【五行】青龍の夏 狐編
マスター名:乃木秋一
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/07 19:52



■オープニング本文

●青龍寮 夏合宿
「さて‥‥」
 青龍寮ではこの時期、新入寮生を2グループにわけて夏合宿が行われる。ちょうどその班分けを終えた震上 きよ(iz0148)は、自室でぐっと伸びをした。
「震上さーん! 荷物が届きましたよーーー! お酒の贈り物ーーー!」
 そこに、彼女を呼ぶ声。
「いま行く!」
 震上は『林間組』『湖畔組』と書かれた小さな紙を名簿の上にそれぞれ置いて、その場を去った。おそらく普段から付き合いのある問屋からだろう。この時期になるといつもその問屋は天儀酒を贈ってくれる。冷やすとひんやり、とても美味い。


●林間合宿!?
 林間合宿組を引率してきた狐顔の男、久芽 周(ひさめ しゅう)は馬車から降りるとぱっと笑顔になった。
「湖だーーー!!」
 新入寮生よりも先に両手を挙げて湖へと突撃していく。彼は林間組の引率に決まったとき、「水着れでぃが見れないじゃないか!」と震上に抗議をしたらしい。しかし彼の抗議はあっけなくスルーされ、結局林間組の引率者のまま変わらなかった。

 が。

 なんの間違いか、林間合宿組を乗せた馬車が到着したのは湖の前。キラキラと輝く水面が皆さんを待ち構え、涼やかな風が髪を揺らす。どうしたのだろうと首をかしげる皆さんを呼び集め、狐男がにやりと笑った。
「今日から三日間、皆さんにはこの湖で遊び‥‥じゃなかった陰陽師の修行をしていただきます! 具体的なことは旅のしおりを参照! 以上解散!!」
 それでいいのか。実に適当な解説をして、久芽は「じゃあとにかく遊ぶぞ!」と率先して湖へ向かう。皆さんは戸惑いつつも、多くの者はまあいいかと開きおなり、彼に続く‥‥。皆さんを運んできた馬車が、コトコトとその場を去っていった。

 水面に揺られながら、ある新入寮生はふと考えた。
「林間組がなんで湖にやってきているのだろう‥‥」
「まあ、考えなくたって問題はないさ」
 そう言いながら通り過ぎていく久芽はすこぶる楽しそうだ。そうは言っても、本来林間組が来るべき場所はここではない。聞けばうっそうとした森の中、ろぐはうすと言われる建物が合宿所だったはず。
「おっ、あれが合宿所だな!」
 久芽が指差した先には、林間組の人数が十分乗れるだけの大きさの船が接岸されている。どうやら、湖畔合宿組が来るべき場所に、林間組が来てしまったらしい。律儀に、荷物もちゃんと林間合宿用のものが運び込まれていた。
 さて船に乗り込んだ皆さんは、合宿数日前に配られていた旅のしおりに改めて目を通す。


◆旅のしおり 〜林間・湖畔共通〜

 ・日程
 1日目 昼過ぎに現着。食糧と寝床の確保をすること。
 2日目 林間組は薪割りと枝打ち、湖畔組は危険な水生生物『荒ぶる水草』の除去を行う。
 3日目 寝床である合宿施設を掃除し、自分たちの足で青龍寮まで戻ってくること。

 ・注意点
 この合宿は三日間の日程です。この三日間は陰陽師としての力(スキル)は一切使わず、己の身体を鍛え上げる時間としてください。また、先輩寮生が1名引率としてついていきます。困ったことがあったら迷わず声をかけてください。

 ・その他
 食料は現地調達です。もちろん陰陽師としての力を使ってはいけません。林間組には『食べられる野草集』、湖畔組には『毒のある水生生物の食べ方』という冊子をそれぞれ貸し出します。引率者が持っていますので、必要なときは声をかけてください。合宿場所から青龍寮までの道順は各引率者が把握しています。安心してついていってください。

◆旅のしおり 〜林間合宿組用〜
 古風なジルベリア様式建築ろぐはうすが今回の合宿所です。その付近には極めて地味な茶色のきのこが生えていますが、毒がありますので絶対に食べないでください。死に到ることはありませんが、食べると幻覚、幻聴、めまい、発熱など様々な症状が出ます。
 2日目の枝打ちと薪割りはその量に応じて報酬が支払われますので、ぜひがんばってみてください。

 このほか合宿所付近の簡易地図が見事な筆さばきで描かれているが、湖畔にいる皆さんにとってはあまり意味はなかった。
「あ、そういえばここから寮ってどうやって帰るんだ? 林間合宿の道順しか知らないぞ‥‥?」
 狐顔の久芽が、水遊びをしながらつぶやいた。
 さて、皆さんは無事に青龍寮に帰ることが出来るだろうか?


