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■オープニング本文 「おい」 結陣、青龍寮寮棟。 「お前らの中で天儀人形を持っている奴はいるか?」 唐突にその質問をした男は、青龍寮の講師である。そろそろと手を挙げた人を指で数え、「意外にすくねぇな」と残念そうな顔で言う。名前を義山(ギザン)という。義山は寝不足気味な顔で1年生に向かって話を始める。 「今日から実際にみんなで天儀人形をつくろうと思う。天儀人形は青龍寮でもつくられてるんだが、知ってるか?」 全員、事前に義山が配ったクジを持っていた。 「それじゃ、クジを開いてくれ」 あなたが開いたクジには【骨】とだけ書かれていた。 ここからは、【骨のクジ】をひいた人の物語。 ●天儀人形の中身 【骨】組は五行北部にやってきていた。今は鬱蒼とした森の中。途中から道らしい道をほとんど歩いていない。 「足元、気をつけてくださいねー」 一行は細長いつり橋を渡っていく。足元に並んだ踏み板の隙間から、ヒュウヒュウと冷たい風が吹き上がる。そのずっと下に、岩がごろごろと並ぶ川が流れていた。 「このあたりは木こり連中でも、あーんまり足を踏み入れないんですよっ」 一行を先導しているのはこの地域の森を守る木こりのシンカである。まだ10歳にも満たない少女だ。彼女の父が義山の友人で、今日はシンカが先導役を買って出たのだ。寮生たちは森の奥からあるものを取ってこなければならない。 「義山のオジサンだったらアタシが置いていかれるくらいだけど‥‥」 シンカはそう言って笑う。 話は変わるが、天儀人形を実際に持ってみると見た目以上に重いことがわかる。今日はその中身を取りに来たのである。青龍寮から近くの村まで龍で飛び、そこでシンカに合流して徒歩で森へ。疲れはするが仕方なく【骨】組はシンカについてきて、現在に至る。 目的地についた。 そこには首のない地蔵が目に見える範囲だけで、50体ほど並んでいた。【骨】組はこの地蔵を数体、青龍寮まで持って帰らなくてはならない。なお、青龍寮で作っている天儀人形の中身はその時々によって違うらしい。今回の中身がこれでよかったなと、義山は不敵に笑っていた。 「ん?」 シンカが鼻をひくつかせた。 「なんか焦げ臭くなーい?」 言われてみれば、おかしな臭いがする。【骨】組の一人が声をあげた。 「あれ!」 指を差した先には、黒い煙が立ちのぼっていた。 「あれは、つり橋の方じゃない!?」 シンカの悲鳴が森に響く――。 |
■参加者一覧
露草(ia1350)
17歳・女・陰
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
无(ib1198)
18歳・男・陰
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
フレデリカ(ib2105)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 聞こえる。 聞こえない。 目の前を通っていく寮生たち。あれが話に聞いていた奴らだ。一人見知ったやつがいるが、俺には関係ないことだ。聞こえる。あいつが俺を監視している。いいさ、やってやる。あとは火を放つだけ――。 ●森の中の出火 寮生たちがたどり着いたときには既に、森の火は大きくなっていた。橋に燃え移るのも時間の問題だろう。ここまで案内してきたシンカが悲鳴をあげる。 「大変! ‥‥モユラさん、シンカさんをお願いします!」 露草(ia1350)が真っ先に駆け出した。その背中をシンカが不安そうに見つめる。 「だいじょーぶ! 心配しないで」 モユラ(ib1999)がにっこりと微笑んで、シンカの前にしゃがみこむ。 「シンカちゃんはあたいの隣にいてね! あたいら、こーみえても優秀なんだからっ。どーんと任せて!!」 ばんと胸をたたくモユラを見上げ、シンカはコクリとうなずいた。 寮生たちの動きはすばやかった。ゼタル・マグスレード(ia9253)が縄を用意し、露草、无(ib1198)、フレデリカ(ib2105)はひたすら対岸を目指して駆けていく。 (こんなとこまで来てまた遠回りなんて冗談じゃないよ!) フレデリカは対岸を睨みつけた。こんな時期に山火事なんて、普通じゃない。誰かが糸を引いている。そうに違いないと、彼女の瞳に黒炎が宿る。 「お、っとと」 无がふらついた。つり橋がギシギシと音を鳴らす。勢いよくつり橋に飛び込んだが、足場は安定しない。そのとき――。 「危ない!!」 モユラの声。无が【巴】を使った。无の眼前2センチのところを、一本の矢が通り過ぎていく。 (ナイを村に置いてきたのは、正解だったなっ) 矢は対岸から放たれていた。火事が起きている場所からは少し下流。木々の陰に、怪しい影が動いていた。もう一筋、今度は露草を襲う。 (あんなところから? これじゃあ、完全に狙い撃ちじゃない!!) 様々な思惑が頭をよぎるが、いまは一刻もはやく対岸へと移動することが肝要だった。 「できた!」 荒縄を二本つないだものをモユラに渡し、ゼタルが三人のあとを追い出した。 「!?」 影が放った矢が、つり橋を維持している捻り綱をかすめていく。厄介なことに、それは火のついた矢であった。綱から黒煙があがりはじめる。 (なんてことを!) ゼタルは考えをめぐらせた。先に走り出した三人は既に橋の半分を過ぎている。このまま行けば問題なく橋を渡れるだろう。自分も急げば間に合うかもしれない。しかし、それでは恐らく橋は落ちてしまう。このまま目の前の綱が燃えてしまえば。 「仕方ない、なんとかしよう。なるべく、下は見ないように‥‥」 ゼタルは自分の服の袖で捻り綱を叩いた。ここでは【氷柱】は使えない。【氷柱】はもともと攻撃用の術だ。下手をすれば、綱を自分が破壊してしまう恐れがある。ゼタルのほおを矢がかすめていく。 (消えてくれ!) ゼタルの服が、黒くすすけていく。 (気になる気になる! 森が燃えちゃうなんて‥‥) 「どうしたんですか? モユラさん怖いカオ」 ゼタルが結んだ荒縄を受け取ったモユラは、シンカと一緒に首無し地蔵のところへ駆けていた。存外、橋から地蔵は離れている。地蔵のところからは橋は見えなかった。 「ん? あははは! なんでもないさ!」 モユラは笑ってごまかすが、内心は火事のことが心配で仕方がなかった。 (誰かが森に火ィ付けたんだとしたら‥‥あたい、本気で怒るよ? 森が好きってだけじゃない‥‥生態系や、森に住む人の生活や安全を、意図して壊したってコトだからね) 二人は地蔵たちのところに到着した。 「さあシンカちゃん! 地蔵に縄をつけるよ!」 「うん!」 モユラは仲間を信じて、地蔵の身体に縄を巻く。 ●対岸の火事 先に走り出した三人は無事に対岸にたどり着いた。何度か矢の攻撃を受けたものの軽傷で済んだのは幸いと言える。しかし木々の炎上はすさまじく、一刻を争う事態だった。 「矢を放った人物がいるはずです! 気をつけてかかりましょう!」 露草が符を構える。 「北風来たりて氷雪に凍れ!」 橋の一番近くにある炎の塊を【氷柱】が吹き飛ばす。まずは橋を守ることが第一であった。无が水を橋にかけ、飛び火に備える。 「場所はわかったんだから、こっちから攻めたっていいはずよね?」 フレデリカが【斬撃符】で木々の枝を削ぎ落とす。明らかに、先ほど矢を放った敵を意識した方向へ進んでいた。 「許さないよ? 泣こうがわめこうが、きちんと説明してもらうからね‥‥」 漆黒の月牙が獲物を求めて森を裂く。 「あった!」 露草の声だ。 「こんなっ、私たちを待っていたとしか思えない!」 枝を払い、炎の壁を吹き飛ばした木の根元。そこにはぐるりと油壺が並べられていた。轟々と赤い炎をうみ出している。 「許せない‥‥」 露草は【氷柱】を起動した。 「こっちにもありました!!」 无の目の前にも、同様の赤い壺。 「遠足気分ってわけには‥‥いかないな!」 【氷柱】で、炎の壺を吹き飛ばす。捻り綱の処理を終えたゼタルが、消火班に合流した。 「‥‥その手!?」 露草が青ざめる。ゼタルの両手は真っ赤になっていた。 「ん? なんでもないなんでもない」 ゼタルは笑ってごまかす。