬぐう。
 そうして、その夜は各々、村長代行が手配した家で眠りについた。

 翌朝。
「うわー、完全に絡まってますねコレ」
 鬼啼里 鎮璃(ia0871)が苦笑した。
 装置の建つ丘のふもとで、開拓者一行は朝食をとっていた。村の娘が作ったおにぎりを片手に、作戦会議をしている。
「何とか装置を壊さずに、と思いましたけど‥‥難しいでしょうかね、これは」
「ふむ‥‥」
 鬼啼里の言葉に、久万 玄斎(ia0759)は髭をさわりながら目を細める。
「聞けば、再生能力付き草アヤカシということですが‥‥。実際の所‥‥どの位の早さで再生するのか、分裂するのかといった所が良く分からないので最悪の事態を想定して対処する事になりそうですね」
 三笠 三四郎(ia0163)が熱いお茶を一口飲む。そのそばで煙管を咥える風月 秋水(ia9016)と雲母。
(「出来れば、櫓は壊したく、ない、が‥‥難しいだろうな」)
 と、ここまで油の樽を運んできた荷車に腰掛ける風月。
(「‥‥意外と遠距離攻撃もこなすらしい。さて、どうしたものか」)
 と、戦いの手順に考えをめぐらせる雲母。
 二人は同時に、ふう、と大きく煙を吐いた。
「まだ無理だと決まったわけではないでおじゃるよ」
 詐欺マン(ia6851)がすっくと立ち上がる。
「放っておけば犠牲者が増える・完成しない、と良い事なぞ一つもない。作りかけの状態でアヤカシが出現するとは運がないが、まあ仕方あるまいて」
 黙々とおにぎりを食べていたラフィーク(ia0944)が、珠刀『阿見』を手にした。
 アヤカシに襲われた村の平和を取り戻すべく、開拓者達は今日も行く。



●知は剛を穿つ
 腰にくくりつけた小さな油壺が揺れる。
 開拓者達は装置にじりじりと近づいていた。
「この辺りか」
 ひた、と雲母が足を止めた。上長下短の理穴弓に矢をつがえる。
「いつでもいけるでおじゃる」
 詐欺マンの言葉に、キァンシ、鬼啼里の二人が息をのむ。風信術の装置は、近くで見るといっそうその大きさが際立っていた。さらに装置に絡みついた悪食カズラの蔦が、緑色の膜のようになっている。天辺に続く足場が、途中で封鎖されていないことを三人は強く祈った。
「奴の攻撃範囲は、刀のそれよりも長いようだ。気をつけろ」
 雲母の言葉に三四郎がうなずき、凛とした瞳で装置を見つめる。ラフィーク、玄斎、風月が松明を用意した。
「それじゃあ、いきましょう」
 鬼啼里の一声で、開拓者達は駆け出した。その気配に、悪食カズラが蔦をしならせる。
「!!」
 三四郎が『ガード』を掲げた。ずっしりと重い衝撃が盾の向こうから、腕に伝わってくる。
「こんなに長い間合いなんですね」
 離れた場所からの一撃が、ぞわりと三四郎を刺激した。
「二兎追うものは一兎をも得ず‥‥依頼をこなしさえすれば、何一つ問題は無い」
 雲母が放った矢が蔦の根元に深く突き刺さる。
『こっちです!!』
 三四郎の『咆哮』が丘に響いた。四方に広がろうとしていた悪食カズラの蔦が、三四郎めがけて一気に襲い掛かる。その隙をついて、ラフィークが悪食カズラの懐に飛び込んだ。
「むん!」
 刀を一振り。手ごろな蔦を切り裂いたが、存外しぶとい。ざっくりと切り傷を負わせたものの、一太刀で切り落とすにはいたらなかった。すかさず玄斎が、松明の火を傷口に押しつけようとするも‥‥。
「ほほう?」
 玄斎の目の前で、ごぼごぼと傷口から赤い液体が吹き出した。赤い液体は傷口を覆うと、周囲と同化し、すぐに緑色に変色した。これが悪食カズラの再生の仕方なのだろう。何事も無かったかのように、その蔦が玄斎に襲い掛かる。
「なかなかに面倒な敵だ、な」
 その一撃を、風月が仕込み杖で受け止めた。

