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■オープニング本文 五行の中心地である結陣からはさまざまな街へ行くことができる。いま、五行の北に位置する遭都から、結陣に向かってくる一台の馬車が‥‥。 ●8月末 墜落するグライダー その日、青龍寮1年生は寮の中庭に集まっていた。中庭、といってもずいぶんと広く、木々も緑豊かに背を伸ばし、晩夏の太陽を逃さぬようにと枝を大きく広げている。1年生達は今日、各々のパートナーを連れて模擬戦を行っていた。二組に分かれての集団戦。チームリーダーを隠しあい、一方で相手のリーダーから『旗印』を奪い取れば勝ちである。既に何度か勝負は決しており、チームのメンバーも入れ替わりながら訓練は行われていた。 『注目っっ!』 そんなとき、大きな男の声が降ってきた。【咆哮】でも使ったのだろう。高度を下げてきたグライダーが、青龍寮の空にぐるんとカーブを描く。その向こう側から、丸々とした樽状の小型飛行船が迫ってくる。その樽のお腹には、『生活雑貨はみんなの街の 村田や へ』と書かれていた。 「‥‥おい、なんだあれ」 「ワン?」 演習の見学をしていた狐男の久芽 周が、白犬の『白生(シロー)』を抱きかかえながら空を見上げる。空のグライダーが、ばっと手旗を広げた。 ――本日開店! 村田や―― 「あれは、寮長に対する挑戦なのかね?」 同じように『本日開店手旗』をひろげたグライダーが、いくつも小型飛行船から発進してくる。ちなみに震上きよは、地元問屋『梅や』の副番頭を務めている。それにしても、『村田や』は聞き覚えの無い名だ。青龍寮周辺の住民へ売り込みにきたということか? グライダー達は美しい軌道を描き、過激なパフォーマンスを繰り広げる。 「ワン!」 そのときシローの毛がワッと逆立った。 呼び止める久芽の声も気にせず、模擬戦を行っている1年生のところへ駆けていく。 「ワゥゥゥワン!! シローはずっと叫んでいた。模擬戦に集中していた1年生達の意識がシローに向けられる。何かを言いたげな? 『うあ、助けてくれ!!』 空から【咆哮】が降ってきた。だが、今度のそれはむしろ悲鳴に近いものだった。 「‥‥マジかよ」 狐男は青ざめた。 空に浮かぶすべてのグライダーから黒い煙が立ち上り、あるものはお互いに衝突し、あるものはグライダーから投げ出され、あるものはグライダーごと青龍寮に向かって突っ込んでくる。 「みんな急いで対処を!」 狐男の叫びが、1年生達に届くかどうか‥‥。 |
■参加者一覧 / カンタータ(ia0489) / 出水 真由良(ia0990) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 四方山 連徳(ia1719) / 玲瓏(ia2735) / 各務原 義視(ia4917) / 柊 真樹(ia5023) / 樹咲 未久(ia5571) / 鈴木 透子(ia5664) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / 宿奈 芳純(ia9695) / 无(ib1198) / 晴雨萌楽(ib1999) / フレデリカ(ib2105) |
■リプレイ本文 (秋風はまだ遠し‥‥か) 青龍寮上空の村田や飛行船は、大混乱に陥っていた。 「おい! 滑空艇の様子がおかしいぞ!? 回収できないのか? オイ! 誰か返事をしろ!!」 村田やの番頭である黒山 徹が船長に詰め寄ったり、操舵士に怒鳴り散らしたり。船内の誰しもが、この男を船から放り出してやりたいと思うほどにわめき散らす黒山をよそ目に、船長はじっとこの空域を見つめていた。 「船長」 グライダーの調整工が船長のもとへ駆けてきた。 「飛べる機体はありません。