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
露草(ia1350
17歳・女・陰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
玲瓏(ia2735
18歳・女・陰
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
フレデリカ(ib2105
14歳・女・陰


■リプレイ本文

「術禁止ねぇ‥‥健全な精神は、健全な肉体にってやつ?」
 五行の夏。晴天。絶好の湖畔日和。さっさと水着に着替えて湖に飛び込む狐男の背中を見つつ、フレデリカ(ib2105)はふぅと一つため息をついた。まったく、何の間違いか湖畔に来ちゃうなんて、ね? ひ・さ・め先輩。
「まぁいいや。折角だから楽しもう♪」
 気を取り直し、コルセールコートの留め金を外してするりと脱ぎ捨てる。
「え‥‥女性の水着姿? ‥‥まあ、僕が興味があるのはアヤカシだから‥‥」
 ゼタル・マグスレード(ia9253)が誰かに向かってそう呟いたとか。

 とにかく折角の湖畔だ。真っ赤な太陽の下、合宿所である船が出港する。

「あああううう‥‥」
 甲板の隅っこで、露草(ia1350)がひざを抱えて座っていた。
「‥‥なにをしているんです露草さん」
 御樹青嵐(ia1669)が声をかけた。ちなみに露草は水着姿、青嵐は普段着である。露草が不安げな瞳で青嵐を見上げた。
「なんだか不安で‥‥。人魂でケモケモとかを出せないのがこんなにも情緒に響くなんて、思ってもみませんでした」
 しょんぼりとひざにあごを乗せる。
「まあ、そうですね、ええと」
 水着がまぶしい露草の姿に目のやり場に困りながら、青嵐はとりあえず魚でも一緒に釣りませんかと誘うのだった。
「ふふふ‥‥ふふふ‥‥」
 ゼタルが船内で見つけてきた鉈を右手に、ゆっくりと甲板を徘徊している。
「アヤカシはどこかな‥‥」
 今日のゼタルは、なんだかいつもよりアヤカシへの想いが強い。
 同じく甲板。
「‥‥なんだか不思議な気分だわ」
 玲瓏(ia2735)がじっと水面を見つめていた。
「あ! 玲瓏さ〜ん」
 普段着のモユラ(ib1999)がひょっこり現れた。
「モユラちゃん‥‥」
「アレ!? どうしたんですか、うかない顔して」
 玲瓏は水面に視線を戻した。
「私、泳いだことなくって。それなのに水の上にいるってなんだか不思議。いい詩が書けそう」
「へー、そういうもんなんですネ」
 モユラはしきりにうなずいている。
「あ、玲瓏さんも一緒に釣りしませんか? あっちでカンタータさんが釣り道具見つけたって」
 と、モユラが指差す先で、カンタータ(ia0489)が長い釣り竿をふいんと振っている。
「ネ、一緒に行きましょう♪」
「そうね♪」
 玲瓏がにっこり微笑んで立ち上がった。

 きゃあああ!