 一方、詐欺マン、キァンシ、鬼啼里の三人は装置の天辺へと続く足場へ近づいていた。
「行けそう、ね」
 キァンシは松明を掲げる。幸い、他の開拓者達がアヤカシの気を引いてくれていたので、入り口付近は問題なく上れそうだ。
「詐欺マンさん、準備はいいですね?」
 鬼啼里が、とっておきをさらりと抜いた。
「立派な葱でおじゃるな」
 詐欺マンがニヤリと笑う。
「ほんと、立派ねぇ」
 とキァンシもうなずいた。
「いや、見てくれはアレですけど、刀としては優秀なんですよねー」と呟く鬼啼里が持つのは、真っ白な刀身の葱刀だ。
「さて、行くでおじゃる!」
 早駆を使った詐欺マンが走り出した。アヤカシがとり付いたせいか、足場はやや痛んでおり、通常であれば軽く30mは駆け抜ける彼の早駆も、このときばかりはそうもいかない。地上7mほどのところで、詐欺マンは立ち止まった。
「早速でおじゃるな?」
 眼前にはびっしりとはびこった悪食カズラの蔦と、憎らしげに垂れ下がった袋花が待っていた。詐欺マンを歓迎するように、蔦が振り下ろされる。仕込み杖の薄い刀身が鳴いた。狭い足場だ。避けるのは容易ではない。詐欺マンはひたすら、蔦の攻撃を仕込み杖で受けとめ続ける。
「ここなら大丈夫そうね!」
 追いついてきたキァンシが、『河内善貞』でやぐらに絡まっている蔦を切り払い、詐欺マンと上下入れ替わった。
「えい!」
 キァンシは袋花に松明を投げ込んだ。
「――っ!!」
 このアヤカシに声があったなら、さぞ嫌な音だったろう。
 鬼啼里が葱刀で袋花を切り落とす。蔦も根元から切り捨て、落下させる。 
(「下の人たち、すいません」)
 心の中で両手を合わせた。
「む? ここに?」
 玄斎が見上げた先から、切り捨てられた蔦や花が落ちてきた。とっさにそれを回避する。
「切断した物から、攻撃を受けるのは、恰好がつかないから、な‥‥」
 下で待っていた風月が、松明を振りかざした。

「見つけましたよ?」
 地面から生える茎を探していた三四郎が眼を輝かせた。どこかの大黒柱と見まがうほど太く、もはや幹といってもよい茎が、地面からやぐらの上へ伸びている。その周囲は意外と守りも手薄だった。三四郎は先ほど囮になったせいで切り傷だらけになった『ガード』をおろし、『阿見』を構えた。
「か、堅いっ」
 茎まで一気に距離を詰め、すれ違いざまに叩き込んだ払い抜けの手ごたえに、三四郎は苦笑した。
「これは、簡単にはいかないでしょうね」
 わずかについた切り傷が、赤い液体で覆われ、すぐに元に戻ってしまう。
「それでも!」
 三四郎は再び、『阿見』を振るう。

 同じ頃、雲母は火矢を使うタイミングを待っていた。地上戦の者達は、善戦しているように見える。ただ、天辺を目指して上った者達の姿は、雲母がいる場所からはよく見えなかった。緑色の蔦が邪魔で、いまどこにいるのかもわからない。効果的とわかっていても、上に行った者が戻ってくるまでは、まだその時ではない気がしていた。
「なかなか処理に困る相手とは、面白い」
 ラフィーク達を囲もうとしていた蔦をバーストアローで吹き飛ばすと、雲母は下から上へと悪食カズラを眺める。松明の影響か、所々黒い煙が立ちのぼっていた。
「ん?」
 地上10mほどのところで、雲母は気になるものを見つけた。鷲の目を使い、よくよく見てみる。悪食カズラの色が、緑から赤黒く変色している場所があった。鬼啼里が油を撒くと言っていたが、それとも違う。一瞬、蔦の隙間から、精霊剣を放つ鬼啼里が見えた。赤黒い場所は、攻撃が命中したところから徐々に広がっている。
「なるほどな、そっちに弱いのか」
 雲母は煙管を咥えたまま、薄く微笑んだ。