全て、故障しています」 「そうか‥‥」 眉間にぐっとしわを寄せて、船長は眼下に広がる街をただ見つめる。 「彼らに、なんとかしてもらうほか無いのか‥‥」 青龍寮から無数の龍がいま、空に飛び立つ。 ●青龍の翼 「なんてことだ‥‥」 中庭に生い茂る林の中、宿奈 芳純(ia9695)は空に広がるグライダーの黒い煙を見つめ、その行き先を探っていた。 「宿奈さん」 刀「泉水」を構えていた各務原 義視(ia4917)が広場に向かって駆け出す。 「戦いは一時お預けですね。中庭に落下点を作りますので、滑空艇は最悪そこに落としてください。人命優先でお願いします!」 「わかった。寮外は任せてください」 芳純は愛機・黒羅の宝珠を灯す。 事態は一刻を争う。 黒煙が空に広がっていく。 「ここ‥‥市街地なのに何やってるんだか!」 露草(ia1350)の言葉に、御樹青嵐(ia1669)がうなずいた。 「露草さん、あれ!」 青嵐が指差す先に、機体から放り出された人の姿。 「大変! あ、ええと、お布団? 寮の人たちに知らせなくちゃ、ええと、そうだ鬼薊!」 露草に突然呼ばれて、鬼薊が顔を上げる。 「露草さん、落ち着いて!」 青嵐が相棒の黒嵐にまたがる。 「落ち着いてますっ! いい? 鬼薊、よく聞いてね」 露草は放り出された人を指差した。気を失っているらしく、ぐったりしている。 「『あの人』を、『とってきて』!」 跳ねるように飛び上がる鬼薊の鳴き声が大地に届く。 「お願いしますね。私は、お布団を!」 露草は寮棟のほうへ駆けていった。彼女の背中を見送りつつ「グライダーは私に任せたってこと?」と苦笑いし、青嵐は空に飛び上がった。 「目の前で悲劇は起こさせませんよ、黒嵐!」 彼の声に応えるように、黒嵐が高らかに空にうたう。青嵐は御者を失った暴走馬車を止めるべく、搭乗員のいないグライダーを追う。 「しぃ! 白生、見つかっちゃうでしょ」 草陰に隠れていた玲瓏(ia2735)が、自分のいる草陰に向かって吠える白生を抱きかかえて頭を撫でた。白生は玲瓏の頬を舐めて、また吠える。 「次の対戦は負けられないんだから‥‥って、どうしたの?」 吠えるのをやめない白生の様子を見て、玲瓏はついに空を見た。 「‥‥大変‥‥ッ」 玲瓏は草陰から飛び出した。 「駿龍は寮外へ、それ以外は寮内をお願いします!」 と叫ぶ義視の声。 「ありがとう白生、なんとかしなくては!」 ぐるりと辺りを見回すと、玲瓏の目に狐顔の久芽 周の姿が飛び込んできた。 「わかったわ。やるだけ、やってみなくちゃね!」 玲瓏は久芽に向かって、白生と走る。 「‥‥う、え?」 駆けていく白生の声に気がついた无(ib1198)が、空を見上げた。足元では尾無狐のナイが跳びはねる。无は苦笑いして、肩をすくめた。 ●危機との空戦 その頃、震上は――。 「夏といえばカキ氷‥‥対抗戦は順調だろうか」 知り合いの巫女に頼んで作ってもらった氷塊を持って、青龍寮に向かっていた。蝉時雨がいまだ続く夏。舞台は戻る。 「国の要衝で制空権を侵すなんて、勇気ありますー」 カンタータ(ia0489)が炎龍・カノーネに乗り込み、旗を持って空に飛び立った。目指すグライダーは少し先にある。出水 真由良(ia0990)の霧生が飛び立った。 「掴んで誘導してください!」 霧生はいささか混乱していた。真由良の掛け声に応じてひとまず飛び立ったものの、掴んで、そしてどこに誘導するのか‥‥。カンタータのカノーネが吼える。霧生はひとまず、カノーネについていくことにした。 (霧生、初仕事ですが、よろしく頼みます) 空には黒い煙が立ち込めていた。 「そこの方! お布団を投げてください!!」 真由良は両手を広げて、寮棟から外を見ていた男に呼びかけた。見下ろすと真由良の女性らしい肢体が目に飛び込んでくる。ぐっと男が息をのむ。真由良本人は気にしていないようだが。 「急いでください!」 