 そのときだった。甲板に響く女性の声。
「な、どうしたんですかー」
 モユラがダッと駆け寄ると、そこでは青嵐が縄を引いて踏ん張っていた。
「‥‥ッ! ‥‥ッ!」
 その縄の先は甲板の手すりを越えて、湖のほうへ向かっている。
「こ、来ないで! それ以上来るなら‥‥ええい!」
 声は縄の先、湖のほうから聞こえてきた。
「あ、露草さん!?」
 縄の先には露草が括り付けられ、ぶらぶらと揺れていた。龍の牙をぶんぶんと振って水面をけん制している。水面からは緑色の触手のようなものがにょきにょきと露草を目指して伸びていた。
「あれは!」
 ゼタルが手すりから身を乗り出した。
「こうしちゃいられないな。露草君を助けなくちゃ!」
 すぐに青嵐の手伝いに走る。モユラも玲瓏も、甲板にいた人全員で縄を引いた。
「よいしょ、よいしょ!」
 青嵐の掛け声と共に徐々に上がっていく露草の身体。しかし水草の這い上がる速度もかなりのもので。
「あっ」
 ついに露草の右足を捕らえた。
「あああ! この! えい!」
 露草が思い切り振った龍の牙が、ざくりと水草を断ち切った。
「上等です! さぁこい水草! その根っこをちょんぎるぞ!!」
 吼えた露草に呼応するかのように、水草は一気に触手を広げて、四方八方から露草を襲った。
「あ、あわあああ!」
 駆ける音。
「一応、弓持ってきて正解でしたが‥‥」
 各務原 義視(ia4917)が、手すりから身を乗り出した。
「って!」
 義視の放った矢が一気に水面へ向かう。が、それは波にはじかれて消えてしまった。
「もう一矢!」
 矢継ぎ早にもう一矢、水草の根元らしき場所に向かって打ち放つ。
「やった!」
 露草は思わずガッツポーズした。打ち放った矢がちょうど水草の中央に突き刺さったのだ。しゅるると水草は勢いをなくし、水の中へと沈んでいく。
「ふぅ、なんとかなりましたね。しっかし、水草みたいなのに、何で動いてるんだか‥‥」
 義視が額の汗をぬぐう。
「あ!」
 もうほとんど甲板に到着しかけていた露草が、大きな声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 回収、回収しないと!」
 それから水草を回収して、一時のトラブルは解決したのだった。
「さ、折角の湖畔です。食材はお魚メインで集めませんかー? ミニ釣り大会でーす」
 カンタータの一声で、場は一気に熱を帯びていく。
「今夜の晩ゴハンの支度と行きますかっ」
 次々に釣竿が振られ、湖面に糸が垂れる。

 〜♪ 〜♪

 久芽がリュートを手に陽気なリズムを刻んでいる。フレデリカがうっすらと目を細め、のんびりと釣り糸の動きを追う。船を降りて湖の周辺を歩いていた義視が野草図鑑を手に、めぼしい食材がないか草むらにしゃがみこむ。
 こういう時間もいいものだ。
「カンタータさん、これも食べるんですか?」
 モユラがカエルを見て目をまん丸にしている。
「そうですよー。本当はキノコで作る予定だったんですけどねー」
 鶏肉の代わりということで、スープの材料になるらしい。
「ふむ、こんなものでしょうか」
 青嵐が愛用の包丁を研ぎ終わり、魚の鱗を取り始めた。露草が大葉に似た野草を洗っている。
「痺れとか、大丈夫でしたか?」
 露草は「すぐに助かったので、なんとか」と苦笑いすると、「お酒があると聞いたんですが?」と青嵐をつついた。
「まあ、それはおいおいと」
 珍しく青嵐はおどけたように肩をすくめる。
「塩かなにかで食べられないかしら」
「どうだろう‥‥」
 ゼタルと玲瓏が、クラゲのような水草――あるはその逆――を前にして相談中。
(いや、アヤカシなら倒せば霧散しているはずだ‥‥)
 ゼタルは少し警戒している。
「触手に毒があるらしいし、とってしまえば食べられるわよね」
 玲瓏はブンと包丁を振るった。ズトン、バサリ。どんどん細かくなっていく。信じられない、といった様子でゼタルが首を振った。
(まだ息があるということか‥‥? 興味深い、実に興味深いよ。君は僕の知識欲を満たしてくれるアヤカシなんだね)
 水草の触手の破片を手に、そっと握ってみる。
(でも、アヤカシだったら倒せば霧散してるはずだから‥‥やっぱり、これはケモノの類なのか‥‥つっ!)
「あ――」
「あ、ゼタルの君!」
 ばたんと倒れたゼタルの顔を、その場にいた全員が覗き込む。
「あ、いや、ご心配なく‥‥」
 ゼタルはちょっと照れて笑った。痺れが身体を震わせる。
「いま戻りましたー」
 義視が薬膳料理に使う木の実を集めて帰ってきた。
「なんですか? あれ」
 ゼタルの周囲の人だかりを見て、義視は久芽に尋ねた。
「陰陽師の性ってやつかな」
 なんだかわかったようなわからないような。義視は「なるほど」と返事して、おかゆの準備に取り掛かった。