いまは、とにかく目の前の消火が最優先だよと呪殺符「深愛」を構える。 「今度は思う存分術が使える!」 ゼタルの【斬撃符】が、炎を纏う木々を切り裂いた。四人がいっせいに消火にあたったおかげで、橋周辺はだいぶ片付いた。退路としては十分だろう。しかし、火の手は既にかなり広い範囲に及んでいた。すべて消すのは‥‥。 「間に合った!?」 モユラとシンカが戻ってきた。手には地蔵につながった縄が握られている。幸い、まだ橋は燃えてはいなかった。 「渡ろう、シンカちゃん! なるべく急いで!」 「うん!」 二人はつり橋に足を踏み入れた。 (ははは、ダンナが言った通り、橋を落とせばよかったぜ) 木々に潜む影が弓を引き絞った。その弓は森には不似合いなほど凛とした雰囲気を持っていた。真っ白な美しい弓。きりりと鳴る音にすら気品が感じられる。影の細い眼が橋を渡るシンカを狙う。 (残念だったなシンカ。お前を殺してしまえば、あとはおさらばするだけさ。お前さえいなければ、奴らが俺を捕まえることは出来ないだろう。慣れない森で『森のプロ』を捕まえるなんてのは不可能さ) 影が矢を放った。シンカは揺れる足場から放り出されないよう、必死で綱を握っている。矢に気付く様子はない。鋭い一矢がシンカの顔面めがけて飛んでいく。 「――やった!」 影がこぶしをつくった。が、その表情はすぐに凍りつく。 「へへ、大丈夫? シンカちゃん」 モユラが身を投げ出して、シンカの盾になっていた。 「も、モユラさん!!」 シンカが泣きそうな顔でモユラの傷を見つめている。 「だいじょーぶ! 急いで渡ろう。急いで、ね?」 モユラとシンカは手をつないでつり橋を走り始めた。もちろん橋は揺れるが、そんなことを気にしてはいられなかった。こんな狭い場所で、いつまでもシンカを守れる保障はない。 「くそっ!」 影がもう一矢放とうと、矢をつがえてシンカを狙う。 「見つけたよ?」 影の前に、フレデリカが立ちふさがった。ああ、こいつこんな顔をしていたのかとフレデリカは赤い目を細める。その影は、どう見ても村人だった。40歳ほどの男である。 「なんてことしてくれるの? どうなるか、わかってるよね?」 フレデリカの手元から黒い腕が現れる。それは目の前の男をわしづかみ、ぎりぎりと握りしめた。男が放った矢は空中に消える。 「まま、待ってくれ! 俺は無理やりやらされたんだ!」 そう叫ぶ男の顔を、フレデリカは冷ややかに見据えていた。男は黒い腕につかまれながらも、また矢をつがえようとする。 「話は聞きますよ」 フレデリカの白い掌から小さな月牙がふわりと浮かぶ。 「逃げられないようにしてからね」 そしてそれはそのまま男と弓を切り裂いた。 がさり フレデリカはもう一つの気配を感じ取った。すかさずそちらを見やるものの、なにか小さいものがガサガサと走り去っていく音が聞こえるだけ。 「あれは‥‥猫?」 フレデリカの言葉が、森に消える。 ●エピローグ 「急いでください!」 寮生たちは森の中を駆けていた。大粒の雨が寮生たちの顔をぶつ。ぬかるんだ地面に足をとられつつも、なんとか寮生たちは村にたどり着いた。 男を捕らえたあと、火災を食い止める前に雨が降り始めた。地蔵は存外重く、雨の中では二人で一つを運ぶのがせいぜい。捕らえた男を連れてくるために、別途人手が必要だったことも影響した。 「ずいぶんひどい雨だな」 ずぶ濡れになった身体を、シンカが用意してくれた布でごしごしとふき取るゼタル。他の面々も同様に、囲炉裏端で身体を温めている。ここはシンカの家である。土間には先ほどの男が縄で縛られて転がっている。 「‥‥結局、二つだけしか持ってこれなかったね‥‥」 土間の隅に丁寧に並べられた二つの地蔵を見つめて、シンカが残念そうに呟いた。 「ううん、こんなに重いものを二つも持ってこれただけで、大成功ですよ」 露草が火傷を負ったゼタルの両手を癒しながら、シンカに微笑みかける。包帯を持った小さなウサギが、ぴょんとゼタルのひざで跳ねた。露草の式神である。 「おっと」 囲炉裏端にいた无のひざに、尾無狐が飛びついた。 