 地上ではちょうど、ラフィークが気功掌を試そうとしていた。松明役は風月と玄斎に任せ、金色の瞳を輝かせる。
「ほほう、これはこれは!」
 玄斎がにんまりと笑う。気功掌を打ちこんだ場所は赤黒く変色し、再生する様子もない。
「いけるか?」
 重ねて二度、気功掌を打ちこんだ。赤黒い場所はさらに広がり、大蔦の動きも緩慢になっているように感じる。
「ならば、1回限りだ。‥‥討ち抜く!」
 ラフィークが気力をこめた刀を、赤黒くなった場所へと振り下ろす。
「骨法起承拳!」
 悪食カズラの大蔦が、ばさりと切り落とされた。

「詐欺マンは上へ!」
 キァンシが拓いた天辺への道を、詐欺マンが駆ける。
「させませんよ!」
 詐欺マンを追おうとした蔦を切り払い、その根元に鬼啼里が精霊剣を放った。命中した場所が赤黒く変色する。
「そちらも気をつけるのでおじゃるよ!」
 そうして駆け上がり、詐欺マンは天辺に到着した。
「おや‥‥」
 皮肉げに詐欺マンはほほを緩ませた。放置された宝珠のまわりに二つ、袋花がぶら下がっている。その向こうには、立ち寄ったあの村が見えていた。
「もうだめじゃと思ったが、意外となんとかなるものでおじゃるな。正義の剣で悪は滅ぶのでおじゃる」
 宝珠を取り巻く袋花に向けて、仕込み杖を抜き放つ。

 その真下、地面から生えた『幹』に刀を振るっていた三四郎が攻撃の手を止めた。
「‥‥再生が、止まりましたね?」
 『幹』に、大きく一撃振り下ろした。もはや赤い液体は流れてこない。

 悪食カズラが、瘴気に戻り始めた。



●出発の前 
 戦いの日の翌日。
 詐欺マンは神楽の都へ出発する前に、あの丘へやってきていた。
「ん? 来ていた、のか」
 装置のそばで、最後のあと片付けをしていた風月が、丘に立つ詐欺マンを見つけて駆け寄る。
「アヤカシを倒した後の事も考えぬは二流でおじゃるよ」
 昨日、アヤカシを倒した後、さんざん火の始末に気をつけていた詐欺マンを思い出しながら、風月は「そう、か」とだけ答えた。
「二人とも、もう出発するわよ?」
 出発の準備を整えたキァンシが、二人を呼びにきた。

 あれから丸一日が経った。
 装置はまだ、丘の上にそびえたっている。悪食カズラのもうひとつの弱点を見つけた開拓者達の勝利だった。足場の半分は焼け崩れ、装置自体も多少傷ついたものの、全壊とまではいかなかった。アヤカシは既に、瘴気となって消えている。
「ラフィークちゃんと雲母ちゃんが、しびれを切らしちゃうわよ!」
 あはは、と笑いながら、「はやくねー!」と言い残し、キァンシは村に戻っていく。村では祝福の宴が、まだ続いていた。
「まったく、思いもしませんでした」
 顔を真っ赤にした村長代行が、ぐいぐいと村特産の天儀酒を飲み干す。
「もう少し教えてくだされ。ええと、なんと申すんでしたかな、この刀‥‥あのアヤカシに、よく効いたという」
 葱刀をまじまじと見つめる村長代行の目は、もはや焦点が合っていない。持ち主の鬼啼里は座敷の隅で、枕を抱いて眠っていた。白うさぎの夢でも見ているのだろうか。幸せそうだ。
 外では子供らが「なんか技おしえてくれー!」と、ラフィーク達の周りを駆け回っている。
「いや、鬼啼里殿の話では、刀ではなく‥‥こっちではなかったかな?」
 同じく酔っ払った村人が、刀を振り下ろす仕草をする。精霊剣のことだ。
「そうじゃった、そうじゃった!」
 わあっはっはっは!! と、二人は再び天儀酒をくみかわす。


 彼らのはじめての通信が、ギルドへのお礼だったことを、開拓者達はまだ、知るよしもない。