同じく、落下の衝撃を抑えるためにと寮棟へ何人も駆けつけた。露草、玲瓏、そして久芽に白犬。 「結界呪符が使える方、いらっしゃいませんか!?」 玲瓏の声が響く。 「わかった! 任せろ!! 何とかしてみる!!」 寮棟の男は打ち出したパチンコ玉のように寮内へと走っていった。 「あとは俺に任せて、空を頼むよ!」 久芽がそう言う。 「中庭が足りません!」 義視の声。 「玲瓏さん! 一緒に行くでござるよー」 四方山 連徳(ia1719)がぶんぶんと手を振って玲瓏を呼んでいる。 「玲瓏さん、真由良さん、参りましょう!」 露草の白銀の髪を、風が泳がせる。 「風が出てきましたね‥‥」 心配そうに、真由良がつぶやいた。 「これまた‥‥」 ゼタル・マグスレード(ia9253)が空を見上げる。ゼピュロスが「行けるよ、いつでも」といったまなざしでゼタルを見上げる。 「非常事態というものは、場所を選ばん良い例だな」 ゼピュロスの頭を撫でつつゼタルは眉根を寄せる。 「一緒にいきましょうか」 玄冬に乗った樹咲 未久(ia5571)が、おっとりとした様子でゼタルを誘った。焦っているようには見えない。「了解」とゼタルは応じ、「あの機体だけは何とかしないと」と、空中で衝突した機体を指差した。不思議とまだ高度を保っているものの、いつ墜落するのか。 玄冬とゼピュロスの翼が大きく広がる。既に各所で救出活動が始まっていた。故障したグライダーの数は八機。そして搭乗員の数も八人だ。現状、村田や飛行船に動きはない。救助も一切行えない状況なのだろう。 (くそっ! ここまでか!?) 搭乗員の一人は目を閉じた。既にグライダーから空へと放り出され、頼るものも一切ない自由落下の中に彼はいる。地面に落ちれば即、絶命。これほど志体持ちがうらやましかったことなどない。彼は志持ちよりもグライダーをうまく乗りこなせることを誇りに思っていたが、死んでしまえば意味はない。 (すずね――) 想い人の顔がまぶたの裏に見えた。 「呪縛符!!」 なにかが高速で自分のすぐそばを通り過ぎていく。一瞬、枝に引っかかったような不思議な感触で彼は目を開けた。 「これはっ!?」 そこには黒い煙が立ち上るグライダーと格闘する、一匹の龍がいた。 「黒嵐! 頑張って!」 乗っているのは青嵐。先ほどの【呪縛符】は青嵐が使ったものだ。 ふわりと男の体が空中に浮き上がる。 「ガァァァ!!」 見上げれば小さな足で自分の体を鷲掴む、甲龍の姿。露草の鬼薊だ。鬼薊は他の龍よりも、重さに耐える術を知っている。とはいえ、いつまでも大の男を吊っていられるわけではない。 「鬼薊!! こっち!!」 露草が呼んでいる。鬼薊は大きく翼を広げ、男を吊ったまま露草のほうへ降下していった。青嵐はやや安堵した表情を浮かべる。 (あちらは大丈夫なようですが、こちらはっ!!) 勢いのついたグライダーはその重さ以上に扱いづらかった。黒嵐の【硬質化】で受け止めはしたものの、その勢いに大きく流され、このまま寮棟にぶつかってしまいそうだ。 「御樹さん、こっちです!」 義視の声。中庭の広場に、結界呪符「白」がずらりと並んでいた。青龍寮内にいた先輩達も力を貸してくれているらしい。 「仕方ありません! 黒嵐!」 青嵐は、黒嵐に【キック】を命じた。グライダーを抱えていた黒嵐が、それを地面に向かって蹴り落とす。グライダーはその首角を大きく下げ、結界呪符の壁に激突した。 「危ない!」 義視が叫んだ。無事に着陸した鬼薊からぐったりとした様子の男を受け取り、ほっとした様子の露草が青ざめる。 「青嵐さん!」 黒嵐は青嵐とともに、青龍寮の寮棟に激突した。外壁がぼろぼろと崩れ落ちていく。土煙が、風に舞って消えた。 「‥‥ぁ」 青嵐が目を開けると、窓から垂れ下がっていた布団の束が黒嵐を受け止めていた。 「やりました!」 