「心配かけたね、ナイ‥‥」 やさしく頭を撫でると、ナイは心配そうにクゥと鳴いた。シンカの父が、无に温かい酒をすすめる。 「あ、いただきます」 と、无は一杯頂戴した。 「ありがとうございます。あの、ところであの人は?」 无の言葉に、シンカの父は眉を寄せる。 「あれは木こりです。この村のもんですよ」 ひどく残念そうな口ぶりだった。 「あんたさんがたが来ることは、シンカとわししか知らんはずだったんだが‥‥いったいどうしてあいつが‥‥」 その木こりの名は、アズモ。40歳で嫁もおらず、村の者とも仲が悪かった変わり者。 「で、なにが目的なの!?」 フレデリカの声だ。アズモの襟を掴んで睨みつけている。そのすぐ近くで、モユラが静かにひざを抱えていた。 「へ、へへ‥‥俺は知らねぇ。残念だぜ。ひとりも殺せなかっ‥‥グェッ」 モユラの平手がアズモのほおをぶった。 「なに考えてんのさ! あんなに、森を焼いておいてヘラヘラして!」 今度はグーで殴りかかろうとしたモユラを、无が急いで止める。 「本当に、この家の人しか知らなかったんですか?」 どこかで情報が漏れたから、アズモがこんなことをしたに違いないと无は感じていた。しかし、シンカもシンカの父も首を横に振るばかり。アズモが甲高く笑いをあげた。 「もういいや。教えてやるよ! 生っちろいガキが俺に言ったのさ! この弓をやるから、お願いを聞いてくれないか‥‥どうぞお願いしますってな! 俺は一度でいいから、弓で人を撃ってみたかった。これまでは怖くてやらなかったがね。あの野郎が俺の背中を押したのさ! は、はははは‥‥ガッ!?」 アズモのあごを、ゼタルの拳が砕いていた。 「ちょっと、まだ火傷が」 露草が慌てて立ち上がる。 「教えてもらうよ。徹底的に」 ゼタルは苦いものを噛んだような顔でそう言った。 雨はしばらく降り続いた。 寮生たちは改めて火災現場を調査したかったが、シンカたちが危険だと寮生たちを止めた。しかたなく、寮生たちは二体の地蔵を持って結陣へと帰ることになる。アズモから聞き出せた情報は寮長に伝えられ、地蔵代を義山から受け取った【骨】組は【塵】組が地蔵を粉々にしていく様子をぼんやりと見つめながら、あの日の出来事を思い返す。 「天儀人形に何故これを入れるのでしょうね」 无の問いに、ゼタルは肩をすくめた。 「なんにせよ、もう少し身体を鍛えろってことなのかな」 とゼタル。 「シンカちゃんから手紙が来たよ」 二人のところにモユラと露草、フレデリカがやってきた。シンカの手紙を要約すれば、火事を最小限に食い止め、橋を守ってくれた寮生たちへのお礼と、火災の犯人アズモのその後についてだった。つり橋はその後も現存しており、十分に使えるとのこと。出火の原因はやはり油壺によるもので、火災現場からは相当数の油壺が発見されている。アズモについては寮生たちが聞きだしたことも含め改めて書かれていたが、おおむね以下の内容であった。 『調査の結果、やはりアズモさんは村外の不貞な輩と関係を持っていました。どうやら、これまでもいろいろと悪どい事をやって来ていたようです。今回の火災、直接の依頼人は20歳ほどの青年であるそうで、猫又が一匹アズモさんを監視していたようです。アズモさんは村の掟に従って裁かれることになりました。村民の命が失われなかったのは、皆さんが尽力してくださったおかげです。本当にありがとうございます』 それから一人ひとりに対するメッセージが書かれていた。一人一通、手紙が同封されている。それぞれ、手にとって読みふけった。 「あ」 无が自分宛てのメッセージを見て一同を見回す。 「首無し地蔵の由来が書かれてるけど、聞きます?」 つまりこういうことだ。かつて、あの地に首を刈るアヤカシが現れた。当時の村長は有効なる壁を用い、アヤカシを倒すことに成功する。有効なる壁とは、つまり――。 「あの地蔵は首刈りアヤカシの犠牲になった方々の供養のために、作られたものなんですね」 悲しそうに露草が言う。めぐりめぐって、彼らの無念は晴らされるということなのか。天儀人形という器に入り、アヤカシと戦うことで‥‥。 雲編 2部 了 |