●晩餐
 その晩の食事はずいぶんと豪華なものになった。
「さーあ、いただきましょー」
 カンタータが両手を広げる。食卓に並んでいるものを順にご紹介しよう。ジルベリア風焼き魚、鶏肉風スープ、おひたし、魚の丸ごと包み焼き、荒ぶる水草の踊り食い、木の実を使った薬膳おかゆ、野草の揚げ物、青汁、魚の塩焼き、ごへいもち、その他もろもろ。にぎやかである。
「いただきまーす!」
 食事が始まり、会話も弾む。
「えっ、これってどうやってつくったんですか?」
 モユラがスープを飲みながらカンタータにつくり方を尋ねている。
「それはですねー、スープストックというものを用意しましてー」
「ふむふむ」
「あ、このおかゆ美味しいー!」
 玲瓏が義視の料理に目を丸くする。
「体力使った時に良く効きますよー」
 微笑む義視の横からすすすと露草が現れて「いただいていきます‥‥」とおかゆをもらって消えていった。青嵐とゼタルに食べさせるつもりらしい。二人は露草救出時にずいぶん体力を使っていた。
「いや、この青汁が効くんだよ。さあ、ぐっと一気に!」
 そんなゼタルはフレデリカに青汁を勧めていた。
「ゼタルさん無理強いはだめですよ。ほら、おかゆもらってきました。フレデリカさんもいかがです?」
「あ、ありがとうー」
 青汁には手をつけず、フレデリカはおかゆの器を受け取ってにこりと微笑む。
「青嵐さんは?」
「ああ、青嵐君ならアレをとりに行ったよ」
 こっそり持ってきた酒のことである。
「アレ? ‥‥ごほっ」
 水と間違えて青汁を飲み、フレデリカは思わずむせた。
「〜♪」
 狐男が歌い始めた。陰陽師ではなく、吟遊詩人でも通じそうなほどリュートがさまになっている。お酒も入り、その晩は楽しい一夜となった。

 そして食後。

 月明かりに照らされた船上で、フレデリカはぼんやりと時間を過ごしていた。湖の岸から虫の音が聞こえてくる。
「自然の中で眺める月も、悪く無いわね‥‥」
 女性の口調。一人でいるときと、みんなでいるときは口調がつい変わってしまう。なんだかんだ、昼はまわりがにぎやかだったのでのんびりした時間はあまり取れなかった。他の皆はハンモックに身体を預けて眠っている。静かなものだ。水草が集まってくると問題なので、かがり火などは焚いていない。