それを見上げていた真由良が両手を挙げた。窓際に立つ男がほっと胸をなでおろす。 「間に合った‥‥」 ぶつかる直前に布団が窓からブン投げられ、黒嵐たちを受け止めた。もちろん、ぶつかる直前に青嵐が【硬質化】を使わせたのも功を奏し、寮棟だけでなく青嵐も黒嵐も、大きな傷を負うことはなかった。 「よし、あたいたちもいくよ! ヨタロー!!」 主人モユラ(ib1999)の言葉に、ヨタローは大きく吼えた。 「おっ、なんだか今日はやる気だネ!」 満足そうにモユラは微笑む。ヨタローも牛やもふらと同じように荷物運びをさせられるより、こうして翼を広げて空を舞ったほうが、やる気が出るということか。 一方で。 (なんでこうなるのよ‥‥) フレデリカ(ib2105)は眉を寄せつつ、炎龍フラムの赤色の鱗をそっと撫でた。さあ行こう。フラムの赤はまだ深く、穏やかな色をしている。 「よしよし、あとでしっかりふんだくろう」 モユラに続いて、フレデリカも青龍の空に飛び出した。 別の空で。 「見つけた」 空中で様子を見ていた胡蝶(ia1199)はきゅっと碧色の目を細めた。グライダーが寮外へと向かっていく。まだ人は乗っているようだ。 「まったく、迷惑な連中ね。ポチ、全力で追いなさい!」 胡蝶の声を受け、駿龍のポチが弾丸のように飛び出した。港でつけられたポチという名。主のためなら甘んじて受け入れるのが龍の役目。と、そんなことをポチ当人が思ったかどうかは別として、ぐんぐんとポチはグライダーに迫っていく。一羽の隼がその様子を見ていた。 「お供しますよ?」 无が風天とともに胡蝶の後を追う。 「宿奈さん達に応援をお願いしましたが、油断はできない!」 无は人魂の隼で少し高い位置から様子を見ていた。柊 真樹(ia5023)、鈴木 透子(ia5664)、そして芳純が連携して寮外のグライダーにあたることも聞いている。協力申請をしておいて損はない。寮内と異なり、寮外は市街地。一歩間違えればただでは済まないのだ。 「ま、いいけど。足手まといにはならないでよ?」 ポチがグライダーに追いついた。やはり、まだ人が乗っている。必死で操縦桿を握り締め、震えている。 (‥‥最優先は‥‥住民!) ポチに操縦者を掴むよう命じつつ、胡蝶は【結界呪符「白」】を発動させ――胡蝶は青ざめた。 (しまった、私が準備を怠るなんて!) 結界呪符は発動しなかった。ポチがぐっと操縦者を持ち上げる。グライダーの操縦桿から手が離れた。 (危ない! 風天掴め!) グライダーは白い光を放ちながら、大きく右にそれつつ街へ向かう。素早い身のこなしで風天が回りこみ、鋭い爪でグライダーを上から押さえ込んだ。 「上手い!」 そのままグライダーの軌道を徐々に変えつつ、青龍寮のほうへ向かう。 「しっかりしなさいポチ! それくらい、耐えられるでしょう?」 ポチは胡蝶とともに多くの戦場の空を飛んできた。駿龍とはいえ、外見以上に多くの荷物を持つことが出来る。が、さすがに大人の男一人を吊って飛ぶには限界があるようで、ポチが情けない声をあげる。 「しかたないわね‥‥あの辺りの広場に‥‥あ!」 もう一機、煙を上げたグライダーが寮外へと飛んでいく。 「このままじゃ街に被害が‥‥とにかく、こいつを降ろさないと!」 胡蝶は街の広場に向かって飛ぶよう、ポチに命じた。飛ぶというより、滑り降りるようにポチが広場へ。 「わー、かいたくしゃらー」 春になれば花見に使えそうな広場で遊んでいた子供が、空から降りてくるポチと胡蝶を見上げてつぶやいた。ポチの足から、どさりと搭乗員が地面に倒れこむ。 「‥‥少し火傷してる‥‥骨は無事ね」 胡蝶は男の様子を診てすぐ、空を見上げた。先ほどのグライダーは? 胡蝶の視線が結陣上空を右から左。 「いた」 胡蝶はすっくと立ちあがった。 「ポチ、しばらくそこで休んでなさい」 胡蝶は【治癒符】の準備をする。 (はた迷惑な連中ね‥‥安物のグライダーでも使ったのかしら) 空を見上げる子供の瞳に、駿龍に乗る黒髪乙女の姿が映る。蝉丸と、鈴木透子。 ●機体を数えろ 「蝉丸、もう少し」 透子は蝉丸の背中で下唇を噛み締めた。 「滑空艇は私が! 鈴木さんは乗り手を頼みます!」 芳純の声に透子はうなずく。芳純が素早くチーム編成を行ったため、チームとして迅速に動くことが出来た。透子がグライダーの下に潜り込むよう、蝉丸に指示を出す。 「この縄を括り付けてください!」 真樹がグライダーに寄り添うように近づき、搭乗員に荒縄を渡す。 「寮からはずいぶん離れちゃいましたけど、宿奈さんのグライダーに括り付けますから!」 搭乗員はこくりとうなずくと、震える手でなんとか取っ手に荒縄を括り付けた。真樹が荒縄のもう一方をそのまま芳純へ。芳純が黒羅に荒縄を括りつけ、これでグライダーが街に墜落する心配はほぼなくなった。しかし、搭乗員を放ってはおけない。 「こちらに移ってください!」 搭乗員を透子が呼ぶ。 「移れったって‥‥」 搭乗員は語尾を濁した。空中でダイブするには勇気が足りなかった。グライダーの操縦桿から手を離せない。 「‥‥落ち着いて! ボクと真白もついてるから!」 蝉丸の下方では、真樹が待機している。芳純も黒羅とともに有事に備えている。透子が無言で搭乗員に手を伸ばした。 「――ッ!!」 搭乗員は思い切ってグライダーから身を投げ出した。しばらく空中を泳いだ後、蝉丸の背中に彼は無事にたどり着く。しかしその衝撃に、蝉丸が姿勢を崩した。 「がんばる。あきらめない」 透子の叱咤激励が蝉丸を元気づける。真白のフォローもあって、蝉丸はなんとか体勢を立て直した。二頭の龍がお互いをフォローし合い、青龍寮へと進路をとる。 「よし!」 芳純が黒羅を操作し、上空へと急上昇。力を失いただ滑空する壊れたグライダーが、黒羅とともに再び空へ。そのまま、三人は青龍寮上空へと戻っていく。 「むう、ずいぶん高いところまでよく飛んだものでござる〜」 四方山はきしゃー丸を駆り、はるか上空へ飛んでいった機体を追っていた。玲瓏の羽衣が後方から急速に迫ってくる。 「うむむ、あとはお任せでござるぅ〜」 四方山は羽衣の飛行線上を空け、道を譲った。 「フォローはお任せします、四方山の君!」 すれ違いざまの玲瓏の言葉に、四方山はうむむとうなずく。 「きしゃー丸! 拙者達はフォローにまわるでござるよ!」 「キシャァァァァ!!」 実に棘っぽい外見のきしゃー丸はそんなことでは気がおさまらないとでも言いたいのか、大きくひと吼えした。そのときであった。上空へ向かっていたグライダーが、突如火を噴いたのである。 「キシャァァァァァ!」 きしゃー丸は満足げに吼えている。 「きしゃー丸、おぬし‥‥」 四方山は底知れぬきしゃー丸の実力に戦慄した。実際は、ただの偶然であるが。 「いけない!」 玲瓏の声。搭乗員がグライダーから身を投げた。一気に落下していく搭乗員を、羽衣が急速旋回で追っていく。 「四方山の君は機体を!」 玲瓏の言葉に四方山は微笑んだ。 「回収困難‥‥ならば! 破壊してもやむなしでござる!!」 四方山のそばに巨大な九尾の白い狐が現れた。その圧倒的な存在感が青龍寮上空の空気を振るわせる。その腕には、小さな鎖がついていた。 「いくでござる!」 四方山の声に忠実に反応し、白狐はグライダーに襲い掛かった。強靭な爪を振るい、機体に噛み付く。グライダーの宝珠が割れ、その推力を失った。 一方、玲瓏は落下していく搭乗員を追っていた。 「効果があればいいんだけど‥‥」 と、【呪縛符】を放つ。しかし、目に見えるほどの効果は出ていない。羽衣にぎりぎりまで近づいてもらい、玲瓏は手を伸ばした。 (届け‥‥届け‥‥) 地上で怪我をした龍や搭乗員の治療を行っていた青嵐が、空を仰ぎ、陽の眩しさで目をつむる。 (どうか――) 一瞬の秋風。 「やった! やりましたよ玲瓏さん!!」 露草が喜ぶ声。青嵐は目を開けた。玲瓏が肩で息をしながら、羽衣に搭乗員を引っ張り込んでいた。 「霧生!」 真由良の霧生が戻ってきた。カンタータとカノーネはまだ空である。玲瓏のそばを、グライダーとカノーネが通り過ぎていく。 「大丈夫? 怪我はありませんか?」 心配そうに霧生を撫でる真由良。幸い、霧生に怪我はなく。ただ、上空のカノーネが気になる様子であった。 「いい、もう一度よく聞いてね?」 じっと霧生の瞳を見つめて、真由良は霧生によく言い聞かせる。 「カンタータさんが追っている滑空艇の乗員は、滑空艇から離れられないみたいです」 鍾馗での見回りを済ませた義視が、真由良に言った。 「乗ったほうが、いいかもしれません」 義視の言葉に、一瞬真由良は霧生と見つめあい。 「‥‥わかりました」 と空へ飛んだ。 「行きましょう、霧生!」 目指すはカンタータの炎龍・カノーネの背中。 「フレデリカ!」 近くの空。モユラのヨタローが雲と踊る。フレデリカのフラムが、グライダーの下からじりじりと近づいていた。 「ヨタロー! ちょっと痛いかもだけど、ごめんネ!」 モユラはヨタローをグライダーの進行方向へ回りこませる。タイミングの勝負。 「聞こえる!? ボクのフラムに飛び移って!」 フレデリカがグライダーの搭乗員に呼びかけた。搭乗員は小さな女の子であった。フレデリカとそう変わらない外見。 (こんな子に、こんなことさせるなんて!) 実年齢はフレデリカのほうがやや上か。フレデリカの赤い瞳がぎりりと細くなる。眉を寄せ、下唇を噛んだ。 「大丈夫! こっちにおいで!」 フレデリカの言葉に、少女は引きつった顔で空へと飛んだ。 「フラム!」 赤い肌の炎龍は少女を空中で受け止めると、ゆっくりと下降を始めた。フレデリカの胸の中で、少女がわっと泣き出した。フレデリカはぎろりと、いまだに上空でただ浮かんでいるだけの村田やの飛行船を睨みつける。 「‥‥あの恥知らず‥‥」 「よーしヨタロー! 受け止めるよーー!」 少女が乗っていたグライダーを、ヨタローが正面から受け止めた。【硬質化】で衝撃を抑え込む。それでもグライダーの勢いを完全に殺すことは出来ず、ヨタローは大きく体勢を崩して中庭の林へと突き進んだ。 「おおおおおっとと! ヨタロー! 上がって! 上がって!!」 モユラが叫ぶ。ヨタローは木々の先端を何度かかすめながら、上空へと戻っていった。 「あ、危なかった‥‥」 モユラが胸をなでおろした。恐くて少しだけ涙ぐんだのは、誰にも内緒。先に地上に降りていたフレデリカと、手を振り合う。 「やったネ!」 ガッツポーズをとりつつも、モユラはふと村田やの船に目をやった。 (ヤだね、なーんかキナ臭い感じがするよ‥‥) ヨタローが情けない声を出した。高度が下がっている。 「ん? えっ!?」 存外グライダーは重かったようで、いつまでも抱えて飛ぶのは難しく‥‥。ヨタローはいつもの、力仕事をさせられる時と同じような目で鳴いた。 「よ、ヨタローッ!?」 「大丈夫だ。このまま放して!」 上空でそれを見ていた義視が叫んだ。 「う、うん!」 モユラがヨタローにグライダーを開放させる。その軌道はちょうど、中庭に用意された結界呪符の中心へ向かっていた。 「カノーネ! もう一度ですよー!」 カンタータはぐんとカノーネに旋回させた。グライダーの搭乗員は気を失いかけており、カンタータの呼びかけに反応できていない。幸いグライダーの宝珠は無事なようで、いまだにその推力を失ってはいなかった。ぐるぐると、円を描くようにして飛んでいる。 「カンタータ様! わたくしもお手伝いいたします!」 霧生と真由良が合流した。 「よかった! がんばりましょう〜」 カンタータのフードが風でばたばたとはためいている。真由良は「ええ!」と大きくうなずいた。 