 ごぽごぽごぽごぽ‥‥

「あら?」
 ふとフレデリカの視界に、なにか大きな影が映りこんだような気がしたのだが。
「‥‥気のせいかしら」
 湖は普段どおりの顔をしていた。


●翌朝
「たたたた、大変!」
 モユラの声で、みな目が覚めた。寝室から飛び出すと、甲板は水草でぐるぐる巻きになっている。
「こ、この量は‥‥」
 お鍋の蓋で影を作るという作戦を決行しようとして、玲瓏の顔が引きつった。ちょっとした恐怖の植物園である。
(昨日の影はこれだったのかしら‥‥)
 飛鳥の剣を構えるフレデリカ。モユラは十手を振りかざした。
「このうぞうぞいってる水草を退治せにゃー、始まんないネ!」
 買ったばかりの十手が光る。
「ちぇーすとー!」
 ズバシと触手の太い部分に一撃を食らわせた。
「本当は枝打ちをしておきたいんですよー」
 カンタータが手斧片手ににやりと笑った。
「だから覚悟ー!」
 ぶんと振り下ろされた刃は容赦なく水草を切り裂いていく。
「結局どちらなんだ。やっぱりケモノなのか‥‥ええい!」
 ゼタルは残念そうに下唇をかみ締めつつ、鉈を振りかざして水草の大集団に突貫していった。
「うあああああ!」
 次から次へと切って捨てている。容赦ない。相手がアヤカシであれば、きっと触手で痺れてもある意味本望だったのだろうが、相手はケモノなのだ。捕まってやる理由などない!
「露草さん‥‥今日もその、ごほごほ」
 青嵐が露草の水着姿を横目に咳払いをする。朝日を浴びて、露草は光り輝いていた。
「どうしたんです? 青嵐さんってば」
 今日は青嵐も完全武装である。褌さえあればいい。男ならば。
「昨日はよくもやってくれましたね。今日こそ徹底的に駆除してしまいますよ!」
 露草の龍の牙は、今日も絶好調である。
「備えあれば憂いなし、とはこの事ですね」
 手近な水草を切り捨てて、義視は刀を掲げた。ちなみに相変わらず、狐先輩はリュートを奏でている。しばらくして、船上の水草はおおむね片付けることができた。
「つ、つかれたー」
 モユラが甲板にばたんと横になる。
「あー、このまま眠ってしまいたいネ」
「枝打ちとかしに行く人集合ー」
 カンタータの声。
「えっ!? カンタータさん、これからさらに枝打ちしに行くんですか」
 モユラが驚いた様子で飛び起きた。
「そうですよー、報酬がもらえないかもしれないですからー」
 肩で息をしつつ、カンタータが手斧を掲げる。
「あ、ボクも行きたいな」
 フレデリカが手を上げた。
「ああ、僕もやるよ」
 半分水草でぐるぐる巻きになったゼタルが、目を白黒させながら言う‥‥が、さすがにやめておきましょうと露草に止められた。それから余力のある者たちは、船を下りて薪割りと枝打ちにいそしんだのだという。

 その晩。
「‥‥ですからぁ、この合宿が終わったら、私‥‥大きさの限界にチャレンジした人魂うさぬいを作るんです‥‥ちょっと青嵐さん、聞いてるんですかぁ!?」
「聞いてますよ」
 露草と青嵐を中心として、さらに杯を重ねる者たちもいたという。二日目の夜はさすがに皆疲れたのか、それ以外は静かなものだった。


●帰路
 船の中を一通り清掃し、いよいよ林間合宿組は帰路につく。ただ、一番の問題は。
「狐せんぱーい、帰り道がよくわかりません。誘導お願いしまーす」
「俺も、よくわかりませんー」
 カンタータの呼びかけに、平然と久芽がそんな風に答えるところだった。
「え、久芽先輩‥‥」
 頼りにしていたのに、という玲瓏の視線が痛い。
「まあ、来た道を辿ればいいわけですし、道さえ間違えなければ、あとは方向を間違えないようにすればいいだけ、のはずですし」
 露草の言葉に、フレデリカがうなずく。
「あまり人が来なそうだから馬車の跡とか残ってないかな? 残ってたらそれを辿って帰ろうよ」

 そんなわけで最初こそ戸惑いもあったものの、一行はなんとか迷うことなく、青龍寮に向かうことができた。そして、その日の夕方。
「おお、帰ってきたな。おかえり」
 寮長のきよが林間合宿組を笑顔で迎えた。
「ひょっとして、もう?」
 狐の問いに、寮長がうなずいた。湖畔合宿組はもう到着している。
「今回はすまなかったな。青龍寮にいたずら好きな忍犬が住み着いたらしくてな」

((((な、なんのこと――!?)))

 どうやら今回の入れ替わり、その忍犬が原因らしい。こっそりきよの自室に忍び込んだ拍子に札が入れ替わり、それに気がつかずにそのまま手続きを進めてしまったところ、今回の入れ替わりに到ったというわけ。
(この先輩のせいじゃなかったのか)
 寮生たちの冷ややかな視線を浴びつつ狐男はきょとんとしている。
「ま、それでも!」
 モユラが、ぐっと伸びをした。
「この合宿、けっこう楽しかったですよネ!」
 夏の日の思い出として、この合宿が寮生たちの絆を深めた‥‥ものとなったら嬉しいと、寮長は一人夕日を見上げる。


 狐編 了