「真由良さんも声をかけてあげてください〜」 人命救助が最優先。とにかく、グライダーから無事に救出しなくては。二人は搭乗員が意識を取り戻すよう大きな声――特にカンタータはお腹から――を出して、ひたすら呼びかけた。 「‥‥ん」 半分眠っていたようだった搭乗員が辺りをきょろきょろと見回している。 「気がついた!」 カンタータが用意していた旗を広げた。 「いいですかー! グライダーから離れて、手足を大きく広げてくださいー!!」 広げた旗に掴まってもらうという算段だ。グライダーのやや下方からカノーネが追尾する。搭乗員はグライダーと自分をつなぐベルトを外すと、思い切って空中にダイブした。下方で待っていたカノーネに向かって真っ直ぐ降りてくる。 「掴まって!」 真由良が叫んだ。霧生がグライダーの前に回りこむ。 「カノーネ! 減速をー!」 カンタータの声が響いた。搭乗員は、しっかり旗を掴んでいた。 「やりました!」 ぱっと真由良が笑顔になる。ほとんど同時に霧生がグライダーを受け止めた。 ●最後の二機 村田やの船員たちは寮生達の活躍ぶりをドキドキしながら見ていた。ちょうど今、霧生がグライダーを受け止め、そしてそのまま地面へ急降下。目が離せない。地面に激突する、その寸前で霧生はグライダーを林の中へと放り込み、真由良とともに無事着地した。わき上がる歓声。 「まったく、グライダーがいくらかかると思っとるんだ。特注品だというのに!」 番頭の黒山がかぶりを振った。 「要求せねば! 青龍寮に、損害の賠償を!」 不安の声が船内を満たした。窓際に黒山が駆け寄る。空中で衝突した二機の機体と格闘する、二頭の龍の姿が目に飛び込んできた。これまでの搭乗員は全員救出され、グライダーも多くは回収されている。しかし――。 「斬撃符!」 機体と機体の間に挟まったベルトを、ゼタルが寸断した。空中で衝突した機体は二機分の宝珠の力でいまだに空に残ってはいたものの、救出作業は難航していた。搭乗員の足が、抜け出せなくなっていたのだ。 「広がり絡みなさい。『呪縛』」 ニコニコと微笑む未久の【呪縛符】。しかし。 「‥‥困りました‥‥思ったほど、減速されませんね」 あまり困った風ではなく、未久がつぶやいた。粘菌状の【呪縛符】を繰り返し試しているものの、目に見えるほどの効果は現れていない。確かに、効果はゼロではないのだろうが‥‥。 「落ちるー! 落ちるぅぅぅ!!」 足が挟まれていない方の搭乗員が、発狂したように首を振りはじめた。 「俺だけでも助けてくれ! 俺だけでもぉ!」 「‥‥もう少し待ってください。大丈夫」 「もう少しっていつだよぉ!! 早く、早く!!」 「大丈夫。私達がなんとかします」 未久は穏やかな口調でそう答えると、微笑んだままゼタルのほうを見た。片方の搭乗員だけ助けることはできない。助けるなら、二人同時だ。片方だけ助ければ、グライダーはバランスを崩して墜落するだろう。ゼタルは、搭乗員の足と格闘していた。もう少しで抜けそうだ。 「斬撃符!」 未久は玄冬の龍首を上げさせ、ゼタルのゼピュロスに平行させた。 「‥‥った!」 ゼタルが両手を挙げた。搭乗員の足が、グライダーの隙間から解放されていた。ほぼ同時に、グライダーの宝珠が爆発して一気に推力を失った。 「ゼタルさん、今すぐ降りましょう」 未久の言葉に、ゼタルが頬をゆがませた。グライダーは? 「残念ですが、落とすしかありません」 二人は搭乗員を同時に救い出してすぐ、その場から離れた。可能な限り、グライダーが青龍寮の敷地内に落ちるようなタイミングを選んで。 (くそっ――!) クールな表情とは裏腹に、ゼタルは内心悔しさで一杯だった。 空中で衝突した機体に、二頭という割り振りはいささか難しい点があったのは事実だ。人間を抱えてしまえば、グライダーを受け止めるものは誰もいない。 「落ちるぅ! 落ちるぞーー!!」 未久の玄冬に乗った搭乗員の叫びが、寮の上空に響く。空中衝突した二機は一つの塊となり、青龍寮の寮棟に激突した。 ●エピローグ その日の夕刻。 「‥‥当然の賠償額だと思いますがー」 カンタータをはじめ、芳純、フレデリカなど、今回の一件に関与した寮生達で作った請求書を前に、村田やの黒山はぷるぷると震えていた。 「なにを根拠に‥‥貴様らはわしの滑空艇をぶち壊しおったんだぞ! あ、こら! 勝手に触るな!」 黒山はつばを飛ばしながらわめき散らした。交渉班とは別に、グライダーに興味のある面々が半ば勝手にグライダーの一つを解体していた。 「おおっと! ごめんなさい」 モユラがにこ〜っとごまかすと、无がそそくさとグライダーから離れる。 (なんだよけちー! えーい、もっとふんだくってやれ!) 真樹がぷい、と横を向いて頬を膨らませる。ただ、義視は引かなかった。 「今回の一件、寡兵ながら人命を救い、街にも被害を出さなかった私達にも調査する権限はあると思います。むしろ、調べて都合の悪いことでもあるんでしょうか?」 「都合の問題ではなぁい! だいたい、ヒト様の飛行船を要求するとはどういうことか! 見当違いも甚だしい!」 黒山が息巻く。一方、寮生達は冷ややかなもので。 「‥‥黙りなさい、恥知らず。よくそんなことが言えたものね」 「私達が何もしなかった場合、グライダーが落下した時の犠牲者数、被害及び補償額を考えれば当然の額ですが」 フレデリカに続き、芳純が解説を加える。 「払わん! 払わんぞ!」 黒山は譲らない。 「ではどうするでござるかねー」 四方山が割って入った。 「五行の象徴たる陰陽寮の訓練を妨害し、さらに施設・周辺に住む民を危険にさらした‥‥どういった了見でござるかね? 本来、損害額どうのこうのというだけの問題ではないでござる」 「そうですよー! ボクらの王はそーゆうの末代まで根に持つタイプでしょうに」 カンタータが付け加えた。 黒山はぐぅと苦虫の体液を飲み込んだような顔をすると、「貴様らぁ」と呻き声を上げる。 「その辺にしてあげてください、みなさん」 数枚の書類を手に、震上きよが現れた。白生が足元でしっぽを振っている。 「なんだあんたは!」 黒山が震上を睨みつける。 「‥‥私は青龍寮の寮長の、震上です。黒山徹さんあなた、今回の件、独断で行ったそうですね?」 黒山の顔色が変わった。 「なんのことだっ!? わしはちゃんと村田様にご報告を‥‥」 「おや?」 震上は黒山を冷ややかに見つめた。 「青龍寮を舐めておられるんですね。仮にも五行の国営機関。さすがに今回の一件、まったくの不問にするわけにはいきませんので調べさせてもらいました。村田やのご主人は、今回の一件ご存じないとおっしゃっていましたよ。直接、お聞きしたのですが」 黒山の顔色がみるみる変わっていく。 「そんな馬鹿な! わしは、わしはちゃんと許可を――」 震上は村田やの主人の判が押された『賠償確約書』を黒山に突き出した。その賠償の請求先は。 「損害は賠償していただきますよ。貯めに貯めた、あなたの私費でね」 黒山はへたへたとその場に座り込んだ。 「わ、わしはちゃんと、きょ、きょかを‥‥」 かくして、突如行われた村田やの結陣進出は失敗に終わった。黒山から得た賠償金で青龍寮の寮棟は修復され以前よりもずいぶん綺麗になったが、残金を関係者で頭割りしたところたいした額にならなかったのが関係者一同共通の残念事項である。なお村田やの飛行船は黒山の懇願で村田やへと返却され、黒山自身はその後、村田やから姿を消したらしい。 グライダーは人為的な故障であったのではないかと専らの噂となったが、寮内にグライダーに詳しい人間が見当たらず、結局真実は闇の中にそのまま葬り去られた。 そうして時は過ぎ、夏は秋へと色を変えていく。青龍寮にも、秋が来た。 雲